東京地方裁判所 昭和24年(ワ)3133号 判決
原告 江湖山芙三枝 外一名
被告 島田徹雄
一、主 文
原告等の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告等に対し東京都目黒区上目黒四丁目二千百五十三番地所在木造瓦葺二階建一棟建坪十八坪八合三勺二階七坪の家屋の階下六疊及び四疊半の二室を明渡せ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
原告佐竹ハルは本件家屋の前所有者佐竹利太郎の妻、原告江湖山芙三枝は利太郎の先妻の子で昭和二十二年九月二十七日右利太郎の死亡により本件家屋の所有権を共同相続し、原告両名に於て之を共有することになつた。昭和二十三年六月二十五日原告等は被告に対し右家屋の階下六疊及び四疊半の二室を一ケ月賃料四十五円で期間の定なく賃貸し、現在原告佐竹ハルは同人の姉である杉並区神戸町六十一番地訴外都築方に同居し、原告江湖山芙三枝はその夫及び幼子二人の四人家族で本件家屋の内右二室を除いた部分に被告と同居している。然るに右都築方に於ては原告佐竹ハルの姉が昭和二十三年夏夫に死別して以來收入の方途なき上に、一年來肋膜炎にて療養中の娘一人を抱へ生計費、治養費に窮し、その捻出の爲に現在の住居を賣却するの必要に迫られ、その爲原告佐竹ハルは右都築方を退去して原告江湖山芙三枝方に同居する外方法なき実情にあり、更に原告江湖山芙三枝も現住部分のみを以てしては狹隘に過ぎる爲困却しているものでこれらの事情から更に被告の賃借部分を使用する必要に迫られるに至つたところ、被告は独身の学生であつて居住家屋の選択については極めて自由な立場にあるので、原告等は被告に対し昭和二十四年一月八日到着の書面を以て前記賃貸借契約に付解約の申入をなした。而して右事情は借家法に所謂正当の事由ある場合にあたるから、右賃貸借契約は右解約申入の日より六ケ月の法定期間を経過した同年七月八日終了し被告は原告等に対し右家屋を明渡してこれを返還すべき義務を生じたに拘らず之を履行しないから、ここにその明渡を求める爲本訴請求に及んだ次第であると述べ、
被告の答弁事実中、島田彌一、同タヱ及び被告の身分関係、原告等が昭和二十三年中被告に対し、被告主張の如く家屋明渡請求の調停を申立て、昭和二十三年六月二十五日被告の主張する如き内容の調停が成立した結果原告江湖山の家族が本件家屋に居住するようになつたことは認めるが、その他の事実は否認すると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因事実の中、原告等の身分関係並びに相続関係が原告等主張の如くであつて、本件家屋が原告等の共有に属すること、被告が原告等より本件家屋の階下六疊及び四疊半の二室を一ケ月の賃料四十五円で期間の定なく賃借し、原告江湖山が右家屋のその余の部分に居住していること、昭和二十四年一月八日原告等より被告に対し右賃貸借契約の解約申入があつたこと、原告江湖山芙三枝が四人家族であり被告が独身の学生であることは孰れもこれを認めるがその余の事実、ことに賃貸借契約締結の日時並びに原告等に於て被告賃借部分に対する自己使用の必要ある点はこれを否認する。
本件家屋は訴外島田彌一が昭和十四年前所有者佐竹利太郎より賃料一ケ月四十五円、毎月末日拂の約で期間の定なく家屋全部を賃借したものであるが、島田彌一の死亡によりその妻島田タヱが右賃借権を相続し、更に右賃借権は昭和二十二年九月二十日島田タヱの死亡により同年五月二十九日同女と養子縁組をした被告により相続せられたところ、佐竹利太郎の死亡により本件家屋の所有権を共同相続した原告等が昭和二十三年中東京簡易裁判所に被告を相手取り本件家屋の明渡請求の調停を申立て(同廳同年(ユ)赤羽第三六二号事件)、昭和二十三年六月二十五日に、本件家屋の内二階六疊、四疊半、階下六疊(廳接間)湯殿の部分の賃貸借契約を同日合意解除し、被告は原告等に対し同年七月二十日限之を無條件で明渡すこと、原告等は被告に対し右家屋の内階下六疊及び四疊半を引続き期間の定なく賃料一ケ月金四十五円で賃貸すること、玄関口の二疊、便所は原告等及び被告の共用とする旨の調停が成立し、その結果被告の本件家屋に対する賃借部分は階下六疊及び四疊半の二室に減縮せられ原告江湖山が右調停條項所定の部分を使用するに至つたものである。元來原告佐竹と原告江湖山とはいわゆる継母子の関係で円満を欠き両名の同居は單なる口実にすぎない。仮にそうでないとしても右の如き経過により右の如き内容の調停が成立し原告等は孰れもその調停條項を遵守すべきことを承服したものであるから、爾後再度明渡の要求をなし得ないことは当然の條理であるにも拘らず、右調停成立後僅か六ケ月にして爲された本件解約の申入は所詮信義則違反乃至は権利の濫用であつて無効であると述べた。<立証省略>
三、理 由
よつて按ずるに当初のいきさつはともかく、被告が昭和二十三年六月以後原告等より原告両名共有の本件家屋の階下六疊及び四疊半の二室を一ケ月の賃料四十五円で期間の定なく賃借していること、昭和二十四年一月八日原告等より被告に対し、右賃貸借契約に付解約の申入をしたことは当事者間に爭のないところである。依つて右解約の申入につき借家法第一條の二に所謂正当の事由があるか否かについて考察するのに、
