東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)452号・昭25年(ヨ)580号 決定
申請人 日本紙業株式会社
被申請人 岸喜一 外三十九名
一、主 文
申請人の本件仮処分申請は、これを却下する。
二、理 由
第一、申立の趣旨
「一、申請人が昭和二十五年二月六日被申請人等に対し、同月二十八日を以て解雇する旨の意思表示はその効力を認める。二、被申請人等は、東京都葛飾区龜有町二丁目八百四十八番地及びその近隣地番にまたがる申請人会社龜有工場職場及び同都足立区大谷田町千四百十四番地、同町千四百二十番地、及びその近隣地番にまたがる申請人会社工場職場(ただし、いずれも労働組合事務所を除く)に立入つてはならない。」との決定を求め、被申請人等は主文と同旨の決定を求めた。
第二、争のない事実
(一)、申請人会社は紙類及びその原料及びその原料並びに紙加工品の製造販売等を目的とする会社であり、被申請人等は、もと、その従業員であつた。
(二)、被申請人等の所属する日本紙業株式会社龜有工場新労働組合(以下「龜有労働組合」と略称)を単位組合とする同会社労働組合連合会(以下「連合会」と略称)と申請人会社とのあいだに現存する労働協約には
「第十九条、従業員の採用、解雇其の他の人事異動に関して会社は連合会及び組合と協議する」
「第三十二条、左の各号の一に該当するときは連合会及び組合と協議の上三十日前に予告するか又は予告なしに六十日分の平均賃金を支給し解雇する。但し予告期間が三十日未満の場合三十日に達せざる一日に付き二日の平均賃金で計算した額を支給するものとする。
一、精神若くは身体に故障があるか又は虚弱、老衰、疾病等の為め業務に堪えられないものと認めたとき。
二、已むを得ない事業上の都合によるとき。
三、其の他前二号に準ずる程度の已むを得ない事由あるとき。」
との条項があり、労働協約協定に関する覚書には、
「七、第三十二条、解雇に関する協議とは解雇基準及び解雇に関連する諸手当に就いて会社と連合会及び組合が協議することをいう」
との条項がある。
(三)、申請人会社は、経営不振による企業整備のため、その従業員を整理する必要があるとして、昭和二十五年一月十八日中央経営協議会において連合会に対し、総従業員一五八九名中三二六名の整理案を発表し、翌十九日の団体交渉において、整理基準及び被解雇者の氏名を発表し、同年二月五日までのあいだ七回に亙り人員整理を必要とするか否かについて交渉を続け、同年二月四日改めて被解雇者二八八名の氏名を確定的なものとして連合会に通告し更に同月六日附をもつて被申請人等を含む被解雇者に対して同月二十八日を以て解雇する旨の意思表示をなした。
第三、争点
一、申請人の主張
(一)、申請人会社は、右解雇につき、事前に組合側の承認を得られなかつたが、あらかじめ、その困窮した経理状況を組合側に説明し、経営協議会又は団体交渉において解雇に関し十分審議を尽したのである。それにもかかわらず、組合側特に「龜有労働組合」はこれに応じなかつたので、申請人会社は、早急に整理を遂行する必要上公平な解雇基準を定め、これに拠つて右解雇の意思表示をなしたのであるから、右はもとより有効である。
(二)、加うるに同年二月十一日「連合会」は、本件解雇を企業整理上已むを得ないものとして、確認しているから、右解雇は、この点からも有効である。
(三)、しかるに、被申請人等は右解雇は無効であると主張し、申請人会社の制止にもかかわらず、その工場に立入つて業務の遂行を阻害しようとしている。
(四)、よつて、申立の趣旨記載の仮処分を求める。
(五)、被申請人等の主張するような不当労働行為はない。
二、被申請人等の主張
(一)、本件、解雇は、前記覚書七、にもかかわらず、解雇基準及び解雇に関連する諸手当についての協議が尽されないでなされたものであるから、前記労働協約に違反して無効である。
(二)、仮に解雇基準についての協議がなされたとしても、被申請人等はいずれもこの基準に該当しない。
(三)、申請人会社龜有工場の従業員は、もと日本紙業株式会社龜有工場労働組合(以下「第一組合」と略称)を組織していたが、昭和二十四年十月の争議に際し、一部組合員は分裂行動をとり、「龜有労働組合」を組織するにいたつたので第一組合員は「龜有労働組合」員の有志と、統一懇談会を結成し、組合の統一を図つたが果さなかつたので「龜有労働組合」に加入し、統一懇談会を「生活を守る会」と改称し、常に組合員の先頭に立つて組合活動をしていた。しかるに、申請人会社は、
(1)、第一組合にとどまつたもの全員、(一〇〇%)
(2)、第一組合を脱退したが、中立的態度をとつたもの四名中三名(七五%)
(3)、生活を守る会会員六十名中四十五名、(七五%)
(4)、右十月争議当時の組合役員二十名中十一名(五五%)
(被解雇者は、全従業員の一八%)を解雇している。
しかるに、被申請人等はいずれも解雇基準にも該当しないものであるから、右解雇は、被申請人等が第一組合の組合員であつたこと、又は活溌に組合活動をなしたことを理由とするものであるから、不当労働行為たる解雇として無効である。
(四)、前記労働協約第六条には「会社は従業員に対し組合員であること並びに国籍、性別、信条、又は社会的身分を理由にして差別的取扱をしない」と定められているが、前記整理にあたり、龜有工場における日本共産党員の全員及びその親族の多数が解雇された。
