大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和26年(モ)5212号 判決

申立人訴訟代理人は、「債権者株式会社国民新劇場と債務者清水八郎との間の昭和二十四年(ヨ)第三四八号不動産仮処分命令申請事件について、当裁判所が昭和二十四年二月十五日にした仮処分決定はこれを取消す。」との判決を求め、その理由として、

「被申立人株式会社築地小劇場はその商号を株式会社国民新劇場と称していた当時、訴外清水八郎を債務者として東京地方裁判所に対し別紙目録<省略>記載の土地(以下単に本件土地と略記する)について仮処分命令を申請し、同裁判所は右申請に基き昭和二十四年(ヨ)第三四八号不動産仮処分命令申請事件として審理したうえ、昭和二十四年二月十五日に『債務者の本件土地に対する占有を解いて、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏はその現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない。債務者はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。債務者は右の土地上に建物その他の工作物を築造してはならない。執行吏はその保管に係ることおよび右命令の趣旨を公示するため適当の方法を取らなければならない。』旨の仮処分決定をした。被申立人株式会社築地小劇場(当時は株式会社国民新劇場、以下単に被申立会社と略記する)の右仮処分命令の申請の理由は、要するに被申立会社は本件土地につき罹災都市借地借家臨時処理法(以下単に臨時処理法と略記する)第十条の規定に基く借地権を有するところ、土地所有者である清水八郎において右土地を自ら占有し被申立会社に使用せしめないから、右借地権に基く土地引渡請求権を保全しようとするものであるというにある。ところが、申立人江戸橋商事株式会社(以下単に申立会社と略記する)は臨時処理法第十条所定の期間経過後である同二十六年七月九日に右清水八郎より本件土地の所有権を売買により取得し、同年七月十八日に所有権移転登記を経由したものであるから、被申立会社は仮に本件土地について右のような借地権を有していたとしても、もはやその借地権を申立会社に対抗することができないのであり、他方清水八郎は既に本件土地の所有者ではなくなつた以上、同人に対する本件仮処分はこれを維持する理由を欠くに至つたものというべきである。従つて本件仮処分後このように事情が変更したので、民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十七条により債務者清水八郎は右仮処分の取消を申立てうべきである。申立会社は本件土地の買受人として清水八郎に対し土地引渡請求権を有するから、その保全のため右清水八郎に代位して本件仮処分の取消を求めるものである。」と述べた。

被申立人訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、

一、先ず、「事情変更による仮処分取消の申立は仮処分を受けた当該債務者に限りこれをすることができるのであつて、申立会社は単なる利害関係人に過ぎないから申立会社の本件申立は当事者適格を欠き、不適法として却下せられるべきものである。」と述べ、

二、次に内容に関する答弁として、「申立人主張の事実中、東京地方裁判所が被申立会社の申請に基き昭和二十四年(ヨ)第三四八号不動産仮処分命令申請事件において、昭和二十四年二月十五日本件土地につき清水八郎を債務者として申立人主張のような趣旨の仮処分決定をしたこと、被申立会社の右仮処分申請が本件土地につき被申立会社の有する借地権の保全を目的とするものであることは認めるが、その他の事実は争う。もともと本件土地は被申立会社が昭和十五年六月ごろ訴外藤山愛作から建物所有の目的で借り受けるとともに、その地上に存した同人所有の木造スレート・トタン葺二階建劇場一棟建坪三百八坪一合一勺六才を同人より譲り受け、右建物について同年八月十九日に所有権移転登記を経由したものであつて、右建物は同二十年三月十日に戦災により全部焼失し、その後本件土地の所有権は右藤山愛作から訴外宇野竜雄を経て右清水八郎に移転したけれども、被申立会社が清水八郎に対して有する右借地権は前記建物の滅失にかかわらず依然として借地法の適用を受け、借地契約は同法の適用がある状態のままで、その後土地につき所有権を取得した清水八郎に承継されたものであつて、臨時処理法第十条の規定を俟つまでもなく、その存続している限り本件土地につき爾後権利を取得した第三者に対抗することができるものというべく、被申立会社の本件仮処分命令申請はこのような借地権に基くものである。

