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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)3514号 判決

原告 財団法人基督教済美会

被告 和田善太郎 外二名

一、主  文

被告らは原告に対して東京都中央区銀座四丁目二番地の一所在鉄骨鉄筋コンクリート造九階建聖書館ビルデイング(家屋番号同町六十番地の三)三階二号室六坪九合六勺の明渡をせよ。

被告らは原告に対し昭和二十四年十二月一日以降昭和二十六年七月三十一日までは各自一ケ月金八百円昭和二十六年八月一日以降本件室明渡ずみに至るまでは連帯して一ケ月金千円の割合による金員の各支払をせよ。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨及び被告らは連帯して原告に対し、昭和二十四年八月一日以降本件室明渡ずみに至るまで一ケ月金千円の割合による金員の支払をせよとの判決、並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、原告はその所有に係る主文第一項記載の室を昭和二十二年八月一日被告和田善太郎に次の約定で賃貸した。

(1)  賃料は一ケ月金八百円とし毎月三十日迄に翌月分を支払うこと。

(2)  賃借人は右室を事務室として使用すること。

(3)  賃貸借の期間は昭和二十二年八月一日より満二年間とすること。

(4)  右室の賃借権の譲渡、転貸、同居人をおくことをしないこと。

(5)  賃借人が本契約に違反したときは催告をしないで直ちに契約を解除しうること。

(6)  賃貸借期間中といえども賃貸人は六ケ月前の予告で解約できること。

(7)  賃貸人の承諾は文書によるものの外は無効とする。

二、しかるに被告和田は右契約に違反し本件室を被告株式会社造形社、同新生興業株式会社に転貸又はこれを同居させているので、原告は右転貸同居を理由として昭和二十四年八月六日被告和田に対し、契約を解除する旨の意思表示をなし、右は同年八月八日同被告に到達したので本件賃貸借は同日限り解除された。

三、かりに右契約解除がその効力を生じないとしても、本件賃貸借については一、(6) の特約があるので原告は被告和田に対し、昭和二十四年六月二十二日附書面をもつて解約の申入をなし、右書面は同年六月二十四日頃同被告に到達したから、右到達の日より六ケ月経過すると共に本件賃貸借は終了した。かりに右書面が解約の申入にあたらないとしても本訴の提起は前記特約にもとづく解約の申入と見るべきであり、従つて本件賃貸借は本件訴状が被告和田に送達された昭和二十四年十月六日から六ケ月経過した昭和二十五年四月六日に終了した。

四、かりに前記特約にもとづく解約の申入がその効力を生じないとしても、本件賃貸借は昭和二十四年七月三十一日に更新されてその期間は二ケ年であるから、昭和二十六年七月三十一日には期間の満了により本件賃貸借は終了したものである。蓋し本訴は右賃貸借の期間の満了六ケ月前から係属しているのであるから、これにより賃貸借期間満了六ケ月前に、被告和田に対しては更新拒絶、その他の被告らに対しては期間満了の意思表示をしたものとみるべきであるからである。

五、そして前記特約による解約又は更新拒絶についてはこれをなすにつき次の如き正当な事由がある。

(1)  本件ビルデイングは昭和八年米国宣教師団の努力によりその代表者の個人名義で聖書の頒布並びに基督教の普及を目的として建設され、昭和十六年頃日米関係の急迫により日本政府による接収を免れるため原告の所有名義となつたが、前記建設の目的にそうべく日本聖書協会が管理してきたもので、しかも原告はメヂスト教会の維持財団であるから、(イ)終戦後事業の飛躍的増大のため、室の狭隘に困つている日本聖書協会に本件ビルデイングを使用させねばならず、(ロ)建設目的にそい本件ビルデイングをクリスチヤンセンターとして基督教関係団体に使用させる計画に協力せねばならず、特に建設資金が米国の信者からでているので米国宣教師団の計画に協力する必要がある。

(2)  右の計画は着々と進行しており、本件ビルデイングの他の賃借人転借人らに対し、その占有する室の明渡を求め殆んどその完了も近い現在、本件室のみが被告らの占有にまかされることは右計画を進めるのに重大な障害となる。

(3)  被告らは裁判所の和解調停において坪当り四、五万円の移転料を支出するという原告の提案に対し法外の金額を要求して自ら移転を不能ならしめるなど原告に対し非協力的利己的態度にでている。

