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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)5289号 判決

原告 板倉修

被告 朝日生命保険相互会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金十万円とこれに対する昭和二十四年十二月一日以降完済までの年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

原告の長男、訴外板倉康祐は、被告との間に昭和二十三年三月六日、保険者を被告、被保険者を右康祐、同人死亡の場合の保険金受取人を原告とし、保険金十万円、保険料は一ケ年四千三百円、保険期間を同日より二十五年とする養老普通保険契約(以下本件保険契約と略称する。)を締結していたところ、右康祐は昭和二十四年七月二十九日、腸結核により死亡したので保険金受取人である原告は右保険事故の発生を、同年八月十日頃被告に対して通知した。よつて原告は右本件保険契約にもとずき、被告に対し保険金十万円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十四年十二月一日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだものである。

被告の抗弁についてはその抗弁事実中本件保険締約の申込が康祐を代理する原告によつてなされたこと、右申込の約九ケ月前、被保険者康祐が肺浸潤に罹り加療のため昭和二十二年六月二十日より同年十一月二十一日まで、東京大学医学部附属病院に入院した事実、原告が前示申込当時右事実を知つていたこと及び昭和二十四年九月二十四日、被告から康祐の相続人である原告並に原告の妻きよの両名に対し被告主張の本件保険契約解除の意思表示があつた事実は認めるが、その余の点は否認する。元来原告が康祐を代理して本件保険契約申込をなすに至つたのは、原告においてもと自身契約者として保険者訴外帝国生命保険株式会社との間に(一)大正九年十月二十九日、被保険者原告、被保険者が保険期間満了前に死亡したときの保険金受取人原告の父訴外板倉友吉、保険金一千五百円、保険料一ケ年三十六円六十銭、保険期間三十五年として締結された養老普通保険契約、(二)昭和五年一月二十三日、被保険者原告の妻板倉きよ、被保険者が保険期間満了前に死亡したときの保険金受取人原告、保険金一千円、保険料一ケ年四十一円五十銭、保険期間二十五年として締結された新種養老普通保険契約、並に(三)昭和十三年七月二十六日、被保険者康祐、被保険者が保険期間満了前に死亡したときの保険金受取人原告、保険金二千円、保険料一ケ年十一円五十銭、保険期間二十五年として締結された新種養老普通保険契約の三口の保険契約を結んでいたところ、帝国生命保険株式会社は金融機関経理緊急措置法の適用を受け、次いで金融機関再建整備法による最終処理として解散され、同会社の新勘定に属する資産及び保険契約の全部は昭和二十三年三月三十一日限り被告会社に承継されることになつたが、当時原告はもとより、右の如き関係は知らなかつたので単に帝国生命保険株式会社が被告会社に商号を変更したにすぎないものと考えていたので、被告会社代理人訴外樋口弘雄、朝田泰一から前示(一)(二)を解約しその解約払戻金を(三)の保険料に充当すると共に(三)の保険金を十万円に増額契約することを勧誘された結果、本件保険契約の申込をなすに至つたものであり、実質的には右(三)の保険契約の保険金の増額並に保険期間延長にすぎないから、その際改めて重要事実につき告知する義務はなかつたものである。