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東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)887号 判決 1950年4月19日

申請人

国鉄労働組合

右代表者

中央執行委員長

被申請人

日本国有鉄道

被申請人補助参加人

主文

被申請人は、別冊(全十九冊)目録記載の申請人組合の組合員に対し、それぞれ、一人金六百五円ずつの金員を支払わなければならない。

訴訟費用中参加に関する部分は、補助参加人の、その他は被申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、

被申請代理人は「申請人の本件仮処分申請は、これを却下する。」との判決を求めた。

事実

申請代理人は、本件仮処分申請の理由として、次のとおり陳述した。

(一)  被申請人日本国有鉄道(以下「国鉄」と略称)は、日本国有鉄道法によつて設立せられた公法人であつて、公共企業体労働関係法にいう公共企業体であり、申請人は「国有鉄道」の職員のうち、別冊(全十九冊)目録記載のものを以て組織せられた法人格を有する労働組合である。

(二)  ところで、申請人組合と「国有鉄道」とは、賃金その他雇用の基礎的条件に関する成文の労働協約を締結するため、毎年少くとも一回団体交渉をなすべき義務があるのであるが、昭和二十四年度の団体交渉においては

(1)  賃金ベースの改訂

(2)  年末賞与金の支給

の二点につき、協定が成立しなかつたので、申請人組合は昭和二十四年九月十四日国有鉄道中央調停委員会に対して調停の申請をなし、右調停委員会の提示した調停案を受諾したが、国有鉄道においてこれを拒否したため、調停は不調に終つた。そこで申請人組合は、更に同年十月二十八日公共企業体労働関係法第三十四条第二号に基いて、右二項目につき、公共企業体仲裁委員会に対して、仲裁の申請をなしたところ、同年十二月二日右仲裁委員会は、右条項に関し次のような裁定をなした。

「一、賃金ベースの改訂はさしあたり行わないが、少くとせ経理上の都合により職員の受けた待遇の切下げは是正されなければならない。

二、前項の主旨により本年度に於ては公社は総額四十五億円を支払うものとする。

右の中三十億円は、十二月中に支給し、一月以降は賃金ベース改訂のあるまで、毎月五億円を支給する。

右の配分方法は両当事者に於て十二月中に協議決定するものとする。

三、組合の要求する年末賞与金は認められないが、公社の企業体たる精神に鑑み、新たに業績による賞与制度を設け予算以上の収入又は節約が行われ、それが職員の能率の増進によると認められる場合には、その額の相当部分を職員の賞与として支給しなければならない。

四、本裁定の解釈又はその実施に関し、当事者間に意見の一致を見ない時は、本委員会の指示によつて決定するものとする。」

(三)  ほんらい、仲裁裁定は書面に作成されることによつて、即時に、いわゆる規範的効力と債務的効力とを併せ発生するのであるが、

(1)  本件裁定の規範的効力として「国有鉄道」は、申請人組合の組合員に対し

(A)  予算上資金支出の可能な部分については、申請人組合とその配分方法を協議決定のうえ、即時これを支払うべき義務を、

(B)  予算上資金上支出の不可能な部分があるとすれば、支出の可能となることを条件として、右のように配分して支払うべき義務を、

それぞれ負うものであり。

(2)  本件裁定の債務的効力として「国有鉄道」は申請人組合に対して裁定各条項の実行義務を負うものである。

(四)  而して、本件裁定について「国有鉄道」の予算上、資金上支出の可能な額は十八億七百四十三万七千円であるが「国有鉄道」は、内金十五億五百万円を、申請人組合の組合員を含む全職員に支払つたにすぎない。

(五)  そこで、申請人組合は、その残額三億二百四十三万円の支払及び配分方法につき「国有鉄道」と交渉したのであるが「国有鉄道」は、仲裁裁定の履行を命じた東京地方裁判昭和二十四年(ヨ)第三、五五八号事件の判決にも拘らず、その支払を拒否し、配分方法についての協議が一致するにいたらなかつたので、申請人組合は右裁定第四項に基き仲裁委員会に対し、配分方法についての指示を求めたところ、昭和二十五年三月三十一日右仲裁委員会は「三億二百四十三万七千円の支払の際は、その配分方法は職員一人当り一率に六百五円とすること。」

