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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)6332号 判決

原告 小味任

被告 東京電力株式会社 外七名

補助参加人 柴田茂久

一、主  文

一、被告東京電力株式会社は、原告に対し、東京都渋谷区伊達町二十七番地にある木造瓦葺平家三棟建坪各十坪を収去して、その敷地百五十八坪(別紙図面<省略>(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)の部分及び(イ)と(ロ)の間の八坪)を、明渡さなければならない。

二、被告瀬戸麻は、原告に対し、同所同番地にある木造瓦葺平家一棟建坪十坪から退去して、その敷地四十坪(別紙図面(イ)の部分)を、明渡さなければならない。

三、被告増子虎夫は、原告に対し、同所同番地にある木造瓦葺平家一棟建坪十坪から退去して、その敷地四十坪(別紙図面(ロ)の部分)を、明渡さなければならない。

四、被告宮野弘は、原告に対し、同所同番地にある木造瓦葺平家一棟建坪十坪から退去して、その敷地四十坪(別紙図面(ハ)の部分)を、明渡さなければならない。

五、被告伊藤清は、原告に対し、同所同番地の十坪(別紙図面(ニ)の部分)を、明渡さなければならない。

六、被告窪田益太郎は、原告に対し、同所同番地の十坪(別紙図面(ホ)の部分)を、明渡さなければならない。

七、被告大野福三は、原告に対し、同所同番地の十坪(別紙図面(ヘ)の部分)を、明渡さなければならない。

八、被告渡辺栄之助は、原告に対し、同所同番地にある木造瓦葺平家一棟建坪十二坪を収去して、その敷地八十坪(別紙図面(ト)の部分)を明渡さなければならない。

九、訴訟費用中、原告と被告等との間に生じた部分は、被告等の連帯負担、参加に因つて生じた部分は、補助参加人の負担とする。

十、この判決は、原告に於て執行前、被告渡辺栄之助の為二十万円、その他の被告等の為三十五万円、又は当裁判所がこれ等に相当すると認める有価証券を、担保として供託するときは、それぞれ仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一ないし第八項同旨及び訴訟費用は被告等の負担とするとの判決、並に仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、

原告の父小味亀十郎は、明治三十三年頃被告補助参加人柴田茂久の父久太郎からその所有にかかる主文第一項掲記の宅地(以下本件宅地という)二百三十八坪を、建物所有の目的を以て、賃料一カ月坪当り十五銭の定めで、存続期間の定めなく賃借したが、亀十郎は昭和十年五月二十七日死亡し、原告が、久太郎は昭和十四年三月二十六日死亡し、補助参加人が、それぞれ家督相続により右賃貸借関係を承継した。原告は、その内九十二坪上に、建物二棟を所有し、その一棟を他に賃貸し、残り一棟を自ら使用していたが、この二棟は昭和二十年五月二十四日の戦災によりいずれも焼失し、残百四十六坪上に所有していた建物二棟(他に賃貸)は、同年三月強制疎開により除却され、その部分の建物敷地の賃借権は東京都に買収され、終戦後間もなく疎開解除となり、その部分は、久太郎の家督相続人で当時の所有者たる補助参加人に返還せられた。そこで原告は罹災都市借地借家臨時処理法(以下単に処理法という)第九条、第二条に基き、同人に対し、昭和二十二年十一月八日附同年同月十日頃相手方到達の内容証明郵便を以て、右強制疎開をうけた宅地百四十六坪につき、賃借の申出をしたところ、同人はそれから三週間内に拒絶の意思表示をしなかつたから、その期間の満了の日に申出を承諾したものとみなされ、原告は右の部分につき、他の者に優先する賃借権を取得した。戦災により家屋の焼失した前記九十二坪の宅地については、原告は処理法第十条に基いて、昭和二十一年七月一日から五カ年以内にこれにつき権利を取得した第三者に対抗できる。然るに

(A)  被告東京電力株式会社の被承継人たる関東配電株式会社(受継前の被告)は、昭和二十三年十月頃、補助参加人から、本件宅地二百三十八坪の内、百五十八坪(別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)の部分及び(イ)と(ロ)との間の八坪)を借受け、その地上に左のような各社員宿舎三棟建坪各十坪を建築所有している。