仮りに本件保険契約がその形式上からして新規のものであつたとしても、原告は康祐を代理して本件保険契約の申込をするにあたり、被告会社の代理人である上叙樋口弘雄、朝田泰一の両名に対し、前記肺浸潤で入院した事実を告知し、かつ医師の再診断の必要なきやを促したのであるから、何ら告知義務違反はない。のみならず、右告知すべき事実は康祐が曾つて肺浸潤に罹病したことであるが、康祐の死因は腸結核であつて右告知すべき事実に基いたものではなく、更に被告会社の養老普通保険約款によれば、被告が解除の原因を知つたときから一ケ月内に解除権を行使しないときは解除権は消滅する旨の定めがあるので仮に康祐の代理人原告に告知義務違反の事実があつたとしても被告が解除原因たる事実を知つたのは昭和二十三年三月六日であるからその後一ケ月を経過した後における被告主張の契約解除の意思表示はその効なくその他いずれにしろ被告の本件保険契約解除は効力がないと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告が請求原因として主張する事実はすべてこれを認めると述べ、抗弁として本件保険契約は原告において康祐を代理して締約申込をしたものであるが、右申込の約九ケ月前、被保険者康祐は肺浸潤に罹りその加療のため昭和二十二年六月二十日より同年十一月二十一日まで、東京大学医学部附属病院に入院した事実があり、右事実は康祐が死因となつた腸結核との関連において、被告が本件保険契約の締結の応否を決するにつき重要な事項であるが、原告は上敍申込にあたり、右事実を知つており、殊に原告は曾つて訴外帝国生命保険株式会社の特別代理店(保険申込募集のみをなすもの)をしたこともあるので、右の如き事実は保険者に告知しなければならないことを知悉していたのにかかわらず、被告に告げなかつたのであるから悪意による不告知である。被告は昭和二十四年九月十六日に至り右告知義務の違反事実を知つたのでこれを理由として同月二十一日、保険契約者康祐の相続人である原告並に原告の妻板倉きよ両名に宛て本件保険契約を解除する旨の通知を発し、右通知は同月二十四日、右両名に到達したから、本件保険契約はこれにより解除されたものである。よつて原告の保険金請求に応ずべき義務はない、と陳述し、原告の再答弁に対し、帝国生命保険株式会社と原告との間に原告主張の(一)乃至(三)の保険契約があり又右会社と被告会社との関係も原告主張の如く昭和二十三年三月三十一日、帝国生命保険株式会社の解散によつて、その資産並に保険契約を被告会社が包括的に承継することになつたものであることは認めるが、その余の原告再答弁事実は否認する。ところで前示承継に先立つ同年三月六日、被告会社と締結された本件保険契約が、帝国生命保険株式会社を保険者とし原告自身を保険契約者として締結された原告主張の(三)の保険契約の継続でないことは明らかであるばかりでなく、本件保険契約は原告主張の(一)、(二)、(三)の保険契約を保険契約者との間で合意解除して、その払戻金を手続の便宜上被告会社の新契約の保険料に充当するという「奉仕契約」と呼ばれる特殊な取扱いによつて成立したものであつて、新規の契約であるから、その際保険契約者或は被保険者が重要事実につき告知義務を負うことは当然である。又仮に被告会社のために保険申込を勧誘した訴外樋口弘雄、朝田泰一の両名に対し、原告主張の如く告知があつたとしても、右両名は単に被告会社のために保険加入申込の勧誘、申込の取次、保険料受領の権限あるに止まり被告会社を代理して右の告知を受ける権限はないから、保険契約申込書告知欄にその告知事項の記載がない本件では被告に対して告知があつたものとは言えない。