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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)3555号 判決

原告 財団法人啓成会

被告 帝都ゴム製造株式会社

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対して東京都豊島区巣鴨六丁目二十番地の二所在啓成会ビルデイングの内玄関より向つて右側階下二百坪階上二百坪合計四百坪((別紙<省略>図面中斜線部分))の明渡をせよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は昭和三年三月に、大正十二年九月の震火災によつて不具となつた者及び不具者で罹災した者を收容してこれらの職業能力を啓発向上させる事を目的として設立された財団法人であつて、本件建物を建築所有し、この建物に不具者を收容し職業講習、義肢の研究及び製作、授産等の目的事業を遂行して來たところ、昭和二十年四月十四日の空襲によつて罹災し、收容していた不具者は各自避難先へ四散して事業を継続し得ない状況に陥つた。被告会社はゴムホース製造を業務とする会社であつて、本件原告建物に隣設するその工場は軍需工場として指定されていたものであるが、同じく同年四月十四日の空襲によつて罹災燒失し、そのゴムホース生産が不能となつたので、昭和二十年四月十六日原告の本件建物の一部を工場として借用し戰力増強に資し度いと申出た。当時原告は前述の如き事業中絶の状態にあり、その再開する目当も早急になかつたので、將來目的事業の再開される迄の間、被告の申出に應じて建物の一部を被告に貸與し之を戰力増強に資するのを妥当と考え、原告が財団法人にしてその建物を他人に賃貸して收益を上げる事は監督官庁である厚生省が承認しないので昭和二十年六月二十一日、期限を翌二十一年三月三十一日として期限後原告に於て目的とする公益事業再開のため建物を必要とする時は何時にても明渡すべき約定の下に、被告に対し本件建物の中請求の趣旨記載の四百坪を無償使用せしめる旨の使用貸借契約を結んだ。尚坪十円の割合で毎月被告より寄附金を受納することとしたがこれは寄附であつて建物使用の対償としての賃料ではない。

其の後終戰となつて昭和二十一年原告は再び目的事業の遂行に迫られ、義肢製作を拡張し洋裁指導の事業に着手する等の事業計画を樹て之が実行のために被告に貸與した部分をも必要とするに至つたので、再三その明渡を請求したところ、被告は二十一年三月三十一日の期限を過ぎ、戰力増強という使用目的は既に終了しているにも拘らず、これに應じないので原告は事業遂行上著しい支障を來しているから、その明渡を求める。

仮に右契約が賃貸借であるとしてもそれは一時使用のための賃貸借である。すなわち前記のような事情から原告が事業を再開するまでは一時他人に使用せしめても差支えない状態にあり被告は一時本件建物を借用して戰力増強をはかりたいと申出たので一先ず昭和二十一年三月三十一日を期限としその後は原告の必要に應じ何時でも明渡を受ける趣旨の下に結ばれた一時使用のための賃貸借である。又若し期限の定ない賃貸借であるとすれば、昭和二十五年六月六日附準備書面の到達を以て解約を申入れる原告は前述のようにすでに昭和二十一年度以來新たな事業をたて、不具者に対する職業指導、義肢の製作頒布、義肢研究所の設置、洋裁の指導等のため建物全部の使用を必要とするに至つており被告が明渡に應じないため公益法人たる機能を発揮できないでいるに反し、被告は工場の燒跡に新築し戰前の事業を回復継続したのみならず更にこれを拡張しているに拘らず依然として本件建物の一部の使用を続け、当初特別の事情から特別の詮義により使用せしめた関係を無視しているものであるから、この解約申入は正当の事由に基くものである。と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

