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東京地方裁判所 昭和26年(ヨ)4060号 決定 1952年1月21日

申請人 上泉玲子

被申請人 社団法人 家の光協会

主文

申請人の申請を却下する。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人が申請人に対して昭和二十六年九月十八日に同月五日附でなした解雇の意思表示の効力を停止する。

被申請人は申請人を被申請人の本採用の従業員として処遇せよ。

第二、争のない事実

被申請人は「民主的平和日本再建の重要基盤となる農村の文化の向上に寄与する」目的をもつて、雑誌「家の光」「地上」などの出版その他の事業を営む社団法人であつて、その従業員は約百十名である。

被申請人協会の利益代表者をのぞく全従業員は、もと「家の光従業員組合」を組織していたところ、昭和二十四年七月、全日本印刷出版労働組合千代田支部に加入し、同支部家の光分会と称していたが、同年九月末から右組合を脱退したものが別に「家の光労働組合」(以下「家の光労組」と略称する。)を組織し、二つの組合が併立するに至つた。昭和二十五年七月家の光分会は全日本印刷出版労働組合を脱退して「家の光従業員組合」(以下「家の光従組」と略称する。)となつたが、その後も両組合は統一することができず今日に至つている。現在組合員の数は、家の光従組は約二十七名、家の光労組は約七十名となつている。

申請人は昭和二十六年二月二十日被申請人協会の編輯局臨時雇として採用されたが、更に他の四名の臨時雇と共に所定の採用試験を経て、同年六月六日職員見習を命ぜられ、引続き編輯局に勤務していた。

ところが被申請人協会の就業規則第三十七条によると「就職を希望する者の中所定の条件に合格し、所定の手続を経た者を従業員として採用する。前項の条件に合格した者については、三ケ月以内の試傭期間を設け、引続き使用する場合は合格の日から採用したこととする」と規定されているが、被申請人協会は同年九月十八日に他の四名のものには職員を命じ本採用としたに拘らず、申請人に対しては「編輯に向かない」という理由で同月五日付で見習を解く旨通告した。

なお被申請人協会の就業規則第四十六条には従業員を解雇する場合の規定として「左の各号の一に該当するときは三十日以前に予告するか又は三十日以上の平均賃金を支給して即時解雇することがある。一、精神若くは身体の障害によつて業務に堪えられないと認めたとき。二、勤務成績不良にして将来の見込ないとき。三、会の承認なしに他に就職し又は自己の業務を営むに至つたとき。四、已むを得ない会の都合によるとき。五、その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき。(以下略)」と定められており、又第七十七条には懲戒免職の規定として「左の各号の一に該当するときは免職に処する。但し情状により減給又は譴責に止めることが出来る。一、正当な理由なく無断欠勤三十日以上に及んだとき。二、故意又は重大な過失によつて会に損害を与えたとき。三、職務上、上長の指示に従わず越権専断の行為をなし職場の秩序を紊すとき。四、重要な経歴を詐りその他不正な方法によつて採用されたとき。五、業務に関し不正不当の金品その他を受けたとき。六、刑罰法規に違反し有罪の確定判決を言渡され爾後の勤務に不適当と認められるとき。七、その他前各号に準ずる行為をなしたとき」と定められている。

第三、申請人の主張

申請人はすでに臨時雇として三ケ月余傭われ、職員としての適性を審査された上、所定の試験に合格して見習を命ぜられたものであるから、これによつて被申請人協会の従業員たる地位を取得したものであり、その後の見習期間、即ち就業規則第三十七条の「三ケ月以内の試傭期間」とは単に職務習熟期間の意味と解すべきである。そして申請人のように見習期間経過後も引続き使用されているときは期間経過と同時に自動的に本採用従業員となるのである。従つて被申請人協会は、申請人を本採用の従業員として処遇しなければならない。また申請人に対し「見習を解く」ことは従業員である申請人を解雇することに外ならない。