(4)  被告和田が本件室を転貸し又は同居人をおいたこと、本件賃貸借には「被告和田は原告と協定した様式場所以外に氏名商号看板広告又はこれに類似のものを表示することを禁ずる」旨の特約があつたのに、被告和田が右特約に反し他の被告会社らの看板を出していることなどは原告と被告和田間の信頼関係を破るものという外はない。

(5)  被告らの室にはブローカーらしい人が出入し時には古着の売買をなし、それが基督教関係のバザー類似のものと世間から誤解され、又は被告らの営業が原告又は聖書協会の事業となんらか関係あるもののようにとられ、原告側として多大の迷惑をこうむつている。

(6)  原告は数多くの基督教団体から一坪でも二坪でも貸してくれとの申込を受けており、本件室のみの明渡によつてクリスチヤンセンターとして使い得ないからといつて本件室の明渡の必要性は変らない。

(7)  原告は本訴提起後新しく基督教関係以外には一室も賃貸していない。

(8)  被告らは本件室に特別な設備をなしているわけでないから、本件室に関し特別の利害関係を有しないでどこでもできる事業をなしているのであり、前述の原告の本件室に有する利害関係とは比較にならない。

六、被告和田は原告に対し、昭和二十四年八月一日以降契約解除又は期間終了の日までは約定による賃料を支払つていないし、契約解除又は期間終了日の翌日以降は本件室を不法占有して賃料相当額の損害をあたえているから、これを賠償すべきであり、被告会社らは昭和二十四年八月一日以降契約解除又は期間終了の日までは本件室を事実上使用しているから、原告により右使用が承認されていたとすれば被告和田と連帯して、右使用が承認されていなかつたとすれば各自賃料を支払う義務があり、契約解除又は期間終了日の翌日以降は本件室を不法占有して原告に対し賃料相当額の損害をあたえているからこれを被告和田と連帯して賠償すべき債務がある。そして本件室の約定賃料はもと一ケ月金八百円であつたが後一ケ月金千円となり、昭和二十五年七月十一日以後は本件室が事務室の用に供する建物として地代家賃統制令の適用外となつたため、これを自由に定めうることとなり、本件室以外の室については坪千円の割合で賃貸しているから本件室の賃料は同日以降一ケ月金六千九百六十円となつたものである。しかし原告が被告らに対し賃料及び損害金を請求するにあたつては昭和二十五年七月十一日以降も一ケ月金千円の割合で請求する。

七、よつて原告は本件室を不法占拠する被告らに対し所有権にもとずき本件室の明渡を求めると共に、連帯して昭和二十四年八月一日以降契約解除又は期間終了の日までは約定賃料として、契約解除又は期間終了の日の翌日以降本件室明渡ずみに至るまでは賃料相当損害金として一ケ月金千円の割合による金員を支払うことを求めると述べ、被告らの答弁に対し、

一、会社制度の本質はあくまで個人とは別個の権利主体として個人によつて達成できない機能を発揮して活動するところにあるのであるから、会社の代表者としての占有と個人としての占有は別個である。これは被告和田が本件室に対する仮処分の際本件室は被告和田個人として占拠するものでないと右執行を拒絶したことより明かである。

二、本件賃貸借成立のときスエヒロ水産株式会社が連帯賃借人であつたことはない。原告において交付する賃料の領収書の宛名はすべて造形社として作成されているが、これは被告和田が本件賃貸借成立以前から個人の商号として使用していたので、被告和田の名を書くかわりに右商号を書いたのにすぎないもので、造形社と株式会社造形社とは全然別個で後者は昭和二十三年九月十五日に設立されたものである。又新生興業株式会社は昭和二十四年六月十八日設立されたもので、原告は昭和二十四年六月二十二日その看板をかかげることに対し警告を発していた。又転貸の承諾は特約により文書によることを必要とし、この特約はもともと戦時中より増大した賃貸人である法人の意思決定機関が関知しない間に、右法人の下僚に対する賄賂などにより不法占拠する如き幣害をさけるためのもので有効であるから、文書による承諾を主張しない被告の主張は失当である。

