東京地方裁判所 昭和24年(ワ)1411号 判決
原告 後藤直則
被告 常盤角蔵
一、主 文
被告は原告に対して東京都墨田区緑町四丁目十四番の六宅地二十二坪四合五勺の地上にある同町四丁目十四番地の四家屋番号同町十四番木造亜鉛葺平家建居宅一棟建坪六坪の建物を收去してその敷地を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告の兄後藤秀一は訴外若林保全合資会社所有の主文掲記の宅地を普通建物所有の目的で期間大正十五年六月一日より昭和二十八年六月末日迄賃料一箇月金二十一円月末払の約束で賃借し、その地上に登記のある木造瓦葺二階建家屋一棟を所有していたが、昭和二十年三月九日戦災で焼失し、秀一及び家族全部はその際戦災のため死亡した。原告は昭和二十一年五月十三日の届出により秀一の選定家督相続人となり同人の家督を相続したので、右賃貸借契約における賃借人たる地位を承継した。而して右賃借権は戦時罹災土地物件令、罹災土地借地借家臨時処理法によつて昭和二十一年七月一日以後五箇年間第三者に対抗することができるものなるところ、被告は何等正当の権限なく昭和二十年五月頃右地上に主文掲記の建物を建築所有し原告の賃借権を侵害している。而して、この建物は登記簿上墨田区緑町四丁目十四番地の四地上にある旨表示せられているけれども、事実は十四番の六地上にある。則ち右土地は以前同町四丁目十四番の一宅地百二十九坪三合の一部であつたが地主において昭和二十三年五月二十四日借地権の範囲を明確にするため借地人に対する貸付坪数に応じて分筆の登記をなし、大通りに面して北から南に順次同番の四、五、六と分割し、六の南側は小路に接していて、その六の地上小路に面して右建物が存在しているから本来十四番の六と表示すべきものを誤つて十四番地の四と表示せられているのである。
なお前記秀一の罹災建物について登記のあることは登記簿の焼失並に関係者死亡のため立証困難であり、且つ賃借権の登記はないと思われるので前記処理法第十条による権利の主張が許されないとすれば、被告は無権限に土地を使用している不法行為者であるから、原告は被告に対して賃借権に基づいてその侵害を排除するため建物の收去の請求ができる筋合である。
仮に賃借権に物権的効力を認められないとの理由で右の主張が採用せられないとすれば賃貸人である土地所有者の不法占有を理由とする本件建物の收去を求める権利を代位して行使することをも予備的に主張する。いづれにしても被告は原告に対して右建物を收去すべき義務があるので本訴に及んだと述べ、被告の抗弁事実を否認した。<立証省略>
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実中、原告の兄後藤秀一が若林保全合資会社所有の原告主張の宅地をその通りの約束で賃借し(但し期間の点は認めない)、その地上に所有していた家屋がその主張の通り戦災で焼失したこと、原告が秀一の選定家督相続人で同人の権利義務を承継したこと並に被告が原告主張の建物を建築所有していることは認めるがその余の事実は認めない。この建物は十四番の四地上にあり、現地がどのように分筆せられたかは被告の知るところでない。被告は緑町四丁目十二番地で罹災し秀一と懇意の間柄であつたので同人並に家族の屍を火葬にしてその霊を弔いその焼跡に居住するようになつたが、昭和二十二年五月頃原告代理人女川清吉との交渉で原告の有する賃借権を代価八百円で譲り受け、地主の承諾は原告の方で得ることに定めた。而るに被告がその後間もなく女川に八百円を提供したところ、同人は代価を八千円と称してその受領を拒絶したが、譲渡は有効であるから原告の請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告の兄後藤秀一が若林保全合資会社所有の原告主張の宅地をその主張の通りの約束で賃借し(期間の点を除く)、その地上に家屋を所有していたところ戦災で焼失したこと、原告が秀一の選定家督相続人となり昭和二十一年五月十三日その届出をなし同人の権利義務を承継したこと並に被告が原告主張の建物を建築所有していることは当事者間に争ない。
