東京地方裁判所 昭和25年(モ)1138号 判決
申請人 岸喜一 外三十五名
被申請人 日本紙業株式会社
一、主 文
当裁判所が昭和二十五年(ヨ)第五〇七号仮処分申請事件につき、昭和二十五年三月十三日なした仮処分決定は(注参照)、これを認可する。
訴訟費用は、被申請人の負担とする。
二、事 実
申請人等代理人は主文同旨の判決を求め、
被申請人代理人は「主文記載の仮処分決定は、これを取消す。申請人等の本件申請を却下する。」との判決を求めた。
第一、申請の理由並に抗弁に対する答弁
申請人等代理人は申請の理由並に抗弁に対する答弁としてつぎのとおり陳述した。
一、被申請人は、紙類及びその原料並びに紙加工品の製造販賣等を目的とする会社であり、申請人等はもとその從業員であつた。
二、申請人等を含む被申請人会社の從業員は、日本紙業株式会社亀有工場新労働組合(以下「新組合」と略称)を組織しており、更に右「新組合」は同会社労働組合連合会(以下「連合会」と略称)を組織している。
三、被申請人会社と「連合会」とのあいだに現存する労働協約には、
「第十九條、從業員の採用、解雇其の他の人事異動に関して会社は連合会及び組合と協議する。」
「第三十二條、左の各号の一に該当するときは連合会及び組合と協議の上三十日前に予告するか又は予告なしに六十日分の平均賃金を支給し解雇する。
但し予告期間が三十日未満の場合三十日に達せざる一日に付き二日の平均賃金で計算した額を支給するものとする。
一、精神若くは身体に故障があるか又は虚弱、老衰、疾病等の爲め業務に堪えられないものと認めたとき。
二、已むを得ない事業上の都合によるとき。
三、其の他前二号に準ずる程度の已むを得ない事由あるとき。
との條項があり、労働協約協定に関する覚書には、
「七、第三十二條、解雇に関する協議とは解雇基準及び解雇に関連する諸手当に就いて会社と連合会及び組合が協議することをいう。」
との條項がある。
四、被申請人会社は、経営不振による企業整備のため、その從業員を整理する必要があるとして、昭和二十五年一月十八日中央経営協議会において、連合会に対し、総人員一、五八九名中三二六名の整理案を発表し、翌十九日の団体交渉において、別記解雇基準及び被解雇者の氏名を組合側委員に通告し同年二月五日までのあいだ七回に亘り、人員整理を必要とするか否かについて交渉を続け、同年二月四日改めて被解雇者二八八名の氏名を確定的なものとして「連合会」に通告し同月六日附をもつて、被申請人等を含む被解雇者(亀有工場においては申請人等六四名)に対し、同月二十八日を以て解雇する旨の意思表示をなした。
「解雇基準」
1 技術低劣なる者
2 出勤又は勤務成績不良なる者
3 業務怠慢なる者
4 業務成績挙らざる者
5 休職者及長期欠勤者
6 病弱者及不具者(業務上の原因によるものを除く。)
7 入社年月新しき者
8 冗員となつた者
9 生産意欲欠乏者
10 轉職容易なる者
11 他に生計の途を有する者
12 素行不良の者
13 業務命令に服從しない者
14 正当な理由なくして異動を拒みたる者
15 企業の機密を漏洩し経営に不利益を與えたる者
五、しかしながら、申請人等に対する右解雇は、つぎに掲げるような事由によつて無効である。
(一) 本件解雇は、前記労働協約並びに覚書七、にもかかわらず解雇基準及び解雇に関連する諸手当についての協議が盡されないでなされたものであるから前記労働協約に違反する。
(二) 仮に解雇基準についての協議がなされたとしても、申請人等は、いずれもこの基準に該当しない。
(三) 被申請人会社亀有工場の從業員は、もと、日本紙業株式会社亀有工場労働組合(以下、「旧組合」と略称)を組織していたが、昭和二十四年十月の爭議に際し、一部組合員は分裂行動をとり、「新組合」を組織するにいたつたので「旧組合」員は「新組合」員の有志と統一懇談会を結成し、組合の統一を図つたが果さなかつたので、「旧組合」を解散して「新組合」に加入し、統一懇談会を「生活を守る会」と改称し、常に組合員の先頭に立つて組合活動をしていた。しかるに被申請人会社は、
(1) 第一組合(旧組合)にとどまつたもの全員(一〇〇%)
(2) 第一組合を脱退したが、中立的態度をとつたもの四名中三名(七五%)
(3) 生活を守る会会員六〇名中四五名(七五%)
(4) 右十月爭議当時の組合役員二〇名中一一名(五五%)
(被解雇者は、全從業員の一八%)を解雇している。
ところで、申請人等は、いずれも、前記解雇基準に該当しないものであるから、右解雇は、申請人等が第一組合の組合員であること又は活溌に組合活動をなしたことを理由とするものにほかならず、結局不当労働行爲たる解雇である。
