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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)1731号 判決 1953年12月25日

主文

被告は原告に対して金二万二百二十五円三銭及びこれに対する昭和二十六年三月二十四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文を第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣告を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告会社は昭和二十四年十一月二十五日カラチの訴外ハジ、アブドル、カリム会社に対し綿捺染ポプリン(Cotton Print of Poplin)十万碼を代金一碼につき十七セントとし、総額一万七千米ドル(約六千七十一スターリングポンド八シリング四ペンス)にて売渡す旨、同社との間に輸出契約を締結した。

二、右輸出については当時施行中の貿易等臨時措置令(昭和土十一年勅令第三二八号)にもとづく輸出許可が必要であつたので、原告は同年十一月二十八日大阪通産局に対し右輸出許可を申請したところ、右輸出は同日通商産業省並びに総司令部の承認(Scap Case No414850)により許可された。よつて原告はその所要手続を完了の上昭和二十五年二月五日出航のランダウラ号で前記契約によるポプリンを九万九千九百七十五、五碼輸出した。右代金は前記契約により合計六千六十九ポンド十八シリング九ペンス(一万六千九百九十五、八三五ドル)であつた。

三、而して右輸出許可当時は外国為替はこれを直接外国為替銀行に売却することができず、すべて国家の管理の下に政府が輸出代金を円、で支払う仕組になつていたところ、政府は本件輸出許可に当り、原告に対し右輸出につき政府から原告に支払うべき「円」は輸出許可当時における公定相場(official rate)、で支払う旨契約した。これは政府が原告に許可を与えた輸出許可申請書(Form IE 234)備考欄第六において「業者から政府に、又政府から業者に支払うべき「円」は輸出許可当時における公定相場(official rate)で支払う」と原告に対し明かに約定したのであつて、右は貿易等臨時措置令並びに同令施行規則第二条の二にもとづくものであつた。

四、右に記載された公定相場(official rate)とは外国為替の売買相場を指すものであり、本件輸出許可当時の公定相場(official rate)とは昭和二十四年四月二十五日大蔵省告示第二百七十三号により規定された基準外国為替相場対一米ドル三百六十円、対一スターリングポンド千八円であつた。もつとも実際の取扱としては業者は銀行に対し手数料として一米ドルにつき三十六銭、一スターリングポンドにつき一円八厘を支払うことになつていたので、政府は右基準相場からこれを差引き対一米ドル三百五十九円六十四銭、対一スターリングポンド千六円九十九銭二厘を支払つていたから、当時の買相場は右の事実上支払われる金額であつた。しかし右は便宜上政府が銀行手数料を差引いて支払つたに過ぎないので、当時の公定相場は右基準相場に他ならなかつたのである。而して原告の本件輸出につき右公定相場を適用して決算した円貨は金六百十一万八千四百九十七円である。

五、ところが右輸出許可のなされた昭和二十八年十一月二十八日の直後である同年十二月一日「外国為替及び外国貿易管理法」(以下新法と略称する)が制定され、同日公布同月五日施行されるに至り、同法第七条第一項により基準外国為替相場は内閣の承認を得て大蔵大臣が定めることなり、同第七条第四項により外国為替の売買相場は外国為替管理委員会が大蔵大臣の承認を得て定めることゝなつた。而して同年十二月一日基準外国為替相場は対一米ドル三百六十円と定められ、外国為替の売買相場は同年十二月一日付外国為替管理委員会告示第一号を以て次に記載するとおり定められたから、同年同月五日以後の外国為替売買相場は右告示第一項第二項によることゝなり従前の相場は変更を見るに至つた。

