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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)3000号 判決

原告 張竜幇

被告 永井甫 外七名

一、主  文

被告永井キヌヱ、同永井甫、同永井道子、同永井淳、同永井修、同永井弘及び同永井学は連帯して原告に対し金八十万円及び内金四十万円に対する昭和二十四年三月一日から、残金四十万円に対する同月十一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告高橋啓二との間に生じたものは原告の負担とし、原告と第一項表示の被告等との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を同被告等の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告が第一項表示の被告等に対し金二十五万円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告等は連帯して原告に対し金八十万円及び内金四十万円に対する昭和二十四年二月二十九日から、残金四十万円に対する同年三月十一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。被告永井キヌヱ、同永井甫、同永井道子、同永井淳、同永井修、同永井弘及び同永井学は原告に対し別紙目録<省略>記載の建物について昭和二十四年三月十日売買に因る所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決及び第一項について仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として、原告は昭和二十四年二月二日頃訴外永井一郎、被告高橋啓二及び訴外磯崎正太郎の三名から永井一郎所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という)と被告高橋啓二所有の宅地、山林、田畑を売渡担保として金百万円程融通してくれとの申込を受け、同月八日右三名を連帯債務者として金八十万円を貸与することを承諾した上、同日永井及び磯崎に金四十五万円を、次いで同月十日磯崎に金五万円、同月十二日磯崎に金二十万円を、更に同月十九日永井に金十万円を交付し、これにより以上合計金八十万円について原告を債権者、永井、被告高橋及び磯崎を連帯債務者とする金銭消費貸借契約が成立したが、その貸借成立に当り右三名は原告に対し謝礼として金二十万円を贈与することになり、原告はただちにこれを右三名に貸与した(すなわち右贈与金二十万円を目的として準消費貸借契約を結んだ)。そして右の貸金二十万円と前記の貸金八十万円とを合せた合計金百万円の支払方法について右三名は原告に対し連帯して同月二十八日に金五十万円(内訳は貸金八十万円の半額と謝礼金二十万円の半額との合計)を、同年三月十日に残金五十万円(内訳は前同様)を支払うこと、もし右三名が第一回の期日にその支払を怠つたときは、右債務の担保として売買名義を以て永井は本件建物の所有権を、被告高橋は権利証記載の宅地、山林、田畑の所有権を原告に移転し、右三名がその債務を完済したときは永井及び被告高橋はそれぞれその所有権を買戻し得ることを特約し、且つ右三名が第一回の支払を怠つたときただちに原告が右の所有権移転登記手続をとり得るように、永井及び被告高橋は原告に対し所有権移転登記に必要な権利証、印鑑証明書、白紙委任状を交付した。しかるに、右三名は第一回の期日に約定の金五十万円の支払をしなかつたので、原告は右の約定に従い右の書類を利用して所有権移転登記手続をしようとしたところ、永井がその二、三日前に改印届をしていたため本件建物の所有権移転登記手続は不能となり、また被告高橋については、同被告が昭和十八年四月三十日東京地方裁判所で準禁治産の宣告を受け、準禁治産者であつたため保佐人の同意書とその印鑑証明書を必要とし、その保佐人の同意書と印鑑証明書の不備のためこれまたその所有権移転登記手続は不能となつた。そこで原告はただちに永井及び被告高橋を難詰したところ、永井は二、三日中に新しい印鑑証明書を届けると称しながらこれを履行しないし、また被告高橋も言を左右にして要領を得ない。