東京地方裁判所 昭和25年(ワ)4140号 判決
原告 石塚守信
被告 小寺芳郎 外一名
一、主 文
被告小寺は東京都新宿区角筈一丁目一番地所在家屋番号同町二十六番の三鉄筋コンクリート造地下室十二坪七合五勺附平家建店舗兼住宅建坪五十九坪五合につき東京法務局中野出張所昭和二十五年四月二十一日受附第二〇九〇号を以てなされた、同年同月同日代物弁済による同被告のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
被告毛利は前項の建物につき、東京法務局中野出張所昭和二十五年四月二十七日受附第二二六一号を以てなされた、同年同月二十六日売買による同被告のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一乃至第三項と同旨の判決を求めると申立て、請求の原因として、
「原告は昭和八年東京都新宿区角筈一丁目一番地所在家屋番号同町二十六番の三鉄筋コンクリート造地下室十二坪七合五勺附平家建店舗兼住宅一棟建坪五十九坪五合(以下本件建物と略称)を建築し、これを所有して居たが、昭和二十年五月本件建物は戦災を蒙り破損したので、これを改修し、改めて昭和二十四年十月三十一日その所有権保存登記を経由した。然る処被告小寺は昭和二十五年四月二十一日原告に対し予て貸付けていた貸金債権の代物弁済として原告より本件建物を譲受けたと称し、本件建物につき東京法務局中野出張所昭和二十五年四月二十一日受附第二〇九〇号を以て、同年同月同日代物弁済による同被告の為の所有権取得登記を経由し、被告毛利は同年四月二十六日被告小寺より本件建物を買受けたと称し、本件建物につき、東京法務局中野出張所昭和二十五年四月二十七日受附第二二六一号を以て、同年同月二十六日売買による同被告の為の所有権取得登記を経由して居る。然し原告は被告小寺に対し本件建物を代物弁済したことはないのであるから、その所有権に基き被告等に対し、それぞれ前述の所有権取得登記の抹消登記手続をなすべきことを請求する。」
と述べ、被告等の抗弁に対し、
「被告等の抗弁事実中、原告が昭和二十五年九月十五日、同年十一月十五日の二回に訴外栗田固彦より被告等主張の利息、弁済期の約旨の下に金二十万円及び金十万円を借受けたこと、原告は昭和二十四年十月十二日右第一回の借用金に対する約定利息金として金六万円及びその元金中金十万円を弁済したが、昭和二十五年一月十六日栗田と原告との間に被告等主張の第一回の借用金の残額とその利息、第二回の借用金とその利息合計三十二万円を目的として弁済期同年二月十五日、利息月三割とする準消費貸借契約が成立したこと、その弁済期が被告等主張の如く二回に亘つて順次猶予され、その都度原告が被告等主張の如く六万二千四百円の支払を約したこと、及び被告等主張の昭和二十五年四月二十八日の代物弁済を受ける旨の意思表示があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は被告等主張の本件消費貸借契約につき、栗田の為に本件建物に抵当権を設定することを承諾したことはあるが、元利金の弁済に代え栗田において本件建物の譲渡を受けることができると言う契約をしたことはない。然るに被告小寺は栗田と共謀し、右抵当権設定登記申請に使用させる為に原告から栗田に差入れておいた原告の白紙委任状を利用して被告小寺の為に所有権取得登記を経由したものであるから同被告において本件建物を取得できるわけがないし、又従つて同被告から本件建物を買受けたと主張する被告毛利が売買により本件建物の所有権を取得する筈がない。」と述べ、再抗弁として、
「仮に被告等主張の如く本件借用金の元利金の弁済に代え本件建物を栗田において譲渡を受け得る旨の約定があつたとしても、原告が栗田に対し支払うべき義務を負う金額は現実に交付を受けた金十七万円と、その中金十万円については昭和二十四年十一月十六日より、金七万円については同年十一月十五日より利息制限法所定の限度における年一割の約定利息金並びに損害金に止まるものであるのみならず、仮にこの点については原告の主張を全面的に認めるとしても、原告の債務は金五十四万円余にすぎないのであり、これに対し本件建物は一旦罹災破損したが改修の結果代物弁済に関する約定当時その価格が五、六百万円にも達するものであつて、然も右代物弁済に関する約定は原告の窮迫の事情若くは浅慮に乗じたものであるから、公序良俗に反する無効のものである。