(四) 前記労働協約第六條には、「会社は從業員に対し、組合員であること並びに国籍、性別、信條、又は社会的身分を理由にして差別的取扱をしない。」
と定められているが、前記整理にあたり、亀有工場における日本共産党員の全員及びその親族の多数が解雇された。
しかるに、申請人等については、いずれも正当な解雇理由がないのであるから、特定の政治的信條を理由として差別的取扱をしたことは明かであつて、結局本件解雇は右労働協約第六條のほか、労働基準法第三條、日本国憲法第十四條に違反するものである。
六、以上のように解雇が無効であるにもかかわらず、被解雇者として取扱われることは労働者たる申請人等にとつて回復すべからざる損害であるから、その解雇の効力を停止する旨の仮処分を申請したところ、昭和二十五年三月十三日同年(ヨ)第五〇七号事件として、その申立にそう決定を得たから、その認可を求める。
七、被申請人主張の事実中、被申請人会社が申請人等に対し昭和二十五年三月三十一日附及び同年十一月二十二日附を以て被申請人主張のような理由で解雇の意思表示をなしたことはこれを認める。しかしながら、
(一) 三月三十一日附解雇について。
(1) 右解雇は右仮処分決定直後、前記解雇を取消さないで唯組合側の承認という手続だけを形式的にやり直したにすぎず結局組合側の承認は、事後の承認と同様のものであるからそれは労働協約にいう承認にはならない。
(2) 又二月六日になした前記解雇が不当労働行爲であるからこれと同趣旨の三月三十一日附解雇も不当労働行爲として無効である。
(二) 十一月二十二日附解雇について。
(1) 右解雇につき、被申請人会社が組合側と協議するに先立ち、組合は、申請人等の組合活動を違法に制限し申請人等の団結権を違法に侵害した状態で被申請人会社と協議をしたものであるから、このような協議は労働協約に定められた協議とはいえない。
(2) 申請人等のうちには共産党員又はその同調者でないものもあり、更に、共産党員又はその同調者であるものも企業を破壞する言動をしたこともなければそのおそれもない。
結局、右解雇はいわゆるレツドパージに便乘して活溌な組合活動をなした申請人等を解雇しようとする不当労働行爲である。
第二、答弁並びに抗弁
被申請人代理人は、答弁並びに抗弁としてつぎのとおり陳述した。
一、申請人等主張の一ないし四の事実は、これを認める。
二、被申請人会社は、昭和二十五年一月十九日以降の団体交渉において企業整備とこれに伴う人員整理の必要につき、「連合会」及び單位組合と十分協議した結果同年二月四日解雇基準についてその承認を得たのであるから本件解雇は労働協約に違反しない。
三、右団体交渉の頭初において被解雇者の氏名を組合側委員に通告したのは本件解雇を円満且つ迅速に行うことと組合側を十分納得させるため被申請人会社において人員整理の要否、整理基準、人選の当否等につき協議する道義的責務があるとして、これをなしたものであるから何等非議さるべきではない。
四、仮に協約違反の事実があるとしても、その解雇は無効ではない。
五、又「連合会」及び單位組合は同年二月十一日右解雇を承認したから本件解雇は協約違反とはならない。
六、被申請人会社は、申請人等を前記解雇基準にそれぞれ該当するがゆえに解雇したものであつて申請人等が組合活動をしたこと、又は共産主義者であることのゆえを以て解雇したものではない。
なお本件仮処分決定は、被申請人会社に協約違反の事実があることだけを認定してこれをなしたものであるから右違反事実の不存在が疏明されれば原決定は直ちに取消さるべきものである。
七、仮に、右解雇が無効であるとしても、
(一) その無効な場合を考慮し、被申請人会社は、組合の承認を得て昭和二十五年三月三十一日限り申請人等を解雇する旨の意思表示をなした。
(二) 申請人等はいずれも共産党員又はその同調者であり、且つ、企業を破壞する言動をなすもの又はそのおそれあるものであるので、前記解雇が無効であることを條件として予備的に解雇することとし、組合側の承認を得て、同年十一月二十二日限り解雇する旨の意思表示をなした。よつて前記仮処分決定は、この点からも取消さるべきものである。
第三、証拠<省略>
三、理 由
第一、被申請人が紙類及びその原料並びに紙加工品の製造販賣等を目的とする会社であり、申請人等が、もと、その從業員であること、申請人等を含む被申請人会社の從業員が「新組合」を組織しており、右「新組合」が更に「連合会」を組織していること、被申請人会社と「連合会」とのあいだに現存する労働協約及びこれに附属する覚書に、申請人等主張のような條項があること並びに被申請人会社が申請人等主張のような経過で、昭和二十五年二月六日附を以て、申請人等に対し、同月二十八日限り解雇する旨の意思表示をなしたことは、当事者間に爭がない。
第二、労働協約違反
