東京地方裁判所 昭和24年(モ)4376号 判決
債権者 神永正造
債務者 岡とり
一、主 文
当裁判所が債権者及び債務者梶原好惠同岡とり間の昭和二十四年(ヨ)第三一四七号不動産仮処分申請事件について同年十一月二十四日なした仮処分決定中債務者岡とりに関する部分即ち東京都港区芝新橋二丁目一番地の一五、一、宅地三十五坪九合四勺の内都電新橋北口及田村町両停留所間の電車通に面する間口三間、奥行六間四分一厘八毛面積十九坪二合五勺の部分は之を取消す。
債権者の債務者岡とりに対する本件仮処分申請はこれを却下する。
訴訟費用中債務者岡とりに関し生じた部分は債権者の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
債権者代理人は「主文第一項掲記の仮処分決定中債務者岡とりに関する部分を次のように変更する。
債務者岡とりは東京都港区芝新橋二丁目一番地の一五、一、宅地三十五坪九合四勺の内都電新橋北口及田村町両停留所間の電車通に面する間口三間奥行六間四分一厘八毛面積十九坪二合五勺の部分の上に建物その他の工作物を築造してはならない。
債権者の委任した東京地方裁判所執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当の方法をとらなければならない」との判決を求め、
その理由として東京都港区芝新橋二丁目一番地の一五、一、宅地三十五坪九合四勺間口二間奥行約十二間(以下單に本件宅地と称する)は元近藤清子の所有であつたが、昭和二十三年六月四日竹井出版株式会社が近藤清子からこれを買受け昭和二十四年十一月一日債権者が竹井出版株式会社からこれを買受け同日その旨の所有権移轉登記をすませた。然るにこの宅地の電車通に面して板囲いがしてあり建築資材が放置されて居たが同年十一月五日に至り右板囲いに本件仮処分の共同債務者梶原好惠の標札が出たので同人にその理由を訊ねると同人は元その附近一帶に露店商の権利を持つていた中華民国人李健三から右宅地上の建築許可書と手持資材とを買受けて債務者岡とり(以下特に債務者梶原好惠としない限りすべて債務者岡とりをさす)と共同で店舗を建てる準備をしたが建築許可書が二年以前のもので失効していたので新たに共同で建築許可を申請しようとしていると答えた。
そこで債権者は右竹井出版株式会社に照会したところ同会社は前所有者近藤清子から本件宅地を買受ける際にこの宅地については何人にも借地権、使用権を設定した事が無いというから買受けたのでありその後今日に至る迄何人からも賃借の申出が無く賃借人は無いという回答を受けた。そこで債権者は債務者及共同債務者梶原好惠は債権者に対抗し得る何等の権原が無いのに共同して右宅地を占有し債権者の所有権に基く使用收益を妨害しつゝあると判断したので債権者はその所有権に基き債務者等に対し右宅地の明渡を求むる本案訴訟を提起すべく準備したのであるが若しも債務者等がその占有を他人に移轉しまたは占有名義を変更したり或はその上に建物その他の工作物を築造するときは右本案訴訟に勝訴の確定判決を得ても判決の執行に著しい困難を生ずるのでその執行保全の爲債務者等に対し占有名義の移轉変更建物等の築造の禁止右宅地の占有を執行吏の保管に移し現状を変更しないことを條件として債務者等にその使用を許す旨の仮処分決定を東京地方裁判所に申請したところ同裁判所は昭和二十四年十一月二十四日その旨の決定をした。ところが翌二十五日本件宅地の現場において右仮処分決定の執行をしようとしたら債務者はこれを占有していないことが判明した。然しながら債務者はその内表側十九坪二合五勺については故らに後段摘示のような賃借権を主張し建物を建築しようとする恐れがあるので債権者は債務者に対する前記決定中債務者が賃借権を主張する部分について債務者の建築の禁止及執行吏がその趣旨を公示するため適当の方法をとるべきことを命ずる部分の認可を求め債務者に対するその余の本件仮処分申請は昭和二十五年七月十日の本件口頭弁論期日において債務者代理人の同意を得て全部これを取下げたから右の範囲において原決定の変更を求めると述べ、
債務者の賃借権の抗弁に対してはその主張事実中債務者がその主張のように賃借権を有していたこと債務者が近藤清子を相手方としてその主張のような賃借権設定及その條件確定の申立をしその主張のような各決定がなされたことはいずれも知らない。
