東京地方裁判所 昭和24年(ヨ)3469号 決定
申請人 市来崎一雄 外三十三名
被申請人 株式会社大林組
一、保証 無保證
二、主 文
被申請人が昭和二十四年十月十一日附を以て別紙「一第一目録」記載の申請人等に対してなした解雇の意思表示は、その効力を停止する。
別紙「第二目録」記載の申請人等の本件申請は、いずれもこれを却下する。
三、理 由
当事者等が提出した疏明資料により、当裁判所が一応認定した事実に基く理由の要旨は、次のとおりである。
第一、申請人等は、もと被申請人会社の従業員であつて大林組従業員組合の組合員であるが、被申請人会社は、昭和二十四年十月十一日附を以て、申請人等を解雇する旨の意思表示をなした。
第二、「被申請会社は、右解雇に際し、解雇予告手当を同時に支給せず同月十四日から支払う旨通告しているからその解雇は労働基準法第二十条に違反して無効である」との申請人の主張に付いて
(一)、解雇予告手当を支払うことなくしてなした労働者を即時解雇する旨の意思表示は、労働者の待遇に関する最低の基準に違反するものであるから、その限りにおいては無効であると、いわなければならない。
(このことは、労働基準法第十三条が、同法に違反する労働契約を無効としている趣旨からもうかがえるところである。)
(二)、しかしながら、労働基準法第二十条は、期間の定めのない労働契約について、使用者の責に帰すべき事由により労働者を解雇する場合、労働者が賃金により、その生活を維持しながら、新たに職を求めることのできるように、(これは予期しない解雇によつて労働者のこうむる不利益をさけるためである。)三十日前に解雇の予告をなすこと、又は、これに代えて、職を求めるための相当期間中の生活を保証するにたる手当を支払うことを要求するものであるから、たとい、即時の解雇としては無効であつても、後に、これらの要求がみたされた場合には、その時から、その解雇は有効となると解してさしつかえない。従つて
(1)、使用者の意思が、必ずしも即時解雇を固執する趣旨でないと認められる場合には、解雇の意思表示があつた日から三十日を経過したとき。
(2)、後に解雇予告手当を現実に提供したとき。(労働者がその受領を拒絶し又は予め拒絶している場合には文言上の提供をなしたとき。)
(3)、解雇が「天災事変その他やむを得ない事由のため事業の継続が不可能となつた」こと、又は、「労働者の責に帰すべき事由」に基くものであることに付き、行政官庁(所轄労働基準監督署長)の認定を受けたとき。
は有効となるのである。
本件の場合、申請人等のうち十七名は、同年十月末頃までに解雇予告手当を受領しており、その他の受領拒絶者に対しても、同月十四日にこれを支払うべき旨を通知して、その資金を準備していたことが認められるから、本件解雇は、ひつきよう、労働基準法第二十条に違反して、無効であるということができない。
第三、「本件解雇は、被申請人会社の就業規則に違反して無効である。」との申請人等の主張について。
一、被申請人会社の就業規則には、左の条項がある。「第五十三条、従業員が次の各号の一に該当するときは三十日前に予告するか、又は三十日分の平均賃金を支給して解職又は解傭する。但し天災事変その他やむを得ない事由のため事業の継続が不可能となつた場合、又は、従業員の責任に帰すべき事由に基いて解職又は解傭する場合においてはこの限りでない。
一、精神若くは身体に故障があるか、又は虚弱老衰若くは疾病のため就業できないと認めるとき。
二、前号に準ずるやむを得ない事由のあるとき。
(以下略)」
「第九十一条。第二十四条、第五十三条及び第八十九条第五号の規定の適用については、大林組従業員組合と協議の上これを行う。」
二、右条項の適用に関し、被申請人は、
(一)、右第五十三条は、平常の場合において、個々の従業員を退職せしめる際の解雇基準並に解雇手続を規定したものであり、本件のように、やむを得ない事情のため、現状における事業継続が不可能となり、従業員の大量解雇を必要とする場合は、同条の適用外である。