一、違反の効果
まず、本件協約の解雇協議條項に違反した解雇が無効となるか否かについて判断すると、解雇協議條項は被申請人会社のいわゆる人事権に対する経営参加を認める一の客観的な制度を定めたものであつて、それは單にその規範を定立したものに債務を負担せしめるにとどまらず、関係当事者に対して普遍的に妥当する法的規範を実現するための手段たる行動様式として、特有の効力(「制度的効力」)をもつのであるが、その効力は結局、制度の性格と機能とに照してこれを決定すべきであり、本件のように「労働者の待遇に関する基準」に関連するものについては、その違反を無効とするだけの効力を認むべきである。從つて、労働協約違反の解雇は有効であるという被申請人の主張は採用できない。ただし解雇に関する諸手当につき協議を遂げなくとも、解雇は有効と解すべきである。
二、協約違反の有無
(一) 証人中村昇永、同矢野栄起の各証言と矢野証人の証言によつて眞正に成立したと認められる乙第四号証と証人和田武彦の証言により眞正に成立したと認められる乙第四十七号証とを綜合すると、被申請人会社と「連合会」並びにその單位組合とのあいだの前記団体交渉において、昭和二十五年二月四日午後一時「連合会」の代表者矢野栄起は、被申請人会社に対し「組合側愼重に檢討の結果会社の現状からみて或程度の人員整理は止むを得ないものとして了解した。整理基準は会社を認めるから、整理基準の各項目別に該当する被整理者の員数を発表願いたい」と発言し、更に討議を続けた結果、同日午後七時右矢野栄起が会社の原案を承認し被解雇者の人名の発表を受けて協議を続行すべき旨の発言をなしたこと、被解雇者の氏名発表後同日午後十時から工場ごとに当該工場長と單位組合の中央委員とが被解雇者について個別的審議をなし、亀有工場においては当初の整理人員予定六十九名から四名を減じて六十五名となしたこと並びに同月五日の団体交渉において前記矢野栄起が被申請人会社に対し被解雇者に対する解雇の個人通告に強いて反対しない旨の発言をなしたことが一應認められる。
(二) しかしながら、他方その成立に爭のない甲第五号証申請人A本人訊問の結果により眞正に成立したと認められる甲第二十八、二十九号証と右矢野栄起の証言並びに申請人B本人訊問の結果を綜合すると、「連合会」を構成する各單位組合のうち亀有工場の「新組合」は、同工場において臨時工が多数働いていること、残業が多く行われていること、「旧組合」と被申請人会社とのあいだの昭和二十四年十月四日附協定書によりこれまで運轉を休止していた第三号抄紙機を新たに運轉させる旨の協定がなされていることなどを理由に、整理絶対反対を唱え、昭和二十五年一月二十日同年二月一日及び三日の各組合総会においてその旨の決議をなしていること、亀有工場の從業員を代表している右「新組合」の執行部及び「連合会」の中央委員はいずれもこの事実を諒解して団体交渉に臨んでいたことが疎明せられる(右認定にてい触する証人矢野栄起の証言は信用しない)から前記(一)において認定した本件人員整理を承認する旨を表示した矢野栄起ないし「新組合」執行部の発言は、右亀有工場「新組合」の意思を代表したものではないものと解すべく從つてそれは「新組合」の眞意に非ざる意思表示というのほかはない。
(三) しかも、当裁判所が眞正に成立したものと認める甲第三十六号証と後述「第二、不当労働行爲の成否」について認定するように「新組合」が被申請人会社の支配を受けている事実を綜合すると、被申請人会社は「新組合」の組合員の大多数が前段認定のように被申請人会社の人員整理案を承認していない事実を知つていたことが疎明せられるから右(一)において認定した組合幹部の人員整理承認の発言は民法第九十三條但書により亀有工場の組合員に関する限り承認としての効力を発生するに由なきものといわざるを得ない。もつともその成立に爭のない甲第二号証によれば「連合会」中央委員会の議決は全員一致を原則とするということになつているので、前記解雇の承認は「連合会」自体の承認としては有効に成立したということも考えられるが前記労働協約によれば「会社は連合会及び組合と協議する」こととなつているのであるから「新組合」の承認のない限り、原則として右協約第十九條の要件をみたしたこととはならないのである。
(四) この点に関しその成立に爭のない甲第三号証の二(乙第二号証の二)によれば「本協約に於て協議とは会社と連合会又は組合双方の意見の一致を見るように審議しその意見の一致を見ない場合には、一方の当事者が決定権を有するときには、その当事者が決定し双方共に單独決定権を有しないときは、現状のままとすることをいう。」と規定されている。
そこで、被申請人会社は、本件人員整理について審議を盡したといい得るかということを判断する。
