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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)6161号 判決

原告 加藤正信

被告 徳田伊之助

一、主  文

原告の請求を全部棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「東京都葛飾区本田立石町五百四十六番の二、宅地二百十四坪三合二勺の内百五坪につき被告を貸主、原告を借主とし、普通建物所有を目的とする期間昭和二十一年九月十五日以降昭和三十一年九月十四日までの賃借権の存することを確認する。右請求が理由のないときは期間昭和二十一年九月二十日以降十年間又は期間昭和二十一年十月十二日以降十年間、その他は前同様の賃借権の存することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申立てその請求の原因として、申立に掲げた土地は元訴外小林十郎の所有に係り、原告は昭和十年以来同人から右土地を賃料一月三十五円毎月末払の定めで普通建物所有の目的を以て賃借し、その借地上に建物を所有していたが、昭和二十年四月中防空上の必要により東京都のいわゆる第六次強制疎開のため除却された。けれども右建物は除却されても借地権は消滅することなく罹災都市借地借家臨時処理法の規定により少くとも同法施行の日である昭和二十一年九月十五日以降十年間は存続するものであるところ、被告は昭和二十一年十月二十九日右土地を小林から譲受け、同時に賃貸人としての権利義務を承継したのに拘らず、被告の賃借権を争うのでその賃借権の存在確認を求めるものである。

仮に前示疎開により原告において借地権を失い、従つて上叙請求が理由がないとしても、原告は疎開解除後昭和二十一年九月二十日地主小林に対し訴外田中恭二郎を代理人として本件土地を従前通り賃貸して貰いたいと申出たところ、(イ)小林は右申出を承諾し、賃料その他の賃貸条件は追て協定することを約したのであるが、(ロ)仮に右承諾がなかつたとしても右申出後三週間内に小林から拒絶の意思表示がなかつたので、右三週間の期間満了の時その申出を承諾したものとみなされる。さすれば賃貸借期間は(イ)によれば昭和二十一年九月二十日以降十年間であり(ロ)によれば昭和二十一年十月十二日以降十年間である。ところですでに述べたようにその後被告は小林から本件土地を譲受け賃貸人としての権利義務を承継したのであるが、仮に右土地譲受けと同時に右の承継をしたものでないとしても、昭和二十四年七月頃原告に対し承継を諾約したものである。従つて、何れにしても原告は本件土地に(イ)又は(ロ)の賃借権をもつているので予備的にその賃借権の存在の確認を求める次第である。被告の抗弁事実中、原告が小林から昭和二十年五月二十日、被告主張の如く敷金の返還を受けたことは認めるが、その余の点は否認すると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実中、原告主張の土地が元訴外小林十郎の所有であつたこと、右土地が昭和二十年四月中実施された東京都のいわゆる第六次強制疎開の施行区域内にあり、右疎開のため、地上の建物が除却されたこと並びに昭和二十一年十月二十九日被告が前示小林から右土地を譲受けたことは何れも認めるが原告が昭和十年以来右土地を小林から賃借し、その地上に建物を所有していたことは不知、その余の点はすべて否認すると述べ、抗弁として、仮に原告が小林から本件土地を賃借していたとしても、前示第六次強制疎開によりその賃借権を失い、その喪失に対しては当時東京都から補償を受けているのであるし、仮に右疎開により賃借権を失わなかつたとしても、昭和二十年五月二十日原告は小林との間に本件土地の賃貸借を合意解約し、予て原告から小林に、右賃貸借について差入れて置いた敷金の返還を受けているのであるから、何れにしても原告の賃借権はすでに消滅に帰している。予備的請求原因については、仮に原告と小林との間に新に原告主張の申出による賃貸借契約が成立したとしても、右契約による賃借権を以て第三者である被告に対抗し得るものではないし、又被告において右契約による賃貸人としての権利義務を承継した事実もないから、原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告の申立中に掲げた土地が元訴外小林十郎の所有であつたことは本件当事者間に争なく、成立に争のない甲第一号証、乙第一、第二号証、証人田中恭二郎、小林むらの各証言、原告本人訊問の結果並びに右結果により真正に成立したと認められる甲第四号証を綜合すれば原告は地主の小林十郎から普通建物所有のため本件係争宅地百五坪の内、七十六坪余を期間大正十三年六月一日以降大正十八年十二月末日までと定め、又残余の二十八坪余を期間大正十三年十月一日以降大正十八年十二月末日までと定め、賃料は何れも一坪につき一月十六銭と約して賃借し、右賃借地上に建物を所有して来たことが認められる。もつとも右各賃貸借の期間については借地法の規定により、各その始期から三十年間となるわけであるが、右地上の建物が昭和二十年四月中防空上の必要により東京都の第六次強制疎開のため除却されたことは本件当事者間に争がない。

