東京地方裁判所 昭和25年(ワ)1981号 判決
原告 栗原とみ
被告 国
一、主 文
被告は原告に対し、別紙目録<省略>記載(一)の建物の階下全部、及び二階三畳、同(二)の建物の階下全部を明渡し且昭和二十六年十月十日以降右明渡し済みまで、一ケ月金三千円の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその一を原告の負担としその余を被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、別紙目録記載(一)の建物の階下全部及び二階三畳、同(二)の建物の階下全部を明渡し且昭和二十一年三月一日以降右明渡し済みまで一ケ月金三千円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、別紙目録記載(一)、(二)、の建物(以下本件家屋(一)、(二)、と略称する。)は元訴外栗原源太郎の所有であつたが同人は昭和二十三年一月二十九日死亡し原告において相続によりその所有権を取得し、同年九月十三日その所有権取得登記を経たところ、被告は正当の権原なくして昭和二十一年三月一日以降本件家屋の請求の趣旨記載部分を占有し、下谷稲荷町郵便局を経営している。
よつて原告は被告国に対し、その占有する本件家屋(一)、の階下全部及び二階三畳、同じく(二)、の階下全部の明渡しを求め、且右部分の占有を開始した昭和二十一年三月一日以降明渡し済みに至るまで、一ケ月金三千円の賃料相当額の損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。
被告の抗弁事実中訴外田辺章が原告先代亡源太郎より昭和十年四月二十六日本件家屋(一)、(二)、を郵便局舎として使用するため賃料一ケ月金五十五円の約で賃借していた事実は認めるが、その余の点は否認する。右田辺の賃借権の存在は被告が本件家屋を使用する正当な法理上の根拠となるものではないのみならず、仮に右の如き根拠となるものとしても昭和二十年八月一日、防空法にもとずく東京都の第七次強制疎開に当つて、本件家屋は除却を命ぜられたので、田辺はその経営する郵便局を閉鎖し、東京都より借家人としての補償金二千四十八円を受領したのでこれにより田辺の原告先代に対する本件家屋の賃借権は消滅している。
又、疎開による除却命令が取消された事実があつたとしても如上一旦消滅した本件家屋の賃借権が当然に復活する理由はないし、更に仮りに右除却命令によつて田辺の前記賃借権が消滅せず、原告先代の死亡により、その賃貸人としての権利義務が原告に承継されたとしても、(イ)、訴外田辺は昭和二十年九月以降本件家屋の賃料を一度も支払わないばかりか、(ロ)、原告の承諾を得ないで被告に対し本件家屋の賃借権の譲渡又は転貸をなし被告をして昭和二十一年三月一日以降本件家屋の内明渡申立部分を使用させているので以上(イ)、(ロ)、二つの所為は債権関係を支配する信義則に反するものであるからこれを理由に、原告は昭和二十六年十月九日、田辺に対し本件家屋賃貸借契約解除の意思表示をした。されば原告と田辺間の契約は有効に解除されており、以上いずれにしても田辺の賃借権とても消滅している、と述べた。<立証省略>
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告主張事実中、その主張の別紙目録記載(一)、(二)、の家屋が元訴外栗原源太郎の所有に係り昭和二十三年一月二十九日同人の死亡と共に原告が右家屋を相続により取得し原告主張の如くその取得登記を経由したこと、昭和二十三年四月一日以降、被告国が本件家屋中原告主張の部分を占有していること、はいずれも認めるが、その余の点は否認する。と述べ、抗弁として本件家屋は特定郵便局である下谷稲荷町郵便局の局長訴外田辺章において本件家屋を昭和十年四月二十六日(尤も本件家屋の一部はその以前から借りていたが)郵便局舎として使用する目的で、当時の所有者であつた原告の先代源太郎より賃料一ケ月金五十五円の約で賃借し局舎として使用していた。