東京地方裁判所 昭和24年(ワ)357号 判決
原告 閉鎖機関日本織物株式会社
被告 日本国有鉄道
一、主 文
被告は原告に対し、金壱千弍百拾七万参千弍百七拾円八拾五銭及びこれに対する昭和二十二年十月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支拂うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求める旨申立て、その請求の原因として、「原告は統制会社令に基き、昭和十九年一月二十五日、織物の適正なる配給、並びにこれに附帶する業務を目的とし、数箇の織物配給統制業務を営む株式会社を合併して設立せられた株式会社であるが、昭和二十二年十月一日閉鎖機関に指定せられ、目下閉鎖機関整理委員会の手により清算中のものである。
原告は右閉鎖機関に指定せられる前である昭和二十二年九月五日、物資統制令第三條及び纎維製品配給消費統制規則第三十條第一項前段に基く商工省纎維局通牒を以て羅紗服地冬生地十一万五千米を運輸省鉄道総局資材局に賣却すべき旨の命令を受領したが、一方同日頃右と同趣旨の纎維局通牒が右資材局にも送達された。
国家機関が法規に基き、一定数量の物品を一定の代金で賣却すべきことを命じた場合には命令を受領した両当事者にその命令が送達されると同時にその当事者間に恰も契約が締結された場合と同様の法律関係(賣買)が成立し、(これを命令契約と称する。)賣主は命ぜられた物品を引渡すべき義務を負い買主はこれに対し一定の代金を支拂うべき義務を負うに至るから、前記通牒の到達により、こゝに原告と運輸省(国)との間に、前記数量の羅紗服地を目的とし、(但しその数量は概算であり、その品質は未定であるが、ともに現品引渡と同時に確定する。)当時の公定價格を代金とする賣買が所謂「命令契約」の形態を採つて成立した。
而して原告は同月八日前記資材局長から訴外「ミクニ商会」事脇本正男を運輸省の代行人に指定し、同人をして本件羅紗服地の購入につき、現品受領其の他の一切の事務を運輸省に代わり行わしめる旨の通知を受け、同月二十九日右脇本正男から現品引渡の請求があつたので、之に應じ、現品の在庫する東陽津島倉庫、東陽堀川倉庫、住友大阪倉庫、四日市倉庫、川西名古屋倉庫、川西一の宮倉庫等の倉荷証券合計九十七通を同人に交付し、以て現品の引渡を完了したから、同日現品の品質及び数量が確定した。而してその数量は羅紗服地十一万五千二百七十九米八十であり、これに対する代金額を現品の品質に應じ、当時の公定價格により算出すると総計金千二百十七万三千二百七十円八十五銭となる。
仮に右のような「命令契約」においても、その命令を受けた両当事者が命令に從う義務を負うだけであつて、右命令の送達によつて、直ちに賣買契約が締結されたと同様な法律関係は成立せず、從つて前記通牒の到達のみによつては本件賣買契約の成立を認めることができないとしても、前記のように運輸省は原告に対し、前記脇本をして本件羅紗服地購入に関する一切の事務を省に代つて行わせる旨の通知を発することによつて本件賣買契約の申込をし、原告は右脇本の請求に應じ、現品を引渡すことによつて、右賣買の申込を承諾したから、原告が右現品を引渡した日である昭和二十二年九月二十九日原告及び運輸省間の合意によつて(但しその合意はこれをすることが強制されているが、)本件賣買契約が成立したと言うことができる。
從つて本件賣買契約成立の時期を、前記商工省纎維局の通牒が両当事者に送達された時と解すると、將亦両当事者間に右合意が成立した時と解するとに拘らず運輸省(国)は原告に対し前記代金総計金千二百十七万三千二百七十円八十五銭を支拂うべき義務あること勿論である。
而して被告は昭和二十四年法律第百五号日本国有鉄道法施行法第四條により、国の本件賣買契約上の地位を承継した。
よつて原告は被告に対し右代金及びこれに対する本件目的物件引渡の日の後である昭和二十二年十月一日以降完済に至る迄、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支拂を求める。」と陳述し、