(B)  被告瀬戸麻、同増子虎夫、同宮野弘、同伊藤清、同窪田益太郎、同大野福三は被告会社の社員として右百五十八坪の内、

(1)  被告瀬戸麻は別紙図面(イ)の部分約四十坪上に、木造瓦葺平家一棟建坪十坪に居住して、その敷地を占有し、

(2)  被告増子虎夫は同図面(ロ)の部分約四十坪上に、木造瓦葺平家一棟建坪十坪に居住して、その敷地を占有し、

(3)  被告宮野弘は同図面(ハ)の部分約四十坪上に、木造瓦葺平家一棟建坪十坪に居住して、その敷地を占有し、

(4)  被告伊藤清は同図面(ニ)の部分約十坪を、建物敷地として使用して、これを占有し、

(5)  被告窪田益太郎は同図面(ホ)の部分約十坪を、建物敷地として使用して、これを占有し、

(6)  被告大野福三は同図面(ヘ)の部分約十坪を、建物敷地として使用して、これを占有し、

(C)  被告渡辺栄之助は昭和二十三年十月頃補助参加人から、本件宅地二百三十八坪の内約八十坪(別紙図面(ト)の部分)を借受け、その地上に木造瓦葺平家一棟建坪十二坪(家屋台帳には同所二十八番地にあるように記載されている)を建築所有し、その敷地を占有している。

よつて原告は本件宅地に対する賃借権に基き、被告会社に対し、前記(B)の(1) ないし(3) の各家屋の収去、及びその敷地百五十八坪(別紙図面(イ)ないし(ヘ)の部分及び(イ)と(ロ)との間の八坪)の明渡、被告瀬戸麻、同増子虎夫、同宮野弘に対しそれぞれ居住する前記(B)の(1) ないし(3) の各家屋から退去、同被告等及び被告伊藤清、同窪田益太郎、同大野福三に対し、それぞれ占有する前記(B)の(1) ないし(6) の敷地百五十八坪の明渡、被告渡辺栄之助に対し、前記(C)の家屋の収去及びその敷地八十坪の明渡を求める為、本訴請求に及んだ。

被告会社及び被告渡辺栄之助の抗弁につき、その主張事実中、原告が本件宅地の賃借権につき、設定登記及びその地上に存した建物四棟につき、登記を経ていず、戦災後今日迄、本件宅地の占有を失つていることは、いずれも認めるけれども、その他の主張事実は、全部これを否認する。

補助参加人主張の事実中、原告の主張と一致する事実、及び本件宅地中強制疎開をうけた部分百四十六坪につき、補助参加人が昭和二十一年三月末日、東京都から賃貸借合意解除の上返還をうけたこと、原告が昭和二十三年九月頃、補助参加人を相手方として、その主張のような調停を申立て、その調停が不調となつたことは、いずれも認めるが、その他の主張事実は全部これを否認すると述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は原告の各請求を棄却するとの判決を求め、

被告渡辺栄之助を除くその他の被告等の答弁として、被告会社の被承継人関東配電株式会社が、昭和二十三年十月頃本件宅地の所有者である補助参加人から、本件宅地の内、原告主張の百五十八坪を借受け、その地上にその主張の各社員宿舎三棟を建築所有し、被告瀬戸麻、同増子虎夫、同宮野弘が、原告主張の各平家に居住し、被告伊藤清、同窪田益太郎、同大野福三と共に、それぞれ原告主張の各敷地を占有していること、柴田久太郎が昭和十四年三月二十六日死亡し、補助参加人がその家督相続をしたことは、いずれも認めるが、その他の原告主張の事実は知らない。

被告渡辺栄之助の答弁として、本件宅地が元柴田久太郎の所有で同人が昭和十四年三月二十六日死亡し、補助参加人がその家督相続をしたこと、同被告が本件宅地を相続した補助参加人から、本件宅地の内八十坪を借受け、その地上に原告主張の家屋を建築所有し、その敷地を占有していることは、いずれも認めるけれども、その他の原告主張の事実は知らない。

抗弁として

(一)  被告会社の被承継人関東配電株式会社は昭和二十三年六月一日、訴外大東興業株式会社から、本件宅地所有者たる補助参加人の承諾を得て、本件宅地百五十八坪を含む一帯の土地を転借しているから、その占有は適法であり、被告会社の社員である被告六名の右敷地の占有、宿舎居住者である前記被告三名の占有も適法である。

(二)  被告渡辺栄之助は訴外富士商会の仲介により昭和二十三年二月二十五日補助参加人から、普通建物所有の目的を以て、賃料一カ月一坪につき十円、毎月末払の定めで賃借し、その賃借権に基いて、その地上に原告主張の家屋を建築所有し、その敷地を占有しているのであるから、その占有は適法である。

