東京地方裁判所 昭和25年(ワ)3344号 判決
原告 市原一郎 外二名
被告 京成電鉄株式会社
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、請求の趣旨
原告等訴訟代理人は「被告が昭和二十五年三月十六日附で原告に対しなした懲戒解雇の意思表示が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
三、事 実
その請求の原因として、「原告市原は運輸課書記補、京成千葉駅助役、原告谷川及び原告水野は同駅出札係兼改札係として被告会社に勤務する者であるところ、被告会社は昭和二十五年三月十六日原告等に対し同会社懲戒規程に基き懲戒解雇の意思表示をなした。しかし右の意思表示は次のようなわけで何れも無効である。即ち(第一)原告等は右規程第一條に懲戒事由として規定してある「職務上の義務に違反し、又は不正行爲をしたとき」に該当する行動をしたことがない。もつとも被告会社は原告等に対する懲戒決定書(甲第一号証)中に於て、右懲戒事由該当の事実として、原告等が前記勤務に從事中出札收入金の所謂終車締切を行い共謀して右收入金の内から、原告市原は昭和二十五年二月上旬金三千円及びその頃数回に亘り若干額、原告谷川は同年三月上旬数回に亘り合計金七千円、原告水野は同年二月中金四千円を夫々流用したこと(公金流用)及び勤務中職場を放棄して、原告市原はその頃屡々千葉競輪場へ行き、原告谷川は同年三月九日夜外泊し、しかも翌十日朝駅に帰るや勤務中の出札主任代理高木久子を理由なく毆打してその執務を妨害したこと(職場放棄、暴行)を挙げているが、先ず(一)原告市原についていえば、その流用したといわれる三千円とは、たまたまその頃親戚の娘から生活費の盜難にあつた窮状を訴えて金員融通方を依頼されたので一時これを出札收入金から借用して同人に交付し、その日の夕方返済したに過ぎないものであつて、公金流用と称すべきものでないし、その他にも公金を流用したことはない。又原告市原が勤務時間中二、三回千葉競輪場へ行つたことはあるが、それは駅長の命によりその場内視察を行つたのであるから職場放棄ではない。次に(二)原告谷川は同僚周郷久男に金策を依頼され急場のことで他に手段がなかつたので一時出札收入金から金七千円を交付したのみであつて、それも間もなく返済し、その他に公金を流用したことはなく、又三月九日の外泊は市原助役の許可を得て、しかも休暇券使用による休暇をとつて外出したものであるから職場放棄でない。なお高木久子を毆打したとはいうものの極めて軽微のことであり、直ちに陳謝の上了承解決済のことである。更に(三)原告水野については、同年二月中実兄に渡すべき一月分の生活費を費消してしまいこれを兄から督促されたので、止むなく一時出札收入金から金四千円を借用したが、間もなくこれを返済し、しかも二月分の出札收支はその後月報により会社に報告して承認され終了しているのである。いわんや原告等が所謂終車締切をしていたのは便宜一般の慣行に從つたまでであつて、それより共謀して公金を流用したという如きことは全くない。從つて前記被告の挙げる事実は一部無根であり、然らざるも職務上の義務違反とか不正行爲とかとして責められる筋合のものではない。(第二)仮に原告等の行爲が前記懲戒規程に掲げる懲戒事由に該当すると認められるとしても、同規程第二條但書は「反則軽微又は改悛の情顕著のときは訓戒に止めることがある」と定めており、右行爲はこの條項に該当するものであるのみならず、被告会社に於ける懲戒解雇の前例、慣行等に照してもこの程度の行爲は解雇の事由たるに値しない。(第三)なお仮に原告等の行動にして責むべきものがあつたとしても、本件解雇に当つては被告会社はその就業規則及び前記懲戒規程所定の懲戒手続を践んでいないので前記解雇の意思表示は効力を生じない。即ち(一)右就業規則第六十三條には「懲戒は懲戒委員会の議を経てこれを行う。從業員には懲戒委員会において弁明の機会が與えられる。