東京地方裁判所 昭和25年(行)56号 判決
原告 小林らく
被告 下谷税務署長
一、主 文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十五年二月二十七日附を以て原告に対してなした原告の昭和二十四年度所得金額並びに所得税額に関する更正決定中所得金額七十四万二千円、所得税額三十九万五千七百円とあるを所得金額四十四万八千九百五十一円所得税額十九万六千六百七十一円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は肩書地において飴類の製造販売業を営んでいるものであるが、原告の昭和二十四年度の所得金額は金四十四万八千九百五十一円で、その所得税額は金十九万六千六百七十一円となるので、昭和二十四年度末の確定申告においてその旨申告したところ、被告は右確定申告に対し昭和二十五年二月二十七日附同年三月一日到達の通知書を以て所得金額を金七十四万二千円、所得税額を金三十九万五千七百円とそれぞれ更正してきた。しかし原告の昭和二十四年度における所得は右申告以外にはないのであるから、原告は該更正を不服とし、同年三月二十七日被告を経由して東京国税局長に対し審査の請求をなしたが、その後三ケ月以上を経過しても右請求に対する決定がないから、ここに右更正の変更を求めるため本訴に及んだ次第である。と述べ、
被告の本案前の抗弁に対し、被告主張の審査請求取下書の提出は、原告において該書面が審査請求取下書なることの認識なく、たまたま調査のため原告方に来訪した国税局係官の強要によりその指示に従い同係官の予め用意した用紙に示された文案をそのまま記載して署名捺印した上交付したに過ぎず、もとよりその文意を解せず、審査請求取下の意思なくしてなされたものであるから無効である。仮に審査請求取下書なることの認識があつたとしても、原告はその結果前記更正決定が確定するに至るべきことを知らなかつたものであるから右取下の意思表示は要素に錯誤があり無効である。仮に然らずとするも右取下書は前記係官が威嚇的態度を以て原告を強迫して提出せしめたものであるから取消し得べきものである。よつて原告は昭和二十五年七月三日附内容証明郵便による書面を以て東京国税局長に宛て右審査請求取下を取消す旨の意思表示をした。以上の理由により右審査請求の取下は結局法律上の効果を発生するに由なく、原告のなした前記審査請求はなお有効に存続するものというべきであるから被告の本案前の抗弁は理由がない。と述べた。(立証省略)
被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、原告は本件更正決定に対し昭和二十五年三月二十七日東京国税局長に審査の請求をなしたが、同年四月十五日同局長宛に審査請求取下書を提出して右審査の請求を取下げたから、結局審査請求はなかりしことに帰し、本訴は訴訟要件を欠くことになるゆえ不適法として却下さるべきである。なお右審査請求取下書の提出については、審査決定のため原告方に調査に赴いた東京国税局係官において調査の結果本件更正決定の正当なることを認めたので、その旨原告に説明し、その納得を得た上で任意に提出せしめたものであるから原告の主張するような無効又は取消原因はない。と述べ、本案につき、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中原告の昭和二十四年度の所得金額が金四十四万八千九百五十一円、その所得税額が金十九万六千六百七十一円であるとの点は否認するが、その余の事実はすべてこれを認める。と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告がその昭和二十四年度の所得金額を金四十四万八千九百五十一円、所得税額を金十九万六千六百七十一円として確定申告をしたのに対し、被告が昭和二十五年二月二十七日附同年三月一日到達の通知書を以て所得金額を金七十四万二千円、所得税額を金三十九万五千七百円と更正したこと、及び原告が右更正決定に対しその到達後一ケ月内たる同年三月二十七日被告を経由して所轄東京国税局長宛に審査の請求をなしたことは当事者間に争がない。
しかし成立に争のない乙第一号証によれば昭和二十五年四月十五日附を以て原告より東京国税局長宛審査請求取下書が提出されていることが明かである。この点につき、原告は右書面の提出については審査請求取下書なることの認識なくしてなされたものであるから取下の意思表示としては無効である旨抗争し、原告本人訊問の際右主張に副う供述をしているが、右供述は後記認定の事実に照して措信し難く、他に原告の該主張を肯認するに足る証拠はない。又この点に関する原告の要素の錯誤の主張についても、原告本人は右書面の提出により本件更正決定が確定するに至るべきことを知らなかつた旨供述しているが、右供述も後記認定の事実に照せばたやすく信用し難く、他に原告の該主張を肯定するに足る何等の証拠もないのみならず、仮に原告主張のとおりとするも、右はいわゆる法律の錯誤に属し、本件の如き場合にあつては原告の重過失に帰せしめらるべきものと認められるから原告自らその無効を主張し得ない。次に右書面の提出は強迫による旨の原告主張についてもこれを認めるに足る何等の証拠がない。却つて前記乙第一号証及び証人照沼利雄、同福川義憲の各証言を綜合すれば昭和二十五年四月十五日東京国税局より原告の審査請求に対する調査のため原告方に赴いた同局事務官照沼利雄が原告の依頼した税務代理士福川義憲立会の上原告方の帳簿を調査した結果、本件更正決定の正当なることを確認し、福川税務代理士もまたこれを承認したので、右両名にて原告にその旨説明し、照沼事務官より原告に対し審査請求の取下方を慫慂したところ、原告はその趣旨を納得し、同事務官に取下書の書式をたずね、その指示に従つて乙第一号証の審査請求取下書を作成してこれを同事務官に交付したこと及びその間何等強迫的事実の介在しなかつたことが認められるのみならず、原告はその本人訊問の際当裁判所が前記乙第一号証の朗読を命じたのに対し、完全にその朗読を了している次第であるから、原告の前記各主張は到底これを容認し得ない。
しからば原告の前記審査請求の取下には何等の根拠なく有効にその効力を発生したものというべきであるから、結局右審査請求はなかりしことに帰し、右取下後になされた本訴は訴訟提起の前提要件を欠くことになるから爾余の点について判断するまでもなく不適法として却下せらるべきものである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古山宏 安武東一郎 石渡満子)