その後永井一郎は昭和二十五年三月二十八日死亡し、その妻被告永井キヌヱ、長男被告永井甫、長女被告永井道子、二男被告永井淳、三男被告永井修、四男被告永井弘及び五男被告永井学の七名が右永井一郎の遺産を共同相続し、右債務を承継したから、原告は被告等に対し連帯して前記貸金八十万円及び内金四十万円に対するその弁済期の翌日である昭和二十四年二月二十九日から、残金四十万円に対するその弁済期の翌日である同年三月十一日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払と被告高橋を除くその余の被告等に対し前記売渡担保契約に基いて右貸金債権の担保として本件建物について昭和二十四年三月十日附売買名義に因る所有権移転登記手続を求めるため本訴請求に及んだ次第であると述べ、被告等の抗弁のうち、内金五十万円返済の抗弁は時機に遅れたものであるから却下せらるべきものである。右の抗弁は当初から提出せられ得た筈のものである。しかるにそれから一年余を経過し、大部分の証拠調が終つた頃に至つて提出されたものであるから、正に被告等の故意又は重大な過失によつて時機に遅れて提出されたもので、これがため訴訟の完結を遅延せしめるものというべきである。もし右抗弁が却下されないとすれば、右の抗弁事実はすべて否認する。また被告等が原告の本件建物の取得を以て「外国人の財産取得に関する政令」によつて無効であるとする抗弁に対しては、原告が被告等のいうように日本の国籍を有しない外国人であること、本件建物の所有権の取得について外資委員会の認可を受けていないことは認めるが、原告が現在居住している建物(被告等主張の東京都新宿区通寺町所在のもの)が狭隘に過ぎるので原告は担保権を行使して本件建物の所有権を取得する際には自己の居住の用に供する目的を以てするものであるから、右政令第三条第一項第二号但書により外資委員会の認可を要せずして取得できるものである。仮に認可を要するものとしても、本件のように相手方が取得者の取得行為自体を争つている場合にはその行為の存在を確定してから認可申請手続をしても差支えないと解すべきであるから、本件において原告がその取得について外資委員会の認可がないからといつて、ただちにその取得が無効であるということはできない。殊に被告等が本件建物の所有権を売渡担保の目的で原告に移転した事実を争いながら、その移転行為について外資委員会の認可のないことを主張するのは信義誠実の原則に反するものであると述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中永井一郎が改印届をしたこと、被告高橋啓二が原告主張のように準禁治産の宣告を受けたこと及び永井一郎が原告主張の日に死亡し、被告永井キヌヱ、同永井甫、同永井道子、同永井淳、同永井修、同永井弘及び永井学の七名が原告主張の身分関係により共同して永井一郎の遺産を相続したことは認めるが、その余の事実は全部否認する。永井一郎は昭和二十三年十月頃知人の紹介で訴外磯崎正太郎(同人は本名を結城清太郎という者であるが、妻の実家の姓をとつて磯崎正太郎と名乗つていた。しかしこれは後になつて判明したことで、同人は終始磯崎正太郎と名乗つていたから、以下においても便宜上その名称を用いる)を知り、同人に懇望されて自宅(本件建物)の八畳と六畳の二間を短期間の約束で磯崎に賃貸することにしたところ、磯崎は同年十一月二十三日妻栄子を伴れて引越して来て爾来永井方に居住するようになつた。その後同人の発議により永井は磯崎と共に永井の友人竹内義雄が経営していた訴外高砂建設工業株式会社に資金を融通してその会社事業の発展を計画し、磯崎が金百万円位の金策に当ること、永井はこれに対し自己所有の本件建物を担保に提供することとし、磯崎に本件建物の権利証一通と、白紙委任状印鑑証明書各二通を預けた。そして磯崎は永井所有の本件建物を担保として原告から金百万円を弁済期昭和二十四年二月末日、利息月二割として金二十万円を天引する約で借用することとなり、同年二月八日夕刻原告方で金四十万円、同月十日金五万円、同月十二日金十万円(但し先日附小切手)同月十八日金二十万円(同上)、月日不詳金五万円合計金八十万円を受取つた(以上のうち二月八日、十日、十二日の三回は永井も磯崎と同道して原告方に行つた)が、この債務については永井は担保提供者に過ぎなく、債務者になつたことはない。しかも磯崎は右の金融を受けるやこの全額を着服して妻栄子としめし合せて逐電行衛をくらましてしまつた。