大判例

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東京地方裁判所 昭和24年(モ)2297号 判決

申立代理人は「当裁判所が昭和二十四年(ヨ)第一七一七号不動産仮処分申請事件につき昭和二十四年七月十一日なした仮処分決定中東京都千代田区九段四丁目十五番地所在木造ルーフイング葺平屋建物一棟建坪十二坪に関する部分を次の通り変更する。債務者等の右建物に対する占有を解いて債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は債務者等の申立により右建物中工事未了部分の完成を許すことができる。その完成の上は現状を変更しないことを條件として債務者等にその使用を許さなければならない。」との判決を求め、その理由として、被申立人は申立人等に対し右建物收去の上その敷地の明渡を求める権利があると主張して東京地方裁判所に仮処分を申請し、(昭和二十四年(ヨ)第一七一七号事件)、これに対して昭和二十四年七月十一日右建物に対する申立人等(債務者等)の占有を解いてこれを執行吏の保管に移し、執行吏はその現状不変更を條件として申立人等にその使用を許すべき旨の仮処分決定を得て翌十二日その執行をした。しかしながら被申立人の右主張の当否は論じないとしても右建物については申立人等に次のような特別の事情があるのである。

即ち申立人等は元來右建物所在地で日本産婆看護婦学校を、宝は校主慈顕は校長として経営している者であつて、右校舎が戰災の爲燒失した際も間もなくこれを復旧し同時に燒トタン等で本件建物を作つて右学校及びその附属病院の炊事場及び生徒の食堂として使用して來た。而してその間生徒及び入院患者数の増加に伴い昭和二十四年六月頃には改築の必要を生じたので、その改築工事進行中前記仮処分の執行を受けたわけである。さて右執行当時の工事の状況はコンクリート土間の上に柱及び屋根が存する程度であつたが、申立人等はこの段階に於て右建物の使用を許されても殆どその用に役立たないばかりか右の状態の儘でこれを放置すると暴風雨の際に雨漏りを防ぎ得ないのは勿論、場合によつては吹き飛ばされるやもはかられない有様であり、他方監督官廳から病院の食堂等は相当の設備をするように要求があつたので、右建物保管中の執行吏の了解を得て屋根及び戸締の補修に着手したところ、右工事を依頼された大工が申立人等の知らない間に補修の程度を越え右建物の全工事を完了してしまつた。その爲申立人等は現在執行吏から現状を変更したことを理由としてその使用を禁止されているのであるが、かくてはその経営する学校の食堂炊事場を失い、生徒をして土間の上に机の代りに寝台をおき辛うじて食事をとり、又風雨をしのぐ戸締りのない所で炊事仕事をさせるの余儀なき状態に陥らしめられているのである。なお申立人等は右建物以外にはこれに接続する三疊の居室を有するのみであつて、そこは長女が結核で病臥しているのでこれを食堂等に利用することは衛生上許されないのである。このようなわけで申立人等はどうしても右の建物を完成した現状に於て使用する必要があるのであるが、更にこれを経済的に見ると、申立人等にとつては勿論社会的にも折角建てられた右建物は執行吏によつて封印密閉され空気の流通が惡い爲内部が腐蝕しかゝつており、これを使用しないことは現今建物拂底の折柄まことに不合理のことといわなければならない。これに反し被申立人は暫く右建物をその完成の状態に於て申立人等に使用させても何等の不都合がなく、將來仮に右建物收去の判決があつたとしてもそれが完成しているか否かによりその執行が著しく困難の度を加えるものではないし、又それにより若干の損害が生ずるとしても右は容易に金銭によつて補償し得るのである。而して以上の事実は民事訴訟法第七百五十九條に所謂特別の事情あるときに該当するものであるから前記仮処分決定中の一部につき前記のような変更を求める爲本件申立に及んだ次第であると陳述した。<立証省略>