(二)、右第五十三条は、第一、二号以外には解雇することができないとして解雇原因を制限する趣旨ではなく、右以外の場合でも法律に定める手続に従つて解雇することができる。
(三)、右第五十三条において解雇基準の一、二号を規定したのは、当時被申請人会社と大林組従業員組合とのあいだの労働協約に「第九条、会社は組合と協議した上でなければ従業員を解職しない(以下略)」との規定があり、解雇基準を列挙しても無意味だつたからである。すなわち、右第五十三条は、協約の存することを前提としたものであるが、協約の失効した現在においては、同条項は空文に帰し、被申請人会社は、法令の制限内で任意に解雇することができる。
かくして、被申請人会社は、昭和二十四年十月十一日労働組合法第十五条第二項に従い、右協約破棄の通告をなし、その後、被申請人会社の定めた八項目の解雇基準により、申請人等を解雇したのであるからその解雇はもとより有効である。
と主張する。
おもうに、右第五十三条は労働基準法第二十条の趣旨にのつとり、且つ、正当の事由なくして、従業員を解雇することを制限するために設けられた規定であると解すべきである。従つて
(一) 「天災事変その他やむを得ない事由のため事業の継続が不可能となつた場合。」(企業外部の不可抗力に基き企業全体を存続、再起し得なくなつた場合)に該当しない本件においては右第五十三条所定の解雇基準の適用を免れない。
(二)、しかしながら、同条第一、二号所定の解雇基準は、解雇の正当事由を例示したものというべきであるから、被申請人会社が正当な事由によつて解雇すること(但し第九十一条の制限に従うべきことに付いては後に述べるとおりである。)を妨げるものではない。
(三)、就業規則は、労働協約とは独立して存立し、且つ独自の効力を持つものであるから、労働協約の失効後といえども、空文に帰するということはあり得ないことである。
三、(一) 然らば、被申請人会社は、自由に解雇基準を定め任意に従業員を解雇することができるかというに、前記第九十一条には「第五十三条……の規定については、大林組従業員組合と協議」すべき旨の規定があり、右条項は解雇の要否、範囲、解雇人員等を一般的に協議するとともに前以て、一般に解雇基準を規定しておくかわりに、個々の具体的場合に、個別的に解雇基準を設定し、且つ当該解雇がその基準に該当するか否かを判断し、その判断の合致をまつて従業員を解雇する趣旨のものであると解すべきであるから、被申請人会社が、解雇基準の設定を含めて解雇に付き右条項の制約を受くべきことはいうまでもない。
(二)、而して、右第九十一条の解釈としては、「被申請人会社の提案が客観的に判断して妥当であり、且つ従業員組合をして十分納得せしめるにたるだけの手段、方法を講じたにもかかわらず、従業員組合において正当の事由なくその提案を拒否するならば、被申請人会社はかかる従業員組合の意思は信義誠実の原則に違背し且つ経営参加の能力のないことを現わすものとして、これを無視し、一方的に解雇することができる。」ということができよう。
(三)、よつて、被申請人会社が、いかなる程度従業員組合と本件解雇につき協議したかを検討する。
(1)、被申請人会社は経営合理化のための企業整備を断行するため従業員総数三千二百余名中八百余名の解雇を決意し、昭和二十四年九月七日従業員組合に対し同月三十日までに整理完了の予定を以て、解雇についての協議の申入をなし、爾来次のような経過をたどつた。
(2)、九月十二、十三日経営協議会を開き会社の整理案を検討したが、(イ)企業整備、人員整理の算定の基礎である八千八百万円の損失の根拠が不明確であること、(ロ)人員整理が企業再建計画と無関係に立案せられ、整理後の再建計画が明確でないこと、その他、解雇基準退職金などについても従業員組合側に疑義、不満があり、従業員組合は、中央労働委員会に対し、右人員整理についての斡旋を申請するとともに、組合大会にはかつてその態度を決定することとした。