という指示をなした。

これによつて別冊目録記載の申請人組合の組合員は「国有鉄道」に対し、裁定残額につき一人あたり六百五円ずつの賃金債権を取得するにいたつた。

(六)  ここにおいて、申請人組合は、その組合員のために「国有鉄道」に対し、右賃金債権の履行を求めるものであるが、このまま推移すれば、会計年度末を経過することによつて、過年度支出の困難な問題が発生し、更に昭和二十四年七月「国有鉄道」が業務を開始してから、所定の昇給も行われず、夜間勤務手当の減額、医療費の値上げ等のため、申請人組合の組合員は一ケ月一人約千円平均の減収となり、これを補うためには、右裁定による賃金を速かに得させる緊急の必要があるのみならず「国有鉄道」が本件裁定の履行を拒んでいるため、申請人組合の合法的な労働運動が、潜行的非合法運動に転化する危機をもはらんでおり、かくては申請人組合自体が非合法化の危機に当面しておるのみならず、これによつて、個々の組合員の道徳的素質が低下するおそれも存するのである。

(七)  よつて、このような急迫した事態を避けるべく、仮の地位を定める仮処分として、申請人組合及びその組合員をして、本件裁定のうち、即時の履行が可能な部分につき「国有鉄道」によつて、これが履行せられたと同様の状態に置くため、本件申請に及んだしだいである。

と述べた。

答弁

被申請人代理人は、答弁として次のとおり陳述した。

一、本件仮処分申請は、その必要が存しないから失当である。すなわち仮の地位を定める仮処分は、本案判決の確定をまつては、申請人の生存が危くなるようないちぢるしい危険が生ずる場合に採られるやむを得ない措置であつて仮差押の方法によつては権利保全の目的を達し得ないような緊急の必要性が顕著である場合でなければ許されない。しかるに

(一) (イ)「申請人組合が潜行的非合法運動に転化する。」という危険は、法律で禁止せられている違法な行為にはしるおそれがあるということで、しかも、これをなすと否とは、申請人組合自らの意思によつて自由に決定せらるべき性質のものであつて、私権の保全の必要とは関係がなく、

(ロ)「組合員の窮乏」の点についても、他に一定の給与の支給を受けている組合員が本案判決の確定をまたず今直ちに金六百五円の支払を受けなければ、その生存が危くなるとはいえない。

(二) 「国有鉄道」は、公法上の法人であつて、その性格上、本案判決の確定のときまでに、財産状況にいちぢるしい変動をきたすわけではなく、本案判決の執行が不能となり、又は、いちぢるしく困難になるということはとうてい考えられないから、仮差押の必要がないことはいうまでもなく、まして本案判決確定前に、権利の内容を一時的に実現しておかなければならないような緊急の必要は、申請人側には少しも存在しないのである。

二、申請人組合は、その組合員の賃金債権を訴求するについて、本案訴訟における当事者適格を有しないから、その本訴を前提とする本件仮処分の申請は許されない。労働組合の組合員の具体的な権利については、あくまで組合員がその処分権を保有するるのであつて、労働組合は、組合員の具体的権利について、これを管理又は処分する権能を有しているとはいえないのである。而して、本件において、申請人が保全を請求する債権は、公共企業体仲裁委員会の指示によつて申請人組合の組合員が具体的に取得したと主張する金六百五円の賃金債権であるから、その履行を求める本案訴訟においては、申請人組合には当事者適格がなく、従つてこれを前提とする本件仮処分申請は不適法である。

三、(一)申請人組合の組合員が有すると主張する賃金請求権は、本案訴訟を提起し得ない性質のものであるから、かような権利の保全のための仮処分申請は許さるべきではない。

申請人組合の組合員が取得したという金六百五円の賃金債権は「国有鉄道」に対してその任意の履行を求め得るにすぎず、強制執行権を伴わないものであるから、このような請求権は、訴訟物たる適格を欠き従つてかかる請求権保全のための本件仮処分申請は不適法である。

(二) 申請人と被申請人とのあいだの昭和二十四年(ヨ)第三、五五八号仮処分申請事件につき、東京地方裁判所は、その判決において前記組合員の賃金債権を含む金二十九億九千五百万円を申請人に支払うべき旨の申請を却下しており、申請人が本件仮処分の必要性として述べるところは、前記仮処分判決において認定せられたところと何等異るところがないから、重ねて本件仮処分申請をなすことは許されない。

