大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4342号 判決

原告 廣度院

被告 津村弘

一、主  文

被告は原告に対し東京都港区芝公園第八号地一番所在木造亞鉛メツキ鋼板葺平家建家屋一棟建坪十五坪を收去した上その敷地六十三坪を明渡し、且つ昭和二十三年四月一日以降右土地明渡済まで一ケ月金百円の割合による金員を支拂え。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決並に仮執行の宣言を求め被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

原告の請求原因は左の通りである。

「一、主文掲記地番所在の原告寺の境内地九十三坪の土地(本件六十三坪を含む)は国有地で原告が管理するものである。原告は元右地上に建坪三十一坪余の建物を所有し、これを大正十五年頃から被告に賃貸し被告は同所にて代書業を営んでいたところ、昭和二十年三月末右建物は強制疎開命令により除却されることになつた。そこで原告は尚同一地上に所有していた別の建坪二十七坪五合の家屋を被告に賃貸し、被告はこれに移住したが間もなく昭和二十年五月二十五日空襲により右家屋は燒失した。

二、被告はその直後原告寺の当時の住職亡峰島洲旭の承諾を得て右燒跡に主文掲記の仮建築家屋を自ら建設し居住し、その周囲を菜園として使用していた。

三、次いで昭和二十一年二月中、原告は樹下信雄を代理人とし、被告と交渉の結果右仮設家屋の敷地及び菜園として使用している九十三坪の土地につき被告が引続きこれを使用することは差支えないが、原告の請求があればいつでも返還することとし、且右土地の内五十坪の賃料を一ケ月一坪金二円と定め、その余は無償で貸與する旨の一時使用の借地契約をした。

四、その後罹災都市借地借家臨時処理法が施行せられ、又一般に建物建設のため敷地を求めるものが多くなつたので、原告寺はその境内地及びこれに隣接する寺有宅地を整理することになり、昭和二十二年二月半頃原告の代理人たる前記樹下信雄と被告との間に左の趣旨の新たな契約を締結した。

(イ)  原告は被告に対し(本件係爭地とは別個の)原告所有の芝公園第八号地六番ノ二所在宅地三十五坪を賃料一ケ月一坪金二円(別に一坪金三百五十円の割合で権利金を拂う)普通家屋所有の目的で期限の定なく賃貸する。

(ロ)  被告は昭和二十三年三月末日迄に本件係爭の被告の家屋をその費用で取拂つた上その敷地を含む前記九十三坪の土地を原告に返還する。以上

五、然るに被告はその後右九十三坪の土地の内菜園の部分三十坪は原告に返還したが、残余の六十三坪は返還しない。又前項(イ)の土地は港区役所と並ぶ良好な角地で被告は既に昭和二十三年三月以前に右宅地上に木造二階建家屋を建築し、ここに移轉し代書業を営んでいる。

五、右の次第で被告は昭和二十三年三月三十一日限り本件係爭家屋を收去し、その敷地六十三坪を返還すべきにかかわらず、これを不法に占有し爾後少くとも一ケ月百円に相当する損害を原告に対し蒙らしめているものであるから、本訴請求に及んだ。」

右に対する被告の答弁は次の通りである。

「原告の主張事実一及び二は認める。同三は否認する。同四の内冒頭の事実は不知、(イ)の契約締結の事実は認める。(ロ)の事実は否認する。同五の内三十坪の土地を返還したこと及び被告が前記(イ)の土地に建物を建築したことは認めるが、その他は否認する、同六の事実は否認する。

被告は昭和二十年十月中原告の請求原因一の記載の土地九十三坪を建物所有の目的で期間を定めず賃料は後日協定する約束で原告より借受ける旨の契約をした。しかしてその後昭和二十一年二月頃右賃料を定めるにつき樹下信雄の仲介にて、右九十三坪の内強制疎開命令の未解除地を除いた残地を約五十坪と見積り坪当り地代一ケ月二円計百円と定め、遡つて昭和二十年十二月から支拂うこととし昭和二十二年一月まで続いた。その後原告主張の四の(イ)の三十五坪の土地につき賃貸借契約が締結されたが、これは前記九十三坪の土地とは何ら関係のない別口のあらたな土地の貸借契約で、從つて被告はこの三十五坪の土地の地代と本件係爭土地の分と併せ一ケ月合計百七十円宛を支拂ひ昭和二十三年三月迄続いた。然るに原告は理由なく同年四月分から右地代の受領を拒んだので被告は爾來地代を供託している。被告が右別口三十五坪の土地を賃借した際、本件の土地を明渡す約束をしたことは絶体にない。昭和二十三年三、四月頃原告は訴外三ケ月産業株式会社社長石黒孝次郎の住宅建設敷地にするとの理由から前記九十三坪の土地の内南側三十坪の返還を求めてきたので被告はこれを承諾したのである。從つて残地六十三坪については被告は依然賃借権を有しているのである。而して被告は右賃借権を確実にするため、昭和二十三年九月七日付内容証明郵便を以て、原告に対し戰時罹災土地物件令及び罹災都市借地借家臨時処理法に基き本件土地の賃借方の申出をした。よつて原告の請求に應じ難い。」

