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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)2698号 判決

原告 風間奎作

被告 若林勇 外一名

一、主  文

東京都千代田区神田神保町一丁目二五所在家屋番号同町一四三番木造亜鉛葺二階建二戸建店舗一棟建坪二十坪五合外二階十五坪七合五勺は原告の所有に属することを確認す。

被告等は原告に対し其の家屋中、(い)東側の一戸全部建坪十一坪二合五勺外二階八坪、(ろ)西側の一戸建坪九坪二合五勺外二階七坪七合五勺の中、二階三坪七合五勺の部分を明渡すべし。

被告若林勇は原告に対し昭和二十四年七月二十六日以降昭和二十五年七月三十一日迄一ケ月金五百八十八円二十三銭、同年八月一日以降同年十一月二十六日迄一ケ月金千八百九十七円の割合に依る金員を、又被告等は連帯して原告に対し昭和二十五年十一月二十七日以降第二項特記の家屋部分明渡済に至る迄一ケ月金千八百九十七円の割合に依る金員を支払うべし。

原告其の余の請求は之を棄却す。

訴訟費用は被告等の負担とす。

此の判決は原告に於て金十万円の担保を供するときは仮に之を執行することを得。

二、事  実

原告は東京都千代田区神田神保町一丁目二五所在家屋番号同町一四三番木造亜鉛葺二階建二戸建店舗一棟建坪二十坪五合外二階十五坪七合五勺は原告の所有なることを確認す。被告等は原告に対し其の家屋中、(い)東側の一戸全部建坪十一坪二合五勺外二階八坪、(ろ)西側の一戸建坪九坪二合五勺外二階七坪七合五勺の中、二階三坪七合五勺の部分を明渡すべし。被告等は連帯して原告に対し昭和二十四年七月二十六日以降昭和二十五年七月三十一日に至る迄一ケ月金七百円の割合に依る金員、及び昭和二十五年八月一日以降其の家屋中前項特記の部分明渡済に至る迄一ケ月金二千円の割合に依る金員を支払うべし。訴訟費用は被告等の負担とすとの判決、並に明渡及び支払を求める部分に限り仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

(一)  請求の趣旨第一項記載の家屋は元井野宗一郎の所有で、其の中請求の趣旨第二項特記の部分は被告若林勇に於て賃借し、又其の余の部分は昭和二十一年十二月以来原告の父風間是宏に於て賃借し、原告経営の通信学会の雇人山村秀男をして居住せしめ印刷を担当させて来たが、原告は昭和二十四年四月頃所有者井野宗一郎に之が売却の意嚮あることを知るや、父風間是宏を介し買取交渉を進め、同年七月二十六日両者間に売買契約成立し、同日其の旨所有権移転登記手続を経由した。然るに被告等は之より先被告若林勇に於て井野宗一郎より請求の趣旨第一項掲記の家屋全部を買受け、既に所有権を取得したと主張し、原告の所有権を争うに依り、原告は本訴に於て被告等に対し其の家屋所有権の原告に属する旨の確認を求め度い。

(二)  原告は其の家屋買取に当り、請求の趣旨第二項に特記する部分の賃借人被告若林勇及び同(ろ)の部分に同居し当時印刷を業として居た被告若林芳雄に対し、原告に於て所有者より家屋買取交渉を受けた旨を伝え、被告等の意見を質したところ、被告等は原告に於て買受取得した場合は、立退く等適宜な方法を講ずる旨回答した故、前叙の通り原告に於て家屋所有権を取得した以上、被告等は曩の合意に基き原告に対し占拠部分の明渡を為すべき義務がある。

(三)  又原告は買受後間もなく、昭和二十四年八月十二日、被告若林勇に対し其の賃借に係る部分の明渡を求め、次で同年十月十二日東京簡易裁判所に対し被告等を相手取り家屋明渡に関する調停申立に及び、暗黙裡に原告が井野宗一郎より承継した賃貸借契約に付き解約の申入を為したが、其の申入を為すに付いては以下記述するが如き正当の事由を存し、或は存するに至つたから、其の申入は法定の六ケ月の経過に依り、昭和二十五年二月十二日或は遅くとも同年四月十二日限り其の効を生じ、賃貸借契約は消滅に帰し、被告等は家屋使用の権限を失うことになつた。(い)原告の雇人山村秀男は妻の外子四人を抱えて居るに拘らず、居住用に使用し得る部分は四畳半二室に過ぎず、生活極めて窮屈不自由であるばかりでなく、原告も本家屋に事務所を持ち計理士を開業し度く、其の為には被告等の退去が必要となる。(ろ)被告若林勇は原告の買受取得直後、一家を挙げて鎌倉へ移転し、弟被告若林芳雄をして留守居旁々印刷業に当らせて居たが、同被告は昭和二十七年二月中一家揃つて家財を残した儘、他に転出して了つた。之より先被告若林勇は近江証券株式会社、東邦書林、明朝社、会津産業株式会社或は金田某夫妻に其の賃借家屋を転貸使用せしめ、被告若林芳雄の転出後は一時全く空家として居たが、昭和二十七年三月初旬頃より島田増三郎に転貸し、同人名義の標札及び同人の商号である図書販売株式会社東栄堂市販売部と云う看板を掲げ、其の義兄に当る茨城大学勤務教官久保田清太郎一家五名を収容し、自ら使用せず、又自ら使用する必要のない状況に在る。(は)被告若林勇は原告の家屋取得以来厘毫と雖も賃料相当金の支払をしない。(に)原告は被告等に対し占有移転及び現状変更禁止の仮処分決定を受け、其の執行をして居たに拘らず、被告若林勇は前叙の如く島田増三郎の標札を掲げ同人及び久保田清太郎等をして賃借部分の使用を為さしめたばかりでなく、壁塗替、便所の改装等を敢てし、仮処分執行を無視するが如き行為に出でた。(ほ)被告若林勇は原告の父風間是宏を差措き井野宗一郎より風間是宏の賃借部分をも買受けたと主張するも、前叙調停期日迄は之を秘し、其の後は原告に対抗し得べき根拠なきに拘らず、濫に家屋所有権を主張し、井野宗一郎に協力し原告の不利を図る等隣人且賃借人としての道義に欠け、到底賃貸借の如き相互の信頼関係に基礎を置かねばならぬ契約を継続し難い状況に在る。