四、申請人主張の事実中、被申請人が申請人主張のような公法人、公共企業体であること、申請人組合がその主張のような労働組合であつて別冊目録(全十九冊)記載のものが、その組合員であること、申請人組合と「国有鉄道」とのあいだに、申請人主張のような団体交渉をなすべき義務があること、昭和二十四年度の団体交渉において、(1)賃金ベースの改訂、(2)年末賞与金の支給。の二点につき協定が成立せず、申請人主張のような経過をへて昭和二十四年十二月二日申請人主張のような仲裁の裁定がなされたこと及び昭和二十五年二月二十日公共企業体仲裁委員会が申請人主張のような経過でその主張の仲裁指示をなしたことは、これを認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。

と述べた。

補助参加人の主張。

補助参加人代理人は次のとおり陳述した。

一、本件仮処分はその必要が全く存在しない。すなわち

(一) 申請人は「このまま推移すれば会計年度末を経過することによつて過年度支出の困難な問題が発生する」と主張するが、過年度支出は単に「国有鉄道」内部又は「国有鉄道」と国とのあいだの内部的会計操作の問題にすぎず、これがため申請人組合に対する支払に特に困難もしくは支障を与えることはない。

(二) 申請人は「申請人組合の組合員の窮乏を速かに救う必要がある。」というが支払を求める金員は、組合員一人当り金六百五円の少額でありその金員は、従来から支給してきた賃金に追加して支払わるべきものであるから本案判決確定後支払われても、組合員の生存の維持を危殆ならしめるほどのものでない。

(三) 申請人の主張する「非合法闘争に移る危険」というがごときことは、申請人組合自らの責任においてなされる行動であつて、外部から加えられる危険ではないから、その危険を除去するために、仮処分を求めることは許されない。

二、本件仮処分の申請は、全面的終局的に本案判決があつたと全く同一の状態を作出せんとするものであり、且つ仮に本件仮処分を受ける場合においては、その執行の対象いかんにより「国有鉄道」の業務の運営に重大な支障を生じ、ひいては一般国民に与える影響も大きく回復すべからざる損害を与えることとなる。すなわち、本件仮処分は仮処分の目的達成に必要な限度を超えるものであるから失当である。

と述べた。

証拠。(省略)

理由

第一、申請人の当事者適格。

労働組合は、その組合員の地位の向上を図り、その権利を保護、保障するために、団体行動にうつたえるのであるが、このことは、労働者が組合に対し自分の力では及び得ない労働条件の決定その他使用者との交渉を一任し、正当な事由なくして、個別的な行動をとらないこと、又とるべからざることを意味する。そうして、組合の団体行動にゆだねらるべき事項は、単に、労働条件を決定することのみにとどまらず決定せられた労働条件に従つた債務の履行を求めるところまで及ぶと解するのが相当である。なぜならば、契約の締結から、その実行にいたるまでの全段階について労働組合の関与を認めることが、労働者の権利を保護するという目的にかなうからである。この点に関し、被申請人は、個々の労働者が既に取得した権利(たとえば賃金債権)については、その労働者だけが管理又は処分の権能があり、労働組合は、特に授権せられた場合に限り、労働者のためにこれを行使し得るにすぎない、と主張するが、さきに叙べたような労働組合の機能にかんがみれば、むしろ、組合が団体の組織力によつて権利を実現しようとしている場合には、組合員は、原則として、その組織的行動に従うべく(従つて組合はその組合員の権利を保障するためにこれを管理することとなる。)組合の統制を免れようとするならば特別の意思表示をなすべきものと解すべきである。(一般私法の領域においても、特定の契約につき代理権を与えられたものは、その契約の履行の請求についても代理権があるとせられるのであるから、まして自己の権限として労働条件を決定する労働組合が、組合員から特にたのまれるまでもなく、労働条件に従つた契約の履行を求め得るのは当然のことである。)而して、この場合労働組合は、その組合員のためにすると同時に、自己の権限として組合員の権利を行使するものといわなければならない。けだし、労働組合が組合員の権利を行使するのは、一面において、組合そのもののために認められた団結権を擁護する意味をも含むものだからである。