「仮に被告主張のように前記脇本正男が本件羅紗服地購入について運輸省を代理する権限を付與せられたものでないにしても、前記のように運輸省は原告に対し、右脇本をその代行人に指定する旨の通知を発し、以て同人に本件羅紗服地購入の代理権を與えた旨を表示したから、運輸省(国)從つて被告は右代理権の範囲内に於て、右脇本が原告との間に締結した本件賣買契約につきその責に任ずべきものである。」と附陳し、
被告の抗弁事実に対する答弁として、
「本件賣買契約について、原告と運輸省との間に契約書が作成されなかつたことは認めるが、其の余の事実は否認する。」と述べた。<立証省略>
被告代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、
「原告主張の事実中原告がその主張のような会社であること、原告主張の日時その主張のような内容の商工省纎維局通牒が原告及び運輸省鉄道総局資材局に到達したこと、右資材局長が原告に対し、その主張の日時訴外脇本正男を本件羅紗服地購入につき運輸省の代行人に指定する旨の通知を発したこと、及び右脇本が原告主張の日時、その主張のような倉荷証券九十七通を以て、原告から本件羅紗服地の引渡を受けたこと、並びに右服地の数量及びこれに対する代金総額が原告主張の通りであることはいづれも認めるが、その余の事実は否認する。
訴外脇本正男は名は運輸省の代行人と言つても、原告の主張するような代理人ではなく、本件羅紗服地購入について運輸省と原告との間に介在して問屋的機能を営む独立の商人である。
抑々纎維製品の賣買契約は法令上の統制方式に從えば、その配給割当を受けた者が直接配給機関との間にこれを締結する外なく、その間に独立の第三者を介在せしめる余地はない筈であるが、この方式を墨守するときは、割当を現物化することが極めて困難であつたので、官廳等の大口需要者においては已むを得ず、現品の規格、品質、色合等具体的性状について充分な知識を有する商人に対し、これが買入方を委託し、同商人をして自己独立の営業として、配給機関から需要者が配給割当を受けた品目数量の纎維製品を買受けさせた上、更めて同商人からこれを買受ける形式を採り以て割当の現物化の困難を克服して來ている。而して右のように需要者が直接配給機関から購入しないで、独立の商人を中間に介せしめることは統制法規の建前に反することになるので、これを合法化する爲に、需要者は配給機関に対し、右中間に介在する商人を、その代行人に指定する旨を通知し、以て法令の形式に適合せしめているのである。
約言すれば、代行人の制度は統制法規と実際取引の必要との間に存在する矛盾を調整するために案出せられた法技術に外ならないのであつて、この制度はひとり運輸省のみならず、廣く他の官廳及び民間においても利用せられ、云わば事実たる慣習として一般に行われて來ているものなのである。
本件において運輸省が前記脇本をその代行人に指定したのも、右の事情に基くものであるから同人はもとより運輸省の代理人ではなく、独立の商人として運輸省の委託を受けて、配給機関である原告から、本件羅紗服地を買受けたものである。從つて原告の主張する本件賣買契約の買主は右脇本であつて、運輸省ではない。又代行人制度の性質が前述の通りである以上、本件において、運輸省が右脇本をその代行人に指定する旨の通知を発したからと言つて、原告がこれを運輸省の代理人と信ずる訳はないから、代理権限を與えたことを表示したことにならないこと明かである。從つて運輸省が右脇本の行爲について責任を負うべき謂われはない。」と陳述し、抗弁として、
「仮に本件賣買契約が原告と運輸省(国)との間に成立したものであるとしても、国が物品を購入する場合には必ず一定の事項を記載した契約書の作成を要し、(予算決算及会計令第六十八條)契約書に賣主として表示されている者でなければ、国に対して代金債権を主張することはできないのであるが、本件においては原告と運輸省(国)との間に何等の契約書も作成されていないから原告の請求は失当である。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告がその主張のような株式会社であつて、昭和二十二年十月一日閉鎖機関に指定せられ目下清算中のものであること及び原告が同年九月五日物資統制令及び纎維製品配給消費統制規則に基く商工省纎維局通牒を以て羅紗服地冬生地十一万五千米を運輸省(国)に賣却すべき旨の命令を受けたこと並びに同日頃右と同趣旨の纎維局通牒が運輸省(国)にも送達せられたことは孰れも当事者間に爭がない。