(四)  仮に解約申入に依り賃貸借契約を終了せしめることが出来ぬとしても、被告若林勇は前叙(二)の(ろ)の如く賃借家屋を他に転貸し使用収益せしめて居たので、原告は昭和二十六年十一月十日の口頭弁論期日以来之を理由として、契約解除の表意を為し口頭弁論終結に至る迄之を反覆主張し来つたので、原告対被告若林勇間に於ける賃貸借契約は既に解除に依り終了し、同被告は勿論被告若林芳雄も残留する動産を引取り明渡を為さねばならぬ筋合である。

(五)  加之原告は本訴の提起に依り被告若林勇に対し同人等の使用中に係る家屋部分に付き停止統制額内の賃料の支払を求め来り、爾来相当期間を経過したに拘らず、同被告は之に応じないので、仮に以上の理由に依つては賃貸借契約が終了するに至らなかつたとしても、之に依り消滅したこととなる。猶原告は念の為昭和二十七年八月十八日賃料不払を理由として被告若林勇に対し契約解除の通告を発し、其の通告は同月二十三日同被告に到達した。夫れ故原告対被告若林勇間の賃貸借契約は消滅に帰したこと疑なく、被告等は原告に対し占拠使用中に係る家屋部分に付き明渡を為すべき義務がある。

(六)  猶原告は被告等に対し原告の本家屋所有権取得の日である昭和二十四年七月二十六日以降昭和二十五年七月三十一日迄一ケ月金七百円、同年八月一日以降明渡済に至る迄一ケ月金二千円の割合に依り賃料又は之に相当する損害金の連帯支払を求める。其の根拠たる事実関係は次の通りである。即ち(イ)本家屋の建築せられたのは大正十二年の関東大震災の直後で、(ロ)被告若林勇が旧所有者井野宗一郎より最初全家屋を賃借した当時に於ける東側一戸の賃料は一ケ月金五十円、西側一戸の賃料は一ケ月金四十円であり、(ハ)被告等が現に占拠使用中の家屋部分の敷地は宅地二十六坪八勺中少くとも十五坪を存し、(ニ)昭和二十五年八月一日当時の全家屋の賃貸価格は金七百五十七円、全宅地の賃貸価格は金五百七十三円七十六銭、(ホ)昭和二十六年十月一日当時の全家屋の価格は金四十一万一千八百四十円、全宅地の価格は金五十一万六百四十六円である。

依つて原告は請求の趣旨に掲げるが如き裁判を求め度く、本訴請求に及んだと陳述した。<立証省略>

被告等は原告の請求を棄却すとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告が昭和二十六年七月二十六日附売買契約に基き、同日請求の趣旨第一項記載の家屋に付き所有権取得登記を経由したこと、其の家屋中、請求の趣旨第二項特記の部分に付き被告若林勇が所有者井野宗一郎より賃借して居たこと、被告若林勇が其の家屋より家族と共に退去し、目下鎌倉に居住中のこと、同被告の弟被告若林芳雄が一時其の家屋に同居し、印刷業を営んで居たところ、昭和二十七年二月中其の家族と共に他に転出し、動産を遺留して居るに過ぎぬこと、原告より被告等を相手取り調停の申立があつたが、不調に終つたこと、請求の趣旨記載の家屋中請求の趣旨第二項特記の部分を除く部分には山村秀男一家が居住し、印刷を業として居ること、被告若林勇の賃借家屋に付き原告主張の如き仮処分決定があり、其の執行せられたこと、其の後に於て被告若林勇が賃借部分に島田増三郎の標札及び同人の商号である株式会社東栄堂市販売部の看板を掲げ、同人の親族に当る久保田清太郎一家を収容中であること、被告若林勇が賃借家屋に付き壁の塗替、便所の改装を為したこと、並に請求の趣旨第一項記載の家屋が大正十二年の関東大震災直後の建築に係り、被告等の占拠使用中に係る家屋部分の敷地が二十六坪八勺中十五坪に当ること、最初被告若林勇が井野宗一郎より全家屋を賃借した際に於ける賃料月額は東側一戸に付いては金五十円、西側一戸に付いては金四十円であつたことは認めるが、其の余は争う。

