東京地方裁判所 昭和25年(モ)1026号 判決
債権者 東和産業株式会社
債務者 前島偖太郎 外一名
一、主 文
右当事者間の昭和二十四年(ヨ)第三〇四一号不動産仮処分命令申請事件について昭和二十五年三月十六日当裁判所がなした仮処分決定は左の通り変更した上これを認可する。
一、右決定主文第二項を「債務者前島は右第一号及び第三号の建物を債務者福島は右第二号及び第四号の建物をそれぞれ後記期間内になるべく同一の材料を用い建物の同一性を変じないことを條件として第二物件目録<省略>記載の土地中それぞれ債権者の指定する後記の箇所各三十坪の土地上に移築しなければならない。債務者等が右建物の移築をなすまでの期間は債権者が右土地の情況により移築可能な箇所であつて、且新設の道路に面し右各建物の從前の敷地と同一の形状を有する箇所各三十坪を指定して各債務者に通知してから三十日とする。
二、右決定主文第三項中二箇所に「または收去」とあるを削る。
三、右決定主文第六項中「間口三間奥行六間」とあるを「三十坪」とする。
訴訟費用はこれを二分しその一を債務者等の負担としその一を債権者の負担とする。
右変更の部分については仮に執行することができる。
二、事 実
債権者訴訟代理人は主文第一項掲記の仮処分決定を認可する旨の判決を求め、その理由として次のように陳述した。
別紙第三物件目録<省略>記載の土地五百二十坪七合七勺(以下本件從前の土地という)は債権者の所有であつて、債権者は同地上にアパート及び店舗数棟を所有しその内三階建店舗二戸建一棟建坪三十二坪二合三勺二階二十八坪七合五勺三階二十五坪の内向て右側一戸を債務者前島に同左側一戸を債務者福島にそれぞれ賃貸していたところ、昭和二十年三月強制疎開によりその建物は東京都に買收せられ次いで同年四月十四日右建物は空襲により燒失した。その後同年十一月中債務者等は債権者会社の代表取締役の一人たる油木眞太郎に対し右燒跡に債権者会社において必要のときは何時でも無條件で撤去するから物置小屋程度のバラツク建物を建てさせて欲しいと懇請したので右油木取締役は同情してこれを了承した。然るに債務者前島は(甲)木造瓦葺平家建店舗一棟建坪十八坪(以下(甲)の建物と略称する。別紙第一物件目録<省略>記載第一号の建物はこれにその後増築された部分を加えたものまた同第三号の建物はその附属物置)を債務者福島は(乙)木造杉皮葺平家建店舗一棟建坪十六坪七合五勺(以下(乙)の建物と略称する。別紙第一物件目録記載第二号の建物はこれにその後増築された部分を加えたものまた同第四号の建物はその附属物置)を建築した。右建物はいずれも本建築に近い建物であるので、油木取締役は嚴重に約束違反を責めたが債務者等は大目に見ることを懇願する許りであつたから、債権者は債務者等が將來借地権を主張して居据りを策すと困ることを慮つて債務者等各自を相手方として東京区裁判所麹町出張所に調停の申立をなし、昭和二十一年四月二十日いずれも左記の当事者間に左記の内容の調停が成立し、同年六月三日右調停は認可となつた。
甲、債権者対債務者前島間の調停條項。
一、同債務者は (1) 前記(甲)の建物の敷地である債権者所有の本件從前の土地の内三十坪を占拠しているのは債権者の代表取締役の一人油木眞太郎が同債務者の懇請によつて債権者の請求あるときはいつでも建物を收去してその敷地を明渡すべき條件の下に物置小屋を建てるため無償で一時使用を許した期間の定めのない使用貸借に基くものであつたこと (2) 同債務者が昭和二十年十一月中その居住並に営業の目的を以て右地上に前記(甲)の建物を建築したことは油木取締役との間の約束に基く使用目的に反するものであること(3) 前記土地使用の約束は債権者の代表者の一人のみの意思表示であつて何等債権者を拘束するものでないことをいづれも確認する。
二、債権者は同債務者に対し前記(甲)の建物の收去土地明渡の請求を一時猶予すべきを以て同債務者は同建物の所有権を信託的に債権者に移轉し債権者に於て所轄区役所並に税務署に債権者名義で届出でることについて異議なく右に要する一切の諸経費並に將來右建物に対する家屋税財産税其の他一切の税金及び修理費火災保險料其の他の経費は総て同債務者の負担とすること。
三、同債務者は債権者より書面を以て土地明渡の請求をうけたときは債権者の定める期間内に右の建物より退去して建物を收去しその敷地を明渡すこと。
四、五<略>
六、同債務者は右建物について増改築をしないことは勿論賃借権轉借権の設定その他占有名義の変更同居人を居住せしめる等建物收去土地明渡の妨害となるべき一切の行爲をしないこと。
七、同債務者が右建物を利用するために使用する土地の面積は三十坪以内とし本件調停成立の日以降債権者に対し土地使用の損害補償として一ケ月金百五十円の割合による金員を毎月末日限り債権者に持参して支拂うこと。
乙、債権者対債務者福島間の調停條項。
前記甲の調停條項中「前記(甲)の建物」とあるを「前記(乙)の建物」と又「一ケ月百五十円」とあるのを「一ケ月九十円」と置きかえる外は右甲と全く同一内容のもの。
