東京地方裁判所 昭和24年(ワ)1497号 判決
原告 松葉喜助
被告 株式会社 大和銀行 外一名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一請求の趣旨
(一) 被告株式会社大和銀行(以下単に被告銀行という。)は、原告から金二万五千円の支払を受けた後、原告に対し別紙<省略>記載の日東紡績株式会社株式五百株を譲渡せよ。
若し、右譲渡が不能となつた場合は、原告に対し右金員の支払を受けた後、右と同一銘柄の右会社株式五百株を譲渡せよ。
(二) 被告西沢喜太郎(以下単に被告西沢という。)は、原告から金二万円の支払を受けた後、原告に対し右会社株式四百株を譲渡せよ。
もし右請求が理由がない場合には、
被告西沢は、原告に対し金二万八千百五十円及び内金八千五百円について昭和二十四年五月一日より、残余について昭和二十六年三月一日より、各々支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は被告等の負担とする、との判決及び金員の支払につき仮執行の宣言。
第二請求の原因
(一) 訴外日東紡績株式会社(以下単に訴外会社という。)は、(イ)昭和二十三年七月八日の株主総会の決議に基く九千万円の資本増加につき増加資本を一株五十円の株式に分け(この株式を以下第二新株という。)、うち百六十八万株につき、右総会の決議により同年九月十五日午後四時現在の株主に所有株式一株につき一、四株の割合で引受権を与え、(ロ)昭和二十四年一月二十六日の株主総会の決議に基く一億五千万円の資本増加につき、増加資本を一株五十円の株式に分け(この株式を以下第三新株という。)、うち二百四十万株につき、右総会の決議により同年二月二十五日午後四時現在の株主に所有株式一株につき〇、八株の割合で引受権を与え、(ハ)同年七月三十一日付で認可された右会社の企業再建整備計画による三億円の資本増加につき、増加資本を一株五十円の株式に分け(この株式を以下第四新株という。)、その全部につき、右計画に定めるところにより同年八月三十一日午後四時現在の株主に所有株式一株につき一株の割合で引受権を与えた。
(二) 原告は昭和二十三年二月二十八日訴外山二証券株式会社に委託して前記訴外会社株式百株を買い受け、名義人たる被告西沢の白紙委任状の添付された右株式の株券(十株券十枚、この記号番号は、ろ乙第八五七六号乃至同第八五八五号)の交付を受け、更に同年八月三日訴外小柳証券株式会社に委託して訴外会社株式百株を買い受け同月六日名義人たる被告銀行(旧商号は株式会社野村銀行であつた、以下同じ。)の白地裏書ある右株式の株券(五十株券二枚、この記号番号は、ち第五三三六号、同第五三四五号)の交付を受けた。(これらの株式を以下親株という。)
ところで原告は、右第二新株につき引受権を与えられる期日たる昭和二十三年九月十五日午後四時迄に、右親株につき原告名義に名義書換手続をすることを失念した為に、第二新株の引受権は株主名簿上なお株主である被告等に与えられることとなり、被告等はこれを引受け、払込をしてそれぞれ百四十株を取得した。
(三) 更に、(イ)被告銀行は、その取得した第二新株に(一)の(ロ)にのべた割合で引受権を与えられた第三新株百十株及び右第二、第三新株に(一)の(ハ)にのべた割合で引受権を与えられた第四新株二百五十株をそれぞれ引受け、払込をして取得し、(これらの株式の株券の種類及びその記号番号は別紙記載の通りである。)(ロ)被告西沢は、その取得した第二新株に引受権を与えられた第三新株百十株を引き受け、払込をして取得し、第四新株につき引受権を与えられる期日前である昭和二十四年四月二十八日に、第二新株のうち百株を他に譲渡したので残余の合計百五十株につき引受権を与えられた第四新株百五十株を引き受け、払込をして取得した。