(一)  (い)原告の主張する原告対井野宗一郎間に於ける家屋売買は井野宗一郎自ら其の衝に当つたものではなく、其の妻井野ふみ雄に於て夫井野宗一郎を代理して為したものであるところ、井野ふみ雄には井野宗一郎を代理する権限なく、井野宗一郎に於ては原告を相手取り昭和二十五年(ワ)第二三七三号建物売買無効確認並に所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟を提起する有様で、之に追認を与えたこともない故、原告は家屋所有権を取得するに至らない。(ろ)原告主張の売買に於ては原告自ら其の衝に当らず、専ら其の父風間是宏が関与したものであるが、同人は原告の為に代理人として契約する旨毫も表明して居らぬ故、買主は原告ではなく、其の父風間是宏であると云わねばならぬ。従つて原告より提起した本訴請求は失当である。(は)仮に原告を以て買主とするも、井野宗一郎は之より先昭和二十四年五月九日請求の趣旨第一項記載の家屋を岡本正夫仲介の下に代金五十五万円と定めて被告若林勇に売渡し、同被告は同日金十万円、同月十五日金十万円を手附として支払い、即時所有権の移転を受けたので、原告が井野宗一郎より買受けたと主張する当時には井野宗一郎には既に何等権利はなかつた筋合である。従つて原告が井野宗一郎との間に売買契約を取結び、所有権移転登記を経たところで、原告は所有権を取得することにはならぬ。(に)被告若林勇対井野宗一郎間の売買に付き未だ同被告の為所有権移転登記を経由せず、不動産所有権の変動に関する対抗要件に欠けて居る恨はあるが、原告は被告若林勇対井野宗一郎間に既に売買契約の成立して居たことを知悉して居た悪意の第三者故、同被告の登記欠缺を主張することは許されず、被告若林勇は所有権を以て原告に対抗出来る筋合である。(ほ)原告対井野宗一郎間に於ける売買契約は井野宗一郎に取り極めて望ましからざるものであつたが、其の債権者富樫茂美より心理上に圧迫を加えられた為、止むなく之に応じ売買契約成立の体を整えたに過ぎぬ。即ち契約は井野宗一郎に於ては其の真意に出でずして取結び、しかも原告に於ても同人の真意を了知して居た関係に在る故、無効であり、原告は之に依り権利を取得するに至らない。猶井野宗一郎は富樫茂美の仲介勧誘する契約の相手方は結局被告若林勇に外ならぬと信じ、其の妻井野ふみ雄に手続を一時任せたこともある関係上、原告対井野宗一郎間の売買は契約の要素に錯誤があり、無効であるとも云い得よう。

(二)  被告等は原告に対し其の主張の如く明渡を約定したことはない。

(三)  被告若林勇は原告より賃貸借契約に付き解約申入を受けたことはない。尤も明渡請求を受けたことはあるが、明渡請求は直に之を解約申入と解することは出来ぬ。仮に解約申入と解し得たとしても、原告の解約申入は正当の事由を伴わぬに依り、其の効を生ずることはない。即ち(い)山村秀男は原告の雇人ではなく、其の父風間是宏の雇人である。風間是宏は東京都千代田区飯田町に於て出版業を営み、杉並区内には大邸宅を有し、千代田区神田錦町には土地を所有する資産家であり、原告は千葉県松戸市に居住し、明治大学の講師を勤める学究の徒で、被告等を強いて立退かせて迄本家屋を使用せねばならぬ必要はない。仮に原告が計理士事務所開設する必要があるにしても、被告等に退去を求めずとも、他に方策は存するものと云わねばならぬ。(ろ)被告若林勇は自ら本家屋内に居住しないにしても、之を他に転貸したことはなく、又空家にしたこともない。昭和二十七年三月以降原告主張の如き標札及び看板を掲げたのは知人島田増三郎の名義及び地位を利用し、同人の権利に属する電話を本家屋に移動し、東栄堂書店市販売部として書籍商を開始せんが為の準備に過ぎず、久保田清太郎一家を居住せしめて居るのも軈て被告若林勇に於て一家を挙げて鎌倉より本家屋に移転する迄の間の留守居をさせる為に外ならぬ。同被告の占有を離れ、夫れ等の者が独立し、占有する訳ではない。猶被告若林芳雄は被告若林勇の実弟で、独立占有者でないこと勿論である。しかも被告若林勇は井野宗一郎より転貸に付き包括的承諾を得て居る。(に)被告等は原告主張の如く仮処分決定を無視したことはない。島田増三郎、久保田清太郎との関係は前叙の通りであるばかりでなく、壁塗替、便所の改装をしたのも、被告若林勇に於て新に書籍商を開始する関係上、又家屋を維持する必要上、自然の措置で咎められる謂われはない。(ほ)本家屋買取に関し信義に反したのは寧原告で、原告が被告等を批難するのは全く当らぬところである。

