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東京地方裁判所 昭和26年(ヨ)4018号 決定

申請人 全日本金属労働組合東京支部北辰分会

右代表者 執行委員長 外二名

被申請人 北辰精密工業株式会社

一、保証 無保証

二、主  文

被申請人が申請人A、Bに対し昭和二十六年一月七日付でなした懲戒解雇の意思表示の効力を停止する。

被申請人は申請人Aに対し金五千八百十八円を、申請人Bに対し金五千六百八十二円を、それぞれ仮に支払え。

申請人等のその余の申請を却下する。

三、理  由

第一、申請の趣旨

主文第一、二項と同趣旨並に被申請人は昭和二十六年一月八日以降申請人Aに対しては一ケ月金一万一千七百六十二円、申請人Bに対して一ケ月金一万一千五百九十六円の割合の金員をそれぞれ所定賃金支払日に仮に支払え。

第二、争のない事実

被申請人会社は旧株式会社北辰電機製作所が、昭和二十四年二月一日企業再建整備法によつて株式会社北辰電機製作所と被申請人会社とに分割せられた結果設立されたもので十六耗映写機及転輪羅針儀製作を目的とし、肩書地に本店と工場をもち、その従業員は約百四十五名である。

申請人全日本金属労働組合東京支部北辰分会は、被申請人会社と前記北辰電機製作所との会社の利益代表者を除く全従業員で組織されている労働組合であつて、両会社が合一して右組合と団体交渉を行つていた。

申請人A、B両名は申請人組合の組合員であつて、被申請人会社の業務に従事していた。

被申請人会社に於ては昭和二十三年頃から賃金の遅払が始まり、昭和二十四年二月乃至五月の賃金の遅払に付ては被申請人会社及びその代表者が昭和二十五年十一月十五日東京簡易裁判所に於て労働基準法第二十四条所定の賃金支払義務違反を理由として有罪判決をうけた。ところが、その後も被申請人会社に於ては賃金遅配が絶えず、昭和二十五年の年末に至つても遅配は解消しなかつたので、申請人組合は同年十二月二十六日臨時大会を開き、賃金遅払解消及び越年資金支給の二要求を貫徹するため、従来も行つたことのある出荷停止の争議を行うことを決議し翌二十七日より実施した。

ところが同月二十七日午前十時頃新潟県よりかねて被申請人会社に注文していたオート・トランス四台その他の十六ミリ・トーキー映写機の部分品を、現金持参で引取りに来た顧客があつたので、申請人組合は右代金を遅配賃金にあてるよう会社に要求したところ拒否され、結局当時組合の闘争委員であつた申請人A及びBは会社が出荷するのを防ぐために、会社側が重役室に持込んだ右トランス二台を一台宛組合事務所に持帰り保管した。

被申請人会社は右の申請人等の行動を不法に有形力を行使し会社の占有する製品を奪取して出荷を妨害したものであるとして、昭和二十六年一月六日に、同月七日付で申請人A、B両名に対し懲戒解雇を通告すると共に、同人等の出勤を停止し、(但し被申請人会社は同日更に申請人両名に対し右解雇の通知は労働協約に基く組合との協議をなした上解雇する意味である旨通告した)同時に申請人組合に対し右懲戒解雇についての協議を申入れ、爾来同年二月十四日までの間協議を重ねたが、申請人組合との間に意見の一致を見ず、被申請人会社は協議不成立として、同年二月十四日さきに通告した昭和二十六年一月七日付の申請人A、Bに対する解雇を決定する旨組合に通告した。

なお、申請人組合と被申請人会社との間には昭和二十四年三月三十一日付で締結された労働協約があり、この協約は昭和二十五年六月十三日付の会社組合間の協定により、昭和二十六年三月三十一日までその効力を延長されているものであるが、その第一条には「従業員の採用、解雇、賞罰に関する事項は分会(申請人組合をいう)と協議すること」と定められてあり、その「協議」の意義については同協約附則で「誠意を以て」「お互に認められる迄委曲を尽して話合い」「事情遷延を許さない時には期間を定めて更に相互で話し合い、猶結論を得ざる時は会社は回答期間(三日を下ることを得ない)付の協議文書を送付し、その回答又は回答なき場合はその事実を参考とし最後の結論を下すことにする」と定められている。