一、外国為替管理委員会売買相場を次のように定める

1アメリカ合衆国通貨

買相場 一ドルにつき本邦通貨三五九円六五銭

売相場 一ドルにつき本邦通貨三六〇円三五銭

2連合王国通貨i

買相場 一スターリングポンドにつき本邦通貨一、〇〇七円〇二銭、

売相場 一スターリングポンドにつき本邦通貨一〇〇八円九八銭

二、外国為替銀行及び両替商の売買相場を次のように定める

1アメリカ合衆国通貨

買相場 一ドルにつき本邦通貨三五八円四五銭

売相場 一ドルにつき本邦通貨三六一円五五銭

2連合王国通貨

買相場 一スターリングポンドにつき本邦通貨一、〇〇三円六六銭

売相場 一スターリングポンドにつき本邦通貨一〇一二円三四銭

三、右の相場の実施の期日は昭和二十四年十二月五日とし、昭和二十四年十二月四日までの外国為替管理委員会売買相場を次のように定める。

1アメリカ合衆国通貨

買相場 一ドルにつき本邦通貨三六〇円

売相場 一ドルにつき本邦通貨三六〇円

2連合王国通貨

買相場 一スターリングポンドにつき本邦通貨一、〇〇八円

売相場 一スターリングポンドにつき本邦通貨一、〇〇八円

六、しかしながら本件輸出許可は前述のとおり新法施行前になされ、かつ前述のとおり政府は原告に対し輸出許可当時の公定相場を以て支払う旨契約したから、本件は新法施行には関係なく当然従前の相場が適用されるべきことは明かである。若し仮りに新法の適用があるとしても、右告示第一項、第二項によるのではなく、第三項により昭和二十四年十二月四日迄のものゝ売買相場が適用さるべきである。

七、然るに原告が昭和二十五年二月一三日右契約の代金決済のため外国為替銀行である大和銀行大阪支店から受領した金額は右相場による金六百十一万八千四百九十七円ではなくして、右告示第二項の相場の対一米ドル三百五十八円四十五銭、対一スターリングポンド千三円六十六銭による金六百九万二千百五十三円四十七銭であつた。すなわち政府は本件輸出許可申請書備考欄第六項記載の契約に違反して昭和二十四年十二月五日以後の取引に適用すべき新換算を適用し、ために原告に対し金六百十一万八千四百九十七円の支払をなすべきを金六百九万二千百五十三円四十七銭しか支払わなかつたから、その差額金二万六千三百四十三円五十三銭の未払をなすに至つたのである。右政府の処置は前記の理由により不法であるのみならず、原告の既得権を侵害し憲法第二十九条に違反する。

八、よつて原告は政府に対し右差額金二万六千三百四十三円五十三銭の請求権にもとづき右金額の一部として金二万二百二十五円三銭及びこれに対する訴状送達の翌日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を請求する。

九、被告の主張に対して次のとおり述べた。

(一)被告主張の一について、

被告主張の為替決済機構の変更の事実は認めるが、本件輸出許可申請書備考第四以下の条項が新法に牴触する限度において無効となつたという点は否認する。被告主張によるもその死文化した根拠が不明瞭である。元来本件許可書備考の条項は政府と業者である原告との間になされた私法上の為替売買の契約の内容であるから、右契約上の条項が政府の一方的意思表示にもとづく為替相場の変更のみによつて死文となる理由がない。いやしくも私法上の契約である以上の適法な解除権が存せず、かつ解除の事実がないのに無効となるべきではない。

(二)二の(二)について

前掲告示第一号第三項には「昭和二十四年十二月四日までの……」とあつて何等「昭和二十四年十二月一日から四日まで」とは記載されていない。すなわち右は通常法規の変更に際して行われる「この法律施行の……は従前の例による」と同様の規定であることは常識的に考えても明かである。

仮りに被告の主張するような解釈が許されるとしても、被告は原告が昭和二十五年二月十三日大和銀行から円貨を受取つたことのみを「取引」といつているが、「取引」とは例えば輸出許可申請書を政府に提出し政府がその許可をなし、輸出手続を完了して政府から円貨代り金の支払を受けるまでの一連の行為を取引というべきであり、通常「取引」の時の法令に従うというときは契約成立時をいうのである。従つて本件取引に適用されるべきは契約成立時である旧法下のレート(前、記告示第三項で維持されている)である。

(三)なおこれを現在我国で行われている為替集中制度の本質からいつても自由貿易下にあつて輸出入業者がとりうる為替予約その他による為替危険の回避が許されず、政府の公定換算率による以外に貿易の方法がないのであるから、その危険は一切為替会計を手中に収めている政府が負うべきは当然である。前に昭和二十四年九月十八日英国のポンド切下に際し、これに先立つ同年六月頃通商産業省が総司令部に対する意見書を以て「この切下の影響は甚大であるから為替会計の負担にしたい」と申入れ、九月初旬総司令部の許可がありポンド切下による為替上の損失を政府が負担した例にかんがみてもこのことは明かである。

証拠として甲第一乃至第四号証、第五号証の一乃至六、第六乃至第八号証を提出し、証人重松輝彦、同佐々木賢一、同北村孝治郎の各証言を援用した。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、本件輸出にその輸出許可申請書備考第六項の適用があるとの点並びに仮りに右適用があるとしても右条項に記載されたofficial rateの意味についての原告の主張を否認し其余の原告主張事実は認めると答え反対主張を次のとおり述べた。