(四)  既述の通り被告若林勇は賃借家屋に付き他人をして同被告と独立して使用収益を為さしめたことはない故、之を理由とする原告の契約解除の効を奏しないことは勿論である。

(五)  原告の発した契約解除の通知が、被告若林勇に到達したことは認めるが、仮に同被告に賃料支払義務があつたとしても、同被告対井野宗一郎間に於ける契約所定の賃料は月額金五十円で、しかも取立債務である。然るに原告は支払の為の相当の期間を指定せず、金額も明示せぬ上、取立方法に於ても約定に違反して居る故、原告の為した契約解除は其の効を奏するに至らない。然し乍ら被告若林勇は之に依り原告に於て賃料受領の意思あること知つたので、昭和二十七年九月二十七日に至り昭和二十四年八月一日以降昭和二十七年八月三十一日迄約定に基く一ケ月金五十円の割合に依る賃料を供託した次第である。

(六)  而して当初約定賃料額は変更せられたことはなく、原告は被告若林勇の承諾なくして賃料増額を為し得べきものでもないし、又原告の請求する額は停止統制額に違反して居る故、原告の金銭請求も亦失当で、被告等は之に応じ難いと陳述した。<立証省略>

三、理  由

原告主張の事実中、原告が昭和二十四年七月二十六日附売買契約に基き同日請求の趣旨第一項記載の家屋に付き所有権取得登記を経由したこと、其の家屋中請求の趣旨第二項特記の部分に付き被告若林勇が所有者井野宗一郎より賃借して居ること、被告若林勇が其の家屋より家族と共に退去し、目下鎌倉に居住中のこと、同被告の弟被告若林芳雄が一時其の家屋に同居し、印刷業を営んで居たところ、昭和二十七年二月中其の家族と共に他に転出し、動産を遺留して居るに過ぎぬこと、原告より被告等を相手取り調停の申立をしたが、不調に終つたこと、請求の趣旨記載の家屋中同第二項特記の部分を除く其の余の部分には山村秀男一家が居住し、印刷を業として居ること、被告若林勇の賃借家屋に付き原告主張の如き仮処分決定があり、其の執行せられたこと、其の後に於て被告若林勇が賃借部分に島田増三郎の標札及び同人の商号である株式会社東栄堂市販売部の看板を掲げ、同人の親族に当る久保田清太郎一家を収容中であること、被告若林勇が賃借家屋に付き壁の塗替、便所の改装を為したことは当事者間に争がない。

以上の如く原告に於て本家屋に付き井野宗一郎との売買契約に基き所有権取得登記を経て居る以上、反証なき限り、本家屋は原告が売買に依り其の所有に帰したものと推定せられるところ、被告は原告対井野宗一郎間に於ける売買には井野宗一郎自ら其の衝に当らず、其の妻井野ふみ雄に於て夫を代理して為したものであるが、同女には夫を代理する権限なく、従つて売買は井野宗一郎に対しては其の効を生じないとか、或は其の売買に於ては原告も亦自ら其の衝に当らず、専ら其の父風間是宏が関与して居り、しかも同人は原告の為に代理人として契約する旨毫も表明して居らぬ故、原告は買主ではなく、権利を取得するに至らぬと主張する。而して証人風間是宏、井野宗一郎の各供述、乙第三及び第十九号証の各記載を綜合すれば、原告主張に係る昭和二十四年七月二十六日東京法務局下谷出張所に出頭し売買契約書に調印し、所有権移転登記を申請した者は原告の父風間是宏及び井野宗一郎の妻井野ふみ雄であつたこと疑を容れぬ。従つて登記手続上には聊か欠陥を認められないではないが、前叙証言の外乙第三及び第四号証第十九号証の各記載より推定すれば、出頭者間に於ては、互に出頭者が本人ではなく、代理人であることを承認し合つたればこそ、売主井野宗一郎買主原告とした売買契約証書に夫々本人より託せられて来た印章を押捺して之が作成を完了し、之に基き登記申請手続に及んだことを窺い得るに依り、井野ふみ雄に井野宗一郎を代理する資格なしとも云えまいし、又よし其の際風間是宏に於て其の子原告の為に契約する旨公然と明示しなかつたにせよ、斯る契約書を作成し、相手方である井野ふみ雄に於ても異議なく之に調印した以上、風間是宏に於ては少くとも暗黙の裡に原告の代理人であることを表明し、井野宗一郎の代理人井野ふみ雄に於ても之を諒承して居たものと為すの外はない。

