東京地方裁判所 昭和26年(ワ)178号・昭26年(ワ)7951号 判決
原告 高沢正幸
被告 井上正三郎 外二名
一、主 文
被告等は原告に対し、東京都台東区永住町百十一番地家屋番号同町三百九番一木造トタン葺二階建四戸建一棟建坪二十三坪五合七勺五才二階二十一坪二合五勺の内向つて左端の一戸建坪五坪八勺七才二階四坪五合の家屋の明渡をせよ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、その請求の原因として、
一、原告は主文第一項記載の家屋を昭和二十五年十月二十七日前所有者訴外加藤四郎から買受け、同年十一月六日その所有権移転の登記手続を経由した。
二、被告折戸を除く爾余の被告等は本件家屋を占有する何等の正権原がないのに本件家屋を不法に占拠しているので原告は所有権に基いて同被告等に対して本件家屋の明渡を求める。
三、被告折戸慶治は昭和二十四年四、五月頃から本件家屋を前所有者加藤四郎から賃借しておつたが、昭和二十五年十月二十七日原告と右建物の賃貸借契約を合意解除し、同年十月末頃一旦本件家屋から退去し乍ら、昭和二十六年五月二十八日、再び原告に無断で本件家屋に立戻り、引き続き不法に占有しているので、原告は所有権に基いて同被告に対し明渡を求める。と陳べ被告等の反対主張に対し、原告の母がもと本件家屋の差配をしていたこと、本件家屋の賃借名義が関係者合意の上、被告折戸に変更せられたこと、被告正三郎が訴外菊枝に対し本件家屋の賃借名義を同被告に変更するよう懇願したことはいずれも認める。訴外清水と被告正三郎の間の本件家屋に関する話合の内容、被告折戸の営業が不振に陥り、同被告が被告正三郎に後事を托した事実は知らない。その他の被告等主張の事実はいずれもこれを否認する。再抗弁として、仮に被告折戸がその主張のように造作をしたとしても、一、同被告が造作を施した当時の本件家屋の賃借人は訴外清水忠明であつて、同被告は清水の留守番と称して本件家屋に居住していた被告井上正三郎を頼つて同居したに過ぎないに拘らず、本件家屋で軽飲食店開業を計画し、当時の家屋所有者訴外加藤並にその差配をしていた原告の母訴外高沢きくに無断で軽飲食店向に造作を施したもので、高沢きくが無断改造を難詰したところ、甲第五号証の念書を差入れ、明渡の際における自費復旧補修を誓約し造作買取請求権を抛棄したもので、かかる場合不法占拠者たる同被告は造作買取請求権を取得するに由なく、又仮に同被告に造作買取請求権が発生したとしても、本件の場合においては借家法第六条を適用する余地なく、右買取請求権抛棄の特約は固り有効である。二、しかのみならず、被告折戸は昭和二十五年十月二十七日本件家屋賃貸借契約を合意解除した際、無条件で原告に本件家屋の明渡をして造作買取請求権を抛棄したものである。以上いずれの理由からしても造作買取請求権行使の抗弁は失当である。と述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、被告折戸を除く爾余の被告等の答弁として、原告主張の請求原因事実中、被告等の本件家屋の占有が不法であるという点は否認する。原告と被告折戸とが本件家屋賃貸借契約を合意解除したとの点は知らないが、その他の事実はすべて認めると答え、反対主張として、その占有権原についてつぎのとおり述べた。被告井上正三郎は昭和二十一年中前賃借人訴外清水忠明に権利金を支払つて同居し、昭和二十三年中訴外清水が他へ転宅したので千円の名義書換料を支払つて本件家屋の賃借人となつた。被告折戸は被告正三郎の女婿で、昭和二十四年中、本件家屋に同居し軽飲食店を開業することとなつたので、家主加藤の差配であつた原告の母菊枝に名義書換料千円を支払い、賃借名義を被告折戸に変更すること、並に被告等が従前通り本件家屋に居住することの同意を得、被告折戸は約金三十五万円を投じて造作を施し、飲食店を開業したが営業不振に陥り、被告折戸は被告正三郎に後事を托して本件家屋から退去した。被告正三郎は右の事情を原告の代理人母、菊枝に打明け、賃借人名義を被告正三郎に変更方を懇願した結果、昭和二十五年十月二、三日頃原告と被告正三郎との間で、同年十一月一日以降賃料一ケ月六百円、月末払、期間の定なく賃貸する旨の契約が成立した。したがつて被告等の不法占拠を理由とする原告の本訴請求は失当であると抗争した。