右被告の主張に対する原告の陳述は次の通りである。

「昭和二十年十月中被告は原告より前記九十三坪の土地を賃借する旨の契約ができたとの事実は否認する。昭和二十三年九月七日附被告より原告に対し、本件土地につき罹災都市借地借家臨時処理法に基く借地の申入のあつたことは認める。被告が本件係爭土地につき現に賃借権を有することは否認する。」<立証省略>

三、理  由

原告主張の東京都港区芝公園第八号地一番地の土地九十三坪が国有地であり原告寺の管理に属するものであることは被告に於て自白するところである。又その内北側六十三坪を被告が昭和二十三年四月一日以前より引続き使用し、その地上に原告主張通りの家屋を建設所有する事実も当事者間に爭がない。

本件爭いの中心は果して当事者間に原告主張の請求原因四(ロ)に記載する通り本件係爭土地を被告が原告に返還する契約をしたか否かの点にある。しかして当裁判所は証人樹下信雄、峰島文、石黒孝次郎、柳瀬保、杉浦秀雄の各証言を綜合し、この点に関する原告の主張事実を眞実であると認める。被告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信を措き難く、又成立に爭なき乙第三号証の十一、十二、同第五号証その他の証拠によつても右認定をくつがえしえない。しかして右土地返還契約の趣旨は被告は原告と合意の上、新たな土地三十五坪の借地権を取得するとともに從來使用の九十三坪の土地に対する借地関係を終了せしめ、右土地の明渡を昭和二十三年三月末日まで猶予したものと解せられる。

然らば、本件係爭土地に対する被告の從來の借地権が一時使用の目的を以て設定せられたか否かに関りなく昭和二十三年四月一日以降被告は何ら原告に対抗しうる権限なくしてこれを不法に占有しているもので、これにより原告に少くとも一ケ月金百円相当の損害を蒙らしめているものと認められる。

被告は罹災都市借地借家臨時処理法に基く賃借申入をしたことを主張するが、右法律が施行された後に前記認定の通り土地返還の契約をしたのであるから、被告は右賃借申出の権利を抛棄したものというべくその後の申出は効力がない。

尚被告訴訟代理人は「昭和二十二年法律第五十三号(社寺等に無償で貸付けてある国有財産の処分に関する法律)により国有地の内寺院境内地にして宗教目的に使用中のものはその寺院に無償にて讓與せられ、又宗教目的以外の一般用に供しているものはその寺院に有償にて拂下をなすことになり、この規定により境内地の無償讓與或は有償拂下を受けんとする寺院は昭和二十二年五月三十一日限り一旦無償貸與を願出て予め、その許可を受けていなければならなくなつた。然るに原告寺及びその本山たる増上寺も右手続を履行しないので両者とも本件土地の無償或は有償取得の権利を失つた。從つて原告は本件土地につき管理権を有しなくなつたので、仮に被告が原告主張のような土地返還の約束をしたとしてもこれは無効である。」と主張する。然し右主張は既に本判決事実摘示の部分に記載した当事者主張の爭点につき、証拠調を盡した後昭和二十五年七月十九日の口頭弁論期日に至り、初めて主張せられたものであり、右主張を釈明し、事実の審理をなすときは訴訟の完結を遅延せしむるものであるから、民事訴訟法第百三十九條を適用し職権により右主張を本判決に於て却下する。

右の通りであるから原告の請求を認容し、訴訟費用は民事訴訟法第八十九條を適用して被告の負担と定め、尚仮執行の宣言はこれを付する必要なきものと認め主文の通り判決をする。

(裁判官 谷口茂栄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!