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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5333号 判決

原告 松本操

被告 日本通運株式会社 外一名

一、主  文

被告等は各自原告に対し金四十六万六百十四円の支払をせよ。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その一を被告等の連帯負担とする。

本判決は、原告が金十万円の担保を供するときは、確定前に執行できる。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し金百万円の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、昭和二十五年十二月八日午前九時二十五分頃、原告は営業用石油空罐九個を荷台に積んだ自転車を操縦して、東京都港区芝田村町三丁目二番地先道路上(御成門から日比谷方面に向う道路を田村町一丁目交叉点の一つ手前の交叉点で愛宕町方面に向い横断したばかりの箇所)の地点左側を通行中被告片桐友三郎が運転する被告日本通運株式会社東京支社(品川営業所)所属の紙類約五屯を積載した大型トラツクに後方から追突された。

二、そのため原告は自転車に乗つたまゝ横倒しに倒され、自転車諸共に、先ず自動車左側前部単車輪で、次に左側後部複車輪で、股間部を轢かれ、その結果左大腿筋肉挫滅創、右鼠蹊会陰部挫創を負つた。そして直ちに東京病院に入院して手術を受け、引続き治療、翌年四月二十二日全治前被告会社の要請により退院したが、結局左膝関節及び右股関節の自動運動不能となり、現在松葉杖を使用して辛じて歩行しうる程度であり、未だに本復していない。原告はこの負傷及び入院に関連して、多大の精神的、物質的損害を蒙つたし又自転車の破損による物質的損害を受けた。

三、本件追突及び原告の負傷は、被告片桐の次のような過失によつて起つたものであつて同被告について不法行為が成立する。

第一に、警音器吹鳴義務の違反がある。本件事故の発生の直前原告自転車を追越した別のトラツクがあつたが、これは追越にあたつて警音器を吹鳴したので、そのすぐあとに続いた被告トラツクは、これを便乗してか、自ら警音器を鳴らさなかつたのである。

第二に、道路通行区分の違反がある。原告自転車は、緩行車輛として、道路の左側端から二三尺離れたところを進行していたのであるから、道路中央部を走行する自動車からは本来追突せられる筈がない。現に前のトラツクは原告自転車の右側二間ほども離れて追越していつたのである。その直後、本件追突が起つたのであつて、これは、被告トラツクが本来走行すべき道路中央部よりも著しく左側に寄つたことを示している。恐らく前のトラツクを追越そうとしたものであろう。

第三に、前方注視義務の違反がある。原告自転車は新橋駅南口烏森通りから直進して愛宕町方面に向い、日比谷三田間都電線路を横断して事故の地点に進んでいつたのであるが、横断時に被告トラツクは原告自転車の左手から都電線路に沿つて日比谷方向に進行して来ていたのであるから、当然原告自転車を認めていなければならない。そしてその自転車が進入していつたばかりの道路に被告のトラツクも左折するのであり、前のトラツク以外に先行車輛はなかつたのであるから、被告片桐は前方を注視し、且つ追従に必要な距離を保つ義務があつた。しかるにそれを怠つたのである。

第四に、急制動の処置を取らなかつた点に義務違反がある。前方に原告自転車を認めると同時に急制動をかけていれば、或は事故を未然に防ぎ得たかも知れぬし、たとえ追突したとしても、前輪で轢いたのみで停車し得たならば、負傷の程度は著しく軽減し得たと考えられるが、被告片桐はその処置を取らなかつたのである。

四、被告片桐はその不法行為によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。又同被告は被告日本通運株式会社の被用者として、会社の事業を執行中、右事故を生ぜしめたのであるから、被告会社は、被告片桐の不法行為によつて原告に蒙らしめた損害を賠償する義務がある。

五、原告の損害額は次のとおりである。すなわち、

(1)  入院治療費は被告会社が負担したけれども、その他に、必要経費として、

暖房用木炭代      金一万三千二百六十円

手当用油紙代      金九百八十円

鶏肉、卵、果物、罐詰代 金二万七千三百七十四円

を要し、又原告の病状が附添人を要するので、次男が昭和二十六年二月一日以降四月二十二日まで八十一日間附添つたけれども、同人は日給金百二十円の見習工であつたので、その間の給料相当額金九千七百二十円は同人附添のため原告が喪失した得べかりし利益である。よつて以上合計金五万一千三百三十四円は入院中原告に生じた損害である。

