東京地方裁判所 昭和26年(ワ)471号 判決
原告 千葉正己
被告 市川又彦
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、(一)被告は原告に対し東京都杉並区西高井戸二丁目拾番の四にある宅地壱百参拾四坪九合(但し登記簿上は壱百参坪)を明け渡さなければならない。(二)被告は原告に対して昭和二十五年八月一日以降右土地明渡済に至るまで一ケ月金参百九拾九円六拾四銭の割合による金員を支払わなければならない。(三)訴訟費用は被告の負担とする、との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次の通り述べた。
(一) 請求の趣旨(一)記載本件係争土地(実測百三十四坪九合、登記簿上百三坪)は原告が昭和二十五年七月二十七日訴外沈錫瑞から買受けて所有権を取得し同日その旨の登記を経由した土地である。ところが被告はこの土地につき原告に対抗できる借地権を有しないにかかわらずこれありと主張し原告の明渡請求に応じないから、所有権にもとずきこれが明渡と、原告の所有権取得の日以後である昭和二十五年八月一日から明渡済みまで賃料相当額である前記金員の損害賠償を求めるため本訴に及んだのである。
(二) 本件土地は、登記簿上元東京府豊多摩郡高井戸村大字中高井戸字北十番地所在畑二段三歩の一部であつたが、この畑二段三歩は分筆と行政区劃及び地目変更によつてその後東京市杉並区西高井戸二丁目十番一宅地五百十九坪四合となり、ついでこの宅地五百十九坪四合は昭和二十二年九月二十二日同所十番の一宅地三百二十三坪四合と同所十番の四宅地百三坪(本件係争地)と同所十番の五宅地九十三坪との三筆に分筆せられ更に右三百二十三坪四合は昭和二十四年四月十四日同所十番の一宅地百六十八坪九合と同所十番の六宅地百五十四坪五合とに分筆せられ今日に及んでいる。
(三) 被告は(イ)大正十三年春頃前記中高井戸字北十番地畑二段三歩につき管理権を有してゐた訴外新川勝秀より、その内、茶の木の垣根の南側の部分百九十五坪五合九勺(分筆後の西高井戸二丁目十番の六宅地百五十四坪五合に該当する。但し坪数の相違は目測の誤りか或は分筆の際の賃借坪数の一部を合意の上で減少したものかは判然しない。以下この土地を第一の借地と略称する。)を建物所有の目的で賃借し、次で(ロ)昭和八年九月この第一の借地の北側隣接地八十六坪六合八勺の土地(前記分筆後の西高井戸二丁目十番の四の内西側道路に面した部分に当る。以下第二の借地と略称する。)を右勝秀より耕作の目的で期間の定なくかつ勝秀において建物築造または土地譲渡の際には明渡すとの約束で賃借し、更に(ハ)昭和二十一年二月一日右第二の借地の東側に隣接する袋地四十八坪(前記分筆後の西高井戸二丁目十番の四の内の残余の部分に当る。以下第三の借地と略称する。)を同じく勝秀より耕作の目的で期間三年と定めて賃借した。そして被告は大正十三年春第一の借地を賃借以後昭和二年四月一日までの間に同借地上に建坪三十六坪八合七勺の平家建の建物一棟を新築しその後建増して昭和九年四月二十日には建坪四十五坪三合三勺となつた。そして被告はこの建物について昭和十年七月十七日被告名義に保存登記をしたがこの新築及び建増しの建物は凡て第一の借地内にあつて被告は第一の借地をその建物の敷地として利用し、第二、第三の借地即ち本件係争土地はいずれも賃借以来これを家庭菜園にのみ使用し現在に及んでいる。
(四) 被告は以上第一ないし第三の借地の全部につき建物保護法第一条により対抗力ある借地権を有すると主張するのであるが、この主張は失当である。けだし(イ)被告が所有する前記登記済家屋の存在する位置は第一の借地上であつて、第二、第三の借地である本件係争地上には存在しない。(ロ)被告が右家屋の敷地として現に使用してゐる土地は第一の借地のみであり、またその家屋の坪数からみてもその敷地としては第一借地のみで十分である。(ハ)第一、第二、第三の借地に関する賃貸借契約はその成立の日の間に数年ないし二十数年の間隔があることからみてもそれは各独立した契約で一個の契約とみるべきでない。殊に第一の借地と第二、第三の借地との境界には明治四十年以前に地主が設けた茶の木の垣根があり両土地の境界線をなしてゐたのである。従つて前記登記済家屋の存在により建物保護法の保護をうける借地関係はその家屋の存在の基本をなす第一の借地関係に限るべく、これと別個独立の契約に基く第二、第三の借地関係に及ぶ筋合のものではない。(ニ)被告が第二、第三の借地を賃借したのは前記の通り耕作の目的であつて建物所有の目的でないからかかる借地について建物保護法の適用はない。と。被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。