被申立代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求め、申立人等の主張事実中被申立人が申立人等に対しその主張の仮処分を申請しこれに対し昭和二十四年七月十一日その主張のような決定を得て翌十二日執行したこと、それより前申立人等が本件建物の場所に燒トタン等による仮小屋を作つたこと及び申立人等が右仮処分により執行吏の保管中にかゝる本件建物に対しその主張のような工事をなしたので執行吏から現状を変更したものとしてその使用を禁止されたことを認めるが、その余の点は全部これを否認する。申立人等は右建物を完成した状態で使用しなければならない事由として右は日本産婆看護婦学校の食堂兼炊事場であることを強調するけれど、元來右学校は隣町である五番町一番地にあり右建物がその施設であること自体疑わしいのみならず、仮にそうであるとしてもこれを右用途に使うことは甚だ不適当であるし、どうしても完成した食堂等が必要であるなら右校舎敷地中なお充分の建築余地が存するから、敢て右建物の完成のみを固執する必要はない。況んや右建物は仮処分命令に違反し更に千代田区役所の工事禁止命令を侵して工事を進めたものであるからその使用を許されないのは当然であつて、これにより申立人等のいうような損害が生じたとしても右は申立人等の自ら招いたものに過ぎないと陳述した。<立証省略>

三、理  由

被申立人が申立人等に対しその主張の仮処分を申請し、これに対し、昭和二十四年七月十一日申立人等主張の建物等に対するその占有を解いて執行吏の保管に移し、執行吏は現状不変更を條件として申立人等にその使用を許すべき旨の仮処分決定を受けて翌十二日執行したことは当事者間に爭がない。

而して原本の存在及び成立に爭のない乙第二号証に証人荻原登代子の証言及び申立人榊慈顕本人訊問の結果を綜合すれば、申立人等は日本産婆看護婦学校の経営者であるがその校舎が戰災の爲燒失したのでその後これを仮に本件建物所在地の隣町である五番町一番地に復旧し、なお本件建物の場所に燒トタン等で作つた仮小屋に居住すると共に兼てこれを右学校及びその附属病院の炊事場及び生徒の食堂として使用していたこと、しかるに右仮小屋は雨もりがひどく且つ医療施設の一部として一層完全なものにしなければならなくなつたので昭和二十四年七月頃その一部を壞してその跡に本件建物の建築を始めたところ、コンクリートの土台上に柱及び屋根を設けた段階に於て前記仮処分の執行を受けたことを認め得る。申立人はこの段階に於て建築の差止めを受けることは暴風雨の際に雨漏りを防ぎ得ず又吹き飛ばされるおそれがあり、尚將來仮に右建物收去の判決があつた場合にそれが完成しているか否かにより執行著しく困難を加えない旨主張するのであるがこの程度の損害はこの種仮処分には当然予想し得る通常の損害であり本件に特有のものでもない。又この程度の建築段階に於ては今後右建築を完成すると否とでは建物收去の執行に際し著しい相違を來すことも明かである。尤も右建物は前認定の如く右学校の食堂及び炊事場としての用に供するものであり、衛生上の見地からもその完成をみることのよりよいことは一應肯かれるが証人段原キクヨの証言によれば、隣町に在する右校舎兼病院の周囲には右施設をなすに充分の余地が存するばかりでなく、右校舎地下にも空室があり昭和二十四年末にはこゝが改造され配膳棚を置かれるに至つたこと及び生徒達が食事の都度右校舎から本件建物まで往復し患者の食事を運搬することは相当の時間を要し都合が惡いことが推知されるのであつて、右申立人の供述中これに矛盾する部分は信用しないしその他に右食堂、炊事場には本件建物によるを固執する理由を肯定するに足る資料はない。なお現実に完成してしまつた右建物を使用し得ないことによる経済的な損失については、右完成工事が申立人等に於て本件仮処分執行後これに違反してなされたものである限り(この点は当事者間に爭がない)申立人等に於てこれを主張し得る限りでないことも明白である。以上の理由から前記仮処分決定を取消すに足る特別の事情の存在は少しもないといわなければならない。

よつて申立人等の本件申立はこれを却下すべきものとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 柳川眞佐夫 中島一郎 高島良一)

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