三、賃貸期間中いつでも予告により解約できる旨の特約は賃貸期間の定めがあつても、これをいつでも期間の定めのないものとなしうる権利を賃貸人に留保する趣旨でなされたのである。そして法律上期間の定めのない賃貸借が認められており、この場合解約申入をするには六ケ月の期間をおくことによつて賃借人の権利が最低限保障されていることと本特約とを照し合わすならば、本特約は決して借家法第六条に所謂「賃借人に不利なもの」ということはできない。

四、武見診療所、新貝医院は原告よりひきつづき賃貸借契約の継続の承諾をえているのであるが、医は仁術ともいわれクリスチヤンセンターの中にあつても不相応というわけではなく、その上その占有する室は他室と比較にならぬ程設備を施してあるから原告として明渡を求めることを中止したのである。

と陳述した。<立証省略>

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一、第一の事実は認める。

二、第二の事実中原告主張の如き解除の意思表示が原告主張の日に被告和田に到達したこと、被告らが現在本件室を使用している事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(1)  被告株式会社造形社同新生興業株式会社はいずれも被告和田が株式の大半を所有してその事業を主宰する個人的色彩の強い会社であり、本件室の管理一切被告和田がこれをなしているのであるから、本件室は依然として被告和田個人の占有中のものである。

(2)  かりにそうでないとしても、本件賃貸借の内容として原告は被告和田に対し同被告の主宰する事業会社なら法人格を異にしても、同被告の管理の下にある限り本件室を使用することを承諾しており、この事は(1) の性格を有するスエヒロ水産株式会社が本件賃貸借について連帯賃借人となつており、又原告において交付する賃料の領収書の宛名はすべて「造形社」として作成されていることにより明かである。従つて被告会社らは(1) の性格を有するから右承諾にもとずき適法に本件室を占有しうるのである。

(3)  承諾が文書によらねばならないとの特約は無効である。即ち本賃貸借成立当時当事者双方において右特約の拘束をうけない旨了解されていたものであり、かりに右了解がなかつたとしても右特約は意思表示の効力発生を書面による場合のみ制限するもので民法の原則に反し、且つ経済的弱者を不当に圧迫するものとして公序良俗に反し無効である。かりにそうでないとしても、賃貸人が被告和田に対し口頭により被告会社らの本件室使用を承諾したことは右承諾の行為自体により前記特約が修正されたものとみられる。

(4)  たとえ被告和田が被告会社らに対し本件室を無断にて転貸したとしても、右会社らの性格が(1) の如きものである以上、原告側においてなんら不利益をこうむつておらず、将来こうむるおそれもなく、従つて原告と被告和田間の信頼関係が破壊されることはありえないから、原告がこれを理由として本件賃貸借を解除することは信義誠実の原則に反するといわねばならぬ。

三、賃貸借において期間の定めがある以上、借家法第二条により賃借人の利益は保護されるものであるから、これより不利であることが明かな原告が第三において主張する如き特約は借家法第六条により無効というべきである。

四、第五において主張する更新拒絶の意思表示はこれをなすについて正当の事由がないから無効である。

(1)  本件室はもと原告よりひきつづき賃貸借の継続の承諾をえている武見診療所の待合室であつたものでその構造上独立して使用することは事実上困難な情況にある。従つて原告が本件室を自ら使用する必要があるにせよ基督教関係の第三者に賃貸する必要があるにせよ、武見診療所に本訴提起後ひきつづき賃貸していながら本来独立していない本件室だけに対し明渡を求めてくることは不当といわねばならぬ。

(2)  被告らが原告に対し本件室を明渡すならば従来の営業上の実績からして事実上大なる支障をもたらすのみでなく、その移転自体が損害をともなう。この損害は坪当り三万円の補償によつても償いえない。

五、第六の事実中、賃料が一ケ月千円となつたこと昭和二十五年七月十一日以降一ケ月金六千九百六十円となつたことは否認する。被告らは原告より賃料増額の請求をうけたことはなく、従つてこれに対し承諾をあたえることもできなかつたから賃料が自動的に増額されることはありえない。

と陳述した。<立証省略>

三、理  由

原告がその所有に係る主文第一項記載の本件室を昭和二十二年八月一日被告和田に対し原告主張のような約定で賃貸したこと、被告和田と共に被告会社らが本件室を使用していること、原告が被告和田に対し同被告が原告の文書による承諾なくして本件室を被告会社らに転貸又はこれを同居させていることを理由として昭和二十四年八月六日本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右が同年八月八日同被告に到達したことは当事者間に争がない。

