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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)2099号 判決

原告 鈴村たか

被告 小川鉄造 外一名

一、主  文

原告と被告小川鉄造との間に、原告が東京都台東区浅草北田原町三番地の一宅地百六十六坪一合六勺の西北角の部分に所在する木造トタン葺二階建一棟建坪十四坪五合七勺五才、二階十四坪五合七勺五才の建物の敷地となつてゐる宅地十八坪二勺につき、同被告を貸主とする普通建物所有を目的とし、期間昭和十七年五月一日以降二十年の賃借権を有することを確定する。

前項の宅地の賃料が一月十九円八十二銭毎月末払であることの確認を求める部分の原告の請求を却下する。

被告平井吉次郎は原告に対し、第一項掲記の建物を収去してその敷地十八坪二勺を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「原告と被告小川鉄造との間に原告が主文第一項掲記の建物の敷地十八坪二勺につき、同被告を貸主とする普通建物所有を目的とし、貸料一月十九円八十二銭毎月末払、期間昭和十七年五月一日以降二十年の賃借権を有することを確定する。右請求が理由がないときは期間昭和三十一年九月十四日までとする外前同旨の賃借権を有することを確定する。被告平井吉次郎は原告に対し主文第一項掲記の建物を収去してその敷地十八坪二勺を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との趣旨の判決並に被告平井に対する建物収去、土地明渡を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

(一)  主文第一項掲記の宅地十八坪二勺は元東京都台東区浅草北田原町三番地百十坪五合九勺の西北角の一部で、訴外服部米蔵の所有に係り原告は同人より右宅地を明治年間から普通建物所有の目的で賃借し、その地上に木造建物を所有して来たところ、

(二)  被告小川鉄造は本件宅地を含む前示百十坪五合九勺の土地を昭和十三年九月八日服部より買受け同日その買受に因る所有権取得登記を経由し、その後昭和二十二年右土地を三筆に分筆したため本件宅地は同所三番の一宅地六十六坪一合六勺の西北角の一部となつたものであるが、

被告小川は前示土地買受と同時に本件宅地について服部の賃貸人としての権利義務を承継したものである。

(三)  当時賃料は一月十九円八十二銭であつたが、昭和十四年十二月原告に対し被告小川の代理人新興不動産株式会社から賃貸借期間が定めてないからその期間を確約したいと云う申入れがあつたので同会社と原告代理人山崎徳之助との間に右期間を昭和十七年四月三十日までと約定した。

(四)  右賃貸借期間満了後も原告の本件宅地使用については被告小川から異議の申出もなかつたので、賃貸借の期間は更新せられ昭和十七年五月一日以降二十年間となつたが、原告が本件宅地上に所有してゐた建物は昭和二十年三月十日戦災に罹り焼失した。

(五)  けれども原告の本件宅地賃借権は右建物焼失に因り消滅することはなく罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定により昭和二十六年六月三十日までに本件宅地について権利を取得したものに対抗し得るものであるのに、被告小川は原告の賃借権の存在を否定し、昭和二十一年六月二十八日本件宅地を被告平井吉次郎に賃貸し、被告平井は右宅地上に主文第一項掲記の建物を所有して本件宅地を占有してゐる。

そこで原告は被告小川に対する関係において先づ申立当初に掲げた期間は昭和十七年五月一日以降二十年とする賃借権を原告において有することの確認を求め、若し右期間の点についての原告の主張が容れられないで原告の請求が理由がないとされるときは、罹災都市借地借家臨時処理法第十一条により少くとも同法施行の日である昭和二十一年九月十五日以降十年の期間の賃借権が存するわけであるから右期間の賃借権の確認を求めるものであり、

又被告平井吉次郎に対しては本件宅地の賃借権に基き主文第一項掲記の建物を収去してその敷地十八坪二勺を原告に明渡すべきことを求めるものである。

と述べ、

被告等の抗弁に対し

被告小川の抗弁事実は否認する。昭和二十一年春頃同被告は新聞紙上に焼跡の宅地について借地人の借地申出を催告したことがあり、当時原告は同被告に対し取り敢へず借地申出書を郵送し、次いで原告代理人山崎徳之助によつて同被告の代理人小野実に対し借地の申出をしたものである。