(2)  退院後も約一年間毎日マツサージ治療を要するが、一回金百円として、マツサージ代金、金三万六千五百円。

(3)  原告は十五年位前から古罐再製の技術を以て一家の生計を支えて来たものであるが、昭和二十五年九月から独立営業を開始したばかりであつた。原告は当時四十三歳で、向後尚十七年の活動は当然予期し得たものであり、古罐再製業による月収は平均金三万円を下らないものであるところ、昭和二十五年十二月八日から二十四ケ月間(昭和二十七年十二月七日迄)は、全く無収入であるから、計金七十二万円。次六ケ月間(昭和二十八年六月七日迄)は、多少労働し得て、毎月金二千円宛は収入があるので、喪失した得べかりし利益は差引毎月金二万八千円であるから、計金十六万二千円。次十九ケ月間(昭和三十年一月七日迄)は同様月収金二千円として、法定利率月四厘一毛の割合による中間利息を控除し、昭和二十八年六月八日現在において計金五十一万百八十八円。次百五十五ケ月間(昭和四十二年十二月七日迄)は、月収金八千円として右同様の計算により計金二百五万三千八百四十三円。以上合計金三百四十四万六千三十一円は本件事故による入院及び身体障害により、原告自身が労働できないために喪失した得べかりし利益である。

(4)  原告は身体障害により不具者となつたので、その精神的苦痛を慰藉するため、金二十万円。

(5)  破損のため自転車は使用に堪えなくなつたので、その損害金一万三千円。

以上総計金三百七十四万三千八百六十五円は原告が本件事故によつて蒙つた損害である。

六、よつて原告は被告等に対し右同額の賠償請求権を有するものであるが、その中金百万円の支払を請求する次第である。

と述べ、被告の主張事実を否認して、

一、原告自転車が道路中央部に走行したことはない。被告トラツクは前のトラツクを追越そうとして左に寄つたため、自転車の後輪に右横後方から、トラツクの前部左端をぶつけたので、自転車はその衝撃で右に急廻転し、トラツクの前方に横に立ちふさがる様な状態となつて轢き倒されたのである。

二、空罐は底面七寸八分の正方形、高さ一尺八寸八分であり、これを三個宛横に組んで三段(上二段は下一段と直角をなす)に積んだ上緊縛したものであるから、総体としてそれほど嵩張つたものでも、又重量大なるものでもない。

三、事故直前原告が後を振向いたことは事実であるが、それは前のトラツクが追越した直後、警音器でなく、エンジンをふかす音が後から迫つたので、怪しんで振返つたのであつて、その瞬間に追突されたものである。もとより後を振向いたからとてハンドルが右に振れたようなことはない。

四、被告片桐が行政上の処分を受けなかつたことは認めるけれども警察の調べは被告片桐に対してのみで原告には及ばなかつたのであるから、その結論は片手落である。

と述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、事実上の答弁として、

一、請求原因第一項中、被告トラツクは四屯積で、当時は印刷用板締め用紙十五個重量一個約二百七十瓩を積載していたものである。右の点を除いてその他の事実は認める。第二項中、原告が事故のため左大腿筋肉挫滅創、右鼠蹊会陰部挫創を負い、直ちに入院し、四月二十二日退院したことは認めるが、その他の事実は争う、第三項ないし第五項はいずれも争う。但し第四項中被告片桐が被告会社の被用者として、業務執行中であつたことは認める。

二、事故の真相は次のとおりである。当時トラツクには運転手たる被告片桐の他に助手として大木敏夫他一名が同乗していた。被告片桐は本件道路に左折しようとして相当手前から速度を落し警音器を鳴しながら曲つたところ、前方に進行中の原告の自転車を発見し、更に警音器を以て合図したせつ那、自転車は道路中央に寄り来り、被告片桐は急制動をかけたが間に合わず、トラツクの前面左側フエンターに自転車が接触して、原告は自転車と共に倒れたところをトラツクの左側後部複車輪で同人の左足大腿部を轢き負傷せしめるに至つたのである。かような次第であるから被告片桐には何等過失はなく従つて行政上何の処分にも附せられていない。かえつて、