そこで本件解雇は第一に不当労働行為として無効である。即ち申請人は入社以来被申請人協会当局者から家の光労組に加入するよう勧められ、その後申請人が家の光従組に加入を決意したところ、桜井編輯局主幹から強く反対せられ、これを押し切つて加入手続をしたため著しくその憤激を買つていたものである。

かような事実から見ると、被申請人協会が何等の瑕疵なく職務に精励して来た申請人を、編輯に向かないと称して解雇したのは、その実申請人の右従組加入を理由とするものであるから本件解雇は労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為として無効である。

第二に被申請人は本件解雇に当り適用した就業規則の条項を明かにしていないが、仮に就業規則に基いて解雇したとしても申請人は前記就業規則第四十六条及第七十七条所定の解雇乃至免職の事由に該当しないから本件解雇は就業規則に違反し無効である。

第四、被申請人の主張

就業規則第三十七条所定の「試傭期間」とはその期間中に職員としての適性を判定して本採用にするか否かを決定するための期間であり、右期間中の地位は一種の解除条件付雇傭関係ともいうべきもので、被申請人は見習期間経過後の本採用採否の決定に当つては一般従業員に対し認められる以上の広汎且自由な裁量権を有するものである。

被申請人協会は右の取扱いによつて申請人の見習を解いたのであるが、右処分には何等違法の点はない。即ち申請人は見習採用の際の試験の成績も最下位であり、不採用をも考慮したのであるが一応試傭期間中の適性を見る意味で見習を発令した。ところがその後の見習期間を通じて申請人の人物、職能、勤務等を綜合判断した結果、つぎのような点で申請人を編輯要員として不適格と認めるに至つた。即ち、

(一)  人物の点において反省力のないいわゆる正義派で物の見方が偏しており、中正な考え方をしない。

(二)  職能の点において担当業務の習得は未完成であり、執務上の理解判断は遅く将来編輯者として完成される見込は立たない。

(三)  勤務の点において執務時間中に屡々無断で自席を離脱し、又は外勤の途次に業務上関連のないと思われる他部課に出入してある少数の者と対話していたことを再三見受け、その都度注意を与えた。

(四)  本人に対する同僚及び一般職員の風評は概して悪い。

そこで被申請人は右の理由に基き、見習期間終了後申請人の見習を解く旨発令したものであつて、右処分は申請人の家の光従組加入と何等関係はない。よつて本件処分は申請人の主張するような不当労働行為でもないし、就業規則に違反するものでもない。

なお見習期間経過後十数日を経て発令したのは適格審査に期間を要したためであつてこれによつて、申請人が本件処分当時既に本採用従業員に自動的に移行していたということはできない。

第五、当裁判所の判断

先づ申請人の被申請人協会における地位について考えると、申請人は従来も被申請人協会で行われた例に従い、三ケ月余の臨時雇を経た上、採用試験に合格して見習を命ぜられたこと。右見習期間中見習職員は給与規定所定の能力給を支給せられない点以外は一般従業員とほぼ同様の取扱いをうけること。見習期間経過後見習を解かれた例は従来殆んどなかつたことが疎明されている。右の事情と本件就業規則第三十七条の規定の全趣旨とをあわせ考えると見習職員は見習期間経過後引続き本採用職員となることを一応予定して採用せられたものとして、単なる臨時雇と異り被申請人協会の従業員たる地位を有するものと認められる。従つて「見習を解く」ことは見習職員に対する解雇に外ならず、右処分について不当労働行為が成立し得ることは当然といわねばならぬ。

