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東京地方裁判所 昭和23年(ワ)595号 判決

原告 阪本安房

被告 山田吉美

一、主  文

原告が東京都中央区銀座六丁目四番地の九宅地十八坪五合七勺について賃借権を有することを確認する。

被告は原告に対し右地上の木造鉄板葺二階建住宅兼店舗(建坪一、二階各十一坪)を收去してその敷地の明渡をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決及第二項について仮執行の宣言を求め請求の原因として、

原告は東京都中央区銀座六丁目四番地の九宅地十八坪五合七勺を昭和十八年五月十三日、訴外吉田嘉助から賃料一ケ月金二十四円五十一銭の約束で賃借し、右地上にあつた家屋を訴外池田たまより讓受けて居住していたが、右家屋は昭和二十年三月末、第六次強制疎開によつて東京都に買收され取毀された。その後右土地は昭和二十一年二月十日訴外吉田から被告に讓渡されて、同月二十日移轉登記を完了したので、原告は被告に対して、昭和二十二年九月九日罹災都市借地借家臨時処理法に基いて賃借の申出をなし、右は同十三日に被告に到達した。それ以後三週間を経過したけれども、被告からは何ら拒絶の意思表示がなかつたので、当然に賃貸借があつたものとなり原告は右地上に賃借権を取得した。

仮りに右賃借申出が認められないとしても、前記第六次疎開に際しては借地権についての補償はなく、從つて借地権は東京都に買收されることなく存続するものであるから処理法第十條によつて保護を受けるものである。

然るに被告は昭和二十三年一月頃から本件地上に建築を開始し、現に木造鉄板葺二階建住宅兼店舗(建坪一、二階各十一坪)を建築中のものである。

よつて原告は本件地上に賃借権の存在することの確認を求め、併せて被告に対して右賃貸借上の義務履行として本件地上の建築物を收去して、敷地の明渡を求める爲に本訴に及んだものである。

と陳述し

被告の抗弁に対し、被告の住所は職業別電話帳、土地台帳謄本にも、又被告提出の建築許可申請書、仮処分に対する起訴命令申請書、原告の申出に対する被告の拒絶通知にも、原告の賃借申出書の宛先である大田区馬込町東四丁目二百四十三番地と表示しているし、書面による申出以前に、原告が右場所を訪問したときにも「山田吉美」という被告の標札がかかつていたのであるから、右場所が被告の住所であつて、仮りに当時被告が不在であつたとしても、被告の弟である訴外山田吉昌が受領しているから右賃借申出書は原告主張の日に、被告に到達したものである。原告が現在居住している所は、原告の所有乃至賃借しているものではないし、滝山ビルの事務所と云うのも他人の事務所に同居しているにすぎず、然も現在明渡を迫られている。從つて原告は本件土地を賃借して居住する必要がある。

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、

昭和二十年三月末、本件地上の建物が第六次強制疎開で取毀されたこと、当時原告が本件土地を訴外吉田嘉助から賃借していたこと、本件土地を被告が昭和二十一年二月十日に訴外吉田から讓受け、同月二十日移轉登記を完了したこと、及び昭和二十二年九月九日附本件土地につき賃借申出を記載した内容証明郵便が同月十三日に大田区馬込町東四丁目二百四十三番地に到達したこと、並に被告が本件地上に原告主張の家屋を建築中であることは認めるが、原告と訴外吉田との間の土地賃貸借の具体的内容及び疎開当時の本件地上の家屋が原告の所有であつたことは知らないと述べ、

抗弁として、

原告の昭和二十二年九月九日附賃借申出は無効である。即ち疎開当時の本件土地上の家屋は訴外藤本利男が賃借しており右賃借申出は原告と訴外藤本の連名でなされているが、両者の有する賃借申出権は互に利害が相対立する関係にあるものだから併存して申出することは許されない。

又仮りに右主張が容れられないとしても、原告は現在住居として目黒区柿ノ木坂九百一番地に家屋を有し、中央区銀座西六丁目五番地の滝山ビル五階には事務所を持つているのであつて、本件土地を賃借して使用する必要は全くなく、徒らに自己の権利を主張しているにすぎないから原告の賃借申出はやはり無効である。

仮りに申出が有効であるとしても、書面による賃借申出があつた当時被告は大分縣西国東郡眞玉村六四九九に家族とともに轉出しており、右申出の宛先である大田区馬込町東四丁目二百四十三番地は被告の弟訴外山田吉昌の住所に外ならず、被告は昭和二十二年十月二十日たまたま上京して初めて右申出のあつたことを知つたのであるから、右申出は同日初めて被告に到達したものと云うべく、被告はその翌日原告から電話があつたので申出には應じられないものとして拒絶したのである。

