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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)165号・昭24年(ワ)4220号 判決

被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金十万八千円及びこれに対する昭和二十四年一月二十六日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支拂え。

反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対し別紙目録<省略>記載の土地について昭和二十三年六月八日東京法務局北出張所(当時東京司法事務局王子出張所)受附第五二一六号を以てなされた同年五月二十四日附賣買を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

本訴及び反訴の訴訟費用はこれを三分し、その一を原告(反訴被告)の負担としその二を被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は、第一項に限り原告(反訴被告)において金三万円の担保を供するときは仮に執行することを得る。

二、事  実

原告(反訴被告以下單に原告とよぶ)訴訟代理人は、本訴について主文第一項同旨及び訴訟費用は被告(反訴原告以下單に被告とよぶ)の負担とする、との判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求める旨申立て本訴請求原因として、原告は昭和二十三年五月十九日被告よりその代理人訴外つるや森不動産株式会社を通じ、被告所有の別紙目録記載の土地を代金十万八千円を以て買受け、同日その代金の内金十万円を翌二十日残金八千円を夫々訴外会社に支拂つて同年六月八日その所有権移轉登記手続を完了したのであるが、原告が右賣買契約を締結するに際しては予め右訴外会社の代表取締役訴外松本茂より現地の指示を受け、別紙目録記載の土地は同所にあるコンクリート塀に囲まれた略長方形をなした一区画なることを確かめ、且つ現地の状況に相應する土地の実測平面図をも示されたので、原告はその指示された土地を買受ける心算にて前述の通り別紙目録記載の土地を買受けたが、その後原告が指示を受けた土地は実際は別紙目録記載の土地に連なる別の既に数年前被告が東京都に対し賣却した土地であつて、別紙目録記載の土地は前示コンクリート塀の外側にあり事実上の道路となつている帶状(幅約一間半)の全く利用できない土地であることが判明した。而して右の如く原告が誤信したのは全く右つるや森不動産株式会社の代表者松本茂の欺罔に因るものであり、仮りに右松本に欺罔の意思がなかつたとしても、被告の財産管理者たる弁護士板谷長太郎より右土地の賣却方の委任を受けて居り、且つ右つるや森不動産株式会社を被告の代理人に選任した訴外小沼卓には原告を欺罔する意思が有つたものであり、右の欺罔により原告は錯誤に陥つて本件土地買受の意思表示をするに至つたものであるから、原告は詐欺による意思表示として本訴に於て先の賣買を取消す。又仮りに右の取消が認められないとしても、原告としては本件土地がつるや森不動産株式会社に指示された土地ではなくして前述の通りの全く利用できない土地であることを当時知つて居たとすれば到底これを買受ける意思はなかつたのであるから、本件土地の賣買はその要素に錯誤があるものとして無効である。よつて被告は原告が支拂つた賣買代金十万八千円を不当に利得している次第であるから、右金員の返還及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二十四年一月二十六日より完済に至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支拂を求めるため本訴に及んだと述べ、仮りに小沼には本件土地を自ら賣却し又は他人を右土地賣却の権限を有する代理人に選任する権限が與えられていなかつたとしても、少くとも被告所有の他の土地については之を賣却する代理権が與えられて居り、しかも被告の財産管理人たる板谷長太郎は当時小沼に被告名義の白紙委任状及び印鑑証明書を交付していたのであつて、右小沼がつるや森不動産株式会社を被告の代理人に選任して、本件土地を賣却せしめた行爲は全然無権限に之をしたものではなくして單に本來の代理権の範囲を若干越えたに過ぎず、内情を知らないつるや森不動産株式会社乃至原告は、小沼が前述白紙委任状及び印鑑証明書を所持していることによつて同人には本件土地についても他の土地についてと同様これを賣却する代理権あり、且つ右賣却につきつるや森不動産株式会社を代理人に選任して同会社をして右土地を他に賣却せしめ得る代理権があると信じ、從つて右会社にも被告を代理して右土地を賣却する権限があると信じたのであつて、しかもかく信じたについては正に正当の理由があつたと云うべきであるから、被告は本件土地の賣買について当然責任を負わねばならないと附陳し、反訴に対して反訴請求棄却の判決を求め反訴請求原因に対する答弁はすべて本訴における陳述を援用した。

