東京地方裁判所 昭和24年(ヨ)1824号 判決
申請人 相原玉三郎 外二名
被申請人 日蓮宗 外一名
一、主 文
申請人等が被申請人等のため共同で金五万円の保証をたてたときは本案判決確定に至るまで、被申請人田村行泰の東京都港区金杉浜町四十七番地正傳寺住職としての職務の執行を停止する。
右職務執行停止期間中東京都港区芝三田小山町三十八番地円徳寺内佐野隆迢をして右正傳寺住職の職務を代行せしめる。
申請人のその余の申請はこれを却下する。
訴訟費用は被申請人等の負担とする。
二、事 実
申請人等訴訟代理人は「被申請人日蓮宗の管長深見日円が昭和二十三年十二月十五日東京都港区金杉浜町四十七番地正傳寺住職として被申請人田村行泰を任命した行爲の効力はこれを停止する。被申請人田村行泰の右正傳寺住職としての職務の執行を停止する。東京都港区金杉浜町四十七番地森眞正をして右正傳寺住職の職務を代行せしめる。」との旨の判決を求め、その申請理由として次のように陳述した。
申請人等はいずれも主文掲記の日蓮宗正傳寺の檀徒総代であるところ、同寺はその先代住職森海芳が昭和二十年十月十二日死亡し翌二十一年七月十八日からは法類総代佐野隆迢が兼務住職となつていたが、同師も同二十三年七月十七日任期満了により退任した後は無住となつていた。同寺は戰時中本堂を強制疎開のため取り毀ち、二間四面の昆沙門堂一棟庫裡一棟が残存するのみで堂宇荒廃し、また戰災のため檀信徒も離散して收入皆無に等しい状態であつたが、先住森海芳の死亡後もその未亡人森よし子及び右海芳の姪であつて右よし子の養女となつていた森マツ等の遺族はなお同寺に留り、右森マツの裁縫仕立内職によつて生計を支えながら堂宇の維持境内及び墓地の清掃をなしてよく寺院の面目を保つて今日に至つた。そこで住職の後任については遺族及び檀徒総代は協議の結果、右森マツの配偶者として道念堅固で且つ進取的思想を有する青年僧である山梨縣常法寺住職の法弟青柳眞正(後婚姻により森と改姓)を選び、これを迎えて後任住職とすることとなり、昭和二十三年十月十三日申請人等檀徒総代三名の連署を以つて同師宛招待状を発し、同師もこれを承諾して同月二十一日入寺し、申請人等は法類総代とはかつて管長に対する住職承認申請の手続に着手した。然るに突如同年十二月十五日日蓮宗管長深見日円において正傳寺住職として被申請人田村行泰を任命(いわゆる特選又は特命)し、同月二十四日申請人等に宛て東京都南部宗務所長三戸勝亮を通じその旨の通知があつた。
けれども右の深見管長が正傳寺の住職として被申請人田村行泰を特選任命した行爲は左の理由によつて無効である。
(イ) およそ管長制度乃至管長至上主義なるものは元太政官布達によつて裏附けられた封建制度の遺物であつて民主々義を昂揚する憲法に適合するものではなく、憲法の下にあつては、宗派と別個独立の法人格を有するところの寺院において、その構成分子である檀信徒の意思や、その関係者である寺族の意思は充分尊重せられねばならない。從つて深見管長が正傳寺住職の任命について檀徒総代たる申請人等に対し何等諮ることなく檀信徒及び寺族の意思を蹂躙して独断專行により被申請人田村行泰を任命した行爲は憲法に違反して無効たるものである。
(ロ) 殊に被申請人田村行泰は正傳寺の住職に任命されるまで同寺の向側たる東京都港区金杉浜町四十三番地に在る円珠寺の住職であつた者であつて正傳寺歴代の住職とは不知の間柄にある許りでなく、その妻田村眞淳尼と共に身延山山林問題に関し深見管長に至るまで三代に亘る管長及び本山当局者を順次告発する等の行爲があつたため、正傳寺の檀信徒は同師を宗門の惑乱者としてその徳行を疑い入寺を拒絶している有様である。
およそ信仰は自ら尊信し帰依する住職を得て始めて達せられるものであつて、管長が檀信徒の意思を無視し反対を押し切つて住職を任命し得るものとすれば信仰の自由は剥奪されることとなる。かゝる見地からいつても深見管長の正傳寺住職として被申請人田村行泰を任命した行爲は憲法に違反し無効である。