原告は前記商工省纎維局通牒が両当事者に到達したことにより同日原告と運輸省(国)との間に前記数量の羅紗服地を目的とし(但し、その数量は概算であり、その品質は未定であるが、ともに現品引渡と同時に確定する。)当時の公定價格を代金とする賣買が原告の所謂「命令契約」の形態を採つて成立した旨主張するけれども、契約が成立するためには相対立する当事者間の合意を必要とするのが原則であつて、国家機関の命令は右合意に代わる効力を有するものと認められる場合に限り、契約と同様の法律関係を創設するものと解すべきところ、前記物資統制令及び纎維製品配給消費統制規則に基く讓渡命令には、同命令に違反した者に対して、制裁を科する旨の規定はあるが右命令に当事者間の合意に代わる効力を有せしめる旨の明文がない以上、右命令にかような形成的効力を認めることはできないから、原告の右主張は採用しない。
次に、同年九月八日運輸省(国)が原告に対し、訴外「ミクニ商会」事脇本正男を本件羅紗服地購入について運輸省(国)の代行人に指定する旨の通知を発したこと及び同月二十九日右脇本が原告に対し右羅紗服地の引渡を請求し、原告が之に應じて同日現品の在庫する東陽津島倉庫等の倉荷証券合計九十七通を同人に交付して右物件全部の引渡を完了したことは、いづれも当事者間に爭いがない。
原告は、前記のような命令契約においても両当事者に対する命令の送達だけでは直ちに契約が締結されたと同様な法律関係が成立したと認められないとしても、運輸省(国)は原告に対し、前記脇本に本件羅紗服地購入についての一切の事務を運輸省(国)に代わり行うべき権限を付與した旨の通知を発し、且つ原告は前記のように右脇本からの現品引渡の請求に應じ、之に対し前記倉荷証券を交付したから、その時において原告と運輸省(国)との合意によつて本件羅紗服地の賣買契約が成立した旨主張するから、以下此の点について判断する。
成立に爭のない乙第三号証に証人鬼頭桂造、同中村卓、同脇本正男、同佐野英三の各証言を綜合すれば、從來運輸省は物資を購入するに際し、供給者から直接購入する方法と問屋を介して購入する方法とを併用していたところ、纎維製品についてはその統制実施以來配給割当を受けた者が直接配給機関から購入することを要し、配給割当を受けない第三者が購入することは認められなくなつた結果、運輸省としても右後者の方法による購入は統制法規上不可能となつた訳であるが、配給機関である原告が現品の所在及び具体的性状を十分に把握していないために、運輸省は原告より直接購入する方法だけによつては、折角配給割当を受けても之を簡易且つ迅速に集荷し現物化することが困難なことが往々あり、かような場合には右現品の所在及び具体的性状について豊富な知識を有する商人に対し、原告からの購入方法を委託する以外には右困難を打開する適切な方法を発見し得なかつたこと、然るに配給割当を受けた者以外の第三者である前記のような商人が直接原告と取引することは統制法規の禁示するところであつたので、運輸省は右統制法規と実際取引上の必要を調整しようとして、右商人に運輸省の代行人と言う名称を與え、その旨を原告に通知した上、同商人をして原告との取引に当らしめ、運輸省自らは右代行人が原告から購入した纎維製品の代金額(公定價格による)に代行人の手数料を加算した金額を以て、右代行人から更めて之を買受ける方法を採つていたこと、代行人の指定を受けた商人は運輸省から原告に発した代行人指定通知書の写を持参して原告と直接交渉し、運輸省が配給割当を受けた纎維製品の枠内においてその規格、色合、品質等を選定した上現品を受取り、これを運輸省に引渡すまでの間に要する運賃、倉敷料等の諸経費及び途中の危險一切を負担していたこと、原告に対する代金の支拂は代行人が運輸省から代金を受取つた後支拂うこともあり、その前に支拂うこともあるが、いづれにしても代行人が支拂つていたこと、本件において運輸省が前記脇本をその代行人に指定した理由も右と同様であつて、右脇