(1)  接触地点は道路左側端から四米の地点であるが、これは自転車の走行すべきところではない。原告の方にこそ通行区分違反がある。

(2)  原告は空罐九個を自転車の荷台に積んだのであるが、これは自転車に積むべき荷物としては大き過ぎたので、これが事故の起る一原因となつたのである。

(3)  原告は被告トラツクからの警音器による合図に対し、乗つたまゝ後を振向き、そのため自転車のハンドルが右に曲つて自転車が道路中央に進むことになつたのであつて、その結果荷台に積んだ空罐がトラツクのフエンターに接触することになつたのであるから、禍因は原告に在る。

(4)  事故前に道路を横断した時原告は被告トラツクを認識しなかつたのであるが、現場のように信号器のない交叉点においては横断に際し左右を注視すべきであり、しかも被告トラツクは大型で黄色であるから認識し易いので、原告は余程不注意であつた。

等の諸点から、本件事故は原告の過失によつて起つたものなることが明らかである。

三、かりに被告片桐の過失が認められるとしても、被告会社は同人の選任及び事業の監督について相当の注意をしていたものであるから、被告会社には損害賠償の責任はない。

四、損害については、原告は得べかりし収益額算定の基礎たる事故当時の原告収入を月平均金三万円に達していたと主張しているが、原告一家の生活程度及び原告の妻や長男も働いていたこと等を考え合せるとこれは到底信用できない。かりにそうであつたとしても、所謂特需景気だつた当時の収入を以て今後の空罐再製業の収入基準とすることはできない。そして原告主張によると右月収の主張額から原告自身の生活費用が差引かれていないから、真に得べかりし利益額としては金三万円よりも少額に計算すべきである。又原告は今後殆んど働けないものと仮定して計算しているが左、足が跛になつただけであるから、仕事の選び方や補助者の使用によつて充分生計を営むことができる筈である。尚、被告会社は既に原告入院中の医療費及び入院中一ケ月半にわたる原告の妻の附添に対する日当等合計金十六万九千百六十五円を負担支給した事実があり、又原告の希望による退院に際しては松葉杖を贈つて喜ばれた事もある。これら被告会社の原告優遇の事実、及び前記のように本件事故につき少くとも原告にも過失のあつた事実は、損害賠償額の算定につき斟酌せられるべきことである。

と述べた。<立証省略>

三、理  由

昭和二十五年十二月八日午前九時二十五分頃東京都港区芝田村町三丁目二番地先道路上で、原告の自転車に被告のトラツクが衝突し、原告は自転車諸共轢かれた結果、左太腿筋肉挫滅創、右鼠蹊会陰部挫創を負つたことは当事者間に争いがない。然しながら両車接触に至る経過や接触地点の位置等については争いが存するから、これを検討する。

先ず衝突直前に原告の自転車は道路のどの辺を通行していたかについてであるが、事故直前からこの自転車を見ていた唯一のひとである見世証人の、原告は歩道からいくらもないところを通行していたとの証言、事故直後パトロール・カーで駆けつけた大楽証人の、原告は歩道に近く倒れていたように思うとの証言等と原告本人の供述(第一回、第二回訊問)とを考え合せると、原告は通常自転車の通行すべき歩道寄りの部分を通行していたものと認められ、検証の結果によると、原告が事故直前に先行のトラツクに追越された際の自転車の位置は、歩道から一米六十糎であるから、大体その位の距離で進行していたものと考えられる。