その成立に爭のない甲第五号証、前記乙第四号証、前記中村昇永の証言とこれによつて眞正に成立したと認められる乙第三号証、乙第七号証、乙第二十、二十一号証と前記和田武彦の証言とこれによつて眞正に成立したと認められる乙第十五、十六号証、当裁判所が眞正に成立したと認める乙第十七、十八号証、乙第三十六ないし第三十八号証並びに、前記矢野栄起の証言とBの供述を綜合すると一應つぎの事実が認められる。
(1) 被申請人会社は、從來主として和紙(全生産の約七割)ことに仙貨紙を生産していたのであるが、終戰直後は印刷紙が逼迫していたため、利潤多く昭和二十四年五月現在においては約五千万円の保留益が存したほどであつた。しかるに、
(イ) 昭和二十四年五、六月頃ソヴイエツト連邦樺太所在の王子製紙のザラ紙が放出された結果、仙貨紙の市價はこれまでの約半額に下落し、一ケ月約三千万円位の賣上げが約千五百万円に減少することとなつた。(会社の賣上総額は一ケ月約一億円)。
(ロ) 被申請人会社においては、從來右のような営業成績にかんがみ、その從業員に対し比較的高額の賃金を支拂つており、人件費は賣上総額の二〇ないし三〇パーセントを占めていたが仙貨紙の暴落により高賃金の維持が困難となつた。
(ハ) 右のような賣上の減少とインフレーシヨン対策としての金融引緊策により、被申請人会社の金融が困難となつた。
(ニ) 被申請人会社には、その大部分が近代化せられた機械工場であるにもかかわらず、町工場的な加工部門をもつという経営面の不合理があつたが右のような作業量の減少に伴い一そうその不合理性を露呈するにいたつた。
このような諸種の原因が競合して、被申請人会社の経営状態は昭和二十四年七月以降頓に惡化し、同年十二月末日においては毎月数百万円ずつ累積してきた損失の合計が右六ケ月間で二千万円余となり七月までの繰越利益金三百三十九万円余を差引き損害額は千六百八十万円余となつた。加うるに被申請人会社の資本金九千万円に対し右十二月末日における借入金は一億三百十五万円であつて割引手形による債務を加えると負債の総額は二億一千余万円と増加するにいたつた。
(2) ここにおいて、被申請人会社は経営並びに計理状態の惡化を回復するため積極的には、生産の重点を和紙から洋紙に轉換し、消極的には経費の節約を図つたが前記損失を回復するにいたらず、その結果、賃下げ及び人員整理を含む企業整備を計画するにいたつた。
この間被申請人会社は、「連合会」又は單位組合に対して右企業整備案を示すことはなかつたが、経営協議会等において会社の経営ないし計理状況を報告し結局前記のように昭和二十五年一月十八日組合側に対して人員整理を含む企業整備案を発表し、これについて団体交渉を続けるにいたつたのである。
(3) 右団体交渉において被申請人会社は組合側の交渉委員に対し、前記のような会社の経営事情ないし計理状態を説明したところ、結局前記のように亀有工場を除く他の工場の労働組合は、右人員整理も或る程度やむを得ないという結論に達したのであるが、亀有工場「新組合」だけは、同工場に特有な事情に基き解雇不承認の態度を堅持していたのである。事実、亀有工場においては、
(イ) 昭和二十四年十月四日附を以て「旧組合」との間に第三号抄紙機を亀有工場において運轉し、早急に洋紙の生産を再開する旨の協定がなされ、
(ロ) 被申請人会社全体としては損失を生じていたが亀有工場だけをとつてみると昭和二十四年度中は或る程度の利益をあげており、
(ハ) 又臨時工が約七十名前後同工場に勤務し、
(ニ) 残業による割増賃金の支出が多額に上つていた、等の事情があり、これが解雇反対の主張を生む原因となつていた。
このように一應認めることができる。
かかる事実関係に基くならば、右亀有工場の從業員が本件解雇に反対することも一應理由があるということができるのであつて、被申請人会社としては、その從業員を十分納得させるため、更に、その從業員に訴えるのでなければ使用者(経営者)としての責を果したものということはできない。
しかしながら、他方前掲各証拠によると被申請人会社総体の立場からみれば、前段認定のように経営状態は惡化の一路をたどり亀有工場においても、昭和二十五年一月以降一ケ月七、八十万円程度の損失が予想せられており、從前の計画を変更し、会社全体の運営の綜合的調整を図るため、亀有工場についても早急に企業整備を行う必要があること、亀有工場「新組合」の組合員は被申請人会社の経営者の責任を問うことに急で、組合自身としては何等積極的な企業再建案をもつておらず、再建案の作成はその執行部に一任されていたが、その作成は前記のような執行部の態度に徴し、全くこれを期待し得ないことが一應認められるから、被申請人会社にこれ以上組合側との協議を強いたところで、その承認を得られないことは明かであり、從つて解雇基準について協議することも期待し得なかつたというのほかはないであろう。
