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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5796号・昭25年(ワ)3708号 判決

被告(反訴原告、以下単に被告とよぶ)は原告(反訴被告、以下単に原告とよぶ)に対し、東京都杉並区大宮前四丁目五百六十八番地所在木造瓦葺平家一棟建坪四十六坪七合七勺の内北隅の三坪五合西隅の三坪の二室を除いた四十坪二合七勺(別紙図面<省略>参照)を明渡すべし。

被告は原告に対し、別紙目録<省略>の物件を引渡すべし。被告の反訴請求を棄却する。

本訴及び反訴の訴訟費用は全部被告の負担とする。

この判決は、原告において、金三万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、本訴について、主文第一、二項同旨及び訴訟費用は被告の負担とする旨の、担保供与による仮執行の宣言つき判決を、反訴について、反訴請求を棄却する旨の判決を求め、本訴請求の原因、反訴の答弁として、その他被告の主張に対して、次のとおり述べた。

原告は昭和十四年九月中国に渡ることになつたので、同月二十二日原告所有の主文第一項の建物(内部は別紙図面の通り)及びこれに備付けてあつた原告所有の別紙目録の物件の管理を野村信託株式会社に託した。同会社は原告を代理して、昭和十五年十二月十八日被告に対し、右建物を、賃料を一カ月金百四十円と定め、期間をきめずに賃貸し、同時に右賃貸借に附随して、別紙目録の物件の保管を託した。

原告は、一般引揚同胞と同じように、昭和二十四年三月十一日娘峰子ほか九名の親族を伴つて内地に帰還し、一時引揚者寮に寝起きしたが、他に住居のあてがないので、同年四月十三日被告に交渉し、本件建物中北隅の三坪五合、西隅の三坪の二室を明けてもらつて、これにはいつた。そして同日被告に対し、口頭で、本件建物全部を明けてもらいたいと、解約の申入をした。かりにこの解約申入をしたことがないとしても、原告は、昭和二十五年五月二十二日発翌二十三日到達の書面で、被告に対し、本件賃貸借契約を解約する旨申入れた。

本件建物賃貸借の解約申入については、次のとおり正当な事由がある。即ち原告が是非面倒をみなければならないいわゆる家族は娘一人であるが、中国居住当時から、原告と同居してきた者に阿部アサヨ外八名(四世帯)の親族があり、つまり原告方は十一人暮しであつて、これら親族の者が原告母子の生活費の面倒をみてくれているのである(引揚後原告は無職無収入であり、娘峰子は中学通学中である)。この親族の者を強いて原告と別居させれば、その生活費がかさんで原告の生活費を出すことができなくなるのである。従つてこの十一名は本件建物に住む必要があるのに原告が住む前記二室だけではとうていこの多勢の者を収容することができない。これに引きかえ被告方は夫妻二人暮しである。かような事情であるから、被告は本件建物中前記二室を除くその余の部分を原告に明渡すのが相当である(以上は昭和二十四年四月十三日の解約申入当時すでに存した事情である)。