次に被告等は本家屋は之より先被告若林勇に於て買受け手附金を支払い、之に依り既に所有権を取得して居たと主張するに依り案ずるに、証人井野宗一郎の供述、被告本人若林勇の訊問の結果、乙第一乃至第五号証、第十六号証及び真正に成立したものと認められる乙第十四号証の各記載を綜合すれば、昭和二十四年五月中被告若林勇は井野宗一郎より本家屋を代金五十五万円を以て買受けることに契約し、手附として金二十万円の支払を為したことは、之を認めるに十分であるが、其れ等証拠中に散見する契約即時所有権移転を肯定する部分は不動産取引界に於ける一般慣行に照し俄に措信することは出来ぬし、他に被告等の主張を是認せしめるに足る資料はない。又仮に井野宗一郎対被告若林勇に於ける契約が被告等主張の如き約旨を以て締結せられたとしても、未だ其の登記を経ぬ中に原告に於て之を買受け既に所有権移転登記を経由して了つた以上、被告若林勇は其の所有権を以て原告に対抗し得ぬこと何等疑を容れぬ。尤も被告等は原告に於て井野宗一郎対被告若林勇間に於ける売買契約の成立を知りつつ、井野宗一郎より更に之を買受けたもの故、悪意の取得者であり、同被告の登記欠缺を主張することは許されぬ筋合であると抗争するけれども、民法第百七十七条は所謂二重買受人の善意悪意に付き何等差別を設けず、不動産に関する物権の得喪変更は其の登記を為すに非ざれば之を以て第三者に対抗することは得ざる旨明定して居る以上、被告等の主張は独自の見解に過ぎず、採用に値しない。

猶被告等は井野宗一郎対原告間に於ける売買は井野宗一郎の真意に出でず、或は契約の要素に錯誤あり、原告も亦之を知りつつ契約したもの故、無効であると主張するが、仮に被告等主張の如く其の売買は井野宗一郎の本意に出でなかつたとしても、原告が其の情を了知して居るとの点に付いては本件に現われた全証拠を通じ其の片鱗だに窺うことは出来ぬ。却つて証人井野宗一郎、風間是宏の各供述、乙第一乃至第五号証、第十四及び第十九号証の各記載、当裁判所が昭和二十六年七月十日判決を言渡した原告井野宗一郎被告富樫茂美及び本件原告間に於ける昭和二五年(ワ)第二三七三号建物売買無効確認並に所有権移転登記抹消登記請求事件の経過に鑑みれば、井野宗一郎及び井野ふみ雄夫妻は富樫茂美より多額の借用債務を負担し、本家屋其の他の建物に抵当権を設定し、且弁済期日に不弁済の場合は其の所有権を移転すべき請求権保全の仮登記を経たところ、弁済期日に皆済し得る見込もなかつたので、其の物件中本家屋を処分し其の売得金を以て弁済に充てんことを決意し、岡本正夫に委任し、同人を介し其の賃借人被告若林勇及び原告の父風間是宏に同時に然し他との交渉を秘しつつ買取を勧誘し、先ず被告若林勇との間に代金五十五万円を以て売買契約を成立せしめ、既に手附金二十万円の支払を受けたが、之を富樫茂美に弁済せず、自己の営業資金に充てた為、富樫茂美の機嫌を損じ強硬な督促を受けるに至り、同人の申出に従い曩に締結した対被告若林勇の売買契約を破棄しても原告に対し富樫茂美の定める代金を以て売買しなければ、其の他の担保物件に対する所有権迄も失わねばならぬ窮境に陥つた為、甚だ不本意乍ら自己の住居其の他本家屋以外の担保物件の全部を失うよりは得策と考え、被告若林勇に対する措置は別に講ずることとし、専ら富樫茂美の勧説に従い原告に対し代金三十五万円を以て売渡すことを承諾し、代金の決済及び登記手続は其の妻井野ふみ雄に一任し、自身は被告若林勇に対する気兼からも故に原告或は其の代理人と直接面接することを回避し、井野ふみ雄は予て隣人として知合つて居た風間是宏との間に其の手続を完了するに至つたものと推認するに難くない。

而して見れば、井野宗一郎対原告間に於ける本件売買契約は結局真正に成立したものと解せられる故、爾来本家屋所有権は原告に帰したものと為すの外なく、従つて原告が之を争う被告等に対し其の所有権の確認を求めようとするのは正当と云わねばならぬ。

依つて進んで原告の被告等に対する明渡請求の当否に付き審究すべきところ、原告は先ず被告等に於て原告買受の場合は明渡に応ずる旨予め合意した故、昭和二十四年七月二十六日原告対井野宗一郎間に売買契約の成立した以上、被告等は本家屋より退去し、原告に之を明渡すべき義務があると主張する。然し乍ら被告等に於て之を争うに拘らず、明確な立証を存しない。尤も証人風間是宏の証言に依れば、同人より被告若林芳雄に対し本家屋買取に関し意見を求めたところ、同被告は原告取得の上は退去其の他善処する旨回答したことは疑なく認められるが、当事者間に争のない通り同被告は本家屋の賃借人ではなく、兄被告若林勇との縁故上、之に依存同居するに過ぎぬ故、同被告が独断で為した言動が直に被告若林勇に対し効を生ずべき謂われもなく、従つて斯くの如き単純な事実より推して原被告等間に予め本家屋の明渡に関し合意のあつたものと為し得ぬこと勿論で、此の点に関する原告の主張は認容出来ぬ。

