東京地方裁判所 昭和24年(ワ)3114号 判決
原告 中水魚市場株式会社
被告 吉田康四郎
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二十一万四千九百十一円とこれに対する昭和二十四年八月五日以降完済まで年六分の金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として原告は、東京都における水産物公認荷受機関であるが被告から継続して海藻搗布を買入れることを約し、右買入代金の前渡として昭和二十二年九月十一日金三十万円を、昭和二十三年一月二十二日金十万円を交付したが、これに対し被告からは昭和二十三年八月三十一日迄に代金十八万五千八十九円に相当する搗布を引渡しただけで前渡金残額二十一万四千九百十一円に相当する搗布の引渡をしないので、同年九月十五日その引渡を催告したが矢張り引渡さないので相当期間経過後に本件訴状により買入契約を将来に向つて解除する旨の意思を表示し、訴状は昭和二十四年八月四日被告に到達した。仮に右の催告並に解除が無効だとしても原告は昭和二十五年二月六日の口頭弁論の際同月二十日迄に上敍搗布の引渡方を催告したけれども、その引渡がないので同年三月十五日の口頭弁論で搗布買入契約を将来に向い解除する旨の意思を表示した。従つて何れにするも搗布買入契約は将来に向つて解除されたので被告に対し前示前渡残金二十一万四千九百十一円とこれに対する前渡金交付の日の後である昭和二十四年八月五日以降完済までの商法所定の年六分の利息の支払を求めるものであると述べ、被告の抗弁に対し、被告の代理人訴外吉田辰蔵と原告会社代表者佐野寅雄との間に昭和二十三年度産の搗布について昭和二十三年九月十五日被告主張の(イ)(ロ)の条項を含む約定が成立したことは認めるが、その余の抗弁事実は争う。右約定中には(イ)(ロ)の外搗布の引渡は被告において搗布を鉄道便に付し、その鉄道出荷証甲片を原告に交付する方法を以てすることの取極めがあつたところ、被告は右の甲片も現物も原告に提供しなかつたのであるから被告の抗弁は理由がないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告が東京都における水産物公認荷受機関であること、原告が被告から継続して海藻搗布を買入れることを約し、右買入代金の前渡として原告の主張の日時にその主張の如く二回に亘り合計金四十万円を被告に交付したことは認めるが、その余の原告主張事実は否認すると述べ、抗弁として、(一)被告は昭和二十三年九月二十九日迄に代金十九万九千二百七十四円に相当する搗布を原告に引渡済であるから前渡金残額は金二十万七百二十六円である。この点について昭和二十五年一月十一日の本件口頭弁論において、被告が前渡金残額が原告主張通りと述べたのは事実に反し錯誤に基くものであるから右自白を取消す。(二)被告は本訴係属前に原告から搗布引渡につき催告を受けたことはないから本件訴状を以てする原告の搗布買入契約の解除はその効はないし、又原告は昭和二十五年二月六日の口頭弁論の際同月二十日迄に前渡金残額に相当する搗布の引渡をなすべき旨催告したけれども、右催告指定期間は搗布の採取季節でもないので集荷の上から言つてあまりに短期間であり、解除の前提としての催告期間としては不適法なものであるから右の催告を前提とする解除の意思表示によつても解除の効は生じない。(三)ところで被告の実兄訴外吉田辰蔵は被告を代理して原告会社代表者佐野寅雄との間に昭和二十三年九月十五日、同年度産搗布について次の約定を結んだ。(イ)原告は被告から同年九月十六日より同年十月三十一日迄の間に搗布七万貫を代金十貫当り金二百八十四円三十銭の割合即ち総額百九十九万百円で買受けること、但し、同年九月十六日から同月三十日迄を第一期としてこの間に二万貫を、又同年十月一日から同月三十一日迄を第二期としてこの間に五万貫を買受けるものとする。(ロ)右代金の支払については前示十貫当り代金中から第一期分については十貫につき百二十二円三十銭宛を金十万円に達するまで、第二期分については、十貫につき四十円宛を金十万七百二十六円に達するまで逐次前示前渡代金中から充当し残部を原告から現金で支払うこと、(ハ)原告に対する搗布の引渡方法は被告において集荷した搗布を梱包して千葉県館山駅(国有鉄道)に通ずる県道の傍に積荷した上、原告にその旨の通知をなし、引渡すものとすること、以上の契約が成立したので右の約旨に基き、被告は昭和二十三年九月下旬から同年十月末までに搗布七万千五百貫を集荷梱包して館山駅に通ずる県道の傍に積荷し、当時原告に数回に亘りその旨を通知し、引取方を求めたところ、原告はその受領を拒み、他に処分して欲しいと申出で、引取方を肯じないので被告も他に売却処分する外がなくなり、同年十月末頃から同年十二月末頃までの間に訴外昭和電工株式会社館山工場に四万七千六百六十九貫三百匁を、訴外渡辺康夫に一万五千貫を、その他に合計八千八百余貫を、当時の時価に相当する十貫当り百六十五円の代金で売却処分したが、被告が右処分した搗布を集荷のため買付けた価格は十貫当り金二百円であるから右買付価格と処分価格との差額十貫につき金三十五円に相当する損害、七万千五百貫については合計二十五万二百五十円の損害を受けたのである。