第二、権利保護の資格及び利益。

一、被申請人は「申請人組合の組合員が有すると主張する賃金請求権は、強制執行権を伴わないものである。」と主張するが、仲裁裁定の効果として組合員が取得する賃金債権は、もとより、一般の賃金債権とその性質を同じくするものであり、且つ、それは法律の規定に基いて発生したものというべきであるから、その履行に関する財政法その他による手続上の制約にかかわらず、強制執行によりその内容を実現し得るというべきである。(詳しくは後に述べる)

二、又被申請人は「申請人がその履行を求める賃金債権は、東京地方裁判所が、昭和二十四年(ヨ)第三、五五八号仮処分申請事件においてその申請を却下したものであるから、再訴を許さない。」旨主張する。しかしながら、右仮処分申請事件の判決が、申請人の申請を却下した理由が「申請人組合の組合員の取得すべき賃金債権額が確定せず、その確定のためには『国有鉄道』と協議する必要があること。」及び「労働関係の信義性と『国有鉄道』の公共性とにかんがみ、一応『国有鉄道』の任意の履行にまつ。」という考慮にいでたものであることは、右判決の内容からよういにうかがい得るところである。しかるに、本件申請は、仲裁委員会の指示により、申請人組合の組合員の取得する賃金債権が具体的に確定したこと、及び「国有鉄道」が右判決にもかかわらず、任意の履行をしないから、その強制履行を求めることを理由とするものであるから、前者とは、本案訴訟の訴訟物が異るのみならず、新たな仮処分を求める必要が生じたということができるので、被申請人の前記主張は理由がない。

第三、裁定の成立及び内容。

被申請人が、日本国有鉄道法によつて設立せられた公法人であつて、公共企業体労働関係法にいう公共企業体であり、申請人が「国有鉄道」の職員のうち別冊(全十九冊)目録記載のものを以て組織せられた法人格を有する労働組合であること、申請人組合と「国有鉄道」とが、賃金その他雇用の基礎的条件に関する成文の労働協約を締結するため、毎年少くとも一回団体交渉をなすべき義務のあること、昭和二十四年度の団体交渉においては

(1)  賃金ベースの改訂

(2)  年末賞与金の支給

の二点につき、協定が成立しなかつたので、申請人組合は、昭和二十四年九月十四日国有鉄道、中央調停委員会に対して、調停の申請をなし右調停委員会の提示した調停案を受諾したが「国有鉄道」においてこれを拒否したため、調停が不成立に終つたことついで、申請人組合が同年十月二十八日公共企業体労働関係法第三十四条第二号に基いて、右二項目につき公共企業体仲裁委員会に対して、仲裁の申請をなしたところ、右仲裁委員会が同年十二月二日、右条項に関し

「一、賃金ベースの改訂はさしあたり行わないが、少くとも経理上の都合により職員がうけた待遇の切下げは是正されなければならない。

二、前項の主旨により本年度に於ては公社は総額四十五億円を支払うものとする。

右の中三十億円は十二月中に支給し、一月以降は、賃金ベースの改訂のあるまで、毎月五億円を支給する。右の配分方法は両当事者に於て十二月中に協議決定するものとする。

三、組合の要求する年末賞与金は認められないが、公社の企業体たる精神に鑑み、新たに業績による賞与制度を設け、予算以上の収入又は節約が行われ、それが職員の能率の増進によると認められる場合には、その額の相当部分を賞与として支給しなければならない。

四、本裁定の解釈又はその実施に関し当事者間に意見の一致を見ない時は本委員会の指示によつて決定するものとする。」

という仲裁裁定がなされたことは当事者間に争がない。

第四、裁定の効力。

一、裁定の性格。

公共企業体仲裁委員会による仲裁の制度は公共企業体の職員から争議権を奪つた代償として認められた準司法的制度である。公共の福祉のために争議権を剥奪もしくは制限し得るということは、それ自体絶対的な命題ではなく、それは必ず生存権保障の制度によつて裏付けられなければならないことは、憲法の諸条項に照しても明らかである。公共企業体労働関係法は、ほんらいは当事者の協定によつて設けられる仲裁を制度化し、その時代の政治力により左右されることのない仲裁委員会によつて、職員の生存権を保障しようとしているのである。(このことは、「国有鉄道」の経営の自主性、とりわけ、政治上の自主性に対応するといえるであろう。)