被告折戸の答弁として、原告主張の請求原因事実は被告等の本件家屋の占有が不法であるとの点を除いてすべてこれを認める。と答え、反対主張として、
一、被告折戸は本件家屋における営業が貸倒れ等のため継続困難となつたので、営業を廃止して昭和二十五年秋頃他に移転することとなつた。当時被告正三郎から本件家屋の賃借名義を再び正三郎に変更することについて原告の承認をえた由を聞き、これを原告に確かめたところ、原告もこれを肯定し、一軒の建物を同時に二人に貸して置く訳にゆかぬとて被告折戸に対し目的建物を返還する旨の書面の差入方を求めたので、被告折戸は甲第七号証に署名捺印して原告に交付した。右のように被告折戸は原告と被告正三郎との間の賃貸借契約の成立を信じ、これを前提として本件家屋の賃貸借契約の合意解除に同意したものなるところ、原告は被告正三郎との賃貸借契約の成立を否認するので、仮に若し右賃貸借契約が未だ成立していないとするならば前記合意解除は要素の錯誤により無効であり、被告折戸の賃借権はなお存続している。
二、仮にそうでないとしても、被告折戸は本件建物に賃貸人の同意を得て別紙明細書<省略>記載のとおり、造作を施したから、被告折戸は原告に対し昭和二十七年七月十日午後三時の本件口頭弁論期日に於て時価で買取るべき旨の意思表示をした。しかして右物件の時価はすくなくとも別紙記載の設備費を超えるものと考えられるので右代金十七万千百四十円の支払あるまで右造作の引渡、したがつて本件家屋の引渡を拒絶する。と述べ原告の再抗弁に対し、造作附加に対する賃貸人の同意の時期方式については別に制限がないから予め同意を得ず爾後追認的のもので明示の同意でなくとも賃貸人の同意たるを妨げない。又造作買取請求権の抛棄は借家法第六条により無効であると抗争した。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十五年十月二十七日本件建物を前所有者訴外加藤四郎から買受け、その主張の日に所有権移転の登記手続を経由したこと、被告折戸が昭和二十四年四、五月頃訴外加藤から本件建物を賃借していたこと、現に被告等が本件家屋に居住していることはいずれも本件全当事者間に争がないところである。
しかして、成立に争のない甲第七号証の記載並に証人高沢菊枝(第一、二回)の証言を綜合すれば原告主張のように、昭和二十五年十月二十七日原告と被告折戸と合意の上本件家屋賃貸借契約を解除した事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠は存しない(この点は原告と被告折戸との間では争のないところである。)。
よつて、被告折戸を除く爾余の被告等の占有権原に関する主張について判断する。同被告等は、昭和二十五年十月二、三日頃原告と被告正三郎との間で本件家屋を同年十一月一日以降賃料一ケ月金六百円、月末払期間の定なく賃貸する旨の合意が成立したと主張しているが、証人折戸登紀子の証言、被告折戸慶治(第一回)被告井上正三郎本人訊問の結果中右主張に沿うが如き部分は前記証人高沢菊枝の証言に照し信用できないし、他にこれを認めるに足る何等の証拠もないので、被告等の右主張は採用しない。
つぎに被告折戸の反対主張一について判断する。
証人折戸登紀子の証言並に被告折戸慶治本人訊問の結果(第一回)中右主張に沿うが如き部分は前記甲第七号証の記載並に証人高沢菊枝(第一回)の証言に照し信用できない。他に右主張を認めるに足る何等の証拠がないのみならず、却つて、右高沢証人の証言並に原告本人の供述によれば、被告折戸は昭和二十五年十月末頃、原告方を訪れ、同居の被告井上等と喧嘩をしたので立退き度いといつて敷金の返還を求めた。高沢菊枝は残る人々は引続き本件家屋に居住することを欲するか否かを尋ねたところ、被告折戸は既に親子兄弟の縁を切つて来た、もう他人であるから好きなようにしてくれ、無条件で明渡すと答えたので、原告側において甲第七号証の案文を作成し、同被告の署名捺印を求めたところ、同被告は一読の上、異議なく署名捺印して原告側に交付し、敷金千円の返還を受けた事実を認めることができるので、同被告の一の主張は到底採用することはできない。
