東京地方裁判所 昭和25年(ワ)2864号 判決
原告 佐藤市二
被告 伊藤秀誉
一、主 文
被告は原告に対し東京都中野区新井町五百八番地所在家屋番号同町千四百二十二番一、木造瓦葺平家建一棟建坪十八坪二合五勺を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、主文第一項に掲げた建物はこれに備付けられている畳、建具その他雑作一切と共に原告の所有に係り、原告は右建物を中野フミに賃貸しておいたところ、昭和二十五年五月被告は中野から賃借権の譲渡を受けたと称し、原告の承諾もないのに勝手に右建物を占有し、次いで訴外佐々木忠春に代理占有をさせ、原告に対抗し得る正当の権原もないのに、右建物を占拠しているので、原告は所有権に基き被告に対しその建物の明渡を求めるものである。なお被告の賃借権譲受が適法であつて原告との間に賃貸借関係が存在し、従つて原告の上叙請求が理由がないとされる場合は、被告は昭和二十五年十二月末、原告の許諾なくして佐々木忠春に本件建物を転貸し、同人をして居住させているので原告は右無承諾転貸を理由としてここに被告に対し賃貸借契約解除の意思を表示する。さすれば原被告間の本件建物賃貸借は終了したわけであるから右終了による賃貸建物の返還を予備的(第二順位の請求原因とするの意)に求めるものである。被告の抗弁事実を否認すると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の建物が、これに備付けられている畳、建具その他雑作一切と共に原告の所有に係り、原告は右建物を中野フミに賃貸していたこと、昭和二十五年五月上旬被告において中野から右建物賃借権の譲渡を受けて右建物を占有し、次いで訴外佐々木忠春を留守番においていることは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。又原告主張の予備的請求原因については、すでに述べた通り佐々木は留守番であつて、同人に本件建物を被告が転貸した事実はないと述べ、抗弁として被告が中野から本件建物の賃借権を譲受けるにあたつては原告の承諾があつたものであるから被告は原告に対する正当な賃借人であると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告主張の主文第一項に掲げた建物が、これに備付けられている畳、建具、その他雑作一切と共に原告の所有に係り、原告は右建物を中野フミに賃貸していたところ、昭和二十五年五月上旬被告は中野から右建物賃借権の譲渡を受けたと称して右建物を占有し、次いで訴外佐々木忠春をして居住させている事実は本件当事者間に争がない。よつて被告の抗弁についてしらべて見ると、証人佐藤彦二の証言並に被告本人訊問の結果の各一部を綜合すれば、本件建物の賃借人中野フミはその建物賃借権を昭和二十五年四月被告に権利金十余万円を徴して譲渡し、原告に右譲渡の承諾を求めて、本件建物について一切原告を代理していた原告の妻から拒絶されたにも拘らず、原告に無断で右建物を被告に引渡したので右事実を知つた原告の妻と被告との間に同年五月上旬、紛争を生じたが、結局訴外中沢嘉次の斡旋により原被告間に被告から金三万円を権利金として原告に支払つたから、本件建物を公正証書による契約で被告に賃貸する旨の契約が成立したが、右三万円については原告側は権利金として受領することを主張し、被告は畳、建具その他の雑作代金として欲しいと主張し、中沢の斡旋の結果、漸く権利金とすることに協定ができた経緯であつたところ、被告は金三万円を原告に提供したが、さきの協定に拘らず、畳、建具その他の雑作代金として交付したので、原告の妻は一応預り証を被告に交付し、右三万円を預つたけれども、予て、原告からの依頼で、原告の妻の相談相手となつていた訴外古屋保は、右三万円の提供を不当とし、原告の妻の承諾を得て右三万円を翌日被告に返還したので、原被告間の本件建物賃貸借契約は形式上も終に成立するに至らなかつたことが認められる。証人佐藤彦二の証言中右認定に副わない部分並に被告本人の供述中、右認定に反する部分はいずれも信用ができないし、証人伊藤秀久の証言はこの点に関する確証とは認め難く、その他右認定を左右し得る証拠はない。右認定に係る事実を、証人佐々木忠春の証言並に谷畑ふじ江に対する本人訊問の結果から推知できるように本件建物が元来居住の用途に使用されるものであることとを綜合して判断すれば、権利金の授受を条件とする上叙建物賃貸借契約は地代家賃統制令に違反し、いわゆる不法条件を附した契約として無効(この場合条件だけが無効で無条件の賃貸借と解すべきものとする考え方がでるであろうが、本件の場合においては不法占拠後において、その既成事実を適法ならしめようとして、なされた契約であることはすでに判示した通りであるから、条件のみを無効と解し、賃貸借のみを有効と解することは、被告の不法所為のみを是認する結果となり当事者双方を公平に保護しようとする法の精神に沿うものではない。)であるばかりではなく、形式上も、条件の不成就により賃貸借契約は成立しなかつたことが認定の如く明であるから、被告がその賃借権譲受につき原告の承諾を得たとする抗弁は採るに足らない。
して見れば所有権に基き被告に対し本件建物の明渡を求める原告の請求は正当であり、訴外佐々木忠春が被告の主張する如く単なる留守番であつても、或は原告主張の如く賃借人(被告の)であつても被告は同人を退去させて本件建物を原告に明渡すべき義務があるわけである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を(仮執行の宣言は必要がないと認めて棄却する。)適用して主文の通り判決する。
(裁判官 毛利野富治郎)