次に原告は解約申入をするに付き正当の事由を存し、其の事由は訴訟進行中にも加重せられたので、原告の被告若林勇に対し為した解約申入は法定の期間の経過に依り其の効を生ずるに至つたと主張し、被告等は解約申入を受けたことすら争うに依り案ずるに、本件に現われた全証拠を綜合すれば、原告は本家屋を自用に供する目的の下に買受取得したこと明であり、賃借人である被告若林勇に対し解約の意嚮のあつたことは毫も疑を容れぬところではあるけれども、其の申入を為した日時に至つては明確だとは云い難い。尤も原告より被告等を相手取り東京簡易裁判所に対し本家屋明渡に関し調停の申立を為し調停の行われたことは当事者間に争もないが、其の時期内容共必ずしも明瞭とは云い得ぬ恨がある。然し乍ら本訴は昭和二十五年五月二十日提起せられ、訴状副本は同月二十六日被告若林勇に送達せられたこと、並に同訴状には賃貸借契約の終了を原因として同被告に対し本家屋の明渡を求める旨の記載の存すること、当裁判所に顕著故、之を以て解約の申入と解するに妨あるべき筋合はなく、従つて解約申入を為すに付き正当の事由を存し、且之が継続する限り、解約申入は其の効を生じ、原告が井野宗一郎より承継した賃貸借契約は昭和二十五年十一月二十六日を以て消滅すべきものと云わねばならぬ。

そこで正当の事由の存否に付き検討するに、原告は先ず自用の必要、即ち原告経営の通信学会の雇人山村秀男の住居及び同人の担当する印刷工場の拡張、並に原告の通勤すべき計理士事務所の開設に資し度いと云う。而して証人風間是宏、山村秀男の各供述、乙第六号証の記載に依れば、山村秀男は元来印刷業者であつたが、戦災に逢い資財を失い困窮し、僅に謄写版印刷業に従事して居る中、偶然原告と知合い原告の経営する英数通信学会の雇人として印刷を担当することとなり、原告の父風間是宏に於て本家屋の一部を賃借して以来、原告の指示に従い之に居住し、妻及び子四人を疎開先より呼寄せ印刷に関する会務を処理し来つたが、収支償わず、原告の負担に加重を齎す関係上、印刷業務は同人が独立して営む体となしたが、工場も広からず、施設を完備すること能わざるのみならず、同人一家六名の起居するところは、上下四畳半各一室に過ぎぬ有様で、生活甚だ不自由であり、営業上能率を発揮するに至らず、一方原告は松戸市肩書地に妻子と共に居住し、一時は私立明治大学講師として国際金融経済を講じたこともあつたが、既に退職し、現に東京都新宿区神楽坂に小事務所を借用し計理業務に従事して居り、出来得べくんば、本家屋内に其の事務所を開設し度い意嚮であることを窺うに十分である。被告等は山村秀男は原告の父風間是宏の雇人に過ぎず、原告とは関係ないし、風間是宏は他に宅地建物等資産を有し、原告の為にも山村秀男の為にも他に執るべき方策を存するに依り、敢て本家屋の利用を必要とするものではないと抗争し、証人風間是宏、井野宗一郎の各供述、被告本人若林勇の訊問の結果、乙第七、八号証の各記載に依れば、原告の父風間是宏が被告等主張の如き資産を有し、出版業慶文堂を経営し、出版界に於て相当の地歩を占める人物であることは悠に之を認めるに足るけれども、其の余の点は明確とは云えず、原告が父風間是宏の資力に訴え他に方策を講ずるのは固より自由であろうが、被告等より斯くせよと指示し得べき限りではない故、原告の主観に於ては、本家屋の明渡を求めるに付き一応正当の事由を存するものと云わねばならぬこと疑を容れぬ。