而して右建物は登記簿上墨田区緑町四丁目十四番地の四地上にある旨表示せられているけれども、証人浅井兼吉の証言によつて成立を認められる甲第五号証、成立に争ない同第六乃至第八号証の各記載と同証人並に証人常盤ヒサの各証言を綜合すれば前記合資会社はその所有の緑町四丁目十四番の一宅地百二十九坪三合について借地権の範囲を明確にするため借地人に対する貸付坪数に応じて分筆することになり、右宅地の西側大通に面して北から南に順次同番の四、五、六と分割し(六の南側は小路に接続している)昭和二十三年五月二十四日その旨の分筆届をしたが、秀一の賃借していた土地は右の六に該当するものであつてその地上小路に面して本件建物が存在していること並に秀一の賃借権の期間は昭和八年六月頃から昭和二十八年六月頃迄二十箇年間であつて地上建物が戦災で焼失する当時は勿論借地権者であつたことを認めることができる。この認定を左右すべき証拠はない。
然らば秀一の借地権は原告に承継せられ、罹災都市借地借家臨時処理法によつて昭和二十一年九月十五日以降十箇年間の残存期間あるものと解すべきである。
被告は昭和二十二年五月頃原告代理人女川清吉との交渉で原告の有する賃借権を代価八百円で譲り受けたと抗弁し、証人常盤ヒサはこれに符合する証言をするけれども、証人女川清吉の証言と対比して信用し難く他に右抗弁事実を認むべき証拠がないのに反し、却つて右女川証人の証言によれば、その頃女川は被告が無権限で本件土地を使用しているのでその明渡を求めたが移転先がないので、原被告間に賃借権の譲渡の斡旋を試みたことがあるけれども、被告の申出た八百円の代価では原告に相談する迄もなく譲渡契約の成立する見込ないものと考え交渉を打ち切つたもので、譲渡契約は不成立に終つたことを認めることができるから、被告の右抗弁は理由がない。
原告は前記処理法第十条に基づいて本件建物の收去を請求するのでその当否を判断する。
登記のない土地の賃借権は建物保護法によつて保護せられているけれども、地上建物が焼失した場合には同法による保護を受けることができなくなるので、処理法第十条は臨時的措置として戦災等のために大量的に建物保護法による保護を失つた賃借権を保護する目的を有するものと解すべきであつて戦災に罹つた建物について焼失に至る前に、登記がないため、同法による保護を受けることができなかつた土地の賃借権までも保護してこれに対抗力を付与する趣旨であると考えることはできない。
而して本件において秀一所有の罹災建物について焼失前登記のあつたことは、これを認むべき証拠がないから、原告の賃借権は処理法第十条による保護を受けることができないものと解すべきである。
よつて次に原告の賃借権侵害を理由とする妨害排除の請求を判断する。
元来賃借権は排他性のない債権であるからこれに妨害排除というような物権的な請求権を無条件に認めることは現行法律の下では許されないものと考える。然しながら賃借権も不可侵性を有する権利である以上これに加えた第三者の妨害に不法行為が成立し、且つその賃借権が占有を伴う場合には、不法行為者に対して侵害排除のため物権的請求権を行使することができるものと解するのが正当であろう。
本件において被告が本件土地を使用する権限については、前記の外に何等の主張がないから結局被告は不法に土地を使用しているものというの外ない。従つてこれによつて原告の賃借権を不法に侵害するものと認むべきであるけれども、後藤秀一の賃借権は前記の通り地上建物の焼失とその際居住者全員の死亡によつて占有を喪失したものと推認すべきであるから、相続人たる原告は占有を伴わない賃借権を承継したものであり、その後新に占有を取得したことについて何等の主張のない本件では原告の本件土地に対する賃借権は占有を伴わないものというべきであるから前記の理由によつて賃借権侵害を理由とする請求も認容することができない。
然しながら前認定の通り地主である若林保全合資会社は被告に対して不法占拠を理由として本件建物の收去と敷地の明渡を求める権利を有すること明かであるから原告が地主を代位してその建物の收去とその敷地の明渡を求める請求は理由がある。
以上の次第で原告の請求を正当として認容し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、なお仮執行の宣言についてはこれを付けないのを相当と認めるからその宣言をしない。よつて主文の通り判決する。
(裁判官 西川美数)