(四) ところで原告は、次の理由に基き被告銀行に対してはその取得した五百株の、被告西沢に対してはその取得した四百株の各増資新株の譲渡をもとめ得るものである。
第一、親株の株主権
株式の譲渡により株主として有する一切の権利は譲受人に移転するものであるから、単に会社に対する対抗要件にすぎない株式の名義書換の有無を問わず、譲渡当事者の関係においては、本件各増資新株の引受権は当然親株の譲受人たる原告に移転したものであるから、原告は親株の株主権に基き、親株の譲渡後に単に株主名簿上の名義人たることにより引受権を与えられて本件各増資新株を取得した譲渡人たる被告等に対し、これが譲渡をもとめることができる。
第二、商慣習
株式の取得者が増資新株の引受権を与えられる期日迄に、その株式につき名義書換をすることを失念した為に、これを与えられず、かえつて株主名簿上なお株主である譲渡人にこれが与えられ、同人が引受け、払込をして増資新株を取得した場合には、譲渡人はその取得した増資新株を株式の取得者に譲渡しなければならないとする商慣習が存在し、原告はこの商慣習に従う意思をもつて本件親株を取得した。
第三、不当利得
被告等は本件親株を他に譲渡したのであるから、株主として有する一切の権利を喪失し、当然新株引受権を有しないにもかかわらず株主名簿上なお株主であつたことによつて形式上引受権を与えられた本件各増資新株を引き受けた為に、真実の株主として実質上これが引受権を有する原告は、これを取得することができなかつた。従つて、被告等は法律上正当の原因なくして本件各増資新株の引受を為し、原告の損失においてこれを取得したものである。なお、被告等は、本件各増資新株引受当時から、その法律上正当の原因を欠くことを知つていたものである。
第四、事務管理
すでにのべたように、被告等は本件親株を他に譲渡し、株主として有する一切の権利を喪失したのであるから、株主名簿上なお株主であつたことによつて引受権を与えられた本件各増資新株を引き受ける権利なきは勿論、原告等の為にもこれを引き受けるべき義務のないものといわなければならない。然るに、被告等において出捐を敢てしてこれを引受け、取得したのは、当時の真実の引受権を有する者のために代つてこれをしたものと云うほかない。よつて原告は、被告等に対し、民法第七百一条、第六百四十六条により本件各増資新株につき、権利の移転をもとめることができる。
(五) 而して、被告西沢は、その取得した本件増資新株のうち百株を、右(三)の(ロ)にのべたように昭和二十四年四月二十八日に一株百三十五円(当時の市場価格)で、残余は昭和二十六年二月二十三日に一株百十五円五十銭(当時の市場価格百十九円から所定の手数料を控除したもの。)でそれぞれ他に売却したのであるが、株式は高度の代替性を有し、記号番号の如何によつてその価値に差異を来すものではないから、原告は右各増資新株と同一銘柄の株式の譲渡をもとめ得るのみならず、かかる場合には、その取得した増資新株と同一銘柄の株式を譲渡すべき商慣習が存在する。
(六) よつて原告は、(イ)被告銀行に対し、右(四)の第一乃至第四の原因に逐次基き、被告が支出した本件各増資新株の払込金の合計金二万五千円相当の金員を支払つたうえ、別紙記載の株式五百株の譲渡をもとめ、これに対する強制執行が不能となつた場合の代償請求として右株式と同一銘柄の株式五百株の譲渡をもとめ(その理由は右(五)にのべたところと同一である。)、(ロ)被告西沢に対し、被告が支出した本件各増資新株の払込金の合計二万円相当の金員を支払つたうえ、右(五)にのべた理由により、原告が右(四)の第一乃至第四の原因に逐次基き譲渡をもとめ得る被告の取得した本件各増資新株と同一銘柄の株式四百株の譲渡をもとめ、右請求が理由がない場合の予備的請求として、右(四)の第一、第二、第四については債務不履行による損害賠償として、第三については利得の返還として二万八千百五十円(被告が本件各増資新株を右(五)にのべた如く他に売却した当時の時価合計から右二万円を控除したもの。)及び内金八千五百円については売却の日の後である昭和二十四年五月一日から、残余については同じく売却の後である昭和二十六年三月一日から各々支払済に至るまで法定の年五分の遅延損害金(但し、第三については利息)の支払をもとめる。