一、原告主張の本件輸出許可書備考第四項以下の各条項は昭和二十四年十二月五日以降は外国為替の決済機構の変更によつて新法と牴触する限度において死文となつたものである。同日以前の外国為替決済機構について述べると、昭和二十三年八月十四日までは民間業者は直接海外商社と輸出契約を締結することができなかつたが、同月十五日からは自ら当事者として海外商社と輸出契約を締結することができるようになつた。しかし民間業者が外国為替を外国為替銀行に売却して輸出代金を円貨で取得することは以前どおり許されていなかつた。そこで民間業者は外国為替を外国為替銀行の在日支店に譲渡(Nagotiate)し外貨が総司令部の商業勘定(総司令部が日本政府のために外国銀行に設けた口座)に振込まれると、日本政府からその振込まれた外貨に相当する円貨(円貨代り金)の支払を受けるという仕組になつていたのである。備考第四項以下の条項は一方においてこの趣旨を宣明し、地方政府が円貨代り金を支払う場合の会計法上の形式を整えるために設けられたものであり、問題の備考第六の条項は右の仕組で政府から業者に支払われるべき円貨代り金の換算率を定めたものである。ところで右の機構は昭和二十四年十二月一日新法の施行によつて廃止され、同月五日からは日本の外国為替銀行が外国為替を買取ることができるようになつたので、民間輸出業者は外国為替を外国為替銀行に売却して銀行から直接円貨によつて輸出代金を受取ることになつた。又それと同時に新法は外国為替の売買相場を公定し(昭和二十四年十二月一日外国為替管理委員会告示第一号)所定の相場以外の相場で外国為替の取引をすることを明確に禁止した従つて旧機構の下において政府が円貨代り金を支払うべき場合にのみ妥当する備考第四項以下の条項は機構の改変によつて昭和二十四年十二月五日以後は死文となつたものと解さねばならず、又新レートが公定された以上右条項は強行法規に違反することになり違反部分は当然に失効していると解すべきであるから、右条項がなお効力を有することを前提とする原告の請求は理由がない。

二、仮りに備考第六項の契約が失効していないとしても、

(一)備考第六のofficial rateとは昭和二十四年四月二十五日大蔵省告示第二三七号に定めたものを指するところ、右はこれを基準相場と解すべきである。而して新法によつて規定された基準相場もまた右と同項であるから基準相場には何等変更がないので、本件輸出には右基準相場を適用し、為替売買相場は右基準相場にもとずく昭和二十四年十二月一日外国為替管理委員会告示第一条第二項を適用したのであるから何等契約違反の事実はない。

(二)また原告は昭和二十四年十二月一日外国為替管理委員会告示第一号第三項は昭和二十四年十二月四日までの外国為替売買相場を定めているから本件はこの相場によるべきであるというが、右告示のこの条項は昭和二十四年十二月一日から同年同月四日までの間になされる外国為替の取引についてのみ適用されるもので、それ以前のものについて適用されるものではない。しかも右告示は昭和二十五年一月十六日外国為替管理委員会告示第一号によつて廃止されたから、同年二月十八日に行われた本件外国為替取引については全く適用の余地がない。従つて原告の右主張も理由がない。

証拠として証人重松輝彦、同佐々木賢一の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告主張の本件輸出許可申請書備考第六項記載のofficial rateの意味及び右条項の新法施行後の効力の点を除き原告主張の事実については当事者間に争いがない。

