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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)3581号 判決

原告 小磯包一

被告 長尾英典 外一名

一、主  文

原告の請求を全部棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告長尾英典は原告に対し、東京都大田区大森八丁目三千九百三十六番地所在、家屋番号同町五百八十一番、木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪三十六坪五合、二階十六坪の内階下三十六坪五合を明渡し、昭和二十五年八月一日以降明渡済まで一ケ月金千二百九十円の金員を支払え。被告大平は原告に対し、右建物の内二階十六坪を明渡し、昭和二十五年八月一日以降明渡済まで一ケ月金五百六十六円の金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「申立に係る建物は元訴外西尾恵助の所有であつたが昭和二十五年三月三十日、原告が同人より買受け、その所有権を取得し同日右の所有権取得登記を経由したところ、昭和二十五年八月一日以前から原告に対抗し得る何等の権原もないのに被告長尾は右建物の内階下全部を、被告大平は二階全部を夫々占拠しているから、原告は建物所有権に基いてこれが明渡を求めると共に、被告等の右占拠によつて原告は賃料相当の損害を蒙つており、その相当賃料額は階下については一月千二百九十円、階上については一月金五百六十六円であるから被告等がその占拠を始めた日の後である昭和二十五年八月一日以降各明渡済まで被告長尾に対しては一ケ月金千二百九十円、被告大平に対しては一ケ月金五百六十六円の割合による損害金の支払を求める。

若し被告等の占有が原告に対抗し得る権原に基くものであり従つて所有権に基く原告の請求が理由がないとしても、昭和二十五年四月一日頃、被告等は原告方において、原告が本件建物を西尾恵助より買受けた次第を告げ、自ら使用する必要のため至急明渡方を求めた際、これを承諾し、原告に対し同年九月末日までに、各その占有部分を明渡す旨を約した。よつて予備的に右約定に基き本件建物の明渡を求める。」と述べ、被告の抗弁に対する再答弁として、

被告等主張の如く原告に先立つて訴外江口享が西尾恵助より本件建物を買受け、(この点は認める)被告等がその主張の敷金を支払つて、その主張部分を江口より賃借したことは知らないが仮に右事実があつたとしても、江口の所有権については、その取得登記を経ていないから第三者たる原告に対抗できないものであり、従つて江口の所有権に依拠する被告等の主張は理由がない。又建物の全部又は一部の賃貸借については地代家賃統制令第六条に基き、その賃料、敷金の額は都道府県知事の認可を要するものであつて、これに違反して契約した者は処罰を受けるのであるが、被告等と江口間の賃貸借については、その賃料、敷金につき認可を受けたこともなく、しかも敷金に至つては不当に多額であるから、被告等と江口間の賃貸借契約は国民生活の安定を企図した同令違反であり、従つて右契約自体が無効である。

又、江口が本件建物の売買代金として金三十五万円を支払つたこと、及び江口と西尾間の売買契約が解除になつたことは否認する。江口は西尾に対し金三十二万五千円を支払つたにすぎない。仮に右契約が解除となり、その解除の結果、江口が西尾に対し売買代金返還債権を持つているとしても、被告等が江口に差入れたと言う敷金は前記の如く、地代家賃統制令に違反する不法原因によつて給付されたものであるから、被告等においてその返還を求め得ないものであり、従つて代位しようとする基本の敷金返還請求権がないので代位はできないが、仮に代位できるものとしても江口と西尾間の売買契約が解除されたとすると昭和二十四年三月末日本件建物は西尾より江口に引渡されてあるので、右解除の結果、江口は右引渡を受けた以後において、賃料相当の利益を西尾の損失において法律上の原因がないのに利得しているのであるから、原告がすでに述べた相当賃料(一ケ月千八百五十六円)の範囲内の一ケ月金千八百円の割合で算定しても昭和二十四年四月一日以降昭和二十六年十一月末日までの合計金五万七千六百円の不当利得があるわけであり、右利益の現存することは言うまでもないので江口は右不当利得を返還する債務がある。よつて江口の右債務と江口の本件建物売買代金返還請求権とを本訴において対当額において相殺の意思を表示する。更に本件建物は住宅であり、これに附属建物として工場があり、この両者を一括して、西尾恵助の債務の担保として抵当権が設定されていたのであるが西尾は当初本件家屋を江口に、右附属工場を原告に売渡す約定をしたところ、その後抵当債務の弁済がないため、抵当債権者から抵当権を実行されようとしたので、原告はやむを得ず債務者に代り抵当債権者である訴外日本無尽株式会社外四名に対し、合計金四十五万四千円を弁済したが、右はもとより原告の負担すべき支出ではないので昭和二十五年一月二十八日江口、西尾及び原告三者協議の結果、原告の右弁済額の十分の四を原告の負担、十分の六を江口の負担とし、江口はその負担分金二十七万二千四百円を原告に支払うこととし、その内金十五万円は同年二月十一日頃までに、その余は二分して同年四月、五月の各末日までに支払うと言う約定ができたが江口の右負担金は売買契約解除後においても負担すべきものであるから、江口の右約定による負担金債務と前示本建物売買代金返還請求権とを対当額において本訴で相殺の意思を表示すると述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実中原告主張の建物がもと訴外西尾恵助の所有であつたこと、被告等がそれぞれ右建物の内、原告主張部分を占拠していること、及び本件建物全部の相当賃料が一ケ月金千八百五十六円であることは孰れも認めるが、その余の原告主張事実は総て否認すると述べ、抗弁として、

