東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)1008号 判決
債権者 若山武一
債務者 伊藤敬
一、主 文
債権者の申請はこれを却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
二、事 実
債権者訴訟代理人は「債務者の別紙目録<省略>並に図面表示<省略>の土地に対する占有を解いて債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は債権者に右土地の占有使用を許さなければならない。但し此の場合において執行吏はその保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、債権者はその占有を他人に移轉し、又は占有名義を変更してはならない。債務者は右土地に対する債権者の占有使用を妨害してはならない。債務者が右妨害をなしたときは執行吏はその排除のための適当な方法をとらなければならない。債務者は右土地に対する工事を中止すべし」との旨の判決を求め、その申請の理由として次のように陳述した。
債権者は昭和四年九月申請外日高久雄より同人がその所有の東京都豊島区池袋一丁目七百五十九番の一宅地百五十七坪六勺の内二十九坪五合の地上に建築所有していた本造瓦葺二階建家屋一棟建坪十九坪六合六勺二階十六坪を賃借してこれに居住して來たところ、昭和十九年中第三次強制疎開により右家屋は除却せられた。その後昭和二十二年九月十五日右宅地百五十七坪六勺及び同様右日高所有の同所七百六十番宅地三百六十二坪七合六勺は日高より債務者に讓渡され、その所有権移轉の登記がなされた。そうして債権者は昭和二十三年九月十日書面を以て債務者の親権者たる父伊藤弘義に対し右疎開建物の敷地二十九坪五合について罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法と略称する)にもとづく優先賃借の申出をなした(尤も右の書面の宛名は單に伊藤弘義となつており、その肩書として債務者の親権者たることを記載してないが伊藤弘義は債務者の親権者であるのみならず現に右土地を管理しているのであるから、右土地に対する借地申出の意思表示については本人たる債務者のためにすることは必らずしもこれを明示す爲必要はなく黙示的になされたものと解せられるし、また右書面の宛名には右弘義と共に債務者の親権者である母とよの表示も欠いているが、未成年者に対する意思表示は親権者の一人でもその受領能力あるものと解すべきであるから右書面による意思表示は本人たる債務者に対し効力あるものというべきである。)ところ同月二十一日債務者の親権者伊藤弘義及び同とよよりこれが拒絶の意思表示を受けたが、債務者は廣汎な土地を所有し自ら右土地を使用する必要がないから債権者の右借地申出を拒絶する正当の事由を欠くので債権者は右借地申出により右二十九坪五合の土地につき賃借権を取得した。然るところ昭和二十四年十月五日前記池袋一丁目七百五十九番の一宅地並に同所七百六十番宅地合計五百十九坪八合二勺(以下從前の土地と称する)について東京都知事より土地区劃整理による換地予定地として別紙目録記載の土地を含む三百一坪五合の土地(以下換地予定地と称する)が指定され、債務者に対しその旨の通知があつたので、債権者はその換地予定地の一部を使用する権利を有するのであるが、債務者は債権者の前記二十九坪五合の土地に対する賃借権の取得を否認して右換地予定地の使用を認めないのみならず、最近に至つて右換地予定地全体を占有してこれに対して地均らしの工事を始めている。そこで債権者は債務者を被告として借地権確認の訴を提起する予定であるが、債権者が右換地予定地の一部を直ちに使用できないときは、たとい本案訴訟において勝訴の判決を得てもそれまでに回復し得ない著しい損害を被る。よつて右換地予定地三百一坪五合中別紙目録並に図面表示の土地(右土地は右換地予定地中で、從前の土地中の債権者の借地の部分に略々相当する部分であつて、土地全体の減歩の割合(約四割減)に應じ、且つ建物建築の敷地として市街地建築物法の認める最低限度二十坪に減縮したものである)を選び、これに対する債務者の占有を解いて執行吏に保管せしめ執行吏は債権者に対しその占有使用を許し、債務者が債権者の右土地の占有使用を妨害することを禁止すると共に債務者の右土地になしつつある工事の中止を命ずる仮処分命令を求めるため本件申請に及んだ次第である。
債務者訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。