仮りに右申出が原告主張の日に被告に到達したものとしても、被告は昭和二十一年二月本件土地買受後間もなく本件地上に「山田吉美建築敷地」という立札を建て、もつて利害関係人よりの賃借申出を拒絶する意思を表明しておいた。およそ土地を賃借しようとする者は一應現地調査をするものであるから、右立札による拒絶の意思表示は原告に対しても了知し得べき状態におかれたもので、從つて原告に対し法定期間内に到達したものと云うべきである。

以上の各主張が失当であるとしても、被告は原告の申出以前である昭和二十二年八月二十五日建築許可願を提出し、同年十月十四日その許可を受け、昭和二十三年二月中建築に着手したものであつて、所有権者である被告が、平穏公然、善意無過失に本件地上に建築したことは原告の賃借権を不法に侵害したことにはならないし、仮りに被告に軽過失が認められるにしても、民法の趣旨から云つて原告は金銭賠償を以て満足するのが妥当であつて、建物の收去、土地の明渡を求めることは不当である。

と述べ、

原告の予備的主張に対しては、第六次強制疎開に於ては借地をも補償したものであつて、原告の借地権は補償を受けて消滅したものである。仮りにそうでないとしても、被告が本件土地を讓受けたのは昭和二十一年二月二十日であるから、罹災都市借地借家臨時処理法第十一條の趣旨から云つて原告の借地権は被告に対抗し得るものではないと述べた。<立証省略>

当裁判所は職権をもつて原告本人(第二回)を訊問した。

三、理  由

一、昭和二十一年二月十日被告が訴外吉田嘉助から本件土地を讓受け同月二十日移轉登記を完了したこと、それ以前から原告が本件土地を訴外吉田から賃借していたこと、本件地上の家屋が昭和二十年三月末に第六次強制疎開によつて東京都に買收され取毀されたこと、並に昭和二十二年九月九日附原告の被告に対する借地申出の内容証明郵便が同月十三日に東京都大田区馬込町東四丁目二百四十三番地に到達したこと、昭和二十三年一、二月頃から被告が本件地上に木造鉄板葺二階建建坪一、二階各十一坪の住宅兼店舗を建築中であることについては、当事者間に爭がない。

二、從つて先づ昭和二十二年九月九日附内容証明郵便による賃借申出の効力について判断してみると、

(イ)被告は右申出は利害相対立する原告及び訴外藤本利男の二人によつてなされたものであるから無効であると主張するが、成立に爭のない甲第七号証及び原告本人訊問の結果(第一、二回)によると右藤本利男は本件地上にあつた原告所有の建物の一部を強制疎開前暫らく使用していた者で、終戰後逸早く建築に取りかかろうとして原告に相談したこともあつた者で、原告は右のような関係から前記賃借申出者に藤本の名を記載しただけのことで、右申出をするにあたり、藤本と相談の上、併存的又は共同でこれをなしたのではないのであつて、右の事実は甲第七号証の文言自体が從前の借地権者より土地所有者あての申出であつて、借家人よりの申出となつていないこと及び甲第七号証中原告名下にのみ捺印があり、且つ藤本を代理する趣旨の表示が何等ないことからも明かである。すなわち甲第七号証は原告一人の申出書であつて、藤本利男の意思表示は何ら包含していないものであり、このことは文書自体何人も明かに理解できるように表示せられていると断じて差支えなく、藤本利男の表示は結局無用の記載たるに止まるから、被告の右の主張は採用の限りでない。

(ロ)次に右賃借申出が被告に到達した時期について考えてみると被告が昭和二十一年八月二日郷里大分縣西国東郡眞玉村に轉出し昭和二十二年九月当時は同所に居住していたことは成立に爭いのない乙第一号証、証人山田吉昌の証言、被告本人訊問の結果(第一回)によつて認めることが出來る。

然しながら、成立に爭のない甲第四号証甲第十一号証乙第三号証及び証人山田吉昌の証言並びに原告被告本人訊問の結果(いずれも第一回)を綜合すれば、前記東京都大田区馬込町東四丁目二百四十三番地は被告が前記轉出の日まで自己の所有する家屋を住居兼工場として山田工業株式会社を経営していた場所で、轉出後は実弟吉昌がこれに居住していたものであるが、被告は轉出前たる昭和二十一年二月中本件土地を買入れており、轉出後も右馬込町の家屋に自己の表札を残置してあり、郷里において農業に從事していたとはいえ、此処に永住する意思ではなく時機をみて上京し事業を経営する計画の下に年数回となく上京し相当長期に亘り実弟吉昌方に滞在して事業の計画に從事していたもので右馬込町にあてた被告あての書状その他の書類は実弟吉昌において異議なくこれを受領し、適宜これを大分縣あてに廻送し又は帰京中の被告に手交して何等の不都合を感じなかつたものであつて、さればこそ被告本人の供述するように吉昌又はその家族が時に被告あての書類を開封することもあり、その内容急を要するものであつても被告の上京をまつてこれを手交することもあり、又原告本人の供述するように吉昌の家族も來訪者に対し、被告が東京に住所を有する者であるかのような印象を與える應待をしていたものであり、被告自らも轉出中の昭和二十二年八月二十五日馬込町を住所として建築許可申請手続をとつており、原告よりの仮処分申請事件及びこれに対する起訴命令申請手続においても被告の肩書住所の表示は轉出先に変更せられなかつたものであることを認めるに十分であり、証人山田吉昌の証言及び被告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できない。

