東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)4272号 判決
債権者 全逓信労働組合東京地区本部
債務者 国
右代表者 法務総裁
一、主 文
本件仮処分申請を却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
二、事 実
債権者代理人は、「別紙目録並に図面表示の建物部分に対する債務者の占有を解き債権者の委任する東京地方裁判所執行吏に保管を命ずる。執行吏は右物件につき債権者に限つてその使用を許さなければならない」との趣旨の判決を求め、その申請の原因として次のとおり述べた。
(一) 債権者は、昭和二十三年三月結成された労働組合であつて、その結成前は全逓信労働組合東京地方闘争会議と称していたものである。債権者は現に郵政省芝郵便局長渡辺正則が管理している別紙目録記載の建物中図面表示の室を昭和二十五年十一月十一日まで、その事務室として平穏公然と使用して来たのであるが、債務者国の機関である右局長は、昭和二十五年十一月十一日午前七時頃債権者の承諾なく暴力をもつて債権者の宿直員を室外に放り出して出入口を閉鎖し且同日以後債権者がこの室を使用することを禁止し立入を禁ずる旨の掲示をなし、債権者のこの室に対する占有を侵奪したのである。
前記東京地方闘争会議は、昭和二十二年八月頃に右室をその事務室として借受けたい旨を当時の芝郵便局長小林恒市に申出たところ、同局長がこれを承諾したので、債務者国との間に右室について私法上の使用貸借契約が成立したのであつてその後債権者は、この権利義務を承継し、それ以来、自己の事務所に使用する目的のもとに、右室の使用を継続してきたものであるから、債権者はこの室の占有権を有する。而して右室について、私法上の使用貸借契約が為されたことは、債権者が国とは別個な独立性を有する労働組合であること、右契約については、当時もその後も許可書その他の書面を債権者に交付せずまた債務者国の保管している関係帳簿などにも何等記載していないこと、債務者国が従来右室の使用関係について「貸与」「約束」「無断転貸」などと言う文言を使用していることなどから明である。
(二) よつて、債権者は、債務者国を被告として占有囘収の本案訴訟を提起する準備をしているのであるが、債権者は、右のようにしてその事務所を失うことにより憲法その他の法令によつて保障されている労働組合或は労働者の権利の行使を不法に侵害され続けることにより、償いがたい損害を蒙りつつあるので、仮処分によつて占有権者である仮の地位を定められる必要があるのである。なほ債権者は法定の登録を完了していないが、このことは債権者の労働組合たる本質に何等の消長をも来すものではなく、また団体交渉権もこれを有しているのである。
(三) 債務者の主張する(四)の前記事務室の使用禁止の事由は否認する。債務者の主張するように、新設の会計課の室が現在特に狭隘である事情は認められない。また日蘇親善協会東京都連合会については、当時の債権者の代表者であつた大塚欣蔵がその副会長であり、また債権者組合の役員書記の全部がその会員でもあつたので、ときたま日蘇親善関係の仕事を行つたことはあるが、これに前記事務室を転貸したようなことはない。東京映画サークル協議会青年祖国戦線事務局に転貸しその事務要員を常駐させたり宿泊させたりしたことは全く無い。東京書房とは組合の文化運動である読書サークルが新本購入のために便宜使用した名称であつて同名の団体が別に存在するのではない。組合活動の必要上時に部外者が事務室を訪れるのは当然であり、また部外団体の会議などを夜間おそくまで開催したことはなく、更に職場に入つてビラをまくことはあつたが、これは当然なる組合活動である。
第二、債務者代理人は主文と同趣旨の判決を求め、次のとおりに述べた。
(一) 債権者が昭和二十五年十一月十一日まで債権者主張の建物部分を使用してきたことは認めるが、その主張のような私法上の使用貸借契約の成立は否認する。右建物は芝郵便局の庁舎であつて、国有財産法にいう公用財産である。公用財産については、私権の設定は原則として許されないものである。債務者が前記建物部分を債権者に使用せしめたのは、芝郵便局長がその有する管理権に基いて一時右建物部分を事実上使用することを許可したに止るものであつて、国有財産法第十八条にいう使用権の設定(いわゆる権利使用)でもなく、また私法上の使用貸借契約によるものでもない。当時債権者はもとの逓信省の職員をもつて組織されていた組合で、もちろん組合として独立の人格をもつていたものであるが、当時は職員団体としての一面を有し官庁の外延組織と類似のもののように考えられていたので債権者の申出によつて一時組合事務所として事実上使用することを許したのである。