次に両車接触の際における自転車の位置であるが、右認定事実を基礎とすれば、歩道からの距離は右進行時のそれと大して変らない筈であり、見世証人の証言及び検証の結果によると、その地点は歩道から一米七十五糎の個所であると認められるし、大楽証人の前掲証言もこれを裏附けるものである。成立に争いない乙第九号証の裏面の附図によると、衝突は歩道から四米の地点で起つたように記載されているけれども、同証作成者である河地文男、篠崎慶太郎両証人の証言及び原告本人の供述(第二回訊問)によると、河地が右記載をなすにあたつて原告から聴取したところは極めて簡単な事項に止まり、主として、被告片桐から聴取したところと、同人より前に現場に来ていた井上巡査から伝聞したところにもとずいて同証を作成し、篠崎が署名したものであることが認められるのであつて、右記載はこの点についてそれほど措信すべきものでなく、従つて右心証を動かすに足りない。被告主張によると、原告は追突直前うしろを振向き、そのため自転車が右に寄つて来たというのであり、原告がうしろを振向いたことは当事者間に争いがないが、自転車の右に寄つたことを肯定する被告片桐の供述は、むしろ、接触後の自転車の動きを述べたものと見られ(「フエンターが当つて原告が飛込んできたような気がしました」との供述参照)その他右主張を認めるに足る証拠はない。原告は、その供述によると、小学校三年生位から自転車に乗り慣れ今迄事故を起したことがなく、古罐商としても昭和十三、四年頃から空罐の荷を平生二十個以上積んでいたというので、あつて空罐九個(総量としても著るしい重量に達しないことは経験則上明らかである。)を積み、うしろを振向いた位で、ハンドルを切り損じて左右に振れるような乗り手ではなかつたと考えられるから、かりに多少右に寄ることがあつたとしても前段認定のように歩道の近くを通行していた以上、歩道から四米の所にまで右に寄つていたとは思えない。

右の位置において、自転車荷台に積まれた空罐にトラツクの車体の一部が接触したのである。トラツクの車体のどの部分かについては、見世証人、片桐被告等はフエンター(バンパー)がぶつかつたと供述しているが、検証の結果によると、フエンターは車輪より外側に突出しているわけではなく、殊にその高さは地上二十九糎であるから、到底自転車荷台の上に積まれた空罐と接触するとは思えない。車輛の上を被覆してその外側に出ている泥除けの部分が、その高さの点からいつて、空罐と接触したものと認められ、大木証人の証言、原告の供述(第一回訊問)もこれを支持している。

そしてこの接触による衝撃の反動作用で原告自転車はハンドルが右に切れて進行し、トラツクの進路に出て、次の瞬間には轢き倒されることになつたのであろう。このことは、被告片桐の前記供述や、原告の負傷が轢かれて生じたことは当事者間に争いなく、後記のように自転車の車体もその上をトラツクの車輪で轢かれたと認められる事実等に徴して推認することができる。従つて原告は先ずトラツクの前輪で轢かれたわけであり、そしてトラツクが少し行き過ぎてから停車したことは見世証人、大木証人等の各証言で明らかであるので、後部複輪にも轢かれたものと認められ、見世証人の証言もこれを裏附けている。然しながら原告のその際の姿勢がどうであつたかについては相反する趣旨の各証言が存するので、確たる心証を得ることができない。自転車が街路樹に引かかつていたとの大楽証人の証言については、自転車の検証の結果認められる破損は、単にはねとばされたのでなく、横倒しになつた上を重量ある物体が通過して生じたものと考えられ、すなわち自転車の車体自体がトラツクに轢かれたと認められるから、この証言は信用しない。

事故の経過に関する判断は右の通りである。そこで、原告主張の被告片桐の過失の有無について検討する。

警音器吹鳴義務違反について、原告主張の先行トラツクが通過したことは大木証人や片桐被告等の供述によるも明らかであるが、右各供述によると、それは被告トラツクよりも百五十米位前方を走つていたというのであるから、原告供述とは著るしくくいちがいがあり、そのいずれが正しいかについては他に証言の徴すべきものがなく、况や被告がその先行トラツクの警音器吹鳴に便乗したのかどうかについては確たる心証を得難い。然しながら原告は警音器のでない何かガアーという大きな音を聞いてふりむいた途端に追突されたと供述(第二回訊問)しており、これを見世証人の証言と考え合せると、トラツクのエンジンをふかす音であつたと考えられ、追突を経験ないし目撃したものが共に右の音のみを特に印象的に記憶している事実は、逆にいえば、警音器の音を聞かなかつたことを推測させるものであるし、大木証人(当時の助手)は吹鳴したと証言しているけれども、被告片桐の供述と考え合せると、それは左折するにあたつて警音器を吹鳴したことをいつたものと思われる。右被告片桐の供述と検証の結果とを考え合せると、同人が警音器を吹鳴したのは左折のカーヴにかかるあたりの電柱附近においてであると認められ、以上の事実と、大木証人、被告片桐の各供述によつて認められる突然自転車を発見し、直後に追突した事実とを総合すれば、被告トラツクは左折に際しての吹鳴はしたけれども、原告自転車に対する合図としての吹鳴はなさなかつたと見なければならない。現場は交叉点に甚だ近い所ではあるけれども、少くとも追越そうとした自転車との関係からいえば、追越の場合における警音器吹鳴義務の違反があつたといわなければならない。(尤も自動車と自転車とは本来道路の通行区分を異にするので、両車が本来の位置にあれば、自転車は厳密にいえば自動車の前方にはいないから、追越のための警音器吹鳴は不要であるかも知れないが、本件の場合は次段認定のように、先ず通行区分違反があつたのである。)