本は運輸省からの購入委託に基き、その代行人として、前記日時に原告から本件羅紗服地を買受け、之を運輸省に引渡すまでの間に要する諸経費及び途中の危險一切を負担の上、同年十月十一日運輸省にこれを引渡したが、その際運輸省との間に本件羅紗服地の賣買契約書を作成し、右脇本が原告から買受けた代金額即ち公定價格による代金額に右脇本の代行人としての手数料を加算した金額を以てその代金額として運輸省から支拂を受けていること、運輸省等官廰において物品を購入する場合には少額の場合を除き必ず賣主との間に契約書を作成する定めになつているに拘らず、本件の場合も含めて代行人を使用する取引においては、原告との間に何等の契約書をも作成していないこと及び運輸省が從來賣買等の法律行爲を爲すについて私人をその代理人として使用するような例はなかつたことをいづれも認めることができる。証人天野穰吉の「代行人を入れた取引の場合でも格別の指令のない限り需要官廰が原告に対し直接代金を支拂うのが普通であつた。」と云う趣旨の証言は前掲各証人の証言と対比して措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実に、運輸省が代理人と言う名称を使用しないで殊更に代行人と言う名称を使用している事実を照合して考察すると、運輸省が前記脇本をその代行人に指定したのは、之に本件羅紗服地購入についての代理権限を付與したものではなく、右脇本が個人として原告から右服地を購入することはできないので、之に代理人と言う名称に類似した代行人と言う名称を與えることにより同人と原告との間の取引を可能ならしめようと企図したものであると認めるのを相当とする。從つて原告の主張する本件賣買契約は結局原告と右脇本個人との間に成立したものと見るの外はない。
然るに原告は仮に前記脇本が運輸省の代理人でないにしても、前記のように運輸省は原告に対し右脇本をその代行人に指定する旨の通知を発し、以て同人に本件羅紗服地購入に付いての代理権限を與えた旨を表示したので、原告は之を信じて右脇本と本件賣買契約を締結したのであるから、運輸省はその責に任ずべきものである、と主張するから、次に此の点についての判断を示すこととする。
成立に爭のない甲第二号証、第三号証の一乃至十一、第四号証に証人天野穰吉、同小林爲吉の各証言を綜合すれば、運輸省が原告に対し、前記代行人指定通知書を発したのはその一方的な意思に基くものであつて、予め原告の同意を得たものではないこと、原告は右通知に接するや、前記脇本の資産信用状況等を何等調査することなく、同人からの請求に應じ直ちに本件のような多額の物件を引渡し、而も同人との間にこれに関する何等の契約書をも取交わしていないこと、右の事情は代行人を使用する他の取引の場合も同様であること及び原告備付の諸帳簿類には本件賣買の相手方として運輸省の名義とその代行人としての右脇本の名義とが併記されていること並びに右脇本が前記倉荷証券を原告から受取つた際原告に対して発行した現品受領証と題する書面(甲第四号証)には、右脇本が運輸省の分として之を受領する旨の記載があることがいづれも認められる。
右認定の事実に、先に認定したように、原告が運輸省に対して配給割当があつた纎維製品を運輸省以外の独立の第三者に賣渡すことは統制法規の禁止するところであつた事情及び代行人と言う名称が如何にも代理人と言う名称に類似している事実等を綜合して考察すれば、原告としては当初から資産信用状況の明かでない前記脇本個人を相手として本件賣買契約を締結する意思は毫もなく、飽くまで運輸省を信用し、運輸省の代理人としての右脇本と契約を締結する意思であつたことを認めることができる。