而して管理権にもとづいて一時使用を許す場合においては、別に使用許可書の如き文書を作成して交付する必要もなく、また部内の公文書にその旨を記入しておく必要もないものであつて、芝郵便局長が債権者に前記建物部分の使用を許した際、別段使用についての文書を取りかわしたこともなく又期限の定めや使用料の徴収について取りきめをしていないことまた部内の関係帳簿に右建物部分の使用に関する記載のないことから、債権者の使用が前記の如く一時使用の許可によるものであることが明である。従来債務者が右建物部分の使用関係について、「貸与」とか「約束」とかいう文言を用いても、それによつて右建物部分について私法上の使用貸借契約が成立していることを自認したことにはならない。債権者の右建物部分についての使用関係は、右の如きものであるからたとえ債権者が自己のためにする意思をもつて右部分を支配していたとしても、元来庁舎の占有はその管理者である各省各庁の長に専属し庁舎の一部を使用するものは、常に管理者の支配に服すべきもので管理者の支配を排除して完全に自己のために支配することは庁舎の性質上許されないことであるので、債権者は占有権ありとして管理者に対抗出来るものでなく、従つて債権者は右建物部分について占有権を有しないものと言わなければならない。
(二) 芝郵便局長が昭和二十五年十一月十一日右建物部分の使用を禁止しその出入口及び窓を閉鎖し債権者主張のような掲示をしたことは認めるが不法に占有を侵奪したことは否認する。
(三) 債権者は全逓信労働組合の下部機構として東京郵政局との交渉にあたつて来たのであるが、昭和二十四年八月の行政整理を契機として、従来の労働組合は全逓信労働組合と全逓信従業員組合とに分裂し、前者はその後法人たる地位を喪失したのみでなく、人事院における所定の登録を完了しないため、郵政省当局との交渉権すら有しないものとなつたのであつてその下部機構である債権者も東京郵政局並に芝郵便局と何等の関係もなくなり、その後本件事務室は党グルーブの宿泊連絡場所として使用され組合活動本来の目的のためには殆んど使用されていないから仮処分の必要性がない。なほまた、占有を奪われたものには、一般的には占有囘収の訴によつて救済を与えれば足りるのであつて、更に仮の地位を定める仮処分をも許すことは占有権の保護にかたよりすぎる。従つて極めて特別異例な事情がある場合を除き一般に占有囘収の訴については仮処分の必要性がない。殊に本件の場合においては債権者に適法な使用権限のないことだけは明らかなのであるから特にその必要性がない。
(四) 芝郵便局長が本件事務室の使用を禁止したのは、同郵便局では事務の増加にともない次第に局舎が狭くなり食堂会議室などを転換或は縮小して、辛うじて業務を運営して来たが、昭和二十五年十一月以降郵政省組織規程の改正にともない、同局に会計課が新設され、同局管内特定局十四局の人事給与統計及び会計事務の大部分が同局に移管された結果、局舎は従来にもまして狭くなり各般の事務の能率にも甚しく影響することになつたこと並びに昭和二十四年九月頃から債権者の本件事務室に部外団体の出入も頻繁となり又同事務室を昭和二十四年十二月頃から日蘇親善協会東京都連合会に、同二十五年六月頃から東京書房及び東京映画サークル協議会に、更に同年七月頃から青年祖国戦線事務局にそれぞれ無断で転貸し、しかもその関係の会議などを夜間おそくまで開催し、最近においては前記部外団体の事務要員を常駐させたり無断で宿泊させるなどの行為が多く、また債権者組合の役員の一部は前記局長の再三の注意にもかゝわらず職場規律を紊すような言動をなすなど業務の正常なる運営を阻害すること多く、また債権者は昭和二十四年九月一日以降国家公務員法上の職員団体としての性格を失い更にその委員の全員は既に郵政職員の身分を失つているので債権者に庁舎の一部を事務室として使用させることは局舎の管理上適当でなかつたことに基くものである。これらの事由に基いて芝郵便局長は本件事務室の使用を禁止したのであるから、若し本件仮処分申請が認容されることになると、債務者は郵政省組織規程の改正にともなう会計課の新設の目的を達することが出来なくなるばかりか、其の他前記のような各種の不都合が生じて、庁舎の用途又は目的が甚しく妨げられることになり、債務者は重大なる損害を蒙ることになるのであつて、この点からも本件仮処分申請は却下さるべきである。(疏明省略)