又仮に公序良俗に反するまでに至らないとしても右の如き債権額に対し、これに十倍する価格の本件建物を代物弁済として取得すると言うが如きことは担保権行使としては必要な範囲を超えて原告に財産上致命的損害を与える代物弁済を完成させたものであるから権利の濫用として許されないものである。」と述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人等は、請求棄却の判決を求め、
「原告主張の請求原因事実中、本件建物がもと原告の所有であつたこと、被告等がそれぞれ原告主張の所有権取得登記を経由して居ることは認める。」と答え、抗弁として、
「原告は被告小寺の仲介により(イ)昭和二十四年九月十五日訴外栗田固彦から利息月三割、弁済期同年十月十五日の約で金二十万円を借受けたのであるが、その際原告と栗田との間に、若し原告が右期限迄に右元利金を支払わない時は、栗田は右元利金の受領に代え本件建物の譲渡を受けることができる旨の契約が成立した。原告は昭和二十四年十月十二日右借用金に対する弁済期間の約定利息として六万円と右元金の内金十万円とを栗田に弁済したが、更に(ロ)同年十一月十五日新に栗田より金十万円を利息月三割弁済期同年十二月十五日と定めた外、前同様代物弁済を受け得る約旨の下に借受け(但し右十万円の中三万円は栗田が弁済期迄の約定利息として天引したので現実に原告に交付されたのは七万円である)たが、昭和二十五年一月十六日(イ)の元金残額十万円とこれに対する昭和二十四年十月十六日以降昭和二十五年一月十五日までの月三割の利息九万円、(ロ)の元金十万円とこれに対する昭和二十四年十二月十六日以降昭和二十五年一月十五日までの月三割の利息三万円、以上合計三十二万円を目的として弁済期同年二月十五日利息月三割とする準消費貸借契約が栗田と原告との間に成立し、その際原告の代理人石塚鶴吉、栗田固彦及び被告小寺の三者間に、原告が右期限迄に右約定金員を支払わない時は従前の約定通り元利金の受領に代え、栗田において本件建物の譲渡を受け得べく、又如上の場合被告小寺は栗田に対し、原告に対する前示貸付方を周旋した責任上、原告に代つてその借用元利金を栗田に弁済することもできるし、この場合においては被告小寺は原告に対する求償につき前示代物弁済に関する栗田の権利を代位行使できることとする旨の約定が為されたのである。然るに原告は右約定期限まで右元利金(元金三十二万円利息九万六千円計四十一万六千円)を支払わなかつたので、栗田はその期限を同年三月十六日迄猶予し、原告は右元利金四十一万六千円に対する同日迄の月一割五分の利息として六万二千四百円を支払うことを栗田に約したが、原告はなほ右元利金を猶予期限迄に支払わなかつたので、栗田は猶予期限を更に同年四月十六日迄猶予し、原告は元利金四十一万六千円に対する右猶予期間の月一割五分の利息として六万二千四百円を支払うことを約したのであるが、原告は一向にこれら金員の支払をしなかつた。そこで止むなく被告小寺は前記一月十六日の三者間の約定に基き昭和二十五年四月十九日前記金員合計五十四万八百円を栗田に支払い、栗田の代物弁済に関する権利を代位行使し、同年四月二十一日原告の代理人斎藤周平に対し、被告小寺が栗田に払つた前示元利金の償還債権の弁済に代え、本件建物の譲渡を受ける旨の意思表示をなしたものである。仮に右意思表示がなかつたとしても、その後同年四月二十八日原告に対し右の意思表示をなした。よつて被告小寺は本件建物の所有権を取得したものであり、被告毛利は同年四月二十七日被告小寺より本件建物を買受けその所有権を取得したものである。」と述べ、原告の再抗弁に対し、
「本件建物は戦災を蒙つた所謂焼ビルであり、右代物弁済に関する契約が為された当時は撤去するか、そのまま使用するとせばなお大改修を必要とするものであつたのであり、それが今日の如き店舗となつたのは一に被告毛利が自らの負担において約三百万円を投じてその後になした改修の結果によるのであつて、右契約の為された当時の価格はせいぜい三十万円位であるから、前記消費貸借金額に比し、著しく権衡を失して居るとは言えないのである。然も原告の代理人として右代物弁済に関する契約を締結した石塚鶴吉は原告の父であり、実業界で鍛えられた者であり、本件消費貸借は右鶴吉が転売による数百万円の巨利を博する目的を以てジユラルミンの買付をなす為の資金を得るためのものであつて、原告の窮迫の事情又は浅慮によるものではなかつたのである。
又原告は前記消費貸借に対し、前述の如く再三に亘る弁済の延期にも拘らず弁済をしなかつたのであるから、原告に債務不履行の責こそあれ被告小寺の右代物弁済完結権の行使を権利濫用とする謂れはない。」と答えた。<立証省略>
三、理 由