また被告高橋は永井所有の本件建物の敷地の所有者であつて、その敷地を永井に賃貸している関係から永井とは古くから懇意であつたところ、同被告が準禁治産の申立を受けた際永井は同被告から相談を受け、永井の知合の弁護士樋口源之輔を紹介し、同弁護士が被告高橋の代理人となつてその防禦方法を講ずることになつたが、同弁護士は当時病床にあつて、裁判所に出廷することができなかつたため、被告高橋は準禁治産の宣告を受けるに至つた。永井はそのことにいたく責任を感じ、磯崎が永井方に間借りするようになつてから、たまたま永井の妻被告永井キヌヱが磯崎に被告高橋の身の上を話したところ、同人は被告高橋に同情したようみせかけ、同被告の準禁治産が取消されるように手続してやると称し、昭和二十四年一月末被告高橋から手数料名義で金三千円と同被告の白紙委任状三枚(白紙に同被告の印章を押したもの)を受取り、次いで言葉巧みに欺いて同年二月五日同被告所有の田畑山林の権利証(部厚いもので二册になつている)を、同月八日同被告の印鑑を借受け(但しこの印鑑は同日午後二時頃借受け、同日午後五時頃返却した)、被告高橋不知の間にほしいままに同被告の印鑑を利用して印鑑証明書をとり、これと白紙委任状と権利証を原告に交付し前記の金融の担保に供したもののようである。かように永井及び被告高橋はいずれも原告の融通については何等債務者となつたものでないから、同人等に対する原告の本件貸金請求は失当である。仮に原告主張のとおり永井及び被告高橋に債務者としての責任があるとしても、原告は昭和二十四年三月初旬(すなわち磯崎の逃亡後)以降約六カ月間に百数十回訴外朝郷等を伴つて永井方に来り、執拗に前記貸金の請求をしたが、その際原告は初めから終りまで内金五十万円は朝郷から返済を受けたことを自認して(磯崎は前記のように昭和二十四年二月八日夕刻永井同道の下に原告方に赴き原告から金四十万円を受取つたが、その帰途それを持つて永井と別れ、ただちに朝郷方に行き同人に渡し同人を通じて原告に返済したとみられる)残金三十万円の支払方を請求したものであるから、原告の本訴請求金八十万円のうち金五十万円の債権は不存在である。仮に原告主張の事実が全部認められるにしても、原告は外資委員会によつて承認された駐日中華民国使節団から登録証明書の発行を受けている中華民国の国籍を有する外国人であるから、「外国人の財産取得に関する政令」(昭和二十四年三月十五日政令第五十一号、公布の日から施行)によつて本件建物の所有権取得には外資委員会の認可を要するところ、原告はその認可を受けていないから、原告は本件建物の所有権を取得することはできないものである。原告は本件建物は原告が自己の居住の用に供するために必要とするものであるから、外資委員会の認可を受けなくともよいというが、かような必要がないことは原告がその妻張輝子の名義で東京都新宿区通寺町十六番地(昭和二十二年三月二十六日竣工)、同都文京区小日向水道町百八番地(昭和二十六年五月三十一日竣工)、中野区内、市川市内、横浜市内に各一棟合計五棟の建物を所有していることによつて明かであるばかりでなく、原告は本件建物を売渡担保の目的で取得したと主張しているから、その主張と牴触し到底原告の右主張は失当である。しかも外国人が日本人から建物に関し質権、抵当権その他の担保権を取得する場合にも外資委員会の認可を受けなければならないものであるから、原告がその主張のとおりの売渡担保の目的で本件建物の所有権を取得したとしても、原告はこれについて外資委員会の認可を受けていないのであり、この場合には自己の居住の用に供するため通常必要と認められる云々というような除外例が設けられていないのであるから、その取得は無効のものといわなければならない。なお原告は判決によつて原告の財産取得が確定してから外資委員会の認可手続をとればよいといい、被告が原告の財産取得を争いながらその手続欠缺を主張するのは信義誠実の原則に反するというが、外資委員会の認可は財産を取得しようとするときに当つて為すべきものであり、また前記政令施行以前の財産取得にあつては政令施行の日から六十日内に外資委員会に認可の申請をしなければならないのであつて、原告はこの手続をとつていないから、その取得は無効のものという外はなく、被告等が右取得行為それ自体を争つていても、右の認可申請手続はとり得たものであるから、被告等がこの欠缺を指摘し主張するからといつて被告等には何等信義誠実の原則に反する点はないと述べた。<立証省略>