(ハ) 更に前述の如く寺院は宗派とは別個独立の法人格を有するものであつて、寺院が一定の宗派に属するとはいつてもそれは教義法脈に関する事項についてのみいわれる事柄であるから、その住職の選任その他寺院の経営に関する事項については、專ら宗教法人令の認める寺院規則の定めるところによらねばならず、その属する宗派に如何なる規定があろうともそれは寺院を拘束するものではない。正傳寺寺院規則にはその第九條に後任住職は住職において(住職又はその代務者の欠けている場合には法類総代において)住職候補者一名を選定し法類総代及び(檀徒)総代の同意を得て管長に任命を申請するものとする旨が規定されているので、かゝる任命の申請があつた場合には管長はその住職候補者を後任住職に任命すべきものと解せられるが、右以外に管長が後任住職を任命し得る旨の規定は寺院規則のどこにも存しない。よつて深見管長が正傳寺住職として被申請人田村行泰を任命した行爲が日蓮宗宗則に從つてなされたとしてもそれは正傳寺に対しては無効である。
(ニ) また本件住職任命の行爲は管長の職権濫用にいでるものである。日蓮宗内においては管長による住職の特選任命はその寺院の檀信徒法類等の間に後任住職の問題について紛爭が生じていない限りはこれを行わないということが慣行となつており、ために同宗内の無住寺は常に全国で約三百、東京都内だけでも約十ケ寺を数える状態である。深見管長は本件の住職任命に際し東京都南部宗務所長三戸勝亮に対し正傳寺について事実の調査報告を命令し、同宗務所長はこれに関する報告書を管長の下に提出したが、その報告書中には明かに「昭和二十三年七月佐野師満期となるや遺族、総代側において後任住職問題について焦慮中同年十一月蓮乘寺住職馬田即貞師の斡旋により山梨縣常法寺住職青柳正法師の法弟青柳眞正師(36)を先住森海芳師の姪森マツに配し以つて正傳寺後任住職となすべく、総代会の同意を得目下法類及び関係者へ交渉中の由なり」と記載されてある。然るに管長がこの事実を知りながらこれを無視して、正傳寺とは犬猿の仲にある被申請人田村行泰を同寺住職に任命した行爲は、前述の慣行にも反しその権限を濫用したものというべきであつてその任命行爲は無効である。
(ホ) 然も右任命行爲は不法の目的にいでたものである。被申請人田村行泰は前述の如くその妻眞淳尼と共に身延山山林問題に関して管長及び本山当局者を告発し、その事件は目下檢察廳において取調中であるが、そのため管長はじめ本山当局者は身の危險を感じ田村夫妻の歓心を買うため、管長において眞淳尼には僧階を昇らせてこれまで被申請人田村行泰が住職であつた円珠寺の住職の地位を與えると共に同被申請人を多年の願望であつた正傳寺の住職に任命して慰撫策としたものである。かような不法の目的の下になされた本件の住職任命行爲はその形式はどうあろうとも法律上の効力を生ずるものではない。
よつて申請人等は被申請人日蓮宗及び被申請人田村行泰を被告として右住職任命行爲の無効確認等の訴を提起しようとするのであるが、申請人等がその訴訟において勝訴の確定判決を得ても、その判決確定まで被申請人田村行泰が正傳寺の住職としての地位にあるときは著しい損害を被ることになる。即ち、同被申請人が住職として正傳寺に乘り込むと先住の遺族は路頭に迷い生活に窮する許りでなく、檀信徒が徳行の欠けた者として排斥する同被申請人より儀式の執行をうけ教化をうけることになれば、本來自己の尊信し帰依する僧侶を得て始めて目的を達せられるところの信仰生活は根底より破壊されることになる。よつて右深見管長の正傳寺住職として被申請人田村行泰を任命した行爲の効力を停止して同被申請人の正傳寺住職としての職務の執行を停止し、その職務の代行者の選任を命ずる仮処分命令を求めるため本件申請に及んだ次第である。と述べた。<立証省略>
被申請人等訴訟代理人は申請人等の本件仮処分命令申請を却下する旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として次のようにのべた。
第一に申請人等の申請は左の理由によつて不適法として却下さるべきである。
