東京地方裁判所 昭和24年(ワ)5035号 判決
原告 山沢成一
被告 株式会社大和銀行 外二名
一、主 文
被告日本赤外線電球株式会社は原告に対し金五千円の支拂をせよ。
原告その余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、これを十分し、その一を被告日本赤外線電球株式会社の負担とし、その余を原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り被告日本赤外線電球株式会社に対し担保として金千円又はこれに相当する有價証券を供託すれば、仮にこれを執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告株式会社大和銀行(以下單に被告銀行と略称する)は原告に対し金四万五千円及びこれに対する昭和二十四年九月七日からその支拂ずみまで年六分の割合による金員の支拂をせよ、もし右請求が認められないときは、被告日本赤外線電球株式会社(以下單に被告会社と略称する)及び被告松井菊次郎は合同して原告に対し金四万五千円及びこれに対する昭和二十四年九月七日からその支拂ずみまで年六分の割合による金員の支拂をせよ。被告会社は原告に対し金五千円の支拂をせよ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告銀行(川崎支店)は昭和二十三年九月六日被告会社(当時、大洋電球株式会社と称していたが、昭和二十四年五月十九日現商号に変更した)に対し同被告の無記名預金四万五千円の証として第八回福徳定期預金証券千円券四十五枚(その支拂期日はいずれも昭和二十四年九月六日の定めである)を交付した。一方、原告は昭和二十三年十月三日被告会社に対し金五万円を弁済期同月末日の定めで貸與していたが、被告会社は右債務を弁済期に弁済することができなかつたので、昭和二十四年二月二十八日原告に対し右債務のうち金四万五千円の分に対する代物弁済として前記定期預金証券四十五枚を交付してその無記名預金債権を讓渡した上、その讓渡証書と共に、右定期預金証券の名義書換その他讓渡手続に関する一切の件を原告に委任する旨の委任状を交付した。(しかし、被告会社は被告銀行に対し右無記名預金債権讓渡の通知はしなかつた。)そこで原告は昭和二十四年六月二十一日被告銀行に対し右定期預金証券四十五枚を讓り受けた旨通知した。そして原告は右定期預金証券の表彰する前記無記名債権の支拂期日である昭和二十四年九月六日被告銀行に右証券四十五枚を呈示して金四万五千円の預金の支拂を求めたところ、被告銀行は、それより前の同年七月二十四日被告会社に対し同会社に対する債権と相殺したと称してその支拂を拒絶した。よつて原告は被告銀行に対し右無記名預金四万五千円及びこれに対するその支拂期日の翌日である昭和二十四年九月七日からその支拂ずみまで商法の定める年六分の割合による遅延損害金の支拂を求める。もし右請求が認められないときは、原告は、予備的請求として被告会社及び被告松井菊次郎に対して次の請求をする。即ち前記定期預金証券讓渡について被告会社は讓渡人として原告に対し民法第五百七十條の規定により瑕疵担保の責任を有するものである。しかるに、原告は右讓受けた定期預金証券上の預金債権全部について右に述べたような隱れた瑕疵によりその預金債権を失い、その債権額と同額の損害を受けたから、被告会社は原告に対し右定期預金と同額の金四万五千円及びこれに対するその支拂期日の翌日である昭和二十四年九月七日からその支拂ずみまで商法の定める年六分の割合による遅延損害金を賠償すべき義務がある。そして、被告松井菊次郎は被告会社の東京支店の責任者であつて、被告会社が原告に対し前記定期預金証券を代物弁済とするに当つて被告会社のため個人として保証したものであるから、被告会社と合同して原告に対し前記担保責任に基く損害賠償の義務を負担するものである。また原告は、右預金証券の支拂拒絶を受けその解決のため妻愛子外一名を東京から被告会社の大阪本社に遣わせ交渉させたところ、被告会社は原告に対し、原告が被告銀行から定期預金証券金の支拂を受け得ないときは、昭和二十四年十一月末日までにその支拂をする旨を約すると共に、東京大阪間の二人分の旅費として金五千円を支拂うべきことを約した。