ところで元来被告国が本件家屋を占有するに至つたわけは従前特定郵便局長は官吏ではあつたが俸給を受けることなく、手当と渡切費とを支給され一切の経費をまかない請負的な経営をしており又旧特定郵便局長服務規程第二条により局舎提供の義務を負つていたので、本件においても田辺が係争家屋を原告先代より賃借し局舎として使用していたのであつたところ、昭和二十三年一月一日国家公務員法の施行に伴い特定郵便局長は俸給を受ける純然たる公務員となり、他方同年二月十九日公達第二四号特定郵便局長服務規程改正により旧規程第二条は削除せられ、局長は局舎提供の義務がないことになつたため従来局長が所有又は賃借している局舎の占有は、そのまま被告国の占有に移行したにすぎない。そこで被告は右新制度の施行と共に昭和二十三年四月一日以降、田辺から転借したものであり右転貸借については、その先代の賃貸人としての権利義務を承継した原告から、形式上、明示の承諾を得たことはないけれども本件家屋はすでに述べたように局舎として従前から国の事業である郵便業務処理のための場所的施設として使用されており、転借後もその使用方法、程度に従前と差異がなく田辺も従前通り局長として本件家屋の管理に当つているのであるから本件のような田辺の転貸は原告において予め承諾しているもの又は少くとも承諾を拒み得ないものと云うべきである。なお原告の再答弁については、本件家屋が原告主張の強制疎開のため除却命令を受け、その際田辺が補償金二千四十八円を受取つた事実は認めるが、右補償金は借家権の補償を含まぬ移転料の意味であつて、その受領によつて田辺の賃借権が消滅したことにはならないし、仮に右補償金中に借家権の補償が含んでいたとしても、家屋の賃貸借契約は、家屋の除却命令又は補償金の交付により終了するものではなく、除却命令による家屋除却により賃貸借の目的物件の消滅により終了するものと解すべきものであるところ、本件家屋については約八割の取壊が行われた後昭和二十年九月初旬頃、右除却命令の取消によつて本件家屋の取壊が中止されたのであるから、原告先代と田辺との間の本件家屋賃貸借契約は終了せず本件家屋に対する田辺の賃借権はそのまま存続していることは明らかである。
仮に右除却命令の際補償金の受領によつて田辺の賃借権が消滅したとしても、昭和二十一年一、二月頃田辺と原告先代との間に更めて本件家屋(一)、(二)、の階下全部、及び(一)、の二階三畳一間について田辺が原告先代の同意を得て、除却命令取消により取壊中止となつた本件家屋の修繕をなし、そのために支出した修繕費約二万円を爾後二十年間の家賃として、その前払に充当することとして田辺を借主とする賃貸借契約が成立しているので右契約による賃貸人としての権利義務は原告先代の死亡により原告に承継されたものである。又原告が昭和二十六年十月九日その主張の理由に基き訴外田辺に対して本件家屋賃貸借契約解除の意思表示をしたことは認めるが、解除の理由(イ)、については、前述の如く二十年間の賃料は支払済となつており何ら債務の不履行がないし、(ロ)、については、本件家屋(一)、(二)、の転貸についてはすでに述べたように原告において予め承諾をしているか又は少くとも承諾を拒み得ないものと云うべきであるから原告がその主張の(イ)、(ロ)、を理由とする限り契約解除権は発生せず、原告の田辺に対する賃貸借契約解除の意思表示によつて解除の効力を生じない。
よつて被告国は、原告に対し対抗し得る転借権にもとずいて本件家屋(一)、(二)、の原告主張部分を占有しているのであるから被告に対しその明渡を求める原告の請求は失当である、と述べた。<立証省略>
三、理 由
別紙目録(一)、(二)、の家屋が元原告先代訴外栗原源太郎の所有に属し、昭和二十三年一月二十九日同人の死亡と共に原告において相続により右家屋を取得し、その取得登記を経由したことは本件当事者間に争がなく、右家屋中原告主張部分を被告が昭和二十一年三月一日当時から占有を開始した事実は、これを認め得る何等の証拠もないけれども、昭和二十三年四月一日以降被告が右部分を占有していることは被告の認めるところである。よつて被告の抗弁について考えると、訴外田辺章が昭和十年四月二十六日本件家屋を原告先代亡栗原源太郎から郵便局舎として使用するため賃料一ケ月金五十五円の約束で賃借したことは本件当事者間に争がない。