(以下略)」と規定してあつて、この規定の趣旨よりすれば懲戒委員会は單に本人に弁明の機会を與えるのみならず、証人、参考人はもとより弁護人による弁論をも許容し、なお特に解雇に問議する如き場合には数回の委員会を開いて愼重審議すべきものである。しかるに本件に関して昭和二十五年三月十五日開かれた懲戒委員会は、弁護人どころかその開催中原告等を軟禁し、各人別に脅迫的言辞を以て供述を強要し(原告谷川の如きは威圧を受けて貧血状態に陷つた程であつた)、殆ど弁明をきかなかつた。のみならず本件暴行被害者たる高木久子を駅長にも通達しないで駅務から離脱させて拘禁の上これに供述を強制したものであり、又前記委員会では事実に対する心証不充分として更に調査を継続するという結論になり、事実同席上の証言内容は不一致で更に愼重審議すべきであつたに拘らず、被告会社は右一回の委員会を開いたのみで翌日急拠本件解雇を決定してしまつたのであつて、これらは違法の手続というべきである。(二)右懲戒規程第十一條によれば「懲戒委員会は会社側及び組合側に於て選出した同数の委員を以て構成する」ことになつているに拘らず、前記三月十五日開催の委員会に出席した委員の数は会社側委員福田電車部長以下四名、組合側委員兼坂汰一以下七名であるから、右委員会は定数を欠き有効に構成されていない。(しかも会社側委員として出席していた加藤運輸係長は中途退席し最後決定の際はいなかつた)(三)右規程第十四條によれば「懲戒委員会は懲戒が決定したときは左の懲戒決定書を作成しなければならない。(以下略)」とあるが、本件懲戒委員会は右のような書類を作成していない。もつとも本件についても懲戒決定書なる書面は存するが、同書面上には懲戒委員会の表示も各委員の氏名の記載もなく、委員長の氏名すら明かにされていないから、とうてい同委員会の作成したものとみることはできない。(四)しかも同規程第十條は「懲戒は懲戒委員会の決議に基いて社長がこれを行う。一として懲戒に対する委員会の決定権及び社長の執行権を区別し、更にその第十四條以下で書類の作成、送付、交付の手続が定めてある。しかるに右の所謂懲戒決定書にはその末尾に「依而夫々主文の通り決定する昭和二十五年三月十六日社長」と記されているから、これによれば社長が懲戒を決定したものとなすの他なく、從つて右決定はもとよりその後の執行も亦違法たるを免かれない。(第四)仮に上述の主張にして何れも理由のないものとせられるとしても、本件解雇は実に前記のような懲戒事由によつて行われたものではなく、原告等のなした正当な組合活動に帰因し、原告等を組合から排斥することを目的としてなされたものであるから、右は労働組合法第七條に所謂不当労働行爲に他ならない。即ち原告等は組合員として乘務員の乘務行路変更の際の短縮運動に努力成功し、購買の批判等をなし、これらを通じ組合員の支持を得ていた。しかるに組合の要求が屡々会社の拒否に逢い、又一部組合役員中賣店経営、社宅居住等の問題に際し私利に走つた者があつた等のことが原因となつて組合員中にこれを批判する者が生ずるや、一部の役員は自ら反省することなく、却つてこれらのことが原告等の煽動等によるかの如く曲解して原告等を排斥しようと企てるに至つた。かくて彼等一部の組合役員が本件を作り上げ組合大会を目前にひかえて急ぎ前記懲戒委員会を開き原告等を追放しようとはかつたのであるが、予てから原告等の組合活動を快く思つていなかつた被告会社は右組合内部の動きを利用して原告等を解雇し、これによつて組合を弱体化しようと企図したのであつて、それが本件解雇に他ならない。これを要するに被告会社は原告等に対してなした前記懲戒解雇の意思表示はその効力がないことが明かであるから原告等は現に被告会社の從業員であるので、その法律関係の確定を求めるため本訴に及んだ次第である、」と陳述し、「被告の抗弁事実中原告等が昭和二十五年三月十七日津田沼電車部長室に於て懲戒決定書及び解雇辞令を受取り、更にその後離職票、給料及び若干の金員を受領したことを認めるが、その余の点を否認する。