東京地方裁判所 昭和26年(モ)3223号 判決
債権者 新光紙業株式会社
債務者 株式会社第一洋紙店
一、主 文
債権者と債務者間の昭和二十六年(ヨ)第一八四〇号債権仮差押事件について当裁判所が昭和二十六年五月二十八日なした仮差押決定はこれを認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
二、事 実
債権者訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、その理由として、
「債権者及び債務者はいずれも紙類販売等を目的とする株式会社であるが、昭和二十六年三月三十日債権者は債務者に対し上質印刷紙たる計測記録B版八十ポンド二十二連二分の一を代金十三万五千円で、金花B版八十ポンド七連二分の一を代金四万五千円でいずれも荷渡指図書と引換に代金を支払う約で売渡し、同日荷渡指図書を交付したが債務者の都合で翌三十一日代金の支払を受けることにした。ところが債務者は右の期日に右代金合計十八万円の支払をしない。
債務者は本件取引をしたことを否認し、右の取引は訴外加藤完がなしたものと述べているが、同人は債務者会社の常務取締役でただ登記簿上その記載がされていないに過ぎず、債務者は同人に債務者会社の常務取締役なる肩書のついた名刺を常に使用せしめる等久しきにわたり、常務取締役の名称を使用せしめて来たもので本件取引においても加藤は右の名刺を使用している。それがため債権者は加藤に債務者会社を代表すべき権限があると信じて本件取引をなしたものであるから、債務者は商法第二百六十二条により善意の第三者たる債権者に対し、その責に任じなければならない。
仮りに加藤が債務者会社の取締役でないとしても、同人は債務者会社の用紙取引の営業の委任を受けた商業使用人であつて、債務者会社の用紙取引の面は専ら加藤においてこれを担当していたことは同業界に広く知られているところである。
従つて本件取引につき個別的に委任がなかつたとしても、商法第四十三条により債務者はその責を免がれることはできない。
仮りに右の主張が容れられないとしても加藤は債務者会社の使用人として、同会社の用紙取引につき委任を受けて代理人として取引をしていたことは疑を容れないところである。
従つて本件取引について債務者会社を代理する権限がなかつたとしても、本件取引に際しては債務者会社取締役加藤完なる名剌を債権者会社の代表者に差出して取引を懇請し、本件取引に先立つ債権者会社との昭和二十六年三月十二日及び同月二十四日の取引はいずれも債務者会社の常務取締役として取引したもので、本件取引のみが加藤の個人取引とは夢想だにしなかつたところである。日常の取引においては迅速を第一とする関係上通常の取引通念に照らし不信用の場合の外同業者間においては、相手方会社の役員であるとの一事で信用し、登記の有無を調査せずに取引を開始するのであつて、特に本件においては面識ある訴外金子広兄が同道して加藤が債務者会社の取締役である旨紹介したので、加藤が常務取締役であると信じ、その代理権のあることを疑わなかつたのであり、右の事情においてはかように信ずるにつき正当の事由があるものといわなければならない。
従つて債務者会社は表見代理の法理により、本件取引につきその責に任じなければならない。」と述べた。<立証省略>
債務者訴訟代理人は主文第一項掲記の仮差押決定を取消し債権者の申請を却下する旨の判決を求め、答弁として、「債務者において債権者主張の如く本件で争となつている洋紙を買受けたことは否認する。債権者の主張する洋紙の売買は、債権者会社の販売掛岩下滋朗と訴外加藤完の間に行われたもので、債務者の関知しないところである。即ち、右の岩下及び加藤は訴外金子広兄に対し債権を有していたので岩下が債権者会社より紙を出荷し、金子と加藤がこれを転売し、その利潤を前記債権の弁済にあてることにし本件取引はかような関係でなされるに至つたものである。右加藤が本件取引に関し債務者会社の役員であるかの如き肩書附の名剌を使用していたことは認めるがその余の債権者主張事実はこれを争う。