(3)、その後被申請人会社及び従業員組合は中央労働委員会末弘会長から、なお交渉を続行すべき旨の勧告を受け、協議の期間は一応延長せられることとなつたが、その間従業員組合は、九月二十九、三十日に組合大会を開き、整理問題を討議した結果、十月三日の経営協議会にその組合案を提示し、十月八日まで、七回に亘り経営協議会を開催した。
(4)、この協議会において、従業員組合は、(イ)整理の基礎となる收支目論見書につき会社案も組合案も相互に相手方を納得させることができないので、地方経営協議会別の共同調査を行うこと、(ロ)人員整理は或る程度やむを得ないが、希望退職者の退職金を増額して、極力これを募ること、(ハ)退職金を増額することを主張したほか、解雇基準帰郷旅費などについて組合案を提示し、その協議を求めた。
(5)、これに対し、被申請人会社は、中央労働委員会の斡旋を拒否するとともに、退職金、帰郷旅費等の増額は、会社の財政上これを許さない。その他の申入はすべてこれを拒否する旨を回答し、ただ、帰郷旅費支給の期間について、若干の讓歩をなしたにとどまり、十月八日従業員組合との意見の一致をみることができなかつたことを理由に、その協議を打切り、被申請人会社の原案に従つて、人員整理を断行する旨通告した。
(6)、その後、十月十日末弘中央労働委員会会長から、被申請人会社及び従業員組合の双方に対し、個人的斡旋の申出があつたが、被申請人会社は事態の急迫していることを理由にこれを拒否し、翌十一日午前中前記のように労働協約の無効を通告し、引継き同日午後本件解雇の通知を発したのである。
(四)、このような事実関係に徴すれば、被申請人会社は、当初からその立案した人員整理計画を最善のものとして、従業員組合に対し、終始その無条件承認を要請していたことがうかがわれるのであつて、とりわけ、従業員組合が人員整理に対し相当の誠意を示しており、また、昭和二十三年六月から、同年八月までの被申請人会社再建整備計画の立案並にこれに伴う人員整理問題につき、よく経営参加の責を果したことを考慮にいれると、前段認定の協議の程度では、被申請人会社において、よく経営者としての責を尽したとはいい得ない。加うるに、被申請人会社の提示した人員整理案についてみても、過去の損失を消すことに急で、従業員の整理と企業の再建との関連が明確でなく、科学的な将来の見透しのもとに人員整理案が立案せられたと解し難い点もある。それゆえ、従業員組合が、被申請人会社の提案を拒否したことにも理由があり、従つて、被申請人会社が、従業員組合との判断の一致をまつことなくなした本件解雇の意思表示は前記就業規則第九十一条及び第五十三条に違反するものといわざるを得ない。
四、就業規則違反の解雇の効力につき被申請人は、「右違反の行為は単なる契約違反の債務不履行となるに過ぎない。」と主張する。
おもうに、就業規則は、使用者が一方的に制定するものであることには相違ないが、それが一旦定立せられた場合には、一の法的規範として、制定者の意思を離れた客観的存在と一般的妥当性とを取得し、企業の成員は何人といえども、その行動様式に従わなければならないのである。而して労働者の待遇に関する事項を定めた条項に違反した場合には、法律上無効であると解すべきことは、労働基準法第九十三条の趣旨に徴し明かである。
第四、「本件解雇につき、昭和二十四年十二月二十一日被申請人会社と従業員組合とのあいだに、本件解雇について円満妥結する旨の協定が成立したから、申請人等は本件解雇について異議を申立てることができない」という被申請人の主張について。
(一)、前記就業規則第九十一条にいう協議とは事前の協議及びこれに基く判断の一致でなければならない。けだし、右第九十一条は、従業員組合の経営参加を認め、その団結力によつて労働者の地位を保護せしめる趣旨の条項であるが個々の組合員に対し解雇の意思表示のなされた前と後とによつては、組合員相互の団結の緊密さに、いちじるしい程度の差があることは、事態の性質上まぬがれ難いところであり、解雇の意思表示がなされてから後においては、それ以前におけるほどの団結力、従つて、その団結力による保護を期待し得ないからである。