再抗弁として仮にそのような決定がなされたとしても、
(一) 東京高等裁判所の昭和二十三年(ラ)第三七号事件の決定が確定したのは昭和二十四年一月十四日であるから近藤清子から昭和二十三年六月四日本件宅地の所有権を買受けた竹井出版株式会社同株式会社から昭和二十四年十一月一日これを買受けた債権者には右決定の効力は及ばない。
(二) 仮にそうでないとしても債務者の賃借地は罹災都市借地借家臨時処理法(以下單に臨時処理法と称する)第九條第二條に基くものであるが、その賃借権はその設定登記又はその宅地上に建てられた建物の保存登記が無いから第三者たる債権者には対抗し得ない。同法第二條によれば建物の借主は他の者に優先して土地を賃借することができるに止まり第三者に対する対抗要件をも不要であると規定したものでないからである。
(三) 仮に債務者がその主張する賃借権を以て債権者に対抗し得るとしてもその賃借権は賃貸借の條件が確定されていないし債務者は從來右宅地に対する占有は有していなかつたのであるから債務者はその賃借権を以て債権者に対抗し得ない。債権者は本件宅地につき債務者主張のような仮処分本案訴訟の各事件が提起されたことは少しも知らないと述べた。
債務者代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め答弁として本件宅地が元近藤清子の所有でありそれが債権者主張の日時その主張の経緯を経て債権者の所有に帰した旨の登記簿上の記載があること右宅地上に板囲いがしてあり建築資材が置いてあつたこと仮処分共同債務者梶原好惠の標札が掲げられたことはいずれも認める。その他の債権者主張の事実を否認する。本件宅地の眞実の所有権者は鈴木式織機株式会社であるが、同株式会社は後記のような事情があるので、その名で本件仮処分を申請することを回避する爲、債権者に対する所有権移轉を仮装したまでのことであつて、債権者は單に登記簿上の所有者となつたにすぎない。從つて本件宅地の眞実の所有権は債権者にはない。又債務者は本件宅地中主文第一項掲記の十九坪二合五勺は現実に占有しているのであつて、昭和二十四年十一月二十五日本件仮処分決定執行当時、執行吏が右債務者がこれを占有していないと判断したのは事実上法律上占有に対する判断を誤つたにすぎない。
抗弁として仮に債権者が本件宅地の所有権者であるとしても、債務者は本件宅地中主文第一項掲記の十九坪二合五勺の部分に付債権者に対抗し得る借地権を有する。債務者は約四十年前から右宅地をその所有者から借受け、その地上に家屋を建築所有し、鶏及卵の卸賣商を営んで來たのであるが、前所有者近藤清子からは、木造建物所有の目的、存続期間二十年、賃料一ケ月二十一円六十九銭の約定を以て借受けて來たところ、昭和二十年三月三十一日、強制疎開により、右家屋は除却され、その借地権は消滅した。然し昭和二十一年九月二十日疎開解除となつたので、債務者は、昭和二十二年四月二日、前所有者近藤清子に対し右借地部分に付、優先賃借の申出をなし、更に同年十一月四日、東京地方裁判所に対し、同人を相手方とし、臨時処理法に基いて、賃借権設定及その條件確定の申立をし同事件は同年(シ)第七四〇号事件として審理の結果、同裁判所は、昭和二十三年五月二十七日申立人たる債務者の本件宅地中の主文第一項掲記の部分に対する賃借権を建物所有の目的、期間昭和二十二年四月二十七日から昭和三十二年四月二十六日迄、賃料は一ケ月九十六円二十五銭(坪当り五円)毎月末日支拂、申立人は相手方に対して賃借権利金として五万七千七百五十円(坪当り三千円)を相手方が本件宅地上の板囲いを收去してこれを申立人に引渡した日から三週間内に支拂うことという決定をした。然し申立人は土地所有者が疎開地につき厘毛の出捐をしないのに権利金を取得するのは不当であると考え、東京高等裁判所に対し、即時抗告の申立をし、同事件は昭和二十三年(ラ)第三七号として審理の結果、同裁判所は、同年十二月二十五日、申立人たる債務者は相手方に対し、前記権利金の支拂を要しない旨原決定を変更し、その決定は昭和二十四年一月十四日確定した。そうしてその決定の効力は、相手方近藤清子の特定承継人である債権者に及ぶから、債務者は本件宅地中右借地部分に対する賃借権を以て債権者に対抗し得られる。從つて債務者のこの宅地の占有、使用收益は右賃借権に基くものであり、債権者は債務者に対し、その明渡を請求し得べき限りでなく、その明渡請求権利金の爲になされた本件仮処分の申請は失当である。