ところで原告先代対田辺章間の右賃貸借契約のその後の経緯については当事者間に争があるけれども、それは兎もあれ、被告が本件家屋を占有するに至つた権原として被告の主張するところは従来田辺が個人として賃借し、旧特定郵便局長服務規程により、局舎即ち国の事業である郵便業務処理のための場所的施設として使用していたのが、規程並びに制度の改正により特定郵便局についても局舎は被告自身使用することとなつた関係上田辺の占有がそのまま被告の占有となつたものであり、その結果被告が田辺より本件家屋を転借することとなつたが、使用の方法、程度に従前と何等の差異がなく管理も事実上田辺が局長として、これに当つているので、局舎として使用させるために田辺に賃貸している賃貸人としては、右の如き転貸は予め承諾しているもの又は少くとも承諾を拒み得ないものと云うべきであるとし、従つて、その先代賃貸人としての権利義務を承継した原告に右転貸を以て対抗し得るものと云うのであるが、たとえ、田辺章において賃借権があり、また被告主張の如く法制ないし制度の改正の結果、田辺が個人の資格で郵便局舎として使用していた家屋を被告自身が使用することとなつたものだとしても、被告がこれにより占有を取得し田辺との間に右家屋の転貸借関係を生じたことは被告自身の認めるところであり、田辺は被告の被用者たる局長として被告の代理人として事実上局舎たる本件家屋を管理し、外見上、従前とさしたる差異はないとしても、局舎の使用者としてその管理権は田辺個人から被告に移転したものであり、田辺は被告のために管理しているにすぎない関係に立つものであることは否定できないし、家屋に対する事実上の支配関係について一般の転貸借の場合と法理上特に区別すべき理由はない。被告は郵便局舎として使用させることを承知の上で田辺に賃貸した以上は、局舎としての使用方法並びに程度に差異を生じない限り、家屋の使用者が転貸により変更しても、その転貸は予め賃貸人において承諾しているものと云うべきものとしているが締約当初の貸借物件の使用方法を著しく変更するが如きことの賃貸借に影響を及ぼすことも勿論ではあるが、転貸借について賃貸人の承諾を要するものとする根拠は、賃貸借関係を以て対人的のものとし貸主と借主との相互信頼の上にその基礎を置くものとするところから来ている考方であるから、単に使用方法とか程度とかに変更がないと云うだけでは、賃貸人において転貸について予め承諾しているものと云うことはできない。殊に賃貸借の目的物件の使用者が個人から国又は公共団体等に変更する場合の如きは、賃料支払の確実性の点からは、賃貸人の利益と云え得るかも知れないが(厳密に云えば、この点すら疑問である。国家又は公共団体より当然支払わるべきものが、各種の事情で遅延した事実の存することは公知の事実である。ただ個人の場合における無資力による支払不能の如きものはないであろう。)取引の相手方としては個人と異り、交渉が面倒であり迅速にできない、いわゆる「お役所仕事」(これは組織と制度と云つたような関係で或る程度やむを得ないものとしても)と称して一般に厄介視されている公知の事実から云つても、前示人的要素を重視する賃貸人としての立場から、かくの如き転貸を承諾しているものと想定することはできるものではない。
しかも本件においては原告先代源太郎において、田辺個人に従前通り本件家屋を使用させることも難色を示していた(田辺に賃貸しておくことを結局において承諾したかどうかは暫らく措くも)ことは証人宮田新一郎(第一、二回)、高橋辰太郎、後藤仙吉の各証言からして認められるので、原告と田辺間に本件家屋賃貸借契約の存在を仮定しても、被告の転借につき原告の承諾を推定又は想定することはできない。
被告は更に原告は被告の転借に対して承諾を与えることを拒み得ないと云うけれども、すでに説示したところからしても、承諾を拒み得ないという理由は発見できないし、又被告の右主張が郵便事業の公共性を云為するものとしても、郵便局舎の賃貸人であるからと云うだけの理由で、公共のために、一般国氏と異る財産上の権利の行使についての不利を原告だけが甘受しなければならない理由はないから、この点に関する被告の主張は採るに足らない。して見れば、被告がその主張の転借につき特に明示の承諾を得たことのないことは被告の自認するところであり、又右承諾を想定又は、義務づけられたものとする被告の主張がそれ自体理由のないことは上来判示した通りであるから、他に被告の本件家屋占有権原につき主張立証のない本件では被告の占有は原告に対し不法のものと断ずるの外なく、従つて所有権に基き被告に対し本件家屋の明渡を求める部分について原告の請求は正当であつて認容さるべきものである。