(一) 凡そ日蓮宗において住職の特選任命は管長に一任せられて居り裁判所の関與すべき事柄ではない。裁判所が訴訟又は仮処分によつて住職任命の有効、無効を判断することは結局管長の職務を裁判所が代行する結果になり許されるべきではない。
(二) 日蓮宗々則第十八号第十三條には管長の住職任命に対しては異議の申立をすることができない旨規定されている。從つて申請人等は裁判所に対しても管長の住職任命行爲の無効の確認を求めることは許されない。
(三) 申請人等は正傳寺の檀徒総代であると主張して本件申請をなすが、そもそも一般に檀信徒総代は宗教法人令によれば寺院の経営に関し主管者を扶け寺院が一定の行爲をなすについて同意をなす権限を有するけれども、寺務の執行権や寺院の意思決定についての議決権を有するものではなく、また、住職の選任についても正傳寺檀徒総代は日蓮宗々則及び正傳寺々院規則によつて、住職が欠けた場合に代務者又は関與人のなす住職候補者の選定について同意をなす権限を有するけれども、自ら住職を選任する権限はこれを有しない。しかのみならず申請人等は元正傳寺の檀徒総代であつたけれども現在は檀徒総代ではない。即ち被申請人田村行泰は正傳寺の住職に任命せられた当時新たに檀徒総代として小林高次郎外二名を選任してこれを管長に届出た。尤もその届出に際しては旧檀徒総代たる申請人等は連署を拒んだけれども、その事情を具申して届出をなしたところ管長の受理するところとなつたので、右小林高次郎外二名が正傳寺檀徒総代に就任し申請人等は檀徒総代たるの地位を失つた。よつていづれにしても申請人等は管長の住職任命行爲の効力を爭い、殊に住職の職務代行者を選任する仮処分命令を申請するについて当事者たるの適格がない。
(四) 仮に右の主張が理由がないとしても、前記日蓮宗々則第十八号第六條及び第九條によれば、代務者又は関與人が檀信徒総代の同意を得て住職候補者を選定し管長の承認を申請するのは住職が欠けた日から九十日内になすことを要し、その期間経過後は管長において住職を任命し得ることになつているから、その期間経過後は檀徒総代は住職の選任について何等関與する権限を有しない。申請人等の主張自体によるも管長の住職任命行爲は住職が欠けた日から九十日の期間経過後になされたものであるから、申請人等に本件申請の当事者適格がない。
第二に申請人等の申請は仮に不適法でないとしても左の理由によつて失当である。
(一) 被申請人日蓮宗管長深見日円が昭和二十三年十二月十五日正傳寺住職として被申請人田村行泰を特選任命した行爲は前記の日蓮宗々則第十八号第九條の規定に則つてなされたものであるから固より有効であつて、これを無効とする申請人等の主張は後記の通り凡て理由がない。
(イ) 申請人等は本件の管長の住職任命行爲は民主々義に反し憲法に違反すると主張するが、およそ宗派は信仰団体であると共に一の統制団体であつて、宗派の秩序を維持するためには統轄者によつて所属の寺院を統制する必要があり、かゝる統制の必要から管長は寺院の住職を任命するのであるからその任命行爲は何等民主々義に違反するものではない。
(ロ) 申請人等は本件の管長の住職任命行爲は檀信徒の意思を無視してなされたものであるから信仰の自由を奪い憲法に違反すると主張するが、信仰の自由とは一定の信仰を強制され或いは一定の信仰を禁止されないことをいうのであるから、檀信徒が何時でも寺院を離脱することができる以上、自己の意思に副わない住職が任命されることを以つて信仰の自由を奪われるものと解することはできない。
(ハ) 申請人等は正傳寺々院規則には管長が住職を任命することができる旨の規定がないから本件住職任命行爲は無効であると主張する。然し前述の如く宗派は統制団体であるから一定の宗派に属する寺院はその宗派の法規に服さなければならず、寺院規則は宗派の法規に抵触しない範囲において有効なものといわなければならない。いま正傳寺々院規則と日蓮宗々則とを対比してみるに、正傳寺々院規則第九條は宗則第十八号第六條に対應した規定であり、右正傳寺々院規則には住職が欠けた日から九十日内に住職候補者の選定がなされない場合についての規定を欠くが、その場合には宗則第十八号第九條の規定が適用せらるべきであつて、右規定に基きなされた本件の管長の住職任命行爲は有効である。
