東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4100号 判決
原告 平林邦太郎
被告 吉崎新太郎 外四名
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「原告に対し、被告吉崎新太郎は別紙物件目録<省略>第二の(イ)の建物を収去し同西尾はこれより退去して第一の(イ)の土地(別紙図面<省略>一の(イ)の部分)、同吉崎磯次郎は同目録第二の(ロ)の建物を収去し、同矢部及び同園原は右建物より退去して第一の(ロ)の土地(別紙図面一の(ロ)の部分)、同西尾は同目録第二の(ハ)の建物を収去して第一の(ハ)の(1) 及び(2) の土地(別紙図面一の(ハ)の(1) (2) の部分)の明渡をなせ。原告に対し、被告新太郎は昭和二十六年七月一日より第一の(イ)乃至(ハ)の各土地明渡済迄一ケ月三百四十五円の割合の金員、同磯次郎は同日より第一の(ロ)の土地明渡済迄一ケ月九十円、同西尾は同日より第一の(ハ)の(1) 及び(2) の土地明渡済迄一ケ月百四十円の割合による金員の支払をなせ。訴訟費用は被告等の連帯負担とする」、との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、原告の父である訴外平林長左衛門は昭和十年十月三日その所有にかかる別紙物件目録第一の(イ)乃至(ハ)の(2) 宅地合計六十九坪を被告吉崎新太郎に対し普通建物所有の目的を以て、賃料一ケ月金十一円四銭、毎月末日持参払、期限は昭和三十一年十月三日までの約で賃貸し、同被告が貸主の書面による承諾なしに賃借土地を転貸したり、その地上の建物を他に売買譲渡したり、その他増改築又は大修繕をしたりしないこと、同被告が違約したときは催告を要せずして賃貸借契約を解除され、本件土地の返還を請求されても異議がないこと、借地上の建物が滅失或いは朽廃したときは賃貸借契約は当然終了する旨特約した。その後三回に亘つて賃料を修正し、昭和二十五年八月一日以降一ケ月金三百四十五円に増額した。
二、原告は昭和二十六年七月三日長左衛門から右賃貸地を含む別紙記載宅地三百二十一坪八勺の贈与をうけ、その所有権を取得し、同日その旨の登記をした。
三、然るに、右賃借地上の建物二棟(別紙物件目録第二の(イ)(ロ))は昭和二十四、五年頃から自然に耐久力を失い、昭和二十六年六月頃には柱が腐朽し、屋根下見のモルタル塗が脱落破損し、同建物の内外部が朽廃し建物全部が傾斜しいつ倒壊するか図り難い状態である。従つて、本件賃貸借は地上建物の朽廃により当然に終了した。
四、仮に、右朽廃の事実が認められないとしても、被告新太郎は貸主長左衛門の書面による承諾なしに、
(1) 物件目録第一の(ロ)記載の土地を昭和十二年二月頃被告磯次郎に転貸し、同被告は右地上に同目録第二の(ロ)の建物を建築所有している。同被告は該家屋を被告矢部に賃貸し、被告園原が矢部と同居している。
(2) 物件目録第一の(ハ)の(1) (2) の土地を昭和二十四年八月以前に、被告西尾に対し転貸し、同被告は右地上に目録第二の(ハ)の建物を建築所有している。
(3) 目録第一の(イ)の地上に存する被告新太郎所有建物につき昭和二十五年十一月頃その賃借人たる被告西尾をして鴨居、柱の取替、階下内外部の羽目板の張替等の増改築及び大修繕をさせた外、右建物の北側にこれと接続して幅約二尺長さ約二間三尺、この建物の西側にこれと接続して幅約四尺長さ二間の下屋を増築附加させた。
五、そこで、貸主長左衛門は昭和二十六年六月二十日到達の書面を以て被告新太郎に対して本件賃貸借契約解除の意思表示をなしたので、本件賃貸借は同日解除されたものである。
六、仮に、右事実が認められないとするも、被告新太郎は本件土地の賃借権につき登記を経由していないのみならず、右地上の建物はいづれも未登記であるから、同被告は建物保護法第一条第一項によりその賃借権をもつて第三者たる原告に対抗することができないものである。
然るに、同被告は原告に対抗し得べき正権原がないにも拘らず、目録第一の(イ)の地上に第二の(イ)の建物を所有する外その余の土地を不法に占有し、よつて原告の本件土地に対する所有権の行使を妨害し、原告をして相当賃料たる一ケ月三百四十五円の割合の損害を蒙らせている。