原告市原は右受領に当り原告等を代表して種々抗議的質問をなした上本件解雇処分に承服しない旨を明かにし、なお直ちに組合大会に本件を問題として提出し、社長等を訪問して法廷手続に訴えることを明言し、以て異議を止めているのである。しかも懲戒決定書なるものはこれを受領したからといつて直ちにその懲戒を爭い得なくなるというものではないし、離職票受領の如きが解雇の承認にならないことは多くの先例もあることである。而して原告等は右懲戒決定書を交付されるや直ちに被告会社に対し生活資金の貸與を求めたところ、被告会社もこれを容れて給料残額の支拂と共に右資金を貸してくれたのであつて、前記支給を受けた若干の金員は右貸與金に他ならない。」と述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として「原告の請求原因事実中原告がその主張のような職務を分担して被告会社に勤務していたことは認めるが、被告会社は昭和二十五年三月十六日同会社懲戒規程に基き原告等に交付した懲戒決定書(甲第一号証)中に記載された原告等主張の懲戒事由該当の事実ありとして原告等を懲戒解雇したもので、これにより原告等は被告会社の從業員たる地位を喪つたものである。而して(一)公金流用は出札收入金を無断借用した事実があれば懲戒事由に該当するのであつて、その返済の有無等の実害如何はこれを問わない。(二)駅長が原告市原に対し競輪場視察を命じたことは否認するが、仮にこのようなことがあつてもそこで車券を購入したらそれは職務行爲を離れたものである。(三)特に原告市原が駅の責任者たる助役の身分にありながら自ら本件のような行爲をなし又部下の不正行爲を默認したことは惡質な行爲である。(四)原告谷川は昭和二十五年三月九日夜の外泊につき予め市原助役の許可を得たというが、市原は同夜駅にいなかつた。しかも同日の出勤簿中谷川に関する記載ははじめ出勤していたことになつており、同月十三日に至りそれが訂正されているのであるが、右は本件問題が発覚しかゝつてからはじめて休暇券使用による休暇をとつた如く裝つたものとみられる。(五)更に原告谷川に対し被告会社は高木久子を毆打した行爲そのものを責めるのではなく、これによつて会社に於ける高木の執務が妨害され損害を受けたことに対する責任を問うているのである。原告会社の就業規則及び懲戒規程中に夫々原告主張の通りの規定があること、右解雇に関する懲戒委員会が同年三月十五日開かれたこと、右委員会に出席した委員の構成が原告のいう通りであること及び懲戒決定書並に懲戒委員会又は委員、委員長等の氏名の表示がなく、その末尾に原告のいうような記載があることは何れもこれを認める。原告等の組合活動及び労働組合内部の役員間に存する事情の点は知らない。その余の事実は全部これを否認する。なお(第一)原告等は情状論を述べその各人の事情及び被告会社の從前の懲戒例に照しその行爲は解雇の事由にならないといつているけれども、從來とても懲戒解雇の例は多数あるのみならず、その解雇の事例中にも本件の如く職場の者が意を通じて公金流用等を行つたというような惡質なものはないのであつて、却つて被告会社の如く毎日の現金收入を以て営業の基本とする事業にとつてはかゝる行爲は峻嚴な処罰を以て臨まなければ会社存立の基礎をも危くするおそれがあるのである。次に(第二)懲戒委員会の手続につき被告会社の見解を述べれば、(一)本件に関する懲戒委員会は昭和二十五年三月十五、十六の両日開催され、そこに於て原告等に充分弁明の機会を與え、関係者を平穩且つ公平に審問したのであつて、第一日の審議により委員の事実の認定についての意見は一致したけれども更に決定を翌日に延期して愼重審議を重ね、係長も第一日終了後自ら進んで更に事実を調査してこれを第二日の委員会に報告し、その結果本件懲戒の決定を下したものであるから、その間何等違法、不当のことはない。