債権者主張の事実中、債権者が日高久雄より同人がその所有の土地二十九坪五合(但し債権者はこの土地を東京都豊島区池袋一丁目七百五十九番の一宅地百五十七坪六勺の一部であると主張するが、そうでなくて同所七百六十番宅地三百六十二坪七合六勺の一部である)上に建築所有していた債権者主張の家屋を賃借していたこと、その家屋が昭和十九年中強制疎開により除却されたこと、債務者が昭和二十二年九月十五日右家屋の敷地を含む債権者主張の土地を右日高より讓受けその所有権取得の登記をなしたこと、債権者主張の頃宛名を伊藤弘義とする借地申出の書面が債務者方に送達されたこと、債務者の親権者伊藤弘義及び同とよが債務者を代理して債権者の借地申出を拒絶する旨の意思表示をなしたこと(但し右は債権者の借地申出が仮に債務者に対し効力を生じたものとしてなされたものである)、債権者主張の前記池袋一丁目七百五十九番の一及び同所七百六十番の両宅地について換地予定地として債権者主張の土地が指定され債務者に対しその旨の通知があつたことはいづれもこれを認めるが、その他の事実は爭う前述の借地申出に関する書面は宛名を單に伊藤弘義としたのみでその肩書として債務者の親権者たることを記載せず、また右弘義と共同して親権を行使すべき母とよの表示を欠いているのみならず、借地を申出でる土地についても「貴殿所有の」と記載してあるのであるから右書面による申出は債務者に対し債務者所有の土地につき借地申出をなす意思表示としての効力を有するものではない。仮りに右書面による意思表示にかかる効力があるものとしても、右借地申出の目的たる二十九坪五合の土地を含む本件從前の土地は昭和二十一年十月一日土地区劃整理による国電池袋駅前廣場に決定されたので、その地上に建物を築造するについては昭和二十一年勅令第三百八十九号戰災都市に於ける建築物の制限に関する件第三條に基く許可を必要とする区域であるに拘らず、債権者は右借地申出に際し、その許可を受けていないから右借地申出は無効である。更に仮に債権者の借地申出が有効であるとしても債務者は次に述べるようにこれを拒絶する正当の事由がある。即ち昭和十九年第三次強制疎開に際しては東京都は本件從前の土地を買收してその所有権をも取得したが、その後昭和二十年十二月八日森田信一なる者に附近一帶の土地と共にその使用を許し同人は同所にバラツクのマーケツト街を建設した。そうして右土地は同二十二年三月十四日戰時補償特別措置法第六十條により日高久雄に讓渡され同年九月十五日その所有権移轉の登記がなされたが、同法施行規則第七十六條により、右森田は引つづき右土地の使用権を有しており、日高は右土地を使用できないことを東京都当局より申渡された。その後昭和二十四年三月土地区劃整理施行に伴い東京都の命令により右バラツク街が撤去された後も日高より右土地を讓受けた債務者は重ねて東京都より右土地を土地区劃整理のため使用されても異議ない旨の承諾書を徴された。かくの如く債務者は自らも本件從前の土地を使用することができない状態であつたので、その一部を債権者に賃貸しても債権者はこれを使用することができなかつたのであるから、債務者の拒絶の意思表示は正当の事由に基くものである。また本件換地予定地についても債務者は当時からこれを空地としておく意向はなく充分に利用するつもりであつたのであつて、実際にその後東京都当局は大池袋計画の重要施設の一環として駅前全部の耐震耐火高層建築建設の運動を指導し、その勧奨によつて債務者は昭和二十四年十一月以來株式会社三和銀行と協議し債務者は無償で右換地予定地に同銀行のため地上権を設定し同銀行は地上に四階建延千坪のビルデイングを建築し竣工の上は債務者に無償でその一部を使用せしめる契約を締結し同銀行は一部工事に着手している。かかる土地を細分して賃貸し小さな木造建物を建築するようでは到底大池袋の計画は実現できないことになるのであつて、この点から言つても債務者の拒絶には正当の事由がある。よつていづれにしても債権者は本件從前の土地中二十九坪五合について借地権を取得せず、從つて債権者の本件仮処分命令申請は失当である。
債務者の主張に対し、債権者訴訟代理人は次のように述べた。
債務者は債権者の借地申出は建物築造についての許可を受けていないから無効であると主張するが、債権者が借地申出をなした当時本件從前の土地は池袋の駅前の廣場となることが確定していたので債務者は從前の土地上に建物を建築する意思は毛頭なく、やがて指定せらるべき換地予定地に建物を建築する意思で借地申出をしたのである。換地予定地に建物を築造するには昭和二十一年勅令第三百八十九号第三條による許可を必要としないのであるから債権者の右借地申出は有効である。
<立証省略>
三、理 由