(ニ) 申請人等は管長による住職の特選任命は当該の寺院の檀信徒法類等の間に紛爭の生じていない限りこれを行わない慣行があると主張するが、かゝる慣行は存しないし、また管長は三戸宗務所長の調査報告を無視して本件任命をしたわけではない。すなわち宗務院の調査によれば森眞正は身延中学その他において種々の非行があり、また驗者でもないので正傳寺後任住職として適任でないと認定したのである。
從つて本件住職任命が管長の権限濫用であるというのは固より失当である。
(ホ) また本件住職任命行爲は申請人等の主張するように不純の動機からなされたものではない。
そもそも被申請人田村行泰が正傳寺住職に特選任命された事情は次のような次第である。
正傳寺は昆沙門天が勧進せられ、從來東京都内においても有数の寺院として隣在の円珠寺とならび称せられていたが、先住森海芳は本堂庫裡を荒廃するにまかせて二十数年來修復に手をつけず、殊に終戰後は檀信徒も殆んど離散して同寺は全く昔日の面彰を失つていた。一方森住職は昭和二十年十月十二日死亡し同二十一年七月十一日からは法類総代佐野隆迢が同寺の兼務住職となつていたが同師も同二十三年七月十七日任期満了により退任してからは九十日の期間を経過するも関與人たる法類総代より住職候補者の選定及び承認申請がないため、宗務院においては適当なる住職候補者の人選を進めていたが、正傳寺が前述のようなかつて隆昌をきわめた寺院であるところから住職には驗者を以つて当てることを必要とし、また堂宇の復旧について有能な人物を選定する必要があつた。被申請人田村行泰は驗者であり、円珠寺の住職としてその復興に相当の実績を示し、且つ右円珠寺に永く住し隣在の正傳寺の事情にも通曉しているので同寺の住職には最も適任としたのである。しかもその特選任命に当つては法類と親交を結ぶことは勿論、先住遺族の生活の面倒をも見ることについて承諾を求めたところ同被申請人はこれを承諾したので管長において同被申請人を正傳寺住職に特選任命したのである。管長及び本山当局者が身の危險を感じ被申請人田村行泰の歓心を買うために同被申請人を正傳寺住職に選んだというが如きは全く誤解に基く風評に從つた見解である。
(二) 更に仮に右管長の住職任命行爲が無効であり且つ申請人等がその無効の確認を求め得るとしても前記の通り住職を特選任命する権限は專ら管長に一任されていて裁判所には住職を任命する権限がないから、裁判所が住職の職務代行者を選任する仮処分命令をなすことはできない。また寺院は会社等一般の法人と異り更に一の宗派に所属し、宗派は前述のように一の統制団体であるから、寺院はその統制に服すべきものである。されば主管者は宗派に所属する寺院の住職に非行のあつた場合にはこれを懲戒処分に付する等住職を監督する権限を有するものであるところ、もしも裁判所が住職の職務代行者を選任する仮処分命令を発した場合には、その代行者を主管者が監督することができないから、そのために宗派の秩序は破壊されるおそれがあり、かゝる不都合な結果を生ずることは会社等一般の法人の取締役等の職務代行者を選任する仮処分命令のなされた場合とは著しく趣を異にするものといわなければならない。よつてかゝる仮処分命令を求める申請人等の申請は失当である。
(三) なお申請人等が昭和二十三年十月十三日森眞正宛招待状を発したとの申請人等の主張事実、同師が同月二十一日入寺したとの主張事実は否認する。同師が入寺したのは同年十二月二十五日であると述べた。<立証省略>
三、理 由
第一、先づ申請人等の申請が不適法であるとの被申請人等の抗弁について判断する。
(一) 被申請人等の第一の(一)の抗弁について。