通行区分違反について、原告は被告トラツクが先行トラツクを追越そうとして左に寄つたと主張するが、追越は止むを得ない場合の外後車は前車の右側に出てするものであり、殊に前記のように、両トラツクの相互関係を明確化し得ない以上、俄かに右主張を認めることはできない。然し自転車とトラツクとの接触地点を前記のように歩道から一米七十五糎の個所と認定する以上、原因の如何は暫く措き、少くともトラツクは、その左側の車輪が歩道から一米七十五糎の距離となる位置を取つたことがあるわけである。又両車接触の直前、被告トラツクが急制動と同時に右ハンドルを切つたことが大木証人の証言と被告片桐の供述で認められるが、この場合トラツクは右に少し進んで停車するわけであり、事故直後かけつけた時はトラツクは斜にとまつていたとの大楽証人の証言はこれを裏附ける。そしてこのことは斜行前にトラツクが歩道に近く位置したことの一証左となし得ぬこともないと思われる。なんとなれば、もし被告主張のように歩道から四米の地点で接触したとすれば、検証の結果認められるようにこの車道の幅員は九米八十糎なのであるから、ハンドルを右に切つたトラツクは車道の反対側半分に遙か進入してしまうことになり、到底斜にしたまゝ長く停車させておくわけにはゆかぬと考えられるからである。右車道の幅員からすれば、前記のトラツクの位置は車道中央部よりも左に寄つた本来自動車の走行すべからざるところだつたといわざるを得ない。従つて被告トラツクには通行区分違反があつたものである。

前方注視義務違反について、大木証人の証言、被告片桐の供述によると、トラツクは曲り角を廻り終るまで、原告自転車に全く気附いていなかつたことが明らかである。トラツクと自転車との間に先行のトラツクが介在したかどうかは前記のようにはつきりしないのであるが、乙第九号証の記載や見世証人の証言によれば当時の天候は晴であり、又同証の記載や検証の結果によれば現場は交通比較的に閑散である。(交通頻繁との大楽証人の証言は採用しない。)から、左折する前交叉点に向つて進行中のトラツク運転手として、自己の視界を右から左に横断して、自己のこれから左折しようとする道路に進入していつた自転車には気附くべきものであつたと考えられる。尤もこれは両車間の距離に遡つては左折前のトラツクの速度にもよることであろうが、接触地点が交叉点から至近の距離にあることは検証の結果明白であつて、従つて自転車が交叉点を横断したのはトラツクの左折する僅かばかり前であることは当然推測しうる。故にトラツクが相当の速度で進行し来つたものとしても、正面を横切る自転車を認めることは注意次第で可能だつた筈である。すなわち被告トラツク運転手には前方注視義務違反があつたものと判断される。

最後に急制動の処置をとらなかつたことについて、この事実を認めるに足る証拠はない。かえつて大木証人の証言や被告片桐の供述によつて、この処置をとつたものと認められる。故にこの点に過失はない。

以上を綜合すると、被告片桐は前方注視を怠つたため原告自転車を発見することが遅く、従つて本件道路に入つてこれを発見後警音器を吹鳴して原告を警戒せしめるに至らず、殊に走行区分に違反して道路左側に寄り過ぎたことが決定的原因となつて、結局本件追突を惹起したものである。すなわち本件事故は被告片桐の過失によるものであるから、同被告について不法行為が成立する。