なお、債務者会社は資本金百万円の洋紙卸売を営む株式会社で一月五、六百万円の取引をなし在庫品は三、四百万円、売掛代金債権も三百万円に達し、業態が極めて順調であるのみならず、訴外辻商店より一月五百万円に達する営業資金の融資を受ける特約を得て益々発展の経過を辿りつつあるもので、本件の取引の如き十八万円の債務につき仮差押を必要とする状況ではない。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
債権者及び債務者がいずれも紙類販売等を目的とする株式会社であることは当事者間に争ないが、債権者の主張する本件の洋紙の売買の点について、債務者は訴外加藤完が買受けたもので債務者においては買受けたことはないと争つているので、この点について考えて見る。
債権者援用の甲第一号証及び同第二号証の各記載及び証人岩下滋朗の証言等債権者主張の売買の事実に対する一応の疏明が存するかの如くであるけれども、証人加藤完、同島田勝之、同金子広兄の各証言に照らして考えると必ずしもこれを疏明するに足る十分の疏明と見ることはできず、右各証言を綜合して考えると、本件の洋紙取引は当時債務者会社に雇われ紙類の仕入れ販売に従事していた訴外加藤完が、債務者会社の常務取締役という肩書を使つて自己のために債権者から本件の紙を買受け利得を図つたものであることが窺い知られる次第であつて、他に右の判断を覆えして、右の売買が債務者会社との間に行われたことを疏明すべき資料はない。
そこで進んで債権者の商法第二百六十二条に基く主張について考えて見る。
同条においては代表権を有すると認むべき名称を附した取締役の行為について会社の責任を規定したものと解すべきところ、訴外加藤完が債務者会社の取締役として登記されてないことは証人山西清一郎、同岩下滋朗、同加藤完の各証言を綜合して明かであつて、他に加藤が債務者会社の取締役であることの疏明はないのであるから、商法第二百六十二条は本件取引につき直接その適用ありと見ることは困難である。
然し、証人岩下滋朗、同島田勝之、同山本幸三郎の各証言と証人加藤完の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証、同第四号証を綜合すると債務者会社は加藤に対し常務取締役の名称を使用して債務者会社の紙類の仕入れ販買をすることを認めていたことを窺うことができるのであつて、この点に反する証人山西清一郎の証言は信用し難く、他に右の判断を覆えすに足る疏明はない。
そこでかように適法に取締役に選任されていないのに、会社において事実上代表権のある取締役であるかの如き名称を使用させて取引にあたらしめている者の行為につき、前記規定を類推適用すべきかどうかが問題となるが、同規定は法一般に通ずる取引の安全の保護と禁反言の原則の一顕現にすぎないと考うべきもので、右のような場合にも類推適用されるものと解するのが相当である(もつとも本件において債権者が予備的に主張している如く民法の表見代理の主張もできる関係にあるが、代表権に関するいわば表見代表権に対する信頼の保護を求める本件の債権者の主張については商法第二百六十二条の規定の類推適用を認め得べきものと考えられる)。
かように解すべきものとすれば、債権者において加藤が債務者会社の代表権ある取締役であると信じて本件取引をなした所謂善意の第三者に該当すべきものであることは、証人岩下滋朗の証言によつて疏明されるのであるから債務者は本件取引につきその責に任ずべきものといわなければならない。
そうすると債権者が債務者に対し本件洋紙代金十八万円の債権を有することの疏明があつたというべきである。なお債務者はその営業状況等を主張して仮差押の必要のない旨争つているのであるが、債務者会社の営業状態等がその主張する通りであるとしても、一般会社に比し特にその経済的基礎が強固であるというべき程のものとは考えられず、かつ既に判断したところからすれば債務者の営業の方法は堅実かつ信用度の高いものと到底いえないことが推認されるのであつて、仮差押の必要についてもその疏明があつたと見るのが相当である。
よつてさきに当裁判所のなした仮差押決定は相当であるからこれを認可すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 安岡満彦)