第三被告等の答弁及び主張
一 原告の請求を棄却する、との判決をもとめる。
二 請求原因事実に対する答弁及び主張(右請求原因事実に附された番号に対応する。)
(一) (一)(三)の各事実は認める。
(二) (二)のうち、被告等が、それぞれ第二新株百四十株を引受、取得した事実は認めるが、その余の事実は知らない。ただ(イ)被告銀行は、昭和二十三年五月六日原告主張の株式を含む被告所有の訴外会社の株式千株を株券に白地裏書のうえ、訴外野村証券株式会社に委託して売却し、(ロ)被告西沢は、昭和二十二年六月二十四日原告主張の株式を含む被告所有の訴外会社の株式五百株を株券に被告作成の白紙委任状を添付して、訴外田中証券株式会社に委託して売却したものである。
(三) (四)について。
(A)
第一、親株の株主権について。
本件各増資新株は、親株とは別個独立の株式であつて、原告は親株の株主権に基き右増資新株の譲渡を請求し得るいわれはない。仮りに原告主張のように、原告が親株に伴い本件各増資新株の引受権を取得したとしても、原告は右引受権の行使の前提である親株についての名義書換を失念したものであるから、結局これを喪失した。
第二、商慣習について。
原告主張の商慣習の存在を否認する。却つて、本件の如き場合を律するものは被告等が後に(B)において主張する商慣習である。
第三、不当利得について。
原告が本件各増資新株を取得できなかつたのは、第二新株につき引受権を与えられる期日までに、この附与を受けるに必要な親株についての名義書換をすることを怠つたことによるものであつて、被告等が右第二新株を引受けたことによるものではない。すなわち、原告が本件各増資新株を取得できなかつたことによる損失と、被告がこれを取得したことによる利得との間には直接の因果関係がないから不当利得は成立しない。
(B) 仮りに被告等が、原告主張の右各原因のいずれかに基き、本件各増資新株を譲渡すべき義務があるとしても、本件の如く、株式の取得者が増資新株につき引受権を与えられる期日までに、当該株式につき名義書換をすることを失念し、引受権は株主名簿上なお株主である譲渡人に与えられ、同人がこれが引受払込をして増資新株を取得した場合に、親株の取得者が右譲渡人に対しその取得した増資新株の移転をもとめるには、(1) その買受先の証券業者を順次遡つて請求し、(2) 且つ、当該増資新株の時価と額面額との差額の五割乃至七割を支払わなければならないとする商慣習が存在する。原告の被告等に対する請求は右のいずれの要件も満していないから、之に応ずることはできない(而して、本件口頭弁論終結当時における訴外会社株式の価格は一株百三十四円である。)。
(C) 又、本件の如き場合増資新株の移転は、株金払込期日後三ケ月乃至六ケ月以内に請求しなければその請求権を抛棄したものと看做される商慣習があるのであるが、原告は第三新株につき、被告銀行に対しては六ケ月を経過した後である昭和二十四年十二月七日に、被告西沢に対しては約二年を経過した後である昭和二十六年六月四日にこれが請求をしたものであるから、少くともこの請求は失当である。
(D)(イ) 仮りに右主張が理由がないとしても、被告銀行は、本件各増資新株の払込金に対する日歩二銭七厘の割合による費用償還請求権又は法定の年六分の割合による利息請求権を有し、且つ被告は信託業をも営む株式会社であるから、委託者のためにその受託株式に与えられた引受権により増資新株を取得することはその業務の範囲に属し、本件各増資新株の取得により原告に対し、株式信託の報酬に準じ年五分の割合による報酬請求権(商法第五百十二条)を有する。従つて被告は、原告がその主張の金員のほかに更に左記金員を支払うまで、右各請求権に基く留置権により本件各株式の譲渡を拒絶する。