被告平井の抗弁事実も否認する。

と述べた。<立証省略>

被告小川の訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め原告主張事実中

(一)の事実はその内賃借開始の時期は知らないがその余の点は認める。

(二)の事実は認める。

(三)の事実のうち、賃料額の点並に被告代理人から原告主張の如く賃貸借期間を確約すべき旨の申入れをしたことは認めるがその余の点は否認する。原被告相互の代理人間に原告主張の賃貸借期間についての約定成立の事実はない。

(四)の事実中昭和十七年四月三十日後の原告の本件宅地使用について当時被告小川より異議の申出をしなかつたこと並に原告主張の建物がその主張の如く戦災に罹り焼失したことは認めるが、その余の点は否認する。

(五)の事実中被告小川が原告の賃借権は存在しないとして、原告主張の如く本件宅地を被告平井に賃貸したことは認める。

と述べ、

抗弁として原告主張の(四)の建物焼失後、右焼跡宅地の賃借方について原告から何等の申出もなく、又被告平井がその焼跡に仮設建築物(バラツク)を建てても、原告から何等の申出もなかつたので、右事実により原告は当時本件宅地の賃借権を暗黙に抛棄したものである。

と述べた。<立証省略>

被告平井の訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め原告主張事実中

(一)の事実はその主張の宅地を明治年間から賃借して来たとの点は知らないが、その余の点は認める。

(二)の事実はその内被告小川が土地買受と同時に本件宅地について原告に対する賃貸人としての権利義務を承継したとの点は不知、その余の点は認める。

(三)の事実は不知

(四)の事実はその内、原告所有建物がその主張の如く戦災に因り焼失したことは認めるがその余の点は不知

(五)の事実は、その内被告平井が被告小川から本件宅地を原告主張の如く賃借し右宅地上に原告主張の建物を所有して、本件宅地を占有してゐることは認める。

と述べ、

抗弁として、仮に原告が本件宅地に賃借権があつたとしても被告平井は右宅地上にあつた焼失前の原告所有建物を焼失当時原告から賃借居住してゐたものであるが、右建物焼失後昭和二十二年十一月下旬原告代理人山崎徳之助に対し右建物の焼跡敷地の賃借権の譲渡の申出後三週間内に原告又はその代理人より拒絶の意思表示がなかつたので右三週間の満了の時前示申出は承諾されたものと看做され、爾後本件宅地の賃借権は被告平井に帰したものである。と述べた。<立証省略>

三、理  由

主文第一項掲記の宅地十八坪二勺が元東京都台東区浅草北田原町三番地宅地百十坪五合九勺の西北角の一部で訴外服部米蔵の所有に係り原告が服部より右宅地を普通建物所有の目的で賃借し(賃借の始期については兎もあれ)その賃借地上に木造建物を所有して来たことは被告小川においては認めるところであり、被告平井については右賃借の点を除いては争がなく、又賃借の点は証人山崎徳之助の証言(第一回)並に同証言によつて真正に成立したと認められる甲第一号証により認めるに十分である。

原告主張の(二)の事実は被告小川においては全部認めるところであり、被告平井についても、その内被告小川が服部の賃貸人としての権利義務を承継したとの点を除いては争がなく、右承継の事実は証人山崎徳之助(第一回)、小野実の各証言により、被告小川が、本件係争地を含む百十坪五合九勺の宅地を服部より買受けた当時本件係争地の賃料が近隣のそれにくらべてやすいと云うので、右賃料額の改定並に賃貸借期間について協定のため被告小川の代理人として本件土地の管理に当つてゐた訴外新興不動産株式会社(実際に交渉に当つたのは同会社代表者小野実であるが)と原告代理人山崎徳之助との間に協議がなされたことが認められるので、右事実からして容易に推定できるのである。