<立証省略>

被告訴訟代理人は、本訴について請求棄却の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中被告が別紙目録記載の土地の所有者であること、右の土地が原告の主張するようなコンクリートの塀の外の帶状の道路になつている土地であること、原告が錯覚したコンクリート塀内の土地が被告より先に東京都に賣却せられたものであること及び板谷長太郎弁護士が小沼卓に被告名義の委任状及び印鑑証明書を渡したことは認めるが、その他はすべて不知又は否認する。被告が板谷弁護士を通じて小沼に白紙委任状及び印鑑証明書を交付したのは、單に使者として当時他の土地について所有権移轉登記をする必要があつたので、之が登記申請の準備をなさしめんがためであつて被告は小沼に何らの代理権をも與えたことはなく、いわんや被告はつるや森不動産株式会社とは何等の関係にも立たない。しかも原告は戰災前本件土地附近に居住していたものであつて、その誤信したと称する塀内の土地が東京都の所有に帰し、既に被告の所有でないことは十分承知している筈であり、仮に知らないとしても占有者若しくは所有者につき確かめなかつた点に過失がある。要するに原、被告間に本件土地につき賣買契約が成立したことを前提とする原告の本訴請求は失当であると述べ、反訴として主文第二項同旨並びに訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める旨申立て、反訴請求原因として、既に本訴に於ける答弁に際し述べた如く、原被告間には本件土地につき賣買契約の存在しないのに拘わらず、原告は昭和二十三年五月二十四日被告から買受けたと称して本件土地について移轉登記申請をなし、同年六月八日東京司法事務局王子出張所受付第五二一六号を以て所有権取得の登記をしたが、右登記は被告の委任状の僞造に基いてなされたもので登記原因を欠き無効であるから原告に対し、その抹消登記手続を求めるため反訴に及んだと陳述した。<立証省略>

三、理  由

別紙目録記載の土地は、從来被告の所有であつたこと及び右土地について昭和二十三年六月八日東京司法事務局王子出張所受付第五二一六号を以て同年五月二十四日附賣買を原因として原告のため所有権取得登記がなされたこと並びに右土地は同所にあるコンクリート塀の外側に位し、現在事実上道路として使用されて居りその形は巾約一間半の帶状をなしていることは当事者間に爭いがない。而して成立に爭のない甲第一号証、証人小沼卓の証言(第一回)により同証人が作成したと認め得べき甲第二号証、証人松本茂の証言により成立を認め得べき甲第三号証の一、二及び証人板谷長太郎、小沼卓(第一、二回)松本茂.田中茂.原告鈴木寅次郎の各供述を綜合すれば、被告は本件土地の外東京都荒川区日暮里町三丁目二百四番地乃至二百六番地にも土地を所有し、これらの管理一切を昭和二十一年以來弁護士の訴外板谷長太郎に委任して居たものであるが、右板谷は被告の代理人として昭和二十三年五月十日頃不動産仲介業者の訴外小沼卓の仲介により右二百四乃至二百六番地の土地を他に賣却し、これが所有権移轉登記手続に使用するため被告名義の白紙委任状及び印鑑証明書各一通を小沼に交付し、その手続を依頼したこと及び右小沼は單に右の如き依頼を受けたに過ぎぬものであり、殊に本件土地については何等の委任をも受けていないに拘わらず訴外田中茂を介して同じく不動産仲介業者たる訴外つるや森不動産株式会社の代表者訴外松本茂に対し被告の代理人であると称し、前記白紙委任状及び印鑑証明書並びに自身本件土地を実測して作成した平面図を呈示し、且つ右松本と共に現場に赴き同所に存するコンクリート塀の内側の土地は東京都の所有で竹の台高等学校の敷地となつているものを、これが即ち本件土地であると指示した上その賣却の斡旋方を依頼したので小沼の言を信じた右松本は之を承諾して前示書類を受取り買主を求めたところ、当時家屋の建築用地を買受けたい希望を有していた原告が之に應じ松本に案内されて現地に赴き松本よりコンクリート塀の内側に存する土地が本件土地であるとの指示を受け、且つ松本より被告名義の白紙委任状、印鑑証明書並びに前示平面図を示され右現地に於ける指示及びこれに照應する図面より判断して本件土地は右コンクリート塀の内側に存する土地であると信じ、又つるや森不動産株式会社は被告の正当な代理人であつて右土地を賣却する権限あるものと信じ、かくして昭和二十三年五月十九日被告の代理人としての訴外会社より本件土地を代金十万八千円を以て買受けることを約し、同日原告は訴外会社に対し金十万円を支拂い翌二十日残金八千円を支拂い、次いで登記手続については一切これを訴外会社に依頼したので右会社に於て前示白紙委任状を使用し手続上同会社の社員天野直彦を被告の代理人となし、東京司法事務局王子出張所に対し所有権移轉登記手続を申請し、右に基き前に認定のとおりの原告の所有権取得登記がなされるに至つたことを夫々認定することができる。

