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東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)2057号 決定

申請人 科学研究所従業員組合

右代表者 甲田陸男 今井忠郎

被申請人 株式会社科学研究所

一、主  文

申請人等の本件申請は、いずれもこれを却下する。

二、理  由

第一申立の趣旨

申請人等は、「被申請人が昭和二十五年六月十四日申請人今井忠郎に対してなした解雇の意思表示は、その効力を停止する。」との決定を求め、被申請人は、主文と同旨の決定を求めた。

第二争のない事実

(一)  被申請人は、理化学の研究とその研究の成果を産業と直結することを目的とする会社であり、申請人組合は、被申請人会社の従業員を以て組織せられた労働組合であつて、申請人今井忠郎は、その組合員である。

(二)  申請人今井は、昭和二十四年十月二十四日以降被申請人会社の業務に従事していたが、被申請人会社は昭和二十五年六月十四日、申請人今井を解雇する旨の意思表示(ただし、その法律的性質については争がある。)をなした。

(三)  申請人今井は、被申請人会社に雇入れられるに際し、昭和二十年十一月十二日以降昭和二十四年八月十四日まで大蔵省印刷庁に工員として勤務しており、行政機関職員定員法制定による行政整理に当り希望退職したことを秘し、昭和二十年九月以降都内岩淵電気商会に勤務して居り、同社が経営困難に陥り解散するに至つたので昭和二十四年八月退職したと職歴を詐称していた。そうして、このことが本件解雇の意思表示(たゞしその法律的性質については争がある。)の理由となつている。

(四)  被申請人会社の就業規則には、解雇基準として、第四十七条に

「一、休職期間三ケ月を超えた場合。

二、精神又は身体の障害により業務に耐えないと認めた場合。」

又、第四十八条に

「業務上の傷病により三年以上就業しない場合。」

とある。

(五)  被申請人会社と申請人組合とのあいだに現に有効に存続する労働協約は、その第七条に

「従業員の雇入、解雇、配置転換、賞罰等の人事及び職制に関する基本方針は甲、乙協議して定める。

個々の従業員の人事については甲が専行し乙に通告する。但し右に関し乙が不当と認めた場合には異議を申立てることが出来る。この申立は通告を受けた日から起算して七日以内とし甲、乙協議する。」と規定し、更に、

(覚書) (一) 省略

(二) 「個々の従業員の人事について甲が専行する場合においても……解雇(懲戒によるものを除く。)については法定の予告期間より再に二週間前に本人に内示して行う。」とある。[甲とは被申請人会社乙とは申請人組合を指す。]

第三争点

(一)  申請人等は、本件解雇は(イ)前記就業規則所定の解雇基準に該当せず又、(ロ)右協約所定の協議を経ず、更に(ハ)申請人今井が申請人組合の本部委員として活溌な組合活動をしたことを理由とするもの(不当労働行為)であるから無効であると主張する。

(二)  被申請人は、(イ)被申請人会社は、申請人今井の述べた虚偽の職歴を真実であるとして同人を採用したのであるが、右採用は、錯誤に基くものだから無効である。(ロ)仮に、当然には無効でないにしても、右採用は、詐欺に基くものであるから、被申請人会社は、昭和二十五年六月十四日右採用の意思表示を取消している。(申請人等のいう解雇の意思表示とは、実は右取消の意思表示にほかならない。)(ハ)仮に、右採用が取消し得ないものであるとしても、申請人今井の職歴詐称は解雇に値する不正行為なので、右六月十四日附を以て解雇したものである。

第四当裁判所の判断

(一)  被申請人会社の申請人今井の雇入れが錯誤又は詐欺に基くものと解することは困難である。

(二)  一般に前歴を偽つて入社することは、道義的に責むべき行為であるのみならず職場の規律ないし秩序を乱す行為として懲戒解雇に値するということが出来る。定員法により解職せられたものが、その事実を書いたのでは就職し難いということは、或る程度真実であり、それゆえ、家族を扶養しなければならない申請人今井が、就職したい一心から心ならずも職歴を詐つたことには同情さるべき点もあるが、このことをルーズに取扱い、或る程度の職歴詐称を許さなければならないとするならば、被申請人会社の紀綱を維持することは困難となるであろう。かかる觀点からすれば、本件解雇は、実質的には懲戒解雇であり、且つ正当な事由に基くものであるということができる。

(三)  職歴詐称は、本件就業規則中に解雇基準として規定せられていないが、これと本件労働協約の条項とを綜合して考察すると、右就業規則が懲戒解雇を制限する趣旨のものでないことは明かである。

(四)  被申請人会社は、昭和二十五年五月四日申請人今井に解雇を内示したが、その後本件解雇につき、五月六日の申請人組合からの異議申立に基き、五月二十五日以降経営協議会を開き、被申請人会社は、「申請人今井に対する今囘の措置は、採用の無効又は取消処分であり、又、職歴詐称は懲戒免職がたてまえであるが、本人の将来を考慮して、円満退職の取扱をしてもよい。」と主張したのに対し、申請人組合は、「職歴詐称は良くないことであり何分の処分はやむを得ないが、解雇は酷に失する。」と主張して意見が対立し、六月十日まで再三協議したが意見が一致せず、遂に六月十四日、本件解雇をなすに至つたことが一応認められる。

かかる事実によれば、被申請人会社の主張はもつともであり、且つ十分審議を尽したということができるから、被申請人会社は、申請人組合の同意が得られないまま、有効に申請人今井を解雇することができるものというべきである。

(五)  本件懲戒解雇がやむを得ないものであり、且つ職歴詐称がその決定的原因と認められるから、不当労働行為の成立する余地はない。

(六)  仍つて、本件解雇は、申請人等の主張する理由によつては無効とはならないから、その無効なることを前提とする申請人等の本件申請は、いずれも失当として、これを却下すべきものとし、主文のとおり決定したしだいである。

(裁判官 柳川真佐夫 中島一郎 高島良一)

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