本件は被申請人日蓮宗の管長が被申請人田村行泰を正傳寺住職に任命した行爲が法律上無効であることを本訴請求原因とするものであつて新たに住職の任命を裁判所に求めるものではない。そして被申請人日蓮宗は宗教法人令により設立登記を経て成立した宗教法人であつてその主管者である管長(昭和二十四年七月制定された日蓮宗規則第十一條により日蓮宗の主管者は宗教総長となつたが本件任命行爲の当時は主管者は管長であつたことは成立に爭のない甲第七及び同第二十九号証によつて明かである)が法人の機関としてなした住職任命行爲の法律上の効力について爭があるときはわが国の法令上特別の規定のないかぎり他の一般私法人の場合におけると同様裁判所の判断に服すべき事柄である。裁判所の裁判により右任命行爲が法律上無効であることに確定すれば管長は新たに適任者を任命する等適宜の措置をとるべきであろうが、このことは決して裁判所が管長の職務を代行するわけでもなく、また管長の権限に干渉するものでもない。從つてこの点に関する被申請人等の抗弁は失当である。
(二) 同じく第一の(二)の抗弁について。
前記甲第七号証によれば日蓮宗々則第十八号(右宗則が昭和二十四年七月日蓮宗規定第十七号が制定されるまで効力があつたものであることは右甲第七号証及び同第二十九号証によつて明かである)第十三條には管長の住職任命に対しては異議の申立をすることができない旨が規定されていることは明かであるが、しかし右規定は管長が住職を特選任命した場合にその特選任命の当否については宗内の如何なる機関に対しても異議を申立てることができないということ、換言すれば宗内においては管長の決定が最終のもので他の如何なる機関にも再審査の権限はないことを定めたのに過ぎないのであつて法律上裁判所に対しその無効確認の訴を提起することまでを禁ずる効力を有するものとは解し得ない。けだしおよそ宗派は一定の教養に基く信仰の下に統一された団体であるからその一つである日蓮宗が宗内の秩序維持の必要上その自治規則ともいうべき宗則中に前記のような規定を設けることは固よりその自由であるがその法律上の効力に関しては憲法その他法令の規定に反しない限度において有効であることはいうまでもなく、もし前記宗則の規定が被申請人等主張のように裁判所への出訴をも禁ずる趣旨とすればこの規定は国民に裁判をうける権利を保障する憲法第三十二條の規定に違反する結果となるからである。よつて被申請人等のこの点に関する抗弁は理由がない。
(三) 同じく第一の(三)の抗弁について。
およそ寺院の檀信徒は寺院の構成要素であつて寺院の外部に立つものではないと解するのが相当である。けだし寺院は一定の信仰の下に儀式を執行し教義を宣布し以つて精神の安心立命を得る目的の下に僧侶及び檀信徒が相寄つて一の団体を構成したものであるから、僧侶のみで檀信徒なくしては寺院はその存立の目的を失うと共に、その財産的基礎においても寺院は主として何等の対價関係になき檀信徒よりの喜捨に負うものであるから、檀信徒なくしては寺院はその存立の基礎を失うことになるからである。然らば檀信徒たる以上何人が寺院の主管者たる住職の地位にあるかについて直接の利害関係を有しその任免行爲の効力の有無について確認の訴を提起し或は仮処分を申請し得るものと解さなければならない。
まして檀徒総代は一般に何人が住職の地位にあるかについて一般檀信徒より更に大なる関心を有することは明かであるから、檀徒総代がその所属寺院の住職任命に関し無効確認の訴またはその保全処分である仮処分を申請するにつき当事者適格を有するものと解するのが相当である。そこで更に進んで申請人等が正傳寺の檀徒総代であるか否かについて考えるに、申請人等が同寺の檀徒総代であつたことは当事者間に爭がない。