のみならず被告は原告と同居以来原告に暴行脅迫を加え、原告はこれがため強迫観念にとらわれ、神経衰弱に陥つている。二、三の例をあげる。(イ)、昭和二十四年七月二十七日原告が姪阿部チヱ子と二人で風呂をわかすために浴室に行き、何気なく「以前は大きい方の釜の湯がわくと同時に小さい方の釜の湯もわいていたのに、今はわかないわね。どうしたのでしよう。」と話合つていたところ、折柄はいつてきた被告は「こう何を貴様たちは言つている。この家は戦争中おれが守つてきたのだ。おれの家だ。この家のことを少しでも言つたらブン殴つてやるぞ。」と怒鳴り、あわや打たんばかりに迫つてき、被告の妻も「お前は引揚乞食だからこの家を自分の家だなんてぐずぐず言うな。」と相和して怒鳴つた。(ロ)、次に昭和二十四年八月十日被告は日本刀匕口を廊下に並べたことがある。原告は恐ろしくなつて「どうしてそんなに沢山刀を持つているのですか。私たちは皆取り上げられましたけれど。」と被告にたずねたところ、被告は「これは私の家の家宝だからGHQの許可を得ている。」と答えた。同月十六日被告方に三人の訪問客があつて会談中被告はその妻に対して「日本刀を出せ斬つてしまう。」と叫びなから寝室にとび込んだ。原告は非常に恐れた。(ハ)、また同年八月二十三日のことである。原告方六名の者が四畳半で夕食を食べていたところ、突然被告が大きな盆を振り上げて入つてきて、「お前たちを打ち殺してしまう。今署長が来ているから、その前でお前たちを殺してやる。」と怒鳴つた。原告と姪のチヱ子は恐怖のあまりGHQへ、ついで高井戸警察署へ救いを求めた。(二)、越えて昭和二十五年九月二十七日のことである。朝高井戸署の警官から刀の件についてたずねられた被告は、午前十一時頃高井戸署へ行くといつて出かけたが、間もなく帰つてくるなり、その妻とともに原告に向つて、「誰が刀のことを告げたか知つている。今日はおれは外に出ないで、手も足も出ないようにしてやる。馬鹿婆、お前はこの前の裁判で敗けたではないか。」と怒鳴りちらした。原告は恐怖のあまり家をとび出し、午後四時頃娘が中学校から帰つてくるまで、近所の藪の中に座つていた。(ホ)、次にまた昭和二十六年六月九日のこと。午前八時頃原告が登校する娘を見送つて玄関から一歩外に出た途端に、内側から玄関の戸が締められ錠がかけられた。原告は被告の女中にあけてもらつて内にはいつたが、被告の妻のやつたこととおもい同人を詰つていたところ、被告は奥からパンツ一つでとび出してきて、「貴様は何をいつているのだ。おれがしめたのにどうするか。文句があるなら出てこい。」といつたので、原告はまたこれを責め、互に口論になつた。すると被告が拳を固めて振り上げたので、原告は危険を感じて裏庭へとび出したところ、被告は素足で原告にとびつき、原告の右手をつかみ、「はいつてこい。今日こそはのばしてやる。」と言つて引つぱつた。原告は入口の柱に左手をかけて引つぱられまいとしていると、被告とその妻は原告の右手をねじりながら引つぱつた。原告は痛さにたえかねて救いを求めたところ、学校から帰つてきた原告の娘が必死の声をしぼり上げ「何をしているの。」と叫びながら間に割つてはいつたので、被告等も手をはなした。そのため原告は全治二週間を要する右腕関節捻挫という傷害を受けた(この最後の(ホ)の事由は二度目の解約申入期間満了後に生じたものである)。

以上はほんの一端であるが、被告は原告母子を侮り、いじめ、暴行脅迫の限りを尽している。原告はこういう被告と同じ屋根の下に住むことはとうていできない。無理に同居生活を続けさせれば遠からずして悲しむべきことが起るように考えられる。

一方被告は裕福に生活しており、容易に他に住居を求めることができるのである。

かように原告の解約申入については正当な事由があるから、原被告間の前記賃貸借契約は、昭和二十四年四月十三日から六カ月を経過した同年十月十三日限り、仮りにそうでないとしても、昭和二十五年五月二十三日から六カ月を経過した同年十一月二十三日限り終了したのであり、被告は原告に対し、本件建物中原告専用の二室を除いた部分を明渡さなければならないのである。

なお原告が被告に保管を託した別紙目録の物件は、原被告間の賃貸借契約が終了した以上、被告において原告に返還すべきものである。

よつて被告に対し、本件建物中前記部分の明渡、別紙目録の物件の引渡を求める。そして建物明渡の点については、仮りに全部に対する賃貸借の終了が認められないとすれば、一部についての賃貸借の終了を主張し、その一部の明渡を求める。

原告または野村信託株式会社が本件賃貸借について期間を永久とすることを承諾したことはない。

昭和二十四年四月十三日原告が本件建物に実力で押入つたことはない。実は原告は、原告よりさきに引揚げた小野正道その他の者を介して、被告に対し、「間もなく原告が引揚げてくるが、そのときは本件建物に原告をいれてもらいたい。」と申込み、被告の諒解を得ていたのである。しかるに被告は、昭和二十四年四月十三日本件建物に赴いた原告のみすぼらしい姿をみるや、従前の態度を一変し、原告との同居を拒み、原告及び三上英雄弁護士が百方懇願した末、やつと原告を本件建物にいれることを承諾したのである。その際原告がこれ以上本件建物の明渡を求めないなどと被告に約したことはない。