しかるに、被申請人等については、いずれも正当な解雇理由がないのであるから、特定の政治的信条を理由として差別的取扱をしたものであることは明かであつて、この解雇は、右労働協約及び労働基準法第三条、日本国憲法第十四条に違反して無効である。
四、当裁判所の判断、
当事者双方の提出した疏明資料により、当裁判所が一応認定した事実に基く理由の要旨は、次のとおりである。
一、解雇を有効とする仮処分について、
申請人会社が被申請人等に対してなした解雇の意思表示により、すでに解雇せられたという事実上の状態が作出せられているのであるから、仮処分によつてかかる状態を一般的に形成する必要は少しもない。一般に仮の地位を定める仮処分は、特定の法律関係について争のある結果、申請人に生ずる危険を除去するために許されるのであるが、抽象的に解雇の有効を争うこと自体はかかる危険を生ぜしむるものではなく、被解雇者において解雇の無効を主張して積極的消極的に特定の具体的行動に出たときに、このような危険が生ずるのであるから、申請人としては、かかる特定の行為の排除を求めればたりるのである。(本件の場合、解雇を有効なものとして、法律関係の安定を図る必要は、少しも認められない。)
従つて、本件仮処分の申請の趣旨第一項は、その必要なしとして却下せらるべきである。
二、本件解雇と労働協約違反
(一)、前記覚書七には「解雇基準…………に就いて…………協議する」ことになつているのであるから、申請人会社が団体交渉の頭初において、被解雇者の氏名を発表したことは、妥当な措置とはいえない。その為解雇についての協議が困難となり、十分な討議が行われず、ついに意見の一致を見るにいたらなかつたことは、団体交渉の経過からもうかがえるところである。
右のような経過で解雇基準について協議が成立しなかつたのであるから右不成立の結果のみを取りあげそれだからといつて申請人会社において、一方的に基準を定め、これによつて解雇することは許されないものというべきである。
(二)、また、いやしくも被解雇者の氏名を発表した以上、誰がいずれの基準によつて解雇せられるかを明かにして、その当否の判定に付き、組合側の意見を徴するのでなければ解雇についての協議を尽したものとはいい難い。
従つて、申請人会社が一方的に決定したところに基いてなした前記解雇の意思表示は前記協約の諸条項に違反して無効である。
(三)、もつとも、同年二月六日の団体交渉において「連合会」中央委員は、申請人会社に対し、従業員に対する解雇通告をやむを得ないものとして認める旨の意思を表示しているが、解雇基準についての協議がまとまり、又は個々の従業員の解雇について意見の一致をみたものではないことは、団体交渉、の議事録によつて明かである。
(四)、更に「連合会」は、同月十一日の団体交渉において、申請人会社に対し、前記解雇を承認する旨を表示しているが、解雇について協議をするということは、事前の協議及び承認たることを要すると解すべきである。
何となれば、右解雇に付いて組合側の同意を要するとした趣旨は、団結の力によつて組合員の地位を保護しようということに在るのであるが、解雇の意思表示の前後によつて、組合員相互の団結の緊密さに、いちじるしい差異のあることは、事態の性質上まぬがれ難いところであり、解雇の意思表示がなされてから後においては、それ以前におけるほどの団結力、従つてその団結力による保護を期待し得ないからである。
特に本件の場合においては、人員整理絶対反対を主張していた「龜有労働組合」が前記二月六日附の解雇の通告によりにわかに動搖をきたし、同月八日の組合大会において、解雇通告の返上に応援する旨を満場一致で可決しておきながら、執行部不信任等を契機とし、同月十日右解雇を承認するにいたつた事情に徴し、この理は明かである。
従つて事後の承認があつたからといつて、協約に違反してなされた無効の解雇が有効となることはない。
二、不当労働行為の成否
第一組合は、昭和二十四年十月の争議を契機として分裂し、被申請人等の主張するような経過で「龜有労働組合」が結成せられたのであるが、申請人会社は、後者に対して好意をよせ、第一組合所属の合員に対しては、差別的に不利益な処遇を与えており、又被申請人等が組合活動を強化するために、「生活を守る会」を結成するや、申請人会社は、これに対し、明白に敵意をいだいていたことがうかがわれる。而して、被申請人等がすべて「生活を守る会」の会員であり、且つ第一組合に残留したものもしくはこれと同調したもの並びに右十月争議当時の役員が被申請人等主張のように大多数解雇せられていることを考え併せると、本件解雇は申請人会社において、被申請人等がもと、第一組合員であつたことないし組合活動をしたことを理由にこれを差別待遇しようとする意図のもとになされたということも疑われる。
三、従つて、解雇が有効であることを前提として被申請人等の立入禁止を求める部分も失当である。
四、よつて、申請人の本件仮処分の申請はいずれもこれを却下すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 柳川真佐夫 中島一郎 高島良一)
別紙目録省略