被告は右強制疎開のため原告の賃借権は失われたものであると抗争するので、この点につきしらべて見ると、前示甲第一、第四号証、乙第一第二号証、証人小林むらの証言、同証言により真正に成立したと認められる乙第三号証、証人後藤三夫の証言、同証言により真正に成立したと認められる乙第四号証(同号証中被告作成部分は証明の内容となる。)原告本人訊問の結果の一部並びに予て原告から小林に対し前示賃貸借につき差入れておいた敷金を被告主張の如く返還されたとの当事者間に争のない事実を綜合すれば、第六次強制疎開に際つては、除却される建物に対する補償とその敷地の賃借権喪失に対する補償とは各別にその金額を明示しなかつたけれども、建物並びに賃借権の両者について補償が行われたものであり、本件係争地についても、賃借権は補償され、東京都の手に移つたので、疎開の行われた昭和二十年四月分から地代(即ち賃料)は東京都から地主小林に対し支払われることとなり、小林と原告との間に賃貸借関係はなくなつたので、小林は予て原告から預つていた敷金を原告に返還したものであることが認められる。原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用しないし、他に右認定を左右できる証拠はない。して見れば本件係争地についての原告の賃借権は疎開のため失われたものと云わなければならないので、その賃借権の現存することの確認を求める原告の第一順位の請求は失当である。原告は次に罹災都市借地借家臨時処理法により昭和二十一年九月二十日、小林に対し本件土地の賃借方を申出でたのに対し小林から承諾又は同法所定の擬制承諾があつたと主張するが、被告がその後同年十月二十九日右土地を小林から譲受けたものであることは本件当事者間に争がないので、被告は小林対原告間の土地賃貸借関係については第三者としての立場にあるものであるところ、前示法律第十条によれば罹災建物が滅失又は除却された当時から引続きその建物の敷地に借地権を保持したものに対しては特別の対抗力を認めているが、原告主張の前叙賃借申出に対しては同法第九条によりいわゆる優先的賃借権を認めるに止まり第十条の場合の如き特別の対抗力を認めてはいない。もとより第九条による優先性を拡張して第十条の如き特殊の対抗力を認めなければ、実益の大半が失われることを理由として第九条の場合にも第十条と同一の対抗力を認めようとする説がないでもないが、借地権について補償を受けたものと、補償を受けないものとを同一に保護することは権衡を失するものであるのみならず、理論上よりするも第十条の場合は罹災前の賃借権(これは元来一般には建物につき登記があるので、対抗力があつたものである。)と罹災後のそれとは同一のものであり、戦災による混乱の際、一定の期間、取引の安全を多少ぎせいにしても、賃借権者を保護しようとするについての合理性も肯けるのであるが、第九条の場合は罹災後の賃借権は罹災前のそれとは全く発生事実を異にする別箇のものであり、ただ従前の縁故関係を顧慮して(この点は同法第二条第十四条の法意と共通である)いわゆる優先的賃借権が認められたにすぎないものであり、取引の安全を害してまで保護することの合理性に欠けるばかりではなく、保護の必要から云つても、多くの場合はその目的が達せられるであろうし、又優先的賃借権がすでに存するに拘らず、賃貸義務を負担するものの行為等により、その実現を害せられたような場合は、損害賠償を求め得ることもあるであろうからその程度の保護を以て法律は満足しているものと解するを相当とする。されば本件において仮に原告主張の如く小林との間に、原告の申出による賃貸借契約が成立したとしても、右契約による賃借権を以て第三者である被告に対抗することはできないものと断じなければならない。(なお、賃借権はいわゆる対世的な物権ではなく、対人的な債権であるから、賃借権の確認を求めると云つても、その賃借権は小林に対するものか、被告に対するものかの区別があるわけである。ところで対抗力の問題は小林に対する原告の賃借権についてのみ起ることであるし、本訴において原告が確認を求めている賃借権は、原告から被告に対するそれであることは原告の主張自体から明であるからこの点からすれば被告が対抗力の問題を云為しているのはよけいなことのように思われる。けれども本件において若し原告が被告に対抗し得る賃借権をもつていたとすれば、被告が本件土地を譲受けた際、寧ろ賃貸人の権利義務を承継する意思であつたと推定するのが合理的で、対抗される賃借権があるに拘らず、賃貸人の権利義務を承継する意思がなかつたとするには特段の事情の立証あるを要すると解するを相当とするので、訴訟の実際的見地から被告は対抗問題を持出したものと考えられる。)そこで原告の被告が本件係争地を譲受けた当時又はその後において小林の賃貸人としての権利義務を承継した旨の主張についてしらべて見ると証人田中恭二郎の証言によれば昭和二十一年九月二十日前後、同証人が原告の依頼を受け、その代理人として小林に対し本件土地の賃借方を申出たのに対し、小林が賃料等の賃貸条件を追つて協定すると云う留保の下に、兎に角賃貸方を約諾したことは認め得るけれども(証人小林むらの証言中右認定に副わない部分は的確な証拠とは云えない)右約諾による賃貸人の権利義務を被告が承継したとの点については証人遠藤小太郎の証言は信用がおけないし(従つて右遠藤からの報告を内容とする原告本人の供述も信用しない)他に右承継を被告が応諾したことを認め得る証拠がないばかりか、却つて被告本人訊問の結果によれば昭和二十五年二月中旬被告は原告の代理人と称する遠藤小太郎(当時被告は同人を田中恭二郎と誤認していた。)から被告が買受けた本件土地はもと原告の借地であるから権利金を支払つて貰いたいと申込まれて、これを拒絶したことがあるに止まり、本件土地の賃借方を申込まれたことも、従つて又被告がこれを承諾したことなどもないことが認められる。して見れば、前示承継の存在を前提とする原告の予備的請求(第二順位の請求)もまた失当である。

よつて原告の本訴請求をすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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