次に原告の損害金の請求について考えると、前示の如く被告が本件家屋を占有するについては正当の権原が認められず、不法の占有と断ずべきものであるが、その正権原のないことは被告において知り又は少くとも取引の通念に照し必要とされる注意をなすにおいては知り得べかりしものであることが推定されるので、右占有により原告の受けた損害は被告の故意又は少くとも過失に基く原告の所有権侵害によるものとして被告において賠償の責があることは明らかであり、その損害の額は本件家屋の賃料相当額を以て相当と解すべきことも当然であるが、被告の本件家屋占有が昭和二十三年三月末日以前に存する事実の認め得ないことはすでに判示した通りであるから、被告がその占有を開始したと自陳する同年四月一日以降についてのみ被告の占有による損害が考えられるのであるけれども、被告の云う如く、原告先代以来、田辺との間に本件家屋賃貸借契約が存在し、被告の占有が、賃借人田辺の転貸その他田辺の意思に基くものとすれば、原告は田辺より本件家屋賃貸料を請求する債権があるので、被告の占有により賃料相当の損害を受けることもないわけであるから、果して原告と田辺との間に賃貸借関係があるかどうかを考えてみなければならない。ところで昭和十年四月二十六日当時、本件家屋を田辺章が原告先代源太郎から賃料一ケ月金五十五円の約で賃借したことは本件当事者間に争のないことは前述したが、昭和二十年八月一日防空法に基く東京都のいわゆる第七次強制疎開にあたり本件家屋は除却を命ぜられ、田辺は東京都より補償金名義で金二千余円を受領したこともまた当事者間に争がない。
原告は右補償金は借家権消滅の補償であり、その授受ある以上、田辺の借家権は消滅に帰していると云うので、この点について判断すると、証人祖師侯光の証言によれば東京都のいわゆる第七次強制疎開については防空法に基くの外何等よるべき法令はなく専ら東京都の指示に基き簡易に行われ、本件家屋の除却については、家屋所有者に対しては除却による補償をなすも家屋の賃借人田辺章に対しては移転費は支給されたが借家権の補償はされなかつたこと、終戦により除却を要しなくなつてから除却中止(又は建物疎開中止)ということが行われたが、これも法令上の根拠はなく、その中止があれば、家屋所有者がすでに除却の補償金を受領しているときは所有者の意思に従い、補償金同額を返還させて家屋をそのまま所有者の手に還付するがすでに一部取壊わされていた場合は、その修繕費を東京都より交付することになつていたけれども、修繕費の算定は損失委員会に付議したり、その他面倒な手続を要するので結局実際は修繕費は支払われてはいないのが通例であり、本件家屋所有者に対しては、その疎開先が不明であつたため終戦後除却命令が通知されたようなわけで除却中止後の修繕費など支払われてないこと、家屋の借家人については移転費を東京都より交付したものは移転完了と見做して処置しており、家屋の除却命令により借家権が消滅するや否は不明であるが、除却中止処分があつても借家権が借家人の手に回復されることは考えられていたものではないことが推認される。右事実から考えると、除却命令並びにその除却の中止処分の借家権に及ぼす効力については特に法令上規定されたものはないので一般の理論によつて決するの外はない。
ところで除却命令は要するに戦時非常の際に公共の目的から相当の補償を与えて除却のため所有権を強制的に東京都に移転させるものであり所有者は、補償金の交付を受けた時に所有権を喪失するものと(所有者自身の責に帰すべき事由により、補償金の交付を受け得るにかかわらず交付を受けないときは、その交付を受け得べかりし時)解するのが一般家屋売買の慣例からして又個人の権利尊重の点からしても相当と考えられるけれども借家権については前示認定の如くその補償が与えられていないので(戦前においては特殊な地域以外に借家権の権利金は一般取引上認められていなかつたことは公知の事実であり、東京都の処分もこの取引の実情によつたものと推定される。)