被申請人等は被申請人田村行泰が正傳寺住職に特選任命せられた当時同被申請人は檀徒総代として小林高次郎外二名を選任して管長に届出で、その届出に際しては申請人等が連署を拒んだのでその旨を具申して届出たところ受理せられたので同人等が檀徒総代に就任し申請人等は檀徒総代たるの地位を失つたと主張するが、前記甲第七号証によれば日蓮宗々則第二十号(右宗則が昭和二十四年七月日蓮宗規定第十九号が制定されるまで効力があつたことは前記甲第七及び第二十九号証によつて明かである)第六條には檀徒総代の選任及び解任は住職又は担任教師から現任総代連署の上これを管長に届出なければその効力を生じないと明定してあることが認められるから、被申請人田村行泰が小林高次郎外二名を檀徒総代として選任したとしても申請人等と連署の上管長に届出ない以上その選任は無効であるのみならず、その他に申請人等が檀徒総代たるの地位を失つたことについて何等の主張並びに疏明がない本件においては申請人等は依然正傳寺の檀徒総代たるの地位に在るものといわなければならない。よつてこの点に関する被申請人等の抗弁もまた理由がない。
(四) 同じく第一の(四)の抗弁について。
申請人等が各自正傳寺の檀徒総代として本件申請につき当事者適格を有することは前段認定の通りであつて、このことは申請人等が本件住職の任命については関與する権限を有すると否とに拘らず、これを有するものと認むべきであつてこの点に関する被申請人等の抗弁もまた採用に値しない。
第二、よつて進んで申請人等の本件仮処分命令申請の当否について判断する。
(一) 東京都港区金杉浜町四十七番地所在の正傳寺はその先代住職森海芳が昭和二十年十月十二日死亡し翌二十一年七月十八日から法類総代佐野隆迢が兼務住職となつていたが同師も同二十三年七月十七日任期満了により退任した後は無住となつていたこと、そうして昭和二十三年十二月十五日被申請人日蓮宗管長深見日円が同寺の住職として被申請人田村行泰を特選任命したことはいずれも当事者間に爭がない。
(二) 前記甲第七号証によれば宗則第十八号第六條には「一般寺院の住職が欠けた場合には代務者があればその代務者が住職候補者一人を選定し関與人及び総代の同意を得て代務者もなければ関與人が住職候補者一人を選定し総代の同意を得て住職が欠けた日から九十日以内に管長の承認を申請せねばならぬ」旨、また同第九條には「住職が欠けた日から九十日以内に住職候補者を選定しない時は管長は宗務所長に事実を調査させた上で住職を任命することができる」旨それぞれ規定されていることが認められるが、前記佐野兼務住職が退任した後九十日以内に住職候補者を選定の上管長に承認申請の手続がなされなかつたことは申請人等の主張自体より明かであり、またいずれも成立に爭のない甲第二号証及び同第三号証によれば深見管長は佐野兼務住職が退任してより右九十日の期間経過後たる昭和二十三年十二月十三日東京都南部宗務所長三戸勝亮に対し正傳寺につき事実の調査を命じ右三戸宗務所長は同寺について種々調査の上報告書を認めて同月十四日附で管長に提出したことが疏明されるので、右管長の被申請人田村行泰を正傳寺住職に任命した行爲は一應形式的には右宗則第十八号の規定に則つてなされたものといわなければならない。
(三) 申請人等は、本件住職任命行爲が形式的には宗則の規定に則つて管長の権限としてなされたものであつてもそれは権限の濫用であると主張する。
そこで右宗則第十八号第六條及び第九條の規定の精神について考えるに、右規定の精神は、その文言自体に徴しても、一の寺院の住職の選任は一面においてその所属する宗派内部の統制上宗派の主管者である管長はその権限を有せしめると共に、他面においては能う限りは宗派とは独立の法人格を有するところの当該の寺院の自治に委ねようとするにあることが窺われる。從つて管長は住職承認の申請のあつた場合においてもかならずしも申請された住職候補者を住職として承認しなければならないものではなく、権限の濫用とならない限り承認を拒否し得ると共に、自ら住職を特選任命する場合においても当該寺院の僧侶檀信徒法類等の意思を無視することなく能う限りこれを尊重すべき職責を負うものと解するのが相当である。また一方において当裁判所において眞正に成立したものと認める甲第二十七号証及び証人馬田即貞の証言によれば日蓮宗においては管長が住職を特選任命する場合は、後任住職の選定について檀信徒や法類の間において紛爭があつて住職の選任をその寺院の自治に委せておいたのではいつまでも住職が決定せず、儀式の執行、教義の宣布その他寺院の経営に多大の支障を來し、しかもますます紛爭が助長されるような最惡の事態の生じた場合にのみ限られ、その場合においても管長は住職任命に際しては宗務所長をして充分な調査をさせた上愼重に決定することが慣行となつていることが疏明される。