債務者等は右調停認可後前記(甲)又は(乙)の建物の敷地内にそれぞれ無断で増築をなし更に附属物置を建てた結果現在は別紙第一物件目録記載第一号乃至第四号の建物が存するのであるが、これ等建物の敷地を含む別紙第三物件目録記載の土地について特別都市計画法に基き土地区劃整理が実施されることになつたので債権者は昭和二十四年七月二十二日前記調停の第三項に從い債務者等に対しいずれも同月二十三日到達の各書面を以つて、昭和二十四年十月三十一日限り各地上建物を收去して土地を明渡すべき旨の催告をなした。よつて債務者等はいずれもそれぞれ前記地上建物を收去してその敷地各三十坪を債権者に明渡す義務がある。然るに債務者等はいずれも前記建物の收去及びその敷地の明渡を履行せず、却つて債権者を被告として東京地方裁判所に右調停調書の執行力の排除を求めるため請求異議の訴を提起し且つその執行の停止を申立ててそれぞれ同年九月三十日附又は十月一日附を以つて執行停止の決定を得た。而して債務者等の主張によれば、債務者等は債権者所有の罹災建物の賃借人であつてその敷地の所有者たる債権者に対し昭和二十一年九月十五日罹災都市借地借家臨時処理法施行直後口頭で本件建物の敷地各三十坪について賃借の申出をなしたところその承諾を得たので右敷地につき借地権を取得したというのである。然し債権者は債務者等から罹災都市借地借家臨時処理法に基く賃借申出をうけたことは全くなく債務者等は本件建物の敷地各三十坪について何等借地権を有するものではない。而して右の建物敷地各三十坪を含む本件從前の土地については昭和二十四年八月三十一日東京都知事より別紙第二物件目録記載の土地三百十坪がその換地予定地として指定せられたが債務者等は右從前の土地中の前記建物の敷地に相当する換地予定地の部分について当然使用権ありとしその部分の地上に建物を移轉し又は新築することを画策している。よつて債権者は債務者等を被告として借地権不存在確認占有保全等の訴を提起する準備中である。
債権者会社は貸店舗等を主たる営業とする会社であるところ本件從前の土地のみか唯一の資産であつて同地上にあつた債権者所有の建物が戰災により滅失して以來全然営業をなしておらず土地区劃整理による換地予定地が指定されたからには早速その予定地上に建物を建築して営業を再開する必要に迫られている。然るに債務者等は前述の如く本件建物を前記換地予定地上に移轉し又は同地上に建物を新築することを企てゝいるのみならず前記第一号及び第二号の建物についてそれぞれ昭和二十四年十一月二十六日附及び同年十二月三日附で債権者に対しいずれも昭和二十五年三月十日を撤去期限として右換地予定地への移轉命令が発せられた(なお第四号の建物については債務者福島に対し移轉命令が発せられた)後は更に債務者等は東京都知事のなす行政代執行により右建物が債務者等の占有するまゝ右換地予定地上に移轉されるのを待ち望んでいる。若しも債務者等が右換地予定地に建物を新築し、又は前記建物を右地上に移轉し、若しくは右建物が行政代執行により右地上に移轉されることになるとその場所の如何によつては債権者が右換地予定地を使用することが全く不可能となるしそうでなくても債権者が計画するような建物を建築することができなくなつて債権者は著しい損害を被る。殊に債務者等は右換地予定地のうち從前の土地におけると同様各三十坪を使用し得るいわれは全くない。即ち仮に債務者等が戰時罹災土地物件令又は罹災都市借地借家臨時処理法にもとづき本件從前の土地の一部について借地権を取得したとしても、債務者等の元の賃借家屋の敷地は計四十坪であつたから各債務者の取得した借地権の範囲はその半分即ち各二十坪である。而して本件從前の土地の面積は五百二十坪七合七勺であるに対し、本件換地予定地の面積はその約五割九分にあたる三百十坪であるから、債務者等が本件換地予定地の一部について使用権を有するとしてもその範囲は右の土地全体の減歩に比例して各十一坪八勺であるにすぎないすじあいである。よつて少くとも債務者等が本件換地予定地を使用しうる範囲は相当に制限されなければならない。
以上の理由により債権者は本件仮処分命令の申請に及んだところ、次のような仮処分決定が発せられた。
一、債務者等の別紙第一物件目録記載第一号乃至第四号の各建物に対する各占有を解いて債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏はその現状を変更しないことを條件として債務者等にそれぞれその占有建物の使用を許さなければならない。
二、債務者等はそれぞれ後記期間内に右第一号及び第二号の建物はこれを坪数を減縮し且つなるべく同一の材料を用いて建物の同一性を変じないことを條件として第二物件目録記載の土地中それぞれ新設道路に面し且つ債権者の指定する箇所各間口三間奥行六間の土地上に移築し、右第三号及び第四号の建物はこれを收去しなければならない。債務者等が右第一号及び第二号の建物の移築に着手するまでの期間は債権者が右土地の情況により移築可能な箇所を指定してこれを債務者等に通知してから十日とし右建物を移築する爲に從前の敷地から右建物を撤去するまでの期間は更にその後二十日とする。また債務者等が右第三号及び第四号の建物を收去するまでの期間は債権者が前記の通知をなしてから三十日とする。
三、債務者等がそれぞれ右期間内に任意に右建物の移築または收去をなさないときは執行吏は債権者の申出によりその費用を以つて前項に準じ右各建物を移築または收去しなければならない。
四、右第二項または前項により移築された建物はこれを執行吏の保管とし執行吏はその現状を変更しないことを條件としてそれぞれ債務者等にその使用を許さなければならない。
五、第一項及び前項の場合において執行吏は建物がその保管に係ることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者等は建物の占有を他人に移轉しまたは占有名義を変更してはならない。