次に、被告磯次郎は前記のように、目録第一の(ロ)の地上に第二の(ロ)の建物を所有し、被告西尾は第一の(ハ)の地上に第二の(ハ)の建物を所有し、第二の(イ)の建物に居住し、被告矢部及び同園原は第二の(ロ)の建物に居住し、各その敷地に対する原告の所有権を侵害している。
よつて、原告は被告等に対しその所有建物を収去し、占有建物より退去して各その敷地の明渡を求めると共に請求の趣旨記載の損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだとのべ、被告等の抗弁事実を否認した。<立証省略>
被告訴訟代理人等は主文同旨の判決を求め、答弁として、被告吉崎両名代理人は、原告主張の事実中一は認める。二は否認する。三の中被告新太郎が(イ)の建物を建築したことは認めるがその余の事実は否認する。四の(1) は認める(但し、転貸部分は別紙図面二のとおり)が、転貸については長左衛門から口頭の承諾を受けかつ磯次郎が家屋の竣工届をするに当つて長左衛門は連署押印をした位である。四の(2) の中、被告西尾が原告主張の頃その主張の建物を建築したことは認めるが、その余の事実は否認する。右建物は被告西尾が長左衛門から書面による敷地使用承諾をうけて建築したものである。(3) の中被告新太郎が被告西尾をして原告主張の修繕等をなさしめた点は否認、その余の点は不知、仮に、被告西尾が原告主張のような増改築及び修繕をしたとしても、原告は同被告の一軒隣で同業の八百屋営業をしていてこの事実を熟知している筈であるのに何等異議や苦情の申出がなかつたもので、これは黙示の承諾を与えると共に書面による承諾を必要としない旨を表示したものに外ならない。
仮に、右事実が認められないとしても、建物の大修繕をしたからといつて、その敷地の賃貸人の権利に何等の消長をも及すものではないから、その土地の賃貸人がこれを理由に土地賃貸借契約を解除し、地上建物の収去土地明渡を求めることは社会通念上適当な権利行使の範囲をこえたもので権利の濫用である。五の事実中、原告主張の日にその主張の契約解除の意思表示がなされた事実は認める。六の中被告新太郎が本件土地の賃借権の登記をしていないこと及びその地上建物三棟が未登記であることは認めるが、その余の事実は否認する。
仮に、原告が本件土地の贈与を受けたとしても、賃借権の設定されていること明かな土地の所有権を移転するときは、新所有者に賃借権を承継させる合意をするのが常態であるところ、長左衛門がこの挙に出なかつたのは本件建物がいづれも未登記であり、かつその敷地につき賃借権設定の登記のないのを奇貨とし敷地の所有権を移転すれば被告等が外形上建物保護法第一条第一項の保護を受け得られなくなることに思いを致し、原告をして本件訴訟行為をなさしめることを主たる目的として土地の所有権移転がなされたのであるから、信託法第十一条に違反する無効の行為である。と述べ、
被告西尾、矢部、園原等代理人等は、答弁として、原告主張の事実中、一二は不知、三の中被告新太郎が(イ)の建物を建築したことは認めるがその他の事実は否認する。四の(1) の中原告主張の(ロ)の建物が被告磯次郎の所有であること、同被告がこれを被告矢部に賃貸したこと、被告園原が矢部と同居していることは認めるがその他の事実は不知、(2) の中被告新太郎が(イ)の建物を被告西尾に賃貸したこと、被告西尾が(ハ)の建物を原告主張の日頃建築したことは認めるが、その余の事実は否認する。右建築に当つては、被告西尾が長左衛門から書面による土地使用承諾(但し、建築は被告吉崎新太郎名義ですること)を得て建築したものである。四の(3) の中、被告西尾が建物階下の羽目板の張替をしたこと、原告主張の如き下屋を増築したことは認めるがその余の事実は否認する。五は不知、六の中(ハ)の建物が未登記なることは認めるが、(イ)、(ロ)の建物が未登記なることは不知、とのべた。<立証省略>
三、理 由
先づ、原告の被告吉崎新太郎、同吉崎磯次郎に対する請求につき判断する。
原告主張事実中一は当事者間に争なく、二は成立に争なき甲第三号証によつてこれを認める。しかして、右被告等主張の信託法違反の抗弁はこれを認めるに足る証拠がないから失当である。