而して同被告が、事故当時、被告会社の被用者として、その事業を執行していたことは当事者間に争いがない。被告会社は選任監督について相当の注意をなしたと主張するけれども、運転手に対して事故防止の訓練をしたり、規則の改正の時には周知せしめたりする等のことについての水谷証人(被告会社における被告片桐の上司)の証言のみでは、未だ法の要求する「相当の注意」をなしたとは言い得ないし、その他これを認めるに足る証拠はない。従つて被告会社は被告片桐の不法行為について責任がある。故に両被告はいずれも原告に対して損害賠償をなす義務がある。

損害額の認定に先立つて、被告の過失相殺の主張について検討する。

第一に、接触地点を歩道から四米の地点として、原告に通行区分違反ありとの主張は、前述したところから採用し得ないこと明らかである。乙第九号証の記載はこの認定を左右するに足らない。第二に、空罐九個が荷物として大き過ぎたとの主張であるが、検証の結果、九個を積載してもそれほど大き過ぎるとは認められない。荷台の両側にはみでる部分があるので、これが引掛かつて事故になつたことは前認定の通りであるが、その故に九個を積んだことを過失というわけにはゆかない。第三に、被告トラツクの方をふりむいたため、自転車が右に寄つたとの主張であるが、これを採用し得ないことは既に記したとおりである。最後に、横断時に被告トラツクの迫り来るのを認識しなかつたとの主張であるが横断中に本件事故が起つたわけではなく、横断後本件道路においては自転車の方がトラツクに対して前車の関係に在つたのであるからこの点から、本件事故に対する原告の過失を言為するのは穏当でないと思われる。

そこで損害額を検討する。

事故当日から翌年四月二十二日まで原告が東京病院に入院したこと、その間の治療費は被告会社が負担したことについては当事者間に争いがない。然し証人松本まことの証言によると病院には煖房設備なく入院者各自に部屋を煖めねばならなかつたこと、手当用の油紙等も原告の化膿が甚だしいため別途購入せねばならなかつたこと、食事は病院から出たが栄養を補給する必要があるといわれて肉や卵を買つたこと等が認められるから、これは入院中原告方で支出した必要経費に属するものであつて、その総額は原告本人の供述(第三回訊問)を参照して、木炭代金一万三千二百六十円、油紙代金九百八十円、栄養物代金二万七千三百七十四円と認められる。又附添人を必要とする症状であつたので、原告家族が交替して附添つたこと、その中原告の妻まことの附添つた一ケ月半は被告会社から日当を支給したけれども、その後附添人に対する日当は出されなかつたこと、原告次男が一月二十五日頃から四月二十二日迄、その間二、三日長男と交替しただけで、附添つていたこと、当時次男は会社勤めであつて、日給金百二十円であつたこと等を前記両人の供述から認めることができる。昭和二十六年一月二十二日から四月二十二日までの日数は九十一日であるが、その間の日曜祭日十四日及び右長男と交替した二日を差引き七十五日が、次男が附添期間中、日給を取得すべかりし日数であり、その額は金九千円である。而して右次男の収入は原告家計中に計算すべきものであること明かであるから、前記必要経費と合せて、金五万六百十四円が、原告が入院のため蒙つた積極消極の物質的損害である。

次にマツサージ治療については、水谷証人の証言により成立を認める乙第三号証の七ないし九、十二、十三、及び成立に争いない乙第六、七号証により、昭和二十六年五月十日迄の分は会社の負担となつたことが認められ、原告本人の供述(第三回訊問)によれば、その後専門のマツサージ師を頼んだことはないと認められるので、これに関しては原告の損害を認めることを得ない。

丹羽証人の証言及び鑑定の結果によると、原告はできる限りの治療を受けたのであるが、結局負傷前のような身体に本復せず、左脚に知覚障害を生じ、その足関節に機能障害を残し、現在背筋力に劣り、歩態に正常を欠き、杖を用いぬと跛行著がるしく、歩行に際して疼痛と疲労を生じ易い。従つていわゆる身体を使う労働はできず、又自転車に乗ることもできない状態になつたと認められる。故に負傷前のように自ら自転車に乗つて古罐を集めて歩くことはできなくなつたことは明らかである。そこでこのことによつて原告の蒙つた損害について考察する。