六、債務者等は第二項または第三項によつて移築された建物の敷地各間口三間奥行六間を使用するほか右第二物件目録記載の土地を使用してはならない。
右の仮処分決定は固より正当であるからその認可を求める。
債務者等訴訟代理人は主文第一項掲記の仮処分決定はこれを取消し債権者の申請を却下する旨の判決を求め答弁及び抗弁として次の通り述べた。
第一訴訟上の抗弁
(一)債権者は借地権不存在確認の本訴を提起する前提の下に本件仮処分命令を申請したと主張するがかゝる本訴は以下に述べる通り一事不再理の理由によつて許されないものであるから、この本訴を前提とする本件仮処分申請も許さるべきでない。即ち本件(甲)及び(乙)の建物及びその敷地各三十坪については既に債権者の主張する通り調停が成立し、その調停は認可となつたがこの調停は確定判決と同一の効力を有するものであるから、当事者は請求異議の訴を提起してその執行力の排除を求め得るは格別、その調停と同一趣旨の判決を求める訴はこれを提起し得ないものであり、從つて債権者は前記調停と同一趣旨と認められる債務者等の借地権不存在の確認の訴はこれを提起し得ないことは当然である。
(二)本件申請は行政廳たる東京都知事のなす建物の移轉なる行政処分を禁止する仮処分命令を求めるものである点においても不適法のものである。即ち特別都市計画法に基く土地区劃整理による建物の移轉は整理施行者たる行政廳が公権力に基いてなす行政処分であつて行政廳が行政代執行により自ら建物を移轉する行爲は勿論單に建物の移轉命令を発する行爲も亦行政処分たることにかわりはない。本件第一号及び第二号の建物については債権者に対し第四号の建物については債務者福島に対し換地予定地への移轉命令が発せられているにも拘らず本件仮処分決定はその移轉命令の内容と抵触しその効果の発生を否定するものであることは明らかである。かゝる仮処分命令を求めるのは結局行政廳たる東京都知事に対し建物の移轉なる行政処分の取消変更を求めるに帰着し、若しこれを求めんとするならば債権者は東京都知事を相手方とすべく本件債務者等を相手方としたのは正当なる当事者を誤つたものであると共にかゝる行政処分の取消変更を求めることに帰着するような仮処分命令を求めることは行政事件訴訟特例法第十條第七項の規定によつて絶対許容しえないものである。
第二実体上の答弁及び抗弁
(一)債権者の主張事実中
一、本件從前の土地が債権者の所有であつて債務者等が元右土地上にあつた債権者所有の建物の一部を賃借していたこと。
一、右建物が空襲により燒失したこと。
一、債務者等が昭和二十年十一月中右土地の一部にそれぞれ債権者主張の建物を建築して爾來それぞれその敷地を占有していること。
一、債権者と各債務者との間に債権者主張のような内容の調停が成立し、認可となつたこと。
一、債権者主張の建物收去、土地明渡の催告書が債権者主張の日債務者等に到達したこと。
一、債務者等が債権者を被告として右調停調書の執行力の排除を求めるため請求異議の訴を提起し且つその執行停止決定を得たこと。
一、本件從前の土地については特別都市計画法に基く土地区劃整理が実施され、債権者主張の日別紙第二物件目録記載の土地がその換地予定地として指定され、それぞれ債権者主張の通り債権者又は債務者福島に対し地上建物の移轉命令が発せられたこと。
はいずれもこれを認めるがその余の事実はこれを爭う。
(イ)債務者等が賃借居住していた前記債権者所有家屋は昭和二十年四月十三日空襲により罹災滅失した。そこで債務者等はいずれも一時田舎に避難していたが、同年十一月中債権者会社の代表者の承諾を得て店舗兼住宅として使用する目的で右土地にそれぞれ債権者主張の建物を建築したのである。元來債務者等は戰時罹災土地物件令第四條第一項に基き右土地の使用権を有していた訳であるが道義上特に債権者会社代表者の承諾を得右建物を建築しその際の約束によつて債権者会社代表者の名義を以つて建築許可を受け、完成した後もその所有名義で届出をなす予定であつた。然るに債権者会社は調停の申立をなし昭和二十一年四月二十四日債権者主張の調停が成立したが右調停に於いて確認された事項は事実に反し、他の條項も亦著しく不当であつて債務者等はこれに應ずる意思はなかつたが、債権者会社の代表取締役の一人たる油木眞太郎は「これは單に他の重役に見せるために形式的に作成するに過ぎず、たといこれを作成しても將來何等変りなく土地を賃貸して置くから安心してよい」と述べたので己むなく、調停に應じたものである。かゝる事情の下に於いて成立した右調停は借地法第十一條及び戰時罹災土地物件令第四條に違反して無効のものである。
(ロ)仮に右調停が当然無効のものでないとしても、右調停認可後昭和二十一年九月十五日罹災都市借地借家臨時処理法が施行せられ、債務者等はいずれもその施行の直後口頭を以て土地所有者たる債権者会社に対し同法により右建物の敷地につき優先賃借の申出をなしその承諾を得たのであるからこれにより新に右建物の敷地につき借地権を取得し、右調停の効力は消滅に帰した。このように、債務者等はそれぞれ本件從前の土地中右建物の敷地につき借地権を有するものであるからその換地予定地である別紙第二物件目録の土地についても右建物の敷地に相当する部分につき使用收益権を有するのである。なお別紙第一物件目録第一号と第三号の建物は債務者前島が同第二号と第四号の建物は債務者福島がそれぞれ自ら建築所有するものであつて、仮に前記調停が有効であつても債務者等はいずれも昭和二十四年十月十五日債権者に対し翌十六日到達の書面で同調停において約束した右建物の信託的讓渡契約を解除する旨の意思表示をなしたからいずれにしても債務者等はこれ等の建物につき完全な所有権を有するものである。よつて債権者の本件仮処分申請は失当である。また本件從前の土地の一部の借地権者たる債務者等はこれに相應する本件換地予定地の一部について当然使用権を有するものであるからこの部分については債権者が右換地予定地の指定をうけたからといつて当然その引渡をうけたことにはならずその占有権を取得するいわれはない。よつて占有保全を理由とする点においても債権者の本件仮処分命令申請は失当である。