よつて、右解除の意思表示の効力について判断する。まず被告和田と被告会社らの関係がいかに密接であるにせよ個人と会社の各占有が一個の占有となることはあり得ないから、被告会社らは被告和田より本件室を転借したか又は被告和田と同居しているものというべきであり、証人武永忠和、同吉川重治、同今城彦三郎の各証言、被告和田訊問の結果を綜合すると、終戦以来昭和二十四年四月に至るまで本件ビルデイング各室の賃貸借事務は日本聖書協会の会計理事たる吉川重治が本件ビルデイングの管理者で日本聖書協会理事長たる今泉真幸の代行者としてこれを行つており、本件賃貸借についても原告側の担当者は吉川重治であつたこと、吉川重治は終戦後経済界の変動が烈しく借家も払底していた折から室を有利に使用することを考え、従つて借室人に対し転貸同居の禁止を特に警告するようなことはなかつたこと、被告会社らは被告和田が代表取締役となつてその事業を主宰している会社であり、本件室の管理は一切被告和田が事実上これをなしていること、本件賃貸借成立の際吉川重治は被告和田に対し同被告の主宰する会社なら法人格を異にしても同被告の管理の下にある限り本件室を使用してもさしつかえない旨承諾し、被告和田は本件室を同被告の主宰する会社以外に使用させぬことを誓約したこと、原告は被告株式会社造形社に対して被告和田が代表取締役であるとの理由で本件室の使用を承認し同会社の表札は原告においてかかげたものであること、被告和田は右被告会社の名称変更看板書換などに際して一々原告に知らせず、被告新生興業株式会社も同被告の主宰する会社であるから、本件室を占有させてもよいと考えて特に原告に対し承認を求めたことがなかつたことが認められ、以上の事実から本件賃貸借の内容として当初から被告和田が主宰する会社の本件室占有はこれを原告において承認する旨の約定が存在していたと認められ、従つて右約定にいう被告和田の主宰する会社に外ならない被告会社らの本件室占有について改めて原告の承諾があることを必要としないといわなければならない。本件賃貸借に「承諾は文書によるのでなければ効力を生じない」旨の特約の存することは当事者間に争ないが、右特約は承諾の効力を文書作成にかからしめるものであつて、このような合意による要式行為はわが法制上明文ある場合を除いて無効というべきであるのみならず、その趣旨とするところは契約成立後の承諾についてのみ適用されると解すべきであるから改めて承諾を必要としない被告会社らの本件室占有については右特約が適用される余地はないものというべきであり、又成立に争ない甲第四号証によれば、被告和田に対してなされた通知に「賃借人以外の名義を入口等に表示されている向は契約違反となるから撤去され度……」旨の記載があるが、「表示されている向」の言葉から右通知は直接被告会社らを指摘していると認められないのみならず、右通知のみにより通知迄に被告会社の本件室占有が原告により承認されていなかつたとは認められないから、被告会社らは原告と被告和田間の前記約定にもとずき適法に本件室を占有しているものと認定され、右認定に反する証人都田恒太郎、同藤川卓郎の各証言は信用しがたく他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