また、被申請人会社は労働基準法所定の就業規則作成届出期間である昭和二十三年二月末日経過後現在に至るまで同法による就業規則の作成及び届出をしていない。ただし被申請人会社には戦時中株式会社北辰電機製作所時代に制定された社則があり、その第六十七条第六号及び第十号には「上長の命令を侮蔑し若くは反抗し又は上司に対し暴行脅迫を加へたる者」「著しく当社の風紀又は規律を紊した者」は懲戒解雇に処する旨の規定がある。更に、前記労働協約の第八条には「本協約に抵触する一切の社則並に通達等諸規則は本協約履行中停止せられたものと見做す」との規定がある。

第三、申請人の主張の要旨

一、労働基準法所定の就業規則の作成及び届出を未だしていない被申請人会社に於ては、懲戒に関する法規範が全く存しないわけであるから、本件懲戒解雇は法規範の根拠を欠く一方的懲戒解雇として無効である。

二、申請人組合の実施した本件争議は出荷業務に関する労務提供の拒否を主体とし、前記のような賃金遅払の状況の下でやむを得ずなされた正当な争議行為であり、申請人A、B両名は組合員として組合の決定に従い、右争議の目的を遂行するために正当なピケツト行為を行つたに過ぎず、被申請人のいうような不法な暴力行使の事実は全くない。従つて本件懲戒解雇は何等懲戒の理由がないにかかわらず、申請人両名の正当な組合活動を理由として行われたものであるから、労働組合法第七条に違反する不当労働行為として無効である。

三、被申請人は本件解雇に当つて組合との協議をなす前に申請人A、Bに対し解雇を通告し、出勤停止を命ずる等、既に解雇されたと同一の状態を作りあげた上で協議に入つたもので、到底誠意を以て協議をつくしたとはいえないから、本件懲戒解雇は労働協約第一条及び付則に違反し無効である。

四、なお、申請の趣旨記載のように申請人A、Bに対する解雇の日である昭和二十六年一月七日までの未払賃金及び同年一月八日以降の毎月平均賃金の支払を求める。

第四、被申請人の主張の要旨

一、被申請人会社の社則は前記労働協約第八条により、右協約に抵触しない範囲で現在まで有効なものとして取扱われて来たのであるから、右社則第六十七条第六号、第十号を適用してなした本件懲戒解雇は適法である。

仮に右社則を適用し得ないとしても、申請人両名の本件所為のように明らかに企業の秩序を紊る行為に対しては被申請人会社は使用者として固有の懲戒権を有することは当然であるから、本件解雇は正当である。

二、申請人A、Bの本件所為は被申請人が懲戒解雇の理由として述べているように明かに正当な組合活動の範囲を逸脱した不法な行為であるから、たとえ申請人A、Bが組合の決定に従つて行動したとしてもその責任を免れないところであつて、本件懲戒解雇は申請人等の主張するような不当労働行為ではない。

三、被申請人会社は本件解雇について協議をなすに先立ち申請人両名に対し、一月七日付で解雇するという案を呈示し、この案につき申請人組合と協議を重ねたところ、組合は終始自己の主張を固執して協議がまとまらなかつたので協約付則所定の手続を履んだ上、予め呈示した案のとおりに解雇を決定したものである。従つて協議前に既成事実を作るというような意思は全然なく、十分誠意を以て協議を尽したのであるから、何等協約所定の協議義務に違反していない。

よつて本件申請は却下せらるべきである。

第五、当裁判所の判断の要旨

一、被申請人会社の社則は労働基準法施行後も同法による届出がないばかりでなく、賞罰に関する事項について組合と協議すべき旨を定めた協約条項があることから見ても右社則の少なくとも賞罰に関する条項はその効力を失つたことが明らかである。また慣行上も従業員の賞罰に関する事項について従来右社則に準拠して取扱われて来た事実も認められないから、被申請人会社に於ては従業員の懲戒について明示せられた規範は全く存しないものといわねばならない。

しかしながら被申請人会社のような企業に於て、明らかに企業の秩序をみだし、企業目的遂行に害を及ぼす労働者の行為に対しては、使用者はたとえ準拠すべき明示の規範のない場合でも企業にとつて必要やむを得ないときは、その行為に応じて適当な制裁を加え得ることは、企業並に労働契約の本質上当然であるから、被申請人会社は右の固有の懲戒権を根拠として従業員に対し懲戒をなし得るものといわねばならぬ。従つてこの点に関する申請人の主張は理由がない。

