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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)2600号 判決

原告 合資会社ニユートピツク社

被告 松竹株式会社

一、主  文

被告は原告に対して別紙目録<省略>記載の室を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十一年一月に被告から別紙目録記載の室をその事務室として使用するために、期間は昭和二十二年一月末日まで、賃料は一ケ月金百四十円、毎月二十五日限り被告え持参して支払うこと。敷金は金一千円という約定で借りうけてその後この室を事務室として使用を続けていたところ、昭和二十一年九月に、連合国最高司令官から日本政府に対し、本件建物について所謂接收命令が発せられたので、政府はこの命令に応ずるために東京都知事を通じて此の建物の使用権を被告から取得し、原告にその占有していた本件の室の明渡を求めたので、原告は、昭和二十一年九月三十日にやむなくこの室を明渡した。政府は更にこの建物を連合軍の使用に供したのであるが、連合軍がこの建物を使用していた間、被告と東京都との間には本件の建物について新たに賃貸借契約が締結された。ところがその後昭和二十四年三月四日に右接收命令が解除されてこの建物は連合軍から、日本政府え返還されたので、東京都は被告との間の賃貸借契約を解除してこれを被告に引渡した。

しかして、昭和二十一年一月に本件の室について原被告間に締結された前記の賃貸借契約は左記のような理由からまだ存続しているのであるから、被告は原告に対して、本件の室を使用させる義務がある。即ち

(1)  被告が、昭和二十一年十月一日以降本件の賃貸借契約にもとずく債務を履行することができなくなつたのは、連合国最高司令官の発した接收命令という当事者双方の責に帰すべからざる事由にもとずくものではあるが、本件の賃貸借契約はこれによつて消滅してしまつたわけではなく、単に原告の使用が一時中断停止されていたのであるから、社会通念上契約期間は残存部分についてその進行を停止し、未使用残期間は貸主である被告においてその債務の履行が可能となり次第使用させる義務があるのであつて、このことは、本件賃貸借契約成立の際に原告が被告に対して交付した敷金を、被告が現在にいたるまで返還しないのみならず、両当事者間において接收後本件の契約の消滅或いは存続について何ら交渉が行われなかつたことからしても明らかである。

(2)  たとえこの接收命令によつて、契約期間がその進行を停止しないとしても、被告は借家法第三条にもとずいて、本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしなかつたことにより、約定期間満了後も前賃貸借契約と同一条件で更に契約が更新を重ねてきているのであるから、被告の債務の履行が可能となつた後においては前記のように、本件の室を原告に使用させなければならない。よつて本訴に於て原告は被告に対し、右賃借物たる室の明渡を求める。と述べ、本件賃貸借契約が両当事者間の合意によつて解除されたという被告の主張は争う。なお原告が本件の室を明渡すに際して東京都から移転料をもらえることにはなつていたが、原告はこれを受領していないと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、昭和二十一年一月に原告主張のような賃貸借契約が原被告間に成立したこと及び原告主張のような経過で本件建物が連合軍に接收使用され、その後この接收命令が解除された事実は認めるが、本件建物が接收命令の解除とともに、被告え返還された後において、被告が原告に対して本件の室を使用させる義務があるという主張は争う。即ち、

(1)  昭和二十一年九月に東京都知事が連合国最高司令官の接收命令に応ずるために、被告に対して本件の建物を明渡すべき旨を通告した結果、原告は昭和二十一年九月三十日限りその占有部分を明渡し、それ以後被告は本件の賃貸借契約にもとずく債務を履行することができなくなつたのであるから、この不能は原被告いずれの責にも帰すべからざる事由にもとずく履行不能であり、この賃貸借契約は右期日限りその目的を達しえずして消滅したものである。而してこのことは将来この建物の接收が解除されて、被告え返還された際を予想した契約が当事者間に締結されていなかつたことからしても明らかである。

(2)  かりに、本件の賃貸借契約が前記のような理由にもとずいて消滅しなかつたとしても、原被告間において、原告が本件の室を明渡した昭和二十一年九月三十日限り本件契約を解除することについて暗黙の合意があつたのであつて、そのことは当時接收命令が何時如何なる理由で解除されるかは全く予測できず、従つて本件の契約を存続させることについて何ら利益がなく、返還後における契約の存続については何ら取りきめがなかつたこと、原告が立退料として相当額の金員を受領することができたこと、接收が転貸或いは賃借権の譲渡というような形式によることなく、原告が被告に明渡し、被告がこれを東京都に引渡したこと、原告がその後他に営業所を新設して現在もそこで営業を続けていること、接收が解除されて後、建物全部が被告に返還されたことなどによつて裏書されている。