本件建物は昭和二十四年三、四月頃訴外江口享において西尾恵助よりその代理人山本美郎を通して買受けたものであつて、被告長尾は昭和二十四年十月九日階下全部を賃料一ケ月金千五百円の約で敷金二十万円を支払い、被告大平は昭和二十四年四月十日二階全部を賃料一ケ月金千円の約で敷金六万円を支払つて夫々当時の所有者江口より賃借し、右各部分の引渡を受けたのであるから、被告等の占有部分に対する賃借権は借家法第一条第一項所定の対抗要件を具備した賃借権であつて、爾後の物権取得者に対抗できるものであり、従つてその後江口と西尾間の本件建物の売買契約は代金の紛争から昭和二十五年三月二十四日解除されたが、右解除の遡及効は第三者の権利を害することが出来ないのであるから被告等の賃借権は西尾並にこれを承継した原告に対抗できるのである。

仮に右抗弁が理由ないとしても、右に述べた通り西尾及び江口間の本件建物売買契約は解除されたが右解除までに江口は売買契約による代金の一部として数回に亘り合計三十五万円を支払つていたので、解除の結果江口は西尾に対し右三十五万円の代金の返還を求める債権を取得したわけであるが右債権は本件建物に関して生じた債権であることは疑がないところ若し前示解除のため、被告等の賃借権を第三者に対抗できないで被告等が本件建物を明渡さねばならないとすると、被告等と江口間の賃貸借契約は履行不能によつて終了することになるから、被告等は江口に対し賃料未済分はないので、それぞれさきに支払つた敷金返還請求権があることになる。よつて被告等は各自その敷金返還請求権に基き江口の前示代金返還債権を代位行使し、その代金返還のための支払あるまで本件建物を留置すると述べ、

原告の再答弁事実中本件建物の相当賃料額に関する部分を除いたその余の事実はすべて否認する、と述べた。

<立証省略>

三、理  由

原告主張の本件建物はもと訴外西尾恵助の所有であつたこと及び被告等が原告主張の各部分を占有していることは本件当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証、証人山本美郎の証言、並に原告本人訊問の結果を綜合すれば昭和二十五年三月三十日、原告が本件建物を西尾よりその代理人山本美郎を通して買受けその所有権を取得し、同日右所有権取得登記を経由したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