三、理  由

成立に争のない甲第二乃至第六号証及び証人中村あさ、同永井キヌヱ、同張輝子、同朝郷(第一、二回)の各証言、証拠保全手続における永井一郎の供述並びに原告張竜幇の本人訊問の結果を綜合すると、訴外永井一郎は昭和二十三年十一月中同人からその所有の本件建物のうち八畳と六畳の二間を賃借し、これに妻栄子と共に居住するようになつた訴外磯崎正太郎からすすめられて同人と共に永井一郎の友人某が経営していた訴外高砂建設工業株式会社の経営にのり出すことを計画し、同会社が資金不足のため経営困難であつたので、永井所有の本件建物を担保にして他から金百万円の融資をはかることになり、磯崎が永井からその登記済権利証と印鑑証明書及び委任状等を預り金融先を探していたが、昭和二十四年二月初旬かねて知合の訴外朝郷の紹介で原告を知り、原告から金融を受けることに話をまとめ、同年二月八日永井一郎と共に原告方に赴いて右両名は永井所有の本件建物を売渡担保に差入れて連帯で金百万円を借受けることを約定し、即日現金四十万円を受取り、更に同日から同月十九日頃までの間に永井単独又は永井、磯崎の両人で四回に合計金四十万円を受取り、ここに現実に授受のあつた金八十万円について原告を債権者、永井、磯崎の両名を連帯債務者とし、その弁済方法は同年二月末日までに半額を、同年三月十日までに残りの半額を返済する約定で消費貸借契約が成立したことを認めるに十分であつて、右認定を覆すに足りる証拠はない。(磯崎がその後昭和二十四年二月二十二、三日頃借用金の全部を拐帯して妻栄子と共に永井方から行方を晦まし、極局永井は右借用金を一銭も利得しなかつたことは、前記永井一郎の供述、証人中村あさ、同柴田吉蔵(第一回)の各証言によつて明認できるが、これは磯崎を信用して同人に借用金全部の保管を託した永井においてその損害を負担すべきで、これを原告に転嫁することのできないのは多言を要しない。)原告はその際永井、磯崎は右貸借の謝礼として金二十万円を原告に贈与することを約したので、即日これを永井、磯崎に貸付けることとし、右の金二十万円と前記金八十万円とを合せた金百万円について前記の返済方法を定めて消費貸借契約が成立したと主張し、証人張輝子、原告本人の各供述中これに副う供述があるが、右供述は前記永井一郎、証人永井キヌヱの各供述に照したやすく措信しがたいところであつて、むしろ右永井一郎、永井キヌヱの各供述によれば、当初磯崎、永井から原告に対し金百万円の借用方を申入れたに対し、原告は前記の弁済期日までの利息を金二十万円と定め、これを元金百万円から天引することとして前記のように数回に合計金八十万円を貸付けたものであると認め得るから、結局右金二十万円については現金の授受を欠き、この部分については消費貸借が成立するに至らなかつたものであるというべく、従つて現実に授受のあつた金八十万円についてのみ消費貸借が成立したと認める。