(3)  更にたとえ本件賃貸借契約が昭和二十一年九月三十日限り消滅せず、また当事者間の合意によつて解除されることもなかつたとしても、当該契約期間が接收継続中その進行を停止するという法令上の根拠がない以上、本件契約は昭和二十二年一月末日をもつてその期間が満了したことによつて終了している。

(4)  かりに被告が本件賃貸借契約の終了期限であつた昭和二十二年一月末日の六ケ月乃至一ケ年前に借家法所定の更新拒絶の意思表示をしなかつたために、この賃貸借契約が更新されたとしても、原告はその後この室を現実に使用していなかつたのであるから、借家法所定の更新拒絶の手続をするまでもなく、昭和二十三年一月末日限り終了したものである。

(5)  たとえ接收解除後、なお未使用期間相当の賃貸債務が残存しているとしても、被告は昭和二十四年三月四日以降原告の使用申込を拒否して、もつて契約の更新を拒絶しているから右残存期間の満了と共に賃貸借契約が終了したと述べた。<立証省略>

三、理  由

原告が昭和二十一年一月に、被告から別紙目録記載の室を期間は昭和二十二年一月末日まで賃料は一ケ月金百四十円、毎月二十五日限り被告え持参して支払うこと、敷金は金千円という約定で借りうけて、その後この室を事務室として使用を続けていたところ、連合国最高司令官から日本政府に対し本件の建物全部についての所謂接收命令が発せられたので、政府がこの命令に応ずるために、東京都知事を通じて、此の建物の使用権を取得するとともに、その占有者の一人であつた原告に退去を求め、原告は昭和二十一年九月三十日に本件の室を明渡し、その後連合軍がこれを使用していたこと、その使用期間中東京都は被告との間において、本件の建物につき、賃貸借契約を締結していたが、昭和二十四年三月四日に右接收命令が解除されて、この建物が連合軍から日本政府え返還されたので、東京都は被告との間の本件建物に関する賃貸借契約を解除してこれを被告に引渡したことはいずれも当事者間に争がない。

そこで本件の賃貸借契約の目的物である室をふくむ建物について、連合国最高司令官から所謂接收命令が日本政府に対して発せられたことにより、右賃貸借契約がいかなる影響をうけたかについて判断する。本件に所謂接收命令が連合国最高司令官の日本政府に対する土地家屋其の他の工作物の調達を要求する命令であり、日本政府及び国民は迅速にこの要求に応じなければならない絶対的な義務を負担していること、日本政府はこのような命令を履行するために昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム宣言受諾に伴い発する命令に関する件」にもとずいて、昭和二十年十一月十九日に勅令第六百三十六号をもつて「土地工作物使用令」を公布して即日これを施行し、以後この勅令の定めるところに従つて、政府が、主務大臣或いは地方長官のなす所要の手続を経た上で、目的物件に関する使用権を取得し、これを連合軍の用に供していることは当裁判所に顕著な事実である。而して成立に争のない乙第一、第三号証並びに証人土屋喜三郎の証言によれば、本件の場合においては、東京都知事が最高司令官から日本政府に対して発せられた要求を充足するために、前記土地工作物使用令にもとずき所定の使用令書を所有者たる被告に交付した結果、政府がその使用開始期限である昭和二十一年九月二十日以降本件建物の使用権を取得したことを認めることができるから、本件賃貸借契約にもとずく被告の債務は、昭和二十一年九月二十日以降当事者双方の責に帰すべからざる事由によつて、履行が不能になつたものといわざるをえない。