從つて、このような事態のもとにおいて、被申請人会社が組合側との協議を打ち切つて解雇を断行したとしてもその責を問うことはできないと解するのが相当である。
(五) しかしながら、前記労働協約第三十二條には、解雇の基準が協定されているのであるから、これとは異つた基準に從つて解雇を行うためには、その基準について、組合側の同意を得なければならないのである。しかるに、被申請人会社は、明かに亀有「新組合」の同意を得ることなく前記十五の解雇基準を定め、これによつて申請人等を解雇したのであるからその解雇は違法であるというべきであるが、前記協約第三十二條所定の基準は極めて概括的であり、右十五の解雇基準はそれが適正に適用せられる限り、從業員に不利益をもたらさないと解すべきであるから、右十五の解雇基準による解雇を協約違反のゆえをもつてただちに無効とすることはできない。
(六) つぎに、本件人員整理に関する団体交渉の冒頭において被申請人会社が組合側委員に対し被解雇者の氏名を通告したことは、前記のとおりである。この点に関し証人中村昇永の証言によれば被申請人会社は從來の慣行に從い人員整理案の原案の一部としてこれを発表し組合側とこれについて協議する意思であつたことが一應認められ、前記乙第四号証によれば被申請人会社は、組合側の反対を押し切つて組合委員にその氏名を通告したことが認められるから、被申請人会社としては誰がどの解雇基準によつて解雇せられるかを協議しない限り協約違反の責を問われても仕方がないのである。
しかしながら証人矢野栄起の証言によれば組合側においてこの点に関する協議をとげるだけの意思もなかつたことが認められるから、被申請人会社に対して右協約違反の責を問うことも困難である。
(七) 以上の理由により本件解雇が前記労働協約に違反して無効であるということは相当ではない。
被申請人は協約違反の点が認められぬ限り本件仮処分は取消さるべき旨主張するが、申請人等は、本件当初より不当労働行爲を主張立証し、当裁判所もこれについて審理を遂げたが、前記決定においては、協約違反の点において十分なりとし、不当労働行爲については特に触れなかつたにすぎないのであるから、(このことは右審理に基き当裁判所が昭和二十五年(ヨ)第四五二、五八〇号事件につき同年三月二十八日発した仮処分決定によつてうかがえるところである)本件異議手続において、さらに審判をなし得ることはもちろんである。
第三、不当労働行爲の成否
およそ解雇が差別待遇の意図に基くものであることは労働者側でこれを立証しなければならないのであるが、差別待遇の意図は内心のことであるのみならずそれがそのままはつきり外部に表現せられぬものであるのを通例とするから結局労働者はその意図を推測せしめるような外部的事実を立証すべくこれに対し使用者側においてその解雇が正当な事由に基くものであることを主張した場合にはその理由のないこと又はその理由と矛盾する事実のあることなどを立証すればよいのである。
一、差別待遇を推測させる事実
(一) 「新組合」に対する介入、「旧組合」員に対する差別待遇。
その成立に爭のない甲第七、八号証、甲第十ないし第十五号証、甲第二十、二十一号証、申請人B同Aの各本人訊問の結果及び右Aの供述によつて眞正に成立したと認められる甲第三十号証、第三十三号証を綜合するとつぎの事実が一應認められる。
被申請人会社亀有工場の從業員はもと、「旧組合」を組織していたが昭和二十四年十月の爭議(以下「十月爭議」と略称)に際し当時の組合幹部である申請人A同B等(その詳細は別表(一)記載のとおり)の組合活動に不満をいだいていた一部組合員は「旧組合」を脱退し、從業員の多数を糾合して第二組合たる「新組合」を結成した。
而して「新組合」結成及び結成後の状態をみると、
(1) 被申請人会社は右爭議中「旧組合」の前記幹部との交渉をこころよしとせず、その從業員に対し、右幹部との交渉は爭議を解決に導かない旨宣傳するとともにこれら幹部を排除して、他の從業員と直接交渉をなし、「新組合」が結成せられたときには、その幹部たるべきものと、被申請人会社とのあいだにひそかに「旧組合」から脱退し「新組合」に加入することを條件として、当時被申請人会社が亀有工場全從業員に対して行つていたロツク・アウトを脱退者毎に解除する旨の協定が成立していた。
(2) そうして「新組合」が結成せられるや被申請人会社は同組合に加入したものに対しては就業命令を発し尚右組合に加入していないと認めるときは就業命令を取消す旨通告するとともに第二組合員証として着用すべきリボンを送付した。