(1) 第二新株払込金七千円に対する昭和二十三年十月九日(申込証拠金支払の日)以降日歩二銭七厘(又は年六分)及び年五分の割合の金員。
(2) 第三新株払込金五千五百円に対する昭和二十四年四月十五日(同右)以降右同様の割合による金員。
(3) 第四新株払込金一万二千五百円に対する昭和二十四年十月十五日(同右)以降右同様の割合による金員。
(ロ) 原告の第四の(二)の主張に対し、
被告銀行が配当金として合計一万五千四百円を受領したことは認める。しかし株式の譲渡人は、その取得者にしてその名義書換を失念した者に対し、その受領した配当金のうち一割乃至二割五分に相当する金員は返還することを要しない商慣習があるから、右配当金と対当額で相殺することはできない。
(四) (五)について(被告西沢のみ)。
被告が、原告主張の日時に、原告主張の価格で本件各増資新株を売却した事実は認めるが、原告主張の商慣習の存在は否認する。
(五) (六)の(イ)について(被告銀行のみ)。
被告が現に原告主張の株式を所有していることは認めるが、右株式の譲渡につき強制執行が不能となつた場合には、金銭の損害賠償にかわるべきものであつて、代償請求として同一銘柄の株式の譲渡をなすべき義務はない。
第四被告等の主張に対する原告の反駁
(一) 被告等が第三の(三)(B)(C)において主張する商慣習及び被告銀行が原告の後記(二)の主張に対し第三の(三)(D)(ロ)において主張する商慣習について。
右各商慣習の存在を否認する(但し、本件口頭弁論終結当時における訴外会社株式の価格が被告等主張の通りであることは認める。)。仮りに存在するとしても、かかる商慣習は、公序良俗に反し無効である。しかも、右(C)の主張については、原告は第三新株の払込期日直前に被告等に対し、その新株申込証の返還をもとめると共に株金の払込をしないよう警告し、もしこれに反するにおいては訴を拡張する旨告知してあるから、被告等の主張は失当である。
(二) 被告銀行の第三の(三)(D)(イ)の留置権の主張について。
被告主張の費用償還請求権の存在を否認する。しかも、被告主張の各請求権と本件各増資新株の株券を被告が占有することとの間には牽連関係がないから留置権は成立しない。仮りにそうでないとしても、被告は本件各増資新株に対する配当金を合計一万五千四百円受領しているから原告において当然返還を請求し得べき右配当金をもつて、本訴において(昭和二十六年十二月二十四日午後一時の準備手続期日)被告主張の各請求権と対当額において相殺する。
第五立証<省略>
三、理 由
訴外会社が、昭和二十三年七月八日の株主総会の決議に基く九千万円の資本増加に際し、第二新株のうち百六十万株につき右総会の決議により同年九月十五日午後四時現在の株主に、所有株式一株につき一、四株の割合で、昭和二十四年一月二十六日の株主総会の決議に基く一億五千万円の資本増加に際し、第三新株のうち二百四十万株につき右総会の決議により同年二月二十五日午後四時現在の株主に、所有株式一株につき〇、八株の割合で同年七月三十一日付で認可された企業再建整備計画に基く三億円の資本増加に際し、第四新株全部につき右計画に定めるところにより同年八月三十一日午後四時現在の株主に、所有株式一株につき一株の割合で、それぞれ新株の引受権を与えたことは当事者間に争がない。