よつて被告等の抗弁について判断する。証人山本美郎、同西尾恵助、同伊熊半五郎及び同江口享の各証言を綜合すれば本件建物は西尾恵助の所有であつたが(この点本件当事者間に争はない。)西尾は山本美郎の娘婿であり本件建物も山本が買つたものを西尾に贈与した関係にあつて西尾は本件建物に居住したことはなく、山本が居住し建物の管理並に処分も一切西尾から山本に委任されていたのであるが、昭和二十四年二月十六日西尾代理人山本と江口との間に西尾は江口に対し、本件建物を代金五十万円で売却することとし、代金支払方法として、内金二十万円は西尾を代理する山本に支払うが内金十五万円は昭和二十四年三月五日迄に、又残金三十万円は所有権移転登記を経由するまでに本件建物の抵当権者たる訴外日本無尽株式会社その他の債権者に、江口において、抵当債務者に代り直接支払うこと、西尾は同年三月二十日までに建物全部を江口に明渡すとの約旨で売買契約が成立したが同年三月二十日までに建物の全部の明渡は完了せず、同年五、六月頃になつて、山本は建物全部を江口に引渡し他に移転し、又江口が山本に支払つた売買代金としては、数回に亘り合計三十万円を超えているが江口に対する本件建物の移転登記は経ないままになつていたことが認められる。証人山本美郎、伊熊半五郎の各証言中右認定に副わない部分は信用が措けない。次に証人山本美郎、同江口享の各証言及び被告長尾、同大平の各本人訊問の結果並に右被告長尾本人訊問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一、第二号証被告大平本人訊問の結果により真正に成立したものと認められる乙第三号証、同第四号証の一、二を綜合すると、叙上江口と西尾間の売買契約成立後同年三月中旬江口は山本から本件建物全部の引渡はまだ受けていず、本件建物の階下に山本と同居していたが、山本の承諾を得て被告大平に対し、二階全部を賃料一ケ月金千円の約で敷金六万円の交付を受けて賃貸し、被告大平は同年四月十日頃本件建物の二階に移転して来たものであり又被告長尾は、山本が同年五、六月頃に本件建物全部を江口に引渡して他に移転した後同年十月階下全部を賃料一ケ月金千五百円の約で敷金二十万円を江口に支払つて賃借し同年十一月十日頃、移転して来たことを認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。ところで元来賃貸借契約において賃貸人は賃貸物件の所有者でなくとも賃貸することはできるのであり、ただ賃貸人が所有者に対する関係において、賃貸し得る権原がないときは、賃貸借契約が履行不能となり、賃借人の賃借物件の占有が所有者に対する関係では不法のものとなるにすぎないのであるから賃貸人が所有者に対する関係で賃貸物件を賃貸し得る権原があるならば、賃借人の賃借物件の占有は何人に対する関係でも適法なものであり、その賃借権が対抗要件を具備する限り賃借人はその賃借権を以て所有者その他の第三者に対抗し得るものであることは言うまでもない。本件では上来認定した事実からすれば西尾対江口間の売買契約の履行として山本が西尾を代理して当初本件建物の一部を江口に引渡して江口と同居し、その後代金の完済をまたずに本件建物全部を江口に引渡したものであるから、右売買契約により、江口が建物所有権を取得したか否はさて措き上叙引渡は買主江口をして、少くとも引渡を受けた建物の使用、収益をさせるためであつたことは疑を容れないと言わなければならない。そこで被告大平について考えると、江口が同被告に対し本件建物の二階を賃貸した当時は、江口は建物一部の引渡を受け山本と同居していたもので、まだ建物全部の引渡を受けてはいなかつたのであるが、右賃貸については山本の承諾があつたのであり又被告長尾については江口が同人に本件建物の階下を賃貸する当時においては、江口はすでに山本から本件建物全部の引渡を受け、上叙判示した如く、その建物を使用収益し得る権限があつたのであるから、本件建物所有権が西尾に留保されていたとしても、江口対被告等間の賃貸借契約は西尾に対する関係でも適法のものであり、被告等は本件建物の賃借部分をそれぞれ賃借当時引渡を受けているのであるから何人に対しても、各その賃借権を以て対抗し得るわけである。(被告等引用の大審院民事判例集第八巻一五二頁の判例は以上の理論の適例である。)もつとも被告等は西尾対江口間の本件売買契約はその後解除となつた旨自陳するけれども(この点原告は否認しているが)右解除の事実があつたとしても解除前に適法に賃借した被告等の権利が右解除により左右されないことは民法第五百四十五条第一項の規定の趣旨に照し明である。してみれば江口対被告等の賃貸借契約後に、西尾から本件建物所有権を譲受けた原告は、被告等から賃借権を対抗される関係にあるのはもとより当然と言わなければならない。原告は江口対被告等間の賃貸借契約は、その賃料額並に敷金について地代家賃統制令第六条所定の知事の認可を受けていない違法のものであるから無効であると云うけれどもたとえ認可を受けてない違法があつたとしても賃料額並に敷金についての取極めだけが無効(従つてこの点につき改めて適法な約定がなさるべきである)となるにとどまり、賃貸借契約そのものは無効ではないと解するのが相当であるから原告の右主張は採用の限りではない。以上説示したところにより所有権に基き被告等に対し本件建物の明渡を求める原告の請求の理由がないことは明である。

次に原告の予備的請求につき判断する。昭和二十五年四月一日頃被告等は原告に対し、本件建物を同年九月末日までに明渡すことを約したとの原告主張事実については証人伊熊半五郎、同中島吾次郎の各証言並に原告本人訊問の結果中この点に関する部分は到底信用ができるものではないし、他に右事実を認め得る何等の証拠がないばかりか却つて被告長尾、同大平に対する各本人訊問の結果によれば昭和二十五年四月一日、原告、訴外中島吾次郎及び被告等の四名が原告宅に参集し、本件建物に関して相談した席上、中島及び原告から被告等に対し本件建物の明渡を求めたのに対し、被告長尾は、原告からの申出条件次第によつては明渡すことを考慮してもよい旨を、又被告大平は、江口から賃借しているのであるから、同人より筋道を通して明渡の要求があるならば、明渡す旨を言明したにすぎないことが認められる。してみれば、被告等が原告との間に本件建物の明渡を約定した事実の存在を前提とする原告の予備的請求も亦その理由がない。

よつて原告の本訴請求は孰れも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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