債権者主張の
(二)の再抗弁に対して、債務者が本件宅地中、前記賃借権の存する部分に付賃借権の設定登記及その土地上に建てられた家屋の保存登記が無いことは認める。しかし、臨時処理法第二條にいわゆる「他の者に優先して」土地を賃借することができるとの趣旨は、かような借地権又は建物の登記がなくても、これを以て所有者に対抗し得る趣旨であるから、その登記が無いからといつて債務者は債権者にその借地権を対抗できぬというべき限りでない。
(三)の再抗弁に対しては債務者の右借地権は前記のようにその條件が確定している。又債務者がその借地権を以て債権者に対抗し得る爲には占有を伴わなければならぬと解すべき根拠はいずれにも無い。仮にそうでないこととしても、債務者は、本件宅地の前所有者との間に借地権につき爭があつたので、同人からその占有の任意の引渡を受けたことは無いけれども、昭和二十二年四月二日、前記のように近藤清子に対し優先賃借の申出をなすと共に疎開跡の整理をして占有を始めていたところ、李健三なる者が同年十一月始め、突然本件宅地の裏地にあたる袋地に建物を建築して、債務者の前記賃借部分の占有を侵奪しようとしたから、債務者は同年同月九日李健三に対し、本件宅地上に建築を禁止する旨の仮処分を東京地方裁判所に申請し、同裁判所は同年(ヨ)第一五七九号として、李健三の本件宅地に対する占有を解いて東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる旨の仮処分を爲した。
更に債務者は李健三を被告として、本件宅地に対する占有回收の訴(同地方裁判所昭和二十三年(ワ)第八一一号事件)を提起した結果、昭和二十三年四月二十九日、債務者(原告)と李健三(被告)裏地の借地権者と称する訴外久村林平及建築請負人たる本件仮処分共同債務者梶原好惠との間に、
(1) 李健三は本件宅地中、主文第一項掲記の十九坪二合五勺に付、債務者に借地権の存することを確認し、その占有を債務者に引渡すこと
(2) 債務者は李健三に対する本訴を取下げること
(3) 久村林平の有する裏地十六坪の借地権を活用する爲、債務者の借地権を有する十九坪二合五勺とを合せた地上に債務者と久村林平とは木造瓦葺二階建一棟建坪十坪二階十六坪五合の建物を共同して建築し、債務者は右裏地への通路として間口六尺を久村林平の爲に提供すること
(4) 久村林平は債務者が右通路を提供する代償として右十九坪二合五勺の地上に建築すべき右建物は無償で債務者に提供すること
という和解契約が成立し、債務者は李健三に対する右本訴を取下げた。しかるに、李健三、久村林平及梶原好惠はその翌日即ち昭和二十三年四月三十日債務者が相手方に交付した書類を惡用し、自分等に本件宅地に対する借地権ありと称してこれを鈴木式織機株式会社に讓渡したので、債務者は同株式会社李健三、久村林平及梶原好惠を被告として、東京地方裁判所に対し、占有引渡及損害賠償請求訴訟事件(同地方裁判所昭和二十四年(ワ)第四九三一号事件)を提起し、その訴訟は同裁判所に目下繋属中である。ところが梶原好惠は鈴木式織機株式会社が本件宅地を買受けるにつき自らその賣買仲介人となりながら再び本件宅地上に同株式会社の爲に建築を始めたので、債務者は建築主鈴木式織機株式会社、建築請負人梶原好惠を仮処分債務者として東京地方裁判所に仮処分を申請し、同地方裁判所は昭和二十四年(ヨ)第一三九一号事件として、鈴木式織機株式会社に対しては、建築禁止、梶原好惠に対しては、債務者との前記約定に基く、建築をなすべき旨の仮処分決定をなし、その決定は執行された。以上のような経過であつて、債務者は昭和二十二年四月二日前所有者近藤清子に対し優先賃貸の申出をすると共に整地をして、本件宅地中その賃借部分の占有を始めると共に昭和二十三年四月二十九日には前記和解契約に依り、李健三から一旦奪われた右賃借部分の占有の引渡を受け、昭和二十四年(ヨ)第一三九一号の仮処分事件に於ては仮処分債務者梶原好惠をして、債務者の爲右賃借部分に建築を続行せしめて、その占有の継続をなさしめているのみならず、昭和二十三年十一月からは本件宅地の南側に接続した建物の一室を借入れ、之に居住して居つて、現在も本件宅地の賃借部分を支配し、その占有を継続しつゝあるのであるから、債務者はその部分に対する占有は失われていないのであると述べた。