よつて原告は被告会社に対しては、前記損害賠償の請求の外に、右約定金五千円の支拂を求める。以上の次第で、原告は第一次請求として、被告銀行に対し定期預金証券金四万五千円及びこれに対するその支拂期日の翌日である昭和二十四年九月七日からその支拂ずみまで商法の定める年六分の割合による遅延損害金の支拂を求め、もし右請求が認められないときの第二次的請求(予備的請求)として、被告会社及び被告松井菊次郎に対し、右被告銀行に対すると同額の支拂を求め、更にこれ等とは別に、被告会社に対し前記約定金五千円の支拂を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告銀行主張の抗弁事実中、福徳定期預金について被告銀行が預金者から印鑑を届出させてあること及び一般の預金について讓渡禁止の定めがあることは認めるが、その余の事実は否認する。右福徳定期預金債権は無記名債権であつて、被告銀行の主張するような指名債権ではない。被告銀行はその債権証書である前記福徳定期預金証券を発行するに当つては、印鑑の届出をさせたばかりで、右証券を除いては他に何等権利を表明すべきものがないから、本証券の呈示がなければ、被告銀行にはその支拂義務がないのである。かように右福徳定期預金証券は、私法上の財産権を表彰する証券であつて、その権利の利用が証券によつて爲されることを必要とするものであるから、有價証券であるというべきである。このことは右預金証券が免責証券性を有する点から見ても明かであつて、この有價証券としての性質は無記名的、呈示的且つ受戻証券である。故にこの預金債権の讓渡については指名債権としての讓渡の対抗要件を具備する必要はなく、右預金証券の授受のみを以て足りる。仮りに右の主張が認められないで右預金証券が有價証券でないとしても、右預金証券は形式上有價証券たる要件を具備し、有價証券と同視すべき性質を有しているものであるから、その発行者である被告銀行は信義誠実の原則に基き、その証券を有價証券と信じて善意で讓受けた原告に対しては有價証券として取扱うべき義務があるのである。(從つて右預金証券の前所持人である被告会社に対する相殺を以て原告に対抗することができない。)仮りに右預金証券が記名証券であるとしても、原告は前記のように名義書換に要する被告会社の委任状を有するから、被告銀行はその名義書換の義務があるのである。福徳定期預金は一般預金と異り、特殊の預金であるから、一般預金についての讓渡禁止の定めは、右福徳定期預金には適用されないのである。なお被告銀行の相殺は前記定期預金の弁済期前に預金者たる被告会社の承諾なくして爲されたものであつて、その預金については利息の定めがあるから、被告銀行が期限の利益を放棄しない限り弁済期前の相殺は許されない。また右預金については前記のように無記名式の預金証券が発行されており、その権利の行使にはその呈示を必要とするのであるから、その呈示を待たず、また受戻をしないで相殺をしたのであるから、右相殺は無効である。仮りに被告銀行主張のように被告銀行と被告会社との間に預金と貸金とを相殺し得る特約があつたとすれば、被告銀行は被告会社から預金証券を担保として交付を受け保管しておくべきであつて、この保管を怠り相殺に名を藉り善意の第三者である原告に不測の損害を蒙らせることは許さるべきではないばかりでなく、原告は被告銀行が相殺する以前に被告銀行に対して前記預金を讓り受けた旨の通知をしたのであるから、被告銀行が被告会社から讓渡の通知がないことを理由として預金債権讓渡の効力を否認し、右相殺を主張するのは、大銀行である被告銀行として一般の信頼を裏切り、單なる形式上の理由を盾として自らの債務を免れんとするもので、信義誠実の原則に反し無効である。以上被告銀行の抗弁はすべて失当である、と述べた。<立証省略>