然し乍ら解約申入に関する正当性は独り賃貸人側に立つてのみ判断すべきものではなく、賃借人側に於ける事情をも十分斟酌考慮し彼此対照の結果決定せねばならぬこと勿論である。そこで賃借人側に於ける事情に付き考究するに、(一)其の額は後段説示に譲ることにするも、兎に角被告若林勇は本件に現われた全証拠に依つても、原告に対し其の買受取得以来、原告の求めるが如き賃料の支払を為し、又は之を為そうとした形迹を認め難い。此の点に関しては前叙認定の通り、被告等に於て原告の所有権取得を争う当然の結果であり、軈て本家屋の所有権帰属が明確になつても、猶且支払を拒む意嚮でもあるまいことは、乙第十七及び第十八号証の各記載に依り窺われはするけれども、兎に角前顕井野宗一郎対原告及び富樫茂美間に於ける昭和二五年(ワ)第二三七三号売買無効確認等請求訴訟が当裁判所に顕著な如く第一審に於ては井野宗一郎の敗訴(乙第四号証)となり、控訴審に於ては所謂休止期間満了し取下と看做されるに至り、第一審判決の確定を見るに至つたに拘らず、被告等が本訴に於ける主張を維持し、態度を改めようともしないのは、賃貸人の地位を承継した原告に取つては心外に感ずる節もあるべく、相互の信頼関係に根底を置かねばならぬ家屋賃貸借契約を将来久しきに亘り継続せしめるが如きは稍々困難な状況に在らしめるものと断定するの外はない。(二)被告若林勇は当事者間に争のない通り原告の買受直後一家を挙げて本家屋より退去し鎌倉に移転したが、証人山村秀男の供述、被告本人若林勇の訊問の結果、並に甲第三乃至第五号証の各記載に依れば、其の後本家屋には近江証券株式会社、東邦書林、明朝社或は会津産業株式会社の標札看板の類の掲げられたこと明白である。尤も被告本人若林勇の訊問の結果に依れば、近江証券株式会社は被告若林勇の主宰する会社、東邦書林は同人の出版業上の商号、明朝社は寄寓者被告若林芳雄の印刷業上の商号に過ぎず、又会津産業株式会社に付いては、看板の掲載を許し、同社と外部との連絡の便宜を謀つたばかりで、本家屋を同社に使用収益せしめたものではないと認められる故、深く咎むべき筋合でもあるまい。然し乍ら被告等は原告より本訴提起に先立ち仮処分執行を受け、執行吏に於て本家屋部分の占有を為すに至つたに拘らず、本家屋には其の後島田増三郎の標札及び同人経営に係る株式会社東栄堂書店市販売部の看板が掲載せられ、或は久保田清太郎一家が之に居住するに至つたこと当事者間に争なく、而して被告本人若林勇の訊問の結果乙第十二号証及び真正に成立したと認められる乙第十三号証の各記載に依れば、斯る標札看板を掲載したのは、被告若林勇に於て知人島田増三郎の信用を利用し、且其の電話を本家屋内に移動し、其の援助の下に其の名に於て書籍卸商を営もうとする便宜の措置に過ぎなかつたかとも認められ、従つて島田増三郎をして本家屋に付き使用収益を為さしめたと迄は云い難いにせよ、原告其の他第三者は将来被告若林勇に於て営もうとする書籍卸業に付き経営者を確知し難いような結果に陥り、取引上其の他の債権債務についても紛争を醸さしめる虞なしとせざるに至ろうし、又被告本人若林勇の訊問の結果に依れば、久保田清太郎一家の居住は、軈て被告若林勇が鎌倉より本家屋に移転する迄の間暫時留守居を依頼した為に過ぎず、従つて同人は独立占有者でもないかのようでもあるけれども、凡そ留守居と呼ぶ以上は、依頼者との間に雇傭、扶養者等少くとも従属関係があつて、家屋占拠に関する限り、依頼者の命令一下直に退去に応ずる意思を有し態勢を整え、又依頼者に於ても之を実現せしめ得る事実上の力を持つか、或は依頼者対被依頼者間の関係が対等であつたにしても、被依頼者は他に生活の本拠を有し、留守居の役目が終了した場合は何時でも退去出来る状態に在らねばならぬところ、被告本人若林勇の訊問の結果に依れば、久保田清太郎は茨城大学の教官として遠距離通勤をして居ること明白で、被告若林勇との間に雇傭其の他従属関係ありと認むべき証拠の存在せず、かつは同人が他に生活の本拠を有すること明確でない以上、同人一家の居住を以て単純な留守居とは解し難く、同人は被告若林勇より使用収益を許され独立して本家屋の一部を占拠するものと認めざるを得ない。況んや夫れが仮処分決定執行中なるに於ては、一層被告若林勇の所為には法令に反し信義に欠けるところあるものと云うの外はない。又被告若林勇が当事者間に争のない通り仮処分決定執行中なるに拘らず、壁の塗替、便所の改装を試みたことも、家屋の維持保存上、敢て原告に不利を来さしめぬにしても、問題となる虞は十分存するものと云わねばならぬ。被告等は被告若林勇に於ては、前所有者井野宗一郎より予め転貸等に付き承諾を得た旨主張するけれども、証人井野宗一郎は必ずしも之に符合する証言をしないのみならず、久保田清太郎一家の居住は原告の買受取得後に係る昭和二十七年三月以降のこと故、之を以て原告に対抗し得べき限りでもあるまい。以上認定に反する証拠は総て採用しない。

斯くの如く観じ来るときは、被告若林勇に於ては仮令其の主張の如く将来其の知人島田増三郎後援の下に其の信用資力に便乗し、本家屋を利用し書籍卸商を営むことが得策であり、或は更に進んで其の生計維持上絶対に必要であつたにしても、賃貸人原告に対する関係に於ては甚だ誠実を欠く賃借人と云うの外はなく、前叙の通り一面原告にも本家屋の明渡を必要とする事情の存する以上、其の必要が絶対のものではないにしても、原告が被告若林勇に対し賃貸借契約を継続し難いものとして解約の申入を為したのは、結局正当と云わねばならぬことに帰着しよう。従つて原告対被告若林勇間に於ける本家屋賃貸借契約は昭和二十五年五月二十六日の翌日より爾後六ケ月の法定期間を経過した同年十一月二十六日限り終了し、同被告は原告に対し賃借中の本家屋部分を明渡さねばならぬ。被告若林芳雄は当事者間に争ない如く一家を挙げて既に本家屋より退去したにしても、猶本家屋内に動産を遺留して居る以上、之亦被告若林勇の賃借権の消滅に伴い、使用権限消滅の結果、同様其の動産を引取り、原告に本家屋部分の明渡を為さねばならぬこと云う迄もない。