(三)  処理法第十条に基き、借地権者が対抗要件を具備しなくても、その借地権を対抗し得る相手方は、昭和二十一年七月一日から五カ年以内に、その宅地に物権を取得したものに限り、被告等のように、賃借権又は転借権を取得した者に対抗することはできないから、仮に原告に賃借権があるとしても、それを以て被告等に対抗できない。

(四)  原告は、本件宅地に対する賃借権の設定登記も、その宅地上に有した焼失及び除却建物の登記も有していないから、その賃借権を以て被告等に対抗できない。

(五)  原告は、戦災と同時に本件宅地に対し占有を失つたから、占有を伴わない賃借権を以て、被告等に対し建物の収去宅地の明渡を求めることはできない。

(六)  被告会社及び被告渡辺栄之助は、本件宅地上に既に完成した原告主張の各家屋を建築所有して居り、同被告及び被告会社の社員たる被告三名は、これに居住しているから、原告がその収去及びそれからの退去を求めるのは、権利の濫用であつて失当である、と述べた。<立証省略>

補助参加代理人は、柴田久太郎は大正の初め頃、小味亀十郎に、その所有にかかる本件宅地を、建物所有の目的を以て、存続期間の定めなく賃貸していたが、久太郎は昭和十四年三月二十六日死亡し、補助参加人がその家督を相続し、本件宅地の所有権を取得した。原告が小味亀十郎の賃借権を相続したことを否認する。本件宅地の大部分は、昭和二十年三月強制疎開により、その地上建物が除却されたので、補助参加人はこれを東京都に賃貸し、除却を免れた建物は、昭和二十年五月二十四日戦災により焼失した。東京都との賃貸借契約は、昭和二十一年三月末日合意解除となり、補助参加人は賃貸地の返還をうけた。亀十郎の娘が昭和二十二年五、六月頃、補助参加人に対し、本件宅地を貸してくれといつてきたが、補助参加人は強制疎開をうけた宅地の賃借権は消滅しているので、これを拒絶した。次いで、同年十月頃、原告から賃借申出があつたが、補助参加人はこれも拒絶した。補助参加人は、原告から処理法に基く賃借申出を受けたことはないのである。昭和二十二年十一月十日頃、原告から補助参加人に対し、同年同月八日附内容証明郵便が到達したことはあるが、それは処理法に基く賃借申出ではないし、補助参加人はそれ迄に原告に対し拒絶していたから、改めて拒絶の意思表示はしなかつた。補助参加人は昭和二十三年三月十五日、被告渡辺栄之助に対し、原告主張の宅地八十坪を、同年四月一日及び同年五月一日の二回に亘り、大東興業株式会社に対し、原告主張の百五十八坪と他の地番の宅地を含め七百六坪を賃貸した。その後原告から、本件宅地附近に復帰する希望を申出でたので、補助参加人は、その附近で公道に面した宅地五十坪を、原告に賃貸することを承諾した。然るに原告は昭和二十三年九月、渋谷簡易裁判所に、補助参加人を相手方として、本件宅地又はその換地の賃貸及びその賃貸不能の場合の賃借権の補償を求める調停の申立をしたが、原告は十回をこえる調停期日に出頭しなかつたので、調停は不調となつた。以上の経過からすれば、原告の本訴提起は、本件宅地を自ら使用する意思はなく、無償で借地権を得、これを高価で他に売却するか、被告等から多額の代償を得んとする目的に出でたものであることが明である。従つて原告の本訴請求は、信義誠実の原則に反するものであつて、失当である。よつて被告会社及び被告渡辺栄之助を補助する為、本件参加申出に及んだ。甲第二号証の成立は知らぬ、その他の甲号各証の成立はいずれも認めると述べた。

