東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4443号 判決
原告 篠宮政吉
被告 当間和吉
一、主 文
被告は原告に対し、別紙目録<省略>の建物をその裏側に建増した木造ブリキ葺平家建建坪七合五勺の部分を収去して明渡し、且つ昭和二十六年一月一日からその明渡済まで一カ月金一千円の割合の金員を支払うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文同旨の、且つ担保を条件とする仮執行宣言の附いた判決を求め、請求の原因として、また被告の主張に答えて、次のとおり述べた。
原告は昭和四年十月十日被告に対し、原告の所有する別紙目録の建物を、賃貸期間三カ年、賃料は毎月末日払いで一カ月金三十二円、原告の許諾を得ないで賃借建物に増築又は造作の取付若しくはその模様替えをしないこと、万一被告が右約旨に違反するときは原告は右賃貸契約を解除できることの約旨で賃貸し、右契約は引きつづき更新され、昭和二十五年八月一日からは賃料を一カ月金一千円に改定した。
ところが、被告は原告の知らない間に、原告の承諾を得ないで右賃借建物の裏側に木造ブリキ葺平家建三坪七合五勺の突出工事をし、更に昭和二十六年一月分から同年四月分までの賃料の支払いをしなかつた。
原告は昭和二十六年五月九日発翌十日着の書面で、被告に対し、「この書面到達後向う五日内に、右増築部分を取毀し且つ延滞賃料を持参支払われたい。右期間内に被告がこれを履行しないときは本件賃貸契約を解除する」旨の催告並びに条件附契約解除の意思表示をした。ところが、被告は右期間内にこれを履行しなかつたので、本件賃貸借契約は昭和二十六年五月十五日の経過とともに解除によつて終了した。
従つて被告は直ちに前記建物を原状に回復して明渡返還すべき義務があるのに、その義務を履行しないから、原告は被告に対し右建物の明渡及び裏側増築部分の取毀を求める。
又被告は昭和二十六年一月一日からの賃料を延滞しているので、同日より同年五月十五日まで一カ月金一千円の割合による賃料を、又同月十六日から本件建物明渡義務を遅延していることにより原告が蒙つている損害の賠償として賃料相当額一カ月金一千円の割合の金員の支払を求める。
被告の抗弁事実は全部否認する。本件建物の賃料債務は持参債務であり、便宜上原告において集金したことがあるに過ぎない。又篠宮金八に賃料の取次ぎを頼んだことはあるが、被告が主張する様に、同人に対し本件建物の管理人とか差配とかの権限を与えたことはないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。
被告が原告から原告所有の別紙目録の建物を、原告主張の日、原告主張の約旨で借受けたこと、右賃貸借契約が更新され、昭和二十五年八月一日からは賃料一カ月金一千円に改定されたこと、被告が右賃借家屋につき原告主張の通り増築及び突出し工事をしたこと、原告主張の日原告より被告に対し原告主張通りの催告並びに不履行を条件とする右建物賃貸借契約解除の意思表示があつたことは認めるが、その余の原告主張事実は争う。
原告のした契約解除の意思表示は次の理由によつて何等の効力を生じないものである。
被告が本件建物の裏側にした増築については、原告の承諾があつた。即ち、被告は本件建物賃借の直後、本件建物の管理人である原告の弟篠宮金八の承諾を得て、本件建物の裏側に物置を増築した。その後右建増部分を現状のとおり改築し、その改築完成の時にたまたま原告の長男が家賃の集金に来てこの改築工事を見て帰つたが、その後原告より何の申入もなかつた。このようにして原告は右改築についても暗黙に承諾を与えたものである。
原告の主張する七合五勺の突出し工事も、その直後である昭和二十五年十二月末日原告の代理人として家賃の取立に来訪した原告の長男によつて承認されたものである。
仮に前記の増築及び突出し工事につき原告の承諾がなかつたとするも、この様な工事は原告に格別の不利益を与えるものではなく、契約解除の理由とはならない。