二、申請人組合の実施した本件出荷停止の争議は、被申請人会社の製品出荷業務についてのみ労務の提供を拒否し、(ただし組合の承認した出荷には協力する)これによつて会社が製品代金を賃金に充当して支払うよう促進することを主な内容とするものであることが疏明されており、かような争議はそれ自体正当な争議行為であることは明らかである。もつとも前記労働協約には事業所閉鎖若くは、同盟罷業は相互に予告すべき旨の規定があり本件出荷停止の争議に際しては申請人組合は被申請人会社に対し、事前には勿論、実施する際にも何等正式の通告をしていないことが認られるが、被申請人会社に於ては引続く賃金遅配のため本件争議実施の約十月前から業務放棄等事実上の争議状態が発生していたこと、出荷停止の争議は既に二回行われたこともあり会社側もその内容を十分知悉していたこと、本件トランスをめぐる紛争の最初に組合幹部から会社側重役に対し争議に関して口頭で通告し、これに対し会社側も予告の有無については特に問題としなかつたことが疏明されているから、予告のなかつた点だけを捉えて本件争議を違法とすることはできない。

そこで本件トランスの事件の経過は疏明によれば次のように認められる。すなわち、昭和二十五年十二月二十七日午前十時頃申請人A、Bを含む組合員等数名は、被申請人会社の取締役増沢六郎に対し、当時来社していた新潟県の顧客に引渡すべく会社販売課に保管してあつた本件トランス二台その他の会社製品について、その代金を従業員の遅配賃金(当時約一ケ月及び三十四パーセン分の額に達していた)にあてるよう要求したところ拒否せられ、組合側は次第に数を加え、会社が右代金の賃金充当を約しない限りトランスの出荷を阻止する気勢を示し、会社側は無条件の出荷を主張して緊迫した状態で対峙を続けたが、たまたま増沢取締役が本件トランス二台を重役室に運び去ろうとしたところ、申請人Aは他の組合員と共にこれに追いすがり、増沢の持つトランスに手をかけて引戻そうとし、結局もみ合つたまま多数の組合員と共に重役室に入つた。同室にあつた被申請人会社常務取締役千葉秋雄は重ねて明白に組合の要求を拒否したところ組合側は強硬に前要求を繰返し、遂に会社が組合の要求を容れない間はトランスを組合で保管すると主張して、会社側に強くその引渡を迫るに至つた。取締役遠藤薫はトランスに腰を下して組合側に持去られることを防いでいたが、千葉常務はこの切迫した組合側の気勢を見て「会社はこのトランスを重役室に保管する。どうしても実力で持つて行くなら持つて行け、会社は断乎たる処置をとる。」旨明言し、トランスに腰を下していた遠藤取締役に腰を上げさせ、トランスを重役室の一隅におきかえた。申請人A、B両名は直ちに「それなら持つて行く」と各々一台宛右トランスを持去り、組合本部に運搬保管した。その後組合は会社が既にトランスの代金を受領して銀行に入金して終つたことを知り、直ちに顧客の行方を探して連絡をとり、トランスの引取りを求め、顧客もこれを了承したが、その後引取りに来なかつたので、争議も終了した昭和二十六年一月六日に至り会社に返却した。

以上の認められる事実関係を通じて見ると、申請人A、Bの行為は本件出荷停止争議に伴ういわゆるピケツテイングに属するものということができるが、本来非組合員である会社重役がストに対抗して自ら出荷をしようとすることは、それ自体何等不当なことではないのであるから、これに対するピケツティングも原則として平和的説得の方法によるべきであり、かつ当該争議の本来の範囲を超えた行為にでることは許されない。かような見地から見ると申請人Aが増沢取締役の持去ろうとしたトランスに直接手をかけて奪回しようとしたことは、たとえそれが強力を用いて奪い取ろうとしたのでないとしても右の平和的説得の範囲を超えて不穏当な行為であるばかりでなく、(当時の事情に照して増沢取締役が直接組合員等に対し暴力を揮つてピケツトラインの突破を強行しようとしたものとは認められない。)申請人A及びBが会社側が重役室に占有し明白に引渡を拒否しているトランスをこれを持去るときは不当な実力行為と看做して処断する旨の千葉常務の言明をもあえて無視して持去り、しかも完全に会社の支配外にある組合本部に移して争議終了まで保管したことは、その方法から見て正当なピケ行為の範囲を越えたものであると共に製品を完全に組合の支配下においた点に於て労務拒否を本体とする本件争議の本来の範囲を逸脱したものと謂わざるを得ない。申請人等は前記千葉常務の「持つて行くなら持つて行け」との言葉に応じて持去つたに過ぎぬと主張するが、右千葉常務の言明はあくまでトランスの占有を確保することを明確にしつつも暴力的事態の発生を虞れて一応実力による防衛の方法を避け事後の法的措置によつてことを処理しようとしたもので、組合の団結の威力に屈して自らトランスの占有を放棄し、組合員の持去るに任せたものでないことは明瞭で、ましてこれを組合の完全な支配下にうつすことを許容したものとは到底認められない。従つてたとえ申請人A、Bが組合員として出荷労務拒否の組合の決議に従つて行動したとしても、それ自体決議の範囲を超えた不当な行為として、その責を免れないものと謂うべきである。