つぎに、当事者間に争のない原告主張の被告銀行名義の株式の株券に名義人の白地裏書があり、被告西沢名義の株式の株券に名義人の白紙委任状が添付されていた事実に、証人笠井忠吾の証言によつて真正に成立したと認める甲第二号証、第三者の作成に係る事実証明文書であつてその記載の整然明確であることに徴して真正に成立したと認める同第九号証の一、二及び証人笠井忠吾、同佐久間勝伊の各証言を綜合すると、原告は昭和二十三年二月二十八日訴外山二証券株式会社に委託して訴外会社株式百株を買い受け、名義人たる被告西沢の白紙委任状の添付された右株式の株券(十株券十枚、この記号番号は、ろ乙第八五七六号乃至同第八五八五号)の交付を受け、更に同年八月三日訴外小柳証券株式会社に委託して右株式百株を買い受け、同月六日名義人たる被告銀行の白地裏書ある右株式の株券(五十株券二枚、この記号番号は、ち第五三三六号、同第五三四五号)の交付を受けたのであるが、その後第二新株につき引受権を与えられる期日たる同年九月十五日午後四時までに右各株式につき原告名義に名義書換手続をすることを失念したことが認められ、これに反する証拠はない(但し、前示甲第二号証及び甲第九号証の一中被告銀行名義の株式の記号番号がいずれも、ち第五三四六号、同第五三三五号とあるは、それぞれ、ち第五三三六号、同第五三四五号の誤記と認める。)。
而して被告等が第二新株百四十株宛をそれぞれ引受け、払込をして取得したことは当事者間に争がない。
ところで、原告が被告等に対し、第二新株の譲渡をもとめることができるかどうかによつて、第三、第四新株についてのそれは当然明かになるわけであるから、先ずこの点を判断するに、当裁判所は、原告主張のいずれの事由によるも、原告は被告等に対し、第二新株の譲渡をもとめ得るものと認めることができない。次に原告主張の各事由について逐次判断する。
一、親株の株主権
原告は新株引受権はいわゆる株主権に包含されこれが一内容をなすものであるから、親株を取得した原告はこれが株主権に基き、被告等に対しその取得した第二新株の譲渡をもとめ得ると主張する。しかし、資本増加にあたり旧商法(以下昭和二十五年法律第百六十七号による改正前の商法を指す。)第三百四十八条第四号の規定に従い株主総会の決議をもつて株主に対しその所有株式数に応ずる一定の割合で与えられる新株引受権は、特別の措置により株主たる地位に対し付与される特別の権利であつて、いわゆる株主権の当然の内容を為すものではない(この点については後記三において更に詳論する。)から、原告の主張は、それ自体理由がない。
二、商慣習
原告は、株式の取得者が増資新株の引受権を与えられる期日までに、その株式につき名義書換をすることを失念した為に、これを与えられず、かえつて株主名簿上なお株主の地位を保存する譲渡人にこれが与えられ、引受払込をして増資新株を取得した場合には、譲渡人はその取得した増資新株を、株式の取得者に譲渡しなければならないとする商慣習が存在すると主張するが、原告はこれが存在を立証していないし、本件に現れた全証拠によるもこれを認めることができない。ただ成立に争のない乙第二号証の一、二、第三、第四号証には、右のような場合、株式の譲渡人はこれが取得者に、その取得した増資新株を譲渡すべく、その際取得者は譲渡人に対し、増資新株の時価と額面額の差額の五割乃至七割に相当する金員を支払うべき慣行が存在する旨の記載があるが、右は訴訟事件につき鑑定人から提出された鑑定書であるから真正に成立したと認める乙第五号証の記載に対比するときは、未だ商慣習法又は商慣習として、法規の欠缺を補充し又は任意法規に優先してその適用を強制し得るものと認めることはできない。原告の主張は理由がない。
三、不当利得又は事務管理
原告は被告等が第二新株を取得したことは、法律上原因なくして原告の財産により、原告の損失において不当に利得したものであり、そうでないとしても、原告のためにその事務を管理したものであると主張する。ところで、本件の如く、株主総会の資本増加の決議において増資新株の一定部分につき一定時現在の株主に一定の割合で引受権を与えた場合、これが新株引受権は何人に帰属するかが先ず判断されなければならない。