原告の同居親族の一部が他に転出したのは被告が日毎に怒鳴り脅すので、恐怖のあまり一時避難したに過ぎない。そして原告使用の二室中の一室に松尾夫妻が居住するのは、松尾が原告の遠縁に当り、腕に覚えのある者であるので、被告の加害行為から原告の身を守るために、原告が同人を同居させたのである。

原告が被告を脅迫及び毀棄罪で告訴したのは、被告が原告を脅迫し、原告の器物を毀棄したからであり、刀剣不法所持罪で告発したのは、前記のごとく被告が刀剣を不法に所持していたからである。被告の株券偽造被疑事件に対する取調について原告は警察に協力したことはないし、新聞に発表したこともない。これらの点について被告のいうことは逆うらみというほかない。

被告は、刑事事件で取調べられ、新聞に発表されたのちも、以前に劣らない贅沢な生活をしているのである。

被告の反訴請求については、その請求原因事実はすべて否認する。

応接間、食堂は却つて被告が原告の使用を困難ならしめていたので、原告はかねて被告の処置に不満を感じていたのである。昭和二十六年九月五日には、原告は被告によつて損壊されたテーブル、椅子等を修繕して食堂に備付け、辛うじて食堂を使用していたところ、被告は洋服タンスを応接間にいれて、これを被告の食堂及び寝室として専用し、一方原告が食堂で食事をしている際に応接間と台所をつなぐ廊下があるに拘らずわざと食堂内の原告等の背後やわきを頻繁に通行し、著しく原告の食堂使用を困難ならしめたのである。昭和二十六年九月五日のことは、全く被告が事実を歪曲して主張しているのである。

次に浴室の押入は被告が占有使用していたことはない。ただ、しようちゆうがめ二個、古籠二個等つまらぬものが置いてあつただけである。押入は他に一個あり、これは被告が使用していたのである。被告一人が浴室の押入を専用できるものでなく、原告がこの押入に対する被告の占有を侵したこともない。

以上のとおり述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、本訴について原告の請求を棄却する旨の判決を、反訴請求として「原告は東京都杉並区大宮前四丁目五百六十八番地所在木造瓦葺平家一棟建坪四十六坪七合七勺の内別紙図面表示の食堂と応接間との間の硝子張りケース一台(幅二尺長さ一間高さ四尺)を除去して原状に復せしめなければならないし、また応接間と食堂の出入を妨害すべき施設をし、被告が右食堂を使用することを妨害してはならない。原告は建物の内別紙図面表示の押入の施錠を撤去し、その中の物品を搬出し、これを被告に明渡さなければならない。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本訴の答弁、反訴請求の原因として、次のとおり述べた。

原告主張の事実のうち、原告が昭和十四年九月二十二日その所有に属する原告主張の建物及び物件の管理を野村信託株式会社に託し、同会社が原告を代理して、昭和十五年十二月十八日被告に対し、右建物を、賃料を一カ月百四十円と定めて賃貸し、同時に右賃貸借に附随して、右建物内に備付けてあつた右物件の保管を託したこと、終戦後原告及びその家族が中国から引揚げてきたこと、被告が昭和二十四年四月十三日右賃借建物中原告主張の二室を原告に明渡したこと、原告が昭和二十五年五月二十二日発翌二十三日到達の書面で被告に対し右賃貸借契約解約の申入をしたこと、原告の家族が原告とその娘の二人であること、被告が本件建物中原告主張の部分を引続き占有していることは認めるが、その他の事実は争う。前記賃貸借については期間を永久とする約定があつた。被告の家族は夫婦と息子の三人である。