最後に被告折戸の二の造作買取請求権行使による同時履行の抗弁について判断する。被告折戸が昭和二十四年中、本件家屋で軽飲食店を営業することを計画し本件家屋に若干の造作を施したことは同被告援用の各証拠によつて容易に認めることができるので右によつて果して同被告が借家法所定の造作買取請求権を取得するに至つたか否かの点について考えよう。成立に争のない甲第一乃至第五号証の記載並に証人高沢菊枝(第一、二回)の証言を綜合すれば、昭和二十一年頃当時本件家屋の差配をしていた訴外高沢菊枝が本件家屋の賃料の取立に赴いたところ賃借人清水は不在で、被告井上が同居してをり、同被告は清水は留守だが家賃を預つているといつて清水名義で家賃の支払をした。
その後昭和二十四年四月頃高沢菊枝は被告井上に清水は移転したのではないかと詰問したところ、同被告は清水に対して権利金千円を支払つて借家権の譲渡を受けたから家屋を同被告に貸して貰いたいというので家主加藤に右経緯を告げたが、加藤は質が悪そうだといつて被告井上に賃貸することを承知しなかつた。ところが、同年五月始頃右高沢が家賃の取立てに本件家屋へ立寄つたところ、内部がすつかり模様替されていたので驚いて居合せた被告折戸に事情を尋ねた。すると同被告は自分が本件家屋で商売をしようと思つて造作をした。今後自分に本件家屋を貸して貰い度い。というので、翌日加藤に報告して相談の結果、加藤は既に造作をして了つたのであるからこの様な念書を差入れるならば貸そう、といつて甲第五号証の念書の原案(造作買取請求権を主張しない旨の記載あるもの)を作つて渡してよこしたので、訴外高沢は被告折戸に右念書案を示して、この念書の内容を了承するならば貸そうといつたところ、同被告はこれを了承して右念書に署名捺印し、ここに始めて被告折戸との間に本件家屋の賃貸借契約を締結したものである。と以上のように認定することができる。被告折戸慶治本人訊問の結果(第一、二回)中右認定に反する部分は前記認定に引用した各証拠に照し信用し難く、他に右認定を左右するに足る何等の証拠も存しない。
しかして、借家法第五条は「賃貸人の同意を得て建物に附加したる畳建具その他の造作あるときは」と規定しているので、同条が建物の賃貸借契約存続中、該建物の賃借人によつて造作等が附加された場合を予想した規定であること明かであるが、建物の不法占拠者が該建物に造作を附加した場合と雖も、その後において建物所有者との間に賃貸借契約が成立した場合は同条の適用ありと解するを借家法の精神から考えて妥当とするところ、賃貸借契約締結の際賃借人が不法占拠当時附加した造作について何等の意思表示もなされない場合には、特段の事情の認むべきもののない限り貸主は右造作の附加につき事後において暗黙の承諾をあたえたものと解するを相当とすることも亦疑を容れないところである。
しかし乍ら、本件においては、前段認定のように家屋所有者訴外加藤は被告折戸に本件家屋を賃貸する際特に造作買取請求権を抛棄する旨の念書の差入れをなさしめているので、右賃貸借の際に造作の附加に対して暗黙の同意を与えたものとは到底解することができない。したがつて被告折戸のなした本件家屋に対する造作は結局、賃貸人の同意を得ずになされたものと断ずる外なく、被告折戸は借家法第五条の造作買取請求権を有しないものというべく、この請求権の存在を前提とする被告折戸の二の抗弁も亦他の争点について判断するまでもなく失当として排斥を免れない。
果して然らば、被告等は本件家屋を占有するにつき原告に対抗しうべき何等の権原をも有せず、その占有は不法なものと断ぜざるを得ず、被告等は原告に対し本件家屋を明渡す義務あるものといわねばならない。よつて原告の被告等に対する本訴請求はすべて正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を適用し主文のように判決する。
(裁判官 満田文彦)