<立証省略>
三、理 由
本件宅地が元近藤清子の所有であり、昭和二十三年六月四日、竹井出版株式会社が近藤清子から買受け、昭和二十四年十一月一日債権者が竹井出版株式会社から買受けた旨の所有権移轉登記がなされたことは当事者間に爭がない。
債務者は、債権者は本件仮処分申請の便宜上、單に登記簿上の所有者となつたに過ぎないのであつて、本件宅地の眞実の所有権は鈴木式織機株式会社であると主張するけれどもこの事実を窺うに足る何らの疏明資料も無いから、登記簿上の所有者名義人である債権者にその所有権が有るものと推定せざるを得ない。
次に本件宅地に昭和二十四年十一月始め、板囲いがされ、建築資材が置いてあつたこと本件仮処分共同債務者梶原好惠の標札が右宅地に掲げられていたことは当事者間に爭がない。
債権者は本件宅地中主文第一項掲記の部分は、債務者に於て何ら適法の権原なきに拘らず、故らに賃借権を主張し、建物を建築しようとしていると主張するから、果して、債務者がこれに対する賃借権を有するか否かについて判断する。
その成立に爭のない乙第二号証の一、二及証人岡英一の証言(第一回)を綜合すると、債務者は約四十年前から本件宅地の前所有者近藤清子の先代キミエからその中主文第一項掲記の部分を普通建物所有の目的賃料一ケ月二十一円六十九銭毎月二十八日支拂の約定で存続期間の定めなく賃借してその地上に木造瓦葺三階建家屋一棟建坪十六坪二階十六坪三階十二坪を建築所有していたところ、昭和二十年三月三十一日防空法に基く所謂強制疎開によつて、右家屋は除却され、債務者は東京都から補償金二万五千円を交付されて賃借権を抛棄した。そこで債務者は昭和二十二年四月二日近藤キミエに対し、建物所有の目的で、右十九坪二合五勺の宅地に付賃借申出を記載した書面を発送し、その書面は同年同月五日迄に当時キミエを相続していた近藤清子に到達したのであるが、同人は同年同月十六日債務者に到達した書面を以て債務者に対し、右宅地は既に他に賃貸したから債務者の賃借申出には應じられない旨の意思表示をなした。然し、この拒絶は正当な事由に基くものでないから、右申出後三週間を経過した時、近藤清子は債務者の申出を承諾したものとみなされると主張して、債務者は、近藤清子を相手方とし東京地方裁判所に臨時処理法に基く賃借権設定及びこの條件確定の申立をし、その事件は同地方裁判所昭和二十二年(シ)第七四〇号及び東京高等裁判所昭和二十三年(ラ)第三七号事件として繋属審理の結果、東京高等裁判所は昭和二十三年十二月二十五日、債務者は、本件宅地中主文第一項掲記の部分につき建物所有の目的、存続期間昭和二十二年四月二十七日から昭和三十二年四月二十六日迄という賃借権を確定し、賃料は一ケ月九十六円二十五銭(坪当五円)毎月末日支拂という條件を定め、その決定は昭和二十四年一月十四日確定した事が認められる。この認定を左右するに足る何らの疏明資料もない。
よつて債権者の再抗弁につき順次判断する。
(一) 債権者は近藤清子は昭和二十三年六月四日本件宅地の所有権を竹井出版株式会社に同株式会社は昭和二十四年十一月一日、これを債権者に賣渡しているから、右決定の効力はその確定前の承継人である竹井出版株式会社及び債権者に及ばないと主張するけれども、右前段認定のように、債務者は昭和二十二年四月二日近藤キミエに宛て賃借申出をし、その意思表示は同年同月五日迄にキミエの相続人近藤清子に到達し、同人は同年同月十六日債務者に到達した書面を以て債務者に賃借申出を拒絶する意思表示をしたが、この拒絶は正当の理由が無かつたことが窺われるから近藤清子は債務者の賃借申出を承諾したものとみなされ、結局債務者は近藤清子に対し昭和二十二年四月二十七日以降適法な賃借権を取得したものと謂わなければならない。そうして債務者がこの賃借権を取得した後の土地所有権取得者たる竹井出版株式会社、債権者は債務者からその賃借権の対抗を受けることは己むを得ないことゝ謂うべきである。