移転費の交付があつても、現実に移転しないうちに家屋の除却が中止される場合もあるし、又移転はしても、家屋取壊の行われる前に中止される場合もあることが想像されるが除却中止処分の目的は非常の処置としてなされた除却命令を将来に向つて取消すと共にすでに実現された除却命令の結果を、できるだけの範囲で命令前の状態に復帰させることであつたことが前示認定の事実から推定されるから、単に移転費の交付だけでは借家権は消滅せず(東京都が疎開実施の手続上、移転完了として取扱うこととは直接関係はない。)家屋の取壊による貸借の目的の消滅によつて消滅すると云う被告の主張は正当であろう。しかし家屋の取壊による消滅とは必ずしも家屋が全部跡方もなくなつたことを意味するものではなく、家屋が一寸した手入れの程度では住めない程度に取壊わされたときに借家の目的物としては消滅したものと解すべきである。そこで証人宮田新一郎(第一回)、奥平万平、亀田東、後藤仙吉の各証言を綜合すれば本件家屋除却命令は終戦後取消されたが当時すでに本件家屋の壁はすべて取除かれ屋根、床板も除かれた部分もあり、住のみが立つていると云つてもよい程度に取壊されていたことが認められる(取壊作業進捗の程度は各証言がまちまちであるが被告自身八割程度と評価している。)ので右事実からすれば本件家屋は賃貸借の目的としては取壊によつて消滅に帰したものであり、従つて原告先代と田辺章間の賃貸借契約も目的の消滅により終了していたものと云わざるを得ない。被告は更に右除却命令取消後、原告先代と田辺章との間に改めて本件家屋賃貸借契約が成立した旨抗争するので、この点についてしらべて見ると、両者間に田辺が取壊後の本件家屋修繕のため支出した費用を爾後二十年の家賃前払に充当する計算の下に、原告先代が田辺に本件家屋の借用を許諾したとの点については証人田辺章の証言は前示証人祖師侯光の証言に対比しても到底信用など措けるものではなく、他に右事実を認め得る証拠はないが、証人宮田新一郎(第一回)、後藤仙吉、亀田東の各証言によれば原告先代源太郎は田辺に対し好感をもつていないので本件家屋を従前通り賃貸することは、好まなかつたが、田辺は除却命令取消後本件家屋を修繕して占有してしまつたので交渉の結果昭和二十年九月頃いやいやながら賃貸を承諾したが、田辺は修繕費を支出したことを理由として、その後一文も家賃を支払わない事実が認められる。証人宮田新一郎の証言(第二回)中右認定に副わない部分は信用しない。右事実だけでは賃料がいくらと定められたか必ずしも明確ではないが、すでに賃借人田辺において家屋を占有している以上賃貸人は賃料債権を取得していることは疑がないし、又その後原告先代が昭和二十三年一月二十九日死亡し原告において本件家屋の所有権を相続によつて取得したことは本件当事者間に争がないので右所有権の取得と共に原告はその先代の賃貸人としての権利義務を承継したものと云わなければならない。
けれども昭和二十三年四月一日以降田辺が制度の改正によるとはいえ、原告の承諾を得ないで被告に本件家屋を転貸したことは被告の自陳するところであり、右転貸も一般の転貸と法律上の取扱を異にする理由のないことはすでに判示した通りであるし、原告が昭和二十六年十月九日田辺に対し右転貸を理由とする本件家屋賃貸借契約解除の意思表示をしたことは被告の認めるところであるから同日限り原告田辺間の賃貸借契約は解除により終了したものと云わなければならない。
であるから昭和二十六年十月九日までは原告は田辺に対し賃貸借契約による賃料債権を取得しているので、被告の本件家屋占拠によつても、原告としては賃料相当の損害は受けないが、同日の翌日から右の損害を受けるわけであり、従つてその賠償も求め得るのであるがその額については当初の約定賃料一ケ月金五十五円を基礎として地代家賃統制令による数次に亘る修正率により算定しても(本件家屋は事務所として使用されていることが明白であるから右統制令の適用がないと云う見解に立つても証人宮田新一郎の第一回の証言により同じ結果がでる。)昭和二十六年十月十日以降の相当賃料額が原告主張の一ケ月金三千円を超えるものであることは明らかであるから原告の損害金の請求中昭和二十六年十月十日以降本件家屋明渡済に至るまで一ケ月金三千円の損害金の支払を求める部分についてのみその請求は正当であるがその余は失当として棄却すべきものである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を適用し、仮執行の宣言についてはその必要を認めないのでその申立を棄却し主文の通り判決する。
(裁判官 毛利野富治郎)