と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告が請求原因として、主張する事実はすべて被告の認めるところである。よつて被告の抗弁について考えるに本件保険契約申込が訴外板倉康祐を代理する原告によりなされたこと、右申込の約九ケ月前、被保険者康祐が肺浸潤に罹り加療のため昭和二十二年六月二十日より同年十一月二十一日まで入院した事実、原告がその事実を右申込当時知つていたことは本件当事者間に争がない。原告は本件保険契約はもと、原告自身が契約者として保険者訴外帝国生命保険株式会社との間に結んであつた(三)の保険契約を実質上、保険金額を増額、保険期間を延長したものにすぎないから、前示申込にあたり新に被保険者につき告知する義務はないと言うけれども、原告主張の右(三)の契約と本件保険契約とは、保険者並に保険契約者を異にする。即ち帝国生命保険株式会社が金融機関経理緊急措置法並に金融機関再建整備法の適用により解散せられ、その新勘定に属する資産並に保険契約の全部が昭和二十三年三月三十一日限り被告会社に承継されたこと、解散前、帝国生命保険株式会社と原告との間に原告主張の(一)乃至(三)の保険契約が結ばれていたことは本件当事者間に争がないけれども、右承継の日に先立つ同年三月六日被告会社と原告によつて代理された康祐との間に本件保険契約が成立したことも当事者間に争なく、右事実と成立に争のない甲第五号証、乙第一号証、同第二号証の一乃至三、並に証人庄野博勝、興津栄一の各証言を綜合すれば、本件保険契約締結当時は、被告会社が帝国生命保険株式会社の保険契約を包括的に承継する直前であつて、被告会社は保険契約者の便宜を計り、従来帝国生命保険株式会社との間に締結されていた保険契約を、保険契約者との合意で一旦解約すると共に、その解約による払戻金を解約と同時に結ばれる被告会社との新契約の保険料に充当することとし、なお、かくの如き新契約に限り保険金十万円以下のものについては、解約された保険契約と被保険者が同一であるときは改めて被保険者の健康状態その他を審査することを省略し契約申込書の告知欄の記載のみによつて申込に対する諾否を決することとするという、いわゆる「奉仕契約」と呼ばれる保険契約を募集していたのであるが、本件保険契約も右「奉仕契約によつて締結されたものであつて、原告主張の(一)、(二)、(三)の三口の保険契約を解約して、被告会社と新保険契約者康祐との間に本件保険契約を新に締結し、右解約による払戻金を新契約の保険料の一部に充当したものであること、が認められる。証人渡辺鉄太郎、朝田泰一の各証言及び原告本人訊問の結果によれば本件保険契約は被告会社の外務員訴外樋口弘雄の勧誘により申込がなされたものであり、右申込に際し原告は上叙認定の契約関係について明確な認識について欠けているところがあつた(従つて錯誤が問題となる余地があるようであるがこの錯誤が高調されれば、意思の欠缺、又は要素の錯誤として本件保険契約申込は無効となるわけで、これだけで原告の請求は棄却されるが、原被告とも錯誤は主張していない。)ことが窺知されるけれども、右各証拠だけで前段認定を覆えすには足らないし、他に右認定を左右し得る証拠はない。ところで前段認定事実からすれば、本件保険契約は被告主張の保険契約とは全然別異のものであつて、ただ「奉仕契約」という特殊な取扱いから原告主張の(一)、(二)、(三)の保険契約払戻金を保険料に充当し新旧契約に共通な被保険者の健康状態につき再審査する手続を省略し契約者又は被保険者の告知のみによつて締約を応諾しただけのことであり、その締結に当つて保険契約者又は被保険者に重要事実につき告知する義務を免れさせるものでないものと云わなければならない。