而して見れば、被告等に対しては其の余の争点に関する判断を待つ迄もなく、本家屋部分より退去明渡を命ぜねばならぬところ、原告は猶被告等に対し賃料及び之に相当する損害金の請求をするに依り案ずる、本家屋が大正十二年関東大震災直後の建築に係り、当初東側一戸に付いては賃料月額五十円、西側の一戸に付いては同月額金四十円の定であつたことは争なく、其の後昭和二十二年九月一日物価庁告示第五四二号、昭和二十三年十月九日物価庁告示第一〇一二号、昭和二十四年六月一日物価庁告示第三六八号に基き順次賃料の増額が許されたこと故、原告が本家屋を買受取得した昭和二十四年七月二十六日当時に於ては、東側一戸分に付いては月額金五百円、西側一戸分に付いては月額金四百円となり、被告等の占拠使用中の東側一戸全部及び西側一戸の中二階三坪七合五勺に付いては按分計算の結果、金五百八十八円二十三銭となること明白である。更に其の後昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号に依り、同月一日より賃料の増額が許されるに至つたところ、甲第一、二号証の各記載に依れば、本家屋延坪三十六坪二合五勺の賃貸価格は金七百五十七円で、其の敷地東京都千代田区神田神保町一丁目二五宅地二十六坪八勺の賃貸価格は金五百七十三円七十六銭であること明白故、被告等占拠使用中の家屋部分東側上下十九坪二合五勺、西側の中三坪七合五勺計二十三坪及び当事者に争なき之に相当する敷地々積十五坪に之を按分し、之を基礎として計算するときは、純家賃は月額金千三百九十二円八十銭、地代は月額金五百四円七十五銭、計金千八百九十七円(円位以下同告示に依り切捨)となる。猶昭和二十六年九月二十五日物価庁告示第一八〇号に依り、同年十月一日より賃料の改訂が許されるに至つたので、甲第十三及び第十四号証の各記載に依り認められる本家屋全部の価格金四十一万一千八百四十円、宅地全部の価格金五十一万六百四十六円を基準として前同様計算するに、其の額は従前の停止統制額に達しないので、同告示第一の四(1) 及び第二の二1に従い、従前の停止統制額を以て適正賃料額とする外はない。ところで、被告は当初約定賃料額は変更せられたことはなく、原告は被告若林勇の承諾なくして賃料増額を為し得べきものではないと主張するに依り案ずるに、賃料額改訂に関する物価庁告示は之に依り当然賃料の改定を来すものでないことは勿論ではあるが、其の所定最高額の範囲に於ては賃貸人より自由に賃料の増額を請求し得べく、一面賃借人は之を拒否することを得ないものと解せられるし、物価庁告示が告示の日より遡つて適用せられる例あることより見ても、賃貸人の其の増額通告は物価庁告示の許す範囲内に於ては遡つてすることも出来ると為すのを妥当とするところ、本件弁論の全趣旨より推定すれば、原告には夙に賃料増額の意思あり、しかも被告若林勇に対しても本訴経過中に之を通告したものと認められるに依り、原告対被告若林勇間の賃貸借契約に於ける賃料は前叙の如く数額に変更を来すに至つたものと為さざるを得ない。従つて被告若林勇は原告に対し昭和二十四年七月二十六日以降昭和二十五年七月三十一日迄一ケ月金五百八十八円二十三銭、同年八月一日以降本家屋部分明渡済に至る迄一ケ月金千八百九十七円の割合に依る賃料又は之に相当する損害金を支払わねばならぬし、又被告若林芳雄は原告に対し賃貸借契約解除後の昭和二十五年十一月二十七日以降明渡済に至る迄一ケ月金千八百九十七円の割合に依る損害金を被告若林勇と連帯して支払わねばならぬ。然し乍ら原告対被告若林勇間の賃貸借契約の存続する限りは、原告は被告若林勇より前叙割合に依る賃料を収取し得るに依り、仮令被告若林芳雄が被告若林勇の許に同居したところで原告に特に損害ありとも云えぬ関係に在り、特に損害のあつた旨の原告の主張及び立証のない以上、原告の被告若林芳雄に対する契約消滅以前の賃料相当損害金の請求は失当と云うの外はない。

依つて原告の本訴請求は以上の説示の限度に於てのみ正当として認容し、其の余は之を棄却し、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第九十二条但書、第九十三条第一項本文に則り、又仮執行の宣言に付いては事案の経過に鑑み、同法第百九十六条第一項第三項を適用し、特に担保を立てしめた上之を許するのを相当と認め、主文の通り判決することにした。

(裁判官 藤井経雄)

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