東京地方裁判所 昭和25年(モ)679号 判決
被申立人と申立人との間の昭和二十二年(ヨ)第一七七六号不動産仮処分命令申請事件につき、当裁判所が、昭和二十二年十二月二日にした仮処分決定はこれを取消す。
訴訟費用は被申立人の負担とする。
この判決は、申立人において金五千円の担保を供するときは、第一項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
申立人は主文第一項と同趣旨の判決を求め、その理由として、つぎのように述べた。
一、被申立人(債権者)から申立人(債務者)に対する東京地方裁判所昭和二十二年(ヨ)第一七七六号不動産仮処分命令申請事件において、同裁判所は同年十二月二日「申立人の別紙目録第一表示の建物に対する占有を解いて、被申立人の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる、執行吏はその現状を変更しないことを條件として申立人にその使用を許さなければならない、但しこの場合申立人はその占有を他人に移轉し、または占有名義を変更してはならない、申立人は別紙目録第二表示の建物に対する被申立人の占有使用を妨害してはならない、執行吏は右命令の趣旨を公示するため、適当の方法をとらなければならない」旨の仮処分決定をなし、被申立人は翌三日その執行をした。
二、被申立人の右仮処分命令の申請の理由は要旨つぎの如くである。即ち
(イ) 被申立人は昭和二十年十月別紙目録<省略>第一表示の建物(以下第一建物と略称する)を建て、ついで同目録第二表示の建物(以下第二建物と略称する)を建て、昭和二十一年十月改造して現在のものとなつた。
(ロ) 被申立人は昭和二十一年十一月二十八日訴外大滝茂男と共同して、第一建物で、同訴外人製作のラヂオを販賣することになり、被申立人は利益の三割五分を受ける約束で営業を始めたが、昭和二十二年四月末共同経営契約を合意解除した。
(ハ) 申立人は右大滝茂男の兄であるが、昭和二十二年六月暴力で第一建物に入つて退去せず、同年十一月三十日材木を持込んで來て切り組みを始め、その不法に占有している第一建物と、これに隣接せる第二建物とを包む建物を築造して、右二棟の建物を取毀そうとしているから、至急これが防止を要するので、本件仮処分申請に及んだ、というにある。
三、右のように、本件仮処分は要するに、申立人が、被申立人の占有を侵して、第一建物を不法に占有し、第二建物を妨害していることを理由とし、その占有回收及び妨害の排除を目的とするものである。
四、被申立人は、昭和二十二年十二月二十六日申立人を被告として東京簡易裁判所に、右と同趣旨の理由で第一建物の明渡を求める占有回收の訴を提起し、同裁判所昭和二十二年(ハ)第六〇〇号占有回收訴訟事件として係属したが、昭和二十四年六月十日被申立人(原告)の請求を棄却するとの判決が言渡され、該判決は上訴されずに確定した。
五、又第二建物は被申立人が昭和二十三年中に自らこれを取毀し仮処分の目的物は現存しない。
六、以上のように事情が変更したので、こゝに前記仮処分決定の取消を求める次第である、とかように述べた。
被申立人は「申立人の申立を却下する」との判決を求め、申立人の主張事実は、そのうち、本件仮処分が要するに占有侵害を理由とし、占有回收を目的とするものであるという、第三項の事実を否認する外、その他は全部認めると述べ、第一建物に関してつぎのように主張した。
本件仮処分は第一建物に関する限り、申立人の不法占有にかゝる右第一建物につき、被申立人が申立人に対して有する明渡請求権の保全を目的とするもので、被申立人はその申請理由において特に占有侵奪に基く占有回收請求権(明渡請求権)の保全とか、或は又所有権に基く明渡請求権の保全とか限定しているわけではない。むしろ申立人自身がその主張事実の第二項で述べている通り、被申立人は(イ)において第一建物に対する被申立人の所有権を主張し(ハ)において申立人の不法占有を主張している。そして右仮処分申請書添付の疏明書類によつて、被申立人がその所有権を極力疏明していることによつても明らかなように、被申立人は第一建物につき、所有権に基く明渡請求権と占有回收の訴による明渡請求権とを併有していることを主張し、その保全を目的として仮処分命令を申請したのであり、裁判所もまたその趣旨でこれを認容して本件仮処分決定をしたものである。