原告が原告主張の如き目的の下に設立された財団法人であること、本件建物が原告所有のものであること及び昭和二十年四月十四日の空襲によつて本件建物並びに被告工場が罹災したこと、罹災の後被告は事業を続けるために原告の本件建物の一部を工場として使用し度い旨申出で、昭和二十年六月二十一日に本件建物の中原告主張の部分四百坪についてその使用を許され現在に至るまで引続き被告に於て使用している事実はいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(一)  本件建物の一部の原被告間の貸借契約は期間の定なき賃貸借である。即ち原告主張の経緯の下に被告の賃貸の申出が許されて昭和二十年六月二十一日理事会の承認を得て賃貸借契約が結ばれたものであり、賃料については三越、伊勢丹等の当時の賃料額を参考の上毎月坪十円と決め、唯その支拂方法については、原告が財団法人であつて監督廳の許可を得る関係や、寄附行爲を考慮した結果形式を賃料としてでなく寄附金として之を原告法人に納付する事とし期限についても認可を受ける関係から一應会計年度末の二十一年三月三十一日までと定めたものに過ぎず、從つて其の後も常に坪数に應じた賃料が寄附金名義をもつて、支拂はれ二十一年四月以降七月迄一時寄附の停止された事があつたが、八月から四月に遡つて支拂われ以後数回に亘つて値上され昭和二十四年六月には家賃統制額の増額されたのに應じて寄附金も坪六十五円と変更され、被告はその都度原告の請求額に應じて支拂つて來た。以上の如くであるから本件契約が期限の定なき賃貸借である事は明白である。

(二)  被告の本件建物の使用目的は「戰力増強に資する」ことではなく且つ一時使用のための賃貸借でもない。すなわち本件賃貸借契約を結ぶに当り、戰時中のこととて「戰力増強に資する」ことを掲げたのは事実として認めるが、それは單なるスローガンにすぎず、決して被告の本件建物の使用目的をなすものでなく契約の要素をなすものでない。殊に被告が賃借部分の罹災箇所を修理して事業を開始したのが既に戰後二十年末頃であり、更に其後今日まで被告に於て相当の対價を支拂つて本件建物を使用していることからみても使用目的が「戰力増強」にあるのではなく被告会社の事業遂行にのみあることは明白であり、何時でも明渡す旨の特約も存在しないから被告がその使用目的を既に失つたわけでもなく、本件賃貸借は借家法の適用を受くべき賃貸借である。

(三)  原告は本件賃貸借の解約を申入れるにつき正当の理由を有しない。即ち原告はその目的事業遂行上被告の賃借部分をも必要とする旨主張するが、原告はその裏づけとなるべき具体的計劃も経費もなく、而も現在約百坪を他に貸與して居るばかりでなく未だ他にも相当の余裕が存在している。これに反して被告は從業員百二十名を抱えて生産遂行中であつて現在本件賃借部分を明渡すことは結局事業の一部停止を意味し、その結果は当然に企業整備を來す実情にある。斯様な次第であるから原告は被告に対して解約を申入れその明渡を要求する正当事由をもつていない。と述べた。<立証省略>

三、理  由

(一)  原告が原告主張の如き事業を目的とする財団法人であつて、本件建物を所有していたが昭和二十年四月十四日の空襲で隣接せる被告会社工場と共に罹災したこと、罹災後被告会社から本件建物の一部を工場として使用したい旨を原告に申入れ昭和二十年六月二十一日原告の承諾を得て現在に至るまで本件建物の中四百坪(別紙図面中斜線部分)を占有使用していること、被告会社より原告法人に対し昭和二十年五月七日より坪当り月十円の割合で寄附金名義の金員を納付することとなつたことはいづれも両当事者間に爭がない。