被告銀行訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中被告銀行が被告会社に対し原告主張の第八回福徳定期預金証券千円券四十五枚を交付したこと、及び原告から被告会社に対し右証券を讓り受けた旨の通知があつたことは認めるが、原告がその主張のように右定期預金証券を呈示してその支拂を求めたこと及び福徳定期預金が無記名債権であることは否認する。その余の事実は知らない。被告銀行(当時株式会社野村銀行と称していた)川崎支店は昭和二十三年九月六日被告会社から第八回福徳定期預金という名で一口金千円、支拂期日昭和二十四年九月六日の定期預金四十五口を預り、その証として預金証書四十五通を被告会社に交付したのであるが、この預金契約はその証書面に記載してあるとおり割増金付貯蓄の取扱に関する法律とこれに関する大藏省告示に從つて右の名称で取扱つたもので、昭和二十三年十月三十日抽せんを行い、証書面に記載の組及び番号が当せんしたときは、同年十一月十五日に割増金を支拂う契約であつた。またこの預金は昭和二十二年五月十四日付大藏省の藏銀第三二三号通牒による特別定期預金(通称無記名定期預金)として預金者から印鑑のみを届け出させ預金者の氏名を記載しない預金証書を発行したが、右通牒に記載のとおり被告銀行で取扱う通常の定期預金と同様の條件で契約し(このことは預金証書に明記してある)、從つてこの預金債権は右印鑑の本人である特定人を債権者とする指名債権であつて、印鑑の本人であると否とにかかわらず証券の所持人に支拂うべき無記名債権ではない。故に原告が被告会社から右預金債権を讓り受けたとしても、右預金は前記のように被告銀行で取扱う通常の定期預金と同様の條件で契約したもので、この通常の定期預金では預金債権の讓渡を禁止して居り、この事実は一般取引界で顕著な事実である。從つて右の讓渡は無効である。仮りにそうでないにしても、その讓渡については、讓渡人である被告会社から債務者である被告銀行に対し讓渡の通知をするか、または被告銀行がその讓渡を承諾しなければ、原告は被告銀行に対し、その讓渡を対抗することができない。しかるに被告会社は被告銀行にその讓渡の通知をしないし、被告銀行もその讓渡の承諾をしないから、被告銀行は原告に対しその支拂義務がない。仮りに以上の被告銀行の主張が認められないとしても、被告銀行は被告会社との間に当座預金取引約定書及び手形割引約定書に基いて取引をして來たが、その取引として被告会社は昭和二十三年八月十日被告銀行(川崎支店)を受取人として金額二十五万円、満期同年九月三十日、振出地東京都澁谷区、支拂地川崎市、支拂場所被告銀行川崎支店と定めた約束手形一通を振出し、昭和二十四年六月二十七日当時全額未拂であつたから、被告銀行は同日被告会社に対し右手形債権の一部と前記定期預金元金四万五千円、割増金八百七十五円合計金四万五千八百七十五円の債権とを対当額で相殺した。当時右定期預金債権は弁済期の到來前であつたが、被告銀行は期限前でも弁済を爲し得るものであるから、特に期限の利益放棄の意思表示をしなくても相殺は有効である。のみならず右手形割引約定書には被告会社がその振出の手形を支拂わないときは、被告銀行は被告会社の預金債権が期限未到來の場合でもこれと相殺をなし得る旨の特約があるから、これによつても右相殺は有効である。よつて前記定期預金債権は消滅したものであるから、原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>
なお、甲第一号の一乃至四十五の裏面「大洋電球株式会社社長高木文五」という記名印及びその名下の印影と、甲第四号証の一、二の「大洋電球株式会社社長高木文五」という記名印及びその名下の印影と乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四号証の三の「大洋電球株式会社社長高木文五」という記名印及び印影とが、それぞれ同一であることは、原告と被告銀行との間では爭がない。
被告松井菊次郎は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中原告主張の頃被告銀行と被告会社との間に福徳定期預金の取引があつたこと(但しその取引の内容を除く)、被告会社が原告から金五万円を借り受けたこと(但し借受の日時、弁済期を除く)及び被告松井が昭和二十三年十月三日頃被告会社の東京工場の責任者であつたことは認めるが、被告会社が原告に対し右借入金債務の一部の代物弁済として福徳定期預金証券四十五枚を讓渡し、その証券と共にその讓渡書と委任状を交付したこと及び被告松井が原告に対して被告会社の前記代物弁済に当つて、被告会社のため保証したことは、いずれも否認する。その余の事実はすべて知らないと述べた。