それで被申立人は前記占有回收の訴に次いで、その敗訴判決を受ける前に、昭和二十四年四月二日申立人外一名を被告として、東京地方裁判所に、所有権に基く第一建物明渡請求の訴を提起し現に同廳昭和二十四年(ワ)第一三〇七号家屋明渡訴訟事件として係属審理中である。從つてこの訴訟で被申立人の所有権に基く明渡請求権が否定されない限り、本件仮処分は右請求権を保全するために絶対必要で、その理由あるものというべく、單に占有回收訴訟で、被申立人敗訴の判決が確定したからといつて、その一事で本件仮処分の理由が消滅したとか、その他仮処分を取消すべき事情変更があつたとはいえない、とかように述べた。
申立人は被申立人の右の主張に対し、つぎのように述べた。
被申立人がその主張のように、昭和二十四年四月二日申立人外一名を被告として、東京地方裁判所に所有権に基く第一建物明渡請求訴訟を提起し、現に係属審理中であることは認めるが、これは本件仮処分の本案訴訟ではない。けだし本件仮処分申請理由中には、被申立人が建物所有権を有することは、どこにも主張されていないし、その他右申請理由と所有権に基く家屋明渡訴訟の請求原因とが全然違つていること、及びこの訴訟提起の時間的関係等からみて、右所有権に基く訴が本件仮処分の本案訴訟でないことは明らかであると、かように述べた。<立証省略>
三、理 由
被申立人が別紙目録表示の第一及び第二建物につき、申立人を債務者として東京地方裁判所に申立人主張のような理由(但しそれが占有侵害のみを理由とするものか否かは後に判断する)で仮処分命令の申請をなし、昭和二十二年十二月二日申立人主張のような仮処分決定がなされたこと、ついで、被申立人が右第一建物につき、同月二十六日申立人を被告として東京簡易裁判所に右と同趣旨の理由で、その明渡を求める占有回收の訴(昭和二十二年(ハ)第六〇〇号)を提起し、更に昭和二十四年四月二日申立人外一名を被告として東京地方裁判所に所有権に基く家屋明渡請求の訴(昭和二十四年(ワ)第一三〇七号)を提起したこと、そして右占有回收訴訟においては昭和二十四年六月十日被申立人の敗訴判決が言渡され、上訴なくして確定したが、所有権に基く家屋明渡訴訟は現に係属審理中であること、なお第二建物は被申立人が昭和二十三年中自らこれを取毀し、現存しないこと、以上の事実はいずれも当事者間に爭いがない。
さすれば、第二建物に関する限り、被申立人はもはや、その妨害排除を求めるに由なく、又その必要もないこと明らかで、本件仮処分を取消すに足る事情の変更があつたものというべきであるから、以下には第一建物につき、仮処分を取消すべき事情変更があるか否かを考察する。
被申立人が本件仮処分にすぐ引続いて占有回收の訴を提起したことと、その請求原因が右仮処分の申請理由と同趣旨であること(以上は当事者間に爭いがない)、成立に爭いのない甲第一号証第四号証の各記載並びに弁論の全趣旨に徴すると、本件仮処分が被申立人から申立人に対する右占有回收の訴による建物明渡請求権(占有侵奪を理由とする、占有権に基く明渡請求権)の保全を目的とすることが明らかで、右占有回收の訴は本件仮処分の本案訴訟であるということができる。
尤も右占有回收訴訟は仮処分裁判所たる当裁判所に提起されないで東京簡易裁判所に提起されているのであるが、前記甲第四号証の記載(第一建物についての右占有回收の訴状で、その訴訟物價額が五千円とされている点)、成立に爭いのない甲第五号証の記載(所有権に基く同建物明渡請求の訴状で、その訴訟物價額が六千円とされている点)、本件仮処分の目的物は第一及び第二建物であること及びその所在場所及び構造坪数等、並びに弁論の全趣旨(特に被申立人が右占有回收の訴を簡易裁判所に提起した事由について述べた釈明)に徴すると、本件仮処分申請当時、当裁判所はその本案として將來提起さるべき第一、第二建物の占有回收訴訟につき管轄権を有し、從つて又当該仮処分申請事件についても本案の管轄裁判所として、これが管轄権を有したことをうかがうに十分で、然らばその後現実に提起された占有回收の訴が何等かの理由で、たまたま東京簡易裁判所に提起されたとて(その管轄の当否如何にかゝわらず)そのことは右占有回收訴訟を本件仮処分の本案訴訟と認定するに何等妨げとなるものでない。