なお原告は被告高橋啓二も永井及び磯崎と共に連帯債務者として右金八十万円を借受けたと主張するが、この点に関する原告本人の供述(第二回)は措信し難く、その他に右主張事実を明認するに足りる証拠はない。原告本人も被告高橋とは会つたことがないと述べている(第二回供述)ばかりでなく、被告高橋が昭和十八年四月三十日東京地方裁判所で準禁治産の宣言を受けたことは当事者間に争がなく、同人がその後も右宣告の取消を受けることなく引き続き現在に至るまで準禁治産者の身分を有することは、弁論の全趣旨により明らかであつて、証人中村あさの証言及び被告高橋啓二の本人訊問の結果によれば、同被告は本件建物の敷地及びその附近の宅地約一万坪を所有するが、同人は消費者として長兄から東京地方裁判所に準禁治産の申立を受け、これに応訴するため永井一郎の世話で委任をした弁護士樋口源之輔が病気のため十分に防禦の方法を講じなかつたので申立人の申立どおり準禁治産の宣告を受け遂に確定するに至つたところ、右事実を聞き知つた磯崎が被告高橋に対し言葉巧みにその準禁治産宣告取消に努力してやると申し向け、且つそれがためには同被告がその所有の不動産を処分せずにこれを維持している事実を立証する必要があると称し、同人から右不動産の登記済権利証(二冊に合綴された同人所有の全不動産の権利証)を預り、更に知合の弁護士に委任するため一時印鑑を借りたいと申し向けて同被告の印鑑を預り、ほしいままにこれ等を利用して原告が永井所有の本件建物だけでは担保物に不足するというに対し被告高橋も前記貸金債務のため右不動産を売渡担保に供するといつて原告を誤信せしめたものであつて、右消費貸借について被告高橋が自ら関係しなかつたことは勿論磯崎にも自己の代理人として右消費貸借を締結し担保を差入れる代理権限を付与したことがなかつたことを認めるに十分であるから、被告高橋が右消費貸借について永井及び磯崎と共に連帯債務を負担し且つ担保を供したとの原告の主張は失当といわなければならない。(なお被告高橋が準禁治産者であることは前記のとおりであるから、同人が連帯債務者の一人となつて借財をし且つ担保を差入れるには保佐人の同意を要するところ、同被告がこれについて保佐人の同意を得たことは原告の主張し立証しないところである。もつとも被告高橋も未だ右行為取消の意思表示をしていないから、その取消のない限りは無効とはならないのであるが、前記のように根本的に被告高橋が右の消費貸借の債務者となつた事実の認められぬ本件では、保佐人の同意とか、無能力者の行為の取消とかの点に立入つて判断する必要のないところである。)