原告主張の(三)については被告小川が前示賃貸人としての権利義務を承継した当時の賃料額が一月十九円八十二銭であつたことは被告小川の認めるところであり、成立に争のない甲第二、第四号証の各一、二証人山崎徳之助の証言(第一、二回)、同証言(第一回)により真正に成立したと認められる甲第二号証の三、並に証人小野実の証言(一部)を綜合すれば被告小川の代理人新興不動産株式会社の代表者小野実と原告代理人山崎徳之助との間に昭和十四年十二月十八日、本件宅地の賃貸借期間について、従来特に約定がなかつたのを、昭和十七年四月三十日までと約定し、なほ賃料額についてもその値上方の交渉もあつたが、賃料額についての協定は成立するに至らなかつた事実が認められる。証人小野実の証言中、右認定に副はない部分は信用ができないし、他に右認定を左右できる証拠はない。

原告主張の(四)の事実中、前示昭和十七年四月三十日後の原告の本件宅地使用について被告小川から異議の申出がなかつたことは同被告においては認めるところであり、被告平井に対する関係においては本件弁論の全趣旨により右事実を認めるに十分である。

右事実よりすれば被告小川対原告間の本件宅地賃貸借期間は更新せられ昭和十七年五月一日以降向二十年間となつたものと云はなければならない。従つて右宅地上の原告所有建物が昭和二十年三月十日戦災に因り焼失したことは本件当事者間に争がないけれども、その焼跡の敷地についての原告の賃借権は右焼失によりて消滅することなく戦時罹災土地物件令第六条の規定により建物滅失以後、その宅地につき権利を取得した第三者に対抗できたものである。尤も右物件令は罹災都市借地借家臨時処理法(昭和二十一年八月二十七日法律第十三号)が昭和二十一年九月十五日に施行されると同時に同法第二十八条により廃止となつたが、右廃止の時までに権利を取得した第三者が、借地権者の借地権により、すでに対抗される法的拘束を受けた状態にある関係は、前示物件令の廃止によつて変更を来たすものでなく、前示処理法第十条には、借地権の対抗を受けるものとして、「昭和二十一年七月一日から五箇年以内に権利を取得したもの」と規定してゐるが、その趣旨は前示物件令廃止後も一定期間内に、土地につき権利を取得した者に対しては、なほ従前の借地権者の権利を対抗できることとしたもので、昭和二十一年七月一日前に(戦災後)権利を取得した者に対して前示物件令第六条による従前の借地権の対抗力を、前示処理法施行と同時に失効させるものではないと解するのが相当である。(かように解するときは、戦災を受けた土地についての従前の賃借人の賃借権は罹災後前示処理法施行前日である昭和二十一年九月十四日までにその土地につき権利を取得した第三者に対しては、前示物件令六条により対抗力を取得し、又昭和二十一年七月一日から五箇年以内に権利を取得した第三者に対しては前示処理法第十条により対抗できることとなるので、昭和二十一年七月一日以降同年九月十四日までの間に権利を取得した第三者に対しては前示物件令によつても、前示処理法によつても対抗できるとも考へられるし、又物件令のみによつて対抗できるとも考へる余地ができるが、その何れの考方を採つても結局罹災後昭和二十六年六月三十日までの間に権利を取得した第三者にはすべて対抗できることになり、戦災の如き予想外の事由による賃貸借関係の混乱を、戦災前の秩序に復しようとする法意より見て妥当な結果が得られるのであるが、前示処理法第十条を昭和二十一年六月三十日以前の権利取得者に対する従前の賃借権の対抗力を消滅させたものと解するときはその合理的根拠がないことになるので、右のように解することはできない。)して見れば原告は主文第一項掲記の宅地につき、普通建物所有を目的とする期間昭和十七年五月一日より起算して二十年の賃借権を有し、右賃借権は昭和二十一年六月二十八日右宅地を被告小川より賃借した(この賃借の事実は本件全当事者間に争がない)被告平井に対し対抗できるものと云うべきである。