原被告間の賃貸借については、右のとおり期間を永久とする約定ができたから、原告の請求はすでにこの理由から失当である。

仮りにそうでないとしても、原告が昭和二十四年四月十三日実力で本件建物に押入つてきて原被告間に紛争が生じ、それにも拘らず被告が原告の立場に同情し、原告の申出に応じて原告主張の二室を明渡した際、原被告間に、右二室は原告が、他の二室は被告が専用し、応接間及び食堂は原被告が共同使用し、原告はこれ以上被告に明渡を求めない旨の約定ができたから、原告の請求は失当である。

仮りにそうでないとしても、本件賃貸借については解約申入の正当事由はない。

原告主張の九名の者は原告の縁続きであるというに止まり、原告との間には相互に扶養しなければならぬ関係はない。原告主張の九名の内五名の者は一旦本件家屋にはいつたが、昭和二十五年九月までにいずれも他に転出し、その後は原告母子だけが何不自由なく前記二室に寝起きしてきたのである。のみならず前記二室は原告母子にとつては広すぎるので、原告は昭和二十六年六月からその一室を松尾勇夫妻に貸している。かような次第であるから、原告は前記二室以上に明渡を求める必要は少しもないのである。

被告は原告主張のように原告に対し暴行脅迫等を加えたことはない。却つて原告は、本件家屋明渡訴訟を有利に導くために、被告を脅迫毀棄罪で告訴し、刀剣不法所持罪で告発した。しかし脅迫毀棄の点は何も問題にならなかつた。更に原告は検察当局に力を貸し、被告をスバル興業株式会社の株券偽造の疑いで調べさせその結果がまだ明らかにならないうちに、被告が株券偽造の共犯者なりと都下各新聞に発表させ、甚だしく被告の名誉信用を毀損した。かように原告こそ数数の害悪を不当に被告に加えているのである。

原告のため社会的の名誉信用を毀損された被告は、その後全く落ちぶれて、他に住居を求める経済的余裕などは全然ないのである。

かように原告の解約申入については正当な事由がないから、原告の請求は失当である。

つぎに反訴請求について。前記のとおり昭和二十四年四月十三日原被告間において本件建物中応接間と食堂は共同で使用する旨協定し、原被告はその通り実行し、これを共同で占有してきたところ、原告は、昭和二十六年九月五日、被告方が不在中に、食堂においてあつた被告所有の硝子張ケース一台(幅二尺長さ一間高さ四尺)食器タンス一台(長さ五尺高さ四尺五寸幅二尺)等を応接間に運び出した上、右硝子張ケースを応接間と食堂との間のカーテンのところに置いて、応接間と食堂との間を遮断し、被告が食堂に出入することができないようにし、かつ男女数名を食堂に居住させて、被告の食堂に対する占有を奪つた。

更に原告は昭和二十六年九月八日被告方不在中本件建物の浴室の押入にいれてあつた被告所有の物品を全部搬出し、他の荷物をいれた上、その戸口に施錠し、右押入に対する被告の占有を奪つた。

よつて被告は占有権にもとずいて原告に対し、前記硝子張りケースを除去して食堂応接間を原状に復せしめること、応接間と食堂の出入を妨害すべき施設をしたり被告が右食堂を使用することを妨害したりしないこと、前記浴室押入の施錠を撤去し、その中の物品を搬出し、これを被告に明渡すべきことを求める。

以上のとおり述べた。<立証省略>

三、理  由

まず本訴について。

原告が昭和十四年九月二十二日その所有に属する原告主張の建物一棟及び物件の管理を野村信託株式会社に託し、同会社が原告を代理して、昭和十五年十二月十八日被告に対し、右建物を、賃料を一カ月金百四十円と定めて賃貸し、同時に右賃貸借に附随して、右建物内に備付けてあつた原告所有の右物件の保管を託したことは、当事者間に争いがない。そして甲第二号証(真正にできたこと争いなし)と、証人佐野情寿の証言とによると、右賃貸借契約については期間は別に定めなかつたことが認められる。被告は賃貸借の期間については永久という約定ができたと主張するが、この点に関する被告本人の供述は採用し難く、ほかに被告主張の事実を認め、前認定を動かすことができる証拠はない。