(二)  成立に爭のない甲第三号証乃至甲第五号証、乙第一号証の一、乙第三号証、被告代表者田口銀藏の訊問の結果により眞正に成立したと認められる、乙第一号証の二、乙第二号証の一、二及び証人中島寅吉、小島徳雄、岸本千秋の証言並びに被告代表者田口銀藏訊問の結果を綜合すれば、原告が本件建物の一部の使用を承諾するに当り原告が特殊の由來を持つ財団法人で賃料をとつて建物を他に使用させることは到底穩当でないが、一面原告は当時赤字続きの上に戰災により打撃を受け財政的にも苦しい事情にあつたので、被告をして無料で使用せしめるわけにもいかないところから、建物使用の対價を寄附金の形式をもつて支拂わしめることとし、その金額を当時の三越伊勢丹等の例にならつて坪当り月十円と定め、被告に建物の賃料相当額の寄附採納願を原告宛提出させて、被告が実際に本件建物の使用を始めた昭和二十年五月七日から寄附金名義でこれを受領して來たが原告は本件建物が罹災し、及び終戰によつて目的事業の縮少を余義なくされ、從つて予算も貧しく財政困難になつたのでその不足分に充当するため被告の寄附金額も最初の坪十円から、昭和二十三年度は坪二十五円、又二十四年六月には地代家賃統制額の増額されたのに伴つて坪六十五円と順次数回に亘り次第に引上げられ、被告はその要求に應じて支拂をして來た事実が認められる。右の事実からみると被告から原告に対し支拂われて來た金銭を寄附金というのは前記のような事情から單に名分を正さんがためにつけた形式上の名称にすぎずその実質は被告が本件建物を使用することの対價としての賃料に外ならず、本件建物の一部四百坪についての原被告間の契約は賃貸借契約であるというべきであり、証人中島寅吉、島村兵次郎、亀山洋三、石井通則の各証言中右認定に反する部分は措信しない。從つて使用貸借に基く原告の主張は採用できない。

(三)  成立に爭ない甲第四号証及び証人中島寅吉、島村兵次郎、小島徳雄、石井通則の各証言及び被告代表者田口銀藏の訊問の結果を綜合して考えると、昭和二十年四月十四日罹災後原告が收容していた傷痍者及び補導員は四散帰郷し差当りその目的事業を遂行できなくなつていた矢先に同じく罹災した被告が当局からの指示により軍需工場として事業を継続する必要があることを理由として本件建物の借用方の申込があつたので、原告として差当り、事業計画もなく建物使用の必要もないところからこれを賃貸したものであつて、被告に賃貸後は原告の理事長及び常務理事として日常の運営に当つていた中島寅吉、岸本千秋等は同年六月二十二日職員島村兵次郎に後事を託して退職してしまつたのであつて、当時の一般状勢と併せ考えれば、本件契約当時原告として事業再開に関し確たる見とおしがあつたわけでもなく又具体的な計画を立てていたわけでもないので、短期間内に被告を立退かせて本件建物を自ら使用することがあろうとは原被告共に考えていなかつたと推測するに十分であつて、甲第四号証中に賃貸期限を昭和二十一年三月三十一日と記載してある事情は、当時原告がその一切の経費を国庫の補助に仰いでいた関係上被告への賃貸期間を一應会計年度と一致せしめ後日原告の事業計画が具体化したか否かによつて期限到來前双方協議の上更に被告に賃貸するか否かを決定することとしたものであることも亦前記各証拠により明白であつて、昭和二十一年四月以後も一時賃料を受領しなかつたことはあつても結局これを受領して引続き被告に使用せしめていたことからみても、証人中島寅吉、岸本千秋の証言中右認定に反する部分は措信しない。右の事実からみれば本件契約は毎年三月三十一日の会計年度末を以て期限としその都度更新することの可能な賃貸借契約であつて原告主張のような一時使用のためのものではないと断ぜざるを得ない。もつとも本件賃貸借契約を結ぶにあたり「戰力増強のため」ということが理由の一つとされていたことは被告のあえて爭わないところであるが、前認定のように、原告はその目的事業の遂行が事実上不能となり理事者も退職してその事業を再開できる日が何時來るかも全く見とおしのつかぬ状況にあり、被告との契約においても、そのような時期が來たら原被告の協議の上本件賃貸借を終了せしめることに約束せられているのであるから、本件賃貸借は戰爭終了と同時に終了するというような不確定期限附きの契約ではないと考えなければならない。