三、理 由
債権者が、郵政省芝郵便局長の管理する別紙目録記載の建物中図面表示の部分を、昭和二十五年十一月十一日当時まで、その事務室として使用してきたことは、当事者間に争のないところであり、成立に争のない疏甲第一号によれば、債権者が右室に債権者の専用の電話を特に架設して使用していたこと、債権者の常駐者が自由にこの室に出入していたが、芝郵便局長や庶務課長は無断でこの室に立入るようなことのなかつたこと、この室の鍵は最初から債権者が独自に保管し債権者が宿直者をおいていたことなどが一応認められるので、これらの事実によれば、債権者が自己のためにする意思をもつて、この室を管理し支配していたことが、一応認められるといわねばならない。而して、右建物が国有財産であつて芝郵便局の庁舎であり、右のとおり債権者が使用していた室が右庁舎の一部であることは、右疏甲第一号から明であるところ、債権者は、右庁舎の一部を債務者国の機関である芝郵便局長との私法上の使用貸借契約に基いて債権者の前主である全逓信労働組合東京地方闘争会議が使用し、債権者はこれを承継して前記のとおり使用しているのであるから、右庁舎の一部につき私法上の占有権があると主張し債務者は、右使用貸借契約を否認し、債権者に使用せしめたのは、芝郵便局長が右庁舎に対する管理権に基いて使用を許したものであるから、債権者は右庁舎の一部について私法上の占有権を有しないと主張するので、まず、この点について判断する。成立に争のない疏甲第一号第五号の一同号の四及び疏乙第十号第十六号によれば、「全逓信労働組合の東京における組織は城東地区協議会、城西地区協議会、城南地区協議会、城北地区協議会、中央地区協議会及び多摩地区協議会に分れていたが、昭和二十二年二月頃より、合同の動きがでて準備委員会が設けられ、これを、全逓信労働組合東京地方闘争会議と称し、その事務所を四谷郵便局内に設けていたところ、交通不便と狭小であるため昭和二十二年十一月頃芝郵便局の庁舎の三階の本件室に移したこと。右会議が発展して、昭和二十三年三月頃全逓信労働組合東京地区協議会が結成され、右室の使用を承継し、その後全逓信労働組合東京地区本部と改称したこと。昭和二十二年三月十四日全逓信従業員組合と逓信大臣との間で労働協約が締結され、その第二十三条に『甲(逓信大臣)は乙(全逓信従業員組合)に対し事務室として庁舎の一部の使用を認める』旨の定めがなされたが、前記各地区協議会は、その以前から各庁舎内に、その事務所を得ていたこと。前記東京地方闘争会議が前記のように、その事務所を芝郵便局の庁舎の一部に移すに当り、その代表者と当時の同局長小林恒市の間では、契約書の交換もなく、また使用料の定めもなく、唯組合代表者から、口頭で、他に事務所を建設するまで使用したいとの申出があり、同局長がこれを承諾して使用せしめてきたこと及び、当時組合代表者においては、庁舎の一部をその事務所に使用することを当然の権利のように考えていたので、右使用の申出も使用通告のようになされ前記局長もこれに応じたこと。」が一応認められまた、成立に争のない疏甲第五号の一、第六号、第八号乃至第十号、第十一号の一、二及び疏乙第十一、十二号第十三号の一、二の各(イ)(ロ)第十四、十五号によれば、「昭和二十二年十二月二十七日通信事務特別会計規程が制定され、次で昭和二十四年九月二十三日郵政事業特別会計規程が制定されて、普通郵便局長は保存官吏として、その庁舎の保存に関する事務を分掌するがそれを他に使用させることについては、何等の権限のないことが明にされたこと。右規程が制定された後においても、逓信省においては、右規程によれば権限のない労務局厚生課長宛に庁舎の一部を食堂に使用する許可申請をなさしめていたし、また右規程によれば保存官吏である簡易保険局長がその管理する庁舎の一部を書面を作成して第三者に使用せしめていること。郵政省においては、現に、通信教育振興会、通信文化振興会、逓信協会、郵政クラブなどに庁舎の一部を使用せしめているが、これらの使用について書面を作成することなく、また関係帳簿に記入するということもないこと。昭和二十四年九月頃日本橋郵便局では、その従業員の一部に、庁舎の一部をその事務室として使用せしめていたこと。