以上認定の事実よりすれば、昭和二十二年九月十三日当時大分縣の前記場所に轉出していたとはいえ、その生活の本拠が果して何れにあつたか甚だ疑問といはざるを得ないし、その本拠が大分縣にあつたものとしても、馬込町の前記場所は單なる事業上の連絡場所ではなく、その住所に準ずべき場所であり、此処に送達せられる書面は吉昌又はその家族が受領することにより被告の了知可能の状態に置かれたと認めて差支えないものと云うべく、原告も亦自己の表札を撤去せず、吉昌に被告あて書状の受領拒絶を指図することなくして、右の結果を承認していたものといわざるを得ない。從つて原告の書面による本件賃借申出は昭和二十二年九月十三日被告に到達したものといはねばならない。

而して被告は原告の申出以前から引続いて本件地上に「山田吉美建築敷地」という立札を立て拒絶の表示を一般的にしていたと主張し、被告本人(第一回)は本件土地買受当時この様な立札を建てたと供述するが、右のような立札は元來その土地の使用目的を表示する趣旨のものであつて何らかの法律上の意思表示を包含するものと解するのは無理であり、ことに罹災都市借地借家臨時処理法施行のはるか以前のことであるからこれを以て同法にいう賃借申出の拒絶の意思表示と見ることは到底できないのみならず、原被告双方本人訊問の結果(第一回)によれば、本件土地はその後間もなく塵芥の捨場となつてしまい、被告のいう様な立札はなくなつていたことが認められるから、被告が原告その他の者に対し、あらかじめ拒絶の意思表示をしていたということはできない。なお被告が本件土地の整理を行い建築に着手して、その使用を開始したのは昭和二十三年初めであることは証人会田秀三郎の証言及び被告本人訊問の結果により明かであるから、昭和二十二年九月十三日当時被告は処理法第二條の所謂土地の使用を開始していた者に該当しないのは勿論である。

(ハ)次に被告は原告の申出は何らその必要もなく権利の濫用であると主張する。而して原告が現在目黒区柿ノ木坂九百一番地に居住し且つ中央区銀座西六丁目の五番地滝山ビルに事務所を有していることは原告本人訊問の結果(第一回)によつて認めることができ、原告本人は住居に就いては自分名義のものでなく且つ事務所は現に立退を迫られている旨供述しているが、弁論の趣旨並に原告本人訊問の結果全体を通じてみるとにわかに措信することは出來ない。

然しながら、原告本人の供述によると原告は本件土地を昭和十八年頃から借地して同所に於て弁理士事務を執つていたことが認められたのであるから同所を使用する必要は全然ないと断定することは許されない。從つてこの程度では期間内になされた拒絶の意思表示が正当の事由に基くものであるかどうかの資料となり得ても、権利の濫用であるとは云い得ない。以上の外に原告の賃借申出を法律上無効たらしむべき事実の主張立証は全くないから、被告のこの抗弁も採用しない。

三、以上判断した通り、原告から被告に対する昭和二十二年九月九日附内容証明郵便による賃借申出が有効に成立し、同十三日に被告に到達し、三週間以内に被告より拒絶の意思表示がなかつたのであるから右期間経過と共に右申出を承諾したものとみなされ原告は本件地上に賃借権を取得したものである。從つて被告は賃貸人として本件土地を原告に使用せしむべき義務を負うものであつて、これに反して本件地上に木造鉄板葺二階建建坪各十一坪住宅兼店舗を建築中であることは許さるべきではない。

被告は仮りに原告の賃借権を侵害したとしても金銭賠償はともかく明渡の請求はできないと主張しているが、原告は被告に対し土地賃貸人としての債務の履行を求めているのであつて、その履行が不能でない限り、債務者の責任が軽過失たる場合であつても金銭賠償に轉化する理由がないし、本件において被告が既に本件地上に家屋を建築しているからといつて履行不能の状態にありとはいえない。被告の主張するところは原告に対し任意の讓歩を求める理由とはなり得るとしても法律上は何等理由がない。

從つて被告は本件地上の前記建物を收去してその土地を原告に引渡し原告をして使用せしめなければならない。

四、この様に原告の請求は他の点を判断する迄もなく理由があるから正当なものとして認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九條を適用し、仮執行の宣言を附することは事案の性質上適当でないと認めるから、その申立はこれを却下すべきものとし、主文の通り判決する。

(裁判官 近藤完爾 和田嘉子 小林哲郎)

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