(3) さらに被申請人会社は、「新組合」員は「旧組合」から組合財産を取戻すべき旨の掲示をなし、
(4) 又「旧組合」には爭議妥結の條件として「新組合」に対し攻撃的な言動、宣傳をなさないことを要求し、且つ「新組合」員に対して貸出していた生活赤字補填金を「旧組合」員に対しては拒否していた。
そうして、「新組合」結成当時「旧組合」に残つていた申請人等十一名はすべて解雇せられ、「旧組合」を脱退したが「新組合」にも加入しなかつたもの四名のうち三名が解雇せられている。(その詳細は別表(二)記載のとおり)(亀有工場における被解雇者の全從業員に対する割合は、一八パーセントである。)
このように認められるのであつて、右認定にてい触する乙第三十二号証は、これを信用しない。
およそ労働組合が何等かの理由に基き、分裂し、もしくは新組合が旧組合にとつて代るということはそれ自体何等不合理なことでもなく、通例も、しばしば見受けられるところである。しかしながら、使用者は常にかかる事態に対して中立の態度を維持しなければならないのであつて、新組合の結成を助成し、これに援助を與え、ないし新組合員なるのゆえを以て旧組合員よりも優遇するということは旧組合の団結権を侵害するのみならず、新組合の自主性を害する行爲として法律上許されない行爲(不当労働行爲)といわなければならない。
かかる観点からみると、右(1)ないし(4)において認定した事実はすべて「新組合」の結成に介入してこれを支配し(このことは前記協約違反の項で認定したように「新組合」の役員が同組合において解雇不承認の決議をなしたことを知悉しながら、被申請人会社と被解雇者の人選についてまで協議をしているという事実によつてもうかがわれる。)「新組合」員を「旧組合」員よりもことさらに優遇する行爲であるといえるのであつて、(もつとも、「新組合」に対してロツク・アウトを解くこと自体は差別的な取扱いということはできないが本件の場合は、さらに「新組合」の組合員となることを助成している。)このことは、前記のような「旧組合」に残つたものの解雇率と照し合せると本件解雇に際し被解雇者の選定につき重大な契機となつていたということができる。すなわち被申請人会社は、自己につごうの惡い「旧組合」員を解雇することによつて、労働者の団結権を害する意図のもとに本件解雇を行つたことが推測されるのである。
(二) 「十月爭議」に対する責任の追及。
その成立に爭のない甲第六号証、前記Aの供述とこれによつて眞正に成立したと認められる甲第二十五号証及び前記Bの供述を綜合すると、右「十月爭議」当時の「旧組合」の幹部は、別表(一)記載のとおりであるが、被申請人会社は、右爭議に際し、その從業員に対し「從業員の家族に訴う」というビラを発しストライキが利益にならないことを宣傳するとともに「こんな爭議に誰がした」との項において、右ストライキを不当視してその責任を追及するかのようであること、右爭議の妥結についても組合幹部が爭議についての責任をとるべきことを主張していたこと並びに本件人員整理において当時の組合幹部二十名中十一名が解雇せられたことが疎明せられる。
このような事実関係に基くと、「十月爭議」において指導的な役割を果したことが本件解雇を決定する重要な契機の一であると推測せられるのであるが、ほんらい、労働者のなす爭議その他の労働組合の行爲は正当な行爲であるとの推定を受けるべきものであるから「十月爭議」が違法であるとの疎明のない本件においては右に認定したところから不当労働行爲が推測せられることとなる。
(三) 正常な組合活動に対する敵意。
前記(一)において認定したように亀有工場において、「旧組合」が分裂し被申請人会社の介入援助のもとに「新組合」が成立したのであつて「新組合」は、その自主性を完全には保ち得なかつたものと認められるのであるが、さらにその成立に爭のない甲第十九号証、前記甲第三十号証、前記Bの供述とこれによつて眞正に成立したと認められる甲第十七、十八号証並びに前記Aの供述を綜合すると右「新組合」結成当時「旧組合」にとどまつていた前記申請人等は、同一工場内に二個の労働組合が併存することは、労働者の団結を維持するうえに不適当であると考え「新組合」員のうちの同志と相図り、「新組合」と「旧組合」との統合をはかるため、統一懇談会を結成し、その目的実現に努力したが、「新組合」は合同に應じなかつたので「旧組合」を解散して「新組合」に加入するにいたつたこと、その際統一懇談会はその目的を達したが「新組合」内において活溌な組合活動をするため「新組合」員約三百五十名中六十名を以て、昭和二十四年十二月十九日統一懇談会に代る「生活を守る会」を結成するにいたつたこと、「生活を守る会」は、前記のように自主性を疑われていた「新組合」内において、比較的活溌な労働運動を行つており、それゆえその活動は被申請人会社の注意をひいていたこと並びに本件人員整理において右「生活を守る会」の会員中四十五名(七五パーセント)が解雇され、本件申請人等はすべてその会員であることが一應認められるのであつて右認定にてい触する乙第三十二号証及び証人和田武彦の証言はこれを信用しない。