(二)本件仮処分申請は換地予定地と從前の土地との同一性という見地からいつても違法である。
特別都市計画法に基き換地予定地が指定されたときは換地予定地は換地処分が行われた場合と同様、從前の土地と看做されるものである。
而して本件從前の土地には既に債務者等の占有する建物が存在するからその建物の敷地について債権者が更に債務者等に建物その他の工作物の築造を禁止する等の仮処分命令を求め得ないことは理の当然であるが右從前の土地と法律上同一視される本件換地予定地についても同様にかような仮処分命令を求めることは許さるべき限りでない。
(三)本件仮処分決定は事実上不能な事柄を命ずるものである点においても不当である。即ちその第一項においては本件第一号及び第二号の建物につき執行吏はその現状を変更しないことを條件として債務者等に使用を許すべきことを命じ、また第二項においては債務者等にその同一性を変じないことを條件として右建物を換地予定地中間口三間奧行六間に移築すべきことを命するが十八坪の土地に建築するには建築法上建坪をそれぞれその八割である十四坪四合としなければならないので建坪がそれぞれ二十五坪七合五勺と十九坪五合である右第一号及び第二号建物を十四坪四合程度に減坪するには結局全部を解体して再築するの外なく從つて現状を変更せずしかも同一性を変ぜずに移築することは全く不能である。
(四)本件仮処分決定は建物の收去命令を包含する点においても不当である。およそ建物の收去の強制執行をなすには建物の收去義務を確定する債務者名義のほかは建物の收去を命ずる特別の授権決定を必要とすることは民法第四百十四條第二項、民事訴訟法第七百二十三條の適用上当然であつて本件仮処分決定が執行吏に債権者の費用を以つて建物の收去をなすべきことを命じたのは違法である。
(五)本件仮処分決定は法律上不能であるか又は少くとも行政庁の特別の認可を必要とすることを命じた点において不当である。特別都市計画法施行令第十三條によれば過少借地の規準は地方長官の認可のない限りは丙地区内においては百平方メートルを下すことができないものと規定され、本件土地は丙地区に該当するからその過少借地の基準以下の十八坪の敷地に建物を移築するには地方長官の認可を必要とすることは明かであるのにかかる認可は存しない。
(六)本件仮処分決定は債務者にその所有の建物の坪数を減縮して移築を命じた点において憲法第二十九條に違反する。およそ財産権は正当の補償なくして侵されないことは憲法第二十九條の保障するところであつて、土地区劃整理においては土地の減歩建物の移轉には相当の補償が與えられるが、債務者等の所有建物に対しかゝる補償なくして坪数を減じて移築を命じた本件仮処分決定は右憲法の規定に違反するものである。
(七)本件申請は権利保全の目的を超越する仮処分命令を求めるものであるから失当である。本件仮処分決定が建物の一部の收去を命じているのは結局は債権者が勝訴の確定判決に基いてその一部について強制執行をなしたと同一の結果を將來するものであつて、本案判決の確定までの権利保全のための暫定的な処分たる保全処分の目的を逸脱し違法である。殊に債務者等は債権者の主張する調停については請求異議の訴を提起し執行停止の決定を得ているのであるから本件仮処分決定は右執行停止決定の効力を否定する点においても著しく不当である。
債権者訴訟代理人は債務者等の抗弁事実に対し次のようにのべた。
債務者等がいずれも本件從前の土地に存した債権者所有の建物の一部を賃借居住していたことは認めるがその建物は強制疎開となつたもので債務者等はいずれも建物の賃借人として補償を受けて立退いたのであるから戰時罹災土地物件令に所謂建物の滅失当時の居住者ではない。
債務者等は債権者会社代表者の承諾を得て本件(甲)又は(乙)の建物を建築したと主張するが、債権者会社の代表取締役の一人たる油木眞太郎が何時でも收去するという條件で物置小屋程度のバラツクの建物を許したことはあるが、債権者会社は共同代表制であるから代表取締役の一人の承諾は債権者会社の承諾としての効力はなくまた油木取締役も右の如くバラツク建築による本件從前の土地の一時使用を許したにすぎない。
また債務者福島の現在占有する建物の敷地は同債務者が元賃借していた疎開前の家屋の敷地とは異る別個の部分であるから同債務者が罹災都市借地借家臨時処理法によつて右建物の敷地に借地権を取得することはあり得ない。
<立証省略>
三、理 由
第一、先づ債務者等の訴訟上の抗弁について判断する。