証人江湖山恒明、藤井幸、被告本人の各供述と双方の身分関係及び調停に関する当事者双方の爭なき事実とによれば、本件家屋はもと訴外島田彌一がその所有者佐竹利太郎よりおそくとも昭和十六年頃より賃借し被告主張の如き経緯により被告がその賃借権を相続したものであり、他方右家屋の所有権は利太郎の死亡によりその妻の原告佐竹と利太郎の先妻の子の原告江湖山とが共同相続し、原告両名が賃貸人の地位を承継したものであるが、原告江湖山の夫江湖山恒明が金沢の第四高等学校より東京女子高等師範学校教授に轉任しその住居がなかつた爲昭和二十三年原告両名は被告を相手取り東京簡易裁判所に家屋明渡の調停を申立てた結果、同年六月二十五日に、「同日右家屋の内二階六疊、四疊半、階下六疊(應接間)、湯殿の部分の賃貸借契約を合意解除し、被告は原告等に対し同年七月二十日限り無條件で之を明渡すこと、原告等は被告に対し右家屋の内階下六疊及び四疊半を引続き期間の定なく賃料一ケ月金四十五円で賃貸すること、玄関口の二疊、便所は原告等及び被告の共用とする、」旨の調停成立し、被告に於て調停條項を所定の如く履行した結果、原告江湖山は本件家屋に入つて夫婦及び子供三人で階下六疊の應接間に居住し、二階六疊を恒明の書斎、四疊半を荷物置場と子供の勉強部屋に使用していることが明らかである。而して証人江湖山恒明、原告佐竹ハル本人の各供述によれば、原告佐竹ハルは昭和二十一年頃から夫の佐竹利太郎と共に利太郎の郷里高知縣に赴き昭和二十三年十一月頃迄そこに居住していたところ、昭和二十二年九月二十七日利太郎死亡(右死亡の事項は当事者間爭がない)後は親戚が凡て夫の側であつて生活がしづらい爲元の居住地である東京に引揚げて來たが原告江湖山芙三枝の居住部分が狹隘で余裕がない爲暫定的に原告佐竹ハルの姉である杉並区神戸町六十一番地都築方に身を寄せたこと、しかるに右都築方に於ては原告佐竹ハルの姉の夫が昭和二十三年夏に死亡して以來その遺産のみにて生活し他に收入の方途なき上に、病弱の娘を拘へて生計費に窮しその捻出の爲にその住居を賣却するの必要に迫られた結果原告佐竹ハルは右都築方を退去して原告江湖山芙三枝と同居する外なきこととなり、ここに原告佐竹ハルの居住の爲にも本件家屋を使用する必要を感ずるに至つたことが認められる。そこで被告の賃借部分を明渡さしめることの当否の問題を考慮する必要を生ずるのであるが、原告江湖山の本件家屋使用の状況は、その夫恒明の職業を考慮すれば必しも満足するところではないかも知れないが、さればとて現下一般の住宅状況よりすればこれを以て著しく狹隘なりとゆうべきではなく、ひつきよう本件に於ては原告佐竹ハルの居住の爲被告の賃借部分を明渡さしめることの当否に帰着するものとゆうべきである。しかして被告本人の供述によれば被告は現在雇入の老婆と二人で六疊と四疊半二室を使用して居り、原告江湖山に比し余裕ある状況であることは明らかであるが、被告に於て他に移轉先も又移轉する程の資力の余裕のないことも同供述により認め得るところであるから、右二室全部を原告佐竹の必要の爲に提供せしめることは衡平を失するものとゆうべきである。それではその内の一室を原告等に使用せしめる措置は如何とゆうに、かくの如き措置は爾後当事者双方の居住の継続的安定が期待せられる場合でない限無意味に帰するものというべきところ、本件家屋の図面であることに爭のない甲第一号証の間取の記載と本件係爭の経緯、被告本人の供述により認められる先頃原告江湖山が被告居室の廊下に箪笥を置くようになつてから双方の感情が対立している事実等を合せ考えるときは、被告に於てその一室を明渡した後残りの一室を使用することは間取りの関係上被告にとり甚だ居辛い状態となりその居住を継続し得るや否や疑問の余地なしとしないのであり、右の如き措置も亦必しも妥当なりとなし得ない。これら諸般の事情に証人藤井幸、被告本人の各供述により認められる被告が前段調停に於て相当の誠意を以て少なからぬ讓歩に應じたに拘らず(新たな事情が生じたとはいえ)半年余にして解約の申入となつたこと、本件紛爭のため被告の結婚が遅延していること等の事実と他方原告佐竹ハルの供述により認められる同人は独身で別段職業を営むわけでもなく、要するにその居住の場所が必要なのに止まること、しかして原告江湖山とは住居の狹隘という点以外別段同居を妨げる事情も認められぬ事実等を合せ考えるときは、原告等は多少狹隘を増すことにはなるが原告佐竹ハルを原告江湖山の使用部分の何れかに居住せしめることを以て満足すべきものとゆうべきであり、結局本件解約の申入は正当の事由なきものにして無効なりといわねばならない。
されば本件賃貸借は右解約申入により終了したものではないから、これが終了したことを前提とする原告等の本訴請求は被告の爾余の主張につき審究する迄もなく失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五條、第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 北村良一)