(二)懲戒規程第十一條に所謂「懲戒委員会」とは常置機関として設置されている懲戒委員会を指称し、現実に事件を審査する爲に開く場合の懲戒委員会をいうのではない。而して原告等が審査を受けた電車部の懲戒委員会は会社側、組合側夫々同数の各七名の委員を以て構成されているから、この点について違法はない。なお事件毎に開く懲戒委員会の成立については特別の規定がなく、その決議に関し出席委員の過半数を以てする旨の定めが存するのみである。(三)本件懲戒委員会は右規定第十四條に從い懲戒決定書を作成した。而して懲戒決定書には作成名義者として委員会又は委員等の表示があることを要しないのであつて、これに関する被告会社の從前の取扱をいえば、先づ懲戒委員会が名義の記入しないものを作成して関係書類と共にこれを人事課に送付し、同課に於てこれを懲戒発令書と兼ねしめる爲末尾に「社長」なる記入をなし、更に社長の決裁を求めることになつているのである。(四)なお原告は社長が懲戒に関し執行権のみを有する如く述べているが、その根拠として援用する同規程第十條の趣旨は社長が委員会の決議を参考として決定権を行う意味であり、かゝることは人事権の行使たる懲戒の本質からいつても当然の事理である。從つてこの間にも手続に違法はない。最後に(第三)不当労働行爲の主張に対しては、被告会社は同年三月十三日原告等の行爲を知つたのであるが、この種の行爲は前記の如く会社の基礎を危くするものなので類似の事故の発生を根絶する爲直ちに対策に入り本件懲戒委員会を開催した次第であつて、その間組合関係のことを考慮する如き余裕のなかつたのは勿論原告の主張する如き不当労働行爲の存する余地は全く存しないのである。しかしながら仮に上記の点につき原告の主張が認められるとしても、被告会社は昭和二十五年三月十七日原告等を津田沼電車部長室に呼び本件懲戒解雇を言渡したのであるが、原告等はこれに対し異議を留めることなく懲戒決定書及び解雇辞令書を受領した(原告市原はむしろ「私は仕方がないが、若い者の將來をお願いする」と述べて自己に対する解雇処分を積極的に了承した)のみならず、原告市原は更に原告等を代表して運輸課から離職票、給料及び一ケ月分の給料額に相当する解雇予告手当を受取り、以て爾今雇傭関係の終了に関する爭をしない旨を約したものであるから、もはや本件解雇の効力を爭い得ないのである」と陳述した。(証拠省略)
四、理 由
原告市原は運輸課書記補、京成千葉駅助役、原告谷川及び同水野は同駅出札係兼改札係として被告会社に勤務していた者であることは当事者間に爭なく、また被告会社が昭和二十五年三月十六日同会社懲戒規程に基き原告等に懲戒解雇の意思表示をしたことは当事者間に爭がない。以下に右意思表示の効力につき順次檢討する。
第一、懲戒事由該当事実の有無(懲戒規程第一條関係)
前記懲戒規程第一條が懲戒事由として「職務上の義務に違反し、又は不正の行爲をしたとき」と規定していること及び被告会社は原告等に対する右事実該当の具体的事実として懲戒決定書中に原告主張のような事項を掲げていることは当事者間に爭がないから、先ず右のような該当事実の存否を原告各人につき考察しよう。
(一) 原告市原一郎につき、同原告が昭和二十五年二月上旬京成千葉駅出札收入金中から金三千円を自己の用途に借用したことはその認めるところであり、右の事実はその事情如何は別として公金を流用したものといわなければならない。次に原告がその他にも公金流用をしていたことを裏附ける爲、帳簿の記載にやりくりがなされていたことを立証する資料として被告は乙第二十四号証の一乃至二十、第二十五号証(爾余の原告等にも共通の証拠である)を提出しており、これに証人(森本健、第二回)の証言を綜合すると、京成千葉駅の昭和二十五年三月一日上野公園駅行乘車券につき同駅乘車券簿(右二十四号証の一、二)の記載に六十枚(三千円相当)の不一致があること、被告会社の乘車券は通用期間当日限となつているのであるが、京成千葉駅の同月三日及び五日の上野公園駅行乘車券は一枚も発賣されていないことに記