そこで日本政府が本件輸出につき原告に支払うべきことを約した本件輸出許可申請書備考第六項記載の輸出許可当時におけるofficial rateの意味につき考えるのに、右は現在我国が為替集中制度を採用している関係上、自由貿易下におけるが如く輸出入業者が為替予約其他により為替相場変動による危険の回避をなすことが許されないので貿易業者を保護するため通商産業大臣がその権限によりその取極をなしたものと認められる点から見ると、現実に外国為替の売買をなす場合に当事者のよるべき相場として公定された一定の交換の割合を意味するものというべきである。ところで新法施行以前に公定されていた抽象的な交換比率は米貨一ドルについて邦貨三百六十円、一スターリングポンドについて邦貨千八円であつたが、実際の手続においては輸出物貨の代金は外国の輸入業者から為替取扱銀行の手を経て貿易特別会計に払い込まれ、日本の輸出業者は同会計からその支払を受けていたのであつて、その代金が同会計に払い込まれるとき既に外国銀行に対する為替取扱の手数料として一ドルについて三十六銭、一スターリングポンドについて一円八厘が差引かれていたのである(貿易特別会計法第四条第一項及び昭和二十三年九月一日付二三貿易一一一八号「民間輸出貿易決済手続」三(七)参照)すなわち日本の輸出業者は現実には右特別会計から米貨一ドルについて邦貨三百五十九円六十四銭、一スターリングポンドについて邦貨千六円九十九銭二厘を受取ることゝなつていたのであつて、前記条項も当然このことを予定して設けられていたものと認めるべきであるから、こゝにいうofficial rateという言葉は米貨一ドルについて邦貨三百六十円、一スターリングポンドについて邦貨千八円という抽象的な基準でなく米貨一ドルについて邦貨三百五十九円六十四銭、一スターリングポンドについて邦貨千六円九十九銭二厘という現実取引に即した具体的な交換の割合を指したものと認めるのが相当である。

次に同条項の新法第七条施行後における効力であるが、同条第六項は同条施行後の外国為替の売買については同条所定の相場以外の相場によることを厳格に禁止し何等これについて例外を認めていないのであり、同条第四項の規定にもとづく外国為替管理委員会告示第一号は昭和二十四年十二月五日以降、米貨一ドルの買相場を三百五十八円四十五銭、一スターリングポンドの買相場を千三円六十六銭と定めているから前記条項は新法のこの規定に違反し得ないことゝいわなければならない。而して本件外国為替の売買の行われたのは新法施行後である昭和二十五年二月十三日であることは当事者間に争いのないところであるから、前記条項による金額の支払は法律上禁止になつたものと考えられないこともない。しかし右条項が前記の趣旨の取極であることからすれば、新法第七条の第六項は同法施行後は同項によらないで、外国為替の相場の取極をなすことを禁じたものであつて、本件の如く同法施行前に政府により取極められ施行後に其の実行として為替を売買する場合には右実行は同項の「取引」には包含されず、右取極による支払を禁止するものでないと解するのが相当である。右は前記告示第一号第三項が昭和二十四年十二月四日迄の外国為替管委員会売買相場を旧レートにより定めている点から見ても右結論の正当なことがうかゞわれる。然らば右条項は右の程度において其の効力を有するのであつて新法の施行により死文となつたとの被告の主張は採用することができない。

又被告は備考第六のofficial rateとは昭和二十四年四月二十五日大蔵省告示第二三七号に定めた対一スターリングポンド千八円、対一米ドル三百六十円を指するところ、右はこれを基準相場と解すべきであり、新法により規定された基準相場もまた右と同額であるから基準相場には何等変更がないので本件輸出には右基準相場を適用し為替売買相場は右基準相場にもとづく昭和二十四年十二月一日外国為替管理委員会告示を適用したのであるから契約違反はないと主張するけれども、前記の如く右のofficial rateは抽象的な基準ではなく現実取引に即した具体的な交換の割合を指したものと認めるべきであるから被告の右主張は失当である。

そうすると原告のその余の主張並びに被告のその余の抗弁を判断するまでもなく、被告は本件輸出につき輸出許可当時のofficial rateとして対一米ドルについて邦貨三百五十九円六十四銭、一スターリングポンドについて邦貨千六円九十九銭二厘を適用して原告に支払をなすべきことは明かである。而して原告がその主張の如き数量価格の物件を輸出したことは被告の認めるところであるから、被告は原告に対し前記換算率を適用した金六百十一万二千三百七十八円五十銭を支払う義務がある。

そこで原告が昭和二十五年二月十三日外国為替銀行である大和銀行大阪支店から本件輸出為替代金として受領した金額が対一米ドル三百五十八円四十五銭、対一スターリングポンド千三円六十六銭による換算額金六百九万二千百五十三円四十七銭であつたことは被告の認めるところであるから、原告が被告に対し前記金六百十一万二千三百七十八円五十銭と右金六百九万二千五十三円四十七銭との差額金二万二百二十五円三銭及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること本件訴訟記録上明らかである昭和二十六年三月二十四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める本訴請求は理由があるといわなければならない。

よつて原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、なお本件については仮執行の宣言を付するのは相当でないからこれを却下すべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二 満田文彦 石渡満子)

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