元来本件の如き大量の搗布の売買については、買主においても、売主がその債務の本旨に従つた履行の提供をしたときは、これを受領する義務があるにも拘らず、原告は被告より約旨に従う履行の提供を受けながら、受領義務に違背して、その引取をしなかつたため、被告において上叙損害を受けたのであるから、右損害は原告において賠償の責がある。そこで仮に原告主張通り原被告間の搗布の売買契約が解除され被告において前渡金残額返還債務があるものとすれば、被告はこゝに前示損害賠償請求権を以て対当額につき相殺の意思を表示すると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が東京都における水産物公認機関であること、原告が被告から継続して海藻搗布を買入れることを約し右買入代金の前渡として原告主張の日時にその主張の如く二回に亘り合計金四十万円を被告に交付したことは本件当事者間に争がない。ところで証人小林利章、市村邦之助、渡辺康夫、吉田辰蔵の各証言並に被告本人訊問の結果と昭和二十三年度産搗布について昭和二十三年九月十五日原告代表者及び被告代理人間に被告主張の(イ)(ロ)の条項を含む約定が成立したとゆう当事者間に争のない事実とを綜合すれば、右約定が成立するに至つたのは本件前渡金残額に相当する搗布を被告をして、完済させるためであり、その残額は金二十万七百二十六円であり、従つて被告はすでにその主張の如く代金十九万千二百七十四円に相当する搗布の引渡を了していることが認められる。(この点につき乙第一号証は被告本人訊問の結果によりその成立も認められ、以上の認定と計数上においては一致するが記載内容の日附等は右訊問の結果に徴して措信し難い点がある。)証人細田正美の証言中右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を左右し得る証拠はない。被告は昭和二十五年一月十一日の本件口頭弁論において、被告が原告にすでに引渡を了した搗布の量について代金十八万五千八十九円にすぎず、従つて前受代金残額は金二十一万四千九百十一円存する旨自白しているけれども右自白が事実に反することは上叙認定により明であるから錯誤に基いたものと推定されるので、その自白の取消は肯認されるものである。次に原告が本件訴状により当初の搗布買入契約を解除する旨の意思を表示したことは本件審理上当裁判所に明白であるけれども、本訴提起前に原告から被告に対し前渡残額に相当する搗布の引渡を催告した事実はこれを認め得る何等の証左もないので、右催告の存在を前提とする解除の意思表示により買入契約解除の効は生じないものと言わなければならない。原告は更に昭和二十五年二月六日の口頭弁論の際同月二十日迄に前示搗布の引渡をなすべき旨陳述したことは当裁判所に明であるが、単なる催告の如きは相殺、取消、解除等の主張と異なり、それ自体訴訟上の攻防の方法とはならないもので純然たる実体法上の意思通知に止まり準備書面等に記載し、これを相手方において受領した場合等は別として、単に口頭弁論で陳べただけでは相手方に対し通知したことにはならない。訴訟上の陳述は相手方に対するものではなく、裁判所に対するものであるからである。であるから右口頭弁論における陳述だけで相手方(被告)に対する実体法上の催告があつたものとする原告の主張はそれ自体理由がないばかりか、この点を看過するとしても、証人吉田辰蔵、小谷徳治の各証言によれば被告の居村、安房郡富崎村地方における搗布の採取期は毎年七月から十月までの間であり、採取された搗布は保存ができないわけではないが、自家用を除き、取引に供せられるものは毎年当該年度に採取されたものであり、採取後一週間乃至十日間位の間に売却されるのを通例としており、採取後十日以上を過ぐれば、水切れのため量目が減じ取引上有利でないことが認められるので、搗布の採取期でもない二月六日から同月二十日に、その引渡を求める催告の如きは信義則に照し催告期間の点から言つても不相当のものであり、従つて右催告はこの点からしても不適法のものと言わざるを得ない。して見れば右不適法な催告に基く原告の契約解除の意思表示によつても解除の効は生じないものと断じなければならない。以上判示したところにより契約解除を前提とする原告の本訴請求は爾余の点に関する判断をまつまでもなく失当であるから、これを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 毛利野富治郎)