載されているに拘らず上野公園駅には京成千葉駅発賣の乘車券が三日二十五枚、五日四十一枚、着札していること、三日には町屋行乘車券を発賣しなかつたことになつているに拘らず町屋駅に同日二十四枚着札していること、同月一日の乘車券簿第一欄及び同月十三日同欄に「60」なる意味不明の文字が記入してあること、乙第二十四号証の六及び七を対照すれば同月九日から十一日の間上野公園駅行乘車券は番号からいえば十二枚しか賣れていないのに発賣数量は七十二枚として記入計算してあること及び同月十三日会社の京成千葉駅に対する檢簿が行われたことが認められ、これらの事実を綜合してみると三月一日以後に三千円程度の公金が浮いていてこれが同月十一日頃返還されていること、町屋駅行乘車券発賣による收入金の一部が流用されていること等が疑われないわけでもない。しかしこれに対し原告市原一郎及び原告谷川義久各本人訊問の結果を右各号証に比照してみれば、右乘車券簿上の上野公園駅行乘車券六十枚の不一致、三日及び五日の同駅着札及び三月一日及び十三日の同簿上の「60」なる数字の記入はもと出札主任高木久子及び出札係谷川義久の單なる誤記入及びその訂正操作によるものであること、町屋駅行乘車券の点については、たまたま同駅及び京成酒々井駅行乘車券の運賃が同額であつたので、後者の乘車券を前者にふりかえて発賣したことによることにつき反証があり、これを更に覆えすに足る証拠がない。從つて前記乙号証はこれを採用しないこととする。しかしながら原告等が所謂終車締切(その内容は証人高木久子、元木菊藏、光井健及び原告市原の供述によれば、元來各駅の乘車券の賣上は各一日分毎に朝八時に締切り、その金額を現金を添えて電車区に報告することになつているに拘らず、これを前晩の終車後締切つて報告のみは朝締切つたものとして行うことをいう。この方法によれば朝の始発から八時までの收入金が浮くことになる。)を行つていたことはその爭わないところであり、これにその拇印の成立につき爭がないので眞正に成立したものと推定される乙第八号証、証人高木久子の証言により成立を認め得る乙第十七、十八号証、証人首藤浩及び福田郁次郎の証言により成立を認め得る乙第二十号証の一並びに右証人高木久子、森本健(第一回)の証言を綜合すれば、原告がその頃数回に亘り出札收入金中から数百円宛を自己の用途に流用していたことを推知するに足り、原告本人のこの趣旨に反する供述部分はこれを信用しないし、その他にはこれを覆えすに足る証拠はない。更に原告がその頃勤務中二、三回千葉競輪場へ行つたことは自認するところであるが、原告はこれに対し右は駅長斎藤要太郎の命を受けて視察に行つたものと弁疎し、証人斎藤要太郎の証言によれば同駅長は昭和二十四年九月及び翌二十五年一月にこのような視察を命じたことが窺われる。しかしながら証人高木久子の証言によれば、原告が昭和二十五年になつてからも三、四回は職場を離れて競輪場へ行つたことが認められ、これに反する原告本人の供述部分は信用しないし、更に右高木証人の証言により認められる原告が競輪に行く際乘車券の賣上金中から若干を持参した事実(もつとも同証人は原告が三月より前には賣上金を持出したことがない旨を別に述べており、もし同年三月の千葉競輪が光井健や原告市原の供述のように下旬にはじめて開かれたとすれば本件解雇がそれ以前に行われたのであるから、高木証人の言葉は前後矛盾することになるが、この点は「三月より前に賣上金を持出したことがない」という部分が同証人の思い違いであると認める)に前記乙第二十号証の一及び証人森本健(第一回)、福田郁次郎の証言を綜合考察すれば、原告は競輪場に於てその際少くとも二回程は車券を購入したことを推知するに難くないのであつて、これに反する原告本人訊問の結果も亦信用しない。そうして車券購入は駅務上の視察行爲とはいえないから、これらを総括して原告に数回の職場離脱があつたものと認めなければならない。