しかし同時に本件就業規則第三十七条後段の規定によれば、一般従業員の場合と異り、見習職員に対しては見習期間中にその従業員としての適性を審査し、不適格と判定したときは、本採用従業員に移行せしめないでこれを解雇する権限を協会が特に留保するものと解すべきであり、従来並に本件申請人の場合の実際の取扱いも、右の解釈に則つて見習職員の適性の判定を行つた上本採用の可否を決定していたことが疎明されている。けだし長期間にわたり不当に労働者の地位を不安定にしない限り、かように一定の範囲内の試傭期間を設けて従業員の採用に慎重を期することは使用者に許されたことであるから、本件就業規則第三十七条後段が特に試傭期間について前記のような規定を設けている以上、その趣旨を全く失わせるに等しい申請人の解釈は採用することができない。又申請人の場合見習採用前三ケ月余の臨時雇の期間を経過しているからといつて、直ちに見習期間が試傭期間としての意味を全く失つたものとみなすことも困難である。そして試傭期間中の状況に照して見習職員の適性を判定するには多少の審査期間を要することは当然であるから本件解雇処分が見習期間終了後直ちに発令されなかつたからといつて、申請人が当然に本採用従業員の地位を取得したということもできない。

そこで右の前提の下に本件解雇の効力を考えるが、先づ不当労働行為の成否について判断する。

疎明によればつぎのような事実が認められる。

申請人は申請人の父が被申請人協会の桜井編輯局主幹と友人であつたため、同主幹の紹介により被申請人協会に臨時雇として採用され、ついで見習を命ぜられ桜井はその保証人となつた。申請人は右見習採用後家の光労組と家の光従組の何れに入るべきか迷つていたが、従組の方が労働組合として正しい行き方をしていると信ずるようになつたので、従組に入る決心をして保証人である桜井主幹に告げたところ、桜井は、反対を押し切つて申請人を見習に採用するようにしたのに、今従組に入つては困るから、といつて、今少し様子を見るよう申請人にすすめたので、申請人は従組加入を見合せた。しかし申請人はその後もいずれの組合にも属しない不安に堪えられず、八月十九日に至り、遂に従組に加入の手続をして桜井に告げたところ、桜井は、申請人が桜井の意思に反して勝手に加入して終つたといつて、ひどく不満の意を表し爾後申請人の本採用の成否についても責任をもたぬ旨言明し、同時にその当時の申請人の勤務振りが不良であると叱責した。こうして申請人は九月十八日に見習を解く旨言渡された。

右のように認められる事実によつて考えると、被申請人協会が家の光従組に対し好感を持たず、新社員の従組加入を喜ばぬ傾向があつたことは右の桜井の言動から推して否定し難いところである。しかしながら同時に本件疎明にあらわれたところを綜合すると、右のような桜井の態度は、申請人の従組加入が申請人自身にとつて将来の不利益を招くばかりでなく、申請人の入社を極力推進して来た桜井自身を困難な立場に陥れることを恐れる気持に強く支配されたもので、しかも申請人が頑強に初志を貫いて終つたため憤激の余り前記のような発言をなすに至つた経緯がうかがわれる。かように桜井の言動は多分に申請人の紹介者乃至保証人としての個人的な感情から出たものと認められるのであつて右に認定した桜井の言動のみから直ちに被申請人協会の機関によつて決定された本件解雇が申請人の従組加入を決定的理由とするものと断定することはできない。飜つて前記の被申請人が申請人を編輯要員に不適格と判断した理由として主張する諸点について考えて見る。

前記被申請人の主張する(一)、(二)、(四)の申請人の人物、職能等の概評の点に付ては何れも疎明が十分といえないが、結局は主として被申請人の価値判断に属する事柄であるから一概にその当否を決し難い。しかし(三)の勤務成績の点に付ては

イ  昭和二十六年七月二十六日午後七時半頃申請人が他の見習職員と共同でミスクミアイ読者投票の統計作成の仕事を命ぜられていた際、自宅の引越の準備のため、隣席のものに上長への伝言を頼んで帰宅しかかつたところ、白瀬編輯次長に出会い無断帰宅として叱責せられた。