被告会社は適法な呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しない。
三、理 由
第一、被告銀行に対する請求について。
被告銀行が昭和二十三年九月六日被告会社(当時大洋電球株式会社と称していたが、昭和二十四年五月十九日現商号に変更した)に対し第八回福徳定期預金証券千円券四十五枚(その支拂期日はいずれも昭和二十四年九月六日)を交付したこと、福徳定期預金について被告銀行が預金者から印鑑を届出させてあること及び原告から昭和二十四年六月二十一日被告銀行に対し被告会社から右福徳定期預金証券の讓渡を受けた旨を通知したことは、原告と被告銀行の間に爭がない。
原告は、この預金証券は被告会社が被告銀行に対して有する無記名預金四万五千円の証として発行されたもので、その預金債権は指名債権ではなく無記名債権であつて、右預金証券は有價証券の一である無記名証券であると主張するから、まずこの点について判断する。
成立に爭のない甲第一号証の一乃至四十五(いずれも第八回福徳定期預金証書)には、後に認定するような記載があり、右甲号証と成立に爭のない乙第一号証と爭のない前記の事実(但し原告の爲した讓渡の通知の事実を除く)を考え合せると、被告銀行(当時は株式会社野村銀行と称していた)川崎支店は昭和二十三年九月六日被告会社から第八回福徳定期預金という名称で一口金千円、支拂期日昭和二十四年九月六日とし、くじびきにより割増金景品をつける特別定期預金の四十五口を預り、その預金の証として福徳定期預金証書四十五枚を発行したこと及びその定期預金証書は各一枚の紙片から成り、その表面左方約四分の一位の部分を「第八回福徳定期預金福徳券」と名づける景品割増金引換券とする外、右方のその余の部分は、上部に「第八回」「福徳定期預金証書」と二段に横書し、その下段に組番号を記載し、更にその下段右方にたて書きで「一金壱千円也」と表示し、その左方に「元金支拂期日昭和二十四年九月六日」と傍書した上「右金額本証書裏面記載の約定に拠り正に御預り致しました、昭和二十三年九月六日」と記載し、これに被告銀行川崎支店の支店長野村太郎名義の記名印及びその名下に押印があり、下欄に算用数字でくじ番号が記載されていて、その裏面は左方約五分の一位に受領欄が設けてある外、中央部分に「第八回福徳定期預金約定」という表題で「一、この預金は割増金付貯蓄の取扱に関する法律及びこれに関する大藏省告示に從つてお取扱い致します。一、表記の番号が当せんしたときは大藏省告示の通り割増金又は景品を福徳券と引換にお支拂い致します。福徳券の切離されたものは割増金景品のお支拂を致しません。一、この預金は契約期日前にはお引出しできません。期日後の利息は当方所定の割合でお支拂い致します。一、その他この預金に関しては一般の定期預金と同様の御取扱いを致します」という記載があるが、その他にはどこにも預金者の氏名の記載のない預金証書(裏書左方の受領欄に「大洋電球株式会社社長高木文五」という記名印とその名下に同社長印が押してあるが、これは右証書発行後原告に交付するに当り同人が記名押印したものであることは同号証の右部分の記載と弁論の全趣旨に照して覗うことができる)であつて、被告銀行はその発行に当り被告会社から印鑑のみを届出させたことが明らかである。ところで右定期預金証書は、右福徳定期預金を証する証書には相違ないが、右の記載だけからはその定期預金債権が証券に化体しているとはいい難く(特に「右金額本証書裏面記載の約定に拠り正に御預り致しました」とある部分に注意せよ。)しかも右証書はその裏面に記載されている「第八回福徳定期預金約定」にもある通り「割増金付貯蓄の取扱に関する法律」とこれに関する大藏省告示に從つて発行されたものであつて、右法律(昭和二十三年七月十二日法律第百四十三号)及びこれに関する昭和二十三年九月一日大藏省告示第二百八十四号によれば、この福徳定期預金は当時の経済の現状に即應して預金者が自由に参加する割増金付貯蓄の取扱により貯蓄の増強を図り、インフレーシヨンの防止に資せしめる一手段として採用された特別定期預金であつて、この定期預金の讓渡、中途解約その他の行爲に対しては一般の定期預金と同様の取扱をなすべきものであることは極めて明かである。