(一)債務者等は本件(甲)及び(乙)の建物及びその敷地たる本件從前の土地のうち各三十坪については既に債権者主張の調停調書が存し債権者はかゝる債務名義の存する以上この各三十坪の土地につき更に借地権不存在確認の訴を提起することは許されず從つてかゝる本案訴訟を前提とする本件仮処分命令申請をすることは許されないものと主張する。しかし既に執行力ある債務名義が存するもその債務名義に基き直ちにその強制執行をなしえない事情の存する場合には債権者はその債務名義に基く執行を保全するため或は直ちに債務名義に基き執行しえないため現在こうむるおそれあるいちぢるしい損害をさけるために仮処分命令を求めることができ、かゝる場合更に別個の本案訴訟を提起することを前提とすることを要しないものと解するのが相当である。債権者主張の調停調書については債務者等が執行停止の決定を得ていることは当事者間に爭なく債権者は今直ちにこれに基いて強制執行をなしえないのであるから、右の調停調書が既に存在するからといつてその一事を以つて債権者の本件仮処分申請が許されないとする債務者等の抗弁は理由がない。
(二)債務者等は債権者等の申請は行政廳たる東京都知事のなす行政処分たる建物の移轉を禁止する仮処分命令を求めるものであるから正当な当事者を誤つたものであり、また行政事件訴訟特例法第十條第七項に違反するものであると主張する。なる程土地区劃整理の施行者たる行政廳が建物の移轉命令を発する行爲自体及び行政代執行により自ら建物を移轉する行爲は行政処分であるが本件仮処分申請は何等東京都知事に対し同知事が右のような行政処分をなすことを直接に禁止する裁判を求めるものではない。また債務者等は別紙第一物件目録第一号と第二号の建物については債権者に対し、第四号の建物については債務者福島に対しそれぞれ換地予定地への移轉命令が既に発せられているに拘らず債権者の申請する本件仮処分は右移轉命令の内容と牴触するから結局において東京都知事の行政処分である移轉命令の取消変更を求めることに帰着すると主張するけれども本件申請の趣旨は債権者と債務者等間の私法上の関係において本件從前の土地に対する債権者の所有権從つて又その換地予定地に対する使用收益権を保全する爲に前記各建物を執行吏の保管に付しその建物に対する債務者等の占有使用を制限すると共に右換地予定地に対する債務者等の占有使用を禁止又は制限しその他債務者等に一定の作爲不作爲を命ずる仮処分を求めるものであつてかような仮処分命令が存するからといつて債権者又は債務者福島が前記各建物に関する移轉命令を任意に履行し又はその不履行の場合に行政廳が行政代執行をなすに付何等妨げとなるものではない。けだし特別都市計画法第十五條により行政廳から区劃整理施行地区内にある建物の移轉命令を受けた者は、行政廳に対する関係においては当該建物を從前の土地から撤去すればそれでよいのであつてその移轉先のことまで拘束されるものではなく行政廳の指定した換地予定地に移轉すると他の場所に移轉すると、はたまた撤去したままにしておくとはその任意であると解するのが相当であり、從つてまた移轉命令の不履行の場合に行政廳が行政代執行をなす場合にも当該の建物をその存する從前の土地から撤去すればそれで目的を達するわけであり撤去建物を換地予定地に移轉することは單に関係者の利害を考慮した附随的な処置と考えるのが相当であるところ、本件申請の仮処分は前記の通り換地予定地に対する債権者の権利を保全する爲に債務者等の同土地に対する占有使用を制限することを主たる目的とするものであつて建物の撤去自体を禁止又は制限する趣旨のものではないからである。また行政廳が行政代執行をなすには建物をその存する從前の土地から撤去すればその目的を達することは前述のとおりであるが、行政廳が債権者及び債務者福島等の利害を考慮に入れて本件の各建物を本件從前の土地上より撤去したまゝにせず、これを換地予定地上に移轉しようとする場合においても執行吏の承認を得てこれを行うことができるものと解するのが相当である。けだしその場合においては建物の移轉によつて仮処分命令の内容が一部没却されるような事態を生ずることもありうるけれども本來仮処分は私人間の私法上の権利を保全する目的からなされるものであるから行政廳が公益上の目的から公権力に基いてなす行政処分迄禁止制限する効力はこれを有せず從つて執行吏は仮処分の執行として自ら保管する目的物に対して前記のような行政代執行がなされる場合にはこれを承認しなければならぬ職務上の義務があるものと解するのが相当であるからである。なお、また債務者福島が前記第四号の建物を任意に撤去するについても本件仮処分の執行として同建物を保管する執行吏の承認を要するけれども右建物撤去自体が本件仮処分の目的に反するものではないことは前認定の通りであるから執行吏はこの撤去に対しても承認を與うべき職務上の業務があるものと解する。
以上要するに本件仮処分申請が行政処分である移轉命令の取消又は変更を求めるものとして申請自体不適法であるとする債務者の主張は採用の限りでない。
第二、次に本件申請理由の当否について判断する。
(一)債権者と債務者等との間に昭和二十一年四月二十四日それぞれ債権者主張の如き内容の調停が成立し、同年六月三日右調停が認可されたことは当事者間に爭がなくこれによると債務者前島は本件(甲)の建物、債務者福島は(乙)の建物をそれぞれ本件從前の土地上から收去してその敷地各三十坪を債権者に明渡すべき義務を認めその時期は債権者より書面により指定された期間としそれ迄の間は債権者において建物收去土地明渡を一時猶予する趣旨が定められている。よつて右調停は無効であるが仮にそうでないとしても既に失効したもので債務者等は本件(甲)(乙)の建物の敷地各三十坪につき借地権を有するとの債務者等の主張について考えるに、