よつて原告の無断転貸を理由とする本件賃貸借解除の意思表示はその効力を生ずるに由ない。

次に原告は六ケ月前の予告をもつて本件賃貸借を解約しうる特約にもとずき本件賃貸借が終了したと主張するので、この点につき判断する。

本件賃貸借に原告主張の如き特約があることは当事者間に争ないが、右の如き特約は原告のいうように賃貸人に期間の定めある賃貸借をいつでも期間の定めないものとなしうる権利をあたえたと同様の効果を持つものというべきである。然るに一方借家法によれば期間の定めある賃貸借については期間満了の六ケ月以前に正当事由を備えた更新拒絶の意思表示によつてこれを終了することを認めたのみであつて、たとえ正当事由あるときといえども賃借期間中に賃貸人の意思のみに基く解約申入の権利を認めていない。従つていやしくも契約締結にあたり賃貸借の期間を定めた以上賃借人は約定期間中賃貸人の意思のみによつて使用収益の権能を奪われない法律上の利益を有しこれに反する約定は同法第六条により存在しないものとみなされるものであり、同法上は借家につき民法第六百十八条の適用を排除したものと解すべく、本件特約はまさにこれに該当するから何らの効力を生じないというべきである。当初より期間の定めなき賃貸借契約を締結することはもとより自由であるが、一旦期間の定めをしながらその期間中賃貸人が自由にこれを期間の定めなきものに変更することは、たとえあらかじめ賃借人の同意あるときといえども、前記法条の趣旨に照し許されないと解すべきであるからである。場合によつては一見期間の定めあるもののように見えながら、真実は当初より期間の定めなき賃貸借に外ならぬ事例もないではないであろうが、本件においては二年の約定が賃貸借関係そのもの以外のいかなる法律関係の継続期間を意味するか全く理解し得ないのみならず、原告みずからそれが賃貸借の期間であることを前提として前記特約の有効を主張しているのであるから、右のような解釈を容れる余地もない。よつて原告の右特約にもとずく解約の申入は無効であつてこの点に関する原告の主張は採用することができない。

次に原告は本件賃貸借が期間満了により終了したと主張するから、この点につき判断する。本件賃貸借の期間が昭和二十二年八月一日より二ケ年であることは当事者間に争がないから、その後に期間が更新されても本件賃貸借は昭和二十六年七月三十一日をもつて終了する。そして原告は右期間満了の六ケ月前より本訴を提起して現在に至つており、このような原告の態度は被告和田に対しては更新拒絶の意思表示にその他の被告に対しては期間満了の通知にあたるから、更に右更新拒絶をなすについて正当な事由があるか否かにつき考える。成立に争なき甲第六号証、証人武永忠和、同都田恒太郎、同吉川重治、同藤川卓郎の各証言及び検証の結果を綜合すると、本件ビルデイングは昭和の初め米国の篤志家により聖書頒布の事業を目的として建設され、ついで米国聖書協会に寄附され、その後米国聖書協会と英国聖書協会とが合併し、日本聖書協会(以下協会と略称する)ができたが、法人として許可されなかつたので、右協会と同じく伝道を目的とする原告に譲渡されたこと、しかし本件ビルデイングはすべて協会の事業に使用され、本件ビルデイングの管理人も協会の理事長であつたこと、その後戦争中聖書の印刷が許可されなかつたため本件ビルデイングの維持費や協会職員の生活費を得るため一般に賃貸したこと、戦後協会は関係者の要望が強いので戦前戦争中を通じて日本の基督教団体が都内に分散し、事業上の連絡に非常な支障を生じたことに鑑み本件ビルデイングをクリスチヤンセンターとする計画を立て、諸団体と協議の上日本基督教宣教師団を作ると共に本件ビルデイングを米国宣教師団の日本出張所とすることを決定したこと、終戦後教会の事業が拡張し、聖書頒布数も年間二百万部から三百万部に増大し、又七十年前に飜訳された聖書の改訳の仕事も行われるようになり、米国における最大のアメリカンジヨビングの総代理店であり又米国より衣料などを輸入しそれを一般に卸売することも行つていること、現在製品はその置場がなく東神倉庫明治学院書庫などに保管されているので発行にあたり厳重に検査するのに不便であること、現在米国から年に十万ドル位援助をうけていて本件ビルデイングの七階以上は基督教関係の各種団体特に米国関係者より相当室提供するよう要求されていること、本件ビルデイングの大半は現在基督教関係の事務所、倉庫又は外国人の住居に使用されており、一般人に賃貸していた室は武見診療所と新貝医院を除いて大部分明渡されることになつているが訴訟係属中であること、原告は本件室を応接間として使用したい意向をもつていること、本件室には三個の机、数脚の椅子、タイプ、長椅子、本棚の外別に置いていないことが認められ、以上の事実から本件ビルデイング建設の目的、原告がこれを所有するに至つた事情、その後の管理方法により原告と密接不即離な関係にあると認められる協会がその事業の拡張と本件ビルデイングをクリスチヤンセンターとする計画のため一室でも多くの室を必要としており、しかも右計画は社会上公益上有益であると考えられ、右計画は現在本件ビルデイングの各室を漸次協会の事業目的にそう団体外国人に占有させることにより相当程度に進められていることを認定することができ、他方成立に争ない乙第六号証、被告和田本人訊問の結果及び検証の結果を綜合すると、株式会社造形社は静岡県草薙工場で製造された圧搾機械ベルトレーングなどを月二十万円位取引しており、右製品について全国からの照会も多く、全国の搾油業者組合等にパンフレツトを発行するなどの業務をなしていること、右業務をなすについて場所的に便益をえていること、新生興業株式会社は造形社製品の販売と輸入古衣料を通産省の委託により会社工場などに納品する事業を行つており、右古衣料の取引は月七、八十万円から二百万円程度であること、本件室は現在ある程度独立の区劃をなしているがもと武見診療所の一部であつたとみられ、且つ右診療所と新貝医院とに囲まれていることが認められ、被告らがその事務所を他に移転することにより事業上不便を感ずるに至るであろうことは考えられるが、前認定のとおり、本件室には格別の設備もなく他に住所を求めるのに著しい困難を生ずるとも思われず、又本件室の構造上、通常ならば武見、新貝両医院の明渡をしないので本件室のみに明渡を求めることは妥当性を欠くと一応認められるが、両医院の占有は医院の性格からして特に原告の前記計画に相応しないものでなく、これに反し被告らの営業は原告の計画が順次進捗するにつれ次第にこれと調和しなくなる観を呈するに至ることを否み難いから、右両者の場合と同様に考えることは困難であり、且つ本件室を両医院から独立して使用することも可能であり、原告が一室でも多く必要としていること前認定のとおりであるから結局、本件室のみに対して明渡を求めることも妥当というべきであり、その他本件室を原告が必要とする以上に被告らがこれを必要とする特別事情も認められないから、被告らが何らの補償なくして明渡さなければならないとすれば被告らにとつて稍酷な感を禁じ得ないとはいえ、なおかつ原告は更新の拒絶をなすにつき正当な事由を有するといわねばならぬ。従つて本件賃貸借は昭和二十六年七月三十一日限り終了し、被告らは原告に対し本件室を明渡すべき義務がある。