右定期預金証書が無記名式で発行されていることは、その割増金、景品に所得税を課さない右法律第四條の趣旨を端的に表現する便宜のためにとられたものであつて、他面預金の本質を喪失せしめず、且つ預金者の証書又は印鑑の盗難、遺失、燒失等事故の善後措置に関する保護を図るため預金証書の発行に当り預金者から印鑑を届出させることとし、預金債権の支拂の際には支拂請求人(預金者)の印鑑が届出の印鑑と符合することを要するものとしているものである。してみれば、右福徳定期預金債権は一般の定期預金と同じく指名債権であつて(証書に債権者の氏名を記載しなくても、指名債権であるに欠けるところはない。)その預金債権の利用(発生、行使又は移轉)が証券によつて爲されることを要するものとはいえないから、右定期預金証書は有價証券であると断ずることができない。從つて有價証券の一である無記名証券でもないことは言を俟たないし、同じく有價証券の一である記名証券でもないといわなければならない。
原告は、右定期預金を表明すべきものとしては定期預金証書を除いては他に何等権利を表明すべきものがないから、その権利の行使には右証書により爲されることを要するものであると主張するが、もし定期預金証書を失つたときは、他の方法によつて預金者であることを立証すればよいのであつて、印鑑の届出は正にかような事故の善後措置の一手段として爲されたものであることは右に認定した通りであり、被告銀行は預金証書の喪失によつて当然その義務を免れるものではないから、原告の右主張は採用しない。
また、原告は、右預金証書が免責証券性を有することを以て有價証券の一証であるとしているが、もとより有價証券であれば免責証券性をもつのを通常とするが、逆に免責証券性があるからといつて、有價証券であるとは断定し得ないのであるから(銀行の一般の預金証書が免責証券に属しながら、有價証券でないことは学者の認めるところである)、この点に関する原告の主張もこれを採用しない。
なお、原告は、右福徳定期預金証書は形式上有價証券たる要件を具備し、有價証券と同視すべき性質を有しているから発行者である被告銀行を信義誠実の原則上善意の第三者である原告に対しては、有價証券として取扱うべき義務があると主張するが、有價証券たるのは、証券としての外観形式に存するのではなくて、私権が証券に化体し、しかもその利用が証券によつてのみ爲されることを必要とするという実質に立つて判断すべきであるから、外観が一般の有價証券に類似する点があるからといつて、実質が有價証券と認め得べからざるものについては、その発行者は善意の取得者に対しても有價証券として取扱うべき義務はないというべきであつて、到底原告の主張を認容し得ない。
果して以上のとおりとすれば、右福徳定期預金証書が有價証券であり(無記名証券又は記名証券であり)、又は有價証券として取扱うべきものであることを前提として、証券の交付のみにより又は名義書換手続によりその定期預金債権の讓渡が有効に爲されたと主張し、指名債権としての讓渡の通知又は承諾があつたことの主張及び立証のない本件では(原告は被告会社から被告銀行に右預金債権讓渡の通知が爲されなかつたことは自認するところである)、爾余の爭点について判断を用いるまでもなく、この点において既に失当であるといわなければならない。よつて原告の被告銀行に対する請求はこれを棄却すべきものとする。
第二、被告会社及び被告松井菊次郎に対する予備的請求について。