終戦後中国から引揚げてきた原告が昭和二十四年四月十三日本件建物の被告方に赴いて交渉の結果、原告主張の二室を明渡してもらつたことは、当事者間に争いがない。その日、右二室を明渡す前に、原告が家の明渡を被告に求めたことは、被告も争つていないが、原告が明渡を求めた結果被告は二室の明渡を承諾し、右明渡要求は一まず目的を達したのであるから、右明渡要求をもつて、右二室明渡後なお原被告間に存続すべき賃貸借契約に対する解約の申入とみることはできない。被告が右二室を明渡したのち昭和二十四年四月十三日中に、原告が改めて被告に対し賃貸借解約の申入をしたことは、これを認めることができる証拠がない。即ち、原告が、右二室の明渡を受けたのち原被告間に存続する賃貸借契約について、昭和二十四年四月十三日解約の申入をしたことは、これを認めることができないのである。

しかし原告が昭和二十五年五月二十二日発翌二十三日到達の書面で被告に対し、原被告間の賃貸借契約を解約する旨申入れたことは、当事者間に争いがない。

よつてこの解約申入について正当な事由があるかどうかについて判断を与える。

原告は、娘一人のほか阿部アサヨ外八名の親族を本件建物に同居させる必要がある、という。原告が居を共にして是非とも面倒をみなければならないいわゆる家族が娘一人であることは原告の自認するところである。原告とその娘の住まいとしては一応前記二室で足りるものといわなければならない。そして阿部アサヨ外八名の親族が他に最低限度の住居を得ることができることは、これらの人々が現に他の家で寝起していること(このことは原告の明らかに争わぬところである)と証人小島正子の証言とによつてこれを認めることができる。原告は「原告は無職無収入で、原告の娘は中学通学中であつて、この九名の親族に同居してもらつてその生活費を浮かす一方原告の生活費の面倒をみてもらうのでなければ、原告は暮していけない。」という。しかし原告本人訊問の結果(第二回)によると、原告はまだ四十二、三才である。たとい現在無職であつても、何とか工夫すれば、娘一人を養つて暮して行くことはできるはずである。できなければならないのである。同じような境遇で何とか生活の途を切りひらいていく人が数多いことは、公知の事実である。原告にそれができないということは原告の工夫と努力が足りないためであるということができよう。もつとも親族の人々が原告の生活を助けてやろうということは結構なことである。しかし被告に本件建物から出てもらつて、親族の人々をそのあとへいれて、その人達から生活費の補助を受けようという原告の態度は、とうてい納得できない。というのは、被告もただで本件建物に住んでいるのではなく、原告としてはこれに対して相当賃料の支払を求めることができるのであるから、本件建物の経済的利用方法としては原告はこれをもつて満足すべきであるともいえるのであり、このことと、現下の住宅事情とにかんがみるときは、原告の前記態度は、本件建物を被告がさほど必要としないというような場合のほかは、肯定することができないのである。そしてのちに明らかにするように、被告が本件建物を必要とする程度は相当高いのである。かような次第であるから被告に出てもらつて阿部アサヨ外八名の親族を本件建物に入れたいということは、とうてい解約申入の正当事由として取りあげることはできない。

しかし原告は、被告に暴行脅迫を加えられるために強迫観念にとらわれ、神経衰弱に陥つているのであつて、これ以上とうてい被告と同じ屋根の下に暮すことができないともいうから、この点を更に検討しなければならない。

甲第五、六号証(弁論の全趣旨によつて真正にできたものと認められる)と証人小野正道の証言、原告本人の供述(第一、二回)とを合せ考えると、次のとおり認めることができる。