本件仮処分についてはこれを取消すに足りる事情の変更は生じていない。すなわち

(1)  申立人主張のように申立会社が本件土地を清水八郎から買い受け、所有権移転登記を経由したとしても、右売買は申立会社が清水八郎と通じてした虚偽の意思表示による仮装のものであつて無効である。

(2)  仮りに右売買が仮装売買でないとしても、申立会社は清水八郎から本件土地の所有権を譲り受けると同時にその賃貸人たる地位をも承継したものである。すなわち、本件土地については前記のように清水八郎に対して占有移転ならびに工作物築造禁止の仮処分決定があり、その執行の結果、本件土地にはその旨を公示する東京地方裁判所執行吏野口光慶名義の公示書が立札により掲示され、さらに同二十五年十二月二十六日に被申立会社の点検申請に基き、同裁判所執行吏西直吉名義の同趣旨の公示書が同様の方法で掲示されていた。ところで前記のように被申立会社は本件土地につき清水八郎に対して前記借地権を有し、同人は被申立会社に対し賃貸人として本件土地を使用させるべき義務を負担していたものであり、申立会社はこれらの事実を熟知しながら本件土地を右清水八郎から買い受けたものであるから、同時に清水八郎の被申立会社に対する賃貸義務をも承継したものといわなければならない。従つて、本件土地の所有権の移転をもつて本件仮処分後にこれを取消すに足りる事情の変更があつたものとはいえない。

(3)  仮りに申立会社が清水八郎の被申立会社に対する賃貸義務を承継したものでないとしても、前記のように清水八郎は被申立会社に対し本件土地について賃貸義務を負担していたのであり、しかも本件土地については同人を債務者とする前記の占有移転ならびに工作物築造禁止の仮処分決定が執行されており、且つ被申立会社の同人に対する本件土地明渡請求の本案訴訟が進行中であつたにもかかわらず、同人は臨時処理法第十条所定の期間経過後数日にして本件土地を申立会社に売り渡し、申立会社もこれらの事実を知りながら本件土地を買い受けたものであつて、右売買は被申立会社に対する関係において著しく信義に反するものといわなければならない。しかも、被申立会社は本件土地を利用して築地小劇場を経営し、大正十三年以来わが国における新劇の殿堂として世界にその名を知られ、わが国演劇文化の発展に寄与して来たのであり、将来も文化国家としての日本の再建に寄与しようとして着々その準備を進めつつあるのに反して、申立会社は昭和二十六年五月二十六日に設立されたばかりの商事会社であつて、精々本件土地を分割譲渡して相当の利益を得ようとするに過ぎず全く個人的利益を追求するものにほかならない。従つて、申立会社が臨時処理法第十条の規定に基き、被申立会社の有する前記借地権につきその対抗要件の欠缺を主張しようとすることは公共の福祉に反し、権利の濫用として許容されるべきではなく、申立会社が本件土地の所有権を清水八郎から取得したとの一事をもつて本件仮処分を取消すに足りる事情の変更があつたものとはいえない。」と述べた。

更に申立人訴訟代理人は予備的主張として「仮りに申立会社の代位による仮処分取消申立が不適法として許されないとしても、申立会社は本件土地につき所有権を取得した者であるから、民事訴訟法第五百四十四条に基く異議を主張し、仮に右主張が不適法としても同法第五百四十九条に基く異議を主張して本件仮処分の取消を求めるものである。」と述べた。