而して「土地工作物使用令」第十一条には「土地又は工作物を使用する場合に於ては、使用の時期において政府其の権利を取得し、其の権利は使用の期間その行使を停止せらる。但し使用を妨げざるものはこの限りに在らず」と規定されているのであるから、本件のように、政府の取得した使用権と従来から存在した賃借権とが当然に抵触する内容を有する場合には、この規定にしたがつて、従来の賃借権は政府が使用する期間を通じてその行使を停止されることになるわけである。さてこゝに「権利の行使が停止される」というのは、本件についていえば従来の賃貸借契約にもとずく賃貸人の債務が、絶対的な接收命令という当事者双方の責に帰すべからざる事由にもとずいて履行しえなくなつた場合においても、なお賃借権は消滅することなく存続するが、ただ政府がその目的物の使用権を取得して連合軍の用に供している間は、債務者に対してその債務の履行を請求しえず、従つて、特に同令の趣旨に反するような事情が起らない限り、その債務の履行は、それが可能になるまで延期されるという趣旨に解すべきであつて、このことは、前記勅令第十六条第二項において、所有者が目的物件の收用請求権を行使して、その所有権が政府に帰属することになつた場合において、その物件に附着しているその他の権利が消滅する旨規定されているところからみても明らかである。而して土地工作物使用令は、前記のように連合国最高司令官の要求事項を実施するために所謂ポツダム勅令(昭和二十年九月二十日勅令第五四二号)に基き制定施行されたものであつて、その効力は法律と等しいものと解すべきであるから、同令が一般法たる民法の適用を排除することは当然である。それ故このように特別な明文の規定が存在する以上、所謂接收による賃貸人の債務の履行不能が民法上その賃貸借契約に如何なる効果を及ぼすかということを一般的に論究するまでもないことであつて、本件の賃貸借契約は昭和二十一年九月二十日に政府がその使用権を取得したことによつては消滅せず、賃貸人の債務はその履行が不能な間、一時履行が延期されていたものといわざるをえず、この点に関する被告の主張は理由がない。

そこで更に進んで被告が主張するように、両当事者間において本件の賃貸借契約が合意によつて解除されたか否かという点について考えてみる。原告が昭和二十一年九月下旬に本件の室を退去するに際して被告との間においてこの建物が被告に返還された後に従来の賃貸借契約を更に継続せしむべき契約を特に締結しなかつたこと、原告が東京都から立退料を受領できることになつていたこと、被告が東京都との間において本件建物につき直接賃貸借契約を締結し、接收解除後本件建物が全部所有者である被告に返還されたことは、いずれも当事者間に争のない所であるが、一方原告会社代表者粕谷敬造の供述によれば、昭和二十一年九月に東京都から、この建物が接收されたため同月十六日までに本件の室を明渡すべき旨の通知をうけた際、原告としては他に営業所のあてもなく途方に暮れながらも、この接收命令には絶対に服さざるをえないことを考えて、転居先を探したが立退期限を経過してしまつた所、同月三十日になると、連合軍の憲兵から最後的通告をうけるにいたりやむなく、一応荷物をとりまとめて退去したことが認められ、また本件の賃貸借契約を締結するに当つて、原告が被告に交付した敷金が未だに原告え返還されていないことは当事者間に争がなく、これらの事実を綜合すれば、到底被告の主張するように本件の賃貸借契約が原告の本件建物よりの退去とともに解除されるという暗黙の合意が成立したものとは認められず、他に被告の主張を認めるに足る証拠はない。

よつて更に進んで本件賃貸借契約が昭和二十二年一月末日或いは昭和二十三年一月末日限り終了したという被告の(3) 及び(4) の主張について考えてみるに、前記の通り本件賃貸借契約は政府がその目的物を使用している間、その債務の履行が延期され、したがつて、期間はその進行を停止しているものと解すべきであるから、接收期間中も、契約期間が進行することを前提とする被告のこれらの主張はいずれも理由がない。

そこで被告が(5) において主張する点について考えてみる。被告はたとえ接收解除後未使用期間が残存しているとしても、この建物の接收が解除された昭和二十四年三月四日以降原告に対して、その契約の更新を拒絶したから既にこの賃貸借契約は終了したというのであるが、被告は原告に対して、本件賃貸借契約にもとずく債務の履行が可能になつた後において、いまだその履行をしないのであるから、その間に行つたかかる契約更新拒絶の意思表示は、その効力を認めるによしなく、剰さえ被告はこの更新拒絶の正当事由の存在について何らの主張も立証もしていないから、この点に関する被告の主張も採用できず、したがつて、被告の抗弁はいずれも理由がないことになる。

而して、本件賃貸借契約の目的物をふくむ建物についての連合国最高司令官の接收命令が昭和二十四年三月四日に解除され、建物が被告え返還されたことは前記の通り当事者間に争のない所であるから、以後本件賃貸借契約にもとずく被告の債務はその履行が可能になつたものといわざるをえない。それ故、被告は原告に対して別紙目録記載の室を明渡して、これを使用させなければならない義務がある。

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 高井常太郎 佐野英雄 西迪雄)

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