(二)、本件の場合、従業員組合は、被解雇者を含む全組合員の無記名投票により、絶対多数を以て右協定を締結したとせられるのであるが、使用者からひとたび解雇の発表があつた場合、これをやむを得ないとするのが、従属的地位にあるものの一般の通性であつて解雇せられたものについていえば、自己の解雇を承認した以上(かかるものが被解雇者の大多数である)他人の人事ないし、使用者の人事権の行使について無関心となるのは当然であり、又、解雇せられなかつたものについていえば自己保存の本能に従うものが多く、(従業員がいかに解雇をおそれているかを想起すればこのことはたやすく理解されるであろう)ひとたび地位が保持せられた以上、現状維持に傾くこともまたやむを得ないのである。ひつきよう、解雇後の組合員の総体的意思なるものは相互扶助の団結力によつて結合せられたものではなく、他人のことに或る程度無関心となつた個別的意思の集合にすぎないともいえるのであつて、かかる意思によつては、もはや組合員の地位を保護し得ないといわなければならない。従つて解雇が無効である以上爾後の承認によつてこれを有効とするがごときことは許されないと解するか、或いは少なくとも、かかる承認は――組合員を実質的に統制するだけの全体意思の表現といい得ないから――組合員の既得権を奪い得ないという意味において解雇を争う個々の組合員には対抗し得ないというべきである。
第五、「申請人等のうち、二十名は退職金、解雇予告手当等を全部受領し、そのうち十七名は、依願退職届を提出して、解雇を承認している。」との被申請人の主張について、
(一)、依願退職届を出したり、解雇予告手当、退職金等を受領した場合には、解雇を承認しない旨明確にその意思を表示する等その他の方法により、解雇の効力を明かに争う旨の反証のない限り、解雇を承認したと認めるのほかはない。
(二)、(1) 依願退職願を提出せず、解雇の効力を争う旨を明かにして退職金を受領した申請人奈良忠一、同木下三郎、同久野広繁、(2) 依願退職願を提出し退職金を受領したが、当初より解雇の効力を争い、入院療養費にあてるため、同年十二月二日にいたりこれを受領したと認められる申請人瀬川直(なお同申請人は解雇予告手当を受領していない)
(3)、退職金をとるため、依願退職願を提出したがその際、解雇を承認するものではないことを附記したところ、受理を拒否され、改めて通常の退職届を提出したと認められる申請人長野隆行については、いずれも解雇を承認する意思がなかつたものと認められる。
(三)、しかし、その他の申請人(別紙「第二目録」記載のもの)については、このような反証なく、一応解雇をやむを得ないものとして、承認し退職金を受領したと解するほかはない。もつとも
(1)、申請人荒井良治は、同人の病臥中、同人の不知の間に、その妻が退職願を提出し、退職金を受領したと主張するが、病気恢復後直ちに同申請人において、異議を申立てなかつたことに徴すると解雇を承認したと解するのほかなく、
(2)、申請人糟谷禎一は、館山かねに対し退職金受領の件を委任しただけで、退職願の提出を依頼したことなく、被申請人会社側においてほしいままに退職願を作製したものであると主張するが、自ら直接解雇の効力を争う旨の意思を表示しない限り、退職金を受領した以上、解雇を承認したものといわざるを得ない。
第六、以上の理由により、右のように解雇を承認したと認められる以外の申請人等(別紙「第一目録」記載のもの)に対する解雇は無効であるから、仮処分の必要ありと認め、その解雇の効力を停止する旨の仮処分を命じ、別紙「第二目録」記載のものの本件申請は失当であるから、これを却下すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 柳川真佐夫 中島一郎 高島良一)
別紙目録<省略>