本件建物がもともと原告の所有に属して居たところ、被告等がそれぞれ原告主張の所有権取得登記を経由したことは本件当事者間に争がない。そこで被告等の抗弁について考えるに、原告が訴外栗田固彦から昭和二十四年九月十五日、利息月三割、弁済期同年十月十五日の約で金二十万円を借受け、その後同年十月十二日右借用金の元金の内金十万円と、借用金に対する弁済期迄の約定利息として六万円(一部過払になるわけであるが)を弁済し、更に同年十一月十五日、弁済期同年十二月十五日の外右同様の約で金十万円を借受ける約を結び、その約定弁済期までの約定利息三万円を天引され、現実には七万円を受領したこと、昭和二十五年一月十六日原告は栗田との間に昭和二十四年九月十五日借用の残元金十万円と、同年十一月十五日借用の金十万円(内金七万円しか交付を受けて居ないことは前述の通りだが)との合計二十万円と、右各借用金に対する昭和二十五年一月十五日迄の前記約定利率による利息十二万円を合計した金三十二万円を目的とし、栗田を貸主とし、原告を借主とし、弁済期昭和二十五年二月十六日利息月三割とする準消費貸借契約を結んだが、原告は右期限迄に弁済できなかつたので、栗田は右弁済期を同年三月十六日迄猶予し、原告は右借用金に対する同日迄の利息として六万二千四百円を支払うことを約したが、原告はその猶予期限にも弁済できなかつたので、栗田は右期限を更に同年四月十六日迄猶予し、原告は前同様利息金六万二千四百円を支払うことを約したことは当事者間に争がない。ところで証人石塚鶴吉の証言の一部並びに証人石津定一の証言よりして、委任条項として「拙者所有ノ末尾記載ノ不動産ヲ ニ売渡シタルニ付、之カ所有権移転ノ登記ヲ東京法務局中野出張所へ申請スルノ件及右ニ関スル売渡証書作成ノ件」との記載内容であつたものとして、その成立を認め得る乙第二号証の二(証人石塚の証言中右認定に反する部分は信用しない)と、右証人石津定一の証言及び被告小寺本人訊問の結果を綜合すれば、昭和二十四年九月十五日の金員貸借は原告の代理人石塚鶴吉の依頼を受けた被告小寺の仲介により成立したものであるが、その際原告の代理人石塚鶴吉は万一原告が借用金をその約定弁済期迄に返済しない時は借用金の支払に代え、栗田において本件建物の譲渡を受け得る旨を諾約し、その手続を為すための書類として原告並びに石塚鶴吉名義の白紙委任状及びその印鑑証明書を被告小寺を介して栗田に交付したものであつて昭和二十四年十一月十五日の消費貸借も右同様に右代物弁済に関する契約を以てこれを担保する旨の約定の下になされ、その後昭和二十五年一月十六日原告と栗田との間に既述の如く準消費貸借契約が成立した際、右契約に因る元利金の弁済についても前同旨の代物弁済に関する約定が維持せられ、しかも栗田、被告小寺並びに原告代理人石塚鶴吉の三者間に原告がその約定期限迄に弁済しない時は被告小寺において原告に代つて右元利金を返済するが、右返済をした場合には栗田の右代物弁済に関する契約上の権利を、被告小寺において原告に対する代位弁済による求償権につき代位行使できる趣旨の約定が成立したことが認められる。証人石塚鶴吉の証言中右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を左右し得る証拠はない。もつとも前示乙第二号証の二によれば、昭和二十五年一月十六日石塚鶴吉が被告小寺を介して栗田に同号証を交付した当時原告並びに石塚鶴吉名義の委任事項としては本件建物を売渡したことによる所有権移転登記申請手続が記載されて居たものであることは明らかであるが、被告小寺本人訊問の結果によると、右委任状は従前の代物弁済に関する契約に基き、所有権が移転した場合に、その登記申請手続のための書類として交付されたものであり、特に代物弁済に非ずして売買をなすものとする趣旨ではないことが明らかであるから、右乙第二号証の二は前記認定を左右するものではない。
そこで次に右の如き代物弁済に関する契約は公の秩序善良の風俗に反する無効のものであるとの原告の主張について検討する。前述の如く、昭和二十四年十一月十五日の消費貸借契約並びに昭和二十五年一月十六日の準消費貸借契約の成立に際しては、いずれも昭和二十四年九月十五日の消費貸借契約に際して締結された代物弁済に関する契約をそのまま維持し、その契約を以て右債権を担保することとしたのであるから、この点に関する争は、専ら昭和二十四年九月十四日に原告と栗田との間に締結された右代物弁済に関する契約が有効なりや無効なりやと言う点に集約されるわけである。