被告等は右貸借については既に内金五十万円を朝郷を介し原告に返済したと抗弁を提出したに対し、原告は被告等の右抗弁は時機に遅れた防禦の方法であるから却下せらるべきであると主張するから、まずこの点について按ずるに、なるほど原告主張のように被告等の右抗弁は第一回口頭弁論期日後一年二カ月を経過して提出されたことは明らかであるが、本件訴訟の全経過に鑑み必ずしも時機に遅れたとは認められないから、原告の右却下の申立を採用せず進んで右抗弁について審究するに、本件に現われた全証拠によるも右抗弁事実を認めるに足りない。もつとも証人篠内きよ、同向井長民、同松田久子の各証言によれば、原告が永井方に来て本件貸金を請求するに当り金五十万円は朝郷から出ているが、残り金三十万円は自分が他から借りて出したから金三十万円を返済せよと迫つたことが認められるが、右の原告の言はむしろ原告の貸金の資金関係を述べたものであつて、これにより原告が金五十万円の入金を認めていたものとは解し難いから、被告等の前記抗弁はこれを認容し得ない。

次に被告等は、原告主張の債務のため永井一郎が原告に対し自己所有の本件建物を売渡担保に供したとしても、右は「外国人の財産取得に関する政令」によつて無効であると主張するので、この点について按ずるに、原告が右政令第二条にいう日本の国籍を有しない外国人であること及び原告がその不動産取得について外資委員会の認可を受けていないことは当事者間に争がない。原告は本件建物は右政令第三条第一項第二号但書にいう「自己の居住の用に供するために通常必要と認められるもの」に該当するから、外資委員会の認可を受けるのを要しないと主張するが、原告がその主張のように売渡担保として取得したものである以上、自己の居住の用に供するために必要としたものでないことはその主張自体に徴し明らかであつて、このように売渡担保として取得する場合は、同政令第三条第一項第三号(同政令はいわゆるポツダム政令で本件最終口頭弁論期日である昭和二十六年六月二十七日当時には未だ改正されなかつたが、その後昭和二十七年四月十二日法律第八十八号を以て日本国との平和条約の最初の効力発生の日以後も法律としての効力を有するものと定められ、且つ右第三条第一項の第一号は削除されて、第二号が第一号に第三号が第二号に改められ、なおその他にも改正が加えられたが、本件の判断をするに影響を及ぼさない改正のみであるから、特に弁論を再開せず、弁論終結当時の、従前の政令のまま引用する)に該当し、これには原告主張のような除外規定を存しないから、原告は本件建物を売渡担保として取得するについては外資委員会の認可を受けるのを要することは明らかである。原告は本件のように右の財産取得について相手方が争つている場合には、それが確定してから外資委員会の認可を受ければ足りると主張するが、右政令第三条は「財産を取得しようとするときは」と規定し、財産を取得しようとするに当つてその取得の前に外資委員会の認可を受けるのを必要としているものと解すべきである。但し同政令はその経過規定として附則第二十五条において、昭和二十四年一月十五日からこの政令施行の日までに第三条第一項の各号に掲げる財産を取得した外国人はこの政令施行の日から六十日以内に当該財産の取得に関し外資委員会に認可を申請しなければならない旨を規定しており、本件も右の場合に該当するから、右規定の期間内に認可申請手続をとれば足りるのであるが、原告がその手続をとつた事実のないことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、原告の本件建物を売渡担保として取得した行為は右政令に違反し、無効のものといわなければならない。

なお原告は被告等が原告の右取得行為を争いながら認可のないことを主張するのは信義誠実の原則に反するというが、被告等の右抗弁は第一段として原告の取得行為を否認し、第二段として仮定抗弁として右否認にかかる原告の取得行為が認定された場合を慮つて提出されたものであつて、かように第一段には原告の主張事実を争い、第二段には仮定的に原告の主張事実の存在することを前提として抗弁を提出するのは、普通に用いられる防禦方法であり、被告等の右抗弁も亦右普通に用いられている防禦方法の限度を超えないものであつて、何等信義誠実の原則に反しないから、この点に関する原告の主張も亦失当である。

そして永井一郎が昭和二十五年三月二十八日死亡し、その妻被告永井キヌヱ、長男同永井甫、長女同永井道子、二男同永井淳、三男同永井修、四男同永井弘、五男同永井学の七名が共同してその遺産を相続したことは当事者間に争がないから、右被告等は永井一郎が原告に対し負担した前記金八十万円の貸金債務を承継したものであり、その承継は相続分に応ずべきであるが、被相続人の債務が連帯債務である場合には、その共同相続人はその承継した債務につきまた互に連帯債務を負担するものと解するのが相当であるというべきところ、永井一郎の債務が磯崎との連帯債務であることは前認定のとおりであるから、その共同相続人である右被告等の債務も連帯関係にあるものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求中、被告高橋を除くその余の被告等に対し連帯して貸金元金八十万円及び内金四十万円に対する第一回の弁済期日の翌日である昭和二十四年三月一日から(原告はその日を同年二月二十九日というが、暦の上で昭和二十四年は閏年でないから、かような日はなく、同年二月二十八日の翌日は同年三月一日である)、残金四十万円に対する第二回の弁済期日の翌日である同年三月十一日から、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるから、これを認容すべきも、その余はすべて失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条、第九十三条第一項、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項を適用して主文のように判決する次第である。

(裁判官 飯山悦治)

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