三、理  由

先ず、原告が本件宅地につき賃借権を有するか否かにつき、判断する。

成立に争のない甲第四、第九、第十号証の各記載、証人小味美恵、同柴田茂久の各証言、原告本人訊問の結果によれば、原告の父小味亀十郎は、明治三十年代日露戦争前に補助参加人の先代久太郎から、本件宅地を、賃料一カ月坪当り十五銭の定めで、存続期間の定めなく賃借し、亀十郎は昭和十年五月二十七日死亡し、原告が、久太郎は昭和十四年三月二十六日死亡し、補助参加人が(この点は同人の認めるところである)それぞれ家督相続をし右賃貸借関係を承継し原告がその地上に、建物四棟を建築所有していたところ、その内百四十六坪は、昭和二十年三月強制疎開により、その賃借権が東京都に買収せられ、その地上の右建物二棟は除却され、終戦後その部分の宅地が補助参加人に返還されたこと、残九十二坪に存した建物二棟は、同年五月二十四日の戦災により焼失したことが認められる。更に成立に争のない甲第五号証、乙第三号証の二の各記載、証人小味美恵の証言によれば、原告は昭和二十二年十一月八日附書留内容証明郵便を以て、本件宅地の所有者たる補助参加人に対し、それにつき賃借申出をなし、その書面は同年同月十日頃、同人に到達したが、同人はこれに対し、その後三週間内に原告に対し何等の回答をなさなかつたこと(この点も補助参加人たる同人の認めるところである)が認められる。この認定に反する部分の証人柴田茂久の証言は、当裁判所は採用することができない。補助参加人は、原告の右申出以前、原告からの賃借申出に対し、既に拒絶の意思表示をしたから、原告の右書面による賃借申出に対しては、改めて拒絶の意思表示もしなかつたと主張するけれども、証人小味美恵、同柴田茂久の各証言、原告本人訊問の結果によれば、原告の姉小味美恵が昭和二十二年十月中旬、弁護士小林清春と共に、補助参加人に対し、「本件宅地を今迄通り貸して貰いたい」と申出たところ、同人は「財産税を納めるからこれを売却する積りだ」とか、「貸すと奥の宅地が袋地になる」という理由で、貸すことを断り、その後原告から二回に亘り、(後の分が補助参加人の認めるもの)書面を以てなされた賃借申出に対しては、同人は自ら認めるように何等意思表示をせず、原告がその頃、姉美恵につづいて口頭で、賃借の申出をしたときには同人は「これ迄の縁と諦めてくれ」といつて断つたことが認められる。以上の事実によれば、補助参加人が原告の賃借の申出に対してなした拒絶の意思表示には、何等正当な事由がなかつたといい得るのであつて、前記昭和二十二年十一月十日同人に到達した書留内容証明郵便による賃借申出に対しては、拒絶の意思すら表示しなかつたのであるから、同人は同年十二月一日の経過と共にその申出を承諾したものとみなされ、原告は本件宅地中、強制疎開をうけた百四十六坪について、同年十二月二日賃借権を取得したものといわなければならない。その余の九十二坪については、原告は、その宅地上の原告所有の建物二棟が、昭和二十年五月二十四日の戦災により焼失してから引続き、補助参加人に対し賃借権を有しているのである。そして原告主張の各被告等が、それぞれ原告主張の各家屋を建築所有し、それぞれその各家屋及びその建物敷地を占有していることは、被告等がその各関係部分につき、認めて争わないところである。

そこで被告等の抗弁につき、逐次判断を加える。

証人柴田晴弘の証言、及びその証言により真正に成立したと推認する乙第一号証、同第二号証の一、二の各記載によれば、補助参加人は昭和二十三年三、四月頃大東興業株式会社に、本件宅地中、現在被告会社の占有する百五十八坪を賃貸し、同株式会社は、同年六月一日、補助参加人の承諾を得て、更にこれを、被告会社の被承継人たる関東配電株式会社に転貸し、転貸借の存続期間、転貸料、その他の要件については、後日本契約にゆずり、一応仮契約書を作成したことが認められ、成立に争のない丙第一号証及び右証人柴田晴弘の証言によれば、補助参加人は同年三月十五日、被告渡辺栄之助に対し、本件宅地中現在同被告の占有する八十坪を、存続期間の定めなく、賃料は一カ月八百円、毎月二十五日持参払という定めで賃貸したことが認められる。然しながら原告が、本件宅地中強制疎開をうけた宅地百四十六坪につき、前段認定のように、昭和二十二年十二月二日取得した賃借権は、処理法第二条に基き、他の者に優先し得るものであり、疎開を免れ、その地上家屋二棟の焼失した残り九十二坪については、同法第十条に基き、昭和二十三年中に、補助参加人から賃借権又は転借権を取得した関東配電株式会社及びその承継人被告会社に対抗し得るといわなければならない。被告等は、同法第十条にいわゆる「その土地について権利を取得した第三者」とは、その土地につき物権を取得したものに限り、本件に於けるように、賃借権ないし転借権を取得した第三者は、これに包含せられないと主張するけれども、かように右の「権利」を、単に″物権″と制限的に解釈することは、今次戦争により、破壊わい曲を受けた罹災都市の借地借家権関係を可及的に復活是正せしめんとする処理法の律意に反すると思われるのであつてこれを採用することができない。かく解することにより善意の新借地権者が対抗要件を具備しない旧借地権者に譲歩しなければならないことになるが、それは已むを得ないところである。従つて原告は本件宅地につき、賃借権を取得した被告渡辺栄之助、転借権を取得した関東配電株式会社、及びそれを承継した被告会社に対し、自己の賃借権を主張し得るものといわなければならない。