二、裁定に対する国会の承認。

「予算上又は資金上、不可能な資金の支出を内容とする」裁定に対する国会の承認は、右にのべた裁定の本質に徴すれば、これを裁定の効力発生要件と解するのは、理論上妥当ではなく、公共企業体労働関係法第十六条の標題が明記しているように「資金の追加支出に対する」承認であり「国有鉄道」内部の資金を以てはまかない得ない支出を内容とする裁定が、既定外の予算によつて履行が可能となるための要件であると解するのが相当である。すなわち、右第十六条は、純粋な財政的規定と解すべきであり、国会の承認の有無によつてただちに裁定の効力が左右されることはない。(ただし裁定の当時「国有鉄道」内部の資金を以てまかない得ない場合には、具体的に賃金を請求する権利は、国会の承認があるか、又は将来「国有鉄道」内部の資金を以てまかない得るようになることを条件として確定的にその効力を発生する。)

三、予算上又は資金上支出の可能な資金。

予算算上又は資金上支出の可能な資金とは、追加支出についての国会の所定の行為をまたずして、支出し得る資金、すなわち、既定予算の各目(又は節)における余剰の金員から支出し得る資金、及び予算の移用流用もしくは、予備費の使用によつて支出し得る資金(このことは予算の移用流用等に対する大蔵大臣の承認が法規裁量であることを意味する。)を指称すると解すべきである。けだし、このように解釈することが「国有鉄道」に経営の自主性を認めた趣旨に適合し、且つ、仲裁制度の機能を十分に果さしめるゆえんだからである。従つて客観的、実質的に考察して、右に述べた意味において支出が可能である場合には、裁定に基く債務は、履行可能な債務として確定し、且つそれは法律の規定に基いて発生したものであるから、裁判に基き、強制執行によつてその内容を実現することができるのである。(すなわち、この場合は、判決によつてたとえば「国有鉄道」に損害賠償を命じたとほぼ同様に解すればよいのであつて、ただ「国有鉄道」内部の資金を以てまかなえない場合には、国会の追加支出に必要な行為をまたなければならぬ点が異るのである。)

第五、本件裁定の履行の可能性。

その成立及び原本の存在に争のない甲第八号証とその成立に争のない甲第九号証の一ないし三を綜合すれば、本件仲裁に基き「国有鉄道」は損益勘定においては石炭費の節減により五億六千三百三十九万六千円、修繕費の繰延べにより十一億六千六百六十万四千円、工事勘定においては人件費その他の節減により七千七百四十三万七千円、合計計十八億七百四十三万七千円を、既定予算の流用により支出可能の金額となし、大蔵大臣に対してその流用の承認を申請したところ、これに対し、大蔵大臣は損益勘定において十四億二千六百五十八万七千円(石炭費五億六千三百三十九万六千円、修繕費八億六千三百十九万一千円)工事勘定においては、七千八百四十一万三千円、合計十五億五百万円についてその流用を承認したことが疏明せられる。

このような場合には「国有鉄道」に経営の自主性が認められていることにかんがみ、反証の認められる本件においては「国有鉄道」が自認した十八億七百四十三万七千円が、既定の予算から支出の可能な金額であると解するのが相当である。

第六、申請人組合の組合員の賃金債権。

「国有鉄道が」、右裁定に基き、十五億五百万円を申請人組合の組合員を含む全職員に支払つたので、申請人組合が、前段認定の履行可能な支出との差額三億二百四十三万七千円の支払、及び配分方法につき「国有鉄道」と交渉したが「国有鉄道」はその支払を拒否し、配分方法についての協議が一致しなかつたこと、そこで、申請人組合が前記裁定第四項に基き、仲裁委員会に対し、配分方法についての指示を求めたところ、昭和二十五年三月三十一日右仲裁委員会が

「三億二百四十三万七千円の支払いの際は、その配分方法は職員一人当り一率に六百五円とすること。」という指示をなしたことは、当事者間に争がない。かくて右指示により、申請人組合の組合員は「国有鉄道」に対し、裁定の残額につき、一人当り金六百五円ずつの賃金債権を取得するにいたつたこととなる。従つて申請人組合はさきに説示したように、その組合員のために「国有鉄道」に対し、右賃金債権の履行を求めることができるというべきである。