被告小川は本件宅地上の原告所有建物焼失後原告より右焼跡宅地の賃借につき原告より何等の申出がなかつたと主張するが、右申出をしなかつたからとて直ちに借地権を暗黙に抛棄(借地権は単なる権利ではなく義務を伴うものであるから一方的に抛棄することの可能性は問題となり得るものであるが、従来の取引上の取扱では、借地権の権利的要素を重視し、負担附権利の如く取扱い、単なる抛棄は賃貸人に利益を与えるものと解して、その抛棄の可能性を是認してゐるが、この点は兎も角として)したものと解することはできないばかりでなく、証人山崎徳之助の証言(第一回)によれば昭和二十一年春被告小川の代理人が焼跡宅地の借地申出を新聞広告で催告したのに対し原告代理人山崎は直ちに「原告に引続き本件宅地を賃貸あり度い旨」の書面を被告小川の代理人に書留郵便で送付してゐる事実が認められるし、又被告小川は本件宅地上に被告平井が仮設建築物を建設したのに原告は何等の申出をしなかつたと云うけれども、右建設は被告平井本人訊問の結果によるも明なように昭和二十一年六月以前のことであるから、当時戦時罹災土地物件令第三条により原告の借地権は行使できなかつたこと並に同令第四条の規定により土地所有者に或る程度の土地使用権が認められてゐたことを思へば、仮設建築物の建設に対して原告が何等の申出をしなかつたからとて、直ちに借地権を抛棄したなどとは云へない。従つて被告小川の抗弁はすべて採用できない。

しかも被告小川が原告の賃借権を否定し昭和二十一年六月二十八日本件宅地被告平井に賃貸したことは被告小川の認めるところであるから原告が同被告に対する関係において、右宅地につき昭和十七年五月一日以降二十年の賃借権を有することの確認を求める部分については原告の請求は正当である。けれども、賃料は賃借権そのものの内容をなすものではなく又賃借権そのものの制限でもなく、単に賃借権に附随する負担、ないし賃借人の反対給付義務にすぎないから賃借権自体の確認としては賃料額、その支払期の如きは確認の対象の外に在るものであるのみならず、一定の賃料額並にその支払期の確定を賃借人が求めるのは結局自己の債務(抽象的なると具体的なるとを問はず)の存在確認を求めることとなり訴訟上利益のないものと云はなければならないので原告の被告小川に対する請求中、賃料一月十九円八十二銭毎月末払であることの確認を求める部分は利益のないものとして却下を免れない。(但し賃料額又は賃料支払期につき特に争がある場合に、賃借人は一定額の限度を越える部分の債務の存在しないこと又は特定時払の義務のないことの確認を求めることはできるであらうが、その場合にも一定額の賃料債務の存在又は特定時払の義務存在確認を求むべきものではない。)

次に被告平井に対する原告の請求については、原告が主文第一項掲記の本件宅地につき、原告が同被告に対抗できる賃借権をもつてゐることはすでに説示した通りであるが同被告は本件宅地上に存在した原告所有建物の焼失当時の賃借人であり、原告代理人に対し前示借地権譲渡の申出をしたのに右申出に対する拒絶の意思表示がなされなかつたから、罹災都市借地借家臨時処理法第三条第二条により借地権譲渡の効力があると抗争するけれども、被告平井がその主張の借地権譲渡の申出した事実を認め得る何等の証拠もないばかりか、却つて被告平井本人訊問の結果によれば右借地権譲渡の申出をしなかつたことが認められるので同被告の抗弁はその余の点について判断するまでもなく到底採用することはできない。

ところで被告平井が本件宅地上に主文第一項掲記の建物を所有して、その敷地を占有してゐることは同被告の認めるところであるから賃借権に基いて同被告に対し右建物を収去して、その敷地十八坪二勺の本件宅地を明渡すべきことを求める原告の本訴請求は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき原告と被告小川との間に、民事訴訟法第八十九条第九十二条但書を、原告と被告平井との間に同法第八十九条を各適用して結局被告等をして同法第九十三条第一項本文の規定の下に全費用を負担させることとし、仮執行の宣言はその必要を認めないので、これを求める原告の申立を棄却し、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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