(イ) 本件從前の土地が債権者の所有であり、債務者等はいずれも右土地に存した債権者所有の家屋の一部を賃借居住していたことは当事者間に爭なく成立に爭のない甲第七号証いずれも当裁判所において眞正に成立したものと認める同第二十五号証及び乙第九号第十四号の各証によれば、右建物は一旦強制疎開により除却されることに決定したけれどもその除却前昭和二十年四月十三日の空襲によつて罹災滅失したのであるが、その後債務者等は同年十一月中右土地に債権者主張の前記(甲)又は(乙)の建物をそれぞれ建築したことこの建築に際し債権者会社の代表取締役の一人たる油木眞太郎は債務者等に対し何時でも收去するという條件で物置小屋程度のバラツク建築を許したことはあるが債権者会社は当時取締役である油木眞太郎と鈴木徳次郎両名の共同代表制であつたから、右油木以外の取締役より油木が独断で債務者等に土地使用の承諾を與えたことを越権行爲なりとして非難し終に債権者より債務者等に対し何時でも強制執行ができる債務名義を得るために調停の申立に及ぶことを決議するに至つたことが疏明せられる。かゝる事情の下において右調停が成立したこと及び右調停條項の内容を檢討するならば債権者会社は債務者等に対し右土地につき一時使用をも許容したことはなく從つて右の調停に際し債務者等は債権者の請求ある迄一時土地明渡の猶予をうけるものに過ぎないことを承認していたものと解するのほかない。前記乙第九、十四、十五号各証中には眞実債権者より右土地賃貸の承諾をうけたもので調停調書の記載は形式的な仮装のものであるような記載があるけれども遽に信を措き難い。然らば右調停は土地の賃貸借契約にのみ適用のある借地法第十一條の規定に何等違反するものではない。
(ロ) 戰時罹災土地物件令第四條第一項第二條の規定によれば罹災建物の滅失した当時その建物に居住していた者はその滅失後終戰後命令を以つて定める期間中本建築物の所有以外の目的のため滅失建物の敷地を使用しうべくその使用開始のときより新な賃貸借が成立したものとみなされることは明かであるが債務者福島が建築した本件(乙)の建物の敷地は罹災前福島が居住していた建物の敷地とは異なる場所であり又債務者前島が建築した本件(甲)の建物の敷地もその一部は罹災前同人居住家屋の敷地と異なる場所にあることは本件弁論の全趣旨から窺い知ることができるからこれ等の罹災前における居住家屋の敷地以外の土地につき債務者等が右物件令による賃借権を取得すべき理由なくまた債務者前島の(甲)の建物敷地の内罹災前の居住家屋敷地と一致する部分については右賃借権を取得したとしてもこの権利は事後においてこれを抛棄し得ないものとは解し難く前記調停條項によれば債務者前島は右戰時罹災土地物件令によつて認められた前記土地の使用権を右調停において抛棄したものと解するのが相当である。從つて前記調停が右物件令第四條に違反し無効であるとの主張は理由がない。
(ハ) 債務者等は本件(甲)(乙)の建物敷地各三十坪につき罹災都市借地借家臨時処理法による優先賃借権を取得したと主張するが同法施行後所定の申出期間内である昭和二十三年九月十五日迄の間に債務者等より債権者に対し右土地に付優先賃借の申出をしたことを認めうる疏明資料は存しない。尤もいずれも成立に爭のない乙第十六号証及び同第十七号証の一、二によれば債権者会社の代表取締役の一人たる油木は昭和二十一年十二月十一、二日頃債務者前島より昭和二十一年八月乃至十一月分として一ケ月金百五十円の割合による金員をまた債務者福島より同年九月乃至十一月分として一ケ月金九十円の割合による金員を受領し右金員を債務者前島に対する領收証には地代と記載し債務者福島に対する領收証には料金と記載したことが疏明されるが、右金額がそれぞれ前記調停の第七項に定められた損害金の金額と符合することから考えれば、右金員の性質は右調停條項に定められている損害金であつて油木はこれを受領するに際し領收証に漫然と地代又は料金と記載したにすぎないものと解するのが相当であつて右のような領收証の記載だけでは債務者等が当時債権者会社に対し本件從前の土地の優先賃借の申出をなし債権者会社がこれを承諾した事実を推認するに足りない。また、いずれも当裁判所において眞正に成立したと認める乙第十号証同第十一号証によれば昭和二十三年十月十五日池袋駅前附近の土地区劃整理地域内の地主借地権者等利害関係者を以つて組織された公正区劃整理期成同盟の実行委員に債務者両名が選ばれしかもその委員長は債権者会社の取締役の一人である油木であり不在の場合に債務者前島に委員長の仕事を代行させまた債務者福島も会計の事務を担当していたことが疏明されるが、右事実に当裁判所において眞正に成立したものと認める甲第十一号証及び前記甲第二十五條証を考え合わせれば、油木は当時債務者等に厚意をよせていたところから債権者会社が將來債務者を借地人として取扱うことを希望しており殊に一時油木が債権者会社より本件從前の土地の一部を讓受けて債権者会社の取締役たる地位を退くような話合いもあつたので、その時には讓受けた土地の一部を債務者等に賃貸する意向があつたため債務者等も亦將來借地人と認められんことを期待して前記同盟の実行委員の仕事をして來たものであるにすぎないことが推測されるので右実行委員として活動したからといつて債務者等が債権者会社に対し本件從前の土地につき優先賃借の申出をなし債権者会社がこれに應じたことを推認するには足りない。