既にのべたように、新株引受権はこれを有する者が新株の割当を受け得る権利(商法第二百八十条ノ四参照)であつて、資本増加に伴う新株の発行につき会社(取締役)の有する割当の自由を制限する効力を有する権利である。かかる新株引受権は、定款又は旧商法第三百四十九条に定める手続によつて予め与えられていない限り、一般に同法第三百四十八条第四号に従い資本増加に関する株主総会の決議によつて与えられた者がこれを有する。而して、本件第二新株については、既に認定したように、昭和二十三年七月八日の訴外会社の株主総会において、「同年九月十五日午後四時現在の株主」に引受権を与える旨定めているから、右日時における株主は、これが引受権を有するわけである。この場合右日時における「株主」とは、会社に対する関係においては、右日時において、会社に対し株主たる資格を有するものであるといわなければならない。けだし会社(取締役)は引受権を有する者の新株引受の申出に対して必ず割当をなすべき拘束を受けるのであるが、会社を拘束するかかる申出をすることができる株主を会社に対しその資格を有する者に限る必要のあることは株主たる地位に伴い当然に生ずる権利の行使の場合に比し何らの逕庭なく会社法上当然の事理だからである。
新株引受権は、会社に対する関係ではこのように解されるものであるが、実質上株主たるものがその責に帰すべき事由によつて株式の名義書換の請求をしなかつたため会社に対する関係において引受権を取得することができなかつた場合(いわゆる忘失による場合はその典型的場合である。)株式名義人に対する関係はどうなるかというに、この関係においても実質上の株主が株主たる地位に対し付与された新株引受権に関する主張をすることはこれをゆるさないものと解するのが相当である。けだし、実質上株主権を取得した者が会社に対する関係において引受権を有しないものとされるにかかわらず、株式名義人に対しなお引受権に関する主張をなしうべきものとするならば、実質上の株主権者は、株式名義人によつて引受けられた新株の市場価額の振わない間は固く緘黙して語らざるに引きかえ、新株の市場価額が上昇したときは俄かに新株の引渡を求めるであろうし、反対に、会社から付与された引受権を行使して新株を取得した親株の名義人は、新株の市場価額の上昇している間は固く緘黙して語らざるに引きかえ、新株の市場価額が低落したときは、俄かに実質上の株主権者に対し新株の引取を求めるであろう。これらの場合請求をうけた者は、互にその請求を拒みえないこととなり、思わざるの時に思わざるの不利益を帰せしめられる破目に陥る虞があるのであつて信義則を紊り、取引の安全を害すること甚しいからである。
このように論定してくると、原告がその取得した親株につき失念して第二新株の引受権が与えられる期日たる昭和二十三年九月十五日午後四時までに原告名義に書換をしなかつたことすでに認定した通りであるから、原告は、会社に対する関係において、自己の責に帰すべき事由によつて第二新株の引受権を取得することができなかつたものというべく、従つて親株の名義人たる被告等に対する関係においても、右期日において与えられた新株引受権の主張をすることはゆるされないのである。而して、原告が被告等に対する関係において新株引受権の主張をすることがゆるされない以上、被告等が新株を引きうけ、取得したとしても、原告の財産又は労務に因り利益をうけ、これがために原告に損失を及ぼしたものとは到底いえず又原告のために事務管理をしたものともいえない。結局原告の主張は理由がない。
以上の如く原告が被告等に対し第二新株の譲渡をもとめることができない以上、第三、第四新株の譲渡をもとめることができないこと明かであるから、原告の請求は更に判断するまでもなくすべて失当であると云わなくてはならない。
よつて、原告の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用のうえ主文の通り判決する。
(裁判官 小川善吉 中島一郎 川上泉)