本件建物の賃料債務につき被告に債務不履行はない。被告が本件建物を賃借りしたとき以来、前記篠宮金八が毎月賃料を取立に来て居り、昭和十三年頃からは、金八が死亡した為、原告の長男が家賃の集金に来ていたものであり、従つて右賃料債務は取立債務であつたのである。この取立債務が原告の催告によつて持参債務に変るべきものでもないから、被告には賃料債務につき何等の不履行はない。
仮に被告のこれらの抗弁がすべて理由なしとするも、原告の本件契約解除は権利行使の正当な限界を越えたもので、その効果がない。
昭和二十五年四月頃原告から被告に対し本件家屋を買い取られたい旨の交渉があつたが、値段の点で折り合わず、決裂した。それから原告は被告に悪感情を抱くようになり、わずかの増改築の事実をとらえ、また故意に賃料の集金をしないで、本件契約解除に及んだものである。またその実質的な理由は、原告がたまたま本件家屋に接続する他の賃貸家屋を賃借人から明渡させたが、これを高価に売却するためには、本件家屋の明渡を得ることが必要であると考えたことにもある。かかるしだいで原告の契約解除は権利の濫用というのほかはない。
以上のとおり、いずれにするも原告の本件賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じなかつたものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和四年十月十日、その所有にかかる別紙目録の建物を、期間三カ年、賃料一カ月金三十二円毎月末日払い、原告の許諾を得ないでこれに増築又は造作の取付若しくは模様替えをしないこと、且つ右約旨に違反するときは賃貸借契約を解除することができるという約旨で被告に賃貸し、右賃貸借契約は引きつづき更新され、昭和二十五年八月一日からは右賃料が一カ月金一千円に改定されたことは、当事者間に争いがない。而うして被告が右建物の裏側に木造ブリキ葺平家建三坪七合五勺の建物を増築し、又店舗の軒に七合五勺の突出し工事をしたこと、又被告が昭和二十六年一月分から同年四月分までの賃料の支払をしなかつたことも被告が認めるところであり、そこで原告から被告に対し昭和二十六年五月九日発翌十日着の書面で、「この書面到達後向う五日内に右増築部分を取毀し、且つ昭和二十六年一月分から同年四月分までの賃料を持参支払われたい。右期間内に被告においてこれを履行しないときは本件賃貸借契約を解除する」旨の催告並びに条件附契約解除の意思表示があつたこともまた当事者間に争いのないところである。
そこで先ず被告の主張するように本件建物の裏側の増築、改築につき原告の承諾があつたか否かを考えて見るのに、証人五百川啓作、同島崎孝太郎、同岸謹一郎、同当間卯平、同当間つる恵、被告本人の各供述を綜合すると、前記増築部分は昭和二十一年九月頃現状の通り改築されたのであるが、その以前にも同じ箇所に簡単な蔽いをのせた物置が設けられ、被告の営業である食料品兼炭薪商のための空ビンや箱がおさめられてあつたこと、その物置は当時隣家に住んでいた原告の弟亡篠宮金八の承諾を得て、むしろそのすすめによつて昭和七年八月頃設けられたものであり、前記改築はこの物置の木戸や屋根を完全にし、そのなかに台所をも拡張したものであることが認められる。然しそれ以上に金八が原告に代つて右承諾をするについての権限を有したことについては、これに関する証人当間つる恵(被告の妻)及び被告本人の各供述は証人篠宮ハル、同篠宮茂臣及び原告本人の各供述と比べて信用するに足らず、他にこれを認むべき証拠がない。更に被告が、前記の通り昭和二十一年九月頃右物置を現状の通り改築したことについて原告の承諾があつたということも、これを認めるに足る証拠はない。次に被告が本件建物の前面にした七合五勺の突出し工事について、証人当間つる恵の供述によれば、右改造は昭和二十五年十一月頃したものであることが明らかであるが、この工事について、原告の承諾を得たことを認めるに足る証拠もない。