被申立人は本件仮処分は占有回收の訴による明渡請求権と、所有権に基く明渡請求権の保全を目的とするものであるから、後に提起した所有権に基く第一建物明渡請求の訴(当廳昭和二十四年(ワ)第一三〇七号)も亦本件仮処分の本案訴訟である旨主張する。
なる程、当事者間に爭いのない本件仮処分の申請理由(申立人主張事実第二項記載)を見ると、被申立人はその(イ)において建物に対する所有権を主張し、(ハ)において申立人が何等正当の権原なく右建物を不法に占有していることを主張しているものと解し得なくはない。が同時に又、申立人の主張する通り、右申請理由には、被申立人が建物所有権を有すると判然とは記載してないので、被申立人はその(イ)(ロ)で被申立人が第一建物を占有するに至つた事情を述べ、(ハ)において申立人が被申立人の占有を侵奪したことを主張したものと解せられなくもない。從つて本件仮処分申請にあたり、被申立人は占有権に基く明渡請求権だけを主張したのか、或は所有権に基く明渡請求権だけを主張したのか、それともまた右二個の請求権を選択的ないしは予備的に主張したのか、その申請理由だけからでは判然しない。又右申請を認容した本件仮処分決定も、その点に関する事実及び理由の記載がない以上、果していずれの請求権を認めてなされたのか判然しない。
思うに、仮処分には必ず本案の存在が予定されると共に、当該仮処分の対象たる被保全権利と本案訴訟の訴訟物たる権利と同一性が要請されることはいうまでもないが、右仮処分申請における請求(被保全権利)と本案訴訟における請求(訴訟物たる権利)とは必ずしも全然同一である必要はなく、その請求原因は多少異つていても、いやしくも請求の基礎にして同一性を失わず、從つてまた本案訴訟が、或いは仮処分(申請又は異議)訴訟の口頭弁論終結までに、その請求原因を変更して、本案訴訟における請求と仮処分申請における請求とを、結局一致せしめ得る余地の存する限り、右本案訴訟を当該仮処分の本案と目するに敢て支障はないものと解する。
そして本件のように、同一建物の明渡を占有権に基き請求するのと、所有権に基き請求するのとは、その請求原因を異にするが請求の基礎には変更がないものと解せられるから、こういう場合右建物明渡請求権の保全を求める仮処分申請の当初においては、必ずしもその被保全権利を占有権に基く明渡請求権か、所有権に基くそれかのいずれかに、限定して主張せねばならぬという必要はなく、殊に右のような請求原因を異にする二個の権利を一つの本案訴訟で選択的に併合主張し得るものとする以上、当該訴訟を本案とする仮処分申請においてもまた右二個の権利を選択的に併合主張して、右建物明渡請求権の保全を求めることも敢て妨げないものと解する。
從つて本件の場合、被申立人がその仮処分命令の申請理由として、占有権に基く明渡請求権と所有権に基く明渡請求権とを併合主張したという、その主張自体は敢てこれを排斥すべき理由はない。が然し、それなら被申立人としてはその本案訴訟でも右二個の権利を選択的ないしは予備的に併合主張すべきであつて、相異る二個の請求をそれぞれ別個の訴で訴求しながら、(その判決確定前、弁論の併合等により、結局一つの訴訟で二個の請求をするのと同じことになつた様な場合は格別)、この二つの訴訟を本案として、一つの仮処分で右二個の判決の執行(二個の権利の実行)を保全するということは理論上許容しがたい。從つて被申立人が本件仮処分の本案たる占有回收訴訟(このことは既に認定したところである)において、占有権に基く明渡請求権のみを主張し、所有権に基く明渡請求権を併合主張する機会を失して、被申立人敗訴の判決が確定した以上、その勝訴判決の執行保全を目的とする本件仮処分はその理由が消滅したものというべく、これを更に別個の訴訟(所有権に基く家屋明渡訴訟)の仮処分に流用して、その権利保全のために存続せしめることは許されないものと解する。
以上説示の理由により、本件仮処分は第一建物についても、第二建物についても、これを取消すに足る事情の変更があつたものと認められるから、これが取消を求める申立人の本件申立を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、仮執行の宣言につき同法第百九十六條を適用して主文のように判決する。
(裁判官 武藤英一)