(四)  次に原告は昭和二十五年六月六日附準備書面を以て賃貸借契約の解約を申入れると主張する。然しながら本件契約が期限の定めのない賃貸借でないことは(三)に認定した通りであるから、この主張はそれ自体理由がないわけであるが、原告のこの意思表示は更新拒絶の意思表示としての効力を持つものと考えられないわけではないから、念のためこの点について判断する。

前に認定したところからすれば、原告が被告の賃借申込を承諾したのは被告が軍需会社でその事業継続が戰力増強に役立つということからであつたことはまちがいないとしても、そもそも原告が本件建物の一部を他人に使用せしめてもよいと決定したのは「戰力増強のため」といわんよりは当時原告が事実上事業継続不可能となり幹部も去つて当分具体的な事業計画も持たず本件建物を本來の目的に使用する必要がなかつたからであることは十分に推測できるところであつて、從つて戰爭終了と同時に本件賃貸借が終了するものでない反面、原告がその本來の目的事業を遂行するために具体的な計画が立てられ被告使用の部分をも必要とするに至つた曉には被告の継続使用を拒絶し得るものと解すべきであり、この場合被告は未だ自己の使用目的が消滅しないことのみを理由として原告の要求を拒むことはできないものというのが妥当であろう。

そこで原告が被告使用部分を使用する必要に迫られているかどうかについて考えてみると、証人島村兵次郎、亀山洋三、石井通則の各証言を綜合すると、原告は前述のように理事長常務理事等の退職後監督官廳の係官が理事の職務を代行し昭和二十一年八月八日亀山洋三が常務理事に就任したが、その前後を通じ(イ)或は政府の事業の委託を受けようとし或は傷痍者收容所にあてる計画を立て又は義肢研究所の設置を計画したがいずれも予算が取れないために沙汰やみとなり、(ロ)昭和二十三年度には鉄道弘済会の義手義足を引受ける計画がありこの時始めて被告会社に明渡を要求したがその要求に應じないので取止めとなり、(ハ)翌昭和二十四年度には傷痍軍人を收容する計画が立てられ、国と被告会社との間に交渉があつたが不調となつた等の事実が認められるが(イ)の事実は事業計画として確定したものでなく、(ロ)の事実はこれのみでは未だ被告使用部分まで使用する必要があることを認めるに十分でないし、(ハ)の事実は恐らく原告において被告使用部分の使用を必要とする事業であつたであろうが、一面被告代表者田口銀藏の訊問の結果によると、被告は当時旧工場跡に燒失前の半分にあたる四〇〇坪の工場を建てたが從業員の数は燒失前と同数の百二十人となり本件係爭部分を使用して事業を継続する必要は未だ消滅せず加うるに本件係爭部分を賃借して以來罹災部分の復旧や工場設備の施行等に多額の費用を投じていることでもあり早急に明渡すことが困難な事情にあつたことがうかがわれるから、被告が無償明渡を拒絶したこともあながち無理からぬところということができる。而して檢証の結果及び証人亀山洋三の証言によれば、原告は現在の使用部分の僅か一部においてささやかな義肢製作事業を営みその外百八坪を東京都に賃貸していて現在自己の事業執行のために被告使用部分の返還を求める必要がない状況にあることが認められる。もつとも原告がその事業計画を具体化することができない一半の理由が被告の明渡拒否にあることは以上の認定からしておのずから明らかであつて、將來の問題としては原告が計画を立案した場合被告は本件賃貸借契約成立の事情に省みて自己の必要性のみを主張することなく原告の要求に應じてその計画実現を妨げないようにすべきであり、反面原告も亦被告が明渡す場合の苦痛を考慮し立案の時から明渡により被告の損害を一部なりとも補償するよう立案すべきではあろうが、現在の問題としては前述のように原告において被告使用部分を必要とする事情は存在しないのであるから、原告の前記更新拒絶の意思表示はその効力がないものといわねばならない。

(五)  よつて原告の本件建物の中別紙図面斜線部分の明渡を求める請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 近藤完爾 大沢竜夫 渡辺忠之)

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