ところで証人石津定一の証言並びに被告小寺、同毛利に対する各本人訊問の結果(但しいずれも後記信用しない部分を除く)及び鑑定人穐田稔の鑑定の結果を綜合すれば、本件建物はもと二階建であつたが、戦災を受け、二階は焼失してしまつたものであるが、原告に於て一応使用し得る程度の補修をなし、昭和二十四年七月頃被告毛利が原告より本件建物を賃借してからは、被告毛利がカフエー営業の為にこれを改修して居たものであり、昭和二十四年九月十五日当時に於て、本件建物は、当時の建坪の約三分の一を区劃整理の為収去すべきこととされて居たものであるが、なお当時に於て少くとも百万円以上の価格を有して居たものなることが認められる。(証人石津定一、被告小寺、同毛利の各供述中右認定に反する部分は信用しない。)従つて昭和二十四年九月十五日当時の本件建物の価格は、右代物弁済に関する契約によつて担保される、同日成立の消費貸借契約金額二十万円の少くとも五倍を超えるものであつて、その間著しく権衡を失するものと言わなくてはならない。(尤も前示認定の如く原告のなした補修は、一応使用し得ると言つた程度にすぎないのであるから、本件建物の有して居た前示の価格が被告毛利のした改修の結果に相当負うところがあるであろうことは推察に難くない。然し、被告毛利の改修の結果によつて本件建物が増価したとしても本件建物はその増価したままの状態で原告の所有に属するものであり、従つて改修実施者が原告でないことは、すでに改修により増価されていた本件建物の有する客観的価格をその実価より低額に評価する理由にはならない。被告毛利が本件建物に関して、その改修に支出した費用は有益費或は必要費等として、被告毛利と原告との間において解決さるべき債権関係にすぎない。)
そこで右代物弁済に関する契約の締結されるに至つた事情について見るに、証人石塚鶴吉の証言の一部並びに被告小寺本人訊問の結果を綜合すれば、昭和二十四年九月十五日の消費貸借は、原告の父鶴吉が、転売によつて巨利を得ようとする目的で、ジユラルミンを買付けるための資金を得る目的の下になされたものであり、原告の代理人石塚鶴吉は容易に予期の巨利を収め得るものと信じ、その利益を以てすれば、右消費貸借の元利金を直ちに返済できると考えて、右代物弁済に関する契約を締結したものであることが認められる。
右の事実よりすれば、右代物弁済に関する契約によつて、担保される昭和二十四年九月十五日の消費貸借は、原告の父鶴吉の博利の目的のためにするものであつて、右代物弁済に関する契約が原告の窮迫の事情の下に締結されたものと認めることはできないが、原告並びにその代理人石塚鶴吉が、ジユラルミンの投機的売買により、しかく容易に巨利を博し得るものと信じ、その投機の不成功に終ることあるべき場合(証人石塚鶴吉の証言によれば、果してその投機は予期の如き利益をあげ得なかつたものと推察される)を予想することなく、債務金額二十万円の担保として、その五倍を超える百万円以上の価格を有する本件建物について前記の如き代物弁済に関する契約を締結すること自体が、原告並びに原告の父であり且つ代理人たる石塚鶴吉の浅慮を推認せしむるに足るものであつて、右代物弁済に関する契約は原告の浅慮によつて締結せられるに至つたものと言うべきである。被告等は、原告が前記準消費貸借契約に基く債務の履行について何等の誠意を示さなかつたとして原告を攻撃して居り、又前示の如く再度に亘る弁済期限の猶予があつたに拘らず原告がその債務の履行をしなかつたことは原告も争わない処であるが、その様な事情は右代物弁済に関する契約が有効であることを前提した上、その契約上の権利を行使することが正当であつたか否かを判断すべき事実にすぎないから、この点についての争を判断する場合、考慮の外に置かれねばならない。して見れば、前記認定の如く、原告の浅慮に基いて締結され、その債務金額と著しく権衡を失する高価格の物件を、債権者の一方的意思決定に従い代物弁済せしめられるに至る本件代物弁済に関する契約は、公の秩序善良の風俗に反する契約であつて、無効なるものと言わなくてはならない。
既に右代物弁済に関する契約が無効なる以上、その余の点について判断する迄もなく、被告小寺が右代物弁済に関する契約に基いて本件建物の所有権を取得することはできないわけであり、又被告小寺において本件建物の所有権を取得しない以上、被告小寺より本件建物を買受けたと主張する被告毛利も本件建物の所有権を取得することはできない。
して見れば、原告が本件建物の所有権に基き、被告等に対し、それぞれ前記の所有権取得登記の抹消登記手続をなすべきことを請求する原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 北村良一 山田尚)