第七、仮処分の必要。

その成立に争のない甲第十号証の三と申請人代表者加藤閲男本人訊問の結果とを綜合すると、次の事実が疎明せられる。すなわち

(一)  東京地方裁判所がさきに、昭和二十四年(ヨ)第三、五五八号仮処分申請事件の判決において「国有鉄道」に対し、本件裁定の任意の履行を命じたので、申請人組合は「労働関係は、その基底において、信義則によつて律せらるべきものである。」とする右判決の趣意を体し「国有鉄道」と本件裁定の履行について協議したが、前記のように、任意の履行は実現せられなかつた。ここにおいて、申請人組合の組合員のうちには、合法闘争によつては、その生存権を維持することができぬため、法律によつて禁止せられている非合法闘争(争議)にうつたえて、ゆきづまつた労働関係を打開しようとするものが現われ、組合幹部の力を以ては、合法運動の貫徹を期得し難くなろうとしている。

(二)  又、昭和二十四年七月「国有鉄道」がその経営を開始してから、その職員は、所定の昇給も行われず、夜間勤務手当の減額、医療費の値上げ等のため、一ケ月一人約千円平均の減収となり、これを補うため、本件裁定による賃金を一日も早く入手することを熱望している。

このように認められるのであるが、このような事実が、申請人の求めるような仮処分を命ずる緊急の事情となるか否かを検討しなければならない。

前項において認定したように、本件仮処分によつて申請人組合が組合員のために支払を求める金員は一人につき六百五円ずつであるから、即時にこれを得られなかつたからといつて、ただちに、その生存を危殆ならしめるということはできないであろう。(ただし、被申請人等の主張するように、一般公務員の給与水準が申請人組合の組合員のそれよりも低かつたとしても、それが仮処分の必要を減却させる事由とならぬことは、いうまでもない。)

しかしながら、右に認定したように東京地方裁判所の前記判決にもかかわらず「国有鉄道」が本件裁定を任意に履行しないため、申請人組合がこれまでの基本方針としてきた合法闘争が内部からくずれて非合法闘争に移行する危険をはらんでいる事態に徴すれば、すみやかに、その危険を除去して、組合活動の合法性を助成し以て申請人組合の健全な組織を維持し、且つ、その合法運動によつて組合員の労働権ないし生存権を保障し、更には社会の秩序を維持して公共の福祉の侵害をさけるため、申請人組合及びその組合員をして本件裁定のうち即時履行の可能な三億二百四十三万七千円につき、被申請人によつて、これが履行せられたと同様の状態を作出する必要があるといえる。

この点に関し、被申請人並に補助参加人は「非合法闘争に移るというようなことは、申請人組合の自らの責任においてなされる行動であつて外部から加えられる危険ではない。」と主張するが、さきに認定したように申請人組合の組合員の給与水準が低いため、裁定の即時履行を期待しているにもかかわらず「国有鉄道」が前記判決に従わずして、これを履行しないことが、非合法闘争に移る危険を生ぜしめる大きな原因なのであるから(そうして、このような事態は通常の労働者についても期待可能であるといい得るであろう)非合法闘争の発生を以て、ただちに組合内部のことのみに帰せしめることはできない。

なお、補助参加人は「本件仮処分の申請は、全面的に本案判決があつたと同一の状態を作出せんとするものであるから許さるべきでない」と主張するがほんらい、仮の地位を定める仮処分は債権者(申請人)に満足を与えるのがその目的であるから、その必要の程度いかんによつては、本案判決と同一状態の作出、すなわち、全面的満足を許容することも、決して違法と称すべきではない。

又、執行の対象物いかんにより、被申請人の業務の運営に重大な支障を生じ、一般国民に与える影響も大きく、回復し難い損害をこうむる旨の主張については、これは執行方法に関する当否の問題に帰着し、従つて、かかる事由を以て仮処分の発令を阻止するにたらぬことはもちろんである。

第八、結論

以上を綜合すれば、被申請人は、申請人組合の組合員に対し、それぞれ、一人金六百五円ずつの本件裁定に基く賃金を支払うべき義務があり、且つ、即時これを履行したと同様の状態を作出する必要があるといい得るから仮の地位を定める仮処分として被申請人に対し、右金員の支払を命ずべきであり、訴訟費用は、敗訴当事者たる被申請人及び補助参加人をしてこれを負担せしむべきものとし、主文のとおり判決したしだいである。

別冊省略

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