(二) 原告谷川義久につき、同人が昭和二十五年三月頃出札收入金から金七千円(もつとも原告はそれが数回の合計でなく一回だというが、拇印の成立に爭がないので、眞正に成立したものと推定される乙第九号証成立に爭のない乙第十三号証、前記乙第二十号証の一―但し認定と矛盾する部分を除く―及び原告本人訊問の結果により、この点は原告主張通りであると認める。)を流用したこと、同月九日外泊したこと及び翌十日朝出札主任高木久子を毆打したことはその認めるところである。原告はこれに対し右外泊につき予め市原助役の許可を受け、休暇券使用による休暇として職務を離れたものである旨弁疎するが、証人森本健(第一回)の証言により成立を認め得る乙第十号証、前記乙第二十号証の一(但し後記信用しない部分を除く)及び右森本健の証言によれば、原告は当日その妻の家から迎えを受けたがたまたま市原助役が駅にいなかつたので休暇券を同僚である水野良吉に託して外出したものであることが認められ、乙第八号証、第二十号証の一、原告市原、谷川本人訊問の結果中これに反する部分は信用しない。次に成立に爭のない乙第二十六号証(駅務日報)中には当日原告が出勤していることに記載されていることが認められるが、前記乙第八号証及び証人元木菊藏、原告市原、谷川の各供述によれば、從來被告会社從業員間には一般に無断欠勤後にもこれを休暇券使用による休暇にふりかえる扱がなされることもあり、駅務日報はこの様な場合既に朝の内にその日のことを予想して記入してしまつてあることが多いので右のように突如欠勤が生じ後にこれを休暇に切りかえる場合は後刻駅務日報を訂正する例であること及び本件でも前記九日の出勤は十三日にこれを休暇に訂正する手続がとられたことを認めるに足る。しかし更に前記乙第二十号証の一及び証人森本健(第一回)の証言によれば右十三日には会社から高木久子に対する呼出があり既に本件が問題になることが予測されていたことが推知され、なお前記乙第十号証、第二十号証の一によれば原告自らも職場を離れる意思であつたことが窺知されるから、前記弁疎は理由がないものといわなければならない。次に前記乙第十七号証、第二十号証の一に高木久子の証言及び原告市原一郎の供述を併せ考えてみれば、原告が出札事務室で執務中の高木久子を毆打したのみならず、更に改札係鶴岡米子の制止に拘らず高木を出札所から引きおろし、その爲同人が泣いたので、市原助役が駅長室からかけつけて一應事をおさめたことが認められ、これによれば出札事務の若干が妨害されたことを肯認し得るのであつて、原告本人のこれと矛盾する供述は信用しない。
(三) 原告水野良吉につき、同人が昭和二十五年二月中出札收入金中から金四千円を自己の用途に流用したことは自らこれを認めるところである。(附言すれば、原告のいう月報に対する会社の承認がそこに現われていない不正行爲の責任まで解除するものでないことはいうまでもない。)
而して原告等の右のような公金流用については、助役、出札係が互に默認し合うか、或は然らずとするも当然なすべき注意義務を怠つていたことはその事柄の上から明白な筋合であるから、これについては互に責任の一半を負うものということができる。しかも上に認定した原告等の公金流用、職場離脱及び駅員毆打の事実は、前記懲戒規程第一條に掲げた懲戒事由に該当するものということができるから、被告はこれを理由に原告等を解雇し得るものと言はねばならない。よつて次に前記解雇の意思表示を無効とする原告等の主張について判断する。
第二情状(同規程第二條但書関係)