次に原告は、たとい本件保険契約が新規なものであり重要事項につき告知義務があるとしても、右契約申込にあたり原告は申込人康祐を代理して同人が肺浸潤で入院した事実を被告会社の代理人樋口、朝田等に対し告知し、特に審査の必要の有無につき注意を促した程であるから告知義務に違反したことはないと争つているので、この点につき判断しよう。成立に争のない甲第四号証、及び証人渡辺鉄太郎、庄野博勝、朝田泰一の各証言、並に原告本人訊問の結果を綜合すれば、本件保険契約はすでに認定した通り被告会社埼南支部長という名称で被告のために保険加入申込の勧誘をしていた被告会社外務員樋口弘雄の勧誘により申込がなされたものであるが、その勧誘を受けた原告は右申込にあたり保険契約者たる康祐を代理して同人が肺浸潤により入院したことのある事実を、樋口に告知し、(朝田泰一については、同人は単に樋口を原告方に案内したに止まり、本件保険契約申込につき原告と折衝したものではないことも前示各証言により認められる。この点についての原告本人の供述は信用しない)更に最近の医師の診断書を提出する必要はないかを問いただした事実は認められるが、樋口において、被告会社を代理して右告知を受ける権限のあつたことはこれを認め得る証拠がないばかりか、前示各証拠によれば却つて、樋口は被告会社の外務員として保険加入申込の勧誘、申込の取次、保険料受領の権限があつたのみで、被告会社を代理して申込に対し締約を応諾する権限がなかつたことが認められる。ところで、保険契約における重要事項の告知は、これにより締約の応否を決するためのものであるから、その性質上、締約につき決定権を有するもの(代理人を含むことは勿論であるが)に対してなされなければならないものであるから、樋口に対する告知は告知としての効がないものと云わざるを得ない。この判断は現状における保険加入申込の勧誘の実状から見れば、申込者に苛酷な結果を来すように裁判所も思わないわけではないが、元来保険と言う制度は高度の技術的要素を含むものであり、被告の如き相互組織のものは勿論、単なる株式会社の場合でも個々の保険契約の健全なりや否は保険者の背後に存する他の多数の保険契約者の利害に影響するのであるから、個々の場合に多少苛酷と思われても、全体としての保険契約者のために前示理論を貫くの外はなく、これによる欠陥は外務員に対する取締、個々の場合による損害賠償等により救済の途が講ぜられる外はないであろう。兎もあれ、上来説示したところにより、原告の樋口に対する告知は告知としての効なく他に告知を受ける権限を有するものに対し告知があつた事実の証拠がなく、しかも成立に争のない乙第一号証によれば本件保険契約申込書の告知欄には既往に著患症(同号証に著患傷とあるは誤記と推定される。)がない旨の記載があるだけで康祐の肺浸潤について何等の記載がないことが認められる。して見れば原告は本件保険契約申込にあたり、契約者の代理人として被保険者康祐が肺浸潤のため入院した事実を知りながら、被告に告知しなかつたものであるから悪意に因り重要な事実を告げなかつたものと言うの外はない。原告は更に、被保険者康祐の死亡原因は腸結核であるから不告知の肺浸潤とは因果関係はないと言い、康祐の死因が腸結核であつたことは本件当事者間に争がないけれども、証人桑原豊蔵、谷島辰男の各証言並に右証人桑原の証言により真正に成立したと認められる乙第六号証を綜合すれば、康祐は肺浸潤が軽快に赴いたので病院より退院したのであるが肺浸潤にかかつた者が軽快した場合にも、一、二年後に再び発病する場合があること、肺浸潤と肺結核とは一般医学常識上同一視されており従つて腸結核とも因果関係の存することを認めることができる。甲第七号証は仮に真正に成立したものとしても前示証人桑原の証言に比照してその記載内容は信用ができないし、他に右因果関係を否定し得る事実を認め得る証拠はない。ところで昭和二十四年九月二十四日、被告から本件保険契約者康祐の相続人である原告並に原告の妻きよに対し上叙告知義務違反を理由とする契約解除の意思表示のあつたことは本件当事者間に争がないが、原告は右解除の意思表示を以て被告会社の養老普通保険約款所定の期間経過後の無効のものであると争うのでこの点について考えると、成立に争のない甲第五号証によれば、被告会社養老普通保険約款第十九条には告知義務を理由とする解除権は被告会社が解除の原因を知つた時から一ケ月間行使しなければ消滅する旨の定めのあることは認められるが証人桑原豊蔵の証言によれば、被告会社は康祐が本件保険契約後、二ケ年以内に死亡したので、いわゆる短期死亡として調査の結果、昭和二十四年九月十五、六日頃、告知義務違反の事実を知るに至つたものであることが認められるので、前示の如く同月中になされた本件解除権の行使が有効であることは言うまでもない。以上いずれの点から見ても、被告の本件保険契約解除は適法と断じないわけにはいかないので、本件保険契約は、被告の解除の通知が原告並にその妻に到達した昭和二十四年九月二十四日、有効に解除されたものと言うことができる。

よつて原告の本訴請求は理由がないものとして棄却を免れないものであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 小堀勇 小林信次)

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