原告請求原因事実中、原告が本件係争地の所有権を取得した事実、事実摘示(二)の土地分筆の事実、同(三)の事実の内被告が第一、第二、第三の各借地を賃借した事実、被告の家屋新築建増し及び保存登記の事実はいずれも認めるが、その他の事実はこれを争う。被告が本件係争地すなわち第二、第三の借地を賃借した目的は、第一の借地の場合と同様建物所有の目的であつて原告主張のように耕作の目的ではなくまた原告主張のような賃借期間及び明渡の特約があつた事実はない。第三の借地の賃貸借証書(甲第十一号証)に期間三年とあるのは地代改訂期間の趣旨である。被告は早稲田大学英文学教授で研究著作等の為に住宅の周囲の静けさを欲することは自然であつて、第一の借地上に新築した家屋はその北側第二、第三の借地との境界に近接して建築した関係上第一の借地を賃借後間もない頃から第二、第三の借地の部分を借増して家屋敷地の一部としたい希望を有して居りその後これを実現するに至つたのである。従つてその賃料も第一の借地と同一の単価(第二の借地の賃借当時は坪当り一ケ月八銭、第三の借地の賃借当時は坪当り一ケ月三十銭)で借受けた。そして被告はこれら第二、第三の借地を現実に前記家屋の敷地として使用して来たのであり栗柿の木を植えたり家庭菜園を造つたりしてゐる。なお第二の借地を賃借の際は将来必要に応じ被告の子供等の住宅を建築する意図もあつたのであるが戦争による経済事情の変動と二名の子供等は現在地方に勤務している関係上右の如く家庭菜園に利用している状態である。以上要するに本件係争地(第二、第三の借地)は、第一の借地と共に一体として前記被告所有家屋の敷地として賃借使用してゐるのであるから建物保護法第一条の保護をうけ、被告の借地権をもつて土地の譲受人である原告に対抗し得る筋合であるから原告の請求は失当である。と。
<立証省略>
三、理 由
(一) 本件係争土地は現在原告の所有地であつて、原告は昭和二十五年七月二十七日前所有者沈錫瑞からこれを買受け同日所有権取得登記を了したこと、被告が大正十三年春頃訴外新川七五郎の所有であつた本件第一の借地百九十五坪五合九勺を土地管理人新川勝秀より建物所有の目的で賃借し、ついで昭和八年九月頃訴外新川広繁の所有であつた本件第二の借地八十六坪六合八勺を前同管理人から賃借し、更に昭和二十一年二月一日同じく広繁の所有であつた本件第三の借地四十八坪余を前同管理人から賃借したこと、右第二、第三の借地合計百三十四坪九合(登記簿上百三坪)がすなわち原告が所有権を取得した本件係争地であること、被告は大正十三年春以後昭和二年四月一日までの間に本件第一の借地上に建坪三十六坪八合七勺の平屋建建物一棟を新築しその後建増して昭和九年四月二十日には建坪四十五坪三合三勺となしこの建物について昭和十年七月十七日被告名義をもつて保存登記をなしたこと、本件第一ないし第三の借地に関する登記簿上の分筆の経過が原告主張の通りであること、以上の事実についてはいずれも当事者間に争がない。(但し第二、第三の借地の賃借の目的が建物所有の目的であるかどうかの点、賃貸借の存続期間、明渡の特約の有無については争がある。)
(二) 被告は、本件第二、第三の借地の賃貸借は第一の賃貸借と同様建物所有を目的とするものであると主張するので、先づこの点を判断する。
証人新川勝秀及び市川米子の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証と成立に争のない甲第十一号証によると、本件第二、第三の借地に関する賃貸借契約書には、賃貸借の目的が建物所有の目的であるか耕作の目的であるかについて何等明文の記載のないことが看取できるけれども、証人新川の証言(第一回)及び被告本人の供述によると、第二、第三の借地についてその地代の坪当り単価はいずれも第一の借地のそれと同額であつたことが認められるし、また当裁判所の検証の結果と被告本人の供述によると、本件係争地附近一帯はいわゆる近郊住宅地であること、本件第二、第三の借地(本件係争地)は本件第一の借地の北側に隣接する略々矩形の土地で被告はこの土地を賃借以来いわゆる家庭菜園に使用して居り、その地上に建物は存しないこと。