(一) 原告各人についてみるに、原告市原については、前記乙第八号証、第二十号証の一及び原告本人の供述によれば、前記金三千円の公金流用は原告がたまたま親戚福島忠藏の娘から生計費を盜難にあつて困つている旨訴えられ、その急場を救う爲に一時出札收入金から借用して同人に貸與したものであり、右流用金は即日これを返還したことが認められ、原告谷川については前記乙第九、第十号証、第二十号証の一及び原告本人の供述によればその流用金七千円は同僚の出札係たる周郷久男に交付したものであり、間もなくこれを收入金中に返済したことが認められ、更に証人森本健(第一回)及び首藤浩の証言により成立を認め得る乙第七号証、成立に爭のない乙第十四号証、証人光井健の証言及び原告市原、同谷川本人の供述によれば、谷川が高木を毆打したことについてはその後当事者の間で和解ができていることを知り得る。次に原告水野については、原告は公金流用につき生活費に困つた旨及び返還済である旨弁疎しているが、その前者についてはその立証がなく、却つて前記乙第二十号証の一によれば右は競輪の爲費消したことが認められる。しかしその返還済の点は右乙号証でこれを認めることができる。
(二) 次に被告会社に於ける從來の懲戒の例から解雇にならなかつたものを拾つてみると、成立に爭のない甲第四号証、乙第三十号証、証人光井健、福田郁次郎、原告市原、同谷川の各供述によれば、書記補渡辺修次外一名が昭和二十一年八月から二十四年九月に至る間谷津燃料倉庫に保管中のタイヤ五本を横領賣却したのに対し、事務雇等に格下げの処分がなされたこと、三河島駅出改札主任中野忠太郎は昭和二十五年七月頃同駅で乘車券二百枚紛失の責を問われ譴責に処せられたこと及び曳船駅助役千葉某が乘車券二重賣事件に関連して降職されたことが認められる。
(三) 更に証人元木菊藏、光井健の証言及び原告市原、谷川本人訊問の結果に徴すれば、被告会社の駅の取扱としてその駅の電話料、水道料等の出費を一時出札收入金中から流用して支拂つた例があること及び前記終車締切は会社の指示に拘らず昭和二十五年三月頃は多くの駅で行われていたことが認められる。
(四) もつともこれに対し前記福田の証言によれば、右三河島駅の乘車券紛失事件は被告会社に於てその原因を調査したが結局それが代金を横領する爲故意で行われた事実が認められなかつたこと、曳船駅助役千葉某はたまたま部下から借金していたところ、後に右部下の乘車券不正発賣が発覚したものであつてその知情の事実が認められなかつたこと及び被告会社のような電気鉄道会社に於ては乘車券の賣上金が收入の大部分であるから、これを正確に回收することが非常に大切であつて、その爲には右賣上金を私用に一時借用することをも取締らなければならないことが肯認される。
而してこれらの事情その他本件弁論全部から窺われる一切のことを併せて判断するに、原告等の所爲は個人としては同情すべき節もあり、又他の從業員中にも同種の行爲をしながら発覚し又は証拠を挙げられない爲に懲戒を免れている者もあるのではないかと想像され、その点に対する原告等の不満も推測されないではないが、右福田証人の供述から認めた被告会社の立場からすれば、特に出札收入金の私的流用はこの風習が一般化することによりひいて会社の経営の基礎にも動揺を來す事態にも発展し得るおそれがあるとしてこれを嚴重に取締ることはもつともであるから、本件の如く既に原告等の行動が明るみに出てしまつた以上他戒の意味からもこれに対し解雇を以て処断することは止むを得ないものとせざるを得ない。よつて原告のこの点の主張は採用することが出來ない。
第三、懲戒手続の適否
更に原告等はその解雇に当り被告会社に於て前記懲戒規程及び同会社就業規則に定める手続を践んでいないから、右解雇の効力がないというから按ずるに、
(一) 右就業規則中に從業員は懲戒委員会で弁明の機会が與えらるべき旨の規程があることは当事者間に爭がなく、原告市原、同谷川各本人訊問の結果によれば、原告等が昭和二十五年三月十五日の本件懲戒委員会に於て委員達から各別に質問され谷川はその間貧血状態を起したことが認められる(この点につき森本健第一回の証言は信用しない)が、同供述中原告等が特に陳述内容につき強制を受けたという点については後記証拠に照しこれを信用し難く、却つて前記乙第二十号証の一、証人森本健(第一回)及び高桑賢次の証言によれば、原告等はその席上自由に証言しその間弁明の機会も與えられていたことが認められる。なお原告は証人、参考人はもとより弁護人による弁論をも許容すべきであるというけれども、右規程の條文その他を檢するもそのような解釈は考えられないし、又原告がそのようなことを希望し又は申出で、或は被告に於て特にそのような点で原告等の利益を制限したことについてこれを証する証拠がない。更に進んで前記乙第二十号証の一に右同様成立を認め得る同号証の二及び森本証人(第一回)の証言を併せ徴すれば、本件懲戒委員会は前記三月十五日に引き続き翌十六日も開催され、その間充分調査、討議を経て原告等に対する解雇の結論に到達したものであることが了知されるから、この点の原告主張も容れられない。
