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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)6636号 判決

原告 阿部ちよ

被告 小西敬次

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告が別紙目録<省略>記載の土地家屋に対する所有権移転登記請求権を有しないことを確認する。被告は原告に対し、右物件に対する東京地方裁判所昭和二十五年(モ)第三六六二号仮登記仮処分命令に基く所有権移転登記請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、又被告の主張に答えて、次のように述べた。

(一)  本件不動産は原告の所有であるが、原告の知らぬうちに、その権利書が原告の印鑑証明及び白紙委任状と共に被告の手に渡り、被告はこれを利用し本件不動産につき所有権移転登記請求権を有するとの事実無根の申請理由を具して、本件仮登記仮処分命令を昭和二十五年八月二十二日東京地方裁判所に申請し、同月二十三日命令が出て、同日嘱託登記により登記済となり、原告の所有権は侵害された。故に本件不動産につき被告が所有権移転登記請求権を有しないことの確認及び所有権に基き本件仮登記の抹消登記手続を求める。

(二)  被告主張(ロ)の事実中、昭和二十四年十一月訴外菅谷が訴外覚平から鐘紡株二百五十株を借用し、その担保として原告名義の本件権利書、印鑑証明、白紙委任状を覚平に差入れたこと、右書類の日付、売買代金額等は未記入であつたこと、菅谷は債務を完済しなかつたこと、書類の日付、代金額、代理人氏名等が後に記入されたことは認める。その他は否認する。菅谷は金二万五千円位を弁済している。

(三)  菅谷が本件権利書を所持し、原告の印鑑を使用し得たのは次の事情による。すなわち、昭和二十三年九月頃原告は、いとこである訴外菅谷に依頼して、目黒区三谷町百九番地所在の本件家屋と地続きの二戸を売却したことがあるが、菅谷が登記のため右二戸の権利書を取りに来た時、あたかも原告は筋肉炎神経炎の注射直後であつて自ら動作し得なかつたので、後で来て欲しいといつたところ、同人は是非今日欲しいというので、同人が押入の鞄の中から、所要の権利書と印鑑とを直接取り出すことを許した。ところが、その際同人が全く関係のない本件土地家屋の権利書をも一緒に持去つて保管していることが後から分つたので、原告は印鑑とその権利書とを返すよう同人に催促したが、同人は言を構えて返還せず、昭和二十五年六月頃には、例の印鑑を紛失したから変更したと称して新印鑑を持参したのである。同人が本件権利書を悪用してほしいままに担保に差入れたのはその間のことであるが、もとより原告は全くこのことを知らず、昭和二十五年八月十七日覚平から聞いて初めて知つたのである。かように菅谷は本件不動産の処分につき何等の委任をも受けていないから、その処分は無効であり、又同人が金融を受けたり、担保を差入れたりした相手方は覚平であつて、被告には何の関係もないのであるから、被告は本件不動産について何の権利をも取得していない。

(四)  被告主張(二)の事実中、原告の竹内に対する明渡交渉を菅谷が代理したことは認めるが、これは菅谷と覚平との交渉以後のことであるから、覚平が菅谷の代理権を信じる縁由となるものではない。又本件家屋と地続きの二戸の売却を菅谷に依頼したと先に述べたのは、実際は原告が菅谷に売却したのを菅谷が転売したのであつて、原告が菅谷に何等かの代理権を与えた趣旨ではない。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、事実上の答弁として、次のように述べた。

(イ)  原告主張(一)の事実中、本件不動産が原告の所有に属していたこと、その不動産につき原告主張のような仮登記仮処分命令により現に仮登記がなされていることは認める。其の他は否認する。

(ロ)  本件不動産は既に被告の所有に属するのであつて、その事情は次の如くである。すなわち、昭和二十四年十一月二十四日被告の父訴外小西覚平は、被告の代理人としての資格に於て、訴外鈴木了兵を介して菅谷から金融の依頼を受け、同人が戸籍面では原告のいとこであるが実は真の子であること、原告は病床にあるため同人を代理人として一切を委任していること、本件不動産を担保に供する用意のあること等を知つて金融を承諾し、本件不動産を売渡担保に取り、弁済がない時には移転登記をすることとし、その際の原告の登記協力義務の履行を確保するため、原告名義の権利書(不動産売渡証書)、印鑑証明、委任状を日付売買代金額、代理人氏名等を未記入のままで預つた上、鐘紡新株払込金領收証二百八十六株(時価一株百八十五円、計金五万二千九百十円を六掛にして金三万一千七百四十六円に評価。)を同月三十日同じく三百株(時価一株百七十五円、計金五万二千五百円を六掛にして金三万一千五百円に評価。)を菅谷に交付して評価額を融通した。昭和二十五年三月三十日、菅谷は右の内八十六株を返還したが、その際残り五百株は(評価額相当の金員としても)返還できないから、さきの書類によつて登記されたいと申出た。よつて被告は本件不動産所有権移転登記請求権を有することとなつたので、権利書、委任状の日付、代金額、代理人氏名等を相当記入の上、同年八月十九日移転登記申請をしたところ、原告の改印届が出ていたので登記することができず、原告に新印鑑押捺を交渉しても応じないので止むなく本件仮登記仮処分に及んだのである。右の次第であるから移転登記請求権の不存在確認と、その請求権を保全する仮登記の抹消登記手続とを求める原告の請求はいずれも失当である。