以上要するに債務者等の全疏明資料によるも債務者等が右土地につき前記処理法にもとづく借地権を取得したとは認められない。
然らば債務者等はそれぞれ債権者より書面を以てする土地明渡の請求のあつたときは債権者の定める期間内に債権者主張の(甲)又は(乙)の建物より退去してこれを收去しその敷地を債権者に明渡す義務のあることは前記調停の確定したところであり、債権者が昭和二十四年七月二十二日債務者等に対しいずれも同月二十二日到達の各書面によつて同年十月二十一日限り右建物を收去してその敷地を明渡すべき旨の催告をなしたことは当事者間に爭がないから、債務者等は現在既に直ちに右建物を收去してその敷地を明渡す義務あるものと一應言わなければならない。また別紙第一物件目録記載第一号及び第二号の建物中前記(甲)及び(乙)の部分を除いた部分並に第三号及び第四号の附属物置はそれぞれ債務者等がいずれも前記調停認可後で右(甲)(乙)の建物の敷地三十坪内に増築又は新築したものであることは債務者等の明かに爭わないところであるが右増築及び附属物置の建築について、債務者等が右土地を使用しうべき正当の権原を有することについては上記以外に主張並に疏明がないから債務者等はそれぞれ前同日限りその増築部分及び附属物置をも收去する義務があるものと一應認めるのほかはない。
(二)債務者等の第二の(二)の抗弁について考えるに、およそ仮処分は土地の処分を禁止する仮処分の如く登記簿に記入することによりその執行がなさるるものにあつては登記簿上の土地の異同に着目してなされるから、事実上の土地の異同を論ずる余地がないし、その他の仮処分にあつても特に事実上の土地の異同を問わずになされるものと解すべき場合は格別であるが、土地の事実上の占有関係に着目する場合においては、法律上は同一視せられる土地であつても事実上は別個の土地であるならば、一の土地についてなされえない仮処分も他の土地についてはその土地に專属する処分としてなされえない理由はない。のみならず特別都市計画法に基く土地区劃整理に於いて同法第十三條により換地予定地が指定された場合、換地予定地は從前の土地と看做されるものではない。なる程同法第十四條第一項、第十三條第二項によれば從前の土地の所有者、地上権者、賃借権者等の関係者は換地予定地指定の通知を受けた日の翌日から換地予定地の全部又は一部について、從前の土地に存する権利の内容たる使用收益と同じ使用收益をなすことができるに反し、從前の土地についてはその使用收益ができず、また一方同法第一條第一項、都市計画法第十二條、耕地整理法第十七條、第三十條によれば、換地処分につき認可のあつたときは換地は原則として從前の土地と看做されることは明かであるが、耕地整理法第十七條第一項が特に「換地ハ…………第三十條第四項ノ告示(換地処分の認可の告示)ノ日ヨリ之ヲ從前ノ土地ト看做ス」と規定し、また前記特別都市計画法第十四條が特に「從前の土地の所有者及び関係者は、前條第二項の通知(換地予定地指定の通知)を受けた日の翌日から…………換地処分が効力を生ずるまで、換地予定地の全部又は一部について、…………使用收益をなすことができるが、從前の土地についてはその使用收益をなすことができない。」と規定したことより考えれば、換地予定地は換地処分の行われた後の換地とは異り從前の土地と法律上同一視せられるものではなく、換地予定地指定の通知を受けた日の翌日から換地処分の認可の告示の日までは、從前の土地の権利者は、換地予定地の指定なる行政処分により、公法上從前の土地の使用收益を禁止せられると共に、換地予定地につき公法上使用收益権が設定されたに過ぎないものと解すべきである。よつてこの点に関する債務者等の主張も亦理由がない。
(三)更に進んで仮処分の必要性の点について判断する。当裁判所において眞正に成立したものと認める甲第十七号証及前記甲第二十五号証によれば債権者会社は主としてホテル、貸店舗、貸事務所等を営む目的で昭和十年六月設立された会社であつて、本件從前の土地にアパート及び貸店舗用の建物四棟総坪数約五百六十坪を建築所有し昭和十一年よりその営業を続けて來ていたが、戰災によりその建物が全部滅失してから後は本件從前の土地以外には何らの資産を有せず從つて現在に至るまで何らの営業をもなしていないため、全く收益を挙げる方途もなく、税金諸雜費は借入金によつて賄つていること、從つて債権者会社は土地区劃整理の施行と歩調を合わせて一刻も早く本件換地予定地に貸店舗を建築して営業を再開する必要に迫られていること、抑々前記調停も債権者会社が右の必要から土地区劃整理により換地予定地が指定されたときは即刻その地上に自ら建物を建築することができるようにして置くという考慮から申立てたものであること、また債権者会社は右の目的で昭和二十四年九月二十五日役員会を開き、本件換地予定地に附属建物を除き主要建物木造モルタル塗瓦葺二階建建坪二百二十八坪二階二百二十八坪の建築目論見を決定し、なるべく早くその建築に着手したい意向であることが疎明される。そうして本件換地予定地は坪数が三百十坪であることは前記の通りであるから債務者等がそれぞれその占有する建物を右換地予定地上に移轉したり又はその地上に建物を新築したり或いはまた債権者が右建物を債務者等が占有したまゝ右換地予定地上に移轉しなければならないとしたら、債権者はその地上に計画通りの建物を建築できなくなり営業による收益に大なる影響のあるであろうことは明かである。