終戦後庁舎の一部に職員及びその家族の居住を認めていたことがあつたがその使用については書面を作成することもなく、関係帳簿に記入することもなかつたこと」が一応認められるが、これらの事実からは、庁舎を管理するものが、前記規程の制定後もまたその以前においても、何等の書面を作成することなく、また関係帳簿に記入することなく、庁舎の一部を他に使用せしめることのあつたこと及び本件事務室の使用も右と異るものでないことが、一応推察し得られるに止り、これをもつて直に使用貸借契約が成立しているものと推定するには不十分である。なるほど、使用貸借契約には書面を要しないし、前記規程によれば公法上の使用関係の設定には書面の作成関係帳簿の記入など一定の手続を必要としていることが明であるが、庁舎の一部使用が、右の場合に限るものとは為し難く、管理権に基いて、使用を許す場合のあることが考えられるから、前記事実をもつて、直に使用貸借契約の成立を推定するには不十分である。以上のほかには、前記東京地方闘争会議と国との間において、前記庁舎の一部について、私法上の使用貸借契約がなされたものとの一応の推定を為すに足る事情についての何等の疏明もない。尤も成立に争のない疏乙第五乃至第七号及び第十号によれば、本件事務室の使用について「貸与」「約束」などの文言の使用されたことは認められるが、国有財産である庁舎の使用関係においては以上の事情をあわせ考えてみても使用貸借契約を成立せしめたことを推定する資料とは為し難い。むしろ、以上の事実と成立に争のない疏甲第一号第五号の一、三、四及び疏乙第十号を綜合し、更に庁舎を管理するものは、いつでもその目的のため使用し得る状態においてこれを保存すべきものであるが、これを妨げない限り、他に事実上使用せしめても、それは管理を逸脱するものでなく、保存の一の方法であること及びこれは事実上使用を許容する行為であるから何等の形式も必要としないものであることを併せ考えれば、昭和二十二年十一月頃当時の芝郵便局長小林恒市は、その管理する庁舎の一部である本件事務室につき前記東京地方闘争会議の使用申出に対し、職員をもつて組織する組合に使用せしめることを当然のこととし、しかも自己の権限において為し得るものとしてこれを承諾して、使用せしめてきたこと及び右使用が債権者に承継されても何等の異議をのべず使用を継続させてきたことを一応認めることが出来るので、右は同局長が管理権に基いて庁舎の一部たる本件事務室の使用を債権者らに許してきたものと認めるほかないものといわねばならない。かように、庁舎の管理権に基いてその一部の使用を認めた場合においての使用関係は、管理権の事実上の作用の結果生ずる使用の状態であつて、その使用を認めるのは、管理作用としてなされるもので管理の範囲を逸脱するものでないから、いわゆる権利使用や私法上の契約に基いて使用権を設定するような管理権を排除または制限する場合とは異り、法律上管理権の作用に何等の制限を加えるものではないといわねばならない。而して公用財産たる庁舎に対する管理権の行使は公法上の関係であつて適法になされた私法上の契約による制限のない限り、私法の適用を排除しているものであるから、公用財産たる庁舎についての管理者と使用者の関係では、私法の適用は排除されているものと言わねばならない。勿論このような使用関係に基く使用の状態には色々の段階があつて、事実支配も認められない一時的な使用の場合或は自己のためにする意思をもつて事実支配を為していると認められる場合などがあり、後の場合において、その使用が第三者によつて侵奪された時には私法における占有権と同様の保護を受け得るかは格別、いずれの場合においても、管理者と使用者との間には、公法上の管理作用があるのみであつて私法上の関係の生ずる余地がないことは同様である。このことは使用者が使用の許可なく使用している場合においても異るところはない。然らば、債権者が本件事務室を前記のように使用していても、債務者国との間においては庁舎に対する公法上の管理関係があるのみで、私法の適用が排除されているから、私法上の占有権のいれられる余地のないものと言わなければならない。而して私法上の占有権の生じない以上、債権者の主張するように、その使用関係が、管理者によつて侵奪されたとしても、それを公法上争い得るか否かは別として、私法上の占有囘収の訴はこれを為し得ざるものと解せざるを得ない。
以上の次第であつて、債権者が主張する被保全権利たる私法上の占有権は、結局その疏明がないことになるからその他の点について、判断するまでもなく、その仮処分の申請は理由がないものとして却下しなければならない。よつて、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 脇屋寿夫 三和田大士 西迪雄)
(別紙目録省略)