次に被告等は、原告は、本件宅地に有した賃借権の設定登記、その地上に有した四棟の建物の登記を有しないから、処理法第十条に基いて、被告等にその賃借権を対抗し得ないと主張し、原告は右のような登記を有しないことを自白しているけれども、同法第十条に於て、建物の登記なくして、その賃借権を第三者に対抗し得る借地権者は、独り賃借権に存する建物の登記を有していたが、戦災により、建物が焼失した為、登記の効力を失つた者のみならず、建物の滅失当時に於ても、建物の登記を有しなかつた者をも包含すべきであると解釈するのを相当と認めるので、被告等の抗弁はこれを採用することができない。この理論は、借地借家臨時処理法第七条の法意から支持し得られると考えられる。

被告等は、原告の賃借権は占有を伴わないから、被告等に妨害排除を求めることはできないと主張するけれども、処理法によつて認められる賃借権に基く妨害排除請求権には、占有を必要としないと解すべきである。蓋し処理法により保護せられる借地権者が、当該借地に占有を失つていることは、十分予想し得らるることであり、処理法はかかる借地権を保護することを意図したものと解釈して、始めてその活用を期待し得られる。(借地借家臨時処理法第七条の借地権につき、大審院判例昭和十二年七月十日言渡、昭和十一年(オ)第二六九九号事件、大審院判例全集四輯一三号三六頁参照)。

被告等の権利濫用、補助参加人の信義誠実の原則違背の抗弁につき、判断する。被告会社及び被告渡辺栄之助が、本件宅地中それぞれ原告主張の地域に、その主張の各建物を建築所有し、被告会社の社員たる前記被告等三名がこれに居住して居り、被告等がそれぞれ原告主張の地域を占有していることは、いずれも当事者間に争ないところであるけれども、原告の賃借権は、被告会社の転借権、被告渡辺栄之助の賃借権の取得以前、既に存続又は成立しているのであつて、被告等に対抗し得るものであること、前段説示の通りである以上、被告等はその後の建物建築所有の既成事実を以て原告の賃借権の主張を権利の濫用なりと非難排撃することは妥当ということを得ない。建築物資の充分でない現在に於て、既に完成した建物の収去、居住者の退去を命ずることは、確かに社会経済上望ましい事ではないことは明であるけれども、原告の正当なる権利の行使に対し、被告等の蒙る損害が法の予期する均衡を覆さなければならない程甚大なものであるとは、弁論の全趣旨に徴しても認められないのみならず、本来権利者に対抗できない建物の建築所有を、社会経済的な立場から権利者に忍容せしめることは許し難いところである。

原告が昭和二十三年九月、渋谷簡易裁判所に対し、補助参加人を相手方として、同人の原告に対する、本件宅地又はその換地の賃貸、それが不能の場合の賃借権の補償を求める調停の申立をなし、その調停が不調となつたことは、原告の認めるところであり、証人柴田晴弘の証言及び原告本人訊問の結果によれば、原告は右調停期日に於て相手方たる補助参加人に対し、本件宅地の賃借権の補償として三、四十万円を要求し、後半の調停期日には出頭しなかつたことが認められないではないが、原告本人訊問の結果によれば、相手方及びその代理人たる柴田晴弘は、第一、第三及び第四回の各調停期日に出頭せず柴田晴弘は第二回の調停期日に於て、本件宅地二百三十八坪につき換地約五十坪を提供する旨の申出をしたが、その具体的地域を示さなかつたので、原告は相手方に、調停に応ずる誠意なしと認めて、その後の調停期日に出頭しなかつたことが認められるので、右の調停不成立の事実から、原告の本訴提起が、本件宅地の賃借権を他に売却するか、被告等から多額の代償を得んとするものであると推論することは穏当でない。従つて補助参加人の信義誠実の原則違背の抗弁も、失当としてこれを排斥する。

そうして、以上認定の事実及び当事者間争のない事実に基く、原告の被告等に対する本訴各請求は、いずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項但書、第九十四条後段、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条第一項を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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