よつて、原告の三の主張について判断するに、被告新太郎が原告主張の地上に(イ)の建物を建築したことは当事者間に争なく、被告磯次郎が本件土地上に(ロ)の建物を建築所有することは成立に争ない甲第五号証、被告吉崎磯次郎本人の供述によりこれを認める。しかして、証人醍醐義治、証人平林己之助、同平林長左衛門及び原告本人は原告の三の主張に副う供述をしているが、該供述は、後記証拠と比照し原告の主張を肯認する資料とはなし難い、他に原告主張事実を認めるに足る証拠がない。却つて、証人平林芳郎の証言によつて成立を認むべき甲第十八号証の一ないし六及び鑑定人松尾皐太郎鑑定の結果を綜合すると、昭和二十七年九月末現在において(ロ)の建物は大修理期に達していて、建物のうち一階表通りに面した半分は朽廃に近く、十年後には半倒壊の状態に達するがなお五年間は安全居住に適するが、(イ)の建物は大修理期に達せず朽廃の程度は認められず向後約三十五年にして半倒壊の程度に達するがなお二十五年安全居住に適するのであつて、(ロ)の建物は住居として使用するに少しも差支えがないし、(イ)の建物は被告西尾が八百屋営業店舗ならびに住居として安全に使用できるもので未だその用法に従つた使用収益に毫も支障を来す程度でないことが認められるから、原告の三の主張は理由がない。
次に、原告の四の(1) を原因とする賃貸借契約解除の主張について判断するに、被告新太郎が被告磯次郎に対して賃借宅地の一部分(その面積の点は暫く措く)を貸主長左衛門の書面による承諾なしに転貸し、被告磯次郎が該土地上に(ロ)の建物を建築所有している事実は同被告等の争わないところである。しかしながら、成立に争ない甲第八、十号証、被告吉崎新太郎、同磯次郎本人各訊問の結果によると、本件宅地の賃貸借契約の締結、本件(イ)(ロ)の建物建築の諸手続は、被告吉崎等の父増太郎がこれをなしたものであるが、当時平林家と吉崎家との関係は至つて円満かつ友好的であつて、増太郎は本件土地上に被告新太郎が(ロ)の建物を建築したい旨を長左衛門に申し出たところ、同人は磯次郎の建築すべき敷地については転貸借とはなるけれども、新太郎磯次郎共に増太郎の子息のことでもあり、これを承諾したが、契約書所定の書面による承諾という他人行儀な手続を履むまでもないとし、暗黙裡に転貸承諾書作成を省略する旨の意思を表示し、ただ建築届等届出に所要の書類に署名するに止めたことが明かであるから、原告の四の(1) を理由とする契約解除はその効力なきものといわねばならない。
もつとも、甲第五、六号証によれば、原告主張の被告磯次郎所有建物についての家屋台帳には同被告の住所を大田区久ケ原町一一四八番地と記載してあるところ、同被告はかつて同所に居住したことのないことが明かであつて、これによれば、同被告は被告新太郎からその建物の敷地を転借するにつき長左衛門の承諾がない為、被告磯次郎がこの建物を所有していることを地主に秘する必要上虚偽の住所を届出たものではないかとも考えられる。然し右の被告磯次郎肩書住所地は右建物の所在地と同一であるところから、届出に当り漫然両者を一致せしむるの過誤を犯したものと解するのを相当とするので、右書証は前認定を左右するに足りない。
次に、原告の四の(2) の主張につき判断するに、原告主張の頃被告新太郎の賃借地上の(ロ)の建物の裏側空地に(ハ)の建物を建築したことは当事者間に争ない。成立に争のない乙第一号証の五、被告西尾庄次、同吉崎新太郎各本人の供述によると、昭和二十四年十月頃、被告西尾が(ロ)の建物の南側空地に倉庫を建築することを企て、土地所有者長左衛門にその承諾を求めたところ、長左衛門は原告とも協議の上始めは難色を示したが結局、土地使用等について被告新太郎の承諾をもうけること及び被告吉崎新太郎名義で倉庫を建築することを条件として被告西尾が被告新太郎の賃借土地の一部を転借してその地上に建物を建築することを承諾したので、被告西尾は被告新太郎の承諾をえた上で原告方に赴き長左衛門から土地使用承諾書をえたのであつて、右土地使用承諾書には特に土地の転貸借を承諾する旨の文言はないが、建物建築のため本件宅地の一部分の使用承諾書を発行したのは該書面により土地の転貸を承諾する意思を表示したものと考えるのが相当である。右認定に反する証人平林長左衛門、同平林芳郎の各証言と原告本人訊問の結果は措信できないし、他に右認定を覆すに足る証拠がない。原告(2) の主張は理由がなく、これを原因とする契約解除はその効力なきものである。
