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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)5189号 判決

原告 東京自由証券株式会社

被告 小原作次郎

一、主  文

被告は原告に対し金六十四万三千四百円及び之に対する昭和二十五年八月六日から完済迄年六分の割合の金員を支払え。

原告のその余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告に於て金二十一万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮に之を執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し、金六十四万三千四百円及び之に対する昭和二十五年七月二十五日から完済迄年六分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)、原告は政府の免許を受けた証券業者であり、且東京証券取引所の会員であつて、有価証券の売買媒介、取次等を業とする会社であり、被告とは従来しばしば株式売買の取引の委託を受けていた間柄であつた。

(二)、被告は昭和二十五年七月十日原告に対し被告の所有にかかる左記株式を左記希望値段(指値)を以て東京証券取引所の有価証券市場で売付方を委託した(当日以前からすでに指値で売付の委託がされていたのであるが当日指値を訂正したものである)

株式銘柄      数量    指値

(1)  中央繊維株式会社株式   七千株 一株五十円

(2)  帝国製麻株式会社株式   六千株 一株五十円

(3)  東邦レーヨン株式会社株式 四千株 一株百三十円

当日右株式の相場は、中央繊維株一株四十七円五十銭、帝国製麻株一株四十四円五十銭、東邦レーヨン株一株百十三円であつたが、その後株価は漸次値上りをなし、同月十三日被告注文の指値と出会つたので、同日原告は東京証券取引所の有価証券市場に於て、右委託に基き左記の如く売付をした。

(1)  中央繊維株   五千百株 売却値段 一株 五十円(千九百株は売却できなかつた)

(2)  帝国製麻株   六千株  売却値段 一株 五十円

(3)  東邦レーヨン株 四千株  売却値段 一株百三十円

よつて原告は即日被告に対し、その指値の通り右の如く売付けた旨を通知した。

(三)、しかるに被告は「指値注文はしたが、売る前に今一度被告に照会してから売却して貰う特約であつた」と虚構の言掛りをつけて売付けた株券の引渡を拒絶するに至つたので原告は或は書面を以て或は社長自身被告方に赴き、或は人を介し売付けた株券の引渡を求めたが、被告は之に応じなかつた。

ところで原告の加盟している東京証券取引所の定款第百条によると、「その会員が他の会員との契約を履行しないときは、理事会は、その会員の売買取引を制限し、六ケ月以内の会員権の停止を命じ、又は除名する」趣旨の規定があり、会員が証券市場に於てなした売買契約を履行しないときは右の如き制裁を受けるところから、有価証券市場に於ける証券売買の委託取引に関しては、「売付を委託した客が売付証券を引渡さぬ場合は、証券業者は売付けた株式と同種の株式を他から買付け(買埋)、又は借入れて来て、之を売買の相手方に引渡し、以て証券市場に於ける売買契約を完結することができる」と共に、「売付値段と買埋値段の差額、即ち差損金の支払を委託者たる客に請求することができる」商慣習が存している。

原告は前記の如く手段をつくして株券の引渡を被告に請求したが被告が之に応じないことが明らかとなつた為、前記の如き制裁を受ける不利益をさける必要から、且他面売却した株式は日増に暴騰をつづけ、放置すれば被告が究局負担すべき損害額を益々増大せしむる結果となるのを慮り、止むなく同月二十五日、前記商慣習に基き、中央繊維株五千百株を一株八十四円、帝国製麻株六千株を一株九十三円、東邦レーヨン株四千株を一株百八十三円で買埋をした。

(四)、よつて被告に対し前記商慣習に基き買埋代金合計金百七十一万八千四百円から売付価額合計金百七万五千円を差引いた差損金六十四万三千四百円及び之に対する買埋代金支払の当日たる昭和二十五年七月二十五日から支払済迄商法所定年六分の割合の遅延損害金の支払を求める為本訴請求に及んだと述べ、被告の主張事実は之を争うと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告がその主張のように証券業を営む会社であつて被告と株式売買委託の取引関係があつたこと、昭和二十五年七月十三日原告からその主張のような通知を受けたこと、七月十日の株式相場が原告主張の如くであつたこと、これより先被告が原告に対し原告主張の株式の売付方を委託していたことは之を認める。その余の原告主張事実は之を争う。被告は同年七月十日原告に対し、原告が本訴に於て指値と称している値頃になつたときは被告に於て一応売却方を考慮してみたいから、かような値頃に達したときは、ひとまず電話を以て被告に連絡して貰いたいとの特約を附して売付方を委託したものであつて、指値注文をしたものではない。しかるに原告は右特約を履行しなかつたから、仮に原告がその主張の如き株式の売付をしたとしても之によつて被告は何等の責任も負担すべき義務はない。仮に百歩をゆずり、被告に於て差額金を支払うべき義務があるとしても、被告は七月十三日原告から株式売付の通知を受けたので同夜「ミタトリケシタノム」との売付取消請求の電報を原告に打電し、すくなくとも株券引渡の意思のないことを明らかに表明しているから、原告は翌十四日の証券市場に於て買埋をなすのが信義則上当然である。そして十四日に買埋をしたとすれば、同日の市場価格は中央繊維株一株五十二円、帝国製麻一株五十一円五十銭、東邦レーヨン株一株百三十四円であるから差損金は三万五千円であつて、被告は右の限度を超えて支払義務なきものである。よつて原告の本訴請求には応じられないと述べた。<立証省略>