尤も成立に爭のない乙第四、五号証の各一、二、第六号証、第七号証の一、二、(但し、第七号証の一、二は原本の存在並びに成立について爭いがない。)に前記証人鬼頭桂造、同脇本正男、同中村卓、同佐野英三の各証言を綜合すれば、当時官民共相当廣範囲に亘つて代行人を指定して之を原告との取引に当らせる方法を採つていたこと、原告は專ら代行人に対して代金を請求し、直接需要者である官廰民間に対して之を請求していなかつたこと、本件においても原告は当初運輸省の代行人である前記脇本に対して專ら本件賣買代金の請求をしていたが、同人が無資力のため支拂を受け得る見込がなくなつたので、初めて運輸省に対し右代金の支拂を請求するに至つたこと及び從來原告が運輸省と直接取引をした場合には必ず運輸省との間に契約書を作成しているにも拘らず、本件の場合をも含めて運輸省が代行人を指定した取引においては何等の契約書を作成されていないことを孰れも認めることができるけれども、右認定の事実のみを以てしては未だ以て前段認定の事実を左右するに足らないものと言わなければならない。即ち当時代行人を使用する取引が纎維製品の需要者と原告との間に相当廣く行われていた事実は必ずしも原告が右代行人の法律上の性質が代理人でないことを知つていたことの証拠とするに足りないことは勿論であるし、又原告が專ら代行人に対して代金を請求し、被告に対して直接請求しなかつたからと言つて、原告が右代行人個人を相手として取引する意図であつたと速断することもできない。蓋し、代理人を通じて取引する場合、当事者の一方が直接本人に請求する前に、先づ代理人に対して代金を請求することは寧ろ取引の常態と見るべきだからである。更に原告が從來運輸省と直接取引する場合には必ず契約書を作成していた事実も、運輸省が本件のように代行人を使用して原告との取引に当らせるに至つたのは、前記認定のように纎維製品の統制実施以後のことに属し、それ以前には嘗つてなかつたことであるから、之を從前の直接取引の場合と同視し、この場合においても、原告が運輸省との間に契約が成立するためには契約書の作成を必要とすることを知つていたにも拘らず契約書を作成していないから、原告は代行人個人と契約を締結する意図であつたと断定することはできない。從つて前記証人鬼頭桂造、同中村卓は、各「原告が前記脇本を運輸省の代理人とは考えなかつたと思う。」旨及び「代行人の性格が問屋と同じ機能を営む者であることは原告も知つていた筈である。」旨の証言はしているけれどもこれを措信し難く、其の他原告が右脇本を運輸省の代理人と信じて取引したと言う前段認定の事実を左右するに足る証拠はない。
而して、纎維製品の購入についてその配給割当を受けた需要者は直接原告からこれを購入することを要し、その間に独立の第三者を介在せしめることは統制法規上禁止されていた事情の下において、需要者が原告に対して、その配給割当を受けた纎維製品の購入について他人を自己の代行人に指定する旨の通知を発するときは原告が之を独立の第三者であると考えないで需要者の代理人であると解することは、誠に無理からぬところであると言わねばならない。從つてかような場合には、原告が右代行人が需要者の代理人でないことを知つていたと言うような格別の事情のない限り、需要者は原告に対して右他人に代理権を與えた旨を表示したものとして、右他人がその代理権の範囲内において原告となした賣買契約について其の責に任ずべきものと解するのが、最もよく取引の安全を保護する所以である。本件においても、運輸省が原告に対し本件羅紗服地購入について前記脇本を運輸省の代行人に指定する旨の通知を一方的に発し、これがため、原告が右脇本を運輸省の代理人と信じて取引したものであること前記認定の通りである以上、運輸省は原告に対し、右脇本が原告との間に締結したものである本件賣買契約についてその責に任ずべきものであること明かである。
而して原告が右脇本に賣渡した羅紗服地の数量及びその代金総額が原告の主張する通りであることは、被告の認めて爭わないところであるから、運輸省(国)は原告に対し、右代金総額千二百十七万三千二百七十円八十五銭を支拂うべき義務がある。
而して被告が昭和二十四年法律第百五号日本国有鉄道法施行法第四條により運輸省(国)の本件賣買契約上の地位を承継したことは被告の明かに爭わないところである。
よつて被告に対し、右代金額及びこれに対する本件目的物件引渡の日の後である昭和二十二年十月一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支拂を求める原告の請求は結局正当として之を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 恒田文次 菅野啓藏 村上悦雄)