以上の通り本件建物の裏側部分の増築及び店先の突出し工事につき原告の承諾があつたことは認められないのであるが、被告は更に、右の如き増築は本件賃貸借契約の解除の理由とはならないと主張するので考えて見るのに、被告のした右各工事は本件賃貸借の目的たる建物の使用方法について何等の変更を加えるものではなく、むしろこれに便利な様に修理若しくは拡張したものであることは、本件口頭弁論の全趣旨に徴し明らかである。しかのみならず、証人当間つる恵及び被告本人の各供述によれば、本件賃貸借契約は、被告が本件家屋を食料品等商の店として、相当長期にわたり使用することの予想のもとに締結され、昭和四年賃借当初から現在まで二十数年間、当然家主の負担たるべき修繕等もほとんど被告の負担でされてきた事実を窺い知ることができる。かような事情を考え合せれば、被告が右建物使用の便宜のために、たまたま原告の承諾を得ないで、前記程度の改造をしたことを以て、契約解除の理由たるべき不信行為があつたものとすることは出来ないと考えるのが正当である。原告本人の供述により真正にできたものと認められる甲第三号証及び原告本人の供述によれば、原告は被告の店先の突出し増築によつて、新たに一カ月金三十六円の地代債務を負担するに至つたことが認められるが、被告がこれがために原告に対し損害賠償義務を負担するようなことがあるは格別として、これを以て直ちに賃貸借契約解除の理由とすることは出来ないとすることが衡平上妥当であると考えられる。
そこで被告の賃料債務の不履行の点について考えて見る。被告は本件建物の賃料債務であると主張し、証人当間つる恵及び被告本人の各供述中には右主張と符合する部分もあるが、後記各証拠と比べてみれば、これはたやすく信用出来ない。かえつて真正にできたものであることにつき争いのない甲第一号証、証人篠宮ハル、同篠宮茂臣及び原告本人の各供述に前記証人当間つる恵及び被告本人の各供述の一部を綜合するときは、本件賃料債務は持参債務の約旨であり、たまたま原告は弟金八が被告の隣家に住んでいた関係から便宜上同人に家賃の取次を頼んだことがあつて、金八が被告のところに取りに行つたり、被告が金八のところに届けたりしたが、昭和十二年十月金八死亡し、その後しばらくはその妻ハルがその取次をし、同人が移転してからはときどき原告の都合で家賃を取りに行つたことがあるに過ぎなかつたことが認められる。証人桐生留雄の供述によれば、かつて被告と同様に原告から本件家屋の裏の家屋を借りていた同人は、その賃料を原告方に持参支払つていたというのであり、被告についてもこれと異る事情もないので、その賃料の支払方法は、持参して支払うのが本来の約束だつたと認めるのが相当である。ところで被告は前記のとおり昭和二十五年一月分から同年四月分までの賃料を支払わず、原告から前記のように期間を定めてその催告を受けたのに拘わらずなおその期間内に右支払をしなかつたことは、弁論の全趣旨により明らかである。(真正にできたことにつき争いのない乙第二号証の一、二、三の各供託も、はるかのちにされたものである。)従つてこの理由に基きされた原告の契約解除は理由があり、本件賃貸借契約は前記催告期間の終つた昭和二十六年五月十五日限り、被告の不履行を条件とする原告の契約解除の意思表示によつて、解除により終了したとみるのほかはない。
被告は原告の右契約解除は権利行使の正当の限界を越えたものと争うが、これに関する被告の主張は、わずかに原被告双方本人の供述によつて、被告主張の頃原被告間に本件家屋売買の交渉があつたが、値段の点で折り合わず、不調に終つたことがあることを認め得るに止まり、それ以上原告の契約解除が被告主張のような不当な意図に出るものであることを認むべき証拠がないから、これに関する被告の主張もこれを採用することができない。
してみれば被告は原告に対し本件建物を原状に回復して返還し、且つ昭和二十六年一月一日から同年五月十五日まで未払の一カ月金一千円の割合の延滞賃料を支払い、更に同月十六日から右家屋明渡済までこれを占有していることにより原告に負わせている、右賃料相当額一カ月金一千円の損害金を支払うべき義務あること明らかである。
よつて、被告に対し右義務の履行を求める原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、なお仮執行宣言の申立については其の必要を認めないのでこれを附けないこととし、主文の通り判決する。
(裁判官 入山実)