債権者が日高久雄より同人がその所有の土地二十九坪五合に建築所有していた債権者主張の家屋を賃借していたところ昭和十九年中右家屋は強制疎開により除却されたこと、右家屋の敷地二十九坪五合を含む東京都豊島区池袋一丁目七百五十九番の一宅地百五十九坪六勺及び同所七百六十番宅地三百六十二坪七合六勺が昭和二十二年九月十五日右日高より債務者に譲渡されてその所有権移轉の登記がなされたこと及び債権者が昭和二十三年九月十日書面を以て債務者の親権者である伊藤弘義に宛て右疎開家屋の敷地二十九坪五合について処理法にもとづく優先賃借の申出をなしたことは当事者間に爭がない。
右賃借の申出が債務者の法定代理人に対する意思表示として本人である債務者について効力を有するかどうかについては当事者間に爭があるのであるが、この点に関する判断はしばらく措き、この賃借申出に際し債権者が建物築造の許可を得ていないから、その借地申出は無効であるとの債務者の主張について先づ考えてみる。
いつたい処理法が罹災建物、疎開建物の借主、疎開建物の敷地の元借地権者等にその敷地に対する優先賃借の申出権を認めたのは終戰後時日の経過の如何に拘らず土地の所有者よりもこれらの者の利益を図る目的にいでたのではなく、これらの者に対してなるべく速かに住居の安定を得させると共に戰災地の急速な復興を図る目的にいでるものであり、從つてこれらの者が賃借を申出る土地に速かに建物を築造する意思と可能性がある場合にのみ借地権の取得を認めようとする態度の一端は同法第二條但書前段や同法第七條等にも現れている。同法第二條但書の後段が賃借を申出る土地に建物を築造するにつき許可を必要とする場合にその許可のあることを賃借申出の要件としたのも亦、これらの者が直ちにその土地に建物を築造することができる場合にのみかかる賃借申出権を認める趣旨であると解すべきであるから、賃借申出当時既に賃借を申出でる土地の換地予定地が具体的に指定されていてその換地予定地上に建物を築造するについて別段許可を要しない場合には、從前の土地に対する建築の許可はこれを必要としないと解することができるけれども、賃借を申出でる土地が單に土地区劃整理の施行地区に決定されているというのみで未だ換地予定地が具体的に指定されていない場合にまで右と同様の解釈をとることは許されないものというべきである。けだし特別都市計画の施行として換地予定地が指定せられた場合、その指定後においては從前の土地の借地権者でもその借地権の内容である使用收益権を從前の土地に対し行使することは法律上禁止されると共に、それと同じ権能を換地予定地に対して行使できるのであるから(特別都市計画法第十四條第一項)、こういう場合には例外として從前の土地に対する建築許可を賃借申出の要件とするを要しないと解することは前記立法の趣旨に徴しても相当であるけれども、從前の土地が單に区劃整理施行地区に編入せられたというだけでは、その土地に対する換地又は換地予定地が指定せられるかどうか、また指定せられるとしてもその時期及び場所は借地申出当時においては全く未定であるからこういう場合にまで前記の例外的解釈を拡張することは相当でない。從つてかかる場合には借地申出をなそうとする者は從前の土地について建物築造の許可を得た後に借地申出をなすか、或いは少くともその許可の申請をなした上許可あることを條件として借地申出をなすべきであつて、かかる手続を履まずに借地申出をしても処理法による借地権設定の効力は生ぜず、從つて從前の土地が何らかの理由によつてかかる許可の得られない事情にある場合には全く借地権取得の機会がないことになつても已むを得ないものと考える。債権者が賃借を申出でたと主張する本件二十九坪五合の土地を含む前記東京都豊島区池袋一丁目七百五十九番の一及び同所七百六十番の両宅地が昭和二十一年十月一日国電池袋駅前廣場に決定されたことは債権者の認めるところであるから、その土地に建物を築造するについては昭和二十一年勅令第三百八十九号による許可を必要とすることは明らかであるところ、債権者がかかる許可を得ず、又その許可の申請をもなしていないことは債権者の明らかに爭わないところであり、また右土地の換地予定地が指定されたのは債権者の主張によつてもそのずつと後である昭和二十四年十月五日であるから、右に述べた理由によつて債権者の主張する借地申出はこの点で無効であるといわなければならない。
よつて他の爭点については判断するまでもなく、債権者が本件從前の土地中二十九坪五合について借地権を收得したとは認められないから、その借地権の取得を前提とする債権者の本件仮処分命令申請は理由なきものとしてこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岸上康夫 武藤英一 今村三郎)