しかしながら一方本件紛争に至つた経緯を考えて見ると、被申請人会社は種々経営上の困難があつたとはいえ、賃金遅配のため有罪判決さえ受けながら、数年来賃金遅配を解消せず、殊に本件争議の約一ケ月前には年内遅配完全解消の計画を発表して、従業員に相当の期待を抱かせるような言辞をなしたに拘らず、その後十二月半に至り右計画が全く実現不可能なことが判明し、ために年末を控えた全従業員を著しい不安と焦燥に陥れ、遂に申請人組合をして遅配解消要求のための本件争議を実施するに至らしめたことが疏明されている。かような状況の下でたまたま入金したトランス代金の賃金充当をも拒否され、焦眉の生活資金を欲する申請人A、B始め組合員が、一時の興奮状態に陥つたことが本件紛争の大きな原因をなしていることは明かである。このように本件紛争の原因に付ては法令に違反し自らの債務不履行によつて労働者の生存を脅した会社側にも相当の責任があることは否定し得ぬ所である。しかもかような事情の下にありながら、申請人A、B始め組合側は直接会社側の者の身体に暴力を加えようとした形跡はなく、紛争を通じて先づ談合乃至説得の方法によつて事を解決しようとつとめた態度も窺われ、また会社の信用を害さないよう顧客に対する善後措置にも十分の努力を払つたことはさきに認定したところによつて明かである。

以上の双方の事情を考慮すると、本件申請人A、B両名の行為はそれ自体は正当と謂い難いが、当時の諸般の事情に照しこれを懲戒解雇処分に付するのは相当でない。従つて本件懲戒解雇は正当な懲戒権行使の範囲を超えた処分として無効である。

三、のみならず本件懲戒解雇はその手続に於ても違法である。即ち、本件労働協約の全趣旨に徴すれば右協約は労働条件其の他、労働関係全般に付て被申請人会社と申請人組合との経営協議会に於ける協議に基き労使の協力によつて適正に処理することを本旨とすることが明かであり、従つて従業員の賞罰に関する本件協議条項(第一条)も、協約付則に明定されているように労使双方が誠意を以て協議をつくした上、始めてその実施の有無程度等を決定すべき旨を定めているのであつて、あらかじめ会社側の意思を決定し形式的に組合との協議手続をふめば足る趣旨でないことは勿論であり、また協議手続を経て正式に解雇の意思表示をするまでは被解雇者は社員たる地位を有するものである。従つて被申請人会社がその後解雇案を訂正したとはいえ、協議をなす前に申請人A、B個人に対し懲戒解雇に付する旨通告し、同時に同人等の出勤を停止する等、解雇が既に決定されたことを前提とする措置を講じ(現に会社が協議中に申請人両名に対し業務の引継を要求した事実が疏明せられている。)更に協議を打切るや協議前の日付に遡つて解雇を決定したことは、それ自体前記の協約の趣旨に反する不当な措置であつて単に形式的に協議手続を履践したとの譏りを免れない。殊に被申請人会社に於ては懲戒の要件及び程度に付て明示の規準がない関係上、組合との協議に基いて懲戒処分を決定すべきことが協約によつて、特に強く要請されているに拘らず、事情遷延を許さぬなど特別の状況も認められぬ本件に於て、被申請人が前記のような態度にでたことは、到底誠意を以て協議をつくしたものと謂い難い。そして前記の協議約款の趣旨竝に企業内の刑罰としての懲戒解雇手続の重要性に鑑みると、労働協約による協議義務に違反した被申請人会社の本件懲戒解雇は、この点においても無効と謂うべきである。

四、以上の理由により本件懲戒解雇は無効であるが解雇が無効であるに拘らず、申請人A、Bが被解雇者として取扱われることは右申請人両名及び申請人組合にとつて著しい損害であるから、本案判決確定に至るまで本件解雇の効力を停止する仮処分を命ずるのが相当である。

なお申請人A、Bに対する昭和二十六年一月七日までの遅払賃金に付ては被申請人会社に仮の支払を命ずるのを相当と認め、其の余の申請人等の申請に付ては仮処分の必要のないものと認めてこれを却下することとする。

よつて主文の通り決定したしだいである。

(裁判官 千種達夫 中島一郎 田辺公二)

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