以上の認定によれば、小沼には被告を代理して本件土地を賣却する権限がなかつたこと及びつるや森不動産株式会社にも同様右のような代理権は存しなかつたこと明らかである。然し乍ら被告の代理人板谷長太郎が被告名義の白紙委任状及び印鑑証明書を小沼に交付した行爲は、右小沼又は本件に於けるつるや森不動産株式会社の様に小沼より更にこれが交付を受くべき者に一切の代理権を與えた旨を本件に於ける原告の様に同人等と取引をしようとする者に対し表示したものと解するのが相当であるから、原告に於てつるや森不動産株式会社を被告の正当な代理人と信じた以上被告は表見代理の法理に從い、本件つるや森不動産株式会社と原告間の賣買契約につき本人としてその責に任じなければならないものである。

次につるや森不動産株式会社の松本茂若しくは小沼卓が、本件土地が前段認定のような全く利用できない土地であることを知り乍ら、故意に之を隠し他の東京都所有の土地を本件土地の如く裝い原告を欺罔して、これを買受けさせるに至つたという詐欺の事実は、これを認めるに足る証拠がないけれども、前記認定の如く原告が他の土地を本件土地と誤信した点は、前示の様な土地の状況より見て法律行爲の錯誤であること疑を容れない。尤も原告本人訊問の結果によれば原告は本件土地買受に際しては、土地の関係については只松本茂の言を信じて事を決したのであつて所有者等につき確かめるというような調査を怠つたことを認め得べく、この点に於て必ずしも過失なしと云い難いが未だこれを以て重大なる過失なりとは云い得ない。

結局本件賣買契約は錯誤により無効に帰するから、被告は被告の代理人としてのつるや森不動産株式会社が原告より受取つた賣買代金をたとえ自身は現実に受取つて居なくとも原告に対し返還する義務がある。

以上認定のとおりであるから、原告の被告に対し本件土地賣買代金十万八千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和二十四年一月二十六日より完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支拂を求める請求は正当として認容すべきものである。次に原告のなした昭和二十三年六月八日附の本件土地の所有権取得登記は、被告主張の如く全く原因なくしてなされたとは云い難いけれども、その原因となつた賣買契約が錯誤により無効であると認められる以上、結局その登記原因が無効たるに帰着するから、原告に対し右取得登記の抹消登記手続を求める被告の反訴請求も亦正当として認容すべきものである。よつて訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九條、第九十二條本文、仮執行の宣言について同法第百九十六條を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進)

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