三、理  由

原告がその主張のような証券業を営む会社であることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の一、二、乙第二、三号証、証人藤井誠一、荻原嘉茂の各証言を綜合すれば、原告は昭和二十五年七月十日被告から、原告主張の如く、指値で株式売付の委託を受け同月十三日右委託に基き、原告主張の如く之が売付をした事実を認めることができる。被告は右株式売付の委託は指値注文でないといつて争うけれども、この点に関する被告本人の供述は真実と認めがたい。その他被告の提出採用する証拠によつては右認定を左右するに足らない。

しかるに甲第一号証の一、二、証人藤井誠一の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告はその後原告が書面或は口頭を以て、売付けた株券の引渡を求めてもさらに之に応じないものであることが明らかであつて、東京証券取引所の書面による鑑定の結果によれば、かかる場合には原告の主張する如き買埋並に差損金請求の商慣習の存することが認められる。そして反対の事情の認められない本件にあつては、原被告共前記取引につき右商慣習に依る意思を有していたものと認めるのが相当であり、証人藤井誠一の証言及び成立に争のない甲第二号証の一、二によれば、原告は被告が株券の引渡をしない為、右商慣習に基き、同月二十五日原告主張の如く代金合計百七十一万八千四百円を以て買埋をした事実を認めることができる。

被告は同月十四日に買埋をしなかつたのは信義則違背であると主張する。しかしながら証人藤井誠一の証言及び東京証券取引所の書面による鑑定の結果を綜合して考えると、買埋は証券取引所の会員たる証券業者が証券市場に於てなした売買契約不履行の結果受けることあるべき除名等の制裁処分を免れる為の自衛手段であつて、証券業者の権利ではあつても義務ではない。のみならず被告本人の供述によれば被告が七月十三日原告に打電した電報は「話違う取消し頼む」とゆうので、委託契約の履行、即ち株券引渡を拒絶する趣旨のものであることは明らかであるが、かかる場合受託者たる証券業者としては顧客との円満な取引を期待し、直ちに買埋の手段に出でず株券の引渡を受けるようさらに折衝に努め、その為買埋の時期が多少遅れるに至ることは止むを得ないところといわねばならない。又損益の計算から言つても、株式の市価が変動して止まない事実によつて考えれば、早期に買埋することが常に委託者の利益となるとは言えないこと勿論で、被告の主張するように、たまたま七月十四日の値段が二十五日の値段より安値であつたとの事実から、直ちに原告のした買埋が信義則に副わなかつたものであると論難するのは妥当といえない。証人藤井誠一の証言及び前掲甲第一、二号証の各一、二、乙第二、三号証によれば、原告は書面及び口頭を以て株券の引渡方を被告に折衝して時日を経過した揚句、被告に於て之に応じないことが確然たるに及んで止むなく前記の如く買埋をしたものであることが認められるのであり、その間信義則違背の責あるものとは認めがたいから被告の主張は採用することができない。

したがつて、被告は原告に対し右商慣習に基き原告主張の如く差損金六十四万三千四百円を支払うべき義務あるものであるが、その弁済期限は定めなきものと認むべく、甲第二号証の一、二によれば、原告は昭和二十五年七月二十九日到達の書面を以て、書面到着後一週間の期限を付して右差損金の支払を催告している事実を認め得るにより、被告は右差損金に同年八月六日より支払済迄商法所定年六分の割合による遅延損害金を附して支払をなすべき義務あるものとゆうべきである。

よつて原告の本訴請求は右認定の限度に於て之を認容し、遅延損害金の請求は一部失当として棄却すべく、民事訴訟法第九十二条、第百九十六条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 北村良一)

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