いま本件の深見管長による正傳寺住職任命の経過について見るに前記甲第二、第三及び第二十七号証と証人馬田即貞同西川景文の証言を綜合すれば、正傳寺の檀徒総代法類総代間で住職候補者選定の手続が遅れていたところ、昭和二十三年十二月十三日夜突然宗務院主事鶴田即融が東京都南部宗務所長三戸勝亮を來訪し正傳寺調査の命令書を手交し即刻調査報告書を作成すべき旨を傳達したので、三戸宗務所長は即刻というても無理であることを告げて了承せしめ、翌十四日正傳寺及び前記佐野隆迢の自坊円徳寺を訪れて実情を調査し同夜その報告書を認め翌十五日午前中これを右鶴田主事に手交したこと、同宗務所長は右報告書中に正傳寺の先住遺族檀徒総代においては同年十一月蓮乘寺住職馬田即貞の斡旋で山梨縣常法寺の住職青柳正法の法弟青柳眞正を先住森海芳の姪森マツに配し以て正傳寺後任住職となすべく総代会の同意を得目下法類及び関係者に交渉中である旨を記載したこと、その後宗務院の当局者よりは同宗務所長には何等の相談もなく同月二十二日に至り宗務総監西川景文が右宗務所長を訪問し正傳寺住職として被申請人田村行泰が任命された旨の同月十五日附の通知書を正傳寺法類総代及び檀徒総代宛傳達方を依頼したことがそれぞれ疏明され、これら事実によると当時正傳寺の檀信徒や法類の間においては後任住職の選任についてたいした紛爭もなかつたに拘らず、管長は充分なる調査をすることなく極めて早卒の間にしかも申請人等檀徒総代の意思を顧ることなく被申請人田村行泰を正傳寺住職に任命したことが推認され、かゝる認定に反する疏明資料は存しない。
かゝる深見管長の本件住職任命行爲は明かに前記のような宗則の規定の精神及び從來の慣行に著しく反してなされたものというべく、管長がこのようないわば非常措置をとるについて何等かの合理的事由があれば格別、そうでないかぎり右管長の処置は形式的には宗則の規定にもとづいてなされたものであつても実質的には権限の濫用であつて違法且つ無効の行爲であると認めるのが相当である。
被申請人等の主張によれば、本件住職任命の主たる理由は正傳寺復興の爲でありその爲には「驗者」であり且つ寺院復興に手腕を有する被申請人田村を適任と認めたということにあるようであるが当裁判所が眞正に成立したと認める甲第四号証及び証人西川景文の証言によれば、正傳寺は大正十二年震災により本堂を燒失したまま今日に及び僅に昆沙門堂と庫裡各一棟が現存する程度で昔日に比しかなり荒廃していることを窺い知られるけれどもこの本堂の復興は右震災以來の懸案であつて、本件任命当時になつて特にその復興問題がさし迫つた緊急問題として取り上げられていたというような事蹟はこれを認めうる疏明資料がなく、また、被申請人田村が「驗者」であり且つ正傳寺の向側にある円珠寺の住職として堂宇の修理復興に相当の実績をあげたことは前記証人馬田西川の各証言によつて認められるけれども、右認定のように、正傳寺の復興が特にさし迫つた緊急問題とも思われぬ以上、被申請人田村に右のような資格、手腕があるとしても、ただそれだけの事実を以て前記のような非常措置を正当づける理由とはならないものというの外はない。その他本件弁論にあらわれた凡ての主張と疏明によるも深見管長が本件正傳寺住職の任命につき前期のような非常措置に出でたことを納得できるような合理的理由を見出すことができない。
よつて本件の被申請人田村行泰を正傳寺住職に任命した行爲は申請人等の他の主張について判断するまでもなく無効であり且つ申請人等は其の無効確認の訴を提起し得るものといわなければならない。