もつとも「生活を守る会」及び日本共産党日本紙業細胞名義のものについては、その成立に爭がなくその余の部分については当裁判所が眞正に成立したと認める乙第五十八号証の一ないし四によれば、右「生活を守る会」は本件解雇後組合活動と政治活動とを混肴しているかのようにもうかがえるが、少くとも本件解雇前においては実質的には政治活動であるものを組合活動なるかのように裝おつたというような事実が認められないのであるから(本件解雇が申請人等が共産主義者たることを理由とするものではないことは被申請人の極力主張するところである。)右の事実によれば、本件解雇は、申請人等が「生活を守る会」の会員として行つた組合活動を理由とするものであることが推測されるのである。
二、解雇の正当性の有無。
これに対し、被申請人は、申請人等はいずれも、前記十五項目の解雇基準にそれぞれ該当するものであつて、被申請人会社は、そのゆえに申請人等を解雇したものである旨を主張するので、前項において推測せられた差別待遇の意思が本件解雇に対し因果関係をもつものであるか否か(昭和二四年四月二三日最高裁判所「大浜炭鉱」事件参照)を判断しなければならない。
(一) 解雇基準の不明確。
前記乙第四号証、証人和田武彦の証言によつて眞正に成立したと認められる乙第十号証の二、当裁判所が眞正に成立したと認める乙第五十二ないし第五十六号証を綜合すると、被申請人会社が本件人員整理に関する団体交渉において、昭和二十五年二月四日、「連合会」及び單位組合の代表者に対し、亀有工場における被解雇者の解雇基準該当の状況として発表したところは、左表(一)(二)上段記載のとおりであるが、本件仮処分申請事件において右被解雇者の該当基準として主張するところを整理すると同表下段のようになることが疎明せられる。
(表(一)=該当状況別)
二五年二月四日発表の基準該当状況
本件主張の基準該当状況
基準項目
該当者数
基準項目
該当者数
一、二、三、四、六
三名
同上
なし
一、二、三、四、八
一四名
同上
なし
一、二、三、四、八、九
二五名
同上
二名
一、二、四、八
九名
同上
なし
一、二、四、七、八
六名
同上
なし
一、二、四、八、一三
四名
同上
なし
一、三、四、八、九、一二
二名
同上
一名
三、四、八、九
六名
同上
一名
計
六九名
一、二、三、四、六、八、九
二名
(以下略)
計
六三名
(表(二)=該当項目別)
二五年二月四日発表の該当者延人員
本件において主張の該当者延人員
基準項目
該当者数
基準項目
該当者数
一
六三
一
四二
二
六一
二
一二
三
五〇
三
四一
四
六九
四
五七
五
〇
五
一
六
三
六
一四
七
六
七
一〇
八
六六
八
三〇
九
三三
九
五六
一〇
〇
一〇
〇
一一
〇
一一
〇
一二
二
一二
六
一三
四
一三
二二
一四、一五
〇
一四、一五
〇
計
三五七
計
二九一
このように、団体交渉において主張した解雇事由と本件訴訟において主張するそれとが異るということは、本件解雇が行われた当時において(右乙第四号証によれば、右解雇基準該当の態様が発表せられた直後被解雇者の氏名が発表せられていることが認められる。)被申請人会社が申請人等の解雇につき明確な解雇理由を持たなかつたか、もしくはそれについて十分な確信を持つていなかつたことを示すのみならず、特に「第十三項業務命令に服從しない者」に該当するものが極めて多くなつていること等は(このことは次項で述べる。)眞の解雇事由(それは前述のように組合活動のゆえに解雇したものであるとの推測をうけるものである。)をカバーするための口実として、新たに解雇事由をこしらえ上げたものであることを推測せしめるものであつて、結局被申請人が本件訴訟において主張し、立証しようとする解雇理由は本件解雇の決定的原因であつたとは解し難く、又これを信用し得ないということは、かえつて本件解雇が不当労働行爲であることを認識させる重要な理由となるのである。
被申請人会社が当初から前記解雇基準に從つて被解雇者を選定したという事実を疎明するため被申請人の提出援用した乙第四十九号証の一ないし九、第五十号証、第五十一号証の一ないし三、第五十二ないし第五十七号証及び証人中村昇永、同和田武彦の各証言はこれを信用しない。
(二) 解雇基準について。