まず、被告会社及び被告松井菊次郎に対する予備的請求が適法であるかどうかについて、職権を以て按ずるのに、右の予備的請求は第一の被告に対する第一次の請求が認容せられることを解除條件として第二の被告に対して第二次の請求につき審判を申立てるものであつて、主観的併合訴訟の一であるということができる。そもそも訴の併合の形態の中、一人の原告が一人の被告に対し一の訴を以て数個の請求をする所謂訴の客観的併合において、予備的併合なるものが許容されていることは、判例学説の一般に認めるところであるが、その予備的併合なるものは、数個の請求を類位的に併合する場合即ち第一次の請求が理由ありとして認容せられることを解除條件として第二次の請求について審判を申立てるもので、裁判所が第一次の請求を認容するときは、第二次の請求について審判することを要しない代りに、第一次の請求を排斥するときには、第二次の請求について審判を爲すことを要するものである。かような予備的併合は、一の條件附申立で一般には違法として許容されないのであるが、右に述べたようにこれが許容せられる根拠は、実に原告の便宜と訴訟経済の考慮から出たものであつて、互に両立せず、且つ実質的目的を同じくする数個の権利を一の訴を以て主張することを許し、その爭訟を一挙に解決せんとするにあり、しかも右の條件はその訴訟手続中の審理の結果にかかつているに過ぎないから、その成否は当然審理の結果判明するので審理の不安定を來さぬので右の便宜と考慮から許されているものである。併合訴訟の他の形態である主観的併合は、一の訴訟手続に数人の原告若しくは被告が関與する形態であるが、この主観的併合においても予備的併合の起り得る可能性と必要性は客観的併合におけると同じであつて、しかも原告の便宜と訴訟経済の考慮という観点からすれば、これを許容するのが相当であることも亦同じであるといえるのである。尤も主観的併合訴訟としての要件としては、一般の主観的併合訴訟とは異るから、一般の場合に関して規定せられた民事訴訟法第五十九條列挙の要件を具備しなくても、その請求の間に牽連関係があれば足りるものとしなければならない。この見解にして是認せられるならば、原告の被告会社及び被告松井に対する予備的請求は、適法のものといわなければならない。
よつて進んで本案について判断するのに、原告は被告会社及び被告松井に対して所謂瑕疵担保の責任があるといい、その責任の生ずる原因として、被告会社は原告の被告会社に対する貸金債権の一部について代物弁済として前記福徳定期預金債権を讓渡したものであつて、その預金は債権の讓渡が無効(讓渡禁止の特約又は讓渡前の相殺による消滅により)であり、又は対抗要件が欠けて讓渡を以て対抗し得られないからその瑕疵担保の責任があるといい、被告松井は右被告会社の代物弁済について保証をしたから保証人としてその担保責任があるというのであるが、代物弁済として爲された預金債権の讓渡が無効であつたり、又は対抗要件を欠いたために債務者に讓渡を対抗し得ない以上は、代物弁済はその効がないものといわなければならない。蓋し代物弁済として債権の讓渡をするには、單に債権讓渡の意思表示だけでは足りないのであつて、債権讓渡について対抗要件として必要な行爲を完了したのでなければ、代物弁済が爲されたものとならないこと、代物弁済として不動産の所有権を移轉する場合にその移轉登記を完了しなければ代物弁済の効力を生じないとすると同一である(不動産について大審院大正六年八月二十二日言渡判決参照)。果して然らば、原告主張の事実によつては代物弁済が爲されたとはいえないのであるから(原告は被告会社に対してなおその主張の貸金債権全額を有しているものであるといわなければならない)右代物弁済の成立を前提としてその瑕疵担保の責任ありとする原告の右予備的請求は、その主張自体失当といわなければならない。よつてその余の判断を用いず(被告会社について自白の擬制があつても、また被告松井についてはその保証契約の存否の判断をまたず)原告の右被告両名に対する予備的請求はこれを棄却すべきものとする。
第三、被告会社に対する約定金五千円の請求について。
被告会社は適法な呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しないから、原告主張の事実を自白したものとみなすべく、この事実に基く原告の右請求は正当であるから、これを認容すべきものとする。
第四、結論
よつて原告の請求中、右第三の請求のみ正当であるからこれを認容し、その余の請求(第一、第二の請求)は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十二條、仮執行の宣言について同法第百九十六條第一項を適用して主文のように判決する。
(裁判官 飯山悦治)