(四) よつて進んで仮処分の必要性について考える。およそ信仰は儀式の執行、教義の宣布により精神の安心立命を得る目的にいでるものであるから本來自己の尊信し帰依する僧侶を得てはじめてその目的を達することができるものであつて自己は、徳行欠けた者として排斥する僧侶を住職としてこれより儀式の執行、教義の宣布をうけることになれば信仰生活は根底から破壊され精神上多大の苦痛をうけることは明かである。申請人等が被申請人田村行泰を徳行欠けた者として排斥していることはその主張自体より明かであるから申請人等は同被申請人の正傳寺住職としての職務執行を停止する仮処分命令を求める必要があるものといわなければならない。そうして同被申請人の住職の職務執行を停止した場合にはその職務の代行者を選任しなければ儀式の執行、教義の宣布その他寺院の経営に関し多大の支障を來すであろうことは明かであるから、住職の職務代行者の選任を求める必要のあることもいうまでもない。
被申請人等は裁判所は住職を任命する権限がないから住職の職務代行者を選任する仮処分命令をなし得ないと主張する。なるほど裁判所は本來住職を任命する権限はこれを有しないが、しかし裁判所が仮処分命令を以つて住職の職務代行者を選任するのは住職そのものを任命するのとは異るし一般に裁判所は法人の機関の職務の執行を停止する仮処分命令をなすことができるものと解すべきところ、かゝる場合にその職務の代行者を選任するのは当該の機関の職務の執行が停止された結果その法人の活動が全く停止されてしまうことを防止するために必要欠くべからざるものとしてなす附随的処分であるから、かゝる処分は本來その機関の選任が裁判所の権限に属する必要は毫も存せずそのことは裁判所が寺院の住職の職務の執行を停止する仮処分命令を発する場合についても何等異るべき理由はない。また被申請人等は、裁判所の選任した職務代行者に非行のあつた場合宗派の主管者はこれを監督することができないから宗派の秩序は破壊される虞があると主張するが、裁判所が正傳寺の住職の職務代行者を命じた場合その職務代行者と雖も、住職の職務を代行するにあたつては仮処分命令の目的に反しない限り日蓮宗の主管者たる宗務総長(日蓮宗の主管者が現在宗務総長であることは前述のとおりである)の指揮監督に從う職責があるものと解すべきであつて、もしもその職務代行者が宗の統制を紊すような行爲があつた場合には本件仮処分命令の被申請人たる日蓮宗は事情変更による仮処分命令の取消変更を求めることができるものと解するのが相当であるから、裁判所が本件仮処分命令により住職の職務代行者を選任しても被申請人等の主張するような不都合な結果を生ずるとは考えられない。よつて被申請人等の右主張は理由がない。
よつて更に何人を正傳寺の住職の職務代行者に選任するのが相当であるかについて考えるに、申請人等は森眞正を職務代行者に選任する旨を申請するけれども、同師は申請人等が正傳寺の後任住職に推挙する者であることは申請人等の主張自体により明かであるが、たとい管長が被申請人田村行泰を正傳寺住職に任命した行爲が無効であることが裁判上確定されても、申請人等としては住職を直接選任する権限のないことは前記宗則第十八号及び正傳寺々院規則の規定によつて明かであること、前記甲第二十七号証によれば右森眞正が正傳寺の後任住職として同寺の法類の全面的支持をうけるかどうかについては必らずしも明かでないこと等諸般の事情を考えあわせれば、同師を住職の職務代行者に選任することはむしろ適当でなくかつて同寺の法類総代であつて且つ同寺の兼務住職であつた佐野隆迢を正傳寺の住職の職務代行者に選任するのが最も適当であると考える次第である。
(五) なお、申請人等は、被申請人日蓮宗管長の被申請人田村行泰を正傳寺住職に任命した行爲の効力を停止する旨の処分をも申請するが、同被申請人の正傳寺住職たるの職務の執行を停止する以上右のような処分までを必要とする理由はこれを認め難くこの部分の申請は失当として却下する。
(六) よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十二條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岸上康夫 山本実一 今村三郎)