第一の借地もまた略々矩形の土地で前記被告所有家屋は同土地の北側よりの部分に南面して建てられ家屋の南側は庭園になり北側は物置がある外勝手口への通路になつていること、第一の借地と第二、第三の借地との境界線の西端道路際から東方へ境界線上を約九間の間に(境界線の西端から東端までは約十六間)高さ四尺幅三尺位の茶の木の垣根がありこの垣根は第一の借地を賃借した当時より存したこと、第一の借地及び第二の借地の西側道路との境界線上には南端から北端まで約二十間の間に高さ約六尺の柴の木の生垣が存すること等をそれぞれ看取できるのであつて、以上認定のこのような本件第一ないし第三の借地についての契約書の記載、地代の額、各借地の位置、坪数及び使用状況等から判断すると、本件第二、第三の借地はいずれも被告が第一の借地と共に一括して被告の住居である前記家屋の敷地として使用する目的で賃借し且事実上その目的に使用して来たものであると認めるのが相当である。右茶の木の垣根のあることは毫も右認定の妨げとなるものではない。原告は本件第二、第三の借地は耕作の目的で賃貸されたというが被告は早稲田大学の教授であつて農耕を業とするものでないから(この点は被告本人の供述により明かである)前記のように本件第二、第三の借地を家庭菜園に使用していることは家屋敷地の一つの利用方法とみるべくそのため第二、第三の借地の使用目的が第一の借地のそれと全然別個独立のものであると認めることはできない。また原告は、第二の借地は地主において建物を建築しまたは他に売却するときは解除できる特約であると主張し証人新川勝秀も同趣旨の証言をするけれども、前記契約書(乙第二号証)の記載と被告本人の供述と対照すると右証言は事実に合するものとは認め難く、他にこれを認めうる証拠はなく、更にまた、原告は本件第三の借地は賃貸期間三年の約束であつたというけれどもその契約書(甲第十一号証)中の「本日より満三年賃借すること」との記載は賃料改訂期間の趣旨であり賃貸期間の定めはなかつたことが証人新川勝秀の証言(第一回)により明かである。以上要するに本件第二、第三の借地すなわち本件係争地は、被告がこれに隣接する本件第一の借地と共に同借地上にある被告所有家屋の敷地として使用する趣旨で土地管理人である新川勝秀から借増したものであつて、その賃貸借もまた被告の主張するように、第一の借地の場合と同様建物の所有を目的とするものと認めるのが相当である。
(三) そして建物保護法第一条第一項によれば建物の所有を目的とする土地の賃借権者がその土地の上に登記した建物を有するときは、その土地の賃貸借は登記なきもこれを以て第三者に対抗できるとされているのであるが、本件において、被告は前記所有家屋について昭和十年七月十七日自己名義に保存登記をすませているのであり、成立に争のない甲第八及び第十二号証によると右家屋の保存登記においては家屋の所在地番として「東京都杉並区西高井戸二丁目十番の一」と表示せられているがこの「十番の一」の土地は当時の土地登記簿上は本件第一ないし第三の借地を含む五百十九坪余の土地に該当するものであつたことは明であるのみならず実質上の契約関係からみても前記の通り右第一ないし第三の借地は一体として同家屋の敷地と認められるのであるからこれらの土地に対する被告の賃借権は全体として右保存登記の日以降(但し第三の借地の賃借権はその取得の日である昭和二十一年二月一日以降)右法条による対抗力を与えられたものというべきである。この点に関し原告は建物保護法による対抗力は被告所有家屋が現実に存する第一の借地のみに限られ、これと別個独立の契約と認むべき第二、第三の借地には及ばないと主張し、第二、第三の借地計百三十四坪九合上には建物の存しないことは被告のいう通りであるけれどもこの第二、第三の借地が第一の借地と一体となつて登記のある被告所有家屋敷地として賃借使用せられているものと認められる以上建物保護法による対抗力はその敷地全部について与えられるものというべくそれが為には必ずしもその敷地の賃借権が一個の賃貸借契約により成立したものであることは必要でなく日時を異にし別個の契約にもとずくものであつても妨げないと解するのが相当である。
(四) 成立に争のない甲第一及び第八号証によると本件第二、第三の借地すなわち本件係争地は被告の賃借当時の所有者新川広繁から田村吉忠、沈錫瑞を経て原告が昭和二十五年七月二十七日所有権を取得しその登記をすませたことが明かであるから、原告は同日以降この土地について賃貸人の地位を承継したものと認むべく、従つて被告はその賃借人として本件係争地を占有するにつき原告に対抗しうる権原を有するものであるから、所有権に基き被告に対しこれが明渡を求める本訴請求は理由がないものとして棄却すべきである。
(五) よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 岸上康夫)