蓋し、臨時処理法第九條第二條に基いて與えられる賃借権は強制疎開により建物を除却された当時におけるその建物の所有者等に対し優先的に與えられる賃借権であるから若しその土地所有者が他にその所有権を讓渡することにより右賃借権者の取得した賃借権を否定することができると解するとそれは「賣買は賃貸借を破る」という原則の不当な拡張解釈となり、右臨時処理法が建物の所有者等の復興のために與えた優先賃借権を有名無実のものにするからである。臨時処理法は土地所有権の変動如何にかゝわらず上記のような賃借権に対世的効力を持たせて、賃借権者を保護したものというべきである。そうしてこの賃借権の優先的効力の存続期間は臨時処理法第五條によつてこの種の賃借権の存続期間と定められた十年間と合致するものと謂わなければならない。然るに債権者の本件宅地内の所有権取得はまさしくその期間内であるから、債務者の前記賃借権の対抗を受けるのは己むを得ないのである。
(二) 債権者は債務者の賃借権はその設定登記宅地上に建てられた建物の保存登記がないから第三者たる債権者に対抗し得ないと主張し、債務者がその賃借権にかゝる対抗要件をふんでいないことはその爭わないところであるけれども、かような賃借権はたとえその設定登記又はその土地上に建物の保存登記がなくても、第三者に対抗し得るものと解釈しなければならない。仮に本件宅地上に債務者が所有していた家屋につき保存登記を経由していたとしてもその家屋が前段認定のように既に除却されている以上、その保存登記に建物保護に関する法律第一條第一項の対抗力を認めることはできないのである。そうして本件のような臨時処理法第二條に基いて認められた賃借権者に対し賃借権設定登記を対抗要件として要するものと解するならば、それは通常の場合に於ては不可能事を賃借権者に対し要求するものであり、臨時処理法第二條に「他の者に優先して」という語句も何等特別の意味を持たないことに帰するのである。この論理に対しては、第三者に対する対抗要件を具えない賃借権を認めることになり、取引の安全を害するという非難を予期し得るが、本來罹災都市に於て、土地所有権を買受けんとする者は、その土地に以前借地権が設定されてあつたかどうか、又その敷地上に罹災建物又は疎開建物の所有者又は借主があつたかどうかを賣渡人、所轄官廳等について調べるべきであると考えることは、臨時処理法が施行されている罹災都市に於ては当然のことであつて買受人に対し不当な義務を負わせたものと謂い得ない。從つて右の考えは必ずしも取引の安全を害するものではないのである。
(三) 債権者は債務者の賃借権はその賃借権の條件が確定されていないし債務者は從來この宅地を占有していなかつたから、これを以て債権者に対抗出來ないと主張するからこの点につき判断する。
債務者の近藤清子に対する賃借権は、昭和二十二年四月二日先代近藤キミエに対する意思表示により、昭和二十二年四月二十七日設定せられたものであり、その目的、存続期間、賃料、その支拂期についてはその当時に於て未確定の状態であつたことは、前段認定のとおりであるが、既に東京高等裁判所は昭和二十三年(ラ)第三七号事件として昭和二十三年十二月二十五日、右の諸点につき決定をなし、その決定は昭和二十四年一月十四日確定したことも前段認定のとおりであるから、債務者の賃借権は右決定により遡つてその條件が確定されたものと謂わざるを得ない。かゝる決定に対し遡及効を認めることの不適当なる所以は見出し得ない。
又本件のように臨時処理法によつて認められた賃借権は占有を伴わない以上第三者に対抗できないという根拠は乏しい。即ち当裁判所はかような賃借権は占有を伴わなくても第三者に対抗できるという意見である。この論理は、臨時処理法第十四條の賃借の申出により建物の賃借権は、他に優先するものであるから、その建物が第三者に引渡されている場合であつても、貸主に対し賃借権に基く建物の引渡を求めることができるという最高裁判所昭和二十四年(オ)第二三八号昭和二十五年一月十七日言渡の判決(最高裁判所民事判例集第四巻第一号所載)によつて支持を受けると考える。
果してそうであるならば本件宅地中主文第一項掲記の十九坪二合五勺については債務者は債権者に対抗し得る臨時処理法上の賃借権を有するのであつて、その部分につき建築をしようとするのは賃借権の適法な行使といわなければならない。之と異る見解の下に債務者に建築禁止等を命じた部分の原決定は失当であるからこれを取消し債権者の債務者に対する本件仮処分申請を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條仮執行の宣言につき、同法第百九十六條第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鉅鹿義明)