被申請人主張の解雇理由を信用し得ないことは右に認定したとおりであるから、申請人等がその解雇基準に該当するか否かを判断することは無意味であるが、なお、差別待遇の意思を推測せしめる事実をみると例えば、
「通常許された行爲又はささいな違反行爲を解雇の理由としていること。」が挙げられる。すなわち
前記Aの供述とこれによつて眞正に成立したと認められる甲第二十六号証と当裁判所が眞正に成立したと認める乙第十四号証、乙第三十四号証を綜合すると、被申請人会社が整理基準第十三項「業務命令に服從しない者」に該当すると主張する事実は申請人等が就業時間中に会社側に無断で婦人デー又は公安條令反対のデモその他の労働者の集会に参加し、会社側の意に反して組合大会において共産党都会議員候補者の演説を許し、又は、共産党の書籍販賣や職場激励のため部外者を就業時間中に工場内に出入させ、ないし、共産党細胞名義の掲示をするため、組合の掲示板を使用したということ等であるが、組合の決定に基く就業時間中の組合員の外出については、当時組合側から被申請人会社労務課に連絡があり、その際会社側から多少の反対もあつたが結局強いてその外出をとがめず(特に婦人デー参加のための外出に対しては、組合側から交渉した結果後に賃金が支拂われている。)組合大会における選挙演説の件も、結局は默認の形となり、又その他の行爲も慣行として通常認められていたことがらである(部外者の立入は休憩時間であつたことが認められる。)ということが疎明せられるから(右認定にてい触する乙第十四、三十四号証の記載はこれを信用しない。)右の行爲に多少のゆきすぎがあつたとしても、これらのことを取り上げて、ことさら解雇理由とするということは、(さらに前に認定したように被解雇者氏名発表当時第十三項該当者は、四名であつたものが、本件訴訟におけるそれが二十二名の多きに達しているということは、右の事実をことさら取り上げたことを裏書きするものである。)明かに本件解雇が正当な理由に基かないことを推測せしめるものである。
第四、以上述べたように被申請人会社が昭和二十五年二月六日附を以て申請人等に対してなした同月二十七日限り解雇する旨の意思表示は、不当労働行爲として無効である。
而して解雇が無効であるにもかかわらず被解雇者として処遇されることは、反証なき限り労働者にとつて回復すべからざる損害というべきである。
從つて、本件解雇が無効であるとの理由により右解雇の効力を停止した仮処分決定は正当であるからこれを認可すべきである。
第五、予備的解雇の主張について。
一、昭和二十五年三月三十一日附解雇について。
被申請人会社が「連合会」及び「新組合」の承認を得て、昭和二十五年三月三十一日限り申請人等を解雇する旨の意思表示をなしたことは、当事者間に爭がないが証人和田武彦の証言によつて眞正に成立したと認められる乙第二十八、第三十号証によれば右解雇は前記二月六日附の解雇とその理由を同じくするものであるから後の解雇が前示の理由により不当労働行爲として無効であることはいうまでもない。
二、昭和二十五年十一月二十二日附の解雇について。
被申請人会社は前記解雇が無効であることを條件として、昭和二十五年十一月二十二日附を以て申請人等に対し申請人等が共産党員又はその同調者であり且つ企業を破壞する言動をなすもの又はそのおそれあるものとして解雇する旨の意思表示をなしたから、本件仮処分決定は取消さるべき旨主張するが申請人等がこのような解雇基準に該当するか否かということは、愼重な審理をまつて決定さるべきことがらであり、当事者双方に攻撃防禦の方法を盡さしめようとすればなお相当の日時を要することは極めて明白である。
しかるに右予備的解雇を理由とする取消の申立が提出せられたのが本件仮処分異議についての審理が終結に熟した昭和二十五年十二月二十六日であることは記録上明白であるからかかる申立は別訴により主張審判さるべきものであり、本訴においては、時機に遅れた抗弁として却下せらるべきものである。
第五、結論
以上のように申請人等の本件仮処分申請は理由があるから当裁判所がその申請をいれ、昭和二十五年三月十三日なした仮処分決定はこれを認可し、訴訟費用は敗訴当事者たる被申請人をしてこれを負担せしむべきものとし、主文のとおり判決したしだいである。
(裁判官 柳川眞佐夫 中島一郎 高島良一)
(別紙)
第一表(昭和二十四年十月争議当時の組合役員)<省略>
第二表<省略>
(参考資料)
仮処分申請事件
(東京地方昭和二五年(ヨ)第五〇七号昭和二五、二、二二申請同年三、一三民事第十部決定)
申請人 岸喜一 外三十七名
被申請人 日本紙業株式会社
一、保証 無保証
二、主文
被申請人が昭和二十五年二月六日申請人等に対してなした解雇の意思表示は、その効力を停止する。
三、理由
(省略)
(東京地方民事第十部――裁判官 柳川眞佐夫、中島一郎、高島良一)