次に原告の四の(3) の主張につき判断するに、被告新太郎が被告西尾に(イ)の建物を賃貸したことは当事者間に争がなく、被告西尾が原告の前主の書面による承諾を得ないで右家屋につき原告主張のような修繕をしたり下屋を附属させたことは被告西尾本人の供述により明かであるが、これらを被告新太郎が被告西尾をしてなさしめたことを認めるに足る何等の証拠がなく、専ら被告西尾の発意に基づくもので、被告新太郎の関知するところでないこと被告西尾本人の供述によつてこれを認めることができる。惟うに、前示特約において増築大修繕等に貸主の書面による承諾を要するとした趣旨は一切の修理につき土地所有者の承諾を必要とする趣旨ではない。軽微な、かつ家屋の使用収益のため一般に必要と認められる程度の修理増築は特約の制限をうけず、土地の借主又は家屋の賃借人において随時施工しうるものといわねばならない。前記工事中羽目板鴨居等の修理は、被告西尾本人の供述によると昭和二十五、六年頃から三回に亘り、いづれも被告西尾がこれをなしたものであつて、第一回は昭和二十六、七年頃嵐のため家屋前方の羽目板等が損傷したのでこの部分のみを修理したものであり、第二回目は同様に羽目板がはげおち鴨居が下つて戸の開閉ができなくなつたので、戸の開閉を自由ならしめるため羽目板及び取替修理をしたものであるし、第三回目は羽目板がはづれたので損傷個所の修理をするという具合に、その都度家屋使用のため必要な保存的工事を施行したに止まること明瞭であるし、又、証人平林芳郎の証言によつて成立を認むべき甲第十八号証の一ないし六によると、下屋は表道路及び路地側に軒を延長したまでの軽微な工事であつて、被告西尾が営む八百屋営業のため野菜類の陳列、空き容器の存置等のための覆いの用をなしているものでこれまた賃借家屋の使用収益のため一般に必要と認められる程度の工事の中に含まれるものといわねばならない。
従つて、仮に、被告新太郎が被告西尾をして右の修繕や増築をなさしめたものとしても、これを理由とする原告の解除はその効力なく、以上いずれの点よりするも四の(3) の原告の主張は理由がない。
次に、原告の六の主張につき判断するに本件土地を目的とする賃借権につき登記のないこと及びこの地上の建物三棟が未登記であることは当事者間に争がなく、原告がその主張の日該建物の敷地をその父平林長左衛門から贈与をうけて所有権を取得し、その旨の登記をしたことは前認定のとおりである。建物保護法第一条第一項にいう第三者は、当該土地所有権の譲受人を指称するのではあるけれども、本件のように旧土地所有者の相続人が相続開始前に土地を譲り受けた場合は右にいわゆる第三者に当らないものと解する。けだし土地所有者の子はその第一順位の相続人であつて、将来相続により被相続人の賃貸人たる地位を承継するものであるから、偶々相続開始前に土地の所有権を譲り受けたからといつてその効力を二三にすべき理由がないからである。従つて、原告は建物保護法第一条第一項にいう第三者に該当しないから、原告の六の主張も亦理由がない。
次に、被告矢部及び同園原に対する請求につき按ずるに、同被告等が原告主張の建物に居住してその敷地を占有していることは当事者間に争ないところ、被告磯次郎が目録第二の(ロ)の建物を第一の(ロ)の土地の上に存置せしめるにつき原告に対抗し得べき正権原を有すること前認定のとおりであるから、磯次郎からその所有建物を賃借している矢部園原は不法占有者というに由なく、これまた原告に対抗し得べき正権原を有するので、同被告等に対する請求は失当である。
次に、被告西尾に対する請求につき判断する。
同被告が第一の(ハ)の土地を占有するにつき原告に対抗し得べき正権原を有すること前認定のとおりであり、又被告新太郎が第一の(イ)の土地につき賃借権を有すること前記のとおりであるから、右地上の建物を賃借している被告西尾も亦原告に対抗し得べき正権原を有するものというべく、同被告に対する本訴請求も亦失当である。
よつて、民訴法第八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部行男 花淵精一 加藤一芳)