ロ  勤務時間中私用のため数回業務部の婦人職員のところに連絡に行つたことがあり、そのため桜井主幹からも注意をうけた。

ハ  職員の教育訓練のための講習会に二回欠席したため、白瀬編輯次長から注意をうけた。

右のような事実が疎明されており、更に申請人は見習採用の際も考査の成績が臨時雇の五名中最下位であり、且言語、態度等も編輯に不向きであるとして協会当局者の間で採否が問題となつたが、桜井が申請人はなお向上の見込ある旨力説したのでともかく見習期間中の成績を見ることとして採用されるに至つた事実が疎明されている。右イ乃至ハの事実は事柄自体は不注意若くは過失によるささいなことであつたともいえるが、結果としては申請人の勤務成績上芳しからぬ印象を編輯局の上長其他の協会当局者に与えて終い、たまたま右に認定したような見習採用当時の事情もあつたため、見習期間終了のときには申請人の上長者の間で申請人に対する不評が強まり、人事当局に提出された申請人の適格に付ての所属長の報告も前記被申請人主張のような内容を含む申請人にとつて頗る不利なものとなつたことが疎明されている。

そこで右に認定した事実とあわせ、本件解雇における桜井の立場に付て更に考えて見ると、桜井は前記のように申請人に付ては、その従組に加入すること自体を快からず思つていたのであるが、同時に、見習期間中の状況を見るということで反対を押し切つて申請人を見習に採用させたにも拘らず、その後の申請人の勤務振りについての前記のような不評を耳にして案じ、且不満に思つていたことも事実であり、この点も考えて見習期間中に従組加入の問題に深入りして一層自らの立場を不利にせぬよう強く申請人に警告したところ、きかれなかつたため、感情を害しかつ将来に対する希望を失つた結果、申請人の本採用のため努力する意思を失い、たとえ解雇されてもやむを得ないと考えるに至つたものと認められる。

結局以上の事情を綜合すれば桜井としてはかような気持の変化から前記のように申請人に対し不利な判断がなされ、芳しからぬ報告が提出されるのをすべて黙過し、申請人の解雇決定に付ても他の協会幹部の判断に従い、敢て反対しなかつたというだけであつて、被申請人協会としては前記のような申請人に対する上長者の評価報告等に基き、見習採用当時の事情をも考えて、申請人を編輯要員として不適格と判断し、本件解雇を決定するに至つたものと認める外はない。即ち、申請人の従組加入は右のような桜井の消極的態度を生ぜしめたに止り、本件疎明にあらわれた限りではそれ以上に桜井及被申請人協会の幹部が積極的に申請人の従組加入によつて解雇を決意したものとは認め難い。よつて本件解雇の決定的動機が申請人の従組加入にあるものと認められぬ以上、不当労働行為に関する申請人の主張は理由がない。

つぎに就業規則違反の主張に付て考えると、すでに述べたように本件解雇は被申請人協会の就業規則第四十六条、第七十七条の一般従業員に対する解雇乃至免職の規定に基いたものではなく、同規則第三十七条に則り試傭期間中の職員に対しての適性判定の結果なされた特殊の解雇処分であるから、右第四十六条、第七十七条所定の解雇乃至免職事由の有無を理由として本件解雇の効力を左右することはできない。

そして右の見習職員の適格性にもとずく解雇の決定は、すでに述べたような試傭期間の性質上、終局的には使用者たる協会の判定に任せられているものと解する外ないところ、すでに認定したように本件解雇は申請人の適格性に対する協会の判断にもとずいて決定されたものと認められ、特に他意あつて不法に解雇権を行使したと認むべき事情の疎明もないのであるから、本件解雇を権利の濫用ともなし難い。よつてこの点に関する申請人の主張も採用できない。

以上のように申請人の主張はいずれも採用できないから本件申請を却下することとし、主文のとおり決定したしだいである。

(裁判官 千種達夫 中島一郎 田辺公二)

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