<立証省略>

三、理  由

先ず、申立人江戸橋商事株式会社が本件仮処分の取消を申立てることができるかどうかについて考えると、申立会社が本件仮処分の債務者ないしはその一般承継人のいずれでもないことはその主張自体から明らかであるけれども、仮処分債務者又はその一般承継人でなくても、第三者において当該仮処分の目的物たる不動産を仮処分債務者より買い受け、その所有権を取得したときは、その所有権に基き右仮処分債務者に対し右不動産について引渡しを求めるべき請求権を有すべきものであつて、当該仮処分後その理由消滅しその他事情の変更を生じたときは、右仮処分債務者が右事情変更に基く仮処分取消の申立をしない以上、当該第三者は右引渡請求権を保全するため、仮処分債務者に代位して当該仮処分の取消を申立てることができると解するのが、民法第四百二十三条において債権者代位の制度を設けた趣旨に合致するものというべく、また、代位権を行使する債権者の範囲については何らの制限もないから当該仮処分の目的物たる不動産の所有権を右の第三者からさらに取得した第三者も、またその有する引渡請求権を保全するため、その前者に代位して当該仮処分債務者の有する仮処分取消申立権を行使することができると解するのが相当である。

そこで進んで本件取消申立の実質的理由について検討を加えると被申立人株式会社築地小劇場がその商号を株式会社国民新劇場と称していた当時、訴外清水八郎を債務者として東京地方裁判所に対し別紙目録記載の土地につき仮処分命令を申請し、同裁判所が右申請に基き昭和二十四年(ヨ)第三四八号不動産仮処分命令申請事件として審理したうえ、昭和二十四年二月十五日に本件土地につき右清水八郎に対し申立人主張のような趣旨の占有移転ならびに工作物築造禁止の仮処分決定をしたことは当事者間に争いがない。

しかして成立に争いのない甲第一号証(乙第九号証と同一のもの)、乙第四号証の一、二、同第五号証、一応真正に成立したと認められる同第六号証に証人松田粂太郎の証言を綜合すると、本件土地は昭和十五年六月ごろ被申立会社が訴外藤山愛作より建物所有の目的で借り受けるとともに、その地上に存した同人所有の木造スレート・トタン葺二階建劇場一棟建坪三百八坪一合一勺六才を同人より譲り受け、同年八月十九日に所有権移転登記を経由したこと、被申立会社は右建物が同二十年三月十日の空襲により鉄筋コンクリート造りの映写室を残して全部焼失した後も、直ちに同月分の賃料を藤山愛作に支払うとともに、将来右建物を再建する計画がある旨を申し入れ、焼跡の整理に当つていたところ、右藤山愛作は同二十一年六、七月ごろ本件土地を訴外宇野竜雄に売り渡し、同年十一月十八日に宇野竜雄において本件土地につき売買による所有権移転登記を経由したこと、その後宇野竜雄はさらに本件土地を前記清水八郎に売渡し、同二十三年二月五日に清水八郎において本件土地につき売買による同様の登記を経由したことが一応認められる。従つて、被申立会社が本件土地につき前記藤山愛作に対して有していた前記借地権は、その地上に存した前記建物の滅失により建物保護ニ関スル法律第一条第一項の規定による保護を失つたものであるから、その後において右土地の所有権を取得した清水八郎に対しては臨時処理法第十条の規定に基きその対抗力を有していたものといわなければならない。

そこで本件仮処分を取消すに足りる事情の変更があつたかどうかについて検討を加えると、成立に争いのない甲第一号証(乙第九号証と同一のもの)、同第二号証に証人清水八郎の証言および申立会社代表者志賀米平の本人訊問の結果(後記の信用しない部分を除く)を綜合すると、前記清水八郎はもともと訴外森脇将光に対し千二百万円の債務を負担していたところ、その弁済を迫られたため、右債務の支払いに代えて本件土地を提供することとし、昭和二十六年七月九日に同人に対し本件土地を譲渡したこと、さらに同人において同日に本件土地を金九百五十万円で申立会社に売り渡し、登記については清水八郎の承諾を得て中間の登記を省略し、同人より直接申立会社に対し売買による所有権移転登記を経由したこと、清水八郎は前記のように本件土地を前記宇野竜雄より買い受けた後、本件土地につき紛争を生じていることを聞知し、また本件土地を右森脇将光に譲渡する際、同人においてさらに本件土地を申立会社に売り渡すことを諒知していたことが一応認められる。被申立人は右売買は申立会社が清水八郎と通じてした虚偽の意思表示による仮装のものであると主張するけれども、この点については被申立人の主張を認めるに足りる疏明がないから、右主張は採用しない。

