東京地方裁判所 昭和26年(ワ)1466号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事實と判斷)
原告は昭和二五年二月訴外A会社(請負人)との間に起重機製作の請負契約を締結し、同年三月二四日請負報酬金の前渡金の支払に代え同会社宛て金額二〇〇万円の約手一通を振出交付した。被告両名はいずれも右訴外会社の取締役である。ところで、右訴外会社は、その後右契約を履行しなかつたので、原告は、本訴において、「右訴外会社は当時すでに資金の行詰りをして、従業員の給料の支払は遲延し、一方手形、小切手を濫発して取引銀行より取引停止処分を受ける寸前にあつたのであるから、同会社は右請負契約を履行し得べき能力を喪失していたものである。然るに、被告等は故意に事実を秘匿し恰かも訴外会社が契約履行の能力を有する如く装つて原告を欺罔し右手形を詐取したものである」と主張し、被告等に対し右詐欺を理由とする損害賠償の請求を申立てた。
本件の問題は、主として右訴外会社が右契約当時契約履行の能力を喪失していたと認むべきかどうかという事実問題ではあるが、本件に関する裁判所の判断は、この種事案の見方として注目すべきものがあると思われるので、以下にこれを摘記する。(判決は「契約履行の能力を喪失したものとは認め得ぬ」との結論である。)
「右手形振出の当時訴外会社に於て従業員に対する給料の支払が遲延していたこと、訴外会社に於て右手形を取引銀行の株式会社協和銀行川崎支店に交付し同銀行に於て之が訴外会社の既発行の手形決済に充当せられたこと、訴外会社が同銀行より取引停止処分を受けたこと(証人××の第一回証言によれば同年四月七日のことである。)、同年四月五日訴外会社が営業を休止したことはいずれも被告等の認めるところであり、当時訴外会社が相当額の負債を有していたことは成立に争のない甲第六号証により明らかであるが、事業経営には資金の操作等自ら機微の点存しその間の蹉跌より一朝にして事業の破綻をすとは必ずしも稀れなことではないから、以上の如き一連の外形的事実のみから、すでに訴外会社が本件契約を履行し得る能力を喪失していたものと即断し得ないのであつて、証人××の証言(等)を綜合して考えると、訴外会社は昭和二五年当時、いわゆるドツヂ政策の影響を受けて受註が活溌を欠きその経営必しも容易ではなく、従業員の給料支払も遲延するに至つたが、当時川崎近辺の鉄工業関係の会社に於ては給料の遲配は一般的であつて、ひとり訴外会社のみではなく、訴外会社はむしろその間にあつては遲配の少い部類に属し、取引銀行に於ても訴外会社を以て融資に値するものと評価していた状態であつたこと、訴外会社に於ては原告より受取つた前記手形を担保として協和銀行川崎支店より二〇〇万円の貸付を受けたが不幸にも三月末を支払期日とする訴外会社振出の手形が集中した為忽ちにして全額之れが支払に充当せられてしまう結果となつたのであつて、同銀行としては四月に入つて更に資金を再貸付をする意向を有していたものであること、しかるに四月二日頃給料の遲配を不満とする訴外会社従業員が工場のトロリーワイヤーを擅に取外し之を持出して処分し工場の機能を停止せしめた為訴外会社は営業の継続が不能となり、延いて同月七日取引銀行より取引停止処分を受くる事態に立至つた事実を認め得べく、以上認定の事実よりすれば、被告伊藤及び大石等に於て金銭操作その他経営上の方策につき違算及至失策の責を免れず、その結果が一時に累積して結局訴外会社を破綻せしめるに至つた事実は否定し得ないが、以上の結果より遡つて、前記手形振出の当時すでに訴外会社が契約履行の能力を喪失していたものとはにわかに断定し得ないものというべきであり、同被告等が前記手形の振出を要請するに際り誠意を以て契約を履行する旨表明したのは、未だ以て故意に事実を秘匿したものとなし難く、従つて前記手形は之を詐取したものとなすを得ないのである。」