(二) 右懲戒規程第十一條には懲戒委員会は会社側及び組合側各同数の委員を以て構成される旨の規定があることは当事者間に爭がなく、原告は右三月十五日の委員会の構成はこれに反していたと主張するが証人首藤浩の証言によれば右條文に所謂懲戒委員会とは常設されている委員会を指称し、これに対し具体的事件に対する調査、審議の爲に開かれる委員会の会合には右常設委員会の委員中から適宜出席すればよいことに解釈され來つたこと(成立に爭のない甲第三号証中の右懲戒規程第十一條を檢すればその第三項に「懲戒委員会の決議は出席議員の過半数によつて決定」する旨の規定があるから、これと前記法條を対比すれば條文上も被告の解釈を是認することができる)及び本件懲戒に当つた電車部の懲戒委員会は会社、組合各七名宛の委員により構成常置されており、右三月十五、六日の委員会にはその内から委員が出席したものであることが認められるから、この点についても原告の主張は理由がない。
(三) 同規程第十四條に懲戒委員会は懲戒決定書を作成すべき旨の規定があること及び本件懲戒決定書なる書面中に懲戒委員会又はその委員、委員長等の氏名の表示がないことは当事者間に爭がないが、前記首藤の証言によれば前記懲戒委員会が右書面を同法條に從つて作成したものであつて、從來の慣行によりこれに右のような表示を記入しなかつたことが認められ、特に右無記名の書面を以て前記法條の要件を充たさないものというように嚴格に解さなければならない根拠もないから、この点の主張も未だこれを採用しない。
(四) 同規程第十條に懲戒は懲戒委員会の決議に基いて社長が行うべき旨の規程、前記第十四條に引続き第十五、第十六條に懲戒決定書送付、交付等の規定が存すること及び本件懲戒決定書の末尾に「社長」の記載があることは当事者間に爭がない。しかしながら右規定は会社の懲戒権を自己制限する規定と解するが相当であつて、前記の如く懲戒委員会の決議を経てそれに基き懲戒解雇の意思表示を爲した本件においては原告等主張の如き違法あるものとはいえない。よつてこの点の主張も理由がない。
第四、不当労働行爲
原告市原、同谷川本人訊問の結果によれば、原告市原は被告会社從業員を以て組織する労働組合の副委員長、委員長、中央委員、執行委員、支部組織部長等を歴任し、その間積極的に組合活動を行い、原告谷川及び水野も代議員として組合活動に從つたことが認められるけれども、原告等に対する本件解雇は前記の如く懲戒解雇として充分その理由があるのであるから、被告会社は右懲戒事由たる事実を理由として右解雇をなしたものと推定するに足り、これに反し会社は実際には前記原告等の組合活動を理由として右解雇の挙に出たものであるという点についてはこれを認めるに足る証拠がないから、本件解雇を以て会社の不当労働行爲であるとする原告の主張も亦これを認容することはできない。
以上原告等の主張の総てに渉つて判断した結果によればそれは何れも理由がなく、昭和二十五年三月十六日の被告の解雇の意思表示は有効にして原告等はも早被告の從業員たる地位を喪つているので原告等の本訴請求は爾余の判断をするまでもなくこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十三條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 脇屋壽夫 中島一郎 緒方節郎)