原告と被告とが同じ屋根の下に住むようになつて以来、両者の間には風波が絶えなかつた。そして原告は被告に脅されどおしであつた。あるときは被告は夜中に「打殺すぞ。」といつて裸で原告の寝室にはいつてきたことがあつた。また昭和二十四年八月中旬被告の日本刀匕口が被告方に並べてあつた日の夜には、被告は大声で「日本刀を出せ。原告を打切つてやる。」と、その妻にいつた。また同月二十三日頃原告が夕食中、被告は大きな盆を振り上げて、原告に向つて、「きさまたちをみな殺しにしてやる。ここに高井戸署の署長が来ているから、その前で殺す。」と怒鳴つたことがある。更に昭和二十五年十月二十七日頃のこと。高井戸警察署の巡査が原告方を訪ねて、日本刀を持つている者はないかとたずねたので、原告は被告が持つていると答えた。その日高井戸署で事情をきかれて帰つてきた被告は、「今日は自分が家にいてお前たちをみな殺しにしてやる。」と怒鳴つたので、原告は恐怖のあまり午前十一時頃家を出て附近の藪の中に坐り、午後四時頃学校から帰つて来た娘峰子とともに家にはいつた。以上のようなことがあつた。更にまた昭和二十六年六月九日朝のこと原告が学校へ行く娘を送つて玄関から外へ出たとたんに被告方で内部から扉に錠かけたことから、原告と被告の妻との間、ついで原告と被告との間に口論がはじまつた。問答の末被告が拳を固めて原告を殴ろうとする姿勢を示したので、原告は難をさけようと外へ飛び出したところ、被告は「はいつてこい。今日こそはのばしてやる。」といつて、被告の妻とともに、左手を柱にかけて引つ張られまいとする原告の右手を捻じつて引つ張り、原告に対して全治二週間を要する右腕関節捻挫という傷害を負わせた。かようなことがあつた。以上は二、三の実例をあげたに過ぎないが、被告は事ごとに原告をいじめ、脅し、被告の妻はまたしばしば原告に対し、引揚乞食だとか、犬の食うような物を食つているとか罵声を浴せるので、原告は恐怖のあまりことのほか精神を労し、原告の娘もまたおびえきつて、勉強も手につかない状態である。

かように認めることができ、以上の認定に反する証人小島正子被告本人の各供述は信用することができない。

証人小島正子、被告本人、原告本人(第一、二回)の各供述と弁論の全趣旨とを合せ考えると、

原告は口数が多く、協調性に欠けるところがあり、被告及びその妻も大言壮語に走り、原告に対する協調性に不足するところがあり、原被告はいわゆる性が合わず同じ屋根の下で暮すようになつて以来とかくいざこざが絶えず、ことに原告が被告の態度にたえかねて被告を脅迫罪で告訴し、刀剣不法所持罪で告発して以来被告は益々原告につらく当るようになつたことが認められるから、被告が前記のとおり原告をいじめ脅すに至つたその動機については、被告だけが悪いと責めるわけにはいかないが、しかし何といつても原告は一女性である。この原告に対して被告が前記のような態度に出たことは、甚だしく常軌を逸し、著しく非難に値いすることであり、原告がかような被告と同じ屋根の下に住むことができないというのは、もつともなことであるといわなければならない。

証人小島正子、被告本人の各供述によると、被告は本件建物を出た場合別に行き先の宛はないこと、被告方のいわゆる家族は妻と息子一人の三人であることが認められるが、これらの事情を照し合せて考えても、原告の解約申入には正当な事由があるといわなければならない。当裁判所は単に原被告がいつしよに住めないということだけで解約申入の正当事由を肯定しようというのではない。原被告が同じ屋根の下に住めなくなつたことについて原因を与えた甚だしく常規を逸する被告の行為を非難し、この点において解約申入の正当事由を肯定しようとするのである。

原被告間の本件建物の賃貸借契約は、原告が解約申入をした昭和二十五年五月二十三日から六カ月を経過した同年十一月二十三日限り終了したわけである。被告は原告に対し、本件建物中原告主張の部分を明渡さなければならない。

原被告間の本件賃貸借契約が終了した以上、これに附随して原告が被告に保管を託した前記物件も、被告が原告に返還すべきは当然のことである。

次に反訴について。

被告のいうように原告が本件建物中食堂及び浴室の押入の占有を侵奪したということは、この点に関する証人小島正子の証言は原告本人の供述(第二回)に照して信用し難く、ほかにこれを認めることができる証拠はない。原告本人の供述(第二回)によると、右食堂と押入は被告が使用できる状態になつており、原告は被告の使用を妨害しようというつもりはさらにないことが認められる。

被告の反訴請求は理由がないから棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条但書を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)

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