一方若しも債務者等の占有する建物が右換地予定地に移轉されることなく、債務者等がそれぞれその建物より退去しまたこれを撤去しなければならないとしたら、一朝にして住居及び営業の場所を失いたちまち生活に窮するであろうことは容易に推測できることがらであるし、また債権者としても本件換地予定地三百十坪の内債務者等の間に係爭になつている各三十坪計六十坪の範囲を除外し残余の二百五十坪の範囲に建物建築するだけではその営業が全然成り立たたない程切迫した事情にあるものと認められる疎明資料はなくまた前記債権者の新築計画も既に工事に着手ないし他に請負わせたという疎明資料もないのでその建築計画の一部変更もさして困難でないと思われるからこれ等の当事者双方に存ずる事情を綜合してみると本件仮処分としては債務者等をしてそれぞれその占有する建物を右換地予定地上に移築せしめた上引続き債務者等においてこれを使用することを許すこととし、たゞ債務者等が濫りに右換地予定地上の好む場所に建物を移築したりするとその場所の如何によつては債権者会社は残地の使用に相当の支障を來し著しい損害を被る虞があることは容易に推測されるからこの損害をさけると共に債務者等の営業継続が可能である点をも考慮し右移轉の場所は本件換地予定地の内道路に面する箇所で債権者会社の指定する場所とし、また債務者等が移築するに際し建物の同一性が失われると債権者が前記調停調書に基いてその收去を求めることが不可能となるおそれがあるから債務者等の右建物移築についてはなるべく同一材料を用いて建物の同一性を失わないことを條件とし、なお右移築前後を通じ債務者等がその建物の占有を他人に移轉し又は占有名義を変更すると建物の收去土地明渡の執行が困難となるから右建物はこれを執行吏に保管せしめ債務者等に限り使用を許すこととするのが相当であると考える。そこで更に進んでさきになした仮処分決定の命ずる如く債務者等にその占有する建物を移築せしめるにはその坪数を減縮して一部の建物を收去せしめる必要があるかどうかの点について仔細に檢討するに若しも仮に債務者等が本件從前の土地の一部についてその主張するような借地権を有するものとしても本件換地予定地の坪数三百十坪は從前の土地の坪数五百二十坪七合七勺(各この坪数については当事者間に爭がない)に比し約四割の減歩であるから債務者等が換地予定地について借地権の内容である使用收益権を行使しうる範囲は行政廳より特別都市計画法第十四條第二項に基く通知のない限りは土地全部に対する右減歩の割合に比例して減歩した約十八坪であると認めるのが一應合理的であると思われる。
然し一方において特別都市計画法第八條によれば行政廳は借地地積の規模を適正ならしめるために必要あるときは土地区劃整理委員会の意見を聞いて過少借地の借地権に対しその地積を増して権利の目的たる土地若しくはその部分を指定することができ、同法施行令第十三條によれば過小借地を定める基準となる宅地地積の規模は地方長官が公益上已むを得ないものと認めた場合のほかは丙地区内の宅地については百平方メートルを下ることができない旨規定されており本件土地が丙地区内の宅地に該当することは債権者において明かに爭わないところであるから將來若しも行政廳において債務者等が本件從前の土地の内各三十坪についての借地権の存在を認めこの借地権にもとづいて債務者等に対し本件換地予定地を使用し得る範囲を指定したり或はまた換地を指定することがある場合に債務者等の借地を右法條にいわゆる過小借地と認め(過小借地であるかどうかをきめるのは從前の土地の坪数を基準とすべきでなく將來換地される場合の坪数すなわち本件についていえば從前の土地の坪数各三十坪を前記の割合により減歩した各十八坪が基準となるべきものと解する)同法條により相当の増歩をすることもありうるわけであるから結局債務者等が將來の換地処分に際し権利を有することあるべき借地の範囲は三十坪より減少するかどうかは現在においては必ずしも予測しうべき限りではない。從つて、債務者等が本件換地予定地上に、或はまた將來の換地処分のあつた後はその換地上に借地権を有するか否か及びその範囲に関し本案判決により終局的に確定せられる迄の間の仮処分としては債権者の本件換地予定地を使用する必要の程度が前述のような程度であることその他前段に認定した当事者双方の側に存する事情を考え合わせると債務者等の占有する前記の建物の移築についてはその敷地の坪数を減縮して建物の一部を收去せしめることなく本件換地予定地の内本件從前の土地と同一の形状と坪数の範囲に別紙第一物件目録記載の建物全部を移築せしめるのが相当である。
(四)債務者等はさきに出した仮処分決定が本件換地予定地への建物移築に関し敷地の坪数を減縮し建物の一部收去を命じた点を不当として前記事実摘示第二の(三)ないし(七)に掲げた事由を主張するけれども既に原決定中右坪数減縮の部分と建物の一部收去の点を右の通り変更すべきものと認定した以上この点に関する債務者等の抗弁についての判断はこれを省略する。
以上の理由によつてさきになした主文第一項掲記の仮処分決定は主文の通り変更した上その余の部分と共にこれを認可するのが相当である。と認め訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五條第九十二條第九十三條第八十九條を仮執行の宣言について同法第百九十六條をそれぞれ適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岸上康夫 武藤英一 今村三郎)