さらに被申立人は申立会社が本件土地を買い受けるとともに、清水八郎の被申立会社に対する本件土地の賃貸義務をも承継したものであると主張するのでこの点について考えてみると、本件土地の所有権が清水八郎より申立会社に移転した経緯は前に認定したとおりであり、また、証人清水八郎の証言および申立会社代表者志賀米平の本人訊問の結果(後記の信用しない部分を除く)を綜合すれば、清水八郎は前記森脇将光に本件土地を譲渡するに際し、本件土地について被申立会社との間に訴訟が進行しており、また本件仮処分の執行を受けている旨を伝えたこと、申立会社は森脇将光から本件土地を買い受けるに際し、本件土地の借地権者が被申立会社であつて被申立会社との間に本件土地につき紛争を生じていることを聞知し、本件土地を検分したうえでこれを買い受けたことが一応認められる。さらに成立について争いがなく、一応昭和二十六年十一月十日にそれぞれ撮影されたと認められる乙第十六、第十七号証の各一、二(写真)に証人松田粂太郎の証言を綜合すれば、本件土地の中央部には本件仮処分執行後の昭和二十五年十二月二十六日に現場点検がなされた後は引続き東京地方裁判所執行吏西直吉名義で本件仮処分決定の趣旨を公示する公示書が立札として掲示されており、同公示書は本件土地が更地であつてその周囲に板塀その他の障碍物がないため自由にこれを見通すことのできる状況にあることが一応認められる。これらの事実を綜合すると、申立会社が前記森脇将光から本件土地を買い受けるに際し、本件土地につき被申立会社と清水八郎との間の本件仮処分が執行されていることを了知していたことを推認することができるのであつて、申立会社代表者志賀米平の本人訊問の結果中、右認定に反する部分は信用することができない。しかしながら申立会社が本件土地を買い受けたのは既に臨時処理法第十条による借地権対抗期間を経過した後であり申立会社が被申立会社に対し、借地権を承認する意思表示をした事実は認められないのであるから、他に被申立会社の借地権を申立会社に対抗できる事由がない以上、右に認定したような本件土地の所有権移転の経緯だけをみて、直ちに申立会社において清水八郎の右賃貸義務を承継したものとはなし難いのである。

然しながら本来賃貸借は賃貸人がその目的物を所有するかどうかを問わず、借主に対しその目的物の使用収益をさせることを約し、借主がこれに対して賃料を支払うことを約することによつてその効力を生ずるものであつて、賃貸人が当初有していたその目的物の所有権を第三者に譲渡し、所有権を有しないようになつたとしても賃借人に対しては依然としてその目的物の使用収益をさせるべき義務を負担するものであるから、その目的物の譲渡があつたとの一事をもつて直ちに賃貸借が当然効力を失い消滅するものとはいえない。従つて被申立会社と訴外清水八郎との間においては本件土地所有権が申立会社に移つた後も従前の土地賃貸借契約はなお存続するものというべく、被申立会社は右清水に対し賃借権にもとずく土地の引渡請求権を有するものと認めるべきである。

然らば申立会社が清水八郎から本件土地の所有権を取得したとの一事をもつては、被申立会社と訴外清水八郎との間においては、まだ本件仮処分を取消すに足りる事情の変更を生じたものとは認め難く本件仮処分決定は、なお、これを維持するのを相当とし、従つて右清水の取消申立権を代位行使して本件仮処分の取消を求める申立人の主張は理由がない。

又右の如く被申立会社より清水八郎に対する本件土地引渡請求権がなお存続しこの権利を申立会社が否認しえない限り、本件仮処分の執行は現在も何ら違法の点なきもので、民事訴訟法第五百五十四条に基く申立人の予備的主張も失当である。よつて本件申立を却下すべきものとし、申立費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口茂栄 安岡満彦 西村法)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!