次に原告の被告らに対する金員の請求について判断する。

成立に争ない乙第二号証によれば昭和二十四年八月一日当時賃料が一ケ月金八百円であつたことが認められ、成立に争ない乙第三号証によれば被告和田は原告のため昭和二十四年八月一日以降同年十一月三十日迄の一ケ月金八百円の割合による賃料合計三千二百円を供託したことが認められるから、右供託は債務の本旨に従つた供託というべきであり、右期間の被告和田の原告に対する賃料支払債務は消滅したものであり、右期間本件室を適法に占有していた被告会社らの原告に対する賃料支払債務もまた消滅したといわねばならぬ。

昭和二十四年十二月一日以降本件賃貸借終了の昭和二十六年七月三十一日に至るまで被告らが原告に対し賃料を支払つていないことは、本件弁論の全趣旨に徴し明かであるから、被告らはそれぞれ原告に対し右賃料を支払う債務があり、昭和二十六年八月一日以降本件室明渡ずみに至るまでは被告らは本件室の不法占有により賃料相当額の損害を原告にあたえているから連帯してこれを支払うべきところ、昭和二十五年七月十一日以降一ケ月金六千九百六十円となつたことについてはこれを認めるに足る確証はないが、昭和二十五年七月十一日以後本件のような事務室用の建物に対する統制令の適用が除外せられた後においては、本件のような構造の事務室の賃料が一ケ月金千円を下らないことは当裁判所に明かなところであるから、原告は被告らの不法占有により毎月右同額の得べかりし利益を喪失しているものというべく、被告らはこれを連帯して原告に賠償すべき義務がある。

よつて原告が被告らに対し本件室の明渡を求め、昭和二十四年十二月一日以降昭和二十六年七月三十一日に至るまでは各自一ケ月金八百円の割合による延滞賃料を昭和二十六年八月一日以降本件室明渡ずみに至るまでは連帯して一ケ月金千円の割合による損害金を支払うことを求める部分は正当であるからこれを認容し、原告その余の請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用し、仮執行の宣言については不適当と認めてこれを付さないこととし主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 和田嘉子 倉田卓次)

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