(ハ)  原告主張(三)の事実中、原告が菅谷に依頼して他の二戸を売却したことは認める。その他は否認する。

(ニ)  かりに原告が菅谷に対し本件不動産の処分について代理権を与えていなかつたとしても、菅谷は右の二戸の売却及び本件家屋に居住中の訴外竹内直良に対する明渡交渉について原告を代理していたのであり、原告の近親でもあり、かかる菅谷が本件不動産の処分に必要な書類を持参して来ている以上、覚平が菅谷には本件不動産処分の権限があると信じるのは当然で、原告は菅谷に右書類を所持せしめたことによつて、被告代理人たる覚平に対して菅谷に代理権を与えた旨を表示したものというべく、従つて菅谷の行為に責任を負うのである。故に菅谷と覚平との間における本件不動産についての契約は原被告間に於て有効である。<立証省略>

三、理  由

本件不動産の所有権がもと原告の所有に属したことについては当事者間に争がない。

よつて被告が右所有権を有効に取得したかどうかについて判断する。

訴外菅谷が訴外覚平に金融を依頼し、その際担保に供するため本件書類を差入れたことは当事者間に争がない。証人菅谷、同覚平の各証言を綜合すると、菅谷が覚平から鐘紡新株払込金領收証五百八十六株を昭和二十四年十一月二十四日及び十二月三十日の二回に受領し、各時価の六割として計六万三千二百四十六円に評価し、同株券又は右評価代金を二ケ月後に返還する約をなしたこと、右全債務の担保として本件不動産を売渡担保にし、弁済がなかつた場合に所有権移転登記をなすこととして売主の登記協力義務履行を確保するため本件書類を覚平に差入れたのであることを認めることができる。菅谷の証言中右認定に反する部分は信用しない。

そこで進んで本件不動産の処分について菅谷が原告から代理を委任されていたかどうかを考えるに、成立に争ない乙第三号証中「二人の筆談秘密による土地家屋売買に端を発しての失敗云々」の記載は、文旨あいまいであるばかりでなく、証人阿部正二の証言を合せ考えると、必ずしも本件不動産の売買について原告から菅谷への委任があつたとの心証を得るに充分でなくその他これを認めるに足る証拠はない。しかしながら証人鈴木了兵、同覚平の各証言によると、同人等は、原告の近親である菅谷が、売主として原告の氏名押印のある不動産権利書、印鑑証明及び白紙委任状を所持していたことから、菅谷は原告の代理人であり、売買契約を締結する権限あるものと信じたことを認めることができ、これを原告の方からいえば、菅谷にこれらの書類を所持せしめたことに於て、右不動産の処分につき同人に代理権を与えた旨を買主たる者に表示したものということができる。けれどもこのことは同人がこれら書類を平穏公然に所持していた場合にのみいえることであるから、更にその点を案ずるに、本件家屋と地続きの二戸の処分について菅谷が原告を代理したことは当事者間に争なく、証人菅谷と原告本人訊問の結果とによると、原告は昭和二十三年九月頃菅谷に右二戸の権利書と印鑑とを渡したが、この際原告は病臥中であり、注射直後であつたので、自ら手渡すことができず、菅谷が押入の中のトランクから自ら持出すに任せたこと、菅谷はその際右の権利書、印鑑と共に本件権利書をも無断で持出したのであること、原告はその時はその無断持出に気ずかなかつたことを認めることができる(菅谷の供述中右認定に反する部分は信用しない。)。これによれば印鑑はともかくとして、本件権利書については平穏公然の要件を満さないように考えられるが、前後の状況から推して原告は菅谷の無断持出をそれから遠からぬ中に知つたと推定せられるにかかわらず、(原告本人の供述中これに反する部分は信用しない。)その後本件紛争の生じるまで、何等特別の処置を講じた証拠がなく、無為に二年近くを過していること証人竹内直良、同阿部、同菅谷の各証言並に原告本人訊問の結果を綜合して認められる菅谷が原告のいとこであること、夫と不和である上他に身寄のない原告が同人を最も信頼し老後を頼むつもりでいること、財産上のことについても夫正二でなく菅谷に相談していたこと、(証人阿部、同菅谷並に原告本人の各供述中上記認定に反する部分は採用しない。)並に当事者間に争のない菅谷が他の二戸の処分について原告の代理をしたこと等を綜合すると、原告は菅谷が他の二戸を処分して登記を済せて後も、用済の印鑑と無断で持出した本件権利書とを所持し続けることにそれほど不安をいだかず、これを肯認していたのであると認めることができる。よつて前述したとおり、原告は本件不動産の処分につき菅谷に代理権を与えた旨を買主に対して表示したものであり、従つて右の代理権の範囲に於て菅谷が買主との間になした行為についてその責に任ぜねばならない。

次に証人覚平の証言によれば、同人は被告の父であり、本件契約に関し被告の代理人として行為したものであると認めることができる。

以上により、菅谷と覚平との間に締結された本件不動産についての契約は、原告と被告との間に於て有効である。従つて被告は本件不動産所有権を有効に取得したものであり、菅谷の債務不履行により移転登記請求権を有するに至つたものである。故にこれを保全するための本件仮登記も有効であるといわなければならない。原告の請求はすべて失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用は敗訴の当事者である原告の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 和田嘉子 倉田卓次)

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