原告本人の供述により成立を認める甲第九号証並びに田中証人松本証人の各証言及び原告本人の供述(第三回訊問)を総合すると、原告は昭和十五、六年頃から古罐の問屋業たる田中の店に常傭の職人として入り、昭和二十五年七、八月頃迄勤めていたこと店をやめた頃は空罐再生の請負仕事で月約一万五、六千円の賃金を得ていた外、取外したハンダが職人の取分となるので、毎月金千五百円ないし千八百円の別途収入があつたこと、店をやめたのは、独立して開業すれば、店にいるより多くの月収が得られる筈だつたからであること、開業後九、十、十一の三ケ月は平均一千五百個の古罐を田中方に納入し、一個について十五円ないし二十円の純益があつたこと、古罐以外にドラム罐も扱つてこれによる収入もあつたこと。田中方以外に納入した分もあつたこと、但し右三ケ月は空罐業としては書入れ時で、四、五、六月は約半分位の数量に下ること等を認定することができ、以上を総合すれば原告の事故前の月収は少くとも金三万円はあつたこと、然し一年を通じて平均すれば月収二万円位と見るのを相当とすることが認められる。(原告供述中右認定に反する部分は採用しない。)そして入院中は勿論、退院後も昭和二十七年九月頃迄は全く労働をなし得なかつたことが原告本人の供述で認められるので、月平均金二万円として、合計金四十四万円の収入を失つた計算になるけれども、田中証人の証言によると、昭和二十七年七月当時古罐一個あたりの純益は十円程度であつたことが認められ、いわゆる金ヘン景気が終つて以後、この種物資の値下りしたことは公知の事実であるので、これを斟酌して、右金額を金三十万円と算定するのが妥当であろう。

原告は現在も全く仕事をなし得ないように供述している(第三回訊問)けれども、鑑定の結果や丹羽証人の証言に徴してこれは信用できない。松本証人の供述によれば原告はもとは水晶細工職をしていたので、その方の技術もあり、身体をつかう仕事はできなくても、全然労働し得ないということはないであろう。もとより原告が健全であれば得られるであろう収入に比して、その仕事による将来の収入が減ずるであろうことは推測されるけれども、果してどれだけの収入減となるかについては原告の供述(第三回訊問)のみでは未だ心証を得るに足りず、他には何も証拠がない。従つて将来得べかりし利益を喪失したことによる損害の主張は、現在の立証の程度においては、採用することができない。

更に慰藉料について考察する。前記認定のように原告は不具となつたのであるから、精神的損害を蒙つたことは明らかである。被告は過失相殺を主張するが、前認定のようにこの主張は採用し得ない。然しながら原告の負傷に対し被告会社は相当の努力を重ねて善処して来たことは水谷証人の証言に認められるとおりであつて、原告入院費を負担したことは当事者間に争いないが、乙第三号証の一ないし十五によれば、その総額は十数万円に上つたことが認められるし、右証言及びこれにより成立を認める乙第八号証によれば、原告に松葉杖を贈つた事実も認められる。

原告の供述では被告会社の処置に甚だ不満であることが察せられ、退院の際自力歩行しえず、息子のリヤカーで帰宅した等の事実に徴してその不満も理由ないものではないと思われる節もあるが、それはそれとして、やはり、右に認定したような被告会社の努力は一応虚心にこれを認めるべきである。これらの事実及び既に認定した原告の経歴、職業、収入等を斟酌して、慰藉料として金十万円を相当と認める。

最後に自転車が原告所有にかかることは原告供述により明らかであり、破損して使用に堪えないことは検証の結果によつて認められる。而して検証の結果相当年数使用したものであることが明白であるから、使用による価額の低減を斟酌してその損害は金一万円を相当と認める。

以上を総合して原告は被告等に対して金四十六万六百十四円の損害賠償請求権を有するから、原告の本件請求は右の限度に於て正当として認容し、